救急救命士法施行規則の一部改正等についての意見

(救急医療メーリングリストemlより =公開資料=)

資料作成:2003年 3月18 日、四国がんセンター麻酔科 越智元郎


From: Genro Ochi
Date: Mon, 17 Mar 2003 23:59:41 +0900
To: kyumeishi@mhlw.go.jp
Subject: 救急救命士法施行規則の一部改正等についての意見

   

【救急救命士法施行規則の一部改正等についての意見】

〒100-8916東京都千代田区霞が関1−2−2 厚生労働省医政局指導課 救急救命士パブリックコメント担当者様  春の彼岸ももう間もなくとなりました。厚生労働省医政局指導課の諸先 生方におかれましては、益々御清祥のこととお慶び申し上げます。  さて、このたび募集をいただきました「救急救命士法施行規則の一部改 正等についてのパブリックコメント」として以下の意見を送付させていた だきます。なにとぞご検討をいただきたく、よろしくお願い申し上げます。     〒790-0007 松山市堀之内13     国立病院四国がんセンター麻酔科  越智元郎      TEL 089-932-1111、FAX 089-931-2428      E-mail: gochi@m.ehime-u.ac.jp   ――――――――――――――・――――――――――――――  救急医療ならびに救急救命士教育にたずさわって来た者として、救急救 命士法施行規則の一部改正等についての意見を述べさせていただきます。 1 包括的指示による除細動の実施に関して (1)救急救命士が搬送途上の心肺停止状態にある患者に対し行う救急救命措 置に関し除細動を、医師の具体的指示を受けずに行えるものとすること。  原則として賛成です。ただ、「救急救命士の業務のあり方等に関する検 討会」報告書(平成14年12月11日) http://www.mhlw.go.jp/shingi/2002/12/s1211-5.html (以下「検討会報告書、平成14年」と略記します) において救急救命士の業務拡大の前提とされた、メディカルコントロール 体制の確立については各地域で誠実に推進してゆく必要があります。しか し、以下のような理由から、除細動に関する救急救命士法施行規則の改正 は平成15年4月1日付けで実施し、その運用については各地域の準備状況に 合わせて、十分な検証体制のもとに、可能な地域から実施してゆくことが 適切であると考えます。  1.蘇生医学の専門家の世界的な合意として、自動式除細動器を用いた除   細動(当然、医師の具体的指示や同時進行性の指導なしに実施するも   の)は人工呼吸(呼気吹き込み式あるいはバックバルブマスクなどに   よる)や胸骨圧迫式心臓マッサ−ジなどと同様、訓練を受けた市民が   安全に実施できる一次救命処置に分類されています。また、市民によ   る除細動は病院外心肺停止患者を重篤な神経学的後遺症なしに救命す   る上で、きわめて有用であることが明かとなっています。わが国にお   いても、消防士や警察官、スポーツインストラクターなど心肺停止患   者に遭遇する可能性のある職種、あるいは重篤な心疾患を有する家族   を持つ市民などが自動式除細動器を用いた除細動を実施できる体制を   整備する価値があります。その最初の一歩として、835時間あるいは   2000時間に及ぶ養成教育を受けた救急救命士に、医師の包括的指示に   もとづく除細動を許可することは、病院外心肺停止患者の救命という   観点からみて国民の利益にかなうことが明かだからです。  2.病院外心肺停止患者を救命するための最も重要な要因が発症から除細   動までの所用時間であることが知られています(除細動の適応がない   心電図波形の場合、元々救命は極めて困難です)。救急救命士が心肺   停止患者の枕元から指導医師に連絡をして除細動の指示を得るまでに   円滑にいっても1〜2分以上を要し、その結果、生存退院できる患者   の割合が10〜15%以上減少すると考えられています。除細動までの時   間短縮は国民の生命にかかわる問題であり、その意味で、十分に能力   があると考えられる救急救命士に包括的指示による除細動を実施させ   ることは極めて重要です。  3.「検討会報告書、平成14年」において救急救命士の業務拡大の前提と   された、メディカルコントロール体制の整備状況は地域において大き   く異なっています。しかし準備が遅れた地域があるからといって早期   除細動体制に関する国際水準からの遅れをこれ以上放置することは、   国民の生命を軽視するものとして強い批判を受けることになるでしょ   う。まずは救急救命士による包括的指示に基づく除細動への門を開く   ことです。そしてそれを適応できる体制かどうかは地域ごとに検討さ   せ、責任を負わせることこそが地域差を反映させ、またそれを埋める   ために必要な方策であると考えます。   例えば私は麻酔・救急医療を専攻する医師ですが、私には患者さんが   了解する限りにおいてどのような医療行為を実施することも「法律的   に」許されています。しかし私が「白内障に対する手術」や「脳血管   造影」や「骨盤位の分娩介助」を実施することは「適切」ではありま   せん。それはこれらの行為を行うための準備(研修、技術の習得など)   が整っていないからです。このような判断は医療施設や各医療従事者   がみずから行い、またその責任を負っています。同様に、大きな枠組   みとして救急救命士に包括的指示に基づく除細動を許し、それを実際   に行うかどうかは所属施設や各地のメディカルコントロールの受け皿   の判断に委ねるべきではないでしょうか。  なお「救急救命士が搬送途上の心肺停止状態にある患者に対し行う救急 救命措置に関し、 除細動を、医師の具体的指示を受けずに行えるものとす ること」という新しい施行規則には幾つかの具体的に規定すべき点がある と思います。 1. 除細動器の種類  以下のような追記が必要であると考えます。  追記1.救急救命士がメディカルコントロール協議会などの事前指示  (プロトコル)などに基いて除細動を実施する場合、用いる除細動器   は従来通りの『半自動式除細動器』または『自動体外式除細動器(AED)』   とし、『半自動式除細動器』を用いる場合はいわゆる『自動モード』   での使用に限定すること。   註:『半自動式除細動器』、『自動体外式除細動器(AED)』などの用    語には現在大きな混乱がみられます。厚生労働省におかれましては    関連学会などと御協議の上、適切な推奨用語を設定していただけれ    ば幸いです。その際に以下の点についてご留意いただければ幸いで    す。    イ)薬事規定上『半自動式除細動器』という除細動器の分類用語は     存在致しません。    ロ)『半自動式除細動器』はいわゆる『手動式除細動器』と狭義の     『自動式除細動器』の両方の機能を兼ねており、『自動式除細動     器(広義)』に含まれるべきものです。    ハ)いわゆる『手動式除細動器』では除細動の要否は操作者が自分     で判断し、除細動器の充電も操作者が自分でボタンを押して実施     します。これに対し狭義の『自動式除細動器』すなわち『自動体     外式除細動器(AED)』では装置が心電図波形を自動解析して除     細動の要否を判断し、除細動の適応があれば自動的に予め設定さ     れたエネルギまで自動的に充電します。    ニ)『自動体外式除細動器(AED)』の呼称は『半自動式除細動器』     との対比からは『自動式体外除細動器(AED)』が適切と考えられ     ます。       参考)越智元郎:5歳児の病院外心室細動例への対応.プレホスピタ     ル・ケア 第15巻 1号(通巻47号) p.58-63, 2001 http://plaza.umin.ac.jp/~GHDNet/02/lc-ped.htm#t2 2.除細動実施後の報告について  以下のような追記が必要であると考えます。  追記2.救急救命士が地域のメディカルコントロール協議会などの事前 指示(プロトコル)に基いて除細動を実施した場合、救急救命処置録を兼 ねた詳細な報告書を作成し、同協議会などに提出しなければならない。報 告書の様式等については同協議会などがこれを定める。  註:現在、救急救命士が記載する救急救命処置録を指導医師や患者搬送   先の医療機関に報告することは義務付けられていません。しかし、   「検討会報告書、平成14年」には「除細動実施後の医師への報告様式   の普及など事後検証の仕組みの具体化を図る」ことが必要であると明   記されています。施行規則にも「包括的指示に基く除細動に関する報   告書」の記載事項(患者の状況や救急救命士の活動内容に関する詳細   な記録)、送付先、保存などについて明記する必要があるのではない   でしょうか。    特に、除細動実施事例についての個々の報告書を地域においてまと   め、地域の除細動体制の評価・解析が可能となるように、国際的な記   載方法である「ウツタイン様式」に基いた記載項目が必要です。例え   ば、時刻の記載は極めて重要であり、119番通報の入電時刻、覚知時刻、   現場到着時刻、救急隊員が患者と最初に接触した時刻、最初の心電図   を記載した時刻、除細動などの処置を実施した時刻などを忠実に記載   する必要があります。これらの報告書をもとにメディカルコントロー   ル協議会などが地域の除細動体制について集計し検証することは「救   急救命士の業務のあり方等に関する検討会」報告書が求める、救急救   命士の処置範囲の拡大の前提条件の中でも、最も重要なものの一つで   あると考えます。   ――――――――――――――・―――――――――――――― (2) 心停止時の心電図が「無脈性心室頻拍(脈拍を触知しない心室頻拍)」 を示す場合についても、除細動を実施できることとすること。  原則として賛成です。  さらにこの項目の後半に述べるように、これまで救急救命士による除細 動の対象からはずされて来た8歳以上の小児ならびに体重25〜35kgの成人 についても、包括的指示による除細動の対象とすることを希望します。施 行規則の文案については後に示します。  さて、無脈性心室頻拍(pulseless VT)は1992年のアメリカ心臓協会 (AHA)の心肺蘇生法指針においても、心室細動とならび早期除細動を要す る心電図波形として明記されています。これが救急救命士の除細動の対象 から欠落した理由の一つは、日本救急医学会が「医療機関に来院する心肺 機能停止に関する用語(日救急医会誌 6: 198, 1995)」の中で、無脈性 心室頻拍を心肺機能停止を来たす心電図波形の一つに数えなかったことに あると考えられます。日本救急医学会には「電導収縮解離」など、他の心 肺停止に関する用語の整理を含め、検討をお願いしているところです(越 智元郎ほか、心肺蘇生に関する用語・定義の統一を急げ.日救急医会誌 12; 71-72, 2001)。  無脈性心室頻拍は心停止の中で除細動を含む救命救急処置に最もよく反 応する病態です。これに対する救急救命士の早期除細動体制を実現するた めには、無脈性心室頻拍に対する除細動を、医師の同時進行性の指示を受 けずに実施できるものとするべきであると考えます。  ただ、心室頻拍に対する除細動は以下の点で通常の心室細動よりもやや 注意を要するものでありますが、これらについてはメディカルコントロー ル協議会などが地域ごとに救急救命プロトコルに織り込むことで対処でき ると考えます。 1.除細動を要する心室頻拍かそうでないかは専ら頸動脈の脈の触知を含む  循環のサインの有無によります。これらの徴候を的確に評価できる救急  救命士のみが心室頻拍に対する除細動を行うべきであります。逆に申し  ますと、頸動脈の脈の触知を含む循環のサインの評価を的確に実施でき  ない救急救命士には心室細動に対する除細動をも許すべきではありませ  ん。 2.自動式除細動器(半自動式除細動器を含む)の心電図波形の自動診断に  おいて、心室頻拍の診断はやや複雑なコンピュ−タアルゴリズムを要す  ると言われています。自動式除細動器の性能は近年著しく向上していま  すが、地域で用いられている除細動器の機種、性能などによっては、無  脈性心室頻拍を包括的指示による除細動の対象からはずすという選択肢  も許されるものと考えます。  次に、救急救命士の包括的指示による除細動において、無脈性心室頻拍 の扱いと同様の問題を呈するものとして、小児あるいは身体の小さい成人 への除細動があります。  心肺蘇生に関する国際指針とされるアメリカ心臓協会のガイドライン2000 においては、8歳以上(あるいは体重約25Kg以上)の小児に対して、一次 救命処置の一環として自動式除細動器を用いて除細動を行う場合には、成 人同様のプロトコルで除細動を行っています(使用機種、通電エネルギ− なども成人と共通)。また身体の小さい成人については特に制限は設けて いません。ところが自治省消防庁「応急処置別救急活動要領等検討委員会 報告書(平成4年6月)」 p.77 では、体重35Kg未満の傷病者に対しては 半自動式除細動器による除細動を実施しないことを求めています。今回こ の規定を世界の実情に合わせ、8歳以上(あるいは体重約25Kg以上)の小 児に対しては成人同様に包括的指示による除細動を実施することを許し、 身体の小さい成人(体重約25Kg以上)についても同様の位置づけとするこ とを提案させていただきます。  施行規則文案 (2) 心停止時の心電図が「無脈性心室頻拍(脈拍を触知しない心室頻拍)」 を示す場合についても、除細動を実施できることとすること。 また8歳以 上(あるいは体重約25Kg以上)の小児や身体の小さい成人(体重約25Kg以 上)に対する除細動についても同様の扱いとすること。   ――――――――――――――・―――――――――――――― 2 施行期日 平成15年4月1日  賛成です。  すでに述べて参りましたが、法律や関連規則は救急救命士の活動の大枠 を定めるべきでありますが、規定の範囲内での具体的な活動は地域のメデ ィカルコントロール協議会などで検討してゆく必要があると思います。そ の意味で、施行規則の施行期日が平成15年 4月 1日となっても、全国津々 浦々で包括的指示に基づく除細動が一律に実施されるわけではありません。 多くの地域が施行規則で定められた諸規定を早期にクリアし、その結果、 的確な病院外除細動体制が整備され多くの国民の生命を救うことを期待し ます。   ――――――――――――――・―――――――――――――― 【二相性波形除細動器の位置づけおよび消防・救急医療関係者のモラルに ついて】  最後に、わが国の蘇生治療における二相性波形除細動器の位置づけと、 消防・救急医療関係者のモラル及び諸規定遵守について、思うところを書 かせていただきます。 1)わが国の蘇生治療における二相性波形除細動器の位置づけ  「検討会報告書、平成14年」でも触れられていますが、近年開発された 二相性波形除細動器は一相性波形のものと比較して、有効性と安全性の双 方に優れているとされています。ただし、心肺停止患者の救命における最 も重要な転帰の決定要因は放電波形の如何ではなく、発症から除細動まで の時間であります。全国の救急救命士が包括的指示による除細動を実施で きることになれば「早期除細動」の体制が一歩進みます。これに対し、二 相性波形除細動器を導入した消防本部のみが包括的指示による除細動を実 施できる、などという論議は本末転倒と言わざるを得ません。  特に、数百兆円にのぼる財政赤字をかかえるわが国において、消防本部 が十分使用できる一相性波形除細動器を遊休化させ、二相性のものに置換 するという余地はない筈です。高性能な二相性波形除細動器の導入は耐用 年数を過ぎたものを更新する際や増設の場合に検討していただきたいと思 います。あるいは、財政上の配慮から、従来に比べきわめて安価に入手で きるようになった一相性波形の機種を購入するという選択肢すらあるので はないでしょうか。 2)消防・救急医療関係者のモラル及び諸規定遵守について  2001年秋、一部の地域の救急救命士が救急救命士法ならびに関連省令で 禁止されている気管挿管を恒常的に実施していることが報じられました。 その後わが国のプレホスピタルケアに関する、国民の関心の高さには眼を 見張るものがあります。そしてこの問題が契機となり、救急救命士の業務 内容の検討が行われ、包括的指示による除細動を可能にするなど、救急救 命士の業務内容を拡大する方向に扉が開かれようとしています。一方で、 「違法行為」に引き続き「なしくずし」的に救急救命士法の施行規則など を改正することには批判の声も上がっています。  米国のパラメディクは10年以上前から、心肺停止患者でなくとも必要で あれば気管挿管をし、静脈路を確保しています。またエピネフリンを投与 し、骨髄内輸液を行い、意識障害患者では血糖値を測定しています。  わが国の救急救命士は今後も、米国のパラメディクのように患者に有益 な医療行為のほとんどを病院外でも実施したい、と望むのでしょうか。そ してそれがかなうまでは、「法か人命か」と悩みながら、(例えば)呼吸 停止が迫った患者に気管挿管を行い、医師の指示を受けるより先にエピネ フリンの投与を行うのでしょうか。そしてその行為について医学的検討が なされるより先に、マスメデイアや国会などで取り上げられ、新たにまた 法や省令の改正が検討されるのを待つのでしょうか。  私は今後そのような流れで病院前救護に関する諸規定が変更されること があってはならないと考えています。私たちはあくまでも法の範囲内で救 命活動を行わなくてはなりません。そして新たに採用すべき救命手順等に ついては、白日の下で試行事業として検討し、その科学的評価を明らかに することを目指すべきです。また、私たちの仲間が救命活動の現場で、 「緊急避難」として法や省令の壁を乗り越えざるを得ない場合があるかも 知れません。しかし「緊急避難」として実施した行為については、十分に 患者や家族に説明をするとともに、地域のメディカルコントロール協議会 や学会の関連委員会などによる吟味を受ける必要があります。  最後に、改正された新しい規定のもとに包括的指示に基づく除細動を実 施される救急救命士諸氏、ならびにその活動の質を担保するメディカルコ ントロール協議会の関係者にお願い致します。皆様におかれましては、国 民の救命をその目的の中心におき、国民に対して誠実でかつ医学的にも妥 当な救急救命士活動を展開して下さることを切望します。また私自身その ような活動につながる者の一人として、力を尽くしたいと思います。  以上、長文をお読みいただき有難うございました。御検討のほど、どう ぞよろしくお願い申し上げます。

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