公開資料:救命救急センター等での歯科医研修問題について

歯科医師が専門外治療? 医師法違反の疑いで札幌地検に書類送検

(日本歯科新聞 2002年 1月15日、歯科医師、ジャーナリスト 杉山正隆)

ウェブ責任者:愛媛大学医学部救急医学 越智元郎


 目 次

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関係者に取材して


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歯科医師が専門外治療? 医師法違反の疑いで札幌地検に書類送検

市立札幌病院の救命救急センター 歯科医師3人と医師1人

「医療の実態を知らない暴挙だ」との指摘も(前文)

 市立札幌病院(中西昌美院長、八一〇床)の救命救急センターで、研修を受けてい た歯科医師(口腔外科医)が専門外の医療行為をしたとして、北海道警札幌中央署は 一〇日午前、同センター部長の医師(五一)と研修を受けた歯科医師(いずれも三二 歳)の三人の計四人を医師法違反の疑いで札幌地検に書類送検した。こうしたケース で歯科医師らが責任を問われるのは初めてという。歯科関係者や救急医療関係者から は「送検は、医療の実態や研修の重要性からかけ離れた暴挙だ」と指摘する声も上が っている。


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 同署などの調べでは、歯科医師三人は一九九八年一二月二五日から二〇〇〇年八月 一五日に掛け、同センターや救急車内で、計一三回、歯科に属さない疾病の患者一一 人の救急患者らに対し、診察や、強心剤の注射、薬の処方など歯科医師としての専門 以外の医療行為を行った疑い。同センター部長は、現場の責任者として三人の医療行 為を事実上、指示した疑いが持たれている。

 任意での事情聴取などに対し、同センター長は「歯科医師は歯だけ診れば良いとい うのは誤り。医師も、歯科医師も、患者急変時の対処法を身に付けるためにも救急の 現場での研修は絶対に不可欠だ。四人一組のチームで対応しており、経験豊かな医師 の指示のもとにある。歯科医師が単独で判断することはなく問題ない」などと説明。 また、歯科医師らは「病院や学会のカリキュラムなどに従い、厳正な研修が行われて いる。何が問題なのか分からず困惑している」と話しているという。

 この問題では、地元紙で報道されたのをきっかけに、北海道と札幌市保健所が昨年 六月、同センターを立ち入り検査。同市が厚生労働省に照会したのに対し、同省は「 歯科医師が、歯科に属さない疾病に関わる医行為を業として行なうことは医師法第一 七条に違反する」などと医事課長名で回答した。こうしたことから、専門外の医療行 為があったなどとして、同保健所が昨年一〇月、医師法違反の疑いで札幌中央署に告 発していた。

 同病院の佐々木修一事務局長は「あくまで人材育成のための研修の一貫であり、医 師法違反ではなかったと考えていた。しかし、市保健所の指導を受け、歯科医師が歯 科口腔外科以外の診療科で研修するのはやめており、今後は検察庁の判断を待ちたい 」と話している。

 同様の研修は全国で広く実施されており、今回の書類送検で、歯科医師の研修を取 りやめる病院が出てくることも懸念されている。


関係者に取材して

(歯科医師、ジャーナリスト 杉山正隆)

 この「事件」は、地元新聞のキャンペーン記事の中から突然飛び出した。一連の報 道は昨年五月頃から、市立札幌病院の「バイト診療」などをターゲットになされてい たが、昨年六月、「歯科研修医が専門外治療」との記事を掲載した。  昨年六月五日付けの紙面では、「患者には医者のように振る舞っていたが、医学の 基礎知識の面など、気が気ではなかった」などとの関係者の証言を紹介。歯科医師が 研修していたことを「救命医療を軽視」などと指摘し、「揺らぐ医の信頼」などとの 見出しを立てた。

 また、九月一四日付けの報道は、「市は事実公表せよ」などとする解説記事を掲載 。「自らの非を認め、市民に事実をつまびらかにすべきではないか」などと市に対し 、歯科医師らを告発すべきとの論陣を張った。こうした一連のキャンペーン記事を受 けて、札幌市保健所が実際に告発し、この日の書類送検にまで発展した。

 だが、今回の件は、本当に処罰に値するほどの大問題なのだろうか。歯科医師らの 行為が、医の信頼が揺らぐものだっただろうか。むしろ、こうした研修は国民の生命 を守るためには、必要不可欠なものではないのだろうか。

 そうした疑問を胸に、私は新年早々、札幌市に入った。関係者の取材に加え、一連 の報道も検証したが、記事に誤りが多いのに驚いた。歯科医師への偏見と共に、悪意 を感じた。

 地元紙関係者によると、記事が掲載された直後からこの地方紙などに「もう少し冷 静に、真の問題点を市民に知らせるのが報道の使命では」などの苦情の声が多く寄せ られたと言う。地元紙に頻繁に登場する「関係者」が、実は「タレコミ」をした本人 で、同病院幹部に個人的な恨みを持っているのではないかとの疑問が浮上している。 「タレコミ」は大切な情報源にはなるが、個人的な感情を排除しなければ、新聞など は「つい書き過ぎる」恐れが強まるのだ。

 さらに問題なのは、こうした報道を真に受け、札幌市や北海道、厚生労働省が中途 半端に対応し、さらには道警・札幌地検までが捜査。立件に動いたことだ。五日には 地元紙や通信社の配信で「歯科医が救急医療指示」とほぼ同様の内容の報道があり、 数日前から「一〇日送検」との情報が流されていた。世論を誘導し送検をスムーズに する意図での、捜査関係者による「リーク」の可能性が高い。

 一連の報道や行政の動きに対し、北海道弁護士会の幹部は「書類送検すべきではな かった」と断言する。誤った報道と、それに基づいた捜査により書類送検に至ったの ではないか、というのだ。「厳しいチーム医療を取っており、八一〇床ものベッド数 を有する国内有数の大病院だ。特に救命救急センターは大災害にも対応できる態勢を 整えており、それだけにセンター長への妬みもあると聞く。取材も捜査もずさんだっ た」と話す。また、マスコミ関係団体は「報道被害の可能性がある」として、札幌地 検の判断などを注目している。

 ただ、違法性を指摘される点があったのなら、正す必要がある。医業と歯科医業は 明確な線引きがなされていない。だが、これは行政、とりわけ厚生労働省の怠慢と言 えまいか。現場の歯科医師らに責任を追わせるべきではないのではないか。医学部、 歯学部での基本的な医学教育を可能なものは一本化しようとする動きや、「全身の中 の歯科」との考えにも悪影響を及ぼすのは、何としても避けなければならない。

 歯科医師はむろん「悪気がなかった」だけでなく、正規のカリキュラムに則り、多 くの経験豊富な医師の指導のもと、自ら志願して救急の研修を受けていた。関係学会 などでも、事の重大性を認識し、意見書や要望書を札幌地検や厚生労働省などに提出 しようとの動きが出ている。医療の実体にうとい検事や裁判官をいかに納得させるか 。そのためには、歯科医師の専門性と、全身と歯科・口腔の関係について、幅広く啓 蒙していくと共に、今回、被疑者とされた四人に対する支援活動を早急に、広げてい くべきだ。

 さもなければ、「歯医者は歯だけを診ていれば良い」との誤った考え方が国民の間 に定着することになるだろう。そう、今回の送検での最大の被害者は、実は国民なの である。


■救命救急センター等での歯科医研修問題について