災害医学・抄読会 110228

災害時の医療の原則

(新藤正輝、山本保博ほか・監修 災害医学、東京、南山堂、2009、p.197-206)

災害現場での医療

 災害現場では、負傷者の数や重症度、そして搬送手段の確保状況や後方病院への搬送時間など様々な情報を統合し、治療内容を決定していく必要がある。

 災害現場における急性期の対応は、傷病者の救助および危険地域から安全な場所への移動と3つのT、トリアージ(triage)、治療(treatment)、搬送(transportation)である。

a)災害発生後の時期と救援医療活動

 災害現場における急性期の救援医療活動は、災害発症後の時期により大きく3つのphaseに分けられる。

 Phase0とは、災害発症直後であり、負傷者の救出・安全な場所への移動と応急手当は損傷を免れた一般市民により行われる。

 Phase1とは、救急隊などの地域・援助機関が災害現場に入り、負傷者を安全な場所に移し、医療従事者とともにトリアージや処置が行われる時期である。

 Phase2とは、広域災害時に被災地外から専門的な救援体制が整備され、組織だった負傷者の後方施設への搬送が可能となり、現場救護所や被災を免れた医療施設、そして現場内の後方施設などで医療活動が行われる時期である。

b)災害の種類による現場での対応

 災害の種類によっても現場での対応は異なる。航空事故などの局所災害では、医療施設の機能に損傷がない為、比較的容易に災害現場での治療原則が遂行されやすい。しかし、地震など広域災害は被災地内の情報収集に時間を要し、損壊した医療施設では十分な機能では十分な機能を果たせず、被災地外からの救援も遅れがちである。また、NBC災害では医療従事者からの感染の危険性があり、ゾーンニングの概念が必要である。被災者は事故現場周囲のhot zone(最危険区域)から救出され、warm zone(準危険区域)で除染を受けた後、風上に設置されたcold zone(非汚染区域)で基本的な救命処置を受けるのが原則である。

c)現場救護所における治療の目的と原則

 災害現場での医療活動において、その大きな目的は、トリアージされた傷病者を後方医療施設に安全かつ円滑に搬送する為の状態の安定化(stabilization)であり、根本的な医療を行うものではない。したがって、その内容はA(気道)、B(呼吸状態)、C(循環状態)の異常に対する迅速な蘇生と、搬送中の二次損傷を回避する為の脊椎固定や四肢長管骨骨折のおおまかな整復と固定が必要である。

d)災害時出動のための準備

 災害現場への出動は、いつ何時要請をうけるか分らないので、常日頃から個人装備や医療資機材の内容をチェックしておく必要がある。医療機器としては様々なものがあり、気管挿管用喉頭鏡や、ペンライトに用いる電池、種々の薬品や注射シリンジ、胸腔ドレーン、除細動器などである。医療資機材以外で必要な器具としてはトリアージタグの他に情報伝達を行う為の機器があり、無線、携帯電話、ホイッスル、拡声器などが挙げられる。

e)医療活動の場所

 災害現場での医療活動場所には、負傷者、被災者がまず安全な場所に集められる(傷病者集合エリア)。そして、救急隊・医療チームが現場に到着することで指揮統制が機能し始め、傷病者集合エリアの傷病者は、近接した場所に設置された現場救護所(*二次災害のない安全な場所、救護所の存在が周囲から用意に判別できる場所、傷病者を収容でき搬送に便利な広い場所)に搬送され、トリアージに続いて治療が行われる。現場救護所に対して亜急性期以降において、負傷を免れた被災者や軽傷者が収容され、医師や看護師が駐在して医療を展開する救護所は避難所内救護センターと呼ばれる。

f)治療の実際

 災害時の医療は限られた医療資源で最大限の救命率をあげる為、医療の実際は平時とは異なる治療の選択を行わなければならないこともある。

 例えば、外傷患者では頸椎保護が不可欠であるが、限られた資源の中、すべての負傷者に頸椎カラーを装着することはできない。この為、意識障害患者や明らかな頸部痛を訴える患者、そして神経学的所見から頸髄損傷が疑われる患者に限定する。また、全脊柱固定の為には、バックボードなどによる固定が必要となるが、災害現場においてすべての患者に使用することはできない。このため、患者の体位変換や移動の際には脊柱の一部に捻れや屈曲・伸展力が生じないよう、ログロールやログリフトを用いるように心がける。 地震災害による損傷で見逃してならない病態に、クラッシュシンドロームがある。倒壊した家屋などに四肢を挟まれ、救出までに長時間を要するような特徴的な受傷機転が聴取され、体表面に表皮?離、水疱形成、点状出血、などがみられた場合、本症を疑って診察を進める必要がある。クラッシュシンドロームは、長時間の圧迫による骨格筋の融解壊死と圧迫解除後の血流再開にともない、さまざまな症状を呈する致死的疾患である。急性期の問題として、循環虚脱、高カリウム血症に伴う重症不整脈そして急性腎不全などがある。治療としては、早期から(可能ならば救出前からの)大量輸液療法が原則で、細胞外液補充液を1L/時間以上必要とする場合もある。

考察

 以上のような一連の流れを全ての医療者は理解し、行動しなければいけない。また、多職種にわたる災害医療チームの連携が必要である。近年では、DMAT等の医療チームの活躍があり、災害時に対応する為の特殊訓練の重要性が再確認されている。災害の発生は予測できない為、常日頃からの準備が望まれる。


神奈川DMAT

(阿南秀明、石原晋ほか・監修 プレホスピタルMOOK 9 DMAT、東京、永井書店、2009、186-192)

 現在、すべての都道府県にDMATが誕生しているわけではないが、神奈川県は東京都、埼玉県に続いて3番目に発足した。(2006.10月)早期発足故に、さまざまな問題点が浮き彫りになった。そこで、DMATの当初の仕組みと、今後の改正の取り組みを述べる。

仕組み

1)DMATの運営母体は都道府県単位

 2006年に厚生労働省が出した、日本DMAT活動要領にDMATの運用は都道府県が主体であることが明文化されている。

2)チーム編成

 医師、看護師、調整員で構成される。しかし、メンバーが揃っていなくても拘らずに、出場できるメンバーが赴けば良いとされている。小規模災害で、1チームのみの出場だと、メンバーが揃わないと困るであろう。しかし、大規模災害で複数チームが出場する場合、複数チームが出場するので、現場にて、その職種が不在となることは考えにくい。また、異なる施設のメンバーで新たにチームを組む体制づくりが心がけられており、その実践を目的に合同訓練を繰り返している。

現状と今後

(1)出場手段

 現状:DMATと消防は管轄部局が異なるため、連携が容易ではない。また、消防は市町村単位での運営であるため、さらに困難である。神奈川DMATは県外遠隔地での活動も想定しているが、災害発生直後に出場を判断するのは困難である。一方、消防は遠隔地派遣される際は、緊急消防救急隊としての派遣であり、医療需要からの派遣の判断が困難である。連携が進まない背景にはこういったものがある。

 今後:2007年に「災害における消防と医療の連携に関する検討会報告書」を受けて、今後DMATに対する消防の理解が深まると予測される。

(2)近隣だけでなく遠隔・広域災害へも対応できる仕組み

 現状:神奈川DMATは県内災害にとどまらず、遠隔地の災害にも対応する可能性を始めから明記した。自らの地域が被災すれば、遠方から救援を要請するので、自らも遠隔地災害に赴く「互助会」の精神である。

(3)派遣要請

 現状:原則的には要請に対しての派遣と明記されている。しかし、迅速性の観点から、自主的派遣も可能である仕組みも含みを残した。

(県内)

  1. 被災市町村から知事への派遣要請
  2. 1.に基づき、知事が指定医療機関に派遣要請
  3. 被災地からの派遣要請がない場合の、知事の派遣判断

(県外)被災都道府県の要請に基づく派遣

 今後:従来の規定では自主判断の規定が不明確である。そのため神奈川県は、中越沖地震や、宮城県内陸地震などに難渋した。現在、自主判断の策定に取り組む。

(4)派遣判断災害規模

 現状:中等症、重症30名程度の負傷者が発生した場合
 しかし、絶対基準ではなく臨機応変な判断で良い。

 今後:遠隔地・広域では傷病者規模の把握が困難なため、各情報システム(地震防災情報システム等)を参考にした派遣規定の改定に着手している。

(5)費用、補償

 現状:現場へ持参できる医療機器、安全な服装装備、交通費、宿泊費など負担は大きい。神奈川では資器材等の準備を予算化できなかったが、その分派遣した場合の費用は保証することにした。また、危険な活動での死亡事故や怪我の後遺症なども十分にあり得る。そのため、神奈川と協定を組んだ指定医療機関のDMATは高度障害、死亡時保険に加入してある。

 今後:2008年に、DMAT災害派遣に要した費用の1/2を国が負担するための法案が認められた。残りの1/2を各都道府県が負担する予算化は必要であるが、金銭面での後押しとなる。

(6)日赤との協働

 日本赤十字社神奈川県支部の設置する病院ではDMATと連携、支援することが運営計画に明記されている。2008年度末には日赤も「日赤DMAT」として活動できる体制が整備された。

(7)連携機関

 現状:消防、警察
 今後:海上保安庁


トリアージ現場を実際に体験して思ったこと/遺族対応のあり方について―監察医の立場から

(秋冨慎司・長崎 靖、災害現場でのトリアージと応急処置、東京、日本看護協会出版界、37-42、2009)

トリアージ現場を実際に体験して思ったこと

 最近、トリアージという言葉をよく耳にするようになった。2005年4月25日に発生した、JR福知山線脱線事故では本邦初の大規模なトリアージが行われ、その後、マスコミ等でも頻繁に取り上げられてきた。

 災害現場は混乱と葛藤と混沌の中にある。発災直後の阿鼻叫喚の状況で、落ち着いたトリアージを行うことは可能なのであろうか。

 トリアージタッグには複写がついているが、災害現場でこのトリアージタッグを通常の訓練のように記入することは、まず不可能なのではないか。

 また、災害現場において、トリアージを行う困難さと、「黒タッグ」をつけるという責任は計り知れない。発災直後の混乱した災害現場において、モニターも何もない状況で「黒タッグ」を的確につけること自体が不可能なことに思える。

 しかし、トリアージをする側はそのような混乱した状況の中でも、一人でも多くの命を救うために最善を尽くしているのである。

 DMATでは、「黒タッグ」への対応を考えるべく、DMORT(災害時遺族・遺体対応派遣チーム/Disaster Mortuary Operational Response Team)研究会が発足した。災害現場では、「赤タッグ」の傷病者を優先することに異論はないが、「黒タッグ」だからといって軽視した扱いをすることには疑問がある。この分野は、日本の災害対応のため、ご遺族やご遺体のためにも、もっと研究していくべき課題であると考える。

 災害現場だけでなく、多数の傷病者が搬入された病院でも、混乱が起こることはある。病院の中であっても、トリアージの決断を迫られる瞬間が存在する。

 では今後、医療者はどのようにしていくべきなのか、以下に7つの提案を示す。

  1. 現場で判断されたトリアージが、後でなんと言われようと、一番正しい。
  2. 災害現場では、想像できないくらい混乱が生じることを理解する。
  3. 現場で後悔しないためにも、常日頃から機械を使わずにバイタルサインを計る訓練をしておく。
  4. 騒音や暗闇の中でのトリアージは難しいことを理解する。
  5. 「黒タッグ」の対応を考える。
  6. 「黒タッグ」をつけるためには、簡易心電計や超音波を使用することも考慮する。
  7. 「黒タッグ」と「赤タッグ」の間にある「expectant」という分類を考える。

遺族対応のあり方について

 JR福知山線脱線事故で犠牲となった乗客106名の検案は、事故から4日間にわたり、5名の兵庫県監察医が交代で担当した。監察医とは、死体解剖保存法第8条により、政令で定められた地域の知事が任命する死体検案専門の医師である。

 監察医は、直接死因や死亡に至ったメカニズムの判断を行うが、致命的な損傷から死因の判断が容易な場合もあれば、外表所見からは損傷が不明瞭で死因の判断が困難な場合も多い。死亡前後あるいは遺体発見時の状況が判明していれば、死因判断に際して有益な情報となる。

 しかし、今回の事故では現場の状況は遺体安置所には全く伝わらず、発見時の情報がないまま検案することになった。

 現状では、現場と遺体安置所をつなぐ唯一の情報伝達手段がトリアージタッグである。トリアージタッグに、被災状況、受傷状況、トリアージ実施時間および実施者などを記載することが、正確な死体検案書作成のためにも、トリアージによって医療処置を受けることなく死亡した被害者のご遺族の割り切れない思いを少しでも和らげるためにも重要であると考える。

 検案書記載事項に対する疑問の解決やより詳細な説明のため、ご遺族が検案を担当した監察医と面会する機会が必要と考える。しかし、監察医の存在自体がよく知られていなかったこともあり、監察医による遺族対応はほとんどなかった。

 監察医制度がない地域では、警察が地元の臨床医に死体検案を嘱託することも多いが、遺族対応は各医師に任されており、今後の遺族対応を考えるうえで解決すべき問題も多い。

 ご遺族への説明の際に威力を発揮したのが、損傷を記載した人体図であり、これに、遺体の所見を骨折、挫創、表皮剥脱や皮下出血等の損傷と、死斑等の死体現象に分けて記載した。今回はこの人体図を、ご遺族への説明に積極的に用いた。

 ご遺族が故人の顔面などの損傷を詳細に記憶している場合、記憶に残っている損傷が全て記載されていることで人体図の信憑性が高まり、説明する監察医への信頼につながる。

 死亡した家族の損傷を詳細に知りたいと願うご遺族が存在し、そう思うまでの期間がまちまちであることから、損傷を正確に記録し、長期保管する必要性がある。グリーフケアとは決して口先だけでご遺族を慰めるものではなく、真実を知りたいと願うご遺族には、少々厳しい内容であっても、きちんと説明する必要がある。


転院あるいは二次搬送

(切田 学、丸川征四郎・編著 経験から学ぶ大規模災害医療、大阪、永井書店、2007、p.258-261)

 負傷者を受け入れる医療施設は、災害状況の情報に基づいた負傷者全体の治療ニーズと医療能力(医療限界)を迅速かつ正確に把握し、そのバランスから、どの程度の負傷者を、何人くらいまで受け入れても診療を行うことが可能なのかを判断しなければならない。負傷者全体の治療ニーズは搬送されてくる負傷者の数、傷病の程度、傷病の種類などにより、医療限界は医療施設の被災度(医療資器材の損傷や不足、ライフラインの壊滅など)、医療スタッフ(医師、看護師、事務職員など)の人数と能力、医療資器材の調達度などにより判断する。

 現実には、職場から確実な災害情報が得られる前に一度に何十人と搬送されてくることもあれば、2〜3人の負傷者がさみだれ式に搬送されてくることも、また直接に受診してくることも、その混在した形のこともある。それ故、災害医療が始まった時点で、医療限界も視野に入れて、地域被災状況や医療施設の規模・専門性をもとに、転送先医療施設の選定を開始しておくことも大切である。

 兵庫医科大学救急救命センターでは、集団災害時、後方搬送医療施設への搬送手配を担当する医師を決めている(表1)。その医師は、負傷者の治療に直接的にはかかわらず、負傷者数や負傷程度など負傷者全体を把握し、後方搬送医療施設の選定と連絡に専念するようにしている。救急救命センターの医師は平時でも救急救命センターの入院患者の後方搬送医療施設への転院に慣れており、その転院先医療施設の規模、専門性を熟知しているからである。しかし、医師数が少ないときには、その業務を事務職員(例えば地域医療室職員)に交代する。搬送負傷者や入院患者の転送を効率的に行うために、平時から地域の医療施設の規模、専門性を把握し、その医療施設との連絡網を整備しておくこと、その医療施設との医療協定を締結しておくことが望まれる。

 発災時、搬送負傷者や、患者を転送する場合、転送先医療施設への搬送負傷者や患者の情報をあらかじめ連絡しておくことも重要で、その連絡により搬送された負傷者や患者が直ちに専門科医師の診察を受けることができたり、重症の負傷者や患者では直ちに特殊治療(血液浄化)や手術を受けることができるからである。

 広域あるいは集団災害時、医療施設がどの程度の負傷者を、何人くらいまで受け入れても診療を行うことが可能なのか、その参考として、阪神淡路大震災時の六甲アイランド病院とJR福知山線列車事故時の兵庫医科大学病院での受け入れ状況を表2に示す。入院負傷者の災害7日目までの死亡は、阪神淡路大震災時の六甲アイランド病院ではなし、JR福知山線列車事故時の兵庫医科大学病院では院外心肺停止2例を除くと2例(重度脳損傷ISS34、座滅症候群各1例)であった。2つの災害の状況は異なるが、負傷者受け入れ限界の1つの指標としてもらいたい。


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