災害医学・抄読会 101126

気象災害

(布施明、山本保博ほか・監修 災害医学、東京、南山堂、2009、p.87-99)

A.異常気象と気象災害

 自然災害というとわが国では地震を思い浮かべることが多いが、実際には風水害が最も多く発生している。従来、風水害は地震と異なり気象衛星や気象レーダーの情報によって予防対策を取ることのできる唯一の自然災害であると考えられていた。しかし、近年予測困難な竜巻災害や集中豪雨などが頻発しており、地球温暖化の影響が現実味を帯びてきている。

 以下では風水害を含めたいわゆる気象災害に対し、災害医療の立場からどのように対応したらよいかということに焦点を当てて述べる。

B.台風(ハリケーン、サイクロン)

 台風は最大風速(10分間の平均)が34ノット(17.2m/秒)以上の熱帯低気圧で、位置が太平洋および東シナ海にあるものをさす。台風の場合、気象予報などによりある程度災害の規模が事前に予想できる一方、広範囲にわたるため災害医療の観点からみると想定を絞りづらく、また、二次災害の危険も強いため、いわゆる“待ちのスタンス”を取らざるを得ない。そのため、災害現場での医療よりは、台風で想定される事象に対して院内で準備、待機することが得策である。溺水などでは“all or none”となることが多いが、これらへの対応準備や外傷への備えは必要である。日頃から、医療機関周辺の河川などの地形に習熟し、想定準備することが必要である。

【高潮災害】

 台風が接近・上陸している時に満潮時刻の前後数時間は、潮位が短時間のうちに異常に上昇するため注意が必要であり、湾岸付近の低地、湾奥部、河口部、V字谷や急深な海底などの自然地形がある場合には特に注意が必要である。気象庁が発表する高潮に関する気象情報、市町村長が発表する避難情報を参考に、危険を感じたら早めに自主的な避難を行うことが重要である。

C.竜巻

 竜巻は積乱雲によって作られる大気中の激しい渦である。わが国での竜巻の1年当たりの発生数は米国と比較すると一見少ないと考えられるかもしれないが、国土面積で換算すると日本の発生数は米国の約60%となり、決して竜巻が少ないとはいえない。竜巻災害における災害医療としては、発災後の近隣医療機関としての院内対応と現地での閉鎖空間の医療などへの対応が重要である。想定される疾患は外傷で、特に頭部外傷に備える必要がある。

D.集中豪雨による河川の氾濫、洪水

1)集中豪雨

 集中豪雨とは、限られた地域に対して短時間に多量に雨が降ることを指す。台風より予測が困難で、洪水、土砂災害などの被害が多い。豪雨災害による死者は土砂災害によるものが多いが、溺死も起こるため、溺水、土砂の双方に注意を払う必要がある。また、避難所で過ごす被災者の数も少なくないことから、避難所を対象とした医療チームの派遣も考慮する必要がある。

2)都市型水害(集中豪雨)

 近年、大都市周辺でもしばしば局地的な豪雨が発生し、マスコミなどでも都市型水害、あるいは都市型(集中)豪雨と呼称し注目されている。降水、落雷、突風などによって、交通、通信、都市生活など都市特有の形態で災害が発生する。都市型豪雨の特徴は強雨の時間的空間的スケールが小さい点にあり、これが従来の集中豪雨とは異なる点である。降雨の持続時間は1〜2時間だが、時間降水量が50〜100mmに達することもあるため、河川の溢水や下水道からの内水(型)氾濫が起こりやすく、地下・半地下の構造物も多く被害が拡がる可能性もある。浸水したビルの地下で溺死するなどの人的被害も十分に想定される。また、都市型災害で問題となるエレベーターは、動力が地面より下に設置されている場合が多く、浸水で故障する可能性、地下道や地下鉄への浸水などの想定も必要であり、このタイプの水害に注視する必要がある。

E.土砂災害

 土砂による自然災害を総称して土砂災害というが、主に集中豪雨などが原因で発生する土石流、鉄砲水、斜面崩壊(崖崩れ)、地滑りがこれに該当する。土石流は豪雨による山腹崩壊や不安定な土砂が引き金になり発生する。その先頭部分には流木、巨礫などが集中するために非常な破壊力となり、しばしば集落や道路などに壊滅的被害が及ぶ事がある。水分の成分が多い場合は鉄砲水と称する。斜面崩壊は豪雨によって斜面が不安定になり崩壊する場合であり、このうち、地滑りは地下で連続した滑り面を形成して、比較的ゆっくり崩壊する場合を言う。わが国では大規模な地滑りが起こる可能性は低いと考えられるが、土砂の中から救出される可能性を想定しておく必要がある。

F.雪害

 雪害で代表的なものとしては雪崩が挙げられる。雪崩とは、山岳部の斜面上に降り積もった雪が重力の作用により、速い速度で移動する自然現象とされる。雪崩がいつ、どこで、どの規模で起こるかを予測することは難しい。自管轄地域に雪崩が起こった事がある場合には出動、受け入れの両面から外傷、窒息、低体温などを想定して対応を準備する必要がある。雪崩は現場医療の迅速性が最も問われる災害の1つであり、1チームだけでも迅速に現場へ急行するシステム、例えば防災ヘリ、ドクターヘリでDMATを搬送するような枠組みも検討すべきである。

G.異常高温

 日本救急医学会熱中症特別委員会などによるわが国の熱中症の調査によると、梅雨明けと本格的な盛夏の時期に2回のピークが存在し、高齢者ほど重症の割合が高いことが示されている。異常高温となった場合には、医療システムに負荷をかける数の熱中症患者が発生する可能性もあるため、日最高気温や、その継続時間に留意しながら、災害医療の側面からも、熱中症や高齢者の脱水、衰弱に対する備えを行う必要がある。


災害現場におけるトリアージ

(山崎達枝、災害現場でのトリアージと応急処置、東京、日本看護協会出版界、12-17、2009)

1.トリアージとは

 傷病者をその緊急度・重傷度に応じてクラス分けすること。限られた医療資源のもとで最大多数の傷病者に最善をつくす目的で行われる。

2.災害時のトリアージ

 災害現場における最善と思われるトリアージは、傷病者の状態の変化や災害の種類発生場所や時間、近くの病院数や受け入れ可能な診療科、収容能力などの状況により変化する。

 災害時のトリアージは2段階あり第1段階はsieve(篩い分け)でSTART(Simple triage and rapid treatment)式を用いる。第2段階はより確実に分けるsort(選別)であり、第1段階で赤の傷病者の中から、緊急度・重傷度の高い傷病者に搬送・治療の優先順位をつけていく。

3.トリアージの原則

  1. トリアージ実施者は治療に加わらない。但し、気道障害がある患者や致命的な出血が見られた場合は、用手的操作を行う。

    ※用手的操作
     ・気道障害→負傷者の体位変換、下肢挙上、異物除去
     ・致命的出血→圧迫止血

  2. 一方向に進む

  3. 傷病者をむやみに動かさない

  4. すべての傷病者にトリアージをする。

  5. トリアージ実施者が1人で判断する。

  6. 実施責任者の判断に意義申し立てをしない。

  7. トリアージは繰り返し行う。

4.トリアージの方法

 以下にトリアージのプロトコールを表にして示す。

順位分類識別色・区分疾病状態及び病態具体的事例
第1順位最優先治療群(重症群) 赤色 ・(I) 生命を救うため、直ちに処置を必要とするもの。気管閉塞、呼吸困難、意識障害、多発外傷、ショック、多量の外出血など
第2順位待機的治療群(中等症群) 黄色 ・(II) ア多少治療の時間が遅れても、生命に危険がないもの。イ基本的には、バイタルサインが安定しているもの。全身状態が比較的安定しているが、入院を要する以下の傷病者:脊髄損傷、四肢長管骨折、脱臼、中等熱傷など
第3順位保留群(軽症群) 緑色・(III)軽度外傷・通院加療が可能な程度小骨折、外傷、精神症状を呈するもの
第4順位死亡群・治療・搬送待機群黒色・(0) 既に死亡しているもの、又は明らかに即死状態であり、心肺蘇生を施しても蘇生可能性のないもの。 圧迫、窒息、高度脳損傷、高位頚髄損傷、心大血管損傷、内臓破裂当により心肺停止状態

5.トリアージの繰り返し

 災害現場においては各場面でトリアージを繰り返し行うことが必要である。その理由としては、1)災害時には、医療施設に多数の症状がさまざまな負傷者が集まる。その中には治療を必要としない傷病者も多く含まれるため、やみくもに治療を行い医療能力の低下が起こるのを防ぐ。2)応急救護処置を施すことで、医療の空白をなくし、災害遅延死を防ぐ。3)災害現場でトリアージを繰り返し行うことで、より治療の優先度の高い傷病者から搬送されるので医療者が重症者の治療に専念できる。C病状変化に対応する。

6.トリアージタッグの装着部位

 まず右手、次に左手というように装着に支障がある部位はそこを避けて、順に右手→左手→右足(左足)→左足(右足)→首と装着する。これにより、例えば左手にタッグが着けられていれば、右手に支障があることが一目で分かるという意味合いもある。

表.トリアージの手順


一次トリアージ

まず、歩行可能な人をトリアージ緑として安全な場所に誘導します。

 残った歩行不可能な傷病者を呼吸、循環、神経学的状態で評価する。
 呼吸があって30回以上または10回未満で赤、呼吸がなければ、異物
 除去や気道確保を実施して呼吸再開で赤、呼吸無しで黒。
 呼吸回数が10〜30回で循環の評価に移ります。

 循環の評価では橈骨動脈触知と爪床圧迫法で判断します。
 触知不能、120回以上、再充実2秒以上で赤、触知可能、120回未満
 再充実2秒以内で神経学的状態に移ります。

 神経学的状態の評価では、簡単な命令に応じるか否かで判断します。
 応じなければ赤、応じれば黄にします。「目を開けてください。」、「手を握ってください。」などで聞きます。

二次トリアージ

  • 1人の傷病者に対して30秒〜40秒で行う。

  • 繰り返し再評価する。現場でのトリアージは、短時間で簡潔に行うことが要求されるため精度を要求することができないので、精度をできるだけあげるために繰り返しトリアージを行い、必要に応じて変更する。

  • 地域の医療体制、生命予後、バイタルサイン、推定される最悪の事態を考慮する。

  • グローブは傷病者間の水平感染を防止するため、傷病者ごとに交換するのが望ましい。

◎具体的な活動例

 まず到着したら、安全確認、事故概要、傷病者数等の把握。

 →必要な応援をする。

 ・隊長、隊員でトリアージ(START法)のみを実施し順位決定。
   例外として窒息、大出血には気道確保、止血を行う。

 ・機関員は最小限の処置(止血等)を行う。

 ・応援隊と連携して順次搬送する。(分散、医療機関に合わせて。)


外来診療の役割、収容負傷者の診療体制

(福西成男・切田 学、丸川征四郎・編著 経験から学ぶ大規模災害医療、大阪、永井書店、2007、p.226-231)

外来診療の役割

 大規模災害時の搬送患者に対して受け入れ病院での外来診療義務として成すべきことについて考察する。

 大規模災害時の外来診療は、日常行う初診患者、再診患者、時間外外来受診患者の診療とは根本的に異なる。外来診療は狭義では搬送もしくは独歩にて自力で来院された患者のうち一般外来診察をカルテの作成などを含めて待機できる患者ということである。広義には、直ちに救命処置に取りかかる必要のある患者を除いて、早急に麻酔下での止血、縫合、洗浄が必要になる患者から独歩にて自力で来院して処置を要する患者までが含まれている。

 当日の外来診療で可能なことは、阪神・淡路大震災のように受け入れサイドの病院が人的にもハード面においてもダメージを受けた場合と、JR福知山線列車事故のように病院サイドには機能的になんら問題がない状態で患者を受け入れる場合では実施可能な治療内容が大幅に異なってくる。震災時にはライフラインの途絶により病院が機能不全に陥っており、その外来での治療内容はいわゆる応急処置とならざるを得えない。しかしこの場合でも搬送患者や来院患者の中で治療の優先順位や再搬送の必要性などを即座に判断する必要がある。このような場合、患者にはできる限り早急に他の医療施設での早期診断と追加治療を受けられるように配慮すべきである。一方、JR福知山線列車事故のように一度に多数の患者が搬送されても、受け入れ側の病院機能はまったく問題ない場合には、通常の交通事故搬送患者と同じ診断と治療が望まれる。外来の担当医には見逃しのない確実な診断が望まれるが、時間の制限が優先される場合には必ず翌日の来院の必要性を患者に伝えるべきである。

 患者が院内のトリアージポストからの担送もしくは独歩で外来を受診した際に、外来担当医師は院内トリアージをする必要がある。

  1. その場で可能な処置が行える患者
  2. 入院安静を要する患者
  3. X線検査、CT、MRIや造影などの精査が必要と判断される患者
  4. 早急に手術に対する準備が必要となる患者
  5. 通常の外来に近い形で待機可能な患者

に分類し、治療場所を分散させ、それぞれのスタッフが落ち着いて対応すれば、見逃しのない確実な診断と治療が可能となる。

 患者の導線としては、産科などの専門外来での治療が望ましいとされる患者を除いて誘導場所はできるだけ一ヶ所の外来へ誘導することが望ましい。その場所としては、整形外科外来が適している。一般的に整形外科外来は歩行状態の悪い患者に対応すべく1階に位置することが多くトリアージポストからの移動やX線検査室への移動にも適していることが多い。

 災害医療ではトリアージタッグを利用した診療録を早急に作成することは非常に重要である。診療録の確実な作成は後日、再診時の病態不明、処置内容不明の患者をなくすことや院内での所在不明患者、検査内容の患者取り違いを防ぐ意味でも重要である。災害時当日、作成されたカルテは常に患者と一緒に移動することが重要である。

収容負傷者の診療体制

 病院では災害医療の3T’s(Triage,Transportation,Treatment)を迅速かつ確実に行わねばならない。

 トリアージポストでの迅速な振り分けにより最優先治療群(赤)、非緊急治療群(黄)と判定された患者は、病棟で引き続きさまざまな検査所見から詳細なトリアージを行う。トリアージが終了しても、順番待ちの間に病態が変化することもあるので、繰り返しトリアージを行わなければならない。

 災害の当日から2日目に災害医療の指導的立場にある救急医が、収容された全負傷者に対して複数回の回診を行うことにより、

  1. 損傷程度や病態に応じた専門科への転科や主治医の決定
  2. 適切な全身管理
  3. 外傷に不慣れな病棟(非外科系病棟、CCU)、看護師への適切なアドバイス
などを迅速に行うことができる。

 診断や処置治療の遅れによる不幸な結果を避けるためにも、適切な治療を行うためにも、収容後の複数回の回診は災害医療の一環として重要である。


広域災害における域内搬送

(近藤久禎、石原晋ほか・監修 プレホスピタルMOOK 9 DMAT、東京、永井書店、2009、98-105)

はじめに

 広域災害時の救急医療活動では,現場や被災地内の病院にいる患者を広域に搬送することが必要となる.その活動において,消防と医療はさまざまな場面での連携が必要とされる.その中でも域内搬送は各々の現場や病院などに集まった患者を災害拠点病院や広域搬送拠点に搬送するという役割があり,域内搬送が円滑に進まなければ,その後の広域搬送活動は不可能となる.このため域内搬送は災害時の活動の成否を分ける非常に重要な位置を占める.このような域内搬送を担うのは,消防機関などの救急車やヘリコプターである.そこで今回,主にDMATが初めて本格的な活動をした新潟県中越沖地震(2007年7月16日発生,マグニチュード6.8,最大震度6強.急性期外傷による死者11名,重篤患者7名)の事例を中心に広域災害における域内搬送の在り方,救急車やヘリコプターの運用について述べていきたい.

救急車の運用について】

 新潟県中越沖地震での,通報数,救急出動件数,救急隊数についてみてみると,地震発生時の7月16日午前10時から12時にかけて,通報数が圧倒的に多く,救急車が不足していた.これより被災直後は救急車が不足するため,より効率的な救急車の運用が必要となる.新潟中越沖地震のような広域災害において,効率的に救急車を運用するためには重篤患者を優先する必要がある.そのためには重篤患者を含む傷病者がどこにいるのかを知る必要があり,中越沖地震における患者の動向について見てみると,地震発生当日の患者搬送は124件あり,内訳で見ると現場から病院までの搬送が74件で転院搬送が50件であった.また重篤患者は全体で17名であった.この患者の現場から病院までの搬送経路については消防により救助された患者が3名,救急車で搬送された患者が6名,直接来院した患者が11名であった.従来救助を要する事案に多くの重篤患者が発生するという考えもあったが,今回の規模の災害ケースでは救助を経ない重篤患者のほうが多く,また救急車を利用せずに直接来院する重篤患者のほうが多い結果となった.このことより重篤患者の割合は,救助,救急現場から病院への搬送よりも,転院搬送の方が多く,災害発生当日の急性期においては転院搬送に多くの救急車を充てることがより効率的な救急車の運用につながる.また,災害時の救急隊運用には,救助隊との連携活動があり,今回のケースでも当日の救助件数は19件あり,救助された人の救急隊による搬送が12件(うち重篤患者は3件)あった.救助活動時の救急隊活動時間は1時間以上が7件あり,救急車が不足していた時間帯においても1時間以上救急隊が現場に拘束されていた事案が4件あった.すでに述べたように,救助現場における重篤患者の割合は全体的に見ても多くないため,救急隊は患者発見後に救助現場に出動することがより効率的な利用である.さらにこのような救急隊の活動において,搬送トリアージと調整,現場への医師搬送,医師による搬送の介助などの活動を行うDMAT(Disaster Medical Assistance Team:災害派遣医療チーム)と呼ばれる医師,看護師,業務調整員で構成された「災害急性期に活動できる機動性を持ったトレーニングを受けた医療チーム」と連携することにより,より質の高い災害対応活動が行えるということが明らかとなっている.

ヘリコプターの運用について

 被災地内の病院,災害拠点病院,広域搬送拠点臨時医療施設(SCU)の間を結ぶ域内搬送においてヘリコプターは,道路状況に影響されないことや、そのスピードから活躍が期待されている.静岡県においては災害拠点病院にそれぞれ1機のヘリコプターを配備する計画となっているが、しかし全国的にみてみると域内搬送におけるヘリコプターの運用は確立していない現状がある.新潟県中越沖地震では新潟県災害対策本部がヘリコプターの確保を実施し,自衛隊,海上保安庁,新潟県防災,横浜市消防のヘリコプターによって8件10例の搬送が実施された.これは災害時のヘリコプター搬送に関していうと一定の成果を収めたものと言える.今回は複数の機関のヘリコプターを管理するために,県の災害対策本部と統括DMATとの間での情報交換にて搬送の調整が行われ,一元的に管理したことにより現場のDMATの作業を大幅に軽減されたが,災害対策本部と統括DMATとの間の情報交換に円滑性が欠けたため,機動力に乏しい面もみられた.理想としては現場から傷病者の搬送を行いたいときに迅速にヘリコプターが利用可能であることであり,これを実現するためにはDMATとヘリコプター管制部署との情報経路の在り方を検討していかなければならない.

まとめ

 域内搬送は災害時の救急医療活動の中心的な役割を果たすものである.多くの広域災害においては,搬送資源の不足が想定され,より効率的な救急車の利用が必要となる.具体的には,より患者の重症度が高い病院間の搬送に,救急車を集中的に投入するべきである.また救助活動との連携においては,患者発見後に救急隊を出動させ,現場での拘束時間を短縮させるべきである.ヘリコプターによる搬送も重要であるが,情報・運用の一元管理が課題となる.

 このような域内搬送を円滑に行うためには情報ネットワークが不可欠である.新潟県中越沖地震では活用されなかったが,DMATの活動状況や病院の被災状況,医療機関の患者状況を把握するための共有ツールとしてEMIS(Emergency Medical Information System:広域災害救急医療情報システム)がある.EMISによってDMATの活動状況,救急車,ヘリコプターなどの搬送手段の情報を共有できる体制の整備が今後の課題である.


災害看護と異文化理解

(樋口まち子、災害人道医療支援会ほか・編 グローバル災害看護マニュアル、東京、真興交易医書出版、2007、p.102-114)

1.はじめに

 1990年代以降急激に進展したグローバル化は、ヒト、モノ、カネ、また情報が地球規模で移動することに拍車をかけ、世界の市場経済の一極化を促進してきた。その結果さまざまな紛争を激化させ、多くの国内外難民を生み出している。また大規模な自然災害や新興感染症などが地球規模で発生し、国境を越えた相互支援なしには復興が困難であることも明確になっている。

2.国際医療協力の必要性

 現在、世界人口のおよそ65億人の80%にあたる52億人が発展途上国に住み、そのうちの20%が栄養不足、18%が飢餓の状態にある。一方で成人人口の30%が肥満で、栄養不足人工の割合を上回っている。また、WHOが認証している新興感染症は30種類以上に達し、その一つであるエイズは人類の存在をも脅かす感染症であり、エイズによる死亡者数は年間300万人にも達している。

 このような状況を打開する為に、国際社会では「人間の安全保障」の確保が最優先課題として確認されている。また、UNDP(国連開発計画)が2015年の目標達成を目指して8つの項目(1.極度の貧困と飢餓の撲滅、2.普遍的初等教育の普及、3.ジェンダー平等の推進と女性の地位向上、4.乳幼児死亡率の削減、5.妊産婦の健康改善、6.HIV/AIDS、マラリア、その他の疾病蔓延の防止、7.環境持続可能性の確保:大気と空気、水と衛生、8.開発のためのグローバル・パートナーシップの推進:開発援助と市場のアクセス、雇用の機会、医薬品の入手、新技術の利用)での協力支援を各国に呼びかけている。

 日本は第二次世界大戦後の復興過程で海外から多くの支援を受けてきた。世界銀行からは1956年から1966年の間に8兆6千万ドルあまりの融資を受けて、東海道新幹線、東名高速道路、黒部ダムなどを建設することができた。また1995年1月に発生した阪神・淡路大震災では、27カ国77団体から物資や人的な援助を受けている。このように人類全体の生命の安全にかかわる問題の解決には、既存の国家という枠組みを超えた、幅広い相互の協力関係が必要であることが実証されている。

3.異文化を理解するとは

 文化の構成要素としては、価値、社会、言語、技術などがある。善悪、美醜、宗教や道徳、美術などの人生観とも連続するものが「価値」であり、集団が人間として発展するための重要な要素である。一極的市場原理で進んできたグローバル化は、Aという文化は、Bより遅れているが、Cより進んでいるという単純な比較を生み出した。さらに、病気治療や保健行動は人間の身体の生物学的条件が、ごく一部を除いて普遍的であるために、科学技術と同じように普遍的に行われると考えられる傾向が強い。今日、国際協力活動は、人間の身体の生物学的な普遍性と医療技術の効果の普遍性を是認することが前提になっている。しかし、Aという先進工業国で素晴らしい効果を上げる医療技術や健康増進のための物質や手段を、経済状況が低く、推理や電力の供給が十分に整っていないBという発展途上国へもたらしたとき、それを支えるだけの基盤がない為に、思いがけない反対効果を生むことがある。

4.異文化看護

 国際看護は、自国とは異なる国へ、たとえその国が独立国と認められていない国でも、その国の社会、経済、教育、文化、保健医療システム、その他看護に影響を与えるあらゆる物を考慮して提供する看護をさす。世界の人々の文化的視点に立ってニーズを満たしていく為に、看護職は「異文化看護」について学ぶ必要があることが、近年ますます強調されるようになっている。

 日本は海に囲まれた島国であるため、日常的に異なる人生観、価値観を持った人々の間で、生命にかかわるような議論や力関係が拮抗する状況に直面することが少なかった。しかし、近年、宇宙船地球号の乗組員の一員として、日本が国際的に果たす役割について問われるようになり、特に、医療や看護の分野での国際協力の要請が年々高まってきている。全人格的アプローチが求められる看護実践では、学際的見識に基づき、支援対象の背後にある状況を理解する能力が求められる。

5.災害看護活動における異文化対応

 災害に遭遇した人々は、個人的な災害であれ、地域全体を巻き込んだ災害であれ、そのために苦しみ、そしてそこから何とか立ち直ろうとするが、その過程でそれぞれの価値観が表面化することが多い。他方、支援者は目の前の具現化したもののみに焦点を当てがちで、そのよりどころとなる文化、宗教そして生活習慣があることを見逃しやすい。その結果、緊急支援の時期には見えにくいさまざまな問題が災害の復興期に噴出し、支援そのものが社会の格差の拡大を招いたり、新たな社会的矛盾を作り出す結果にもなりかねないのである。災害時の看護活動では、死と向き合うことを回避することはできない。災害という危機的な状況で被災者が心身ともに傷ついている状況であるからこそ、異なる文化を背負った支援者は生と死にかかわる文化や習慣に畏敬の念を持ちつつ、その理解に努めることが求められるのである。

6.スリランカにおける国際協力と異文化体験

 同じ宗教を背景に持つ人々であっても、経験や家族関係の違いによって危機的状況の乗り越え方は様々である。そして、その当たり前のことを看過しないようにすることが、復興期の自立支援のために大変重要である。人道的支援がその国にとって取り返しの付かない地域間の紛争を生み出す要因になってしまわないように、専門的立場を超えた大局的視野に立つこと、また、公平な支援が現場に届いていることを確認することも求められる。

7.身近な異文化理解―在日外国人との共存

 1990年代以降の日本では、ニューカマーと呼ばれる人々が急増し、日本人の配偶者として、または家族を伴って滞在する人々の割合も増え続けている。日本の地域社会の中で、社会経済的に、また法的にも不利な立場にある外国人住民に対しては、制度的な条件整備をすることはもちろんであるが地域社会の中で孤立することがないように、日常的コミュニケーションを図ることに努めながら、彼らの文化背景を理解しつつ、日本の地域社会についても理解が得られるような働きかけをすることが求められてくる。

8.おわりに

 グローバリゼーションによる価値観の一元化で富の分配の不均衡が拡大し、人間の尊厳を維持するのに最低限必要な諸条件にもアクセスできない人々が確実に増加している。平常時から彼らが主体的に地域社会を作っていくための力をつけていけるような支援をすることが災害時の有効な支援にもつながっていくのである。その支援の柱になるのが、各地域の文化や宗教を理解し、尊重することなのである。看護活動の対象である人間を知るためには、まさに、各自が背負っている文化そのものを理解することが不可欠になってくる。異なる文化と自分かを日常生活の中に相対化し、具現化する努力を続けることが最も重要なことなのであろう。


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