AHA新ガイドライン 第10部(3) 溺水
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■定義、分類、および予後指標 ■溺死のための一次救命処置への修正 ■溺水に対する二次救命処置の適用 ■神経学的転帰の改善:治療的低体温 ■まとめ(Summary) □参考文献 |
浸漬中で最も重大で有害な結末は低酸素である。それゆえ、酸素化、換気、 および循環が可能な限り早急に回復されるべきである。これには、早急なバ イスタンダーによるCPRに加えて、早急な救急医療システム(EMS)の起動が必 要であろう 。病着時に自己循環、呼吸がある傷病者は、たいてい回復し良好な転帰となる (recover with a good outcome)。
溺水の傷病者は一次的、二次的に低体温に進展するかもしれない。溺死が 氷のように冷たい水(5℃(41°F)未満)で発生した場合、低体温は急速に 進展し、低酸素に対する保護作用がいくらかあるかもしれない。しかし、そ のような効果は典型的には、氷のように冷たい水の中で、若年の傷病者の浸 漬後で報告されているだけである(Part10.4:「低体温」を参照)2。
何らかの蘇生処置(補助換気のみも含む)が必要であった溺水傷病者(victims of drowning)(定義は後述)は、 現場において意識清明で心肺機能が維持されている(with effective cardiorespiratory function) と思われる場合であっても、評 価、モニタリングのために病院に搬送されるべきだ。低酸素による損傷は肺 の毛細血管透過性の亢進を引き起こし、遅発性の肺合併症を発症 するおそれがある。
溺水(Drowning)
溺水(Drowning)とは、液体への浸漬/浸水(submersion/immersion)の結果、原発性呼吸機能障害へと進む過程である。
この定義では、液体/空気の接触面は傷病者の気道の入口部にあり、傷病者
の呼吸の妨げになることを暗に示している。傷病者は、この過程の後に生存
するかもしれないし、死亡するかもしれないが、転帰がどうあれ、
溺水という出来事(drowning incident)に巻き込ま
れてしまっている。溺水(drowning)の過程の中である時期に救
助されると、処置を必要としないかもしれないし、または適切な蘇生処置を
受けるかもしれない。どちらの場合でも、溺水の過程
(drowning process)は中断される。
Utstein方式では、near-drowningという用語をもはや使用しないよう、勧
告している。また、水の性状(海水なのか、淡水なのか)に基づく分類を重視
しなくなった。研究室レベルでの理論上の違いは報告されて来たが、臨床的
な重要性は認められていない。溺水(drowning)の転
帰を決定する最も重要な要素は、低酸素の持続時間と重症度である。
長時間にわたる浸漬(submersion)を被り、長時間の蘇生を必要とした傷病者では、生存することは一般的ではないが4,5、
完全な神経学的回復を伴う蘇生は、氷のように冷たい水(icy water)の中に長時間
にわたって浸漬(submersion)した場合に時々成功した6-8。
この理由より、現場で蘇生が開始されるべきであり、明らかに死亡した身体
的証拠がなければ、傷病者は救急医療施設(ED)へ搬送されるべき
である。
水中からの引き上げ
溺水傷病者を救おうとする場合、救助者は出来るだけ早く、望ましくは何
らかの乗り物で傷病者に到達するべきである(ボート、いかだ、サーフボード、
または浮揚装置)。救助者はいつも自分自身の安全を意識していないといけな
い。
最近の科学的根拠は、浸漬のエピソードにつながる状況から外傷の存在が
疑われない限り、頚椎を常に(ルーチンに)固定
する必要はないことを示している(クラスIIa)。外傷の存在を疑う状況とは、
飛び込み(ダイビング)中、ウォータースライドの使用、損傷の兆候、またはアルコール
中毒の兆候が含まれる9。これらがなければ、脊椎損傷は否定的である。用
手的頚椎固定と脊椎固定装置は気道の適切な開通の妨げになる可能性があり、
補助呼吸が困難になり、遅れるかもしれない。
レスキュー呼吸
溺水傷病者に対する最初の、そして最も重要な治療は、迅速な換気をする
ことである。レスキュー呼吸を迅速に開始することにより、傷病者の生存の
可能性(chance of survival)が増加する10。レスキュー呼吸は、たいてい反
応のない傷病者が浅瀬にいる時か、水中から引き上げられたときに実行され
る。救助者が、水中で傷病者の鼻を鋏み、頭部を支え、気道を開通させるこ
とが困難であれば、口対鼻換気が口対口換気に替わる手段として使用される
かもしれない。訓練を受けていない救助者は、傷病者がまだ深い
所にいる(the victim is still in deep water)間は、処置をしようとするべきではない。
溺水傷病者の気道と呼吸の管理は、心肺停止状態の全ての傷病者に推奨さ
れる方法と同じである。誤飲した水を気道から除去する必要は全くない。な
ぜならば、溺水傷病者の大多数は少量の水しか吸引しておらず、速やかに
中心循環(the central circulation)に吸収されるからであり、
気管を閉塞する役割を果さないからである5,11。喉頭痙攣や、息こらえのた
めに、全く誤飲していない傷病者もいる5,11。気管吸引以外の如何なる方法
でも、気道から水を除去しようとすることは不必要であるばかりでなく、
危険かも知れない11。溺水傷病者に対
する、腹部圧迫や、Heimlich手技をルーチンに行うこ
とは推奨されない。
胸骨圧迫(Chest Compressions)
無反応の傷病者が水から引き上げられたら、
救助者はできるだけ早期に気道を開通させ、呼吸を確認すべきであり、
もし、呼吸がなかった場合は、胸が持ち上がるよう
に2度のレスキュー呼吸を行いなさい (もし、水中でなされなかった場合)。
2回の有効な呼吸の吹き込み後、その居合わせた救助者は即座に、胸骨圧迫
を始め、圧迫と換気のサイクルを提供すべきである。医療従事者は、身体
中心の脈拍(a central pulse)を確認すべきである。溺水傷病
者において、脈拍を適切に評価することは困難であり、特に傷病者が冷たい
なら尚更である。もし、医療提供者が10秒以内にはっきりとした脈拍を触知
しなかった場合、圧迫と換気のサイクルを開始すべきである。訓練された救
助者のみ水中での胸骨圧迫を試みてみるべきである。
傷病者を水中から出した後(Once the victim is out of the water)、
もし傷病者が2回のレスキュー呼吸にもかかわらず無反応で呼吸をしていなかったら(そして、医療従事者HCPの場合、脈
拍を触知できかったら)、救助者はAEDを取り付け、除細動適応の調律
(a shockable rhythm)が確認されたならば除細動を試みるべきである。
低体温が存在しているならば、Part10.4を参照されたい。
蘇生中の傷病者による嘔吐
救助者が胸骨圧迫やレスキュー呼吸を行う際に、傷病者は嘔吐をするか
もしれない。実際、オーストラリアでの10年間の研究において、補助呼吸
を受けた傷病者の2/3、そして胸骨圧迫と換気を必要とした傷病者の86%が
嘔吐をしたという13。嘔吐が起こった場合、傷病者の口を側方に向け、吐
物を自分の指、布、吸引器(サクション)を用いてを取
り除きなさい。脊椎損傷がありえる場合は、頭部、頚部、および
体幹(torso)を一体として回転させるように、ログロールを行いなさい。
心停止の傷病者は、心静止、PEA、あるいは脈なし心室頻拍/心室細動
(VF)であるかもしれない。小児二次救命処置と上記リズムに対する二次救命処置のガイ
ドラインに従うべきである。症例報告では、新鮮な水によりもたらされた。呼吸障害にはサーファクタ
ントの使用が報告されているが、更に研究が必要である14-16。溺水後の高
度低体温の年少児に膜型人工肺の使用の症例報告がある8,17。バルビツレ
ート、ステロイド18、一酸化窒素19、心拍再開後の治療的低体温20
、バソプレシン21の使用を支持するもの、反論するものがあるが、いずれもエビ
デンスが不十分である。
■定義、分類、および予後指標
(Definitions, Classifications, and Prognostic Indicators)■溺死のための一次救命処置への修正
(Modifications to Basic Life Support for Drowning)■溺水に対する二次救命処置の適用
(Modifications to ACLS for Drowning)■神経学的転帰の改善:治療的低体温
(Improving Neurologic Outcomes: Therapeutic Hypothermia)■まとめ(Summary)