災害医学・抄読会 110729


広域航空医療搬送とSCU(Staging Care Unit)

(大友康裕、大橋教良・編 災害医療、東京、へるす出版、2009、p.74-81)

       

広域地震災害時における広域医療搬送の必要性

 1995年1月17日に発生した阪神淡路大震災後の教訓から災害医療対策整備の本格的な取り組みが始まった。その提言の一つである広域搬送体制のあり方について述べていく。震災時には診察能力の低下や受け入れる傷病者の数と病床数の不均等から多くの死亡者が出た。被災地域の医療機関では、ライフラインが止まり、病院機能自体が麻痺する中で懐中電灯の明かりを頼りに診察を行う状態であった。本来行うべき医療を提供できず、患者が死亡していく状況に身を置かざるをえなかった医師や看護士の中には未だに心的外傷(トラウマ)を背負っている方が大勢いる。

 また、一方で被災地からわずか20km離れた病院ではまったく普段と変わりのない診療が行われていた現実があった。このことから得られた重要な教訓の一つは「被災地内の機能を失っている病院で重症患者を治療しても救命はきわめて困難であるとともに被災地域内医療機関へ多大な負担と混乱をもたらす。よって重症患者は被災地域外へ広域に広報搬送し、機能の整った被災地域外の医療機関で高度な医療を提供し救命につなげるべきである」というものである。実際はこの震災で航空機によって搬送された患者はたったの一名であった。このような経緯で「広域医療搬送体制の整備」が緊急提言として採択された。

〇わが国の広域医療搬送計画について

 前述のように本来救えるべきはずの命を救うため、広域災害時の広域後方輸送の必要性を訴えたが、その実現には省庁、行政機関の枠組みを超えた全国的取り組みが求められることからなかなか話は前に進まず、当初は広域医療搬送計画は頓挫していた状態が続いていた。

 2003年災害応急対策関係閣僚意見交換会において南関東直下型地震に関する内閣総理大臣指示事項として

  1. 厚生労働省は、発災時に迅速に救護班を派遣し、重篤患者を搬送するための計画を定めること。

  2.   関係省庁および防衛庁は協議して、医師、患者や消防、警察の部隊を搬送する際の自衛隊機の利用計画を定めること。自衛隊以外の関係機関の航空機ならびに船舶の活用についても検討すること。

などを含めた4項目の指示が出され、内閣総理大臣より「以上について、内閣府および関係省庁は連帯して早急に作業を進め、防災担当大臣が中心となり取りまとめて私に報告してほしい」という指示がだされた。これをうけ政府、内閣府は関係省庁と連帯して会議を行い、南関東大震災を念頭においた広域医療搬送の計画策定を開始した。これによってようやく具体的な広域医療搬送の計画策定が実現した。

政府の広域医療搬送計画について

*1、広域医療搬送とは

 大規模震災時被災地では、重症を含む多数の負傷者が発生し、医療施設の被災による機能低下や医療従事者の負傷により十分な医療が確保出来ない。そこで重症患者搬送に従事する災害派遣医療チーム(DMAT)・救護班を被災地外から派遣し重症患者を被災地外の災害拠点病院などへ搬送し救命する活動のこと

*2、広域医療搬送の概要

 広域医療搬送は以下のような流れで行われることを想定している

  1. 地震発生後、速やかに広域医療搬送活動に従事する災害派遣医療チーム(DMAT)などが被災地外の拠点に参集し、航空機などにより被災地内の広域搬送拠点へ移動

  2. 被災地内の患者を一時収容する広域搬送拠点臨時医療施設(SCU)の設置を補助するとともに、被災地の都道府県が調整したヘリコプターなどで被災地内の災害拠点病院などへ移動し広域医療搬送対象患者を選出し、被災地内の災害拠点病院からSCUまで搬送

  3. SCUにて広域搬送の順位を決定するための再トリアージおよび必要な追加医療処置を実施

  4. 搬送順位に従って、広域搬送用自衛隊機で被災地外の広域搬送拠点へ搬送しそこから救急車などにより被災地外の医療施設へ搬送して治療する

*3、東海地震における広域医療搬送計画

 現在事前に計画を作成、検討している大規模地震は以下の3つである

1)東海地震 2)東南海、南海地震 3)首都直下型地震

 今回東海大地震を例にとると、地震対策の大綱→活動要領→具体的活動に関わる計画として話を進めていった。具体的な東海地震発生時の広域搬送拠点、派遣する救護班の規模と参集場所、広域搬送目標患者数、患者搬送先などの具体的な計画が2004年に策定された。

  1. 広域医療搬送の目的、対象

  2.  対象患者を頭、胸、腹部などの中程度の外傷患者、クラッシュシンドローム患者、広範囲熱傷患者とし、24時間以内に400〜600名それ以降130〜180名の重傷患者搬送が計画されている。

  3. DMATなどの参加拠点

     被災地内の広域搬送拠点に移動するために自衛隊機などに搭乗する拠点として、全国5ヶ所を設定し、各参集拠点付近のDMATなどが派遣可能病院から参加状況などを本部へ連絡する病院を事前指定する。

  4. SCUを設置し被災地外へ患者搬送するための拠点を設置

  5. 被災地内搬送手段(被災地内広域搬送拠点から被災地外広域搬送拠点まで)

  6.  被災地内での患者搬送は原則ヘリコプターによることとしているが、迅速な搬送が可能である場合は救急車などによる陸上搬送も可能としている

  7. 広域搬送手段(被災地内搬送拠点地から被災地外広域搬送拠点まで)

     被災地内から被災地外への患者搬送は、原則として自衛隊航空機を使用することとしている。

  8. 被災地外広域搬送拠点

  9. 被災地外広域搬送拠点から患者受け入れ医療施設までの搬送

  10.  被災地外広域搬送拠点からは原則として、被災地都道府県の消防本部あるいは患者受入医療施設の救急車による搬送としている。



千葉DMAT 自治体の立場から

(鈴木金松、石原晋ほか・監修 プレホスピタルMOOK 9 DMAT、東京、永井書店、2009、213-217)

はじめに

 千葉県は、地形的に平地や台地が広がる、海に囲まれるなど、震災時に影響を受けやすく、また、成田国際空港や千葉港、京葉臨海地域の石油化学コンビナートを有しているため、航空機事故や海難事故などといった大規模な事故災害の恐れがある。そこで県は「千葉県地域防災計画」により各種対策を定めており、その中で千葉県のDMATの活動についても定めている。

千葉県DMATの歴史

 千葉県DMATは、災害発生後の48時間以内の初期段階で現場に駆けつけ、急性期の医療救護活動を行うことを目的として、平成16年度の国庫補助事業により、千葉県内で17ある災害拠点病院のうち9病院で体制を整備した。その後、平成20年4月に新たに1病院が加わり、10病院体制で運営されている (図1)。また、平成18年4月に厚生労働省から「日本DMAT活動要領」が示され、運用の基本方針として@DMAT運用計画の策定A医療機関との協定の締結については都道府県が行うこととされた。これを受け、千葉県は、平成19年4月には災害発生時において、関係機関が連携し円滑にDMATの運用が図れるよう、「千葉県DMAT運営要綱」および「千葉県DMAT運用マニュアル」を制定した。

千葉県DMAT運用要綱における災害の定義

 DMATを運用する場合に災害の定義については 1)広域災害、2)局地災害に分けられている。広域災害については、被災状況を十分に把握し、DMATの派遣先、派遣数を被災元と調節する必要があり、局地災害については、被災現場へ迅速に派遣することが重要である。

県からDMATへの出動基準および派遣要請基準

 県からの派遣要請に基づくDMAT出動については、県が要綱第7条に基づきDMAT指定医療機関に要請し、DMAT指定医療機関が要綱第5条の規定によりDMATを出動させることとなっている。

※要綱第7条:

  1. 千葉県内において、2名以上の死者を含む30人以上の傷病者が発生又は発生すると見込まれる場合で、DMATが出動し対応することが効果的であると認められる場合

  2. 知事が特に必要と認めた場合

要綱第5条:

  1. 災害等の発生により、DMATが出動し対応することが効果的であると認められた場合

  2. DMAT指定医療機関の長が特に必要と認めた場合

 また、要綱におけるDMATの出動については、DMAT指定医療機関独自の運用基準等においてDMAT活動を行うとも記されている。

県からDMATへの派遣要請手続き

  1. 被災地における被災情報の収集(千葉県災害対策本部と被災地災害対策本部との連携)

     −収集した情報によりDMATの派遣が必要と判断した場合

  2. DMAT指定医療機関への派遣要請(千葉県災害対策本部による)

     −被災地より収集した情報をもとに、要請するDMAT指定医療機関を決定し、同時に被災状況、派遣先、派遣人数を報告

  3. DMAT指定医療機関における出動可否の判断(DMAT指定医療機関による)

     −※DMAT出動により病院運営に多大な支障が生じる恐れがある場合は、派遣しないことができる(要綱第9条)

  4. 県へのDMAT出動可否の報告(DMAT指定医療機関から千葉県災害対策本部へ)

  5.    DMAT派遣の報告(千葉県災害対策本部から各災害拠点病院、日赤千葉県支部へ)

局地災害におけるDMAT派遣要請の特例

 DMATの派遣要請について、交通事故、爆発事故など局地災害時の場合には、以下の特例を設けている。

  1. 被災地の消防機関が、千葉県消防広域応援基本計画で定める統括消防機関(以下統括消防機関)を通じて県にDMAT派遣要請をすることができる。

  2. 統括消防機関は、緊急でやむを得ない事情により県に要請する暇がないときは、直接DMAT指定医療機関へDMATの派遣要請をすることができる。  また、これらによる統括消防機関からの要請に基づくDMATの派遣については、県からの要請によるものとみなす(要綱第8条)。

DMATの今後の課題

1)DMAT指定医療機関の拡大

 現在千葉県においては、10の医療機関をDMAT指定医療機関としては指定しており、登録者は平成20年12月末現在で84名、チーム数で17チームが登録されている。

 しかし大規模な災害が発生した場合、DMAT指定医療機関においても、病院の損壊の可能性や負傷者受け入れなどを行う必要もあるほか、局所災害時でも通常の診療などを行う必要があるため、DMATの派遣においては各指定医療機関で1チームしか出せないではないかと考えられる。

 地震などによる応援体制として考えても、今後もDMAT指定医療機関の拡充を進め、より多くのDMATチームが災害現場に出動できるよう、体制整備に努めていきたい。

2)DMAT派遣要請の迅速化

 本県が被災し、県内DMAT隊だけでは災害時の急性期対応が困難と判断する場合には、他県のDMAT隊等に対しても、DMATの派遣を要請することになると思うが、最大震度7といった大災害において被害の状況が判明するまでには時間を要しており、被災状況を確認してからの要請では、災害急性期に医療救護活動を行う医療チームであるDMATの活用として問題があるのではないかと考える。

 そのため、DMATを要請する立場にある担当者は、過去の災害と被害状況を研究、調査するとともに、県内特有の地理的条件も勘案し、県内のどこで、何が起きたら、どの県に対してDMATの派遣を要請するなどを日ごろからイメージしておくことが重要であると考えるとともに、今後研究していきたいと考える。



浜岡原発が崩壊する日

(高橋繁行 別冊宝島1469号、2011年 p.30-41)

 これまでも亀裂や破断等の事故を起こしてきた浜岡原発だが、この原発の最大の懸念は東海大地震の想定震源域の真っただ中に存在することである。この地震が起きる確率は非常に高く、岩盤も軟弱といわれるこの原発を地震が襲ったら被害やまさに未曾有のものになるだろう。

 仮に地震学者、石橋克彦氏が述べているように、静岡県浜松沖でプレート間地震という海洋型地震と、派生して起こりうる内陸型の直下型の両方が同時に起こり、阪神大震災より大型のマグニチュード8クラスの東海大地震が発生したとしよう。原子炉施設が破壊され、原子炉は炉心溶融事故を起こして暴走し、大量の放射能が放出されることになる。京都大学原子炉実験所の瀬尾健氏によると、仮にこの事故を起こす原発を出力113.7kW、沸騰水型軽水炉の浜岡原発4号機とし、天候は曇りがちな晴れ、南西から風速4メートルの風があるとする。最初に述べておくと大気が上下でかき回され放射能が拡散するA型から、対流がほとんど起こらず放射能があまり拡散されずに広がるF型まで6タイプを想定している。原子炉格納容器が破壊され事故発生から約2時間がたつと全放射能の約2割が環境に放出される計算になる。

 原発から放射能が出るときにはおそらく大量の水蒸気をともなうだろう。すると放射能雲が作られ、そこから放射能が放射される。放射線を浴びた人間は呼吸によって汚染物質を吸引し放射線被曝を引き起こす。さらに放射能雲が通った後には地面に汚染が起こる。結果、放射能雲からの直接被曝、呼吸による体内被曝、汚染地面からの被曝という3つの汚染源からの被曝量によって、原発事故からの被曝量を評価する。もし浜岡原発4号機が大事故を起こし事故発生から7日後に避難した場合、最大、54742人が急性障害で死亡する。もし、浜岡原発のすべての原発が大事故を起こし事故発生から7日後に避難した場合、最大で、2097883人が急性障害で死亡する。急性障害死というのは、短時間に大線量を被曝したときに発生する。どのくらいの線量で症状が出るかは個人差があるがICRP(国際放射線防護委員会)は、4シーベルトを浴びれば半数が死亡するとしている。2シーベルト被曝のような比較的被曝線量の少ない急性障害の場合、風邪にかかりやすいとか疲れやすいといった軽度の症状から異常が現れる。これらは被曝との因果関係を証明することが困難なため、切り捨てられてしまっている可能性が高い。被曝線量が増えるに従い、あちこちに痛み、出血、下痢、脱毛、発熱などが現れる。10シーベルトを超える被曝になると、中枢神経が冒されて痙攣、運動失調などを引き起こし数日で死亡する。

 浜岡原発で事故が起きてから14時間が経過するころには、急性障害の危険性はかなり薄らいでいるが放射能は風に乗り東京上空を覆い尽くすことになる。原発事故の恐ろしい点は仮に急性障害を乗り越え生き残っても、癌や、遺伝子障害といった晩発性の障害があることである。急性障害死の場合と違い一般には被曝線量の小さい問題を扱わねばならず、長期にわたって膨大なデータを集めなければ、統計的な制度が得られないという厄介な事情がある。そのため、晩発性癌死者数の見積もり方についてはいまだに議論が続いている。もし浜岡原発4号機が大事故を起こし事故発生から7日後に避難した場合、晩発性癌死者数は2350014人で、5年後に避難した場合死者数は8547373人になる。浜岡原発のすべての原発が大事故を起こし事故発生から5年後に避難した場合、癌死者数は最大で、24961708人と推測している。この推測はアメリカのゴフマン博士の推計に基づいている。つまり、1シーベルトを浴びれば、10000人中4000人が癌死するという計算である。ゴフマンは70年間広島・長崎の被爆者を追跡調査しており、年齢差や体の部位による癌率までもっと詳しく分析しており、信用できる。

 放射能汚染は中心から離れるほど薄れていくが、たとえ毎時浴びる放射線量が少なくても長期滞在すればただならぬ影響を及ぼすとこもある。それぞれの放射性物質は性質に応じた半減期を持っている。例えば、長期避難の目安となるセシウム137の半減期は30年である。このセシウム137の大気中の濃度と地面に落下する速度から、セシウム137によってどれくらい地面が汚染されるのか評価し、これをもとに10年以上避難すべき領域を設けている。セシウム137の汚染領域はチェルノブイリ事故の際に2つの基準が設定された。一つは1?あたり40キュリーというセシウム137の地面汚染濃度を長期非難の基準とし、もう一つはベラルーシが設定した1?あたり15キュリーとしている。1Km2あたり40キュリーの範囲は西は大阪、北は富山、東は東京まである。浜岡原発ひとつの大事故だけで本州の半分以上の面積の住民が避難を余儀なくされる。その中には大都市が多数含まれ、その住民が10年以上長期非難することはとても現実的ではない。ところが40キュリーないし15キュリーという条件さえ日本の法令に従うのなら危険度を過少評価しすぎである。なぜなら日本の法令で一般人が立ち入り禁止区域になるのは1キュリー以上だからである。これを長期非難の基準にするなら日本列島をすっぱりと覆ってしまい、中国大陸にまで及ぶ。原発の大事故は日本列島をくまなく放射線管理区域という名のイエローゾーンに塗り替えてしまうのである。



災害外科と戦傷外科

(甲斐達朗ほか、災害人道医療支援会ほか・編 グローバル災害看護マニュアル、東京、真興交易医書出版、2007、p.135-143)

はじめに

 外科領域に災害外科・戦傷外科という特殊な分野・手術手技があるわけではなく、一部の戦傷を除き、外傷形態は日常遭遇する外傷と大きく変わらない。しかし、災害あるいは戦場という特殊な環境下にあり、根治治療の開始に時間を要すること、創部の易感染性など、その対応にはさまざまな工夫が必要になる。

平時の外科との相違点

1.汚染環境

 平時の外科手術においては清潔区域・不潔区域を厳密に分けて処置が行われるが、災害時・戦場ではその維持が困難であり、術後感染の可能性が高い。

2.汚染創

 災害時・戦場で生じた傷は、土・泥などに汚染されることが多く、その処置が不十分なために、破傷風やガス壊疽の合併もしやすい。

3.医療機関の被災

 災害時・戦場では医療施設自体が被災するリスクがあり、その場合、電気、水、ガスなどのインフラが十分に機能しない状況下で、多くの負傷者の治療を余儀なくされる。

4.少ない医師・看護師

 社会基盤を揺るがすほどの災害時では、通勤手段も影響を受け、病院では医療従事者の確保が困難となる。また、医療時従事者自身も被災者になれば、当然、その数は払底する。

5.限られた医療資器材・医薬品

 災害時は、平時に比べて負傷者が増加し、更に、医療資器材・医薬品の補給が困難になるため、抗生物質・輸液・ガーゼ・包帯・外科針などが不足する。

6.限られた医療器具

 災害時は負傷者が増加する一方、電気・ガスを用いた医療機器による消毒が困難となることが多く、手術器具などの医療器具の不足が起こりやすい。また、少ない医療機器が、煮沸などの簡単な消毒に繰り返し使用することになりがちである。

7.医療の供給と患者数の不均等

 医療の供給限界と殺到する負傷者のため、医療機関は自らの能力を超えた患者数への対応を余儀なくされる。このため、重症患者を軽症者に優先して対応するトリアージの概念の導入が必要となる。

8.術後管理の限界

 災害時は病院の機能低下・人員の不足・増加する手術症例数などによって、ICU、HCUの術後管理能力が低下する。このことは、手術の術式自体にも影響を与え、術後の集中治療が前提となっている手術は容易に行えなくなる。

災害外科の基本

   手術手技は平時と変わらないが、先に挙げた様々な制約因子のため、常により安全な術式を選択する必要がある。最悪の場合、平時であれば十分に救命可能な症例に対して、手術を行わない選択を迫られることもある。また、創管理の基本は、災害時の創傷は感染創が多いことを考慮し、まず、創部の壊死組織を外科的に切除(デブリードマン)してから止血を行い、創部の縫合を行わず開放創としてガーゼ・包帯処置を行うことである。抗生物質を3~4日分処方し、3~4日後にガーゼ交換を行い、感染の持続がある場合は、再度デブリードマン・止血・ガーゼ・包帯処置を行う。この二次縫合処置は、感染の面のみならず、災害時は多数の外科処置を短時間で行うことが求められる為、まずは時間のかかる縫合処置は行わず、短時間で処置可能な開放創で創管理を行うという側面もある。

 麻酔は、リドカインによる局所麻酔や腋下神経ブロックやオベルスト麻酔などの神経ブロックが多様される。また、開腹・開頭手術以外の全身麻酔では、気管挿管が必ずしも必要ではなく気道確保が比較的容易なケタミン、ジアゼパムなどを静注や点滴静注する静脈麻酔が頻用される。

戦傷外科の基本

 戦傷は大きく爆風損傷と爆発損傷に分けられる。爆風損傷(blast injury)とは、爆発により同心円状に生じる圧迫されたガス(爆風波)によって生じる損傷のことで、極めて高速の爆風波が、同容量の空気を動かし、この大容量の空気の動きよって身体が損傷を受ける。一方、爆発損傷(burst injury)とは、爆弾、手榴弾、砲弾、ロケット砲、地雷などの爆発で生じた高速の一次的飛来物が、直接身体に到達することに起因する損傷である。銃創も高速の弾丸が身体を貫くことで生じるので損傷機序的には爆発損傷に含める。地雷による損傷は、爆風損傷と爆発損傷の双方の損傷機序を取る。

 爆風損傷は、爆風波それ自体で外傷性切断の原因となるが、爆風波が身体を貫いた場合、この損傷が肺胞壁で生じると浮腫を伴った出血性病変を生じ、受傷後24時間程度で、呼吸状態が悪くなり気管挿管・人工呼吸による呼吸管理が必要になる。腹部では腸管が損傷・断裂することもある。爆風波に最も感受性が高い組織は耳と鼓膜であり、爆風の圧力0.5kg/?で損傷を生じる。

 爆発損傷は、身体に到達した飛来物がその形態、速度により様々な損傷を与えるものである。当記事では、弾丸による銃創を例にその損傷の特徴を述べる。まず、弾丸と他の一次的飛来物の違いは、高速の弾丸の場合は、その形状から骨などの固い物に当たらない限り貫通することが多い一方、他の飛来物は同じ速度・同じ質量の弾丸に比べ、爆発によって変形している場合が多く、身体の抵抗を受けやすく貫通しにくい。そのため、飛来物の持つエネルギーが全て身体に伝わり、身体の損傷は大きくなる。

 銃創の場合、その使用される銃器により損傷形態は大きく異なる。まず、短銃の低速弾による銃創の場合、弾丸が通過した範囲のみ組織に損傷が生じ、一般に骨を貫通することはなく、脳、大血管などの重要臓器の損傷を伴わなければ致命傷となることはない。貫通した場合、射入口と射出口の弾丸径は等しくなる。次に、散弾銃では、射的距離により損傷程度が大きく異なり、至近距離では広範囲の損傷になる一方、遠い場合は大きな損傷は生じない。最後に、ライフル銃では、短銃と異なる高速弾で運動エネルギーが高く弾丸径に比べ30~40倍の組織が破壊されうる上、衝撃波による損壊もある。

まとめ

 災害時・戦場という特殊環境下では、その外科的基本手技は平時同様でも、多くの負傷者の処置を行う必要に迫られる。そのため、トリアージ、創処置として二次縫合などを徹底して行う必要がある。



地域における健康危機管理者に対する災害健康危機管理に関わる人材育成方法の検討

(橘とも子ほか、集団災害医学会誌 15: 187-196, 2010)

導入

 近年地震・水害などの自然災害頻発に対して、日本が直面してきた大規模災害における教訓を背景とし、災害健康危機への社会的な対応・対策体制の強化に対する需要と必要性の認識がいっそう高まっている。保健所が地域の災害健康危機管理拠点として、適切かつ妥当に機能し、地域の災害健康危機管理体制の強化を図るためには、社会システムや機器などのインフラ整備のみならず、人材基盤の向上が不可欠である。平成14年度に統合・再編された厚生労働省の機関である国立保健医療科学院は、平成16年度より「健康危機管理保健所長等研修」を、地域の健康危機管理者を対象として開始した。3年目以降は重点的に習得を図る強化プログラムもトピックスとして挿入するようになった。平成19年度のカリキュラムでは、災害健康危機管理に必要な地域保健人材の育成研修として、講義を中心に「平成19年新潟県中越沖地震におけるDMAT活動報告について」「平成19年新潟県中越沖地震−災害時医療連携における問題点、課題を探る−」「EMISについて」を行ったが、修了後に多くの受講者より、「災害健康危機で保健所に生じうる業務のイメージがとらえにくかった」旨の改善を求める意見が寄せられた。大規模地震などは頻度の少ない健康危機であることより、対応未経験の受講者が少なくなく、経験豊富な講師との間で考え方を共有しにくかったことが原因と思われる。この問題の改善案として、受講者が災害の仮想体験に基づいて、保健所の役割について検討することのできる研修プログラムが必要と考えられ、平成20年度は、災害シミュレーション演習を含む自然災害対策研修プログラムの導入を、災害医療関係者と企画段階から協働で行うこととし、実践能力のいっそうの向上を目指した。

 本論文では、災害研修プログラムの企画・実施・評価について紹介し、併せて地域における災害健康危機管理の充実・強化にむけた今後の人材育成について評価結果に基づいて検討し、考察を加えて報告している。

方法

保健所などの、地域における健康危機管理従事者が、自然災害対策に関し、新たに習得すべきコンピテンシー(実践能力)を検討し、これに基づいて災害研修プログラムの立案をおこなった。また研修講師となる災害医療関係者に対して、災害研修プログラムの導入、企画段階から協働を求めた。このプログラムを平成20年度健康危機管理研修の各回において提供した。1)プログラムにおける習得の一般目標は、災害現場応急救護所シミュレーション演習における気づきを通して、地域における災害健康危機管理において求められる保健所の役割を説明できることである。2)プログラムにおける習得の到達目標、行動目標は「災害対策本部には何が求められるのか」を説明できること、地域保健行政が医療の需要、供給コーディネートにおいて役割を果たすための問題点・課題を説明できることである。3)研修プログラムのテーマは「自然災害による健康危機対応〜シミュレーション演習を通して〜」と設定した。演習は6〜7人のグループワークで行い、グループごとに進行管理、指導支援者を配置した。

 研修評価には、Donald L. Kirkpatrickの研修評価モデルにおける基本的測定の「レベル1:研修満足度」および、「レベル1:学習理解度、到達度」を用いた。評価対象は、各研修回の受講者計73人である。

 「レベル1:研修満足度」の評価は研修終了後、記名自記式質問紙調査により行い、内容理解度、講師の教え方、資料のわかりやすさ、時間の適切さ、プログラムの必要性などに関して回答を求めた。また、理解度テストを筆記試験により行った。

 「レベル2:学習理解度、到達度」の評価は、健康危機管理研修の最後に個別演習、振り返りの時間を設け、30分間の紙面試験形式として行った。研修の主要10テーマについて要点の理解を問う内容で、選択解答方式で出題した。その一部として、災害研修プログラムの学習理解度、到達度評価に係る出題をおこなった。

結果

「レベル1:研修満足度」評価

 全研修受験者の回答における最頻値は、内容理解度は「大体理解できた(59%)」、講師の教え方は「概ねよかった(49%)」資料の分かりやすさは「だいたいわかりやすい(45%)」時間の適切さは「適切だった(54.2%)」、プログラムの必要性は「ぜひ必要(71.1%)」に分布した。

「レベル2:学習理解度・到達度」評価

 各研修会における災害研修プログラムに係る出題の正解率は、第一回研修:96.4%、第二回研修:82.4%、第三回研修:82.4%であった。

考察

 レベル1による災害研修プログラムに対する全受講者による評価結果をみると、内容理解度では9割以上が理解を示す選択肢を回答しており、プログラム設定における難易度は適切であったと思われた。

 また、プログラム自体に関する評価結果では、講師人および教材等の資料は、受講者の需要に合致していたと思われた。時間の適切さは、適切だったとの回答は半数強にとどまり、その背景には、検討グループ内外における議論にもう少し時間を割いてほしかった旨が自由記載から伺われた。健康危機管理研修における「災害研修プログラムの必要性」については、9割以上が必要性を認める回答をしており、地域の健康危機管理者における災害研修プログラム受講に需要や要望は少なくないと思われた。

 レベル2による受講者の理解度、到達度に対する評価結果をみると、いずれの研修回においても多くの受講者が理解を示す良好な結果と思われた。一定程度の受講者に災害研修プログラムにおけるGIO(=地域における災害健康危機管理において求められる保健所の役割を説明できる)、SBOs(=災害対策本部には何が求められるのかを説明できる、地域保健行政が医療の需要、供給コーディネートにおいて役割を果たすための問題点、課題を説明できる)について、習得が可能であったと考えられた。

 地域における災害健康危機管理体制は、医療機関をはじめとする社会資源分布等の実情と特性に応じて、地域単位で構築するものである。今回の災害研修プログラム受講を終了した健康危機管理者が所属地域において習得成果を地域に適用し、体制構築に寄与することを期待したい。

 災害研修プログラム評価結果に基づき、今後の地域における健康危機管理者に対する人材育成について検討、考察を行っている。地域における災害健康危機管理体制の充実、強化には、市町村防災部門のみならず、医療機関等、災害健康危機管理にかかわる地域内すべての組織間における効率的、効果的連携が不可欠である。現状で各自治体の防災計画における保健所の役割や位置づけは全国一律ではなく、したがって災害健康化危機管理の在り方についても、地域や保健所により差異が大きいと思われる。このことから、今後災害研修プログラムのGIO,SBOs には、地域の実情に応じて設定されるという選択肢を設けるべきと思われた。その場合、災害研修プログラムは、全国一律のシナリオや設問によって提供されるのではなく、地域の災害健康危機管理にかかわるすべての機関が企画、立案、実施、評価に参加することによって行われるべきである。「保健所等、地域における災害健康危機管理拠点機関のみが企画、立案し、災害医療関係者はシミュレーション演習に参加するのみ」という方法の次の段階として、「保健所管内を単位として、地域の災害健康危機管理にかかわるすべての組織が企画、立案、実施、評価に参加する」災害研修の在り方を検討することが必要であると考えられる。現在日本集団災害医学会は災害医療関係者に対する災害医療研修を行っている。これらの研修を修了した災害医療関係者や災害医療研修指導者が各地域の保健所等と協力体制を構築し、地域の消防などと連携しながら参加型の災害研修や訓練を企画、立案することは、災害健康危機管理の質的向上につながるものと考えられる。この場合、保健所がコーディネーターとして重要な役割を担うべきと考えられ、より効果的な人材育成方法論の検討をいっそう測るべきである。


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