乳幼児の突然死―SIDSと応急処置―

円山啓司(市立秋田総合病院 中央診療部 手術室)

(エマージェンシー・ナーシング Vol.12 (7): 642-7, 1999)


はじめに

 救急の中で、子供の突然の死ほど悲しく辛いものはない。本稿では、乳幼児突然死 症候群(sudden infant death syndrome, SIDS)から子供を守るために何をすべきか、看護婦の立場で残された家族や周囲の方 々にどのように接し、どのような心のケアができるか考えてみたい。

症 例

症例1.
 起床後、母親は隣でうつぶせになって寝ていた未熟児で生まれた9ヶ月の女児が呼 吸をしていないのに気づいた。母親はパニック状態で、119番通報した。救急隊到着 時、うつろな目をした母親が玄関前に女児を抱いて立っていた。女児は顎関節、四肢 の硬直が見られ、明らかに死亡の状況であったが、母親の気持ち等を考慮し、心肺蘇 生を行いながら病院に搬送した。既往歴や直前の状況等でも全く死に至る原因は見い だせなかった。

症例2.
 3歳、男児、別室において双子の妹と5歳の兄とともに遊んでいたが、午前11時ごろ 母親が覗いたら、ぐったりとして動かず、声をかけても反応がなかった。救急隊到着 時、男児の下顎部には若干の皮下出血、両頬骨部には円状の瘢痕が数ヶ所、左手手掌 には三日月大の古い瘢痕があった。母親に問いただしたところ、朝から風邪気味で寝 ていたが、枕元で騒いでうるさいので、手で払ったが、机や壁にはぶっつけていない と答えた。

症例3.
 ベビーベッドの上に干していた洗濯物が乾き、ストーブの輻射で揺れ動き、 その真下に寝ていた3ヶ月の女児の顔に落下した。

 症例1は、既往歴や直前の状況で、全く死に至らしめるはっきりした原因もなく、SID Sと診断された。症例2は現場の状況、患児に皮下出血等が見られたことから、被虐待 児症候群が疑われ、法医解剖が行われた。症例3はベッドの上に干していた洗濯物に よって窒息した稀な症例であった。

解剖の必要性

 乳幼児の突然死の原因には、症例1の様な病気(SIDS)や症例2の様な犯罪(被虐待児 症候群、嬰児殺し)や症例3のような事故(窒息)等がある。中でも、SIDSと窒息と の鑑別は極めて困難であり、その原因をめぐって、訴訟問題に発展するなどの社会問 題を引き起こしている。
 突然死の原因を究明するためには、解剖は必要ではあるが、深い悲しみの中で解剖 を承諾される家族は少ない。亡くなった原因を曖昧なままにしておくと、後で、「あ の時、解剖しておけば、原因がわかったのでは」と後悔するかもしれない。またSIDS の原因を解明していくうえでの貴重な資料にもなるので、家族の気持ちを十分考慮に 入れながら、真摯な態度で家族に納得してもらえるよう説明する必要がある。

病院での対応

 家族は死に対する心の準備もなく、信頼関係のほとんどない救急病院の医師や関係者 からかけがえのない子供の死を告げられる。その時、家族等(保育者も含む)は自分 たちが何か悪い事をして子供を死に追いやってしまったのではという自責の念とどう することも出来ない深い悲しみに打ちひしがれる1, 2, 3, 4, 5

 医療関係者や第三者の不用意な一言や不信の目が家族等を更に苦しませ、また、保育 所等で発生した場合には、家族に窒息ではとの不信感を与え、訴訟問題に発展する可 能性もある。このようなSIDSの特殊性を十分に認識し、家族等の心理状態も配慮に入 れながら、対応することが大切である。

 家族等は突然の子供の死に直面し、何が何だか解らないうちに時間だけが過ぎ去っ ていく懺悔の日々の中で、家族等はその時の子供の姿を思い浮かべながら、いろんな 事を考え、多くの疑問点も生じてくる。それらの疑問を一つづつ取り除いてあげるこ とができれば、悲嘆感や自責の念の状態から早く抜け出すことができ、自分たちの生 活の中に子供の死を受け入れられるようになる。そのためには、SIDSが過失ではなく 、避けることができない病気である事を伝えると同時に、何か疑問等が生じた場合は 、いつでも病院に来て下さい。こちらで解ることはお教えしますと伝えておくことも 大切な事である。

 心理的に追い詰められている家族に対する重要なサポート機関としてSIDS家族の会( 総合窓口:〒150-0001渋谷区神宮前5-53-1 母子衛生研究会 電話03-3499-3111, Fax 03-3499-3002, URL http://www.hi-ho.ne.jp/hotta.sids.html)がある 6。この会の活動目的は1)子供を 亡くした家族への精神的援助、2)SIDSに関する知識の普及、3)SIDSの研究活動への 協力である。特に、SIDS等で子供を亡くされた家族によって行われる精神的な援助活 動は、同じ経験をしたもの同士が気兼ねなく自分の今の気持ちや経験等を話し合い、 感情を共有しながら、早期に子供の死を自分たちの生活の中に受け入れることができ るようにすることが目的である。

 SIDS等が家庭以外(保育園、病院等)で発生した場合、保育者等の子供の死に対す る悲しみ、自責の念は強いが、家族との立場の違いで、中には非難されることもあり 、その苦悩は計り知れない。このような保育者等の追いつめられた精神状態を癒すだ けでなく、互いの溝を埋めるための活動も必要であるが、現在のところインターネッ トを通じての個人的な活動があるだけである(託児ママ マミーサービス 中村 徳子、http://www.alles.or.jp/~mammy/、 e-mail mammy@alles.or.jp)。将来的には、子供の突然の死に対する悲しみ、苦しみで精神 的に追いつめられているすべての方に対して、立場の違い等のさまざまな状況を十分 考慮しながら、相互間の深い溝をも埋めることができるような支援組織ができること を願っている。

SIDSと予防

 SIDSを知っていますかのホームページ 1に、“SIDSに限らず、子供の生命を脅かす 病気、事故は私たちの周りには数多くあります。そういった中で、子供が丈夫に育っ ているのは毎日毎日小さい幸運が重なっているからです。

 知識がないことは悲しい結果を生むものなのです。多くの方に子供の生命を脅かす 病気、事故が多く我々の周りにはあることを認識させることが子供の突然死を減らす 上で大切です。何も病気に対する治療だけではありませんし、心肺蘇生法等の救命手 当てではありません。もっと大切なのは正しい認識を持ち、予防に努めることです。 “と書かれている。まさにその通りである。これからの救急は病気や事故に対する正 しい認識を持ち、それらを未然に防ぐ事が最も重要である。

SIDSは「それまでの健康状態および既往歴からその死が予想できず、しかも死亡状況 および剖検によってもその原因が不詳である乳幼児に突然の死をもたらす症候群」と 言われている。このように、SIDSは突然子供の命が奪われる病気で、たとえ母親が隣 で寝ていても、全く子供の異常に気づかなかいうちに亡くなってしまう。まさに“静 かな死”である。その病態は生理的な睡眠時の無呼吸からの回復が遅れる覚醒反応の 異常によるものと考えられている7。昨年6月には厚生省乳幼児死亡の防止に関する研 究班から、うつぶせ寝、人工乳、両親の喫煙がSIDSの発生の危険性を増す事が発表さ れた。SIDSを予防するには、これらの疫学的な危険環境因子 8, 9を広く啓蒙し、家族ぐるみで子供の育児環境を改善する努力をすることが必要である。

ホームモニタリング

 SIDSは子供が寝ている間に突然亡くなる病気であり、寝ている間に子供が死んでしま うのではとの不安から安心して寝ることができない家族には、その不安を取り除く目 的で無呼吸モニターの施行を考慮する(ベビーセンスベビーセンス(乳児用呼吸モニ ター)問い合わせ先:〒105-0001 東京都港区虎ノ門1丁目17番1号 第5森ビル株式会社ファミリーヘルスレンタル(電 話03-3502-8031, Fax 03-3502-8035))。その場合でも、モニター施行前に急変時の対応(心肺蘇生法)に ついて勉強することやモニターをつけても、家族みんなで注意深く子供を観察するこ とがもっとも大切である事を話しておかねばならない。

急変時の対応

 症例1で示したように、突然の子供の急変は家族を慌てさせ、たとえ心肺蘇生法を知 っていても頭が真っ白になり、何も出来ない。また、救急車のサイレンが聞こえると 、1秒でも早く病院へとの意識が働き、玄関前まで子供を連れて来ている場合がある 。また、隣が病院だと子供を抱いて走って病院に駆け込む事もある。よく考えてみる と、この間は何の応急手当もできない。救急で大切なことは、発見した家族の適切な 救命手当とそれを引き継いだ救急隊による病院への処置、搬送である。言い換えると 、急変時の対応は、家族から救急隊、病院へと円滑にリレーされるための方策である 。その中には、心肺蘇生法、異物除去法等の救命法だけでなく、早期通報、そして電 話のかけ方等も含まれる。紙面の都合上、心肺蘇生法の概略のみを述べる。詳細は著 者ホームページ、成書 10, 11を参考にして下さい。

  1. 意識の確認
    名前を呼んだり、肩を叩いたりして、意識の確認。

  2. 119通報(複数いる場合)
    一人しかいない場合、成人では意識がなければ、すぐに119通報になっている が、乳幼児の場合は、1分間応急手当を行ってから119通報をするようになっている。 複数いた場合は、当然一人が119通報や救急隊の誘導、もう一人が救命手当となる。 この成人と小児の119通報の相違は、小児では呼吸停止による心停止が多いため、救 急救命士による除細動が行える症例は少ないとの認識からである。

  3. 気道確保
    意識がなければ、あご先を持ち上げ、気道を確保。

  4. 呼吸の確認
    気道確保した状態で、呼吸の確認。

  5. 人工呼吸
    1歳未満の乳児の場合、口と鼻を口で覆う口-口鼻人工呼吸が一般的であるが、 多くの母親は自分の口で子供の口と鼻を覆う事は出来ない 12, 13。また、乳児では鼻呼吸が主体であること 14、口口人工呼吸よりも口鼻人工呼吸の 方が肺に入りやすいこと 15、頚の位置を変えても(屈曲、伸展、中立位)口鼻人工呼 吸は、口口、口口鼻人工呼吸よりも肺に入りやすいこと 16等から、乳児の人工呼吸は 口鼻人工呼吸が最も効果的と考える。しかし、口口鼻人工呼吸と口鼻人工呼吸の効果 を実際に比較した報告はなく、今後の検討課題ではある。一般的な口口鼻人工呼吸法 を指導する場合、鼻の上部で、目の高さに口角をおき、そこから口を大きく開け、鼻 と口を覆うように指導してもらいたい。この方法では、口と鼻を覆えなくても鼻だけ は覆えるので、結果的に口鼻人工呼吸となる。しかし、下唇に口角をおき、そこから 口を大きく開け、口と鼻を覆う様に指導すると、多くの場合鼻を塞ぎ、結果的に口口 人工呼吸になってしまい、効果的な人工呼吸にはならない。又、人工呼吸の時は胸が 上昇するか確認する。上昇が見られない場合、気道確保の不備、窒息が考えられる。 もう一度気道確保をやり直し、人工呼吸を行う。2度とも胸の上昇が見られない場合 は、窒息を疑い、異物除去を試みる。

  6. 脈の確認
    上腕動脈で脈の確認を行う。

  7. 心マッサージ
    1歳未満は乳首と乳首を結んだ線の上で、胸の真ん中から1横指下を指2本で5回押 す。1歳以後は体格によって、片手で押したり、両手で押したりする。回数は100回/分。

  8. 人工呼吸と心マッサージ
    人工呼吸1回に対し、心マッサージ5回を、救急隊が側に来て引き継いでくれる まで繰り返し行う。

終わりに

 本稿を通して、多くの読者がSIDSの特殊性等を十分に認識し、患者家族、その周囲の 方々に十分な配慮をもって接して頂きたい。また、子供を突然の死から守るためには 、病気や事故に対する正しい認識といざという時の適切な対応が重要であることを広 く普及啓蒙していただける事を切に願っている。


文 献

  1. 白岩義夫、加藤稲子、戸苅創:SIDSの家族への心理的サポートー被害家族の調査結 果からー、小児内科 30:548-552, 1998

  2. SIDSを知っていますか:http://www3.justnet.ne.jp/~mas_teshima/index.html

  3. 美咲への手紙:http://member.nifty.ne.jp/Ms_letter/

  4. 天使のホームステイ:http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Keyaki/1825/index.html

  5. SIDS家族の会:あなたがSIDSに出会ったら-心のサポートのためのガイドライン-、1995

  6. 福井ステファニー、堀田匡哉:SIDS家族の会の活動、小児内科 553-556, 1998

  7. 仁志田博:SIDS、小児内科 30:445-451, 1998

  8. 太神和廣:わが国のSIDSの疫学、小児内科 30:464-468, 1998

  9. 吉永宗義:SIDSとその育児環境、小児内科 30:473-477, 1998

  10. Emergency cardiac care committee and subcommittee, American Heart Association: Pediatric basic life support. JAMA 28: 2251-2275, 1992

  11. European resuscitation council: Paediatric life support. European resuscitation council guidelines for resuscitation. Edited by Bossaert L, Elsevier, Amsterdam, 1998, pp64-100

  12. Tonkin SL, Davis SL, Gunn TR: nasal route for infant resuscitation by mother. Lancet 345: 1353-1354, 1995

  13. 円山啓司、黒澤伸、清野洋一、佐藤理、稲葉英夫:1歳未満の小児での口・口鼻人工呼吸は可能か.第24回日本救急医学会抄録、1996

  14. O'Hare B, Nakagawa S, Cox P: The paediatric airway. Bailliere's Clin Anaesthesiol 9:359-377, 1995

  15. Segedin E, Torrie J, Anderson B: nasal airway versus oral route for infant resuscitation. Lancet 346: 382, 1995

  16. Wilson-Davis SL, Tonkin SL, Gunn TR: air entry in infant resuscitation: oral or nasal route?. L Apply Physiol 83: 152-155, 1997


著者連絡先

円山啓司  〒010-0933 秋田市川元松丘町4-30
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 TEL: 018-823-4171、Fax:018-865-0175
 E-mail:
enzan119@alles.or.jp
 Homepage:http://www.alles.or.jp/~enzan119
      http://apollo.m.ehime-u.ac.jp/~enzan


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