大量出血に対する "fluid strategy"(LiSA:メディカル・サイエンス・インターナショナル、1998年、Vol 5、No 12)
|
本ペ−ジの資料は著者および LiSA編集室のご了承のもとに発信しています。ご協力をいただいた LiSA編集室ならびに執筆者各位に深謝申し上げます。皆様のご意見を web担当者(gochi@m.ehime-u.ac.jp)までお送り下さい。
東京医科大学八王子医療センター 救命救急部
(LiSA:メディカル・サイエンス・インターナショナル、5: 1244-1247, 1998)
目次
[経過]右胸腔ドレーンを挿入すると血性排液700ml。手術室で大腿骨のデブリドマン,骨盤創外固定が予定された。
麻酔を施行する前に,麻酔科医としてまず行うべきことは,その患者の術前評価を正確かつ迅速に行い(図1),安全に麻酔をかけるのに必要な準備と,そのあと付随して起こり得る併発症状を常に念頭に置いておくことである。また,緊急手術であるがゆえに,周囲の雑音に流されないようにしなければいけない。これは意外に大切なことである。
ASA分類でいくと,本症例はさしずめ class 3Eあるいは 4Eと考えられる。患者は明らかに出血性ショックに陥った状態にあり,術前の予測出血量も2500〜3000ml以上(肋骨5本の骨折で5×125ml以上,一側の大腿骨開放骨折で1000ml以上,定型的骨盤骨折で1000〜1500ml以上)あると考えられる。健康成人では循環血液量の10%以下の出血でも,不安感や頻脈,血圧の低下,尿量減少などの症状がみられるものであり,循環血液量の20%近くの出血ともなれば,確実にショック症状(蒼白pallor,脈拍微弱 pulselessness,発汗 persiration,呼吸障害 pulmonary deficiency,虚脱 prostration)がみられる。実際,救急患者を扱う病院ではこのような状況下の緊急麻酔をしばしば経験する。
麻酔導入前の準備
緊急の全身麻酔なので,胃管を挿入しできるだけ胃内を空にしておく必要がある(血圧低下に伴い,悪心・嘔吐が誘発されやすくなる)。また,意識レベルも清明ではないので,麻酔導入前には100%酸素投与を行う。本症例では,麻酔前投薬は行わない(術前より頻脈であるため)。血行動態の不安定は今後も予想されるわけで,できるかぎり早く橈骨動脈からのカニュレーション(22ゲージ)を行い,動脈圧モニタリングおよび採血ラインとする。同時に,中心静脈カテーテル(なるべくダブルルーメンカテーテル)も挿入しておく。
麻酔導入と維持の実際
本症例における麻酔導入は,十分な酸素投与後に,塩酸ケタミン(静脈注射用)1〜2mg/kgを1〜2分かけて静脈内投与し,血圧を確認して患者が入眠したら,直ちに臭化ベクロニウム0.1mg/kgを投与する。十分な筋弛緩を得たのち,すぐに気管内挿管を行う。麻酔維持は導入後の循環動態にもよるが,塩酸ケタミンの静脈内持続投与(1〜2mg/kg/hr)と筋弛緩薬(ベクロニウム)の間欠的投与を基本とする。
ケタミンの解離麻酔はよく知られているが,不快な夢をみることを恐れ,ドロペリドールやジアゼパム投与がなされることがある。しかし,本症例に対する麻酔の基本は安定した循環を維持することにあるので,バイタルが安定するまでは上記の鎮静薬の投与は行わない。
亜酸化窒素の投与に関しては,収縮期血圧が90mmHg以上,心拍数が120〜130bpmまでであれば併用してもよいと考える。しかし,亜酸化窒素には交感神経刺激作用があり昇圧作用を認めるものの,心筋には抑制的に作用する。したがって極端にリスクの大きい症例では,酸素・亜酸化窒素のみでも血圧低下がみられるので注意を要する。
麻酔導入後の血圧低下(60/40mmHg)への処置は?
本症例の場合,血圧低下の原因は,まず第一に出血性ショックによるものと思われる。仮に心拍数が変わらず110bpmのままであったとしても,この状態での Allgower1) の shock index(心拍数を収縮期血圧で割った値)は1.8以上で,2000ml近くの循環血液量の不足と考えられる。当然,術前よりできるだけ多く,かつできるだけ太い静脈カテーテル(われわれの施設ではAllow社製のトリプルルーメンカテーテルを使用)で血管確保を行う*1。
初めは細胞外液投与を中心とし,膠質液〔プラズマネートカッター,代用血漿剤 ・ヒドロキシエチルデンプン(ヘスパンダー R)など〕,濃厚赤血球,新鮮凍結血漿(FFP)を用意し必要に応じて急速投与する*2。さらに血圧の低下がみられるようなら,β刺激薬である塩酸エフェドリン(エフェドリン注R 40mg)を生理食塩水10mlに溶解し5〜10mgずつ血圧を観察しながら投与せざるを得なくなるかもしれない。
それでも血圧低下が続くようであれば,塩酸ドパミンやドブタミンの5〜10μg/kg/min投与も行う。しかし,これらは対症療法にすぎないので,なるべく昇圧薬に頼らないことも重要である。
上記の処置を素早く行うためにも,できるかぎり多くのマンパワーをかき集めるようにする。
Hb5.0g/dlへ低下,輸血供給は800mlのみ,どうするか?
Hbが5.0g/dlであったとしても,収縮期血圧が60mmHg以上であれば,残された800mlの輸血を用いながら,可能なかぎり迅速な手術を行ってもらう*3。しかし,時間的な余裕があり,腹部エコーで腹腔内出血の可能性(Morison窩の echo free spaceの開大)があれば,透視下での緊急の血管造影にて出血源を確認し,TAE(trans-catheter arterial embolization)でできるだけ出血量のコントロールを図る(図2)。
出血傾向と血小板数減少(3.5万/mm3)への対処
この場合,失血による血小板減少と思われ,播種性血管内凝固(DIC)を起こしたとは考えにくい。しかし,凝固因子を含めた血漿成分の減少は明らかなので,濃厚赤血球のほかに血小板やFFPの投与も行う。術後,アンチトロンビン(AT IIII)の減少,フィブリン・フィブリノーゲン分解産物(FDP)の増加,血小板数の減少といったDIC所見の増強が存在するようであれば,AT III製剤(アンスロビンP R,ノイアートR),メシル酸ガベキサート(FOY R)などの投与も考慮する。
なお,大量輸血を行う場合には,電解質(カリウム,カルシウム)濃度に注意し,必要があれば塩化カルシウム(カルチコールR)溶液を投与する。
さらに33.5℃まで体温低下,腹部超音波で液体貯留所見、手術遂行の判断は?
体温保持は急務急速な輸液と輸血により体温低下が起こり,またショック自体だけでも体温は下がる。それにより末梢血管がさらに収縮し循環不全の増悪をきたすため,血液加温器やブランケットロールなどの保温装置を用いて,できるかぎり体温を保持する必要がある。低体温では循環抑制,致死性の不整脈や血液凝固障害が起こりやすくなる。また,電解質のチェックも忘れずに。この致死性不整脈に対しては,除細動器の用意が必要かもしれない。
なお,体温測定は,緊急手術の場合は直腸温よりも食道温モニターのほうを選択する。前処置が行われていないため,直腸温モニターでは糞便の影響で深部温が正確に評価されない。
開腹術前の判断
この状態では患者のリスクは非常に高く,開腹時にさらなる血圧低下をきたす可能性もある。麻酔科医も開腹時の急激な循環動態の変動を予測し,輸血と輸液の準備(場合によってはパンピングも施行)が必要である。
本症例の場合,右肋骨骨折(第5〜11肋骨骨折)があるため,肝損傷による腹腔内出血が最も疑われるが,Morison窩のecho free spaceの開大が大きくなり,貧血の改善も認められないようなら,damaged celiotomy2)(ガーゼ充填術など)といった極力,手術時間や侵襲の少ない手術を外科医側に要望する。
腹腔穿刺による判定も
救急外来などに腹部エコーがない場合には,腹腔穿刺による腹腔洗浄を行い腹腔内の貯留液体の性状を確かめること(表1 3))で,治療方針の決定がなされる場合がある。その判定基準として大友の新判定基準(表2 3))も有用と思われる。
術中,尿量が0の場合は? 無尿への対処
本症例の場合,術中は麻酔や血圧低下などで乏尿あるいは無尿に陥りやすくなる。基本的には,輸液や輸血などで血圧の維持を図り利尿を期待するが,仮にまったく無尿でも,術後に持続的血液浄化(CHF・CHDF)法を考慮し体液管理を行う。しかし,横紋筋融解症の治療のために使用されたCHDF中に後腹膜出血をきたし,出血性ショックに陥ったという報告4)もあり,抗凝固薬の使用にも注意が必要である。
多くの施設で使用されているように,われわれも抗凝固薬はメシル酸ナファモスタット(フサンR)を第一選択薬としている。術中の中心静脈圧(CVP)18cmH2Oまでは,利尿薬は使用していない。
抜管は慎重に!
術中や術直後の酸素化が不十分な場合(特に本症例では,右血胸と肋骨骨折があり肺挫傷の合併もあると考えられる),手術室で無理に気管内チューブの抜管は行わず,軽い鎮静〔ミダゾラム(ドルミカムR)3〜5mg/hr〕下に自発呼吸を残したままの人工呼吸管理を行うほうが無難と考える。
実際,このような症例では,術後の膠質浸透圧値 colloid osmotic pressure(COP)の低下が予想される。また,長時間の手術はそれ自体もCOPの低下した状況をもたらし,さらに毛細血管透過性をきたす原因となる大量出血などのストレスが加わったときに,肺水腫や組織浮腫などの重篤な合併症が引き起こされる5) と予想される。以上の理由からも,抜管に際してはくれぐれも注意が必要である。
突然の血圧低下、何を考えてどう対処する?
この場合の急激な血圧低下は,やはり出血によるものと考えやすいが,多発外傷の場合には,心・呼吸器系障害(肺塞栓,肺水腫,緊張性気胸,心タンポナーデなどによる低酸素症)や脊髄損傷も考慮する必要がある。治療は個々の原因によって当然異なる。
いずれにしても急性の循環不全であるわけで,動脈血ガス分析や電解質の検査を行い,低酸素血症への対処,アシドーシスや電解質の補正,体温管理を迅速に行う必要がある。
文 献
図1 内臓損傷疑いにて搬送された一症例
20歳男性。50ccバイク走行中,路線バスとの衝突事故。主訴:右季肋部痛。来院時バイタル:意識レベル1-1,血圧138/80mmHg,呼吸数18bpm,体温36.5℃。
一見バイタルは安定していたが,右側胸部より腹部にかけて擦過傷がみられた。軽い筋性防御を認めたため,腹部CTを施行したところ明らかな肝臓破裂が認められた。胸部や腹部に擦過傷を認めた場合は,その下の臓器損傷を疑う必要がある。
図2 右内腸骨動脈領域枝TAE
左:TAE前,右:TAE後。
血管造影にて両側の滲出を認め,両側の内腸骨動脈に1mm大のスポンゼル細片による塞栓術を行った(写真は右内腸骨動脈)。
注釈
*1 血管確保の場所は,内頚静脈,外頚静脈,鎖骨下静脈のいずれでも可。
*2 実際にはFFPは,保険制度上このような状態では査定されることが多い。
*3 この間の術者側とのコミュニケーションは非常に大切で,バイタルによっては手術を一時的に中止させる勇気も必要である。
表1 腹腔穿刺液の性状と考えるべき疾患(文献3より)
表2 診断的腹腔洗浄法新判定基準(文献3より)
2.出血性ショック : 出血量とバイタルサインがカギ
池田 寿昭
Toshiaki IKEDA症例1
麻酔の選択と導入
性状 外傷 非外傷 血 性 肝損傷、脾損傷、腎損傷、膵損傷、腸間膜損傷、腹部血管損傷、肝癌破裂、子宮外妊娠破裂、大動脈瘤破裂 急性膵炎、絞扼性イレウス、腸間膜動脈閉塞、卵巣嚢腫軸捻転、胆汁性十二指腸破裂、総胆管損傷、胆嚢損傷、十二指腸潰瘍、穿孔胆嚢穿孔 膿性
(無臭)小腸破裂 小腸穿孔 膿性
(便臭)結腸破裂 下部消化管穿孔 淡黄色漿液性 肝硬変、単純性イレウス、癌性腹膜炎
対象臓器 回収液データ 腹腔内出血 カテーテルより血液を吸引もしくはRBC≧10×104/mm3 肝損傷 腹腔内出血が陽性でかつGPT≧RBC 40000 腸管損傷 腹腔内出血陰性の場合:WBC≧500/mm3
腹腔内出血陽性の場合:WBC≧RBC 150mm3、腸管内容の証明小腸損傷 AMY≧RBC 10000mm3 かつ AMY≧100IU、lAlp≧RBC 10000mm3 かつAlp≧100IU/l 横隔膜損傷 洗浄液が chest tubeから流出、
血清正常値:AMY(amylase)20〜170IU/l, Alp(alkalinephosphatase)65〜205IU/l