災害医学・抄読会 101112

Preparedness and Planning

(井上潤一、山本保博ほか・監修 災害医学、東京、南山堂、2009、p.165-175)

 適切な災害対応が取られるためには、充分な準備(Preparedness)と計画策定(Planning)が不可欠である。以下に、災害対策の根幹となる準備と計画策定の基本について述べるとともに、我が国の災害対応計画の概要について述べる。

 PreparednessとPlanningの目標は、災害サイクル各相におけるリスクへの適切な対応及び効果的な対応復興システムの構築である。リスクへの対応としては、軽減(reduction)、回避(avoidance)、転嫁(trnaference)、適応(acceptance)という観点から行われる。

 Disaster preparednessをその運用面から捉えると次の5つのステップからなる。1)policy(災害にいかに対処するかという基本方針・行動方針)の策定、2)Hazard Vulnerrability Assessment:HVA(ハザードを特定し、それに対する被害の受けやすさを評価する一連の行為)、3)planningとマニュアル作成(policyとHVAに基づき、具体的な計画を策定する)、4)教育、5)継続的な評価と定期的な修正・更新である。

 次に災害医療におけるpreparednessについてである。災害医療におけるpreparednessの目的は、災害による肉体的ならびに精神的被害を最小限に抑え、可及的早期に日常生活が取り戻せるようにすることである。そのためには、災害に強い保健医療システムを構築しなければならない。病院の耐震化やライフラインの強化、通信手段の確保などといったハード面の整備とともに、災害医療に関わる人材の養成・確保、各種ネットワークの整備強化といったソフト面からの準備も不可欠である。また災害時には、医療的・公衆衛生的緊急事態が多く発生することが知られている。災害弱者、傷病者や死亡者・遺体対応、飲料水・食糧の確保、トイレ・下水の管理など、多くの事態に対して迅速かつ万全の体制が取られるような計画が立てられなければいけない。また、災害時の病院の対応能力(hospital surge capacity)の強化は非常に重要で、その地域全体の災害対応計画と連動・協調する形で機能する計画が必要となる。

 最後にわが国の災害対策について述べる。近年、地域の災害対応計画の策定に際して医療者の参加が求められる機会が増えているので、わが国の災害対応計画がどのように構成されているのかを理解しておく必要がある。1959年の伊勢湾台風の被害をきっかけに1961年、わが国の災害対策の基幹となる災害対策基本法が制定された。災害から国土と国民の生命・財産を守るために、国、自治体、公共機関によって必要な体制を整備し、責任の所在を明らかにするとともに、計画の策定、災害予防、災害応急対策、災害復旧などの措置などを定めることを求めている。この災害対策基本法に基づき防災基本計画、防災業務計画、地域防災計画が作成された。

 「災害対応とは発生するすべての事象に対応するという不可能に挑むことではなく、あらかじめ設定した目標を持てるリソースで確実に達成することである」という言葉がある。この目標を設定しそれを達成するための方策を確立することこそがPreparednessとPlanningである。これからの災害医療では、災害発生後の対応だけではなく、医療者がPreparednessとPlanningのポイントを十分理解し積極的に計画策定段階から参画することが必要である。


プレホスピタルにおける医療活動とは

(山崎達枝、災害現場でのトリアージと応急処置、東京、日本看護協会出版界、2-11、2009)

 事故や災害などにより多数傷病者の発生する現場で、円滑な医療を行うために必要不可欠なものが「3T’s」である。これは、Triage=トリアージ、Treatment=治療、Transport=搬送の頭文字をとったものである。トリアージに伴う搬送や治療の条件を整えることによって効果的な医療を行うことが重要である。

1.プレホスピタルケアとは

 プレホスピタルケアとは、傷病者が救出され、応急救護処置を受け、適切な医療施設に搬送される“現場から医療施設までの医療救護”を指す。自己や災害は、その現場に居合わせた一般市民(バイスタンダー)から、救急隊員、救急救命士や医療従事者に引き継がれる。その際、医療行為の空白を無くしいかに早く医療施設に搬送するかという「救急の連鎖」が傷病者の余後を左右する。医療者は以下の順序で医療活動を行う。

  1. 安全の確保
  2. 傷病者のトリアージ(より正確なトリアージ)
  3. 的確な救急救命処置
  4. 正確な情報伝達
  5. 適切な搬送病院の選定
  6. 後方医療施設への速やかな搬送

2.自己・災害医療の最終目標

  1. 妨げる死(preventable death)を0にする
  2. 傷病者を社会復帰につなげる
  3. 合併症を最小限にとどめる

3.DISASTERパラダイム

Detevtion=覚知
Incident Management=災害事象管理
Safety & Security=安全性とセキュリティー
Assess Hazards=危険性の評価
Support=支援
Triage/Treatment=トリアージと治療
Evacuation=搬送・避難
Recovery=回復・復興

4.災害医療における応急救護所

 災害現場に隣接した場所にあり、医療器材が準備され、重傷者に対する医療行為を行える施設のことを応急救護所という。ここでトリアージとstabilizationが行われる。必ず医療者が待機していることが条件である。

5.搬送の原則

 ゴールデンアワー … 受傷から決定的治療を開始するまでの最初の1時間
 プラチナタイム … 受傷後の10分間
 緊急度・重傷度の高い傷病者を短時間で適切な医療機関に搬送することが重要。

6.プレホスピタルケアにおける看護職の役割

 看護職の役割として特に重要なことは、傷病者とその家族(遺族)への心理面でのサポートである。DISASTERパラダイムでもT[治療]の項目では「安心させたり、安らぎを与えたり、苦痛を和らげることなども治療に入る」と伝えている。プレホスピタルへの倫理的な問題への発言なども含めて、看護職が積極的にかかわっていくことが求められる。

7.一般市民(バイスタンダー)の役割と育成

 バイスタンダーと医療者とのスムーズな連携プレーが、傷病者の救命率を上げることにつながる。そのため、一般市民への一次救命処置(心肺蘇生法)や応急手当に関する知識・技術の教育指導は大変重要である。


DMAT活動におけるドクターヘリの活用

(原 義明、石原晋ほか・監修 プレホスピタルMOOK 9 DMAT、東京、永井書店、2009、143-151)

 本邦は地震大国ともいわれ、戦後だけでも阪神・淡路大震災をはじめとした地震の被害には多数遭ってきた。その他、台風、津波、洪水などの自然災害、テロ、航空機鉄道事故、殺人事件等を含めると、ほぼ毎年のように大規模災害は発生している。

 これらの災害の多くは急性期に効率的な医療活動が必要であるにもかかわらず、場当たり的な医療活動に終始していた歴史があり、多くの防ぎえた災害死亡(PDD : Preventable Disaster Death)を生じてきた。阪神・淡路大震災以降、災害に特化した訓練を受けた医療集団の養成が急務であるとの認識が多くの医療者に理解され、わが国の災害対策の抜本的改革の本格的な検討が始まった。

 また、ヘリコプターを中心とした航空機医療は戦後比較的早期から長距離の患者搬送に利用されていたものの、災害時に航空機で被災地域内から患者を広域に搬送するという発想は広く知られてはいなかった。一例を挙げれば、阪神・淡路大震災時には6,000人以上の死者と4万人を超える負傷者が発生したにも関らず、発災当日の航空機による患者搬送は偶発的に行ったわずか1名であった。

 2001年よりドクターヘリ事業の活動が開始し、2005年には本格的な災害対策医療集団である日本DMATが創設された。両事業は大震災を教訓に生まれた画期的な医療改革であり、「ドクターヘリを用いたDMAT活動」を広め、PDDをゼロにすることを目標に活動するべきであるといえる。

 DMAT活動にドクターヘリを活用する利点として、地上の状況に左右されず超早期に被災地中心にDMATを投入できるという点がある。フライトドクターのような日頃からプレホスピタルケアに親しんでいるプロフェッショナルを現場に投入すれば、急性期治療のシステム作りにとりかかることができる。また、被災地ではライフラインが途絶え、人的・物質的な枯渇状態に陥っていることも多い。そのため、重症患者は被災地外の基幹病院に速やかに搬送する必要がある。DMATチームを運んできたドクターへリは患者搬送用に整備されているため、重症患者をより速く分散搬送することのできる貴重な搬送ツールである。

 DMAT活動にドクターヘリを活用する問題点としては以下の3点が挙げられる。

 まずは法整備に関する問題点である。現在ドクターへリは県がその運営費の半額を拠出しており、災害派遣期間は県内発生傷病者がその恩恵を享受できない事態となるため、県の許諾なくして使用することはできない。出動頻度や期間、使用方法などに関して、費用支弁の問題を含め、あらかじめ法的整合性を得ておく必要がある。また、現在ドクターヘリの運行時間は日没までと規定されており、災害時には特別措置として夜間運行の適応拡大も可能となるように法整備を進めることは喫緊の課題である。

 次に二次災害の問題である。災害時には、たとえ不確定な情報でもいち早く救護のために参集する医療者、自衛隊、警察・消防には公開することを強く要望しておく必要がある。また、ドクターヘリの運用によってDMATチームの投入が現場での安全確保も確立していないほど早期に行えるようになると、それによって二次災害に巻き込まれる可能性も高くなる。ヘリの迅速性が両刃の剣とならないよう、二次災害を回避する慎重さも心得なければならない。

 最後に給油活動の問題が挙げられる。ヘリによる傷病者搬送が多くなればなるほど、給油回数は多くなる。災害時には報道ヘリも多数押し寄せるため、災害時には医療用ヘリコプターの給油を優先させる管制システムの確立が必要である。

 被災地が被害の状況を把握し、それに伴ってDMAT要請を行う現在のシステムでは、残念ながらPDDは少なからず発生すると考えられる。費用拠出の問題も決して無視はできないが、小規模災害に対してもDMATチームを活用することでいざ大規模災害が起こった際にも迅速に行動できるという大きなメリットがある。ドクターヘリの基地病院のようなある程度限られた医療施設であれば、医療者独自の判断、もしくは簡単な手続きのみで出動できる制度の確立が望まれる。


MIMMS

(島津岳士、プレホスピタルMOOK 4 多数傷病者対応、永井書店、東京、2007、p.199-206)

 MIMMSとは、大災害時に広く医療にかかわる、警察、消防、救急、医療機関、行政、ボランティア組織などの各部門の役割と責任、組織体系、連携の仕方、対処法の実際、現場活動のための適切な装備などについて教育を行う少人数向けの教育プログラムである。医療関係者だけでなく、大災害に関与するすべての組織とその構成員が共通認識を持ち、共通語として理解することを目標としている。現在、日本を含む66ヶ国で開催されている。MIMMSコースでは 1)災害は、準備、対応、回復の3つのフェーズに大別されるが、特に準備が重要であり、2)準備には資器材の整備だけではなく計画の策定と教育、訓練が含まれること、また、3)災害対応計画を策定する際にはあらゆるハザードを想定したアプローチが必須であること、を強調しており、さらに 4)どのような事故災害時に対しても同一の系統だった対応を行うこと、が重要であるという理念のもとに、実際的な教育と訓練を行う。

 災害時に体系的な対応を行うための活動原則と優先順位はC(指揮命令系統)、S(安全)、C(情報伝達)、A(評価)、T(トリアージ)、T(治療)、T(搬送)の7項目に集約される。CSCAは災害時対応の運営部分に相当し、TTTは医療支援を示す。災害現場での活動においては、これらの項目をその順番に従って実施することが重要である。すなわち、最初に式命令系統を確立することが不可欠であり、次いで安全の確保、情報伝達、評価という順番に実施していく。続いて、トリアージを行ってから治療を行い,その後に搬送を実施することが重要であり、この順番が入れ替わってはならない。また、状況が変化した場合や必要と判断した場合にはCSATTTを繰り返し実行する。

 トリアージ、治療、搬送は「災害医療の3Ts」として我が国のテキストでも強調されているが、TTTを行うためには、その前の段階としてCSCAを適切に行うことが重要である。治療に関してもMIMMSでは災害時の治療に関しても合理的な方針が明確に記載されている事が注目される。例えば、災害地において治療を要する者の数が医療従事者数よりも多い場合には、心臓マッサージには行わない。また、現場救護所での治療の目的は「傷病者を病院まで安全に搬送できるようにすること」と明確に定義されている。その理由は、それ以上の治療は無駄となり、治療がそれ以下では患者を救命できないからである。

 搬送活動を円滑に実施するには救急車の周回路と現場救護所の傷病者の流れの両面から体制を整備することが重要である。患者の搬送順位はトリアージカテゴリーとその他の要因を考慮して総合的に決定する必要がある。MIMMSの活動原則は、災害に対して合理的かつ系統的に対応するための根幹をなすものであり、国情の違いや民間、軍隊の違いを問わず、世界的な基準となっている。実際、日本DMATの活動においてもこれらの原則に従って対応する事が示されている。しかしながら、我が国では体系的に取り入れようとする動きはいまだ乏しい。各組織の独自性、独立性が強いため共通の認識や連携を持つことが困難であることなどが考えられる。そのため、これから日本型MIMMSの開発は今後の我が国の災害医療の方向性にかかわる重要な課題である。


こころのケア

(宇都宮明美、丸川征四郎・編著 経験から学ぶ大規模災害医療、大阪、永井書店、2007、p.232-237)

 人はまったくの無警戒で予測外の出来事に見舞われると、無力、心理的脆弱、不安感が増大する。また個人の健康や安全が強い脅威にさらされると将来の心理的苦痛につながり、また非常に凄惨なシーンにさらされることで心理的苦痛を増大させる。地震災害や事故災害では災害の再発の可能性を想起させる場面が心理的苦痛を招く。

 このような影響要因をもつ災害に遭遇するような被災体験をした場合には、個人の対処能力では処理できず、それが大きなストレッサーとなって心の安定の基盤となる安全感や安心感が脅かされる。そのため心身にダメージを受け、被災前と同じような生活を送ることが困難なことがある。この心身状態は四つに分類される。1)情緒的な変調、2)思考面の変調、3)行動面や日常生活パターンの変調、4)身体面の変調、である。これらは心身外傷を被った場合誰でも経験する一時変化であり、多くは家族や友人の支えや時間経過の中で回復していくが、警戒されずPTSDに進展する場合もある。上述した一次的な心理反応はASDと呼ばれ、ASDは被災直後の極度の緊張や茫然自失状態の衝撃期、苛々したり無気力になったりする反動期を経て辛い体験に対して自分なりの意味づけをしていく回復期へと移行して行く。

 看護ケアが必要なのは衝撃期と反動期であると言われている。被災者を支援する上で心理反応を理解する必要がある。衝撃期に対する看護ケアは、被災による心理反応は正常反応であり、一次的なもので回復することを保証することである。また被災体験や感情に耳を傾け、表出させるように心がける。その際に感情移入しすぎて過度の期待や励ましは避けなくてはならない。反動期の看護ケアにはかなりの時間が必要であり、またこの時期には個人差があることも認識しなくてはならない。この時期に行うべきは、セルフケアの確立のために具体的方法を指導し、その中で感じる陰性感情を表出させ、共感の姿勢を保ちつつ被災者がその感情をセルフコントロールしていけるように支援することである。

 近年、被災者の援助に従事した人々のストレスが明らかになってきている。看護者の心理状態には、緊張感、怒り、恐怖感、抑うつ気分が生まれるとされている。高い使命感から人を気遣い、共感性の高い対応を実践するうちに、適切な距離を維持することが出来なくなってしまい、それに気づけずに共感性疲労さらには二次的外傷後ストレス障害へと移行してしまうケースも存在する。予防には、看護者間で自分たちの陰性感情を吐露し合い、カタルシスとなる場を設けること、専門家の介入を得てデブリーフィングを行うなどが有効とされている。

 今日災害時こころのケアへの関心が高まり、見直しや実践活動の報告、研究の取り組みがなされるようになってきた。しかし心理プロセスの理解は未だ十分とはいえず、心のケアに関する学問的構築と共にケア実践者の育成が急務であると考えられる。


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