東日本大地震 震災に伴う疾患にどう対処するか(日経メディカル 2001年4月号 p.52-57) |
東日本大震災から現在3か月弱が過ぎようとしているが、今も避難所での生活を余儀なくされている人は多く、そこに存在する健康問題は多い。また今回の震災で大きく取り上げられた福島原発の放射能汚染についても留意すべきであろう。東日本大震災のケースと阪神・淡路大震災の違いとして取り上げられることとして死因と外傷患者数の違いである。阪神・淡路大震災では倒壊家屋の下敷きによる圧死が多く、外傷患者も多かった。しかし東日本大震災では外傷患者はほんのわずかであり、想定外による津波による溺死者が多かった。また助かった人の中には汚染物質を含む海水を飲み続発踵を発生するものも多かった。
現在の被災地で懸念されている疾患として特に感染症、肺塞栓症、PTSDについてまとめる。感染症であるが、重要なのはインフルエンザ、ウイルス性胃腸炎、尿路感染症である。感染対策として重要なのは外部から感染症を持ち込まないようにすることが大事である。避難所は人が密集して生活している場所であり、蔓延するリスクは非常に高い。ボランティアは感染を広げてしまう可能性があることに十分気をつけることである。感染症患者がでてもそのアウトブレイクを早期に発見することができれば、効果的な対策を講じハイリスク者を非難させることもできる。それぞれの疾患について予防策、感染対策について考えると、インフルエンザの予防、感染対策はやはりマスクの着用の徹底である。マスクの十分量を確保できない場合は、周囲の人との距離をできるだけとることやついたてでの隔離が感染拡大の防止策となる。ウイルス性胃腸炎は可能な限り流水と石鹸での手洗いを徹底させ、食品の安全を確保すること、有症状者の便や汚物を確実に処理することが望ましい。尿路感染症は若い女性や高齢者などが起こしやすい。水分を多く摂取し、排尿を我慢しないことが予防として重要である。それぞれの疾患に対して適切な処置を行ったとして感染を確実に防ぐことは困難であることから、限られた資源を浪費するよりもハイリスク者の避難所外への移動も考慮しなければならない。
次に肺塞栓症だが、非難生活が長引くと深部静脈血栓症に伴うものが多くなる。深部静脈血栓は避難生活を始めてから1〜2週間の、支援物資などが貧しい期間にできやすい。血栓は一度できると慢性化しやすく、慢性化する。さらに腫脹などの症状が認められるのは20%程度に過ぎず、呼吸困難症状を呈さないと気づかれにくい。東日本大震災での避難生活は今までの震災と比べ長引いており、避難所内に歩くスペースのない避難所もあるのが現状である。よって今回の震災では慢性期の血栓の発生率が高くなる恐れがある。そういった状況下で少しでも静脈血栓症のリスクを下げるために有用なのが、リスク因子の有無を確認することである。
PTSDが今後被災者の間で表面化してくると考えられる。PTSDには「侵入」、「過覚醒」、「回避・麻痺」の症状を呈する。症状は小児や女性、障害者や社会的弱者が発症しやすい。また被災者ばかりではなく、救援者も救済活動の中で心的外傷を受けるためにPTSDを発症するリスクがある。PTSD患者はうつ病やパニック障害などを併発することが多く、そういった患者には社会的支援に加え薬物療法も考慮する必要がある。症状は改善がみられても少なくとも1年間は薬の投与は続けていく必要がある。
今回の福島第一原発の放射線災害は巨大地震、津波などの複合事象であったことから、福島県内だけで対応できる状況ではない。また今後原発周辺地域からの放射性物質の汚染や被曝に不安を抱いた人が検査や処置に問い合わせて来る機会も多いと思われる。3月末の時点では福島第一原発から20km圏外では人体に全く問題のないレベルであり、事故後その圏内に入っていない人は問題ない。さらにこれまでの調査で100mSv未満の被曝で悪性腫瘍の発生が増えていることは認められていない。さらに100mSv以上あればリスクが数%高くなるといえるが、その上昇はわずかである。圏内に立ち入った人に関してはその場所や時間・時期によって状況は異なる。長期に滞在している人に関しては体表面の汚染が考えられ除染が望ましい。脱衣により汚染物質の9割は減少させることができ、それらはまとめビニール袋に入れて口を縛ればよい。またシャワーで露出面を洗うように指導し、それができない場合にも湿らせた布などでやさしく拭くだけでも十分である。検査は定期的な調整を受けている装置で、決められた手順のもと、公的機関でなどで集約して行うことが望まれる。一般的には1Gy以上の被曝で治療対象であり、100mSv以上の被曝で除染後継続的に管理を行う必要が出る。被曝を受けた患者が来院してきても、除染済みで搬送されてくる事が多く、除染の他にはバイタルサインの確認を始め通常の救急処置を行えばよい。3月末の時点では一般的に身体影響が出るレベルの汚染・被曝はなく、今後は精神的ケアなどが大きな課題となってくると思われる。
災害には「災害のサイクル」と呼ばれる、急性期、亜急性期、慢性期、リハビリ期、予防・準備期(サイレントフェイズ)がある。我々はこのサイレントフェイズにおける予防・準備と、災害発生時の被害の緩和を目標にしている。また「避けられた災害死(preventable death)」を回避するために、初動時における機動力、各機関の横の連絡をいかにスムーズに行うかが重要である。初動時に重要なのは、1)right person、2)right time、3)right place、4)right material、5)right information、6)right coordinationといった6つの適切性(right)である。
また災害緊急医療援助(disaster assistance)を行うにあたり、大きく3つの要素が組織的対応として位置付けられている。一つ目は災害応急(disaster response)で、災害発生に伴い救助活動に参加し被災住民の生命の保全に努める。二つ目は救助効果を最大にするための組織化された活動が必要で、予防(prevention)と災害発生時の被害の緩和(mitigation)と準備(preparedness)・計画(planning)である。三つ目は運用支援(operation support)で、経済的支援、医薬品・機器・装備の補給などの管理である。これから、災害時における各組織の体制と役割について述べる。
まず消防活動だが、大規模災害発生時に消防と医療の連携を迅速に行い、災害現場に早急に医療救護チームを派遣することを目的に、2004年8月に災害医療派遣チーム「東京DMAT」を創設した。危険が伴う災害現場での医療との連携には、情報を共有し、消防による安全が確保された中で医療処置が行えるよう相互の役割を認識し、平時から訓練を行っていくことが重要である。
また災害時における警察の役割は、国民の生命、身体、財産の保護および各種犯罪の予防などである。そのため被害状況の迅速で的確な把握、被災者の救出および避難・誘導、行方不明者の調査、死体の見分、交通規制、治安の維持などを行う。
自衛隊活動は災害発生時、都道府県の要請により派遣される。その活動内容は、状況の把握、避難援助、避難者などの捜索援助、水防・消防援助、応急医療や物資援助など、自治体の支援である。
これらの公的機関は災害時のファーストレスポンダーとして活動しているが、法的に規制されている面もある。その隙間を埋める形で活動を行っているのがNPO(Non-Profit Organization)である。これは営利を目的としないボランティア組織で、法的な縛りもなく組織も小さいため小回りがきき、動きが早いなどの利点がある。災害現場以外の活動として、災害医療などの講演会やセミナーを行い、災害医療一般の重要性の普及に努めている。
また日本赤十字社は災害による被災者の支援を基本的な使命としており、災害救護活動は、人道的任務として自主判断に基づいて独自に行う活動と、災害対策基本法や武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律(国民保護法)における指定公共機関として、国および地方公共団体などの行う救護義務に協力する活動とに区分される。具体的には、医療救護、救援物資の備蓄と配分、血液製剤の供給、義援金の受付と配分、その他災害救護に必要な業務の5つである。
自治体としては、都医療救護班、都歯科医療救護班、都薬剤師班を編成し、救護所に派遣する体制を整えている。また災害発生から48時間までの間、災害発生現場などで救命措置を実施する災害医療派遣チーム「東京DMAT」を2004年に発足し、東京消防庁の救出救助部隊と連携して、災害現場で発生した多数傷病者の救命措置などを実施している。また施設の耐震化や患者の受け入れなど、大規模災害時にも医療機能の継続を図ることができるよう後方医療体制の強化に努めていく。
そして医師会の活動としては、通常救護所への医師の派遣であるが、実際災害直後は、器材や薬剤の管理などもできず困難を極めた。そのため今後は、病院や診療所の被災状況などの情報を早急に医師会が得てその場の状況にあった対応や、県外からの支援チームの到着も考慮し地域の状況にあった救急医療体制を考慮していかなければならない。また災害コーディネーターとしての活動も重要であり、保健所や保健師と協力して適切な対応をしていくことが求められる。また看護協会は被災地への看護師の派遣などを行っているが、看護師は急性期の救急医療のみならず、避難所へ来ることができない高齢者などに対する、中・長期の生活支援を中心とした保健活動も行っている。またDMATには薬剤師も参加しており、避難所への薬品供給、保健衛生の関与、給与された薬品の仕分け、処方箋のない患者への対応などさまざまな活動が求められる。しかし本当に必要とされる場所に必要な薬品を供給するために供給側と需要側の情報をリアルタイムにつなぐ必要があり、まだまだ改善していく必要がある。
また、社会福祉に関する啓発事業や福祉団体の支援、ボランティア活動の推進を行うのは、社会福祉協議会の重要な役割となっており、大規模災害などが発生した場合「災害ボランティアセンター」を設立、運営している。
医療生協では、地域に基づいた対応を行っている。地域の患者や住民を訪問し安否確認を行ったり、災害時には避難所を巡回して健康相談、健康状態チェック、心的ケアなどを行っている。
以上のように災害時には様々な組織が動き、様々な活動を行っている。前述したとおり、災害時の救急医療や医師の派遣、被災者の捜索・避難活動はもちろん、その後の治安維持や、避難所の公衆衛生管理、健康管理、薬剤の管理、物資援助など、すべての活動が行われて、災害緊急医療援助と呼べる。過去の災害を乗り越え、各組織の体制は改善されてきた。今回の東日本大震災を経て、各組織の体制や各組織間の連携など見直し、課題をみつけてよりよいチーム医療としての活動を期待している。
DMAT(Disaster Medical Assistance Team)とは災害派遣医療チームのことで、大規模災害や事故などの被災地に迅速に駆けつけ、災害発生急性期といわれる48時間以内に活動できる機動性を持った、専門的な訓練を受けた災害派遣医療チームである。課題論文より、DMATについて埼玉DMATをもとに考えてみたいと思う。
発足までの背景を、医療チームの立場から考えてみる。災害現場での医療整備についてだが、平成7年の阪神・淡路大震災以前は消防、医療ともに現場活動の体制の整備など想定したことがなく、労災や交通事故の少数の傷病者発生現場に医師派遣を要請される程度のものであった。しかし、厚生労働省による日本DMAT研修が平成17年に始まり、日本における災害医療の普及に非常に大きく貢献した。しかし、日本DMAT研修は「個」の災害対応能力を高めたものの、実災害への応用や整備、技量の維持といった集約的な運営に関しては保証してない。そのため、活動可能な永続的システムとしての地方自治体ごとの災害対応医療制度を構築していき、これにDMATを盛り込んでいく必要があった。そこで、埼玉県において災害現場対応が可能な自治体DMATの設立議論が起き、平成19年7月に地方自治体DMATが設立され、埼玉県における広域的な消防としての救助隊である埼玉特別機動援助隊(SMART:Saitama Special Mobile Assistance Team)の一部を構成することとなった。
次に自治体の面からDMAT発足を考えてみる。平成17年度に発足した埼玉県災害拠点病院連絡協議会において、災害時における医療提供体制の在り方が提起され、災害拠点病院の救急専門医等で構成されるワーキンググループにおいて災害発生の急性期に現場で迅速な医療活動を展開できる医療チーム(埼玉DMAT)の具体案が検討された。これより、平成18年度から「埼玉DMAT整備事業」を予算化し、同年7月に基幹災害拠点病院を含む3つの災害拠点病院がDMATを配備した。
埼玉DMAT発足当時は県内8災害拠点病院中3病院(DMAT3チーム)から始まった。日本DMAT研修受講者を条件としたため、当初は人員不足であったが、平成20年8月現在では災害拠点病院11病院中7病院となった。この背景には、日本赤十字社病院の登録と、東京DMAT研修受講者を「准隊員」として登録したことが挙げられる。
埼玉DMATの設置ならびに編成および運用に関しては「埼玉DMAT設置運営要綱」を定めている。それによると、は指定病院の職員を持って編成され、チームを構成する職種は、医師1名、看護師2名、業務調整員1名であり、各チームにはリーダーをおくものとしている。また、出動基準は、「災害または事故により2名以上の死者を含む30名以上の傷病者が発生すると見込まれている場合」、または「埼玉DMATが出動し対応することが効果的であると認められる場合」である。埼玉DMATの出動要請をするのは原則として知事であるが、「消防本部の長」が直接、指定病院の長に呈して出動要請できるようにもしており、急性期に対応可能なDMATの機動性が損なわれないようにしている。
また、平成20年8月5日に県内7番目の埼玉DMATとして防衛医科大学校病院が指定され、埼玉DMAT連携隊を発足するきっかけとなった。埼玉DMAT連携隊とは、防衛医科大学校病院長より「埼玉DMAT」の災害派遣に対し消防連携支援の依頼を所沢市消防長が受け、病院・消防相互に医療救護を行うものである。消防と連携を図ることにより「埼玉DMAT」の災害派遣に対する迅速な出動及び災害現場における効果的な活動により、傷病者の救命率の向上・後遺症の軽減を図ることを目的としている。隊員構成は埼玉DMAT4名、消防本部は、機関員、救命救急士の2名とし、連携隊6名編成である。
平成19年の発足から様々な災害訓練への参加がなされたが、日本DMAT研修での知識以上に向上させる場がなく、また埼玉DMATの異なる病院の複数チームでの活動の際の活動方法の検討が必要となった。そこで埼玉SMARTとの訓練の場を「基礎訓練」、「部隊訓練」、「総合訓練」として3つ設定した。「基礎訓練」とは、救助隊、医療、防災航空隊3者がそれぞれ講師役、他の組織が受講生となり、各々の基礎的事項を指導していくものである。「部隊訓練」とは、救助隊とDMATとの現場での連携訓練をしていくものである。「総合訓練」とは、埼玉SMARTとその他の組織(行政、警察、自衛隊、民間組織など)が参加した1つの事案に対処する大規模な訓練である。
今後の課題としては、県内災害医療体制のより一層の強化、県外派遣体制の確立、近隣県体制の設定、県としての災害医療普及体制の整備などが挙げられている。
このような埼玉DMATの発足のように、各自治体でもDMAT設立の動きが進んでいるようだ。実際、愛媛県も、平成21年に愛媛DMATとしての体制が構築されている。今年の3月には東日本大震災が起き、DMATが被災地での急性期の災害医療に貢献している。今後は、南海地震などの発生が今世紀前半にも予想されており、各自治体によるDMATの活動がますます重要になってくるものと考えられる。
1) 船舶自体に起因:衝突、乗揚げ、転覆、爆発、浸水、機関故障
2. 危険物などの大量流出事故:海洋汚染、火災、爆発など
1991年12月26日「トーヨコカップ・ジャパン−グアムヨットレース’92」が行われ、27日<マリンマリン>のクルー1人が落水行方不明となる事故が発生した。29日<たか>転覆、転覆時に死亡した1人を除く6人がライフラフトに乗り漂流を開始したが、漂流中の1992年1月10日から16日にかけて5人死亡した。<マリンマリン>は1991年12月30日キールを脱落、瞬時に転覆し、7人が死亡し、救助されたのは1人であった。
2. <へりおす>沈没事故
1986年6月16日海洋調査船<へりおす>は漁礁調査のため清水港を出港、翌17日に連絡を絶ち6月18日に海難対策本部が設置され、6月28日までに2人の遺体を揚収し、結局2人死亡7人が行方不明となった。
3.<なだしお>衝突事故
1988年7月23日、神奈川県・横須賀港沖の海上で帰港途中の海上自衛隊潜水艦<なだしお>と大型遊漁船<第一富士丸>が衝突した。<第一富士丸>は沈没し、犠牲者は30人だった。
国土交通省船舶技術研究所の推測によると1978年から1995年の統計では、400人以上が遭難する旅客船海難事故は1000千万航海に1回と推測している。海難事故に対する予防策、対応策はハイテク化により格段の進歩を遂げているが、海難事故は人為災害の意味合いも強くこれからも完全には防ぎえない。今後も起こることを前提に対応策を充実すべきである。また、危険物の流出事故などに関しては、タンカーの大型化と航海の頻度の増加を考えると流出事故が起こる可能性はますます高く、船舶事業者、海上保安庁、関係機関が一体となった対応策が必要と考えられる。
今回の東日本大震災において、東北地方は甚大な被害を受けた。このような震災時に必要なのは、地震・津波によって受けた直接的な被害に対する医療だけでなく、ライフライン等の寸断により震災前から継続していた治療が行えなくなる場合があるので、それに対するフォローも重要となってくる。このレポートでは、阪神・淡路大震災での反省を生かして、災害時に対応するために透析医療現場でどのような対策を講じる必要があるかについて考察する。
兵庫県透析医会の集計によると、阪神・淡路大震災では104施設中66施設に建物被害があり、ライフラインの途絶した施設数は、停電51・断水50・ガス停止42・電話不通19であり、自施設で透析ができなかった患者数は1,668名に上った。当時は携帯電話が普及し始めていたが、まだ一般的ではなく、電話が不通になると公衆電話の長い列に並んで職員や患者と連絡を取らねばならず、相当の苦労があったようである。また、激震の中心であった神戸市は、北は六甲山系、南は瀬戸内海に挟まれた東西に細長い都市である。市内には東西に基幹道路が2本しかなく、道路はいたるところで通行不能となり、さらに鉄道の復旧が遅れたために被災地に車両が集中し、交通渋滞が慢性化した。このため透析患者搬送はおろか、負傷者の搬送にも著しく支障をきたし、都市型災害の問題点が露呈された。被災地内で治療可能となった後も大渋滞で患者の通院が困難であり、職員も同様で通勤に支障があるだけでなく、宿泊スペースも確保しなければならず、困難があった。東日本大震災でも同じであるが、治療にあたる医療関係者もまた被災者であるということは大きな問題である。
透析中に発災した場合には、特に迅速な対応が求められる。指示命令系統はそれぞれの場面を想定して確立することが大切であり、避難経路については、確保するべきところがガラスの飛散や物品の散乱により遮断されることが考えられるので、それらを排除してまず導線を確保する。また、患者・スタッフ数、要介助者の人数をあらかじめ把握し、緊急時持出し用物品として電子カルテデータをパソコンに保存したものを用意することも必要である。火災や有毒ガスの発生、または津波の危険性が高いなど、一刻も早く屋外に避難しなければならない場合は、治療中であっても血液を回路に残したまま緊急に離脱しなければならない。重要なことは、施設でその方法を十分に理解し、緊急時に避難が許容される時間を想定した離脱訓練を行うことである。
装置の転倒・脱落および配管の破損防止対策も重要となってくる。血液浄化関連の設備では、扱いやすく安価な塩化ビニール製の配管が一般的であったが、震災時にはこれが破損して水や薬液が流失したために、装置の破損は軽度であったにもかかわらず透析不能に陥った事例が多かった。対処法として、配管は柔軟性があるフレキシブルチューブの使用が必須であると考えられ、また配管の壁内埋め込みをできるだけ避けることも重要である。機械室の治療の中枢となる大型装置は破損により多人数に影響を及ぼすので、底面固定・天井からのワイヤー固定・壁面固定など少なくとも2点以上を組み合わせた固定が推奨される。透析室の装置については、透析中に地震が発生した場合、患者の転落及び抜針を防止しなければならない。転落防止には、ベッドはキャスターロックするが固定はせずベッド柵を取り付ける。抜針の防止には、装置は固定せずにキャスターもロックしない。ベッドと装置が揺れによって離れてしまえば抜針する可能性が高いので、両者を連結させることが必要となる。
また、情報伝達も災害時において非常に大切になる。大規模災害において、特に発災当日には一般電話は通じない可能性が高い。施設と患者間の連絡手段として、インターネット・電子メール・携帯電話など各種のメディアを活用する必要がある。これらはどれも確実につながる保証がないので、限定せずに可能な限りの連絡手段を全員に伝えておく必要がある。さらに、インターネットや携帯電話を使えない高齢者については、それぞれの自宅や避難場所を把握しておき、個別に連絡を取ることを考えていく必要がある。災害情報ネットワークによる情報の共有も行われている。日本透析医会では、被害状況など情報の共有化を図ることを目的として、各地域代表施設に行政関係者や透析関連メーカーを加えて災害情報ネットワークを立ち上げた。主にメーリングリストやホームページを活用し、これまで新潟県中越沖地震などで有効に機能してきた。一方、地域でも都道府県透析医会がネットワークの中枢を担っている。大きな被害を受けた場合、被災施設は復旧の対応に追われるため、直接その施設からの情報発信は困難な場合が多いので、地域の担当者が被災地内の情報を取りまとめ早期に発信することが望まれる。現状では、集約された情報を県透析医会および日本透析医会の情報ネットワークで共有し、それらが行政や支援施設や団体にフィードバックされるようになっている。この他にも、患者に患者情報カードの携帯を促したり、災害時に透析患者を搬送したり治療する場面で船舶を活用するなど様々な取り組みが行われている。
ここまで書いてきたように、災害発生時に患者を危険から守るための取り組み、災害後の情報伝達・患者情報の共有など、阪神・淡路大震災から多くを学び様々な取り組みが行われている。東日本大震災においてもこれらの成果が十分に発揮されていることを願うばかりである。また、この震災からも新たに多くの教訓を得ていることだと思うので、今後に向けてさらに改善を進める必要があるだろう。
災害における各組織の役割
(石原 哲ほか、大橋教良・編 災害医療、東京、へるす出版、2009、p.42-66)
埼玉DMAT
(福島憲治ほか、石原晋ほか・監修 プレホスピタルMOOK 9 DMAT、東京、永井書店、2009、218-230)
海難事故
(小井土雄一、山本保博ほか・監修 災害医学、東京、南山堂、2009、p.149-157)
■海上災害の分類
2) 船舶以外に起因:台風および異常気象による二次的な遭難、転覆■海難の状況
■危険物などの大量流出事故の状況
■海上災害発生時の指揮命令系統
■災害医療からみた海難事故
■洋上での急患搬送
■わが国における最近の主な海難事故
5.阪神・淡路大震災での被災経験から学んだ透析医療現場の災害対策
(森上達哉、日本集団災害医学会誌 15: 157-164, 2010)