(情報開発研究所、東京、1985)
Frederick M Burcle, M.D., M.P.H
市民の災害への反応に関する最新の知識は,軍事精神医学から一次的
に導きだされた概念や創意を研究することから得ている.第二次世界大
戦の最初の研究は,ストレスによって導かれる精神的異常の過程に焦点
が当てられていた(外傷性戦争神経症2)).戦後の災害の経験は,戦時の知
識と経験からストレスを考えた.戦闘または平時の災害によるものであ
っても,ストレス反応は,最初は一時的な状態として考えられていた.
長期間の疾病あるいは予後の悪い疾病と神経症を関連づけ,これらの反
応を神経症であるとした初期の名称は正しくない.外傷性情動反応は,
ストレス反応に分類される3).しかしながらある追跡調査によると,最初
の受傷時(傷害後ストレス状態4))から何年にもわたって初発症状が残るこ
とがあり,ある研究者たちはこれを外傷性戦争神経症(註)と名づけている.
著者としては,これはあやまった呼び名であると言いたい.この言葉
は,将来の長期間の評価でそうでないとはっきりするまでは,反応とか
不調とかの言葉(すなわち,戦傷反応)で置き換えておくべきである.災
害時のストレスは,死に至る危機に際して落ち込みやすい人や,たとえ
ば遺伝的に性格異常の素質をもつ人,素質または性格異常の人にとって
は,慢性的な精神障害となる一つの要因ではある.
しかし,典型的な精神異常は外的なものによっては誘発されないこと
が明らかとなっている.第二次世界大戦の記録によると,軍隊での精神
病発症率は戦時と平時とで同じである10).一時的な情動反応は,そのうち
のいくらかは重鷺な精神的異常行動を起こしているが,危険がみせかけ
であったり,あるいは本当の危険が去るや否や症状が改善してくる.
第二次世界大戦や朝鮮戦争のときに,戦闘に関連して発症した精神病
をもつ兵隊たちが,“急性分裂病”の診断のもとに撤退した.しかしこれ
らの兵隊たちは回復し,精神的異常行動が完全に消失するので,しばし
ば軍医がくやしがるほどであった.だが不幸にも,“分裂病様”という診
断は彼らの記録に永久に残された.
戦時あるいは平時の災害に際して,情動反応についての知識が増えて
くるにつれて,精神管理者はその考えをかえるようになった.現在の
『災害医学用語III11)』では,以前の『災害医学用語II』での急性分裂病のよう
に限局したしばしば不正確な分類を,短期間の反応性精神病として包括
している.
したがって,読者は戦時や平時の災害での強度のストレス反応があら
ゆる人に影響を与えることを理解しなければならない.感じやすいとい
うことは一般的なことである.戦時あるいは平時でも,神経精神的な障
害はしばしば一時的な“適応不全12)”として理解されている.“反応しない”
というものではない.
早期の状況のもと(すなわち,最初の36時間)では,診断せずにおく
ほうが,永久に残るような診断をしてしまうよりもよりよい.臨床的な
印象として,徴候や症状を手短に記述して,いちばん急ぐ特定の症状に
対してのみ治療を行うことをすすめる.
b)相13)
第二次世界大戦における空襲下のイギリスでも,原爆後の日本でも,
世界中の平時の大災害時でも,精神病やそれによる入院の割合は増えて
いない10).
肉体的な被災についての診断や治療において,急性の精神的な問題を
伴っている場合に,災害の精神的な面を取り扱ったり,あるいは他の健
康管理にも携わるようなところは,ごくわずかの民間病院だけである.
結果として,対応に誤りがあったり,不必要な入院や治療が行われたり,
トリアージ過程で混乱と遅滞が起きたりする.
平時での災害経験では 1/3の人はほとんどストレスを示さず,2/3の人
がストレスあるいは軽い抑うつを示し,1%以下の人が重鷺な障害に
悩む17).Tyhurstの報告によれば,災害時には12〜25%の人が冷静で沈着
であり,一方,普通の人の75%が一時的にびっくり仰天してうろた
える16).
平時の災害では次のようなことが強度のストレスとなる.
人々は平時の災害で次のような症状を現す.
Tyhurstと Glassは,衝撃期では75%の人に災害時症候群がみられる
と述べている10), 16).これには次のようなものが含まれる.すなわち,感情の
欠如,活動性の抑制,素直さや反応の欠如,不随意運動や恐怖心の生理
的表現などである.表II-3,4はこれらの諸相と行動について示してい
る.
(the Classification of Glass10) and Tyhurst16)より改変)
(the Classification of Titchener and Ross13)より改変)
訓練が神経精神の破綻から個人を護る基本的因子であるということが
示されているが,すべての人の刺激防壁機構はそれに勝るものである.
1)戦関的因子の関与12)
2)非戦闘的因子の関与24)
以前の戦争で戦争神経精神障害者は23%に達した12), 30).野戦司令官は少な
くとも10%台を予想していた27)が,ベトナム戦争での神経精神障害の割合は常に6%以下であった12), 30).この理由として次のようなものがあげられる27).
3)分類
Petteraらは,ベトナム前線での戦闘による情動反応に三つの型がある
ことを観察した28).
a)精神的苦痛を伴った戦脇による疲労
b)戦闘に対する反応
Petteraらは,この神経症が限られているのを認め,これに反応という言葉を当てはめた.
c)一時的な不安反応
Eisemanは,ストレスによる不安を募らせるような一人きりの夜間歩
哨の役割について研究し,その結果,このような状況では幻覚の傾向が
あることを強調した27).
Blockは,前線撤退して神経精神鑑定のために入院した人々を観察し,
急性の診断的分類を行った29)(表II-5).その結果,はじめ精神病と診断された人の56%が現役に復帰し,28%が急性の状況反応と新しく診断され
た.戦闘による過労を示したものは100%が現役に戻った.治療計画は,
その最終目標が早期の現役への復帰であり,精神病の内面よりも
兵士の人間関係のほうがたいせつであると強調している29).
他の研究では,性格や行動の異常は他の分類に属し(40%32)),わずか13%の人が精神病,神経症として分類された33).Tischlerは,4か月に満たないベトナムでの研究で,神経精神病のほとんど半数が17歳から20
歳の若者であり,核家族の育ちであり,両親と親密に関係があり,高校生活
ではしばしば孤独であったことを示している33).これと逆に,Schramel
は,ベトナムから退役した100人の神経精神病患者を研究した.これら
の患者は志願兵ではなく,既婚者であり,年をとっており,家族は分裂
していて不幸な結婚生活の経験をもち,80%がアルコール中毒であっ
た.Schramelの知見は朝鮮戦争でみられたのと同じであった34).Strange
は,海軍での病院船でみられる患者を三つのカテゴリーに分けて記した35).
戦闘のストレスは,性格・行動異常の49%,精神神経異常の47%に
みられるほど大きな誘因となるものである.これらのうちの多くの人々
は戦闘によるストレスの経験がなかったとしても,病院から逃亡するで
あろうということも確かめられた.したがってこれら精神病患者にとっ
ては,戦闘経験は発症に関与する重要な因子とは考えられない35).
あらゆる患者は次のことを必要とする.
メリーランド州の Montgomeryでの大災害計画に盛られたような精神
救急処置は,大災害犠牲者にみられる無数の反応に対して実際的応用が
利く36)(表II-6).
犠牲者の10%以上がかなりひどくて,追加の休養とか,現場からの移
動とか,身体的拘束とか,鎮静薬あるいはまた抗精神病薬,抗不安薬な
どを必要とした.
(M51-400-603-1: Triage P1an: Montgomery County, Maryland. Dept.of NM-Resident Instruction, Med. Field Man., U.S.A. Med. Cntr., Fort Sam Houston, TXより改変)
2)薬物療法
a)急性不安反応
(b)ジアゼバム(ヴァリウム)
(c)フルラゼバム(ダルメーン)
(2)抗ヒスタミン薬
(a)ヒドロキシジン(ビスタリル,アタラックス)
(b)べナドリール
(3)バルビツレート
(a)フェノバルビタール
(4)麻薬
(a)メベリジン(デメロール)
(b)モルフィン
b)恐怖反応
(1)抗不安薬
(2)抗精神病薬
(a)ハロベリドール(ハルドール)
(b)ベルフェナジン(トリラフォン)
(c)その他
c)神経遮断薬の急速な筋注による作用
急速な神経遮断薬の筋注は次のような状態を惹起する37).
これらがみられれば,経口投与に切り換える.混乱に伴うこれらの精
神異常行動の回復が速く,睡眠障害がなければ抗不安薬のみでよい.も
し,行動や睡眠状態が精神病の急性期の状態であれば経口抗精神病薬を
投与する.経口薬投与は最初の24時間に症状を軽減させるのに必要とし
た筋注量の2倍量とする.
(1)副作用
d)短期の反応性精神症
(1)クロルプロマジン(トラジン)
(2)チオリダジン(メラリール)
使用量は,50〜75mgを筋注,その後経口で1日 4回100 mgを投与.
生命の危険がある場合や童篤な疾病となるような場合で,しかも神経
精神的障害のためにその治療をするのに遅れるか,妨げになるようなと
きはハロベリドール(ハルドール)を緊急に静注する38).
投与は1分間5mgの割合で行い,効果が現れるまで10〜40分かかる.使用の上限は30秒に5mgまたは1分間10mgである.この割合だと血圧や脈拍には影響が
ないが,特に多発外傷では頻回に測定すべきである.経鼻胃カテーテル
から高濃度のハロペリドール2〜5mgを投与する方法は急速で確実に鎮
静が得られ,特に多発外傷で経消化管投与が好まれるか,または鎮静を
得るのに呼吸抑制の恐れがないことが望まれるときには,この方法がと
られる(たとえば胸部,腹部外傷者など)39).
e)戦闘に関係した異常
(2)戦闘反応(神経症)
グループとしては,小児は短期あるいは長期の神経反応が記録されて
はいるけれども,回復しやすい.しかし,以前から情緒的問題,たとえ
ば両親と離れているとか,両親の精神病的症状が反映されているなどを
抱えている場合には危険が大きい40), 41).
2)高齢者
高齢者では自己固有感覚や時間感覚の喪失を経験する.高齢者は衝撃
後の時期に子供と一緒に行動することが有益である41).
3)精神病者
ある精神病者は大災害に際して一時的に改善傾向を示す.そして,救
援者や他の患者の手助けをすることができる42).神経症,抑うつ者,性格
問題患者については,正確な予見をするに十分なデータはない.もし,
精神病用のベッドを重症者に明け渡さなければならないとしたら,精神
病患者をこういった症例に詳しい精神科医によって病院の外に出しても
よいかどうかのスクリーニングをするか,または一時的に看護できると
ころか,集団管理所などに移さなければならない.
4)健康管理者
一つの大掛かりな経験から,医療救助の心構えや予想,機構などは短
期のためのものであることがわかる.災害を引き起こす事件の性質によ
って緊急医療の予想というものは異なる.在来の医療従事者は状況がい
ったん固定してはじめて予想できる.救援者はこの現状から適当な精神
的距離をおくような観察者を残すことができる.医師,特に外科医はこ
ういうことに動揺せず,かつ沈着であるかもしれない.ある程度の距離
をおくことは,医師にとっては災害中のいろいろな要求を満たすために
も必要なことである.しかしながら,健康管理者は感情的な衝撃に免疫
されていない.Edwardsは,看護婦が短期間の市民災害中に活動するに
あたって,ストレスとなるものの要因をあげている41).
戦争中にみられるような,医師が一定の距離をおいて行動するような
客観性は,彼らが教育を受けた医療センターのようなところでは必要と
されたが,社会の完全な一員となった今ではそれが失われてしまってい
る.もし基本的な生物的,社会的要求が満たされない場合,健康管理者
はその役割や自分自身の面倒をみる機能をなくしているだろう.このこ
とは広島で起きており,24万5千人のうち7万5千人が死亡し,10万人
が原爆により障害を負った.150人の医師のうち,わずか30人が生き残
った43).1,780人の看護婦のうち,わずか126人が生き残ったのみである.
Edwardsは,神経精神的看護には次のようなことが含まれるとしてい
る.
a)精神病救急外来ユニット
引用文献
――訳 森 秀麿 15.神経精神災害
はじめに
A.心理学説
B.平時の災害に伴う神経精神障害についての概念
時期(相) ストレス 心理的行動 衝撃前 心配 拒否あるいは不安 警告 ストレスの予感 拒否または防御行動 衝撃 避けることのできない最大の直接物理的ストレス
12〜25%:落ち着いて、きびきびと働く
75%:一時的に仰天して、うろたえる
12〜25%:不適当な行動、混乱、不安、ヒステリ−後退 ストレス消褪 90%:自分を取り戻す、直前の出来事の自覚、はじめて感情を表す 衝撃後 第一次、第二次ストレスの後遺症 悲しみ、憂うつ、外傷後ストレス症候群、精神身体の異常の訴え、種々の反応
表II-4 大災害の諸相
時期(相) 心理的行動 衝撃前期 迫っているストレスの認識 衝撃期 刺激防御機構が過度になる 急性混乱期
(通常一時的)混乱、意識がぼやける、記憶障害、判断力の障害、感情の上下、状況の把握の障害 退行期 混乱に抗する利己主義の縮小 再生期 利己主義の回復 C.戦闘時の神経精神障害についての概念
診断 % 入院期間 精神病 44.0% 14日 非精神病性急性状況反応 17.5% 6日 精神神経症 12.3% 8日 性格行動異常 11.2% 8日 アルコ−ルや薬物常習 6.8% 2日 戦闘による疲弊 5.7% 3日 D.治療方法
反応 症状 すべきこと してはいけないこと 正常 震え,筋緊張,発汗,悪心,軽度の下痢,頻尿,心悸亢進,呼吸促迫,不安 保障を与える,団体でいるようにする。動機づけをする,よく話し合う。みな落ち着いていることをみせる 怒ってはいけない。過度に同情しない 個人的パニック状態
(逃走反応)理由もなく逃げ出そうとする。公正な判断を欠く。とめどもなく泣く。あたりをかけずり回る 最初は親切にしっかりせよという。飲み物とか食物で少し暖かくしてやる。必要ならば隔離する,やさしくする。話すように勇気づける(対応者)。自己の限界を心得ておく。 厳しく制止しない。なじらない。水をかけて静めようとしない。鎮静薬を投与しない 抑うつ
(低活動的反応)
何もせずに立ったり座ったりする。表現がうつろ。感情表現に欠ける
できるだけ早く対応する,感情交流をする。何が起きたかを語らせる,やさしくする。患者および対応者自身での怒りの感情を認識する。単純な決まった作業をみつける。温かい食物や飲み物を与える 元気をだせといってはいけない。過度の哀れみをかけない。鎮静薬を投与しない。怒ってはいけない 表現過多 議論しすぎる。早くしゃべる。不適当な冗談をいう。たえず何かをいう。一つの行動からほかの行動に移りすぎる。 話をさせる。肉体を使うような作業をみつける。温かい食物や飲み物を与える。十分監視すること。自分の感情を知っておくこと。 話をやめさせない。過度に同情しない。鎮静薬を投与しない。議論しない 取り乱す 激しい悪心,瞳吐。体の部分を動かせない 興味を示すこと。忘れさせるためにごく軽い作業をやらせる。慰めるようにする。必要なら医学的補助手段を使う。自分の感情をよく知っておくこと まちがっているとはいわない。責めない。馬鹿にしない。無能であることをあからさまに無視しない。
使用量は,2〜5mgを経口で1日4回,あるいは 5〜10mgを静注.
使用量は,15〜30mgを経口.
自然のREM睡眠が早晩みられるのは童篤な場合である.E.特殊な年齢層の反応
F.予防
G.神経精神災害のトリアージ
b)危機情報ユニット
c)関係者待期ユニット
d)精神異常者救助チーム
e)精神災害者ユニット