第5部:急性冠症候群
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ACS患者の治療に関する調査の多くは、EDまたは院外患者よ りも院内患者に関して多く実施されている。このような調査か ら得た結論をEDでの早期治療戦略または院外設定へと拡大解釈 するには、エビデンスレベル7に分類される推論が必要である ことは明らかである。
プレホスピタルの設定またはEDでの最初の4〜6時間では、徴
候および症状も心筋マーカーも、それぞれ単独ではマーカーと
しての精度が十分ではない。12誘導心電図は、ACSの疑いのあ
る患者のEDおよび院外設定での初期トリアージではなくてはな
らない中心的検査である。
ACS/AMIの徴候および症状に関する診断検査および予後検査
W221A,W221B
診断
4件のCEBMレベル1B評価コホート試験[6-9]および9件のCEBMレ
ベル2A-4試験[10-18]では、プレホスピタルまたはED設定では
、ECG、心筋マーカーまたはその他の検査を実施せずには、い
かなる臨床的徴候および臨床症状であってもACS/AMIの診断を
下したり、診断から除外することは望ましくない。なかには他
の徴候よりも有病正診率および無病正診率が高い徴候もあるが
、LOEが高い試験では、有病正診率92%(報告された有病正診率
のほとんどは35〜38%)または無病正診率91%(最も高いCEBMレ
ベルでは28%〜91%)を上回る徴候または症状は認められなかっ
た[7]。
予後および臨床的影響
3件のCEBMレベル1aの系統的再検討[10,19,20]、10件のCEBMレ
ベル1bのコホート妥当性試験[6-9,21-26]および21件のCEMBレ
ベル2a-4試験[11-13,115-18,27-40]では、ACS/AMIの診断材料
となるさまざまな徴候および症状のほか、冠動脈アテローム性
動脈硬化および不安定狭心症に関する院外緊急処置およびリス
ク評価に及ぼす臨床的影響(トリアージやいくつかの治療およ
び鑑別検査の決定)が得られた。
推奨される処置:
院外設定EDでは、トリアージやいくつかの治療、および鑑別検
査の選択の際に、他の重要な情報(心筋マーカー、リスクファ
クター、ECGおよびその他の診断検査)とACS/AMIの徴候および
症状とを組み合わせると有用であると思われる。徴候および症
状のみではACS/AMIの診断を下すことはできない。
ACS/AMIの心筋マーカーに関する診断的検査および予後的検査
の特徴 W222A,1222B
診断
再検討したいずれの文献からも、ACS/AMIの診断には、心筋マ
ーカー(クレアチニンキナーゼ[CK]、心筋由来クレアチニンキ
ナーゼ[CK-MB]、ミオグロビン、トロポニンI[TnI]、トロポニ
ンT[TnT]が有用であることが示されている。しかし、患者が入
院してから数時間以内のEDで、>95%の無病生存率を示したのは6
試験のみであった[41-44](CEBMレベル4[45,46]; ILCOR LOE 7
)。マルチマーカー戦略[20,41-43,45-61](CEBMレベル1b;
ILCOR/AHA LOE 7[
院内設定に外挿する]および経時的な連続心筋マーカー検査[41-43,45-49.51,56.58,60-69]
(CEBMレベル1b)は検査の性能を向上させた。
院外の6件の試験[70-75](CEBMレベル1b)ではいずれも、院
外設定で心筋マーカーを使用してもその他の補助診断を欠くた
め、AMIの診断を下すには不十分であることが示された(有病
正診率10〜25%; 無病正診率92〜100%)。
予後
2件の系統的再検討(CEBMレベル1b)[76,77]および21の追加試
験[78-98](18 CEBMレベル1bおよび3 ILCOR/AHA LOE 7)では
、悪い転帰をとるリスクが高い患者を特定する際における心筋
マーカー検査の有用性が報告されている。1件の系統的再検討
(CEBMレベル1a)[76]からは、心筋マーカーの結果(ACSの疑
いがあり、陰性トロポニンの結果が0.7〜4.4%の患者の30日死
亡率の範囲)のみに基づくリスク評価は、不可能であることが
示唆されている。
推奨される対処:
救命救急医は、ACS/AMIの疑いのあるいずれの患者についても
、心筋マーカーを測定し値を得ておく必要がある。経時的な(
症状の発現から検査までの時間間隔の増大)およびマルチマー
カー戦略によって、心筋虚血または心筋梗塞を検出するための
有病正診率は大幅に向上するが、院外設定または初期4〜6時間
以内のEDで、心筋マーカーが得られなければ、精度が低くなる
。
EDでのSTEMIに関する12誘導心電図の解釈
診断的特徴─院外
胸痛の患者に関する1件のメタ解析に5件の前向きの非無作為
化された連続症例群を加えたもの(CEBMレベル1b-1c)[99-104]
および5件の総論ILCAR/AHA LOE 7[11,20,105-107]から、熟練
した院外治療提供者(救命救急士および看護師)であれば、STEMI
の疑いのある胸痛の患者に対し、院外での安静時の12誘導ECG
でST上昇を正確に確認できる可能性のあることがわかった。こ
の報告での院外治療提供者は、無病正診率91〜100%および有病
正診率71〜97%という救命救急医および心臓病専門医に匹敵す
る精度を達成している。ただし、本稿ではここだけでしか言及
しないが、左脚ブロックを有する調律および心室固有調律のあ
る心電図波形への対応が除外されている試験もいくつかあるた
め、このことが診断検査の精度に影響を及ぼす可能性がある。
診断的特徴─ED
ST上昇(reciprocal depressionを伴い、2ヵ所以上の隣接四肢
誘導または2ヵ所以上の隣接胸部誘導で>0.1mVの上昇がみられ
る)が、STEMIの診断では最も識別しやすい単独のECG特徴であ
った(尤度比[LR]13.1; 95%信頼区間[CI]、8.28-20.6)[11]。
救命救急医らは心筋マーカー値に左右されることなく、入院時
のECGを用いて99.7%というきわめて高い無病正診率で(95%CI,
98-99%; LR+145; 95%CI, 20.2-1044
))STEMIの診断を確定していたが、有病正診率は42%と低かっ
た(95%CI. 32-52%)[103,108,109](CEBM 1b-1c; ILCOR/AHA LOE
7
)[11]。
推奨される対処:
院外
熟練したスタッフであれば、プレホスピタルでの12誘導ECGか
ら、ACSのみられる患者の急性STEMIを正確に確認することがで
きる。ECGは、他の鑑別診断を除外するため、胸痛の症状、リ
スクファクターの評価およびその他の診断検査とともに用いら
れる。厳格な選択基準(すなわち、reciprocal depressionを
伴い、2ヵ所以上の隣接四肢誘導または2ヵ所以上の隣接胸部誘
導で>0.1mVの上昇がみられる)がある単独12誘導ECGの解釈は
、STEMIの診断での有病正診率が高い。
救急外来(ED)
EDでの厳格な選択基準のある(上述を参照)単独12誘導ECGの
解釈は、STEMIの診断では有病正診率は比較的低くなり、無病
正診率が高くなるという差がみられる。
補助療法
1件の動物実験(LOE 6)[110]から、左冠動脈前下行枝閉塞時
に酸素投与を行なったところ、梗塞サイズの縮小が示された。
また、1件のヒト試験(LOE 5)[111]ではECG所見での改善が示
されたが、純酸素と室内空気とを比較した二重盲検無作為化ヒ
ト試験(LOE 2)[112]では、MI患者に対する酸素療法の長期的
な利益は示されなかった。
推奨される治療:
酸素投与は、動脈血酸素飽和度低下(動脈血酸素[SaO2]飽和度<90%
)のみられる患者に投与すべきである。このような患者での酸
素の安全性および低酸素症の自覚のない患者への利益を考える
と、合併症のないSTEMIであれば、どの患者にも緊急治療の最
初の6時間に酸素を投与することは妥当である。
アスピリン(アセチルサリチル酸) W225A, W225B
8件の無作為化対照試験(RCTs)(LOE 1)[113-120]から、ACS
の入院患者にアセチルサリチル酸(ASA)(75〜325mg)を投与
した場合に死亡率の低下が示された。このInternational Study
of Infarct Survival
(ISIS)-2試験では経口で169mg/日[-1]が使用された(オッズ
比=0.23; 95%CI, 0.15-0.30)[115]。
4件のRCTs(LOE 1)[115,116,120,121]および3件の追加試験
(LOE 7)[122-124]からは、ASAをできるだけ早期に投与する
ほど、死亡率が低下することが示された。
2件の試験(LOE 1)[125,126]では特異的なASA投与量が示さ
れたが、ISIS-2以来、腸溶コーティングASA 160mgが依然とし
て標準量とされている。2件の試験は、チュアブル錠ASA(LOE 3
)[127]または可溶性ASA(LOE 6)[128]の方が、嚥下剤よりも
迅速なバイオアベイラビリティが得られることを示した。2件
の非盲検試験(LOE 7)[124.129]は、静注(IV)ASA 50mgがト
ロンボキサンA2を阻害するのに>90%の効果を示し、血小板を効
果的に阻害したことを示した。
この後の試験では、ASAの院外投与による死亡率の低下が示
唆された(LOE 1)[113-115,117,118,120,121]。
推奨される治療:
ACSの疑いがあり、真性のアスピリンアレルギーのないASA患者
に対し、チュアブル1錠(160〜325mg)を処方することは妥当
である。また、EMS(救急医療)提供者も、安全であるという
十分なエビデンスがあり、早期ASA投与であるならば、死亡リ
スクの削減効果が大きい場合に患者にASAを投与することも妥
当である。
また、きわめて小規模な数件の試験から得られた限られたエ
ビデンスではあるが、ASAの別の製剤(可溶性、静注)のバイ
オアベイラビリティおよび薬理学的作用も、チュアブル錠と同
程度に効果的であることが示唆されている。
ヘパリン W226A
US/NSTEMI 6件の院内RCTs(LOE 1[130,131]およびLOE
2[121,132,133] <24
時間;LOE 1[134] <36時間)および追加試験(7件のメタ解析
を含む[135-141])では、UA/NSTEMIの発症後24〜36時間以内の
患者に、未分画ヘパリン(UFH)の代わりに低分子量ヘパリン
(LMWH)を投与した後に、複合転帰(死亡、MI、再発性狭心症
、再発性虚血、血行再建術)の改善に関してUFHと同程度かま
たはこれを上回る効果が報告されている。LMWHとUFHについて
、6時間以内の初期管理での早期使用を評価した試験は未だな
い。
1件のRCT[133]および1件のメタ解析(LOE 1)[135]からの推
測(LOE 7)から、UA/NSTEMIの患者の急性イベントの初期治療
中に、ヘパリン投与と他の治療法との併用(抗トロンビン治療
など)で、安全性または効果が低下する可能性のあることが示
唆されている。
早期に経皮的冠動脈介入治療(PCI)を受ける予定の患者に
ついては、LMWHがUFHよりも有用であるいうエビデンスはない
。
STEMI 1件のメタ解析(LOE 1)[144]を含む2件のRCTs(LOE 1[142];
LOE 2[143]
)および追加試験では、発症後6時間以内のSTEMIの患者に投与
した場合、LMWH(特にenoxaspirin)がUFHよりも、総TIMI(心
筋梗塞血栓溶解)流量[145](冠動脈再灌流)および虚血性転
帰を改善した。TIMI試験[145]の治験担当医がTIMI流量のグレ
ードを再灌流のグレードとして定義し、流量0〜完全で活発な
流量までを0〜3にランク付けした。
院外設定での2件の試験(LOE 1[146]; LOE
2[147])では、STEMI
患者に線維素溶解のための補助療法として投与した場合に、LMWH
(特にenoxaspirin)がUFHよりも複合転帰を改善したことが報
告されている。このことは、RCTsの1件(LOE 2)にみられるよ
うに、LMWH(enoxaspirin)を使用している>75歳の患者に対し
ては頭蓋内出血の増大の可能性とのバランスを考える必要があ
る[147]。
PCIを予定しているSTEMIの患者については、LMWHが好ましい
といエビデンスはない。
1件のRCTs(LOE 1)[148]では、再灌流療法に不応性の患者
に投与した場合、LMWH(enoxaspirin)とUFHとの間で死亡率、
再梗塞または再発性狭心症の発症率に差はみられなかった。
推奨される治療:
UA/NSTEMI
EDでUA/NSTEMIの患者に、アスピリンに加えて、UFHの代わりにLMWH
を投与することは有用であると思われる。発症後の示適投与時
間については、エビデンスが不十分であるため確認できていな
い。発症後24〜36時間以内に再灌流を予定していれば、UFHの
院内投与は推奨される。院外設定でのUA/NSTEMI患者について
は、LMWHを推奨するためのエビデンスが不足している。急性期
にヘパリンと他の線溶療法の併用(抗トロンビン療法とのクロ
スオーバー)は推奨されない。
STEMI
LMWHは、<75歳であり、線維素溶解治療を受けているSTEMIの患
者には、容認されるUFHの代替薬である。LMWHは、著明な腎機
能不全がみられる場合(血清クレアチニンが男性では>2.5mgdl[-1]
、女性では>23mgdl[-1])には投与してはならない。UFHは、≧75
歳であり、線維素溶解の補助療法を受けている場合に推奨され
る。
ヘパリンは、再灌流治療を受けないSTEMI患者にも投与でき
る可能性がある。このなかには、心塞栓イベントが高リスクの
患者および長期の寝たきりの患者が含まれる。UFHまたはLMWH
を使用することが可能である。LMWHの投与は腎機能不全の徴候
がない場合とする。
クロピドグレル W228A
2件の院内での無作為化二重盲検対照試験(LOE 1)[149,150]
および4件の後解析(LOE 7)[151-154]で、クロピドグレルが
、虚血の徴候はあるが梗塞のみられないACSの疑いのある患者
の複合イベント(脳卒中、非致死性梗塞、心血管死、再発性虚
血、心不全および血行再建術の必要性)の改善に効果を示した
。このような試験では、心筋マーカー値の増大がみられた患者
またはECGでST上昇はみられないが虚血を示す新たな変化がみ
られたACSの患者に対し、標準治療(ASA、ヘパリン)に加えて
クロピドグレルが入院後4時間以内に投与されていた。
1件の大規模な二重盲検無作為化対照試験(LOE 7)[155]で
は、ASAとの比較により、クロピドグレルによる出血リスクの
有意な増大はみられなかったことが報告されている。1件の大
規模な多施設RCT(LOE 1)[156]では、クロピドグレルを選択
的PCIの少なくとも6時間前に投与した場合、選択的PCI実施の28
日後に有害な虚血性イベントの有意な減少が報告されている。
1件の多施設での無作為化二重盲検対照試験(LOE 1)[157]
では、線維素溶解剤、ASAおよびヘパリン(LMWHまたはUFH)に
よる治療を受けていた75歳のSTEMI患者に対し、初期治療時に
クロピドグレルを投与したところ(院内で最大8日間、75mg/日
投与)、閉塞した梗塞動脈(TIMI流量グレードでは0〜1)に関
する血管造影像、死亡または血管造影前の再発性MIなどの複合
エンドポイントについて有意な減少が報告されている。
1件の大規模な前向きSTEMI試験(the CURE[不安定性狭心症
の再発イベント防止にみるクロピドグレル]試験)[152]では、
冠動脈バイパス術(CABG)を受けた患者2072例で、クロピドグ
レルの術前投与が、術後に出血のための再手術率を増大させた
とされている。しかし、もう1件の前向き試験(LOE 1)[157]
では、クロピドグレル投与の5〜7日以内にCABGを受けた患者136
例では、出血の増大は全くみられなかったことが示されている
。利益に対する投与後のリスク比の解析では、CABGを受けた患
者のクロピドグレルによる出血リスクは過大評価であるという
結論が出た[154]。
推奨される治療:
ACS患者に次の症状がみられる場合に、入院後4〜6時間以内に
、標準治療(ASA、ヘパリン)に加えて経口クロピドグレル300mg
を投与する:
1件の大規模試験[152]では、クロピドグレルの術前投与が術後
出血のための再手術率を増大させたとしているが、最近のCLARITY
TIMI 28
試験[157]では、クロピドグレル投与の5〜7日以内にCABGを受
けた患者136例には出血の増大はみられなかったことが報告さ
れている。最近のACC/AHA推奨事項[2]では、CABGの予定の5〜7
日前にクロピドグレルを投与することは差し控えるようにと助
言されている。
(ECGまたは心マーカーに変化がみられなくても)ACSの疑い
があり、ASAに過敏であるかまたは胃腸の不耐性のある患者に
は、経口クロピドグレル300mgを投与することは妥当である。
グリコプロテインIIb/IIIa阻害薬
UA/NSTEMI
2件の試験(LOE[158]; LOE[159])および2件のメタ解析(LOE 1
)[158,160]から、PCI治療を受けている高リスクのUA/NSTEMI
患者に対し、グリコプロテインIIb/IIIa阻害薬を標準治療(ASA
およびヘパリンを含む)に追加した場合に、死亡または再発性
虚血などの複合エンドポイントが減少したことが示された。高
リスクの特徴には、虚血による持続性の疼痛、持続性の虚血に
よる血行動態および律動の不安定性、急性または動的なECGに
みる変化およびACSに起因する心筋トロポニン値の上昇などが
ある。
2件の試験(LOE 1)[158,161]および3件のメタ解析(LOE 1
)[160,162,163]から、PCI治療を受けておらず、tirofibanま
たはeptifibatideによる治療を受けているUA/NSTEMI患者につ
いては、死亡または再発性虚血などの複合エンドポイントの減
少は示されなかった。また、2件の試験(LOE 1)[164,165]で
は、abciximabを標準治療に追加したところ、PCI治療を受けて
いないUA/NSTEMI患者では死亡または再発性虚血などの複合エ
ンドポイントは減少しなかった。
公表された試験のなかでは、院外でGP(グリコプロテイン)II
b/IIIa阻害薬の使用を評価したものはない。3件の試験(LOE 1
)[158,160,163]から、ACSの患者に発症後24〜48時間以内にGP
IIb/IIIa
阻害薬を投与した場合の安全性(重大な出血性合併症の発症率
によって定義される)が示された。
STEMI
多数の試験(LOE 1[166-168]; LOE 2[130,169-174]; LOE
4[175]; LOE 7[176]
)で、PCI治療を受けていないSTEMI患者に対して、線維素溶解
剤を減量した標準治療に併用してtirofibanまたはeptifibatide
を投与したが、死亡または再発性虚血などの複合エンドポイン
トは減少しなかった。
Abciximabおよび線維素溶解剤による治療を受けているSTEMI
患者に関する2件のRCTs(LOE 1)[165,177]でも、死亡または
再発性虚血などの複合エンドポイントの減少は示されなかった
。1件のメタ解析(LOE 1)[178]から、線維素溶解剤またはPCI
と併行してabciximabを投与した場合に、短期的な再梗塞率の
減少が示されたが、死亡率の減少に利益がみられたのはPCI治
療を受けていた患者のみであった。
1件のRCTでは、tirofibanを院外投与で標準治療に加えたと
ころ、利益が示された(LOE 2)[171]。また別の試験では、院
外設定でabciximabを用いることが可能であることが示された[175]
。3件目の試験では、PCIによる梗塞動脈の明らかな改善傾向が
示された(LOE 3)[179]。
推奨される治療:
高リスクUA/NSTEMI
高リスクのUA/NSTEMI患者については、血行再建治療(PCIまた
は手術)が予定されている場合には、EDで標準治療に(ASAお
よびヘパリンを含む)加えてGP IIb/IIIa阻害薬を投与しても
安全である。この治療は、死亡または再発性虚血のリスクを減
少させる可能性がある。UA/NSTEMIの高リスクの特徴は、上記
の科学的記述に関するコンセンサスのなかで定義されている。
血行再建治療が予定されていない場合は、GP IIb/IIIa阻害
薬の使用に関する推奨事項はは薬剤によって異なる。Tirofiban
およびeptifibatideは、PCIが予定されていない場合には、ASA
およびLMWHと併用して高リスクのUA/NSTEMI患者に使用するこ
とができる。しかし、abciximabは、早期PCI(24時間以内)が
予定されていない場合には高リスクのUA/NSTEMI患者にとって
有害となる可能性がある。
STEMI
Abciximabは現在、線維素溶解剤投与を受けているSTEMI患者に
は推奨されていない。線維素溶解剤投与を受けずにPCI治療を
受けている患者には、abciximabは死亡率および短期的な再梗
塞の発生率の減少に有用である可能性がある。院外またはEDで
の初期に、GP IIb/IIIa阻害薬の投与によって転帰が改善され
たというエビデンスはない。
抗不整脈薬 W230
科学的コンセンサス:
リドカインが一次予防として、医師あるいはパラメディックにより病院外の状況でST上昇型心筋梗塞(STEMI)を疑われて4時間以内に投与された場合、四つのメタ分析(LOE 1)248-251と二つの無作為化比較試験(LOE 2)250,252によると、死亡率が増加の傾向にあることが示された。
さらに、二つのメタ分析と15の無作為化比較試験(LOE 1255;LOE 2256-269)、一つの症例累積(LOE 5)270と一つの後ろ向き試験(LOE 5)271が、この状況ではリドカインはなんら死亡率に影響しないことを示した。
たった一つの小さな研究(LOE 2)272のみが、予防的リドカインによる死亡率の低下を示していた。いくつかの試験(LOE 2258,259,262,264,265; LOE 5 270)で、予防的にリドカイン投与を受けた患者でより多くの副作用(知覚異常、耳鳴り、混乱、治療が必要なほどの徐脈、痙攀、昏睡そして呼吸停止を含む)が報告されている。
マグネシウム
科学的コンセンサス:
ST上昇型心筋梗塞(STEMI)の患者に予防的にマグネシウムを投与することは、色々な結果となっている。一つの研究(LOE 2)273では、死亡率と症候性不整脈の減少を見た。
一つのメタ分析(LOE 1)274と二つの無作為化比較試験(LOE 1275; LOE 2276)では、死亡率は低下したが心室性不整脈の減少は認められなかった。
一つの小さな無作為化比較試験(LOE 2)277が、マグネシウムは心室性頻拍の頻度を減少させるものの、死亡率を評価するには役不足であったことを示した。
対象に対する決定的な研究はISIS-4研究(Fourth International Study of Infarct Survival)である(LOE 1)278。
ISIS-4は58,000人以上の患者を登録し、急性心筋梗塞がわかるか疑われて最初の4時間以内に患者に対し、一次不整脈予防のために病院内でマグネシウムが投与された時、死亡率が上昇する傾向にあることを示した。
ジソピラミド、メキシレチンそしてベラパミル
科学的コンセンサス:
一つの多剤抗不整脈のメタ分析(LOE 1)279と四つの無作為化比較試験(LOE 2280-282;LOE 7283)が、様々な抗不整脈薬(ジソピラミド、メキシレチンとベラパミル)が一次予防のためにパラメデックもしくは医師により急性心筋梗塞がわかるか疑われた最初の4時間以内に投与された時、死亡率にはなんら影響がなかったことを示した。
抗不整脈薬のための治療勧告
急性心筋梗塞がわかるか疑われる最初の4時間以内の一次予防としてのいかなる抗不整脈薬のルーチン投与を支持するエビデンスは十分ではない。
この結論は、以下に述べられるβブロッカーの潜在的な効果は考慮に入れていない。
ベータブロッカー W232
二つの病院内での無作為化比較試験(LOE 1)284,285と二つの支持研究(LOE 2)286,287で、線維素溶解薬の出現の前に、βブロッカーで治療された患者で、死亡率、再梗塞、心室細動、上室性不整脈や心破裂の低下の全てが満たされた。
線維素溶解薬の投与を受けた急性心筋梗塞患者で、徴候出現の24時間以内に経静脈的βブロッカーの治療は再梗塞と心破裂の発生率を低下させた。
経静脈的βブロッカーは、経口的βブロッカーを服用していない一次的経皮的冠動脈インターベンション(Percutaneous Coronary Intervention)を受ける患者では、死亡率を低下させるかもしれない(LOE 7)288。βブロッカー治療はこれらのほとんどの試験のために救急外来で開始された;たった一つが病院外での管理を含んでいた289。
一つの小さな試験(LOE 2)290が、不安的狭心症に経静脈的βブロッカーが投与された時、死亡率が低下する傾向を示した。
推奨される治療:
救急外来では、経口的βブロッカーに引続き経静脈的βブロッカーで直ちに急性冠症候群の患者を治療する。
βブロッカーは、血管再開通治療の必要にかかわらず投与される。
βブロッカーの禁忌には、低血圧、徐脈、ブロック中等度から重度のうっ血性心不全と過敏性気道疾患が含まれる。
ACE阻害薬 W231
7つの大規模臨床試験(LOE 1) 278,291-296 と2つのメタ分析(LOE 1) 297,298、11の小規模臨床試験
(LOE 1) 296,299-308によると経口ACE阻害薬が早期再灌流療法を施行したあるいは施行していない急
性心筋梗塞(AMI)の患者に投与されたとき死亡率が一貫して改善された。ACE阻害薬は低血圧(収縮期
血圧<100 mm Hg または通常血圧の30 mm Hg超えるの血圧低下)であるかまたはこれらの薬に禁忌があ
るなら投与されるべきではない。
成人での1つの大規模無作為二重盲検プラセボ比較試験(LOE 1)309と2つの小規模無作為試験(LOE 2)
310,311によると静注ACE阻害薬が院内での発症後24時間以内に投与された場合、死亡率がより高くなる
傾向にあった。院外でのACE阻害薬の治療効果を評価している文献はない。
推奨される治療:
早期再灌流療法が計画されていてもいなくても、心筋梗塞の患者に発症後24時間以内に経口ACE阻害薬を
投与しなさい。もし患者が低血圧(収縮期血圧<100 mm Hg または通常血圧の30 mm Hg超えるの血圧低
下)であるかあるいは患者にこれらの薬に対して既知の禁忌がある場合ACE阻害薬を投与してはならな
い。ACE阻害薬は前壁梗塞や肺うっ血、左心室駆出率<40%の患者にもっとも有効である。
院外でのACE阻害薬投与を推奨またはこれに反対するエビデンスはない。発症後24時間以内に静注ACE阻害
薬を投与しない。なぜなら静注ACE阻害薬はこの時期に重篤な低血圧を引き起こしうるからである。
HMG-CoA還元酵素阻害薬(スタチン) W233
9つの無作為化試験(LOE 7)312-320と付加された小規模研究(LOE 3-7)321-323によるとスタチンが急性
冠症候群(ACS)発症後の24時間以内に投与されたとき重篤な心血管系副作用(再梗塞や脳卒中、再発性の胸痛に対する介入の必要性、再入院)の頻度が一貫して減
少した。発症後24時間以内に治療された患者に関するデータはほとんどない。
1つの後向き分析(LOE 4)324と1つの登録機関のデータ(LOE 4)325によるとスタチンをすでに服用してい
るACSの患者はスタチンの服用を継続するべきである。
院外のスタチン療法の開始点あるいはACSの患者に対する有効量についてのデータはない。
推奨される治療:
ACSまたはAMIの患者に早期(24時間以内)にスタチン療法を開始することは安全かつ適切である。いったん開始したら、スタチン療法を継続しなさい。
12誘導院外心電図と事前の救急部通知 W235A、W235B
2つのRCTs(LOE2)326,327、6つの非無作為化試験(LOE3)101,328-332、1つの回顧的横断試験(LOE)106と2つの実現可能性試験(LOE4333;LOE 3103)からの推定が示すには、12誘導心電図が院外で取られ、医師、看護婦、または医療補助員が解釈し受け入れ病院に事前に送られる(無線でのECG送信か言葉での伝達)と、STEMI患者のドアから再潅流療法までの間隔を10-60分減少させた。
1つのRCT(LOE 2)326と、5つの他の研究(LOE 5103,334; LOE 4333; LOE 3101; LOE 5335)が示すには、病院外人員によってなされた12誘導院外心電図と事前通知はAMIが疑われた患者において、現場で行われた時間間隔は有意には増加しなかった(0.2〜5.6分)。
4つの研究(LOE 3103,334,336; LOE 5335)が示すには、病院外人員は診断能のある12誘導院外心電図を取得し、転送できる。
推奨される治療:
12誘導院外心電図と事前の救急部通知を日常業務として行うことは線溶療法までの時間間隔を短縮させることで、STEMI患者のためになるかもしれない。事前の救急部通知はECGそのものの直接転送か院外人員による心電図解釈の口頭報告(電話による)と共にもたらされるかもしれない。
初期PCIのための施設間搬送 W237A、W237B
3つのRCTs(LOE2) 213,217,240と1つのメタ分析(LOE1)219は、STEMI患者がPCI能力のない病院から経験豊かな施設に初期PCIのために即座に搬送される場合、安全で改善した複合イベント率(30日での志望、再梗塞、または脳梗塞の複合率)を立証している。経験豊かな施設は、大施設での経験豊かな術者(年間術者あたり75症例以上)による、最低限の遅延でのPCIへのアクセスを提供する214,225,226。
1つのメタ分析(LOE 1)219にまとめられると、5つのRCTs(LOE2)213,217,232,240,241が示すには、STEMI患者が初期PCI能力のない病院から、即座に能力のある施設へ搬送された場合、死亡率は減少する。
1つのRCT(LOE 2)217と1つのRCTの後知恵亜群分析(post hoc subgroup analysis)(LOE 7)246では、発症2-3時間以内のSTEMI患者に、即座の院外線溶療法、院内線溶療法、もしくは初期PCIのための搬送のいずれの対処が最も有効かは不明である。
推奨される治療:
発症3時間から12時間以内のSTEMI患者にとって、初期PCIの能力のない病院から初期PCIを提供する能力のある施設への施設間搬送は、その搬送が可能な限り早期に行えるのであれば適応がある。最適には、PCIは最初の医療的接触(治療か搬送かを決断できる医療提供者との接触)から90分以内に行われるべきである。
発症3時間以内のSTEMI患者では、治療はより時間に左右されやすく、院外線溶療法、即座の院内線溶療法、または初期PCIのための搬送の優位性を示す十分なデータがない。
心原性ショック患者には発症後の時間区切りでの推薦は適用されない。そのような患者では、科学的証拠は薬物療法に比べ、早期の血管再建療法(初期PCI、早期のPCI、または手術)を支持する。
PCIの院外トリアージ W236A,W236B
不十分な一つの研究(LOE 2)337といくつかの手技的な興味と、二次
post hoc subgroup 研究(LOE 7)246では、初期PCIの院外トリアージがSTEMIの患者にMICUsを利用して院外溶解療法をするよりよいというのを示すのに失敗している?。
院外初期PCIトリアージと院内での血栓溶解療法を直接比較した無作為試験はない。
搬送に関する3つのRCT(LOE 7)213,217,240では、潜在的な早期治療のため院外STEMI患者は早期PCI可能なところへ直接トリアージするほうがよいと提案している。搬送中に緊急医がついて、血栓溶解剤の静注を用いたCAPTIMによる費用対効果の研究337では直接初期PCI可能な病院に搬送することは、60分以内に搬送が完了した時の院外血栓溶解よりもより効果的かもしれないことを提案している。しかし、この研究は搬送中に合併症の高リスク(例えば心原性)と考えられる患者を除外していた。
推奨される治療:
STEMIの患者を初期PCIの院外トリアージを推奨するいくつかの限られたエビデンスがある。その患者の条件は合併症がなく、PCIの場所へ60分以内の距離にあり、バルーン拡張術の決定が90分以内に決定されるならば、MICUを用いることである?。
適切なトリアージと搬送基準を決めるにはさらなる研究が必要である。
早期のPCIのための容易な搬送手順 W237A,W237B
早期PCI(血栓溶解の後24時間以内に行われるもの)のための搬送と組み合わせた血栓溶解療法は6つの無作為試験(LOE 1223,338,339とLOE 2241,340,341)に支持されている。この戦略の効果はpost hoc nonrandomized comparision(LOE 3)342にも支持されている。しかし、この戦略は他のRCT(LOE 1343-345;LOE 2223,240)や他の非無作為試験あるいはそれらの試験の二次的な検証(LOE 7)346では支持されていない。いくつかのmeta-analysesでは早期PCIに利益がないとしている(LOE 1)347-349。しかしこれらの試験は1990年代に思考されており、冠動脈ステント術が普及する前である。これらの研究は近代的な薬剤あるいは現代のPCI技術には用いられない。
早期PCI目的の搬送と複合した血栓溶解療法の実現性は3つのレベルの低い論文に支持されている。ある研究はPCIがルーチンに行われたものであり(LOE 7)350、二つ目は迅速な心臓カテーテル検査と必要ならばPCIを行う前に低容量の血栓溶解療法とプラセボを比較したもの(LOE 7)351であり、最後は後ろ向き研究である(LOE 7)352。
心原性ショックの患者に対する早期PCIの効果はある、RCTで6ヶ月後の死亡率を改善し1年後の早期血管再建をしめし(LOE 1)216、特に75歳未満の患者でみられた。これは後ろ向き研究で支持されている(LOE 7)353。
一つのRCT(LOE 2)では血栓溶解療法後に再還流を得られなかった患者に対して早期PCIされたとき二次的な致死的でない予後を改善するという354。
ここにあげた全ての研究は院内血栓溶解療法である。病院前血栓溶解療法とそれに引き続く早期PCIに関しては研究されていない。
推奨される治療:
一般病院救急部あるいは院外での血栓溶解療法が成功したあとで、早期PCIのために患者をルーチンに搬送するのに十分なエビデンスはない。
早期PCIのための搬送が推奨されるのは、心原性ショックで特に75歳未満の患者に血管再建させたいときあるいは循環動態の安定化、血栓溶解後も虚血症状が持続するような時である。
■ACSおよびAMIの診断検査
■緊急治療(Acute Therapeutic Interventions)
■一次・二次予防への介入
(Primary and Secondary Prevention Interventions)
■ACS/AMIへの保健医療システムの介入
(Healthcare System Interventions for ACS/AMI)