一次救命処置に関する勧告声明

R.W. Koster, L.L. Bossaert, J.P. Nolan, D. Zideman
―ヨーロッパ蘇生協会(ERC)に向けて、2008年3月31日


ERCホームページ上の原文 (最終更新:2008年4月28日、ウェブ担当者への連絡先

 一次救命処置(BLS)の訓練を受けている人が成人の突然の虚脱を目撃した(バイスタンダーとなった)場合、直ちに救助行動(100/分の速さ、十分な力・深さでの胸骨圧迫30回、続いて2回の口対口人工呼吸)を開始しなくてはならない。救助者は、人工呼吸による胸骨圧迫の中断が最小になるようにしなければならない(should ensure)。同時に、他のバイスタンダーは、救急隊に通報をしなければならない。胸骨圧迫と人工呼吸というこの一連の繰り返し(sequence)を専門の救助者が現場に到着するまで続けなければならない。BLSの訓練を受けていない、あるいは、口対口人工呼吸を行うことを望まないか、実施できない市民救助者の許容できる選択肢は100/分の速さで連続的な胸骨圧迫を行うことである。BLSの訓練を受けていない救助者を指導する場合や電話でBLS口頭指導をする場合の優先すべき指導事項は、専門の救助者が到着するまで絶え間ない胸骨圧迫を行うということである。

 この声明は、2005年11月に出版されたヨーロッパ蘇生協議会2005年ガイドラインによる推奨1を補強するものである。このガイドラインは、2005年11月に出版された科学的なデータの広範囲なレビュー(ILCOR-CoSTR, 2005)2に基いている。このレビューは、胸骨圧迫、口対口人工呼吸、胸骨圧迫と人工呼吸の種々の組合せなど、心肺蘇生(CPR)に関するすべての入手可能な研究を取り入れている。ヨーロッパ各国のほとんどの蘇生機関はこのガイドラインを採用し、自国語に翻訳して、教材に取り入れ、市民救助者や専門救助者に対するトレーニングと再トレーニングのプロセスを始動させた。このプロセスはまだ完了してはいない。

 2005年以降、CPR中に胸骨圧迫と共に行う口対口人工呼吸の価値を検討した、更なる科学的研究3-5が発表された。これらの研究は、胸骨圧迫と組み合わせて行う人工呼吸は胸骨圧迫のみのCPR(換気によって胸骨圧迫が中断されない)に比べ、統計学的に有意な付加価値がないことを示唆している。CPRを実施しようとするバイスタンダーの割合があまりに低いこと、そして病院外心停止からの蘇生率が低いことが、長年にわたって指摘されてきた。アメリカ心臓協会(AHA)は、これらの事実と最近発表された 諸研究に促され、成人が突然虚脱するのを目撃した場合バイスタンダーは人工呼吸なしで胸骨圧迫のみを行うべきであるという声明6を公表した。AHAはこの声明で、AHAは行動を起こしてCPRを始める救助者の数が増えることと、突然の心停止傷病者の生存率が向上することを期待している。

 ERCは入手可能な、出版済みの科学的エビデンスを再検討した。ERCは、これらのエビデンスでは現行のBLSガイドラインを変更するには足らないと考える。AHAの推奨には以下に示すいくつかの、重要な、考慮すべき問題がある。

  1. 最近発表された研究は1990年から2003年の間の(訳者註:心停止例を扱った)、対照を置かない(uncontrolled)、経験に基づく観察研究(observational studies of experience)に過ぎない。そのような研究は、CPRのいずれの方法であれそれが他より優れているのか同等なのかについて決定的な結論を可能にするには、一般的に不十分であると考えられている。これらの研究における転帰結果(訳者註:1990年〜2003年に実施された研究の心肺停止例では、胸骨圧迫のみのCPRと従来法のCPRとで同等)は、口対口人工呼吸を組み合わせた胸骨圧迫という現在の推奨が胸骨圧迫のみのCPRより優れているという仮説と、今も矛盾していない(are still compatible with the hypothesis)。

  2. この瞬間にも、世界的規模で、蘇生に関する全ての科学的データを科学的に検討するプロセスが始められている(has been initiated)。新しい科学的コンセンサス(consensus on science)は2010年に発表される予定であり、この過程の成果を待ってでガイドラインの新たな変更を勧告するのが妥当である。

  3. 2005年のガイドラインのときからすでに、中断を最小限にした良質な胸骨圧迫の重要性が強調され、圧縮:換気比率は15:2から30:2に増加している。さらに、ERCガイドラインはAHAのそれとは異なり、人工呼吸を試みる前に30回の圧迫を行うよう指示している。胸骨圧迫のみのCPRとGuidelines 2005に従って実行されたCPRとを比較した研究の報告はないのである。

  4. 2005年のERCガイドラインはヨーロッパ中に導入されつつある(are being implemented)。現行のガイドラインが導入されている時期に新たな変更点を取り入れることはCPRの質を損ね、また数十万人に及ぶ潜在的な救助者たちへの教育のためにもならない(It is not in the interest of the quality of CPR and of teaching・・)。結果として生じる混乱は逆効果である。

  5. ヨーロッパでは、訓練を受けた市民救助者がCPRを行う割合は既にかなりのものだ。その率は27〜67%で、合衆国で一般的に認められる数字よりかなり高い7,8。それゆえ、市民救助者がCPRを実行することを推奨するためのガイドラインを単純化する必要性は、潜在的にCPRの質を犠牲にする可能性もあり、合衆国でのようには説得力がない。

  6. 最後に、たとえ胸骨圧迫のみのCPRが推奨されることになっても、人工呼吸が依然として重要であるいくつかの状況が残るだろう。そのような状況とは目撃されていない心停止、小児の心停止、病院内心停止の大部分、溺水や気道閉塞のような非心原性心停止、およそ4分以上蘇生処置を行っている心停止などである。 このリストは不完全かもしれない。市民救助者がこれらの状況を自信を持って認識できるとは思えない。そして胸骨圧迫だけをすることを教えられた場合には、不十分な質のCPRを多くの傷病者に実施する可能性がある。

 従ってERCは引き続き、良質で中断が最小限の100/分の胸骨圧迫と交互に2回の人工呼吸を30:2で行いまた指導するように推奨する。(なお)口対口人工呼吸を望まないか実施できない救助者においては、胸骨圧迫のみの方法は、CPRを全く実行しないことより遙かに好ましい対応となる。


参考文献

1. [全訳] Handley AJ, Koster R, Monsieurs K, Perkins GD, Davies S, Bossaert L. European Resuscitation Council guidelines for resuscitation 2005. Section 2. Adult basic life support and use of automated external defibrillators. Resuscitation 2005;67 Suppl 1:S7-S23.

2. [全訳] International Liaison Committee On Resuscitation. Consensus on Science and Treatment Recommendations. Resuscitation 2005;67:181-314.

3. [全文] Bohm K, Rosenqvist M, Herlitz J, Hollenberg J, Svensson L. Survival is similar after standard treatment and chest compression only in out-of-hospital bystander cardiopulmonary resuscitation. Circulation 2007;116:2908-12.

病院外バイスタンダーCPR後の蘇生率は従来のCPRと胸骨圧迫のみのCPRとで変わらない(Bohm K et al.)
 背景:われわれは院外心停止でバイスタンダー心肺蘇生法(CPR)を受けた患者を対象に、 胸骨圧迫+口対口人工呼吸による従来のCPRを受けたか、胸骨圧迫のみを受けたかで、1カ月生存率に違いがあるかどうか比較した。
 方法と結果:院外心停止でバイスタンダーCPRを受け、1990年から2005年の間にスエーデン心停止登録(the Swedish Cardiac Arrest Register)へ報告されたすべての患者を対象とした。救急隊が心停止を目撃した例は除外した。全11,275例のうち、73%(n=8,209)が通常のCPRを受け、10%(n=1,145)は胸骨圧迫のみを実施された。1カ月生存率に関して、従来のCPRを受けた患者(7.2%)と胸骨圧迫のみのCPRを受けた患者(6.7%)との間に有意な差は無かった。
 結論:バイスタンダーCPRを受けた院外心停止患者において、胸骨圧迫と口対口人工呼吸による従来のCPRと、胸骨圧迫のみの簡略式CPRとの間で1カ月生存率に有意な差はなかった。

4. [全文] Iwami T, Kawamura T, Hiraide A, Berg RA, Hayashi Y, Nishiuchi T, et al. Effectiveness of bystander-initiated cardiac-only resuscitation for patients with out-of-hospital cardiac arrest. Circulation 2007;116:2900-7.

院外心停止患者に対するバイスタンダーによる胸骨圧迫のみの蘇生の有効性(Iwami T et al.)
 背景:過去に実施された動物実験や臨床研究は、病院外における心停止に対するバイスタンダーによる胸骨圧迫のみの蘇生が従来の心肺蘇生法(CPR)より優れているかもしれないことを示唆している。われわれは、病院外での心停止後15分以内であれば、バイスタンダーによる胸骨圧迫のみのCPRと従来通りのCPRは共に転帰を改善するが、一方15分を超える心停止では人工呼吸を組み合わせた方が良好な転帰が得られるという仮説を立てた。
 方法と結果:われわれは1998年5月1日から2003年4月30日までの間に救急隊による蘇生処置を受けた連続する傷病者(consecutive patients with emergency responder resuscitation attempts)において、population-basedな前向き大規模観察研究を行った。基本的な評価基準(アウトカム)は、良好な神経学的予後を伴う1年以上の生存とした。CPRのタイプと転帰との関係を評価するために多変量ロジスティック回帰分析を行った。4,902例の目撃された心停止例のうち、783例は従来法のCPRを受け、544例では胸骨圧迫のみの蘇生が実施された。 非常に長時間の心停止(15分以上)を除けば、胸骨圧迫のみのバイスタンダーCPRは、CPRを行なわない場合より、良好な神経学的転帰を伴う1年生存率は高く・・(4.3%対2.5%:オッズ比1.72;95%CI、1.01〜2.95)、従来のCPRは胸骨圧迫のみのCPRと同様な有効性を示した(4.1%:オッズ比、1.57;95%CI、0.95〜2.60)。ごく長時間の心停止の場合は、神経学的に良好な1年生存率をみると従来のCPRグループが勝っていたが、バイスタンダーCPRのタイプに関わらず生存者はごく少数であった(0.3%[624例中2例]/バイスタンダーCPRなし、0%[92例中0例]/胸骨圧迫のみのCPR、2.2%[139例中3例]/従来のCPR;P<0.05)。
  結論:バイスタンダーによる胸骨圧迫のみの蘇生と従来のCPRには、成人における殆どの院外心停止に対して同様の効果がある。非常に長時間の心停止に対しては、人工呼吸を組み合わせることでいくらかの助けになるかもしれない。
 キーワード:心肺蘇生法、突然死、心停止、心室細動

5. [Abstract] Nagao KftS-Ksg. Cardiopulmonary resuscitation by bystanders with chest compression only (SOS-KANTO): an observational study. Lancet 2007;369:920-6.

胸骨圧迫のみのバイスタンダー心肺蘇生法:観察研究(SOS-KANTO調査グループ)
 背景:口対口換気は心肺蘇生(CPR)を行うバイスタンダーにとっては障害である。しかし、口対口換気なしで行う(胸骨圧迫単独の)バイスタンダーCPRの有効性を調査した臨床研究はほとんどない。
 方法:われわれは病院外心停止患者において、前向き、多施設の観察研究を行った。救急隊の現場到着時、パラメディックがバイスタンダーによるCPRの技術を評価した。(そして)心停止後30日の時点で神経学的転帰が良好であったかどうかを(研究の)主要なエンドポイントとした。
 結果:バイスタンダーによって目撃された病院外発症の心停止患者4,068人が調査対象となった。うち439人(11%)はバイスタンダーによる胸骨圧迫のみの、712人(18%)は従来法による、CPRを受けた。残り2,917人(72%)はバイスタンダーCPRを受けていなかった。どのようなものであっても(バイスタンダー)CPRが試みられた例では、CPRが行われなかった患者よりも神経学的転帰が良好である比率が高かった(転帰良好例の割合:5.0% 対 2.2%、p<0.0001)。胸骨圧迫のみのCPRは、(訳者註:心停止には至らない)無呼吸患者(転帰良好例の割合:6.2% 対 3.1%、p=0.0195)、除細動適応リズムの患者(同:19.4% 対 11.2%、p=0.041)および(訳者註:虚脱から)4分以内の心停止の患者(同:10.1% 対 5.1%、p=0.0221)において、従来法のCPRより良好な神経学的転帰が得られた患者の率が高かった。これに対し(however)、口対口換気加えることの利点を証明するエビデンスは、どのサブグループでも認められなかった。CPR後の良好な神経学的転帰につながる補正オッズ比は、それがどのようなものであれバイスタンダーによるCPRを受けた患者において、2.2(95%CI 1.2〜4.2)であった。
 解釈:バイスタンダーによる胸骨圧迫のみのCPRは、目撃された成人の病院外心停止例で、特に無呼吸、除細動適応リズム、またはCPR開始までの時間が短い(hort periods of untreated arrest)患者に対しては第一選択の対処法(preferable approach)である。

6. [全訳http://circ.ahajournals.org/cgi/reprint/CIRCULATIONAHA.107.189380

7. Herlitz J, Bahr J, Fischer M, Kuisma M, Lexow K, Thorgeirsson G. Resuscitation in Europe: a tale of five European regions. Resuscitation 1999;41:121-31.

8. Waalewijn RA, Tijssen JG, Koster RW. Bystander initiated actions in out-of-hospital cardiopulmonary resuscitation: results from the Amsterdam Resuscitation Study (ARREST). Resuscitation 2001;50:273-9.


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