プレホスピタル・ケア 第15巻 1号(通巻47号) p.58-63, 2001
愛媛大学医学部救急医学 越智元郎
13時29分 至近の消防署支署から一般救急隊出動
13時34分 要請により本署から高規格救急車出動
13時42分 一般救急隊が現場へ到着。この時、家族が心肺蘇生法 (CPR)を実施中であった。隊員がCPRを引き継ぐとともに心電図モ ニタ−(ハートメイトR)を装着した所、VFを呈していた。
13時48分 高規格救急車へ患者を中継。半自動式除細動器(日本 光電社 TEC-2203)のバッドを装着した所、VFは継続していた(図 1)。第二次救急医療施設(管轄内に第三次救急医療機関はない) へ連絡、医師へ状況を説明し(心電図も伝送)、ラリンゲアルマス ク挿入と除細動の指示を仰いだところ、前者のみ実施してその病院 へ搬送するよう指示を受けた。ラリンゲアルマスク(サイズ2)を 挿入、漏れはほとんどなく換気は良好であった。前胸部叩打は行わ なかった。
14時11分 病院到着。この時点でも心肺停止状態、モニター上、
VFは継続していた。数回の除細動を含む二次救命処置を実施したが
奏功せず、外来で死亡を確認した。
結果的に神経学的後遺症なしに救命できる成人の心停止例のほと
んどが、初期心電図としてVFあるいは無脈性心室頻拍(pulseless
VT、以下VT)を呈すると言われている。このような患者に対して最
も有効な治療は除細動であり、特に虚脱から除細動までの時間が短
いほど蘇生の可能性が高い。また発症時に目撃者がいてCPRを実施し、
心筋や脳への酸素化が維持された場合に、良好な結果が期待できる。
小児においてはVF/VTの発生頻度は低く、欧米でも10%未満とされ
る1)。VF/VTの原因としては先天性心疾患、心筋症、心筋炎、薬物中
毒、代謝異常、低体温などを考える必要がある。小児においても、
その第一の治療は除細動であり、まず最高3回までの除細動(2 J/kg,
2 〜 4 J/kg, 4 J/kg)を行い、頸動脈、大腿動脈などで脈拍を確認
する。脈拍を触知しなければおよそ1分のCPRを実施した後、心電図
波形を確認(または除細動器による再解析)し、VFを認めればさら
に最高3回まで除細動(4 J/kg)を行う。その後もVFが消失するま
で同様に繰り返す(医師による薬物投与が可能な場合の手順は成書
などを参考にされたい)2)。
アメリカ心臓協会の新しい心肺蘇生法ガイドライン(G2000)2)で
は、使用できる除細動器が自動式(AED)の場合、患者が8歳以上ま
たはおおむね25kg以上であれば、成人と同じエネルギ−で実施、8
歳未満または25kg未満であれば、CPRのみを行なうことになる。これ
に対し、わが国の救急救命士は体重35Kg未満の患者では半自動式除細
動器を用いた除細動は行わないように指導されており、またマニュア
ルモードでの除細動も実施しないこととなっている(旧自治省消防庁
「応急処置別救急活動要領等検討委員会報告書(平成4年6月)」3)。
なおモニター下の心室細動で、電気的除細動が実施できない場合
(または除細動の準備ができる前に)、前胸部叩打を1度実施して
みてもよかったが、確実な効果が期待できるわけではない。
2.本例で、より早期に除細動は行えなかったか?
本例では覚知から病院収容まで43分を要し、病院収容の時点でも
VFを呈していたが、蘇生は成功しなかった。本稿では「病院におけ
る二次救命処置の質」についてではなく、病院前救護の質という観
点で検討したい。
イ)予防救急の観点から
G2000では小児の Chain of Survival(救命の連携)の最初のス
テップとして、心停止の予防をあげている。先天性心疾患を有する
本例のような患者では、家族、医療機関、消防本部などが連絡を取
り合い、家族のCPR習得、搬送先の確認などの準備をしておく価値が
ある。特に本例では第二次救急医療施設への距離が遠いため、後記
のような医師出動の態勢や一般医療施設での緊急対応などについて、
関係者で話し合うことができれば理想的であった。
ロ)医師の現場出場、除細動を目的とした診療所などへの患者仮収
容
本例で患者を救急医療施設に収容するより先に、患者と医師とを
早期に接触させることはできなかったか。いわゆるドクターカーが
運用されている地域であれば、病院収容までに40分を要する地域に
おける小児心室細動例は当然ながら医師派遣の適応となるだろう。
またドクターカーの制度がなくとも、救急医療施設と消防本部との
連携により、医師を派遣できたかも知れない。その場合の医師の移
動手段としては病院の緊急車両、消防本部の緊急車両によるピック
アップ、タクシー・自家用車などが考えられる。
一方、輪番制の当番病院に限らず、直近の診療所などへ搬送する
のも一法であった。例えば循環器科あるいは一般診療科の医院の前
に救急車を停止させ、医師を車内に誘導し除細動などの処置を依頼
する。場合によっては、搭載している除細動器の操作法を医師に説
明し、またエネルギ−量などについては確立された治療指針の写し
などを提示し、医師の除細動実施を介助する。このような緊急の要
請を実現するには、医療施設と消防本部との普段からの交流が重要
であり、また通信指令係から医療施設への的確な情報伝達が欠かせ
ない。
高規格救急車内に搭載されている除細動器は半自動式のものであ
るが、今回のような小児例、あるいは体格の小さい成人例において
は、いわゆるマニュアル操作が必要となる。キー操作によってマニ
ュアルに切り替える機種では、キーの所在、操作方法などを常に確
認しておく必要がある。除細動パッドについては消防本部に小児用
パッドを備えておき、出動時に携行してゆくか、成人用で代用する。
救急車への医師の同乗は常にあり得る事態であり、通常の救急救
命士活動で用いる資器材などに加え、数種類のサイズの気管チュ−
ブやマニュアル除細動の準備は必須である。また、最近国内で発売
されたエピネフリンなどのプレフィルドシリンジを用意し、使用期
限が切れないように維持することは、非常に有益であると考える。
3.救急救命士が小児に除細動を行うことは可能か
救急救命士法施行規則(平成三厚令四四)第21条一で、 救急救
命士の行える除細動は半自動式除細動器(以下、半自動式)による
ものと定められている。半自動式は広義の自動式除細動器(以下、
自動式)の一種であり、自動モードでは心電図診断と充電が機器に
内蔵したコンピュ-タによって自動的に行われる一方、手動モード
では操作者が心電図判定をして、放電エネルギ−を用手的に設定し
て除細動を行う機能を有する(表2)。
ここで、法ならびに省令によって規定されている除細動の実施方
法としては単に、半自動式除細動を用いることしか規定されていな
い。一方、救急活動の細部を定めた旧自治省消防庁の報告書3)では、
体重35Kg未満の傷病者では半自動式による除細動を実施しないこと
と、手動モードでの除細動を実施しないことを求めている。この報
告書は多くの消防本部の救急活動基準の下敷きになっている。いわ
ばこの記載が、本例において手動モードでの除細動が行われなかっ
たゆえんであり、所属本部の活動基準をおかすことは通常は許され
ないことであろう。
しかし、医学的妥当性は永久的なものではなく、最善と思われる
救急活動のあり方も年と共に変化してゆく。例えば、蘇生に関する
最新の国際指針として重視されている G2000では、AEDによる除細
動の適応を8歳以上(あるいは約25Kg以上)としている。10J/Kgま
では心筋障害なしに安全に実施できると言われ、25Kgの傷病者に対
し半自動式の初期設定である 200Jで実施することは、学問的には
妥当である。一方、厚生省健康政策局指導課の「病院前救護体制の
あり方に関する検討会報告書 (平成12年5月)」においても、医師
の具体的指示のもとにであるが、身体の小さい成人ならびに小児に
対する手動モードでの除細動については、「救急救命士の業務内容
の充実」の項目の1つとして、検討されている。
近い将来、メディカル・コントロール体制が全国的に整備され、
救急救命士による小児への除細動処置(手動モードで実施)が、医
師の指示のもとに迅速に行うべき救命処置の1つとして消防本部の
救急活動基準にも明記されることを願うものである。
なお、本例ではまれとされる小児の心室細動に対応せざるを得な
かったこと、救急医療機関までの距離が遠くかったこと、早期除細
動によって救命効果が期待できたことなどから、救急救命士が手動
モードで除細動で行うことはできなかったのかという声もある。こ
のことは直ちに救急救命士法ならびに関連省令に抵触するとは限ら
ないが、総務省消防庁や所属消防本部の方針とは合致しない。また、
仮に本例で除細動を行うことに違法性があるとして、その行為が「
緊急避難」として処分を免れるかどうかは、判例もなく、文字通り
救急救命士としての「職を賭して」実施する覚悟が必要であろう。
4.関連する問題
小児ならびに身体の小さい成人への除細動に加えて、看過できな
いのは、わが国ではこれまで無脈性心室頻拍(pulseless VT、以下
心室頻拍)が心肺停止の心電図分類に含まれていなかった4)ことで
ある。このため、救急救命士の活動基準の中にも心室頻拍への除細
動が上げられていなかった。これは心室細動ならびに心室頻拍とい
う、除細動可能(shockable)な心電図波形の患者を、蘇生対象の最
重点においた国際的な心肺蘇生の流れとは明らかに食い違っている。
一方、振幅の小さい心室細動において半自動式除細動器が作動し
ない場合があることなど、救急救命士による手動モ−ドでの除細動
に道を開くことが期待される。
早期除細動の実現はわが国の病院外心肺停止に対する救命率を上
昇させる方策の中で最重要な課題と言われている。このためには、
第1に、救急救命士による除細動において、医師の同時進行性の指
示を得る過程を省くこと、第2に訓練を受けた一般市民などにも自
動式除細動器を用いた除細動実施の道を開くことが上げられる。今
回とりあげた、小児心室細動などへの手動モ−ドでの除細動(救急
救命士による)についても、心原性の防止できる死(preventable
death)を減少させる一助になると考えられる。メディカル・コン
トロールの充実をはじめとした、プレホスピタルケアの整備に期待
したい。
【解説】
【結語】
参考文献
表1 救急隊活動の時間的経過
至近の消防支署 |時 刻| 本署
============================
覚知(家族の 119番通報)|13:28|
――――――――――――――――――――――――――――
一般救急隊出動 |13:29|
――――――――――――――――――――――――――――
本署へ応援要請 |13:33|支署より応援要請
――――――――――――――――――――――――――――
|13:34|高規格救急車出動
――――――――――――――――――――――――――――
一般救急隊現場到着 |13:42|
――――――――――――――――――――――――――――
同 現場出発 |13:43|
――――――――――――――――――――――――――――
高規格救急車へ患者中継 |13:48|一般救急隊より患者中継
――――――――――――――――――――――――――――
|13:49|医師への連絡、気道確保
――――――――――――――――――――――――――――
|13:53|病院へ向けて搬送開始
――――――――――――――――――――――――――――
|14:11|病院へ到着
============================
表.除細動器の分類
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
|手動 | 自動式除細動器
|除細動器|―――――――――――――――――――――――――――――
| |日本型半自動式除細動器 | 狭義の自動式 |埋め込み型
| |手動モード|自動モード |(いわゆる AED) |(全自動式)
========================================
心電図表示| 画面表示の有無は機種及び用途による |画面表示なし
| |
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
充電エネル| 使用者が設定 | 事前設定により自動的に設定
ギ−量設定| |
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
除細動の |操作者が自分で判断 | 装置が心電図波形などの解析により判断
要否判断 | |
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
充電開始 |操作者が自分で | 解析後、除細動の適応があれば自動的に予め設定
|充電ボタンを押して | されたエネルギまで自動的に充電
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
放電 |使用者が独力で判断し|除細動器の指示により、使用者が |事前設定によ
|放電ボタンを押して |放電ボタンを押す場合と,装置が |り自動的に放
| |自動的に通電する場合がある |電
| | |
| | |
========================================
医師の使用| 可 | ―
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
救急救命士| 不可 | 可 | ―
の使用 | |(医師の具体的な指示のもとに) |
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市民の使用| 不可 | 可 | ―
(日本)*| | (緊急避難の場合) | *2002年12月現在
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パラメディ| |
クの使用 | 可 | ―
(米国) | |
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市民の使用| 不可 | 可 | ―
(米国) | | (有資格者+緊急避難) |
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