災害医学・抄読会 110708


大規模地震災害と病院の対応

(甲斐達朗ほか、大橋教良・編 災害医療、東京、へるす出版、2009、p.132-138)

I.はじめに

 日本は環太平洋地震帯上に存在するため、全ての地域で大規模地震に遭遇する可能性がある。1995年の阪神淡路大震災、今年3月に発生した東日本大震災で多くの被害が出たことは記憶に新しい。また、愛媛に甚大な被害を起こすと思われる南海地震は今後30年間で60%程度の確率で起こると想定されている(表1)。大規模地震災害が生じた際に病院として対応できるためには、想定されている地震に対する病院の被害想定をし、地震に対する対応計画を準備しておくことが必要となる。

 以下、地震対応計画の準備に必要な概念を述べ、愛媛における対策の必要性について簡単に考察する。


表1:次の南海地震の発生確率(地震調査委員会、2010)
10年以内の発生確率 10〜20%
30年以内の発生確率 60%程度
50年以内の発生確率 80〜90%

II.病院の地震に対する脆弱性

1)病院建築…医療従事者は、病院の機能低下が及ぼす影響を調査し、半壊時の対応なども調べておく。

2)ライフライン

  1. 電力:多くの病院には自家発電装置があるが、装置そのものが破壊されたり燃料が切れたりするために使用できなくなることがある。自家発電下では何が機能できるのかを知り、また、電子カルテ等の対策をする。

  2. 水:受水槽・高架水槽の耐震性を点検し、外部より容易に給水補給が受けられるように受水槽に改良を加える。病院専用井戸を設置できれば理想的である。

  3. ガス:医療従事者や患者の食事は大切である。都市ガスは供給が停止することがあるので、炊事に必要なプロパンガスとプロパンガス用の調理器具を備える。

  4. 通信手段・医療情報:院内にある電話回線のひとつと院内の公衆電話の一つは、優先電話となっていることが多い。有線電話がどれであるかを確認し、災害時に有効に利用できる配置にしておく。また、職員やその家族は、NTTの災害用伝言ダイヤル(171番)の安否情報を利用すると決めておく。医療支援情報入手等のために、広域災害・救急医療情報システム(http://www.wds.emis.go.jp/)の入力情報も熟知しておくとよい。

III.院内災害計画:多数傷病者受け入れ計画で重要な概念(被災地医療施設)

 院内災害計画は、病院自体が被災して診療機能が低下している状態で、なおかつ多数の傷病者が殺到することを想定した計画を立てる必要がある。そのために、日頃より交通手段を利用しないで通勤可能な職員数及び職種を把握しておく。

  1. comannd and control(指揮と統制):統括責任者をあらかじめ決めておき、人材不足の中でもすぐに統制のとれるように決める役職の優先事項等決めておく。また、統括責任者が不在の際はどうするかも決めておく。

  2. safety(安全):まず医療従事者、ついで建築物としての病院、そして患者の安全の確認・確保する。

  3. communication(情報伝達・情報共有):災害時に必要な情報等を各部門ごとに確認し、また停電時の情報伝達手段も事前に決めておく。

  4. assessment(評価):様々な院内情報から、a)病院として機能し多数の患者を受け入れ可能か、b)どの程度の重症患者なら院内で治療可能か、c)入院患者を他病院へ避難させる必要があるかなどの評価を行う。

  5. triage(トリアージ):一次トリアージ区域を病院入口付近に設定し、緊急治療群、準緊急治療群、軽症者の治療区域を区分し治療を行う。一次トリアージを行う者は、重症負傷者を普段から見慣れている経験豊富な救急医や外科医が望ましい。また、時間経過とともに症状が悪化する恐れがあるため、繰り返し二次トリアージが必要となる。

  6. treatment(応急処置):経験豊かな看護師でも可能な応急処置を行い、患者には数日後に再診させる。患者一人に要する時間は非常に短くなり、重症負傷者の対応時間を確保できる。トリアージとともに、限りある人的資源を有効に使う上で重要である。

  7. transportation(病院間負傷者搬送):重症負傷者の症状が安定したら、被災地外の医療施設へ患者の搬送を考える。しかし、通信できなかったり交通網の寸断など困難を伴うことが多い。

IV.愛媛の災害について

 愛媛にも災害拠点病院となりうる病院が8つある(表2)が、愛媛大学医学部付属病院以外は海の近くに存在している。東日本大震災のように津波が襲ってきた場合、愛媛大学医学部付属病院に重症者が集まると予想される。また、津波によって道路が分断されることによって、特に宇和海に面する南予地方の被害が大きくなると予想される。我々は地震を他人事と思わず十分な準備をする必要があると考えられる。


表2 愛媛の災害拠点病院
(*は海又は川が近いもの)
愛媛県立三島病院*
市立宇和島病院*
愛媛県立今治病院*
愛媛県立中央病院*
愛媛大学医学部附属病院
松山日赤病院*
愛媛県立新居浜病院*
市立八幡浜病院*



神奈川DMAT 自治体の立場から

(石神 猛、石原晋ほか・監修 プレホスピタルMOOK 9 DMAT、東京、永井書店、2009、193-206)

 神奈川DMATは、県に5病院の指定病院を指定することで発足した。本文は、神奈川DMATが創設された経緯と課題、解決に向けた取り組み、今後の展望が書かれている。 創設当初から神奈川DMAT以下のような基準等を設けた。県内だけでなく、他県の大規模災害もその活動範囲とする。神奈川DMATの活動は、消防機関と連携したトリアージ、緊急医療などを行う現場活動、被災地内での患者搬送および搬送中の診療を行う「城内搬送」、災害医療拠点病院の指揮下に入り患者の治療等を行う「病院支援」、必要に応じて被災地内では対応困難な重症患者に対する根治的な治療を目的に被災地外に搬送する「広域医療搬送」の4種類である。DMATは原則1チーム、医師2名、看護師2名、事務1名で編成する。神奈川は東海地震でも首都直下型地震でも大きく被災するが、神奈川が被災していない場合にはできるだけ他県の応援に出向き、神奈川がいざ被災した場合には率先して支援してもらう、神奈川DMAT単独ではなく日本DMATとの繋がりも強調された。一方でDMATの消防との連携が重要な課題である。現場に着いたらどこに行けばよいのか、現地で邪魔にならずに活動できるのか。この問題の解決は、DMATが現場活動での規律を身につけ、実際の災害時に消防に認めてもらうしかなく、DMAT研修には消防との連携が意識されたプログラムが組み込まれているにも関わらず、その事が地域で十分に認知されていないのが実情である。

 創設期になり、神奈川DMATの定義を含む要綱が、東京DMATに準じたものとしてできた。しかし、本当に必要なものは要綱の次にくる運用計画のようなものであった。運用計画に関しては、日本赤十字社とのネットワークが重要であった。日赤の強みは、これまでに何度も災害に出動し、いち早く救護所を開設するとともに、災害急性期から亜急性期にかけて、計画的にその活動を維持する事ができる体制を整備していることにある。したがって、日赤とのネットワークがとても重要であった。また、消防との連携もまだ成功してはいなかったが、消防本部などを直接訪問して急速に神奈川DMATが浸透していった。最後の大きな課題は、出動基準であった。最終的には、DMATは文字通り災害時に派遣されるものであり自己の場合には出動しないという思想のもと、「災害」と「事故」の区分としておおむね30人以上の重傷者が発生する事態を「災害」ととらえることにした。さらに県では、神奈川DMAT連絡協議会の下に、医師や看護師などとは別に調整員として位置づけられる「ロジ」部会を設置し、DMAT活動に必要な運用を行うこととした。

 DMATの訓練には、風水害対策訓練、市合同防災訓練、大機補事故救助訓練などを行った。実際には、新潟県中越沖地震の際に、神奈川DMATは自主参集という形で出動したが、出動に際しては課題もある。また、どのように研修をしていくかについても、創設当初からの課題であった。現在では、実践的なシミュレーションを実施した研修などを行っている。

 平成20年度までに、研修及び訓練を2回終えた神奈川DMATは、現在も海上保安庁、緊急消防援助隊、広域緊急援助隊との訓練を重ねその実力を高めている。DMATは訓練された災害医療に係る共通言語を学んだ医療チームであると表現されるが、それを支える県の組織、体制も同じベクトルをもち、運用と協力体制を進めていく事が求められている。

DMATとは

 「災害急性期に活動できる機動性を持ったトレーニングを受けた医療チーム」と定義されており、災害派遣医療チームDisaster Medical Assistance Teamの頭文字をとって略してDMATと呼ばれている。医師、看護師、業務調整員(医師・看護師以外の医療職及び事務職員)で構成され、大規模災害や多傷病者が発生した事故などの現場におおむね48時間以内に活動できる機動性を持った、専門的な訓練を受けた医療チームである。 1995年1月17日に起こった阪神・淡路大震災において、初期医療体制の遅れがなく、平時の救急医療レベルの医療が提供されていれば、救命できたと考えられる「避けられた災害死」が500名存在したのではないかという報告が上がった。こうした報告をうけ、各行政機関、消防、警察、自衛隊が連携しながら救助活動と並行し、医師が災害現場で医療を行う必要性が認識されるようになり、平成17年に厚生労働省がDMATを発足した。  現在、DMAT隊員養成研修修了施設は全国で500以上となっている。

挫滅症候群(crashsyndrome)・コンパートメント症候群

 挫滅症候群は、地震や工事などの際にがれきの下にはさまれ、長時間経過した被災者を救出した際に発症する。長時間の四肢・背部などの圧迫により、広範囲に筋組織が損傷されると、ミオグロビン・K・乳酸などが蓄積される。救出されて筋の圧迫が解除されると、これらの物質が血液中に一気に流れ始めることで発症する。症状としては、意識混濁・チアノーゼなどで発症、ミオグロビンによるミオグロビン尿、尿細管障害による腎不全、高カリウム血症による心室細動や心停止をおこし、重症例では死亡する。早期の輸液、利尿薬の投与、透析を行う必要がある。

 コンパートメント症候群は、挫滅・圧迫・熱傷などで四肢が浮腫をおこし、壊死に陥る症候群である。筋膜・皮膚を含めて減張切開を行い、筋内圧亢進、循環障害から筋肉の壊死、筋機能障害を予防することが必要である。

東日本大震災におけるDMATの活動

 東日本大震災における津波災害では、300を超えるDMATが24時間以内に被災地(茨城県、福島県、宮城県、岩手県)に入り、活動を開始し、超急性期の医療ニーズを情報共有しつつ、ほぼ適確に展開・実施することができた。

 一方で、想定していた救命治療を要する重症患者の発生は津波災害では少なく、ほとんどは野外の寒い環境で長時間救出を待ったことによる低体温症だった。重症症例は骨盤骨折、重症頭部外傷、頸椎損傷や、肺血栓塞栓症などで、被災後2日間で13名、中等症を含めた入院を要する患者数は、1日30人から40人程度であった。しかし被害そのものは大きく広範囲にわたり、孤立した地域の多発や燃料不足などが重なり、急性期の災害医療も長引いた。DMATの活動は当初想定していた発災後72時間を超え、原子力発電所事故による避難地域内医療施設からの患者搬出を含め11日間となった。

参考文献



チェルノブイリ その実際の被害が物語るもの

(高橋繁行 別冊宝島1469号、2011年 p.50-57)

概要

 瀬尾健氏による原発の巨大事故をシミュレートした結果(以下、瀬尾シミュレーション)は、チェルノブイリ原発事故の状況と非常に似ていることが事故調査が進むにつれて分かってきた。瀬尾氏はアメリカの原子力を推進する側の公式文書「WASH-1400」に基づいてシミュレートしている。この公式文書は原発事故を過小評価していると批判を受けたほどの文書であるが、瀬尾氏は「計算手法が比較的簡潔であること、いろんな係数、パラメーターなどが利用しやすい形にまとめられているから」との理由で採用している。

予想とたがわぬ放出全放射能

 1986年未明、旧ソ連のウクライナ共和国の北辺に位置するチェルノブイリ原発で、原子力発電開発史上最悪の事故が発生した。保守点検のために前日より原子炉停止作業中だった4号炉(出力100万キロワット)で、午前1時23分(モスクワ時間)、急激な出力上昇がもたらす暴走事故が発生し、爆発に至った。その後、さらに減速材である黒鉛ブロックに火がつき、火災が発生、火柱が格納容器を突き破り、外部に放出された死の灰は闇の中を空高く舞い上がったという。

 その後、流出する放射能を食い止めるためにヘリコプターから炉心めがけて総計5,000トンに及ぶ砂、鉛などが投下された。結局、事故から10日後の5月6日、ようやく大量の放射能放出は終息した、ということになっている。原発の巨大事故の災害評価をするうえで、放出された放射能の量を正確に把握することは非常に重要な出発点である。

 チェルノブイリ事故から4ヵ月後、IAEA(国際原子力機関)に提出された旧ソ連の最初の公式報告書によれば、40数種の放射能をトータルした全放出量は約1億キュリーとしている。この数字は事故から10日後の量として換算されたものである。しかし、放出された放射能はそれぞれの半減期で減衰していくため、実際にはもっと放出されたのではないか、と疑いをもった京大原子炉実験所のグループの算出によると約3.5倍(3.5億キュリー)となった。この値はソ連国内だけの沈着量であるため、ヨーロッパ各地のデータを組み合わせ算定しなおすと5.3倍(5.3億キュリー)となることがわかった。

 一方、瀬尾氏のシミュレーションは100万キロワットの日本の軽水炉型原発が大事故を起こしたときに放出される放射能を「Wash-1400」をベースに試算している。それによると環境中に放出される放射能は6.4億キュリーとしている。この値はチェルノブイリ事故で試算された3.5億キュリーに近い。

予想外だった急性障害死者数

 しかし、急性障害死者数は瀬尾氏のシミュレーションと合わなかった。瀬尾氏のシミュレーションでは、莫大な放射能の放出により、少なくとも事故中心から30キロ内の住民は重大な放射線被曝をこうむるはずであった。旧ソ連の公式発表では事故による直接の死者数は、31人となっている。旧ソ連で最も権力をもっていた共産党政治局による隠蔽があったとしても瀬尾氏の試算と大きく異なる。急性障害死の目安となる半数致死線量=4シーベルトを基準として周辺住民の急性障害死を推定する方法で、京大グループは「気象条件によってばらつきはあるが、数千人から数万人は急性障害死と推定できる」としている。

 しかし、急性障害死者数が予想をはるかに下回るのには以下の理由があった。チェルノブイリ事故は原子炉の暴走、爆発の後、黒鉛ブロックが燃え、火柱が立ち、放射能が1,000メートル以上もの上空に舞い上がった。そのため放射能汚染は地球規模に広がってしまった。そのかわり周辺地域の汚染は予想を下回る程度に回避できた。

 瀬尾氏が分類した、放射能雲が拡散する気象条件ではA型では空高く拡散しながら進み、D型では地をはうように放射能雲は進む。しかし、実際はA型でもD型でもなく、黒鉛火災の火柱によって、初期の気象条件が問題にならないほど上空まで放射能が舞い上げられた。その結果、周辺地域の汚染は予想を大きく下回ったと考えられる。

本州の6割分の高汚染域

 実際に行われたチェルノブイリの強制避難の状況は、事故の翌日チェルノブイリ原発に隣接するプリピャチ市住民45,000人が非難し、1週間後に周辺30キロ圏から90,000人の住人が避難した。瀬尾氏の試算によると彼らが浴びた被ばく線量はプリピャチの人々で0.033シーベルト、強制避難が1週間遅れたプリピャチとほぼ同じ距離に住む住民の被ばく線量は0.43シーベルトと10倍近くとなった。迅速な避難の重要性が高いことを示している。

 89年に公表された汚染地図を見ると長期の非難が必要な領域が中心から600キロにまで及んでいる。1キュリー/km2以上の汚染域の面積をトータルすると145,320平方キロとなり、この面積は本州の約6割を占めることとなる。1キュリー/km2という値は日本の法令上、放射線の管理区域と指定されており、関係者以外立ち入り禁止と警告されている区域である。この1キュリー/km2以上の場所に住む住民数は約600万人であり、これを被ばく線量に換算すると年間0.001シーベルト、5年住むと0.005シーベルトとなる。この値は、600万人中、最低でも1万2000人が晩発性癌死するという計算になる。

チェルノブイリからの放射能汚染によりスウェーデンで癌が増えている?

 晩発性癌死は急性障害にくらべ低線量被ばくを扱わねばならず、長期間にわたる膨大なデータを集めなければ統計的な精度は得られない。原発事故以外の通常の癌死から区分けし、被曝の直接的影響を特定しなければならないなど、困難が多い。実際、チェルノブイリ事故でそのような晩発性癌に関する疫学調査は行われていない。しかし、スェーデンの汚染地域で癌増加を報告したトンデル論文というのが発表された。

 トンデルらは、スウェーデンのセシウム137の汚染地図を用い、それぞれの地域に住む住民を対象集団として選び出し、癌発生との因果関係を調べた。また正確な住民登録と確かな癌診断登録制度が整っていたため疫学調査に適していた。

 調査の対象集団は、一般的な癌発生率の高い60歳以上を除外し、1988〜1996年までの8年間に、放射能汚染による癌発生と認められるような疫学調査を実施した。その結果、住民数114万3182年、癌発生率は2万2409人であった。このうち849人がチェルノブイリからの放射能汚染によるものだと見積もっている。

 また、トンデルらはセシウム汚染のレベルごとに癌発生率を出し、高汚染ゾーンほど癌発生率が高くなることを見出し「チェルノブイリ事故による放射線汚染レベルと癌発生率増加に有意な関係が認められる」としている。この疫学調査は事故が起きて2年目から10年後という晩発性癌死を知るには比較的短期間であり、晩発性癌の統計的精度を得るにはまだ不十分である。今後、さらに長期間にわたる調査が必要とされるだろう。



救急救命士に対する瓦礫の下(Confined Space)の災害シミュレーション教育の有効性について

(中山友紀ほか、集団災害医学会誌 15: 171-178, 2010)

研究目的

 日本は世界でも他に類を見ないほどの自然災害大国で、特に阪神・淡路大震災以来災害医療の重要性が再認識されるようになった。特に瓦礫の下の医療(Confined Space Medicine、以下CMS)の活動や災害研修の重要性が確認され、各地で研修が行われている。これにより医師による災害医療活動システムが構築に発展したが、一方で医師がCMSを行うことによる危険性が指摘されるようになった。

 そこで、救急現場で処置ができる救命救急士に着目し、救急隊員に対し標準化災害トレーニングを開発しているが、救命救急士に限定したCMS教育プログラムが確立されていないのが現状である。そこで、日本の現状に適した救命救急士に対するCS教育プログラムを作成し、災害医療教育の有効性を明らかにすることを目的として本研究は行われた。

方法

 CS教育プログラムを作成し、それを受講するグループとそうでないグループに分け、 受講前後の手技に要した時間を比較した。

 対象者:

グループ1…CS教育プログラムを受講した救急救命士(60人)
グループ2…コントロール群の救命救急士(30人)
グループ3…CS教育プログラムを受講した医師(30人)

 CS教育プログラム作成
 JMTDRマニュアル(国際緊急援助隊マニュアル)、標準的な教科書、NGOの活動等を 参考に6項目のプログラムを作成。各項目30分(座学10分、実技20分)、計180分。

 1)制限された空間活動 2)部分的にしかアクセスできない患者の観察
 3)気道確保 4)静脈路確保・薬剤投与 5)患者パッケージモニター 6)救出・搬入

結果

1.救命救急士のスキルの差の検証

 グループ1・2の手技1回目に有意な差はなかったため、スキルは同程度といえる。

2.プログラム受講前後の比較

 グループ1では、すべての項目においても所要時間は有意に短縮した。一方グループ3では、気道確保のみ有意な短縮が見られたが、他手技では有意差はなかった。

3.コントロール群の所要時間の比較

 1回目と2回目に有意差は得られなかった。

4.プログラム受講の有無による比較

  すべての項目において所要時間は有意に短縮した。

 気道確保静脈路確保
薬剤投与
気道確保・薬剤投与
静脈路確保
保温・全身固定
グループ1
(受講前)
771.4±11,5765.6±7.61,378.8±13.41315.7±12.4
グループ1
(受講後)
682.5±13.1686±8.61,275.8±9.81,272.0±11.7
グループ2
(1回目)
776.5±11.2789.2±131,395±121,353±16.5
グループ2
(2回目)
757±11.1798.5±171,374.2±131,374.5±14.4
グループ3
(受講前)
807±15832±18.51,486±19.71,608.0±26.7
グループ3
(受講後)
775±11.3836.5±17.111,486±19.71,608.0±26.7

考察

 両グループの手技2回目を比較してみると、明らかにグループ1の方が優秀な成績を収めている。また、グループ2の1回目と2回目の比較では、気道確保に関しては有意な時間短縮が得られたが、他の手技に関しては有意な短縮はなく、むしろ時間の延長がみられた。

 このことから、CS教育プログラムの有効性が証明された。さらに、常に臨機応変な対応を求められる救命救急士といえども、慣れや経験のみではCS環境に順応することができず、トレーニングが必要であることも分かった。

 グループ3においては、気道確保以外の手技で有意差が見られなかった。医師においては救急隊員に比べ災害現場に慣れていない場合が多く、このため1回の受講では結果がでなかった。

 このことから、医師も日ごろから災害現場を理解し、災害現場を想定したトレーニングを行うことが必要であると考えられる。

まとめ

 救命救急士の能力は、急性期の医療に期待され、特に医師の数が十分でない災害発生時において最も有効に働く。現在の救急救命士法ではできることは限られているが、CS教育プログラムなどの災害時トレーニングを積むことで、より安全に医療行為を実施することができるようになるのはこの論文からも確認できた。

 今後救急救命士に関する法整備が進められ、今以上に能力を発揮できるようになってほしいものである。



災害看護 活動支援と具体的運営管理

(中田敬司、災害人道医療支援会ほか・編 グローバル災害看護マニュアル、東京、真興交易医書出版、2007、p.262-277)

 国際保健・災害医療活動においては、様々な情報を収集し、さらに自らのチーム力を評価したうえで、より成果を生み出すためにチーム全体の活動方針を検討し、計画がアドミニストレイタ―によって戦略として策定されていく。その計画を実行に移していく具体的戦術をロジスティクスという。以下、災害救助派遣時にロジスティクス担当者に想定される業務について述べる。

1.移動手段確保と運行管理

2.サイト想定

 まず優先すべきファクターとして安全や医療ニーズ、他のロジスティクスが挙げられる。さらに対策本部の意向、他チームとの連携、後方病院へのアクセスや患者の利便性、排水などの立地条件なども考慮する必要がある。

3.サイト設営

4.宿舎(生活環境)の確保

 被災地などでは限界があるが、出来うる限り安全で快適な生活環境を整備することが重要で、これがなされて初めて医療チームメンバーの能力が発揮できるといってよい。宿舎確保のために必要なファクターとして活動現場からの距離、衛生状況、ミーティング・業務室・倉庫の確保、保安設備、二次災害の危険性、通信手段の確保、派遣員の休息・安眠可能環境の確保が挙げられる。

5.通信環境整備と通信業務

 通常の通信手段が制限される被災地において、通信の確保はチームの生命線と言える。平常時から行っておくべき業務としては通信機器の取り扱いに慣れておくこと、関係者のコンタクトリストを作成しておくこと、充電やメンテナンスなどがある。派遣中・活動中の業務としては機器の設営・通信環境の整備、コンタクトリストの管理、電源の確保、チームが分散した際に相互に連絡を取れる体制の確保が挙げられる。

6.報告・連絡

 通信手段の確立においては、関係者・各機関と情報を共有するとともに、チーム活動上の問題点や課題をクリアしていくことが大きな目的である。そのためには、事実の正確な伝達報告や日々の活動日報を作成し送付するとともに、併せて広報素材となるトピックスなどの情報提供も必要である。

7.安全管理

 ロジスティクス担当者にとって、安全管理は最重要項目に任務と言ってよい。特に海外での活動では治安状況が悪い場合も多く、日本国内と同じ感覚でいると盗難や最悪の場合であればチームメンバーの死傷の可能性もある。

 まず、チームメンバーは自己の行動に伴う危険要因は自ら排除するという、自己防衛意識を持つことが肝要である。

8.資機材管理

 基本的には自己完結型の装備が求められるが、それにも限界がある。したがって必要な資材を現地で調達する可能性も十分にある。そのために被災地周辺や災害対策本部などでどのようなものが、どれくらい調達できそうか、ある程度の確認をしておくことも重要である。また、調達については買占めをしないなど被災地への配慮も大切である。

9.調達(人員も含む)・管理

 資機材と同じく自己完結型が望ましい。しかし、通訳・ドライバー・役務提供者については現地で雇用及び契約が必要となる。そのためには、現地情報収集やキーパーソンの発掘が重要である。

10.会計

 会計処理の透明性が重要で、保有資金・支出額・残金の関係が明確になっていることが求められる。また、日々の帳簿管理を行うとともに、盗難・紛失がないように留意する。

11.メディア対応・記録

 災害発生時には各種メディアを通じた情報提供が重要な役割を果たす。担当者はメンバー数、応対者の立場、活動期間、活動内容、診療状況、必要な物や人員、医療面からの留意事項などについてコンパクトにまとめて取材に応じる必要がある。

12.隊員の健康管理

 活動前から定期的な健康診断を受けておくことが必要であり、必要な予防接種を極力行っていることが望ましい。活動中には時差ぼけ、ストレス、各種感染症、気温や日光などに対する対策を行う。活動終了後も発熱・下痢については慎重に対応し、精神的に不安定になった場合には専門家のカウンセリングを受けることを勧める。また、隊員が健康を害した場合にはすぐにチーム内で情報を共有し、その原因についての評価を行い、チームとしての今後の対応を検討するのが望ましい。

13.撤収の調整・事務

 撤収する際は、少なくとも2日前には現地の患者さんに対して、診療所を撤収することを伝えたい。また、診療を引き継いでくれるチームの検討や紹介、必要な患者さんには現地語で紹介状を用意することも大切である。その他、撤収に必要な各種報告・事務処理を行う。


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