救急救命士に心電図伝送を不要とした除細動を

〜救急救命士制度充 実のために〜

岡山県医師会理事 井戸俊夫
(岡山県医師会報 第1096号、平成14年6月25日発行、p.16-18)


 目 次

1)はじめに
2)特定行為の見直しについて
3)除細動の現状について
4)岡山県における今後の対応
5)おわりに
文献


はじめに

 昨年秋,秋田 県で過去5年半にわたり,医師にしか認められていない気管挿管が,救急救命士 によって恒常的に千五百件以上行われていたことが判明した。秋田県の調査によ るとこのような気管挿管は県内消防本部の8割で実施されており,さらに山形, 新潟,青森各県でも行われていた事実が明らかになってきた。

 地元マスコミで 「救急救命士による違法性」が報道され,一躍社会問題に発展した。そして,さ まざまな議論がまきおこった事についてはご承知の通りである。

 厚労省の研究班 (主任研究者:平澤博之千葉大学教授)は「救急救命士が気管挿管しても,心肺 停止患者の生存率向上に役立つと云う根拠はなかった」とする報告書をまとめ た。また第5回日本臨床救急医学会総会でも,学会として同じ内容の方向性が示 された。さらに臨床救急医学会の評議員198名に対するアンケート調査を見る と,現状で救急救命士の気管挿管を認めるべきかの質問に78%が認めないと し,その理由としてトレーニングシステムの不備をあげ,救急救命士業務として 今後どうすべきかについては,一定の条件を整備してからが93%を占めてい る。一方,地方自治体から内閣総理大臣宛に,救急救命士制度の充実強化に関す る意見書が出された事などに対し,坂口厚労大臣も前向きの検討を約束して今日 に至っている。

 厚生省の「救急救命士の業務のあり方等に関する検討会」第1回 ワーキングチームが5月22日に開催され,《1》救急救命士による気管挿管の条 件,《2》医師の指示を必要としない除細動の諸条件,《3》救急救命士による薬 剤投与問題,などについて具体的検討に入っている。いずれ近い将来,結論が出 される事になろう。とくに除細動を救急救命士に行わせることについては,米国 などでは,すでに一般市民でも行うことが出来るという状況も考慮し,我が国で も関係者の間では,指示無し除細動にも問題なしとして賛成する意見が増えつつ ある。岡山市では,院外心肺停止患者(OHCPA)に除細動を行う場合,全例に心電 図伝送を行って許可を得ているが,現行法では必ずしもその必要は無く,医師の 指示のみで除細動は可能である。そこで救急救命士の特定行為に関する問題につ いて少し述べておきたい。


2)特定行為の見直しについて

 救急救命士が行う気管 挿管については,現在これを認める方向で検討が進められている。しかし,地域 による温度差,救急救命士の質の低下などが指摘されるなど,救急救命士にとっ ての現状は極めて厳しい環境にある。挿管を認める場合には,まずメディカルコ ントロールをはじめとする諸条件を整備する必要がある。特に研修のカリキュラ ムを充実させ,その教育を急ぐべきであるが,平成16年から研修医に対しても 救急医療研修が始まることになっているので,現在の指導医師数から,1万人を 越える救命士の再教育が,果たして何処まで出来るのか気がかりである。

 メディ カルコントロール体制の構築についても,厚生省が未だ都道府県に対して何一つ 具体的方向付けを示していない現状から,岡山県に於いても本質的議論をするに 至っていない。

 新聞によると,「挿管問題は,医師以外のものが医療の領域には いることに拒否反応を示す医師会の意向が強く反映され,全く進まなかったの だ」とか「挿管問題が表面化して,秋田市の救急車から挿管器具がはずされた が,以来挿管以外では酸素吸入が困難な患者全員が死亡している」などと報道さ れている。医者のエゴだとか,挿管さえすれば助かるのだというような,全くエ ビデンスに基づかないこうした記事が,救急医療全体についても,国民を間違っ た方向に誘導しているのではないかと危惧する。芸能記事と同じレベルで論じる べきではない。挿管問題だけを特化して,早急に解決を計ろうとする事に少し無 理がある。

 誤解を招かないために一つだけ協調しておきたい。我々は決して救急 救命士に挿管をやらせないと云う議論をしているのではない。どうすれば気管挿 管をはじめとする特定3行為を前に進め,救命率を向上させ得るのか,その議論 をしているのであって,その黎明期に,一部の地域とは云え今回のような違法な 挿管問題が起こったことは誠に残念でならない。日本医師会も,こうしたことを 看過せずEBMに基づいた反論をすべきであると思う。


3)除細動の現状について

 中国四国各県の心電図電送の状況 第18回日本救急医学会中国四国地方会において石原会長は救友会(救急救命士 会等の関係者で結成)のアンケート結果について報告した。それによれば特定行 為実施にあたり,過半数の消防本部がルチーンに心電図伝送を実施している事が 分かった。愛媛大学医学部救急医学の越智助教授の集計によれば,中国四国地方の 117消防本部のうち特定行為を行うに際し,消防本部の方針で心電図伝送を 行っているのが53本部(45%),医療機関の求めにより伝送を行っているの が9本部(7.7%),伝送は不要としているのが36本部(30%),その他 の回答が6本部(5.1%),回答無しが13本部(11.1%)となってい る。

 法律上必須とされていない心電図伝送が,中国四国地方に於いては半数以上 で行われていることになる。先の日本プライマリケア学会で救急救命法実技講習 と担当した神戸市消防局によれば,神戸市に於いては,OHCPA患者の除細動実施に あたっては,心電図伝送をせず,医師の指示のみを受けて行っている。


4)岡山県における今後の対応

 私は,岡山県施設指導課にもこの問題を指摘し,OHCPAにお ける除細動については岡山県においても早急に心電図伝送を不要とするよう要望 している。また7月に協議会を行うことも求めており,県医師会から再度この問 題について提言するつもりである。

 すでに除細動に関しては,岡山市消防局,救 命救急センター,関連病院長等にも伝送廃止の方向での検討をお願いしている。 心室細動患者に対しての除細動が1分遅れれば,救命率に10%程度の影響が出 るとも云われているのに,OHCPAについては現場到着から搬送開始までに費やされ る時間が一般傷病者搬送の場合より平均10分以上長い。恐らく心電図伝送を中 心とした現場での処置時間と考えてよいと思うので,少しでもこの時間を短縮す るために行政,医師会,救命救急センターなどで協議したい。これこそがメディ カルコントロールというものであろう。


5)おわりに

 すでにアメリカを中心に, 空港や駅など大勢の人が集まる場所に自動体外除細動器(AED)が配置されて,一 般市民も緊急的に使用することが出来る。救急救命士の特定行為の内,少なくと も除細動については心電図伝送を省略し時間的ロスを無くしたいと思う。また, 今回触れなかった薬剤投与の問題については別の機会に譲りたい。

 メディカルコ ントロールや救急救命士の特定行為の在り方など,所謂,病院前救護体制のあり 方について,諸先輩方のご意見があればこの上ない幸せである。

 なお本論文中 に,第3回救友会シンポジウム資料,第18回日本救急医学会中国四国地方会に 提出された石原晋会長の資料,および愛媛大学医学部救急医学 越智元郎助教授の資 料を引用させていただきました。稿を終わるにあたり,心から両先生および関係 者の方々に深謝致します。


文献

戸田和則,井戸俊夫:岡山市における救急救命士制度の現況と今後の課題 日臨救医誌1998;1:85

井戸俊夫:院外心肺停止患者における今後の課題 日臨救医誌2002;5:1


心電図伝送についての要望書