DISASTER MEDICINE

Application for the Immediate Management and Triage of Civilian and Military Disaster Victims

Burcle FM Jr, Sanner PH and Wolcott BW

翻訳・青野 允、谷 壮吉、森 秀麿、中村紘一郎

(情報開発研究所、東京、1985)


II.災害医療における特殊領域の話題


11.難民の早期治療

―Frederick M. burkle, Jr. M.D., M.P.H.


はじめに

   全世界での難民の数は 2,000万人にものぼり,それらは戦争犠牲者,飢 餓者などで,自然災害や政治的抑圧などによって発生している.このう ち 800万人はアジア地区である.

 これらの難民のどれを優先して救助するかは,その地区の特殊性とと もに災害の重大さ,災害医療の発達の程度とかによって決められる.

 広範な国際的な援助活動は,現在では日常のものとなっている.種々 の機関が全世界に連絡網をつくっていて,強力なすばやい反応ができる ようになっている.にもかかわらず,災害援助者たちが災害発生後 7〜10 日以内に外国で活動状態にはいるのは,むしろまれである.したがって, その国の健康管理者は,外部からの援助者が到着するまで過度の緊張状 態におかれる.難民の死亡率は災害後最初の2〜3日は非常に高い.この 時点からのち,医療従事者は,急性の外科的,内科的治療を除けば,健 康管理,外来者の診察や移住者の健康診断などに,十分に携わることが できる.複雑な状況を克服してできるだけ速く,特に最初の36時間以内 に強力な対応ができるようにする必要がある.

 戦時下では急速に戦線が移動するために,難民は軍隊の移動医療班に 負担をかける.軍隊の必要性から軍関係者が優先して治療を受ける.そ れに,軍隊に配分された医療品や器具は一般の難民にはあまり使われず, 特に子供には使えない。

 その国や,国際的機関から派遣された健康管理者たちは,自然災害や 戦争災害などに対して短期あるいは長期にわたって広範なあるいは限ら れた展開を行う.本稿は,これらの断片的な経験から得られた教訓を生 かし,いかなる環境下にあっても難民の援助にすばやく赴くことができ るようなガイドラインを提供する.


A.緊急実施要項

1)問題の範囲の決定1)

  1. 確実に状況を把握することが効果的な計画をつくるのに必要なので, 難民数の確認をする

    a.その数の難民を救助するのに,現在の体制で可能かどうかを決定する

    b.この情報を常に最新のものにしておく

  2. 計画を実行に移すための時間を決定する

    a.自然災害は詳細な計画を立てる時間的余裕がない

    b.現在ある災害対策がただちに実行可能でなければならない

    c.時間が許せば,その災害にあわせた独特の計画であるほうがよい.

    すなわち特有の年齢を対象とするとか,おもな傷害に対応できるとか である.たとえば地震では圧迫による傷害が多いとか,移住者の難民 には感染症が多いとかである

  3. 災害対策のために用意した物資を監督するために災害援助対策本部 をつくること

    a.迅速,かつ実際的な救出計画に適応できるような問題解決表をつ くること (図II-1 2)).優先事項Iは,緊急にただちに活動する.優先事 項IIは,すぐに対応が必要な事項に同調できる.優先事項IIIは,時期 をとらえて対処する.情報交換としては,優先事項Iは難民群と救助 チームとの情報交換を効率的にする.優先事項IIは各種の救助活動者 と難民との間で広く情報を交換する.優先事項IIIは難民間での情報交 換をより濃いものにする

    b.人的,物的資源を無駄にしないためにも,早期から注意をはらい, 災害地域での各種の援助計画が重複するのを防がなければならない.

    図II-1 優先順位別問題解決表

    一般的な問題の解決特殊な状況下における問題解決のための必要事項
    優先事項 I
    (緊急活動)
    優先事項 II
    (即時活動)
    優先事項 III
    (適時活動)
    1. 情報交換   
    2. 災害対策の伝達   
    3. キャンプの設置と設計   
    4. 民間救急隊と郡の救急隊   
    5. 十分な自給   
    6. 食物供給   
    7. 健康・衛生管理   
    8. 避難活動と休養   
    9. 集団免疫   

    (許可を得て Shaw R: Health Services in disaster: Lessons from the 1975 Vienam evacuation. Milit Med 142: 307-311, 1979より引用)

2)情報交換(「7.通信手段」参照)

  1. 地区相互の効果的な情報交換がないと医療チーム間での混乱が生じ, 健康衛生問題での対応が遅れる2),3)

  2. 簡単な携帯用通信手段は,いかなる災害に対応する場合でも携帯す べきである(たとえば,メディコム,携帯トーキー,CBラジオ)

    a.災害対策チームは,その地区にある地方通信手段を手にいれるべきである

    b.携帯用の通信手段は維持が簡単で,使用が簡単なものであるべきである

    c.通信機器の維持管理者をはっきり決めておき,いつも目につくようにすること

  3. より多くの難民が集合したところでは,常に公共的な設備がただち につくれるようにしておく

    a.手短によくとおる声で,PAシステムを使って生きた情報を伝えるようにしなければならない

    b.情報の伝達者あるいは難民の代表者を早く決めることは重要なことである

3)すばやく健康状態を把握することと,難民を疾病から予防する必要性

  1. 伝染病の管理,特にそれらのデータを集め,分析し,その結果を広く配布することが緊急医療の場合,対応の初期の段階で必要であることが経験から示されている.4),6)

     これを行わないと,直後あるいは事後の難民の死亡率,権患率が高く なり,おもな死亡の原因の認識が遅れる

  2. 特別な手段

    a.到着と同時にすべての重症の難民のトリァージ

    b.医師および看護婦の病院派遣チームのテントでもう一度トリア−ジを行い,すべての患者の年齢,性,疾病の診断を記録しなければいけない

    c.すべての医療テントからのデータを中央で見直し記録簿から増 加状態,死亡率,権患率などによって診断を同定して総括せねばなら ない

    d.埋葬者のデータ(年齢,性,診断)は,死亡の危険性とか,確定診 断を同定する手助けとなる.死者の診察に当たっては感染症の予防が なされなければならない

    e.検査データを整理することで,高い死亡率をもつ疾病か権患率の 高い疾病かを早期の検査で見出しうるパターンを同定する.塗末標本 によるマラリア,貧血とか血液型やクロスマッチ,脳脊髄液の塗末標 本などが,多くの医療テントから寄せられれば病気の同定が早く得ら れる.このように整理をすはやくすることによって,これらに通した 人材とか資材とか治療法とかを誘導できる(たとえば,移動血液銀行, 抗マラリア薬や抗生物質の供給,伝染病専門家や隔離施設など)

    f.救急医療者と統率者との密接な関係によって次のような効果が得 られる

    1. 死亡率が急激に低下する

    2. 権患率が急激に低下する

    3. トリァージがより正確になる

    4. 不適当な入院が減少する

    5. 治療効果が非常によくなる

    6. 治療方法や優知頂位の変更が行われる

4)伝染性疾愚対策

  1. 難民キャンプは不十分で混雑している.早い処理と伝染性疾患対策 が重要である

  2. 公的な衛生対策が十分であれば,難民キャンプの計画や建設が早く 優先される.これらは汚水処理や便所や伝染性疾患の対策に必須である2),3),7).軍の医療団や移動班や予防医療班などはこういった設備にすばやく対応できる。

5)水

 指針では同定した難民の設備には1日1人当たり 150ガロン(568 L) の水が供給できるようすすめている.最初の36時間あるいはもう少しの 間は,水の使用は飲料と手洗いと料理だけに制限できるので,1日1人 当たり 75〜 100ガロン(284〜379 L)とすることができる7)

6)栄養物

  1. 救援物資が最初の医療チームの到釆とともにやってくる.初期の難 民のトリアージでは,脱水,衰弱,浮腫,貧血,ビタミン欠乏者などを 分類する

  2. 次のトリァージでは,分類した難民あるいはその一群には別の場所 で水分とか栄養物の供給を急いで行う

  3. 救援物資の無駄使いには極力注意をはらう.粉ミルクは豊富に供給 され,また容易に配給されるが,ミルクに馴れていない大人や子供の難 民たちの胃腸管系にはかえって害がある.アジア,アフリカ,インドな どの熱帯地方では,ミルクによって,強烈な下痢,脱水,電解質失調, 幅吐,誤飲やアレルギー反応をも引き起こす.同じ問題が汚染水を使っ た場合にも起こる8)

  4. 簡単な経口水分補給法は,次のようなものを加えてできる

    a.一般的な弱い低張液は次のものを加えればできる9)

    1. スプーン2杯のブドウ糖
    2. スプーン1杯の塩
    3. スプーン半分の重曹
    4. スプーン 1/4杯のクエン酸カリウム
    5. スプーン 1/8杯の硫酸マグネシウム

     以上の 1〜 7を,煮沸した1Lの水に加える

    b.子供のための砂糖と塩との溶液の簡単な作り方2)

    1. スプーン2杯の砂糖
    2. 塩錠剤1個( 2.6 g)
    3. 塩化カリ錠剤2個(1g)

     以上の 1〜 3を,煮沸した水 1 Lに加える.1/8に薄めたコンデンス ミルクを甘くして加えるかそのまま与える.子供には体重 1 Kg当たり 3時間ごとに 1 oz(30 ml)を最高 8 oz(240 ml)まで与える

    c.両親には煮沸した水1バイント(0.74 L)にひとつかみの塩(親指と 2本の指でつかんで 1.5 gに相当)をいれてつくることを教える.この簡単な水分補給方法は未開発国の難民に容易に教えることができる10)

    d.大量難民の経口投与の場合

    1. スプーン1杯の塩
    2. スプーン半分の重曹

     以上の 1, 2を,煮沸した1ガロン(3.758 L)の水に溶かす.この水を コップ1〜2杯ずつ与える

7)予防注射

  1. 難民への集団予防注射は,災害の最初の36時間の間では難民救助と しては必要がない.集団予防注射では伝染病の予防はできない2)

  2. 集団予防注射を決めるまえに,十分な注意深い分析が難民に対して なされなければならない

  3. 集団予防注射を実施するには,十分な医療チーム,資材の保存や補 給が必要である.最初の36時間は優先すべきではないし,予防医学的な 分析がなされていない場合には,いかなるときでもその可能性はない. また医師団は緊急を要するときにこのような仕事に気をとられるべきで はない

  4. 衛生管理チームや災害救助者にとっては,現在進行している災害救 助計画の一環として,最新の予防医学記録をつくることのほうがもっと 実際的である.救助者が仕事を始めようとしているときに予防注射をす ることは実際的ではないし,その必要もない

8)精神衛生

  1. 難民が経験する心理的なストレスは,彼ら自身の地方や国または彼ら自身の 社会的に留まっている被災者にみられるよりも,その人間性に対してはるかに 障害になる(「15.神経精神災害」参照).その理由は次のよ うなものである11),15)

    a.災害救助や軍隊の活動を直接目にすることによるストレス

    b.避難によるストレス

    c.生き残るための基本的な能力の欠如:食料,水,テント,安全な ど

    d.寄せ集められた集合での社会性,自己同定や個性の欠如

    e.新しい言葉 新しい民族や新しい文化にさらされるために生ずる ストレス

    f.外地あるいは外国の言葉のなかで彼らの要求を表現するときの欲 求不満や孤独感(これらは妄想となり,難民ではよくみられる)

    g.家族を失ったり,家族から離れること

    h.離れ離れの知人や友人と連絡できないこと

    i.集団のなかに長くいて,プライバシーがないために生ずるストレ ス

    j.身体的な疲れ,睡眠不足や栄養失調などはすべて,精神的に不安  定になるもととなる

    k.滞在している国に負担をかけているとか,望まれていないなどと  思うことによるストレス

    l.生きようとするための意志,かくしだて,利己主義,暴力や犯罪  行為など

    m.実際に病気やけがであったり,病気になるかもしれないという恐 れからくる自我の崩壊など

  2. 心理的によい状態にある場合には,難民は医療救助によく適応する. 救いようのない,希望のない感じを経験する難民の多くは,十分に医療 を施しても病気やけがが治りにくい.こういった可能性を早く認識する ことが重要である

    a.衛生管理従事者として働く者は難民の孤独感と絶望感を読み取り, これを理解し,安心感を与えるために彼らと意志の疎通を図ること

    b.病気が疑われる人には看護婦やボランティアとか通訳を当てる. それが文化的に受け入れられると,隔離された難民とベアを組む(buddy system) buddy.それが有用な方法となる

    c.難民にその環境についてのオリエンテーションをする.家族につ いて尋ねたり,災害まえの生活や仕事について尋ねたり,それについ ての興味を示したりする.彼らの生活管理についてただちに実行でき るような計画について話し合いをする

    d.よい聞き手となること.すなわち彼らが自分自身の気持ちを話し たり表現したりすることを勇気づける.感情を表したり,悲しんでい るときに離れていってしまわないこと.難民の失ったものへの深い悲 しみに十分心を向けること

    e.感情を表すときに彼らの文化的表現を理解するような知識をもつ こと

    f.宗教的な儀式とか,相談を受け入れられるように準備すること

    g.彼らの職業にまつわる義務的なことに熱中できるようにすること

    h.救済センターが彼らの期待に応えられないときには,いくら理想 をいっても失望するだけだということを知らせておく.また,難民は 救済センターに到着するとすぐに身内を失ったことを知るということ を覚えておく必要がある


B.自己管理

1)衛生管理従事者は肉体的,精神的な過労になりがちである(「
15.神 経精神災害」参照)

2)気候のかわったところでは,うつ熱や脱水に注意して塩錠剤や電解 質液をとるようにする9).救助者は安全な水を使用するように心がける. 驚くことに,救助者のほうが気をつかって患者よりも自分自身に基本的 な注意をはらわないものである

3)著者の推奨する事柄は次のごとくである

a.自分の仕事に役立つような医学的な言い回しや社会的な言い回し などの生きた言葉を増やすこと

b.自分が扱う人々あるいは国の習慣的な要求については確実な方法 で精通していること

c.十分に耳を傾け,実務に謙虚であること.いまいま救助者は力を もっているということから,自分の国にいるときよりも外国人のよう に難民を扱う

d.自分の患者を扱う場合にも,また自分の手に負えないような要求 がなされる場合でも,うまくトリアージができるようにつとめること

e.身体理学的診断を確実にするようにっとめること.これは非常に 有用な方法である.なぜならそこでは検査室もしントゲンも容易に手 にはいらないからである

f.補給や器具の不足の障害に打ち勝っために創造的であること g.懐牲者に理解を示すばかりでなく,自分自身の反応をよくみるた めに,心理学を学ぶこと

h.アルコールや薬物は,特に疲労と重なったときには人間的な円満 さを荒廃させることを覚えておく.しかしそれらは,変化した耐えら れない環境において,無能であるといった不安や感じをまざらわせる ために使用されている

i個人的な友人関係を確立させる.もっと友人を欲しいと思っても 時間がない.怒りを口にだしたいときに,この友人に向かって言う. 怒りを口にだせば患者に当たることが少なくなる

j.もしできることならリーダーシップをとること

k.いかにして他人に仕事を任せ,いつ任せるかを知ること

l.絶え間なく救急患者のために働いている人たちに頻繁に休養をと らせること

m.適当な防御対策を身につけておくこと

  1. 鎮圧:自分自身に向かう周囲の感情や肉体的な脅しなどを避けられるようにしておく

  2. 突飛なことを受け入れる:自分が制御できないことやかえるこ と とができないことについて深く考えないこと

  3. ユーモア:自分の弱点こついてユーモアをもつこと.このこと は,他のチームからの信頼を得,緊張を解きほぐす助けとなる


C.戦闘からの難民保護

1)国連難民高等弁務官事務所(UNHCR),国連人権憲章,国際赤十字 連盟は,ともにジュネーブ条約に基づき個人の基本的人権を認めている. したがって,難民や国を失った人々は保護されなければならず,また彼 らは福祉が受けられる

2)人権法や国際人道法にのっとった国際難民法が適用される.すべて の保証を伴った難民法が権威をもっており,習慣的な法則やまたは文明 国の一般的に認められた法則を包括している.しかしながら,こういっ た法則は強制力をもっていない


引用文献

1) Stalcup SA et al.: Planning for pediatric disaster-experience gained from caring for 1600 Vietnamese orphans. N EngI J Med 293, 14: 691-695, 1975.

2) Shaw R: Health Sciences in a disaster: Lessons from the 1975 Vietnamese evacuation. Milit Med 142: 307-311,1979.

3) Shaw R: Preventive medicine in the Vietnamese refugee camps on Guam. MiIit Med 141: 19-29,1977.

4) G1ass RI et al.: Rapid assessment of health status and preventive medicine needs of newly arrived Kampuchean refugees, Sa Kaeo,Thailand. Lancet 24,1: 868-872,1980.

5) Goodman RA and Speckhard ME: Health needs of refugees. Letters to the Editor. Lancet 24, 1: 1139,1980.

6) Ebrahim S: Health needs of refugees. Letters to the Editor. Lancet 24, 1: 1139-1140, 1980.

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16) Chamberlain BC: The psychological aftermath of disaster. J Clin Psychiatry 41, 7: 238-244, 1980.

17) Patnogic J: lntenational protection of refugees in armed conflicts. Ann Droit lnt Med 29: 95‐105,1980.

―訳・森 英麿


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