From: Genro OchiDate: Tue, 20 Jan 1998 22:48:26 +0900 Subject: [neweml:1317] 米国のプレホスピタルケア資料・HP収載 愛媛大学医学部救急医学の越智元郎です。昨年、" [neweml:0723] 新宿 便り(オフ会)4:救命士の米国視察" で米国のプレホスピタルケアにつ いて触れました。その中で、昨年「日本救急医学会雑誌」に投稿した拙著 をホームページに収載したいということを申し上げました。本日その準備 ができましたので、ご紹介します。 日米の地方都市におけるプレホスピタルケアの比較検討 (越智元郎ほか、日救急医会誌 1997; 8: 247-52, 1997) http://plaza.umin.ac.jp/~GHDNet/98/9801pitt.html なお、[neweml:0723]でもご紹介しましたが、Pittsburgh市のプレホス ピタルケアについては以下のウェブ資料があります。 ・ピッツバ−グ市におけるEMS(Emergency Medical Services)シス テムの歴史的発展と現況 (和藤幸弘、日本医事新報 3536号、1992.4.11.pp.95-98) http://plaza.umin.ac.jp/~GHDNet/98/gc17pit.html ・ピッツバ−グ市のEMSについて(鳥取県西部消防局 橋本健治さん) http://www.sfnc.gr.jp/hashiyan/ems.htm ・Pittsburgh市 EMSにおける心肺停止患者の病院外治療と不搬送について (越智元郎ほか、愛媛県医師会報 通巻第727、p. 6-9、1997年) http://plaza.umin.ac.jp/~GHDNet/97/h508sose.html ・ピッツバーグ訪問記(東京消防疔 金枝俊宏さん) http://plaza.umin.ac.jp/~GHDNet/98/i330pitt.html 最後にこのペ−ジをご覧いただいた皆様で、皆様の救急・災害医療関連 のご論文や著書をホームページに収載させて下さる方がありましたら、ぜ ひ web担当者宛ご連絡をいただきたく、よろしくお願い申し上げます。
越智元郎1)、新井達潤2)、和藤幸弘3)
(日救急医会誌 1997; 8: 247-52, 1997)
日米両国の地方都市であるPittsburgh市、松山市、東温地区(愛媛県温泉郡重信町及び川内町)、
米子市の4地区において病院外心肺停止患者について調べ、市民による一次救命処置の施行率や
プレホスピタルケアの効率について比較した。市民による蘇生処置の施行率はPittsburghで35.2%
であったのに対し、松山で 8.4%、東温地区 2.6%、米子 8.9%と著しく下回っていた。救急医療
システムへの通報から4分以内に1次救命処置を受けた患者は、Pittsburghで57.4%を占めたのに
対し、松山では15.3%、東温地区では7.9%、米子では17.9%であった。通報から10分以内に2次
救命処置を受けた患者はPittsburghの83.1%に対し、松山では27.7%、東温地区2.6%、米子は39.3%
にとどまった。病院外で施行された2次救命処置の頻度をみると、気管内チュ−ブやラリンジアル
マスクエアウェイによる気道確保の施行率はPittsburgh 86.9%、米子91.1%に対し,松山では16.4%、
東温地区0.0%であった。電気的除細動や静脈路確保についても同様であった。以上のことから、
市民による蘇生処置の施行率も含めたわが国のプレホスピタルケアの質は、Pittsburgh市と比較し
てかなり劣っており、同時に国内でも無視できない地域差があると考えられた。
Comparison of Emergency Medical Services in Rural Areas of US and in Japan
Genro Ochi1), Tatsuru Arai2), Yukihiro Watoh3)
1) Dept. of Emergency Medicine, 2)Dept. of Anesthesiology and Resuscitology, Ehime
University School of Medicine
We investigated the trip sheets of out-of-hospital cardiac arrest patients in Pittsburgh,
Matsuyama, Toon Area and Yonago to compare the efficiency of the emergency medical
services (EMS) in US and an in Japan. The ratio of the patients who underwent Basic
Life Support by bystanders was 35.2% in Pittsburgh, 8.4% in Matsuyama, 2.6% in Toon
Area and 8.9% in Yonago. The percentage of the patients who underwent BLS within 4
minutes after the call to the EMS was 57.4% in Pittsburgh, 15.3% in Matsuyama, 7.9%
in Toon Area and 17.9% in Yonago. The percentage of the patients who underwent Advanced
Life Support (ALS) within 10 minutes after the call to the EMS was 83.1% in Pittsburgh,
27.7% in Matsuyama, 2.6% in Toon Area and 39.3% in Yonago. The percentage of the patients
who underwent intubation or some alternative means of airway management was 86.9% in Pittsburgh,
16.4% in Matsuyama, 0.0% in Toon Area and 91.1% in Yonago. We conclude that the EMS in local
cities in Japan is quite undeveloped compared to that in Pittsburgh, and that the difference
in the efficiency of EMS among the cities in Japan is another significant problem.(JJAAM 1997; 8: 247-52)
Key Words: out-of-hosipital care, bystander CPR
Pittsburghにおいては1994年4月から95年3月の間のparamedicによる心肺停止患者の搬送記録
(trip sheets)を無作為に抽出し、著者の1人が直接資料を分析した。その他の地域では
Table 2に示す調査期間の、すべての該当症例を調査対象とし、消防本部が
作成した資料をもとに再集計した。サンプル数はPittsburgh 202例,松山274例,東温地区38例,
米子56例であり、Pittsburghにおいては調査期間における全心肺停止例の約15%について調査した。
第1に、一般市民による心肺蘇生法の施行率を4地区で比較した。蘇生処置の有無は最初に現
場に到着した救急隊員が判定し、処置の巧拙を問わず、人工呼吸と心マッサ−ジのどちらか、ま
たは両方が行われたものを一次救命処置の施行例とした。
第2に,救急医療情報センターまたは消防本部(以下、救急医療システム)への通報から1次
救命処置開始までの所要時間(response time)を調べた。ここで、救急隊員の現場到着時に市
民が蘇生法を行っていた例では、通報から処置開始までの時間は0分とした。一方、市民が蘇生法
を行っていなかった例では、救急隊員の現場到着をもって1次救命処置の開始時刻とした。
第3に、救急医療システムへの通報から2次救命処置開始までの所要時間を調べた。 Pittsburgh
ではparamedicの現場到着をもって2次救命処置の開始時刻とし、わが国の3地区においては救急
救命士の現場到着,または患者の病院収容時刻をその開始時刻とした。Pittsburghではparamedic
の到着に先立ち、除細動を許された消防隊員(EMT-D)などが除細動を行うことがあるが、paramedic
到着までの処置は2次救命処置に含まなかった。
第4に各地区において,救急隊員によって病院外で施行された2次救命処置の頻度を調べた。
調査項目としては器具を用いた気道確保、電気的除細動および末梢静脈路確保について調べた。な
お調査当時、救急救命士が活動していなかった東温地区は、この分析から除外した。一方Pittsburgh
においては、paramedicによる上記以外の処置の内容と医師が院外での心肺停止患者の治療に参加
した比率についても集計した。
統計処理は、各地区の患者の平均年齢と平均response timeについては分散分析を用いて比較
した。各地区の男女比、一般市民による心肺蘇生法、通報から4分以内の1次救命処置、通報か
ら10分以内の2次救命処置、救急隊員によって気道確保・電気的除細動・末梢静脈路確保などの
処置が施行された比率については、χ2検定を用いて分析した。どちらの分析においても、p<0.05
をもって有意の差と判定した。
1.一般市民による1次救命処置の施行率
一般市民によって1次救命処置が行われた患者は, Pittsburghでは202人中71人で35.2%を占
めた。これに対して日本の3地区では,松山で 8.4%(274人中23人),東温 2.6%(38人中1人)、
米子 8.9%(56人中5人)と著しく下回っており、Pittsburghと日本の3地区との間に有意差が認
められたが(P<0.001)。日本の各地区の間では有意な差は認められなかった。
なおPittsburghにおいては、全例で発症時の目撃者の有無や発症場所が記録されていたが、目撃
者のある心肺停止例 109人中、市民による一次救命処置を受けた患者は44人(40.4%)にとどまった。
発症場所は住居が128例と60%以上を占め、この場合の市民による蘇生処置の施行率は26.8%であった。
2.救急医療システムへの通報から1次救命処置開始までの所要時間
Pittsburghにおいて、救急医療システムへの通報から1次救命処置開始までの所要時間をみると、
通報後4分以内に1次救命処置を受けた患者は57.4%を占めていた。これに対し日本の3地区では
いずれも20%を下回っており、Pittsburghとの間に有意義が認められた(P<0.001)。なお市民が一
次救命処置を行っていなかった患者において、通報後4分以内に通報後4分以内に救急隊員が現場
に到着した例はPittsburghで34.4%、松山 7.6%、東温 5.4%、米子 9.8%であり、Pittsburghと日本
の3地区との間に有意義が認められた。
3. 救急医療システムへの通報から2次救命処置開始までの所要時間
Pittsburghでは通報後4分以内に2次救命処置を開始したものが18.3%あり、10分以内を合わせ
ると83.1%を占めていた。これに対し日本の3地区ではいずれも40%を下回っており、Pittsburgh
と日本の3地区との間に、また東温と他の2地区との間に有意義が認められた(P<0.001)。
なおPittsburghでは全例がparamedicによる2次救命処置を受けており、通報からparamedicの現
場到着までの時間は平均 6.4分であった。松山では救命救急士が高規格救急車で出動した例は全体
の33.2%にとどまり(通報後平均7.2分で到着)、残りの患者では通報後平均20.6分で病院へ収容
された。東温では救命救急士が出動した例はなく、通報後平均19.8分で病院へ収容された。米子で
は全例で救命救急士が派遣されたが、その現場到着は通報後平均15. 5分であった。
4.病院外で施行された2次救命処置の頻度
各地区において、病院外で各種の2次救命処置を受けた患者の割合を、心肺停止患者の総数に対
する比で表した。まず、器具を用いた気道確保の施行率はPittsburgh 86.9%、米子91.1%に比べ,
松山では16.4%と著しく低率であった。 Pittsburghでは全例気管内挿管が行われ、日本ではすべて
ラリンジアルマスクや食道閉鎖式エアウエイなどの代用的な処置であった。
電気的除細動の施行率はPittsburgh 53.3%、米子21.4%に対し、松山ではわずか2.6%であった
(Pittsburghと日本の2地区、また松山と米子の間でP<0.001)。
末梢静脈路確保ではPittsburgh 87.6%、米子57.1%、松山では8.0%であった(Pittsburghと日
本の2地区、また松山と米子の間でP<0.001)。
なお東温地区では,病院外で2次救命処置が行われた例はなかった。一方、ピッツバーグで処置
が行われなかった例の多くは,患者本人や家族の意志による蘇生非施行,いわゆるDo Not Resuscitate
Order(DNR)の患者であった。
Pittsburghで行われたその他の院外救命処置の頻度をみると、心電図記録(95.8%)、蘇生薬の
投与(89.2%)などに加えて,中心静脈路確保(24.5%)、経皮的ペーシング(15.0%)などの処
置が行われた。病院外で投与された薬物としてはエピネフリン(86.0%)、アトロピン(80.1%)、重
炭酸ソーダ(62.2%)、リドカイン(29.7%)などが頻繁に用いられた。なおPittsburghにおいて、医
師が院外での2次救命処置に参加した比率は88.6%であった。
なおPittsburgh市は「心肺蘇生法の父」と呼ばれ、また米国のparamedic養成の先駆者でもあるPeter Safar
が、一般市民への蘇生法の教育や救急医療体制の整備をしてきたとしである3)。
それゆえ、心肺蘇生法の普及や救急医療体制において、米国の平均的な都市というよりも、ひとつの
到達目標として同市を捉える必要がある。
最初に、一般市民による一次救命処置の施行率について比較した。心肺停止発症から数分以内に救
急隊員が蘇生処置を開始できるのは、日米ともに少数の患者に過ぎない。そのため、非可逆的脳損傷
を免れうる心肺停止後3から5分以内に脳への酸素供給を再開させる2) ためには、
発見者による一次救命処置がきわめて重要である。しかし市民による蘇生処置の普及率はPittsburgh
35%に対し、日本の3地区では10%にも満たず、著しい差が認められた。わが国では自動車免許取得
者への蘇生法教習4) などの各種の努力がなされているが、今回の結果をみる限
り市民による一次救命処置は、最近に至ってもほとんど行われていないと言わざるを得ない。
Pittsburghにおいても、目撃者のある心肺停止例で市民による蘇生施行率は50%を切っていた。こ
れまでに3000万人以上の市民に心肺蘇生法の教育が行われたと言われる米国5)
においても、その普及にはなお努力を要する状態であることがわかる。場所別の処置施行率をみても、
肉親が発見者となることが多い住居での蘇生率が25%と低く、また公的な場所での施行率も50%にと
どまった。以上のことから、発見者になることが最も多い中年女性に重点的に蘇生法の普及を図るな
どの工夫が必要と考えられた。
つぎに、救急医療システムへの通報から1次および2次救命処置開始までの所要時間を比較した。
本来、心肺停止発症から処置開始までの時間をみるべきであるが、わが国では推定発症時刻に関する
データがなく、通報から処置開始までの時間を用いざるを得なかった。
まず一次救命処置では、通報後4分以内に処置を受けた患者はPittsburghでは50%を越えていたの
に対し、わが国ではいずれも20%以下であった。その理由として、ひとつにはわが国では市民による
一次救命処置の施行率が低いことがあげられた。これに加えて、救急隊員が通報後4分以内に現場に
到着できる頻度でも著しく劣っており、救急隊員の人数、救急隊のステーションの数などの面でも、
改善の余地が認められた。
2次救命処置開始までの所用時間においても、日米で大きな差が認められた。特に、救命救急士が
活動していない東温地区では、通報後10分以内に処置を開始できた例はわずか 2.6%であった。人口
が疎らな、わが国の地方の町村では、救命救急士が少なくまた搬送距離の長い点が共通している。こ
れらの地域においては東温地区と同様の状況にあると推察され、都市部におけるプレホスピタルケア
との格差は無視できない問題であると考えられる。
一方、病院外で救急隊員によって施行された2次救命処置の内容をみると、松山において、器具を
用いた気道確保、電気的除細動および輸液の施行頻度が非常に低かった。paramedicの自主的な判断
でこれらの処置を行うことのできるPittsburghは別として、松山と米子との差は主に患者数に対する
救命救急士の人数の差によるものと考えられる。松山では調査当時、心肺停止患者の約33%で救急救
命士を派遣できたに過ぎない。これらの患者の全例において2次救命処置の資格を有する救急救命士
を派遣できる体制とすることは、救急救命士制度の必須の目標ラインと言える。また東温地区のよう
に救急救命士が活動していない地域をなくするためには、鳥取県のような広域救急医療体制をとるの
も一方法と考えられる。
さらにPittsburghにおいては、paramedicの現場到着より前に消火専門の消防隊員が一次救命処置
や電気的除細動を行う制度がある。またparamedicが病院外で行う処置も、筋弛緩薬などの一部の薬
剤投与を除くほとんどの医学的処置を自主的な判断によって行うことが許されてる。さらにほとんど
の心肺停止患者において、医師が病院外での2次救命処置に参加している3)。
これらの差異を考慮すると、Pittsburghとわが国の救急医療体制の水準には、今回の分析結果が示す
以上に大きな開きがあると考えざるを得ない。そして日米の病院外心肺停止患者の救命率にかなりの
差がある6), 7) という事実がこれを裏付けている。Pittsburgh
の救急医療体制を直ちにわが国で採用することは容易ではないが、少なくとも米国において現実に運
用している都市が存在することを認識する必要があろう。
以上、米国Pittsburgh市と日本の3地区において、病院外心肺停止患者の予後に影響を及ぼすと考
えられる諸因子について比較した。その結果、一般市民による一次救命処置の施行率、2次救命処置
を開始するまでの時間、救急隊員による病院外での2次救命処置の内容、そして医師の病院外での救
命治療への参加、この4点においてPittsburgh市との間に大きな差が認められた。また2次救命処置
を開始するまでの時間や病院外での救命処置の内容なついては、国内の各地区の間にも無視できない
差が認められた。
プレホスピタルケアはわが国の医療の各分野のなかで最も遅れている領域のひとつであるが、同時
にこれを改善することによって、病院外心肺停止患者の予後のかなりの改善が期待できるものと考え
られる。今回の研究が医療従事者や救急医療行政担当者のための、ひとつの判断材料となることを期
待したい。
―心肺停止から一次および2次救命処置開始までの推定時間―
* Activities by the first responders were counted in this statistics.
日米の地方都市におけるプレホスピタルケアの比較検討
1)愛媛大学救急医学、2)同 麻酔・蘇生学、3)鳥取大学手術部
抄録 英文抄録 抄 録
Abstract
2) Dept. of Surgical Center and Anesthesiology, Tottori University School of Medicine
Received for publication on March 18, 1996.はじめに
方 法
結 果
考 察
参考文献
Table 1
Table 2
Table 3
Table 4
Table 5
Table 6
(Pittsburgh市のみデータあり)
collapse to BLS*(%) collapse to ALS*(%) 4 min 73 (36.1%) 28 (13.9%) 4-10 min 50 (24.8%) 62 (30.7%) >=10 min 20 ( 9.9%) 51 (25.3%) unknown 59 (29.2%) 61 (30.2%) total 202 (100.0%) 202 (100.0%)