災害医学・抄読会 110513

トリアージ、トリートメント、トランスポート

(小倉真治、災害医療トレーニング、東京、へるす出版、2010、p.12-19)

1.トリアージの由来

 トリアージはナポレオンの時代に医学用語になった。ナポレオンの軍医総監ドミニク・ジャン・ラリーがけがをした兵隊が明日戦えるかどうかという判断をしたのがトリアージの始まりとされている。

2.トリアージとは

 トリアージは医療者や看護師、医薬品などの医療資源が、患者に比べて潤沢にある場合には成立しない概念である。医療スタッフが患者に比べて足りないとき、つまり患者が圧倒的に多い場合には、治療を優先する順番を決めなければならない。トリアージには4色のトリアージタグをつけて患者をふるいわける一次トリアージと搬送先を決定する二次トリアージの2種類がある。

3.一次トリアージ

 一次トリアージの色分けは、緑・黄・赤・黒である。まず、歩けるかどうか質問して、歩ければ緑に区別する。次に歩けない人の中で呼吸していない人を黒に区別する。緑、黄の人は呼吸数、毛細血管充満時間を用いて区別する。災害の現場では軽症で元気な患者ほど声が大きく目が向けられるが、うまく見極める必要がある。

4.二次トリアージ

 色のタグで分けられた患者は、それぞれの救護所で再度診察が行われ、搬送先が決められる。ここで重要なことはトリアージの結果は変化するものであるということである。1回目のトリアージは重めに見えるようなトリアージを行っているが、2回目のトリアージでは、状態が悪くなり重症化することや、軽症化することなどどちらにも動くので難しい。二次トリアージの方法としてはTRTS(Triage Revised Score:トリアージ用改定外傷スコア)が用いられることがある。最終のトリアージは現場から病院に向かう時点で、災害現場から向かうべき病院を決定する瞬間がトリアージの最も重要な瞬間である。

5.選別の苦悩

 医療者にとって黒は究極の選別である。最も多くの患者を助けるためにはどうするかという判断を迫られ、非常につらい。だからこそ、その結果について、正しく検証することは必要だが、その結果でトリアージした人間を責めてはならない。医療者は、惨事の中で最善を尽くしている。

 トリアージにはひとつの大きな問題が含まれている。現場においてまず救急隊員がトリアージをしないと次には進まないが、救急隊員は死を宣告してはいけないという原則がある。生命徴候が全く見られなければ死を宣告できるが、明らかな場合以外は、救急隊員は死亡宣告できない。

 他にも、日本のトリアージタグはいったん切ってしまうと、もう戻せないため、軽症から重症にはなっても、重症から軽症には戻れないという構造になっており、欠陥がある。

6.トリートメント

 トリアージした患者を災害現場で治療するのがトリートメントである。ここでの治療は根本的な治療ではなく災害現場から病院へ搬送する間、安全に運ぶための応急処置である。救急医療を行うにあたって重要なABCがある。A=airway(気道)、B=breathing(呼吸)、C=circulation(循環)である。このABCを確保することが、現場での応急処置の最大の目的である。現場でできることは限られているので、最低限の時間で、救命という作業にかかわる処置だけを行う。実際、災害時に救急車で病院に搬送している間に患者の状態が悪くなっても、車内で応急処置を施すことはなかなかできない。よってABCの手順を確保し安定化させておくことで、次の病院に搬送するまでの時間を稼ぐことができる。この安定化が現場の応急救護所での重要な仕事といえる。

考察

 限られた医療資源でいかに多くの人を救えるかという概念がトリアージであり、そのためには思い切って決断を下していかなければならないと分かった。


災害に備えるために必要な病院の設備、装備、備蓄、備品

(井上潤一ほか、大橋教良・編 災害医療、東京、へるす出版、2009、p.10-17)

病院構造・設備

 現在、病院の建物には、強度と引き換えに揺れ自体は大きくなる耐震構造より、揺れが直接上層部に伝わらない免震構造が多く取り入れられている。それとともに、病院内で物品の落下・転倒を防止することが重要である。また、病院建物周囲には入院患者の避難場所や外来軽症患者の待機場所などとして活用できるスペースが、それに加えて中核病院には患者搬送用のヘリコプター離着陸場が、災害拠点病院には入院患者が通常の2倍、外来患者が通常の5倍となっても対応可能な設計が求められる。

ライフライン

 新潟県中越沖地震では、各ライフライン完全復旧までに電気6日、プロパンガス7日、水道15日、都市ガス6週間を要した。よって、病院では生活や医療活動用の大量の安全な水、医療機器やパソコンの稼働のための非常用自家発電や医療用ガス、消防や近隣医療機関との回線の確保、インターネット回線やサーバーの耐震化といった、各ライフラインに対する独自の備えを必要とする。

備蓄の原則

 物品の備蓄に関しては、一般の事故災害時であれば一時的な最大消費量を乗り切れる必要量が(英国の例では、一般病院では最大100人の受け入れと40人の入院が可能な対応計画が求められるとしている)、震災のような供給が絶たれる状況では最低限3日間、可能なら7日間を耐えられる程度の量が求められている。備蓄場所については、被災による保管場所の損壊、エレベーターの停止などのリスクを考えると、使用する部署に15分以内に、水平方向の移動で展開できるよう、それぞれの場所に分散保管するのが望ましい。また、保管した物品の円滑な移動方法、電気関係の施設やカルテ庫・フィルム庫の水没対策、外部業者との災害時の取り決めと業者来院不可時の院内での代替策の決定なども重要となる。

初動期対応

 初動期には院内に災害発生を伝達・通知するシステム、院外職員を招集するシステム、登院した職員の登録システムが、患者受け入れ期には指揮命令系統の確立と情報通信手段の確保、情報の共有を行うためのトランシーバー、ホワイトボード、ハンドマイクなどが必要となる。また、各部署の責任者や職員に役割を表記したビブスを着用させることによる視認性と識別性の向上、収納鞄にセット化した医療資器材や病院作成のトリアージタッグ、傷病者を誘導するための動線設定機材やマスメディアに病院からの発表内容を周知するホワイトボードなど、多くの物品を必要とすることになる。

増床対策

 災害用臨時ベッドの展開時には、ベッドのみならず、リネン類から点滴架台まで、多くの付属物が必要となる。これらはあらかじめ備蓄しておくか、院内各所からの調達法を検討しておく。

食糧備蓄

 過去の震災の例などでは、3食の食糧が規則的に配給されるようになるには3日の時を必要とした。よって、入院患者と職員の食糧と水をそれぞれ3日分備蓄することが望ましい。水に関しては、飲用と食用合わせて1人最低2l、季節と環境によっては3lの確保が必要である。

トイレ対策、ゴミ処理

 大勢の人が存在する病院という空間では、トイレ対策やごみ処理は非常に重要な問題となる。とくにトイレ対策については、簡易型非常用トイレの設置場所、使用法、管理方法などを含め、感染症の予防と衛生環境維持の面から適切な対応が取られなければならない。また、医療廃棄物やゴミの回収・管理についても決めておく必要がある。

NBC対策

 暴露した患者への対応や職員の安全確保のために、除染設備と個人防護具の準備・訓練が必要となる。除染設備に関しては、可能なら常設固定型が望ましい。

緊急車両

 2008年の改正道路交通法により、患者の搬送目的に加え、医師の現場派遣・治療目的でも緊急自動車として認可されるようになった。被災地内では交通規制や交通渋滞により、緊急走行ができなければ医療活動に支障をきたすため、病院外に医師や医療チームを派遣する際には必要となる。

緊急地震速報

 気象庁から本震の数秒〜数十秒前に通知される地震速報である。これを利用することにより、医療関係者や入院患者の安全確保、人工呼吸器や点滴架台の転倒防止、機械類の自動制御など、多くの有用な行動をとることができると思われる。

維持管理、更新

 備蓄、備品などの適切な維持管理、動作確認や更新を行うためには、担当者を明確に指名し管理するとともに、訓練などの際に実際に使用することが必要とされる。


災害医療における評価

(箕輪良行、山本保博ほか・監修 災害医学、東京、南山堂、2009、p.30-38)

 医学の進化は人間の病気対して生物学的、心理学的な面から進歩を成し遂げてきたが近年医療活動そのものや診断治療の内容や方法、医療制度を客観的に分析、検討する試みは最近になって発展してきた。

 医療活動の質を評価するモデルが存在し、それによれば構造、過程、結果の3つの軸で評価することである。構造とは装備やスタッフがどれぐらい揃っているかをみるもので、程度はスタッフ、人材の力量に大きく依存している。

 過程は組織の管理や運営、調整面を見たもので、システムがどのように機能しているかが問われる。結果は生存、死亡、退院といった医療提供後の状態をしめしていて、医療活動のゴールそのものである。


 評価を実施するものの関心と視点から見ると、災害医療のなかでのミクロな意味での評価と、災害医療そのもののマクロな評価とに大きく分けられる。前者には災害現場での医療で実際に行われる評価として、被災状況の把握、現地での医療提供状況、被災者の評価、診察治療の優先度とトリアージなどがある。一方、災害後の被害統計、損失額、心理的後遺症や地域復興の概況などが後者のマクロと評価といえる。


 災害医療の中で評価という視点から見て従来から最も多く検討されてきたのがミクロの領域である。これを構造、過程、結果に分けて考える。

 構造に相当するものとして被災現場では災害情報とともに、被災地の人口、保険医療制度、避難民の推定数などが初期評価の項目となる。


 次に過程に相当するものとして救助救出期や急性期の医療の中ではトリアージとよばれている、治療、緊急度の高い負傷者が適切に緊急度を評価されて選別される手法がある。


 最後に結果に相当するものとして亜急性期では、疫学サーベイランスが重要となり、その基本項目が毎日の救援医療の診察報告として行われる。具体的には死亡者には関して、月齢1ヶ月未満、1歳以下、4歳以下、14歳以下、成人に分けて、呼吸器疾患、下痢疾患、マラリア、麻疹、新生児、妊婦ごとに報告する。また病気に関して、発熱、咳のある発熱、悪寒振戦のある発熱、血性下痢、下痢、栄養不良、脱水、麻疹、眼感染症、ほかの重要な病態に分けて新規発生の患者数を評価している。


 災害医療をマクロに評価することがいま求められている。

 災害の多発、被害者や損失額の増大もあるが、同時に救助救援活動の効果を高めることが現実の課題である。


 多くの指標の中でも死亡者は災害の重大性を最もよく示す指標である。国際的にみても過去30年ではあらゆる災害で被災者1000人当たりの死亡率は上昇し続けてきた。そしてこの死亡率は明らかに経済発展レベルと関連しており、貧しい国では極めて高い数値となっている。このようなマクロの評価から自然災害による死亡者数を世界の地域別、災害別に評価できると考えられる。


 また、救助されて搬送、入院した被害者の損傷分類でみると直後の救助、初療を評価できると考えられる。

 災害の慢性期あるいは静穏期に、それ以前と比較して疾患の有病率がどのように変化するかという評価は今までにも行われている。災害からの復旧、復興を進めていくうえで被災者の心理的障害を評価して適切なサポートシステムを提供したかどうかが、今後よりこの評価の精度を高めていく1つのポイントとされている。


 災害は多くの分類がなされており、それらを総合的に評価することがより正確な評価をすることにつながり、それに基づいて対策を講じることが今後の災害医療の発展には不可欠である。


高知DMAT

(井原則之ほか、石原晋ほか・監修 プレホスピタルMOOK 9 DMAT、東京、永井書店、2009、278-287)

A.医療チームの立場から

■高知県の地理的状況

 高知県は四国の太平洋側に位置し、山地率89%の東西に大きく伸びた県であり、北では険阻な四国山地を介して愛媛県・徳島県と接する。南海地震発生に際して、県内道路の分断が予想されている。また、県外からのアクセスも、陸路アクセス、空路アクセスともに厳しくなると予想されている。これらの地理的状況から、支援までの高知県内における自助・共助努力が重要である。

■高知DMAT

 県内の災害発生に即応できることを主たる目的とする「高知DMAT」の体制づくり。

 高知県における日本DMAT研修の修了チームは2008年10月末現在で6病院13チームである。しかし、その大部分が中央部の高知市・南国市に偏在している。これを解消するために、日本DMAT研修終了チーム(遠隔地派遣・近隣災害ともに対応)と高知DMAT隊員養成研修終了チーム(近隣災害対応)を合わせた、「高知DMAT」の発足を目指した。

 2008年11月「高知県災害医療従事者研修」=「高知DMAT研修」が、高知DMAT隊員養成・登録を見据えて1日半かけて行われた。ゴールは日本DMAT研修のbasic DMAT研修パートにおける同等の知識・技術の修得である。本研修のポイントは、1.高知県主催、2.受講病院は災害拠点病院、3.病院チーム受講(医師1・看護師2・調整員1)、4.消防隊員を受講生に含めた、5.試験合格受講生を登録し、今後隊員証を交付、6.登録病院と隊員情報を県が管理し、災害発生時に迅速な対応。

 年一回の研修では、ブラッシュアップと新隊員養成の両立は困難である。今後モジュール方式の研修や、四国4県での合同研修を検討し、研修を継続することが重要である。また、専用準備物品専用の車両の確保は金銭的な負担を伴うので、県の強いリーダーシップに期待である。

■高知DMAT活動要領・協定

 高知県と医療機関の間でのDMAT活動に関する協定、活動要項はいまだ定まっていない(2009年6月締結予定)。高知県内における10名以上の傷病者発生を出動基準とし、県から医療機関への要請をもとに出動することが前提となっている。しかし、時に県での情報把握が遅れた場合、医療機関・DMATの対応まで遅れるので、医療機関による「自主的出動」と県による追認が可能なシステムづくりを検討している。

■四国4県の連携に向けて

 四国の地域特性を考慮すると、四国4県での連携活動・応援協力体制も重要である。2007年8月から四国地方DMAT連絡協議会が開催されている。また、各県のDMAT活動要項・協定(近い両来に締結を目指している)でも、四国4県での共通的なDMAT体制の整備が目指されている。

B.自治体の立場から

 本県は南海地震において被害を最も多く受けることが予測されており、県内の防災意識は高い。加えて、「災害に強い地域社会づくり条例」や「災害医療救護計画」および「災害救急医療活動マニュアル」を作成し、災害医療体制を構築している。しかし、局地的な大規模事故への対応が未整備、かつ、DMATの活動の位置づけがされておらず、DMAT活動要領やDMAT指定医療機関との協定の整備と並行して、これらの計画及びマニュアルなどの見直しを行っている。

■本県の災害医療体制

 南海地震対策を中心に形作られている。

 平時の体制は、災害医療対策本部会議(議長:高知県医師会長)を中心として、県福祉保健所と高知市保健所の所管区域で構成する6つの災害医療対策支部会議により運営され、協議、研修、訓練を行っている。

 災害時には、平時の体制を母体として災害医療対策本部(本部長:県医師会長)と支部を設置し、県災害対策本部(本部長:知事)のもとで、医療部門について統一的に指導し、統合調整を行う。本部は、知事の指示により設置、または、震度6以上の地震により自動設置される。本体制の実効性を確保するため、各市町村で46救護病院の指定、県で7災害支援病院と3広域災害支援病院の指定を行っている。

 県域を越えた広域的な医療体制として、四国4県での連携対策を構築しているほか、国家レベルで広域医療搬送活動等が展開される。

 DMAT、局地的な大規模事故への対応を除いて、一定整備されつつある。現在、「大規模事故対応マニュアル」の2009年度策定を目標に取り組んでいる。

■「高知DMAT」の構築への動き

 本県での、日本DMAT研修に準じた研修修了チームと日本DMAT研修終了チームを「高知DMAT」と総称し、双方が連携して本県の災害医療体制の中核として位置付ける。制度的に位置づけるために、「高知県災害医療救護計画」、「高知県災害救急医療活動マニュアル」を改正してDMAT活動を明記するとともに、2009年度をめどに「高知DMAT」を編成する医療機関と県との協定の締結および「高知DMAT活動要領」の策定を目指している。されに、高知県災害医療対策本部会議の下に「高知県DMAT協議会」の設置が決定した。

 「四国DMAT連絡協議会」の設置、「四国4県連携事業」による災害医療連携の検討により、四国4県での共通的なDMAT運用体制が構築されつつある。

■今後のDMAT活動における課題

 当面急務である対応は、「高知DMAT」の養成およびDMAT活動の制度化、そして関係計画・マニュアルなどの整備である。また、「自発的出動」の追認も検討中である。加えて、国全体としての対応準備・調整にも大いに期待したい。今後は、地域に根差したDMATの養成に加え、「総括DMAT」の機能を担うべき医療機関と行政機関、消防機関等との具体的な連携体制を、訓練などを通じて構築していく必要がある。


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