災害医学・抄読会 101029

災害の疫学

(島田 靖、山本保博ほか・監修 災害医学、東京、南山堂、2009、p.23-30)

災害疫学とは

 災害疫学とは、災害医療の実践において必要なさまざまな情報を収集・分析・解釈して災害対策・支援のための介入に活用するための方法論である。自然災害・人為災害・人道危機すべての種類の災害、これらの災害サイクルのすべての時期を対象とし、研究対象となる医学分野も、感染症・外傷・慢性疾患・精神疾患などに加え、災害医療体制・災害時特有の診療指針・保健衛生対策なども対象とする。

 災害疫学研究の基本的手法には以下のものがあり、これらの手法を単独、あるいは組み合わせてデザインされる。

災害疫学の実践

 災害疫学の実践に当たっては、復興に向けた災害サイクルの時間のなかで、迅速かつ効率的な情報の収集と判断が必要である。被災現場における必要な情報の抽出と解析は、以下のような実地疫学的アプローチが標準的手法として使用される。

  1. 問題点の明確化

     調査を開始するにあたっては、調査対象となる問題点を抽出する。災害発生、あるいは災害後に生じた健康被害、公衆衛生的問題点を覚知するためには、積極的な探索、平時からの情報把握が必要である。

  2. 指標の明確化

     列挙された問題点を検討するにあたって、必要とされる指標を明確にする必要がある。指標はできる限り客観的数値によって示されることが望ましい。

  3. 調査対象・範囲の決定

     調査の対象を明確にして、その範囲内で網羅的な調査をすることで正確な情報を収集するようにする。各調査項目の対象となる期間・調査対象とする地理的範囲・可能な限り具体的な人的条件など。

  4. 情報収集

     情報収集の方法としては、観察調査、被災者・キーパーソンへのインタビュー、フォーカス・グループ・ディスカッション、代表者とのディスカッション、サンプル・サーベイ、実験室データ収集といった手法が考えられる。いずれの手法にしても調査項目・方法の標準化が必要である。

  5. 情報の解釈

     収集された情報は形式を整え、無効なデータを除外した後、記述疫学の手法に従って記述される。そこから問題点に対する傾向が明らかになれば、それを仮説として明文化する。分析疫学の結果が統計学的有意性を持っているか否か、示された関連性に偶然、bias、第三の因子(交絡因子)による影響があるか否かを検討して最終的に解釈する。

  6. 対応・提言・共有

     仮説が検証され、確かであることが確認されれば、その仮説の示す問題点に対する介入を行うことになる。必要な対応を可能な限り提言する。災害疫学の活動は調査結果を解釈し理解するだけにとどまらず、結果に基づいた介入を自ら、あるいは復興・救援しようとするすべての者が行えるように共有すべきである。


火山噴火災害

(山口孝治、山本保博ほか・監修 災害医学、東京、南山堂、2009、p.77-87)

 火山活動の一般経過とは、まずマグマが地球マントル内で生成され、それが長い年月をかけて上昇し、地下数kmに集積してマグマ溜をつくり、そこから急速にマグマが上昇する。そのマグマが地表面に噴出し、溶岩・火砕物・火山ガスの形で放出される。火山活動が活発化すると火山が噴火し火山灰が山腹に堆積する。そして降雨により火山灰が押し流され土石流が発生する。また、噴火によって溶岩ドームが出現するが、この溶岩ドームは成長し、やがて崩落し火砕流が発生する。火砕流とは地下のマグマ物質すなわち高温の溶岩とガスの混合物が流れ出る現象のことである。火砕流は地上から10m以上の厚みを持ち、高密度の火砕物の流れである火砕流主体部とその上部の高温のガスや火山灰からなる火砕サージにより構成されている。火砕流の発生は予知が困難であり、しかも速さが100km/時以上のため避難勧告が遅れる傾向にある。

 前述の通り、火山が噴火すると火山性ガス・降下火砕物・火砕流・火山泥流・溶岩流などの加害因子が発生する。これらの加害因子にはそれぞれ異なった災害要因が存在する。例えば、火山ガスという加害因子は、ガス中毒、大気・水質汚染などの災害要因となる。また、火山噴火の随伴現象として、山体崩壊、火山性地震、空振、地形変化、地殻変動、地熱変化があり、これらによって異なった災害が発生する。火山噴火災害が大災害化する因子としては「流れ」があげられる。火砕流、火山泥流、溶岩流などがその代表的現象である。火山噴火災害は地震などの自然災害に比べると発生場所はかなり限定しており、発生頻度も低く前兆期は長いとされている。しかし、この「流れ」により火山噴火災害は大規模化・広範囲化しやすく、気象変動や噴出する火山性ガスのために長期化することがある。

 火山は過去の歴史の中で一定の周期で噴火活動を繰り返している。噴火予知に関する研究が進められることにより、災害対策は比較的容易であると考えられる。しかし、依然として人的被害をなくすことはできない。発生する場所はある程度限定されているので、そこを生活の場としないのが一番の対策ではあるが、それは不可能であるのが現状である。

 西暦1700年以降の火山噴火災害による死者の主な死因は、火砕流・火山泥流・津波・飢餓などであり、これらの加害因子によって多くの被災者が死亡している。1700年代、1800年代では火山泥流による死者が最も多く、1900年代になると火砕流による死者が多くなっている。近年、災害対策がなされ火山泥流などの土砂災害には災害対策が可能となっているようだが、火砕流はその特性上災害対策計画が立案されにくく、今後も火砕流による死者が発生することが予測される。火砕流による被災者の特徴的な所見は、高熱のガス・火山灰の吸入による気道熱傷を伴う広範囲な熱傷である。この原因は 1)火砕流本体による物理的外傷、2)火砕サージや堆積した高温の火山灰による熱傷、3)火山性ガスによる窒息などがあげられる。現場で逃げ遅れた被災者は火砕流本体により死亡し、救助され病院に搬送された被災者は高温の火砕サージ・火山灰による熱傷や、高温の火山性ガスの吸入による気道熱傷により生命を脅かされる。火災により発生する高温の有毒ガスによるinhalation injuryでは、吸入後喉頭浮腫による狭窄症状が出現するまでには2〜6時間を要するが、明らかな狭窄症状が認められてから窒息までは極めて短時間である。火砕流による被災者の救護に当たる場合、火災による被災者と同様に熱傷面積が狭くても高温の火山性ガスの関与が完全に否定されない限り、喉頭浮腫の発展を常に念頭に置き診察する必要がある。

 1900年以降の火山噴火災害においては、火山性ガスによる中毒や避難センターでの疾病も多くの人命を奪っている。

 火山性ガスは通常、水蒸気、CO2、SO2、H2S、HCl、HFなどを含む。火山性ガスによる中毒死はH2Sが原因であることがほとんどである。H2Sは吸気中の濃度が低濃度であれば特有の腐卵臭を呈するが、100〜200ppmの高濃度になると嗅神経麻痺を起こし臭いを感じなくなり、250ppm以上になると肺水腫や意識障害が発生し、500〜1000ppmでは急激に死に至る可能性がある。そのため一刻も早く救出し、酸素吸入や人工呼吸などの救命治療を行うことが必要である。また、救助者は呼吸装置などを使用しH2Sに暴露するのを予防するとともに治療に際しては被災者の汚染の除去を十分に行い、二次災害の発生を防止することが重要である。

 また、火山性ガスは多量のCO2を含んでおり、これによって酸素欠乏状態に陥っているということも考えられる。火山性ガスによる被災者を救護する場合、被災状況および傷病者の特異的臨床症状を把握し、ガスの特性を踏まえた処置を行うことが必要である。

 最後に、火砕流災害のような重症熱傷が同時に多発する場合、トリアージは被災者の予後を決定する重要な因子となる。火山噴火災害では搬送体制および病院機能は正常であり、重症患者のほとんどは緊急治療群に属し第一搬送の適応となるため、受傷後2時間以内に根治的な治療が開始されるべきである。重症の熱傷患者でも初期の輸液、呼吸管理などの生命の安定化を図る治療が適切に行われていれば、遠距離の搬送にも十分耐えることができる。また、救命率向上のためには広域搬送体制を利用すべきである。救護所の設置に関しては、安全性と効率性を考慮したレイアウトを考え、トリアージ、応急治療、搬送における傷病者の動線を確保しなくてはならない。応急治療に関しては、重症熱傷や気道熱傷に対応可能な医療能力の確保と加害因子の推移に対応可能な装備を準備しておく必要がある。火山噴火災害は慢性化する傾向が強いため、防塵マスクや防毒マスクによる予防対策を講じることや、呼吸器感染症および呼吸機能障害に対応可能な医療能力も備えておくことが要求されている。


遠隔地災害対応

(本間正人、石原晋ほか・監修 プレホスピタルMOOK 9 DMAT、東京、永井書店、2009、30-35)

 1995年に発生した阪神・淡路大震災は未曽有の災害であり、初期災害医療体制の遅れが問題となった。報告によると、平時の医療が提供されていれば救命できていたと考えられる災害死、いわゆる「防ぎ得た災害死」が500名以上にものぼることが報告されている。阪神・淡路大震災後、緊急消防援助隊(消防)や広域緊急援助隊(警察)による早期の救助、救出や被災地内災害拠点病院での傷病者の受け入れと応急処置が可能となった。DMATをいち早く被災地に投入することができれば、医療情報の収集、被災地内医療機関の支援、救急車やヘリコプターによる後方搬出の介助ヘリコプター最前線の医療機関や災害現場における医療の提供により、災害時の医療を平時の救急医療に近づけることが可能となり、「防ぎ得た災害死」を回避できるだろう。

 DMATの活動の基本は、平時において都道府県と医療機関等との間で締結された協定であり、その派遣は被災地の都道府県等からの要請に基づくものである。災害発生を想定した都道府県担当者との緊急連絡方法を確立しておく必要がある。

 DMATの活動要領には、初動期からの積極的な情報収集等により都道府県に対し必要な支援を行う。緊急でやみを得ない場合、厚生労働省、都道府県等は、被災地の都道府県の要請がなくとも、医療機関の自発的な活動に期待した要請を行うことができるものとする、と規制されている。

 災害発生時に迅速に出動できるために、連絡体制や、医療資材の整備確保を定期的に行う必要がある。

 DMATの待機には、要請に基づく待機と自動待機がある。前者は、都道府県、厚生労働省、文部科学省などからの要請に基づく待機であい、後者は自動待機基準に基づく待機である。自動待機基準とは、東京都23区で震度5強以上の地震が発生した場合や、その他の地域で震度6弱以上の地震が発生した場合などがある。

 広域災害救急医療情報システム(EMIS)とは、災害時に被災した都道府県を越えて、医療機関の稼働状況など災害医療にかかわる情報を共有し、災害地域での迅速かつ適切な医療・救護にかかわる各種情報を集約・提供することを目的として平成9年に導入されたシステムである。被災都道府県が、災害モードに切り替えることを引き金に、DMAT指定病院、DMAT登録者の携帯端末に待機要請が発出される。

 DMATの移動手段としてさまざまな手段が想定されるが、病院が保有する車両での移動が原則と考えられる。被災地内では渋滞が激しく、赤色回転灯を有する救急車が望ましい。消防車両や消防防災ヘリ、自衛隊航空機を使用する場合は、事前の綿密な調整が必要である。

 防ぎ得た災害死を減らすためには、現場救出と搬送、被災地内医療機関(災害拠点病院や救急病院)におけるトリアージと応急医療、被災地外への重症患者の搬送、被災地における根本治療が必要である。DMATはすべての段階に関与が、初期においては被災地内災害拠点病院の支援を優先する。被災地におけるDMAT活動の優先順位は1.被災地内の情報収集2.被災地内災害拠点病院や救急病院の支援3.後方搬送(転院)の介助4.現場医療活動5.広域医療搬送業務の順である。

 組織的な活動を行う上で指揮命令系統は殊のほか重要である。DMAT指揮命令系統の要所がDMAT本部であり、DMAT本部を担う要員がDMAT登録者である。厚生労働省は、平成20年より災害医療調査ヘリコプター事業を開始し、登録された統括DMAT資格者をいち早く都道府県庁や現地DMAT本部に派遣する体制を樹立した。

 DMATの活動を円滑に行うために国立病院機構災害医療センター日本DMAT事務局では情報提供を行っている。本システムにより厚労省や日本DMAT事務局からの公式な情報やほかのDMATからの被災地情報、交通情報、その他派遣に必要な情報の共有が行われている。

 日本DMATの最大の目的が、災害急性期に必要な救命医療の提供であり、一刻も早く被災地に入り活動することが救命の鍵となる。迅速な移動のためには衣食住などの自己完結性については犠牲となり、被災地内災害拠点病院のライフラインに依存しており、通常48時間という最低限の活動期間となる。


院内搬送

(大家宗彦、丸川征四郎・編著 経験から学ぶ大規模災害医療、大阪、永井書店、2007、p.205-209)

院内搬送

 大規模災害で多くの傷病者が医療機関に搬送されたとき、迅速に治療を進めるにはトリアージポスト初期診療ポストの構築、同時に緊急検査体制と緊急治療・手術体制の確立、収容ベッド確保が不可欠である。緊急時、これら診療部門の必要性は誰しも容易に思いつくが、これらをつなぐ「院内搬送」の重要性が見落とされることが少なくない。患者の院内搬送は単なる「身体の搬送」ではなく、病室外という「危険な環境」での患者管理であると同時に命にかかわる「情報の伝達」でもあるということが強調されるべきである。

JR福知山線列車事故における院内搬送

1. 経緯

 列車事故発生時、兵庫医科大学病院は尼崎消防本部からの受け入れ要請を受け、トリアージポストとともに災害対策本部を設置し、3ヵ所の初期診療ポストを立ち上げた。トリアージポストには救命救急センター医師を中心に各科医師約20名、各科病棟看護師約50名、事務職員約30名が集合し、患者搬送手段としてストレッチャー約20台、車椅子約20台が看護師によって揃えられた。

 トリアージポストは、傷病者の属性確認、傷病の種類と重症度・緊急度の判断、初期診療先の決定などトリアージを行った。さらにトリアージで指定された初期診療ポストへの患者搬送も担当した。

2. トリアージポストからの搬出

 トリアージポストから初期診療ポストへの患者搬送には、それぞれの重症度に対応した手段が取られた。赤色タッグの患者は救命救急センター医師がリーダーとなり医師、看護師が3〜5名で、ストレッチャーで救命救急センターの初療室へ搬送した。黄色タッグとトリアージされた患者は、ストレッチャーで時間外外来へ主に外科系医師が中心となって医師、看護師が数名で搬送した。緑色タッグの患者の移動は、患者自身が車椅子を拒否して徒歩で移動する場合もあったが、車椅子での搬送を原則とし、時間外外来に隣接するロビーなどと整形外科外来などへ搬送した。いずれの場合も必ず医師、看護師あるいは事務員が1〜2名で道案内と安全確保を目的にエスコートした。

3. 初期診療ポストからの搬出

 初期診療ポストで初療が終了した後は、それぞれの重症度と傷病の程度に応じてICU、ハイケア病棟、一般病棟へと搬送された。

4. 所在の把握

 院内搬送で重要な課題に、対策本部は入院患者が何処に収容されたかを正確に把握することがある。上記のように初期診療ポストから病棟へ、さらにほかの病棟への移動の決定は、現場の医師が判断し、当該の病棟へ連絡する形で行われるため、その事実が対策本部へ伝えられない場合がしばしば生じる。

 今回の対応では、最初の収容病棟が不明の患者が14名あったことが記録に残っているが、これには連絡の漏れの他に報告の時間的な遅れも含まれている。収容先変更の場合には変更前と変更後の情報が錯綜することもあり混乱の原因となった。

5. 院内搬送に伴う医療情報搬送

 トリアージポストから初期診療ポストへ搬送される患者に、トリアージポストで記載されたトリアージタッグと災害外来診療録が添付された。災害現場で添付されたトリアージタッグも、全例ではないが添付されていた。

 収容時にトリアージポストで装着されたトリアージタッグには、患者の氏名、年齢、性別、トリアージ結果、トリアージ時間、トリアージ施行者が最小限必要な情報として記載された。さらに、患者の特徴的な理学所見が簡単に記載された例もあった。災害外来診療録にはトリアージタッグの複写シートが糊付けされた。この診療録は以降も活用され、保険診療事務処理資料としても利用された。

6. 院内搬送にかかわる反省点

 全体として傷病者受け入れと院内搬送は円滑に行われたが、詳細にみればいくつか反省点があり、今後に改善されるべき課題となった。

  1. 消防以外から軽症、中等症の傷病者が一度に多数搬送されてきた時期があり、トリアージポストと初期診療ポストへの搬送患者が立て込み、一時的に軽症傷病者に対応する人手が不足した。

  2. 多数同時搬入の時期には、軽症者も車椅子による搬送を原則としたため車椅子が不足し、搬送が足止めされたり、歩行希望の強い患者がいたりと、一部に搬送方法に統一性を欠いた。

  3. 多数同時搬入の時期には、災害外来診療録の作成に時間がかかり、傷病者の本人確認、搬送先の確認に手間取り、搬送開始が滞る例があった。

  4. 病棟へ医師、看護師がエスコートして搬送するため、トリアージポストや初期診療ポストに人手不足が生じた時期があった。

  5. エスコート医師、看護師が初療医師から診療情報を十分に把握しないまま指示された病棟へ搬送したため、病棟医師に必要な情報が伝わらなかった例があった。

  6. X線検査後の搬送先が明確でない例や搬送先の変更が必要な例では、病棟受け入れ態勢の確保や確認のために時間が浪費され搬送が滞った例があった。

  7. X線フィルムが現像されたとき、既に患者は病棟へ搬送された例では、X線フィルムの返却先を特定するのに時間と人手が必要であった。フィルムの搬送にも余分な人手が必要だった。

  8. 初期診療ポストから病棟への搬送の事実、病棟から患者を受け入れた事実が、災害対策本部に通知されない例があった。

集団災害対応における院内搬送体制の構築

 JR福知山線列車事故における経験から、院内搬送の構築にかかわる課題をまとめる。

  1. トリアージポストから初期診療ポストへの搬送

     最も問題となるのは、多数の傷病者が同時に搬入された場合、ストレッチャーや車椅子の回転が間に合わず不足をきたす事態が生じることである。また、1ヵ所の治療ポストに患者搬送が集中する事態も重要な問題になる。診療ポストをうまく使用するには現場の指揮者が状況に合わせた対応策を工夫しなければならず、初期診療ポストの使用状況が指揮者に報告されるシステムを作らなければならない。

  2. 初期診療ポストからの搬送

     初期診療ポストから先への搬送では、搬送先の把握、災害対策本部への通報、正確な患者情報の携帯、搬送中の安全確保が行動のポイントである。搬送時の主な課題、注意点を以下に挙げる。

    • 迅速で円滑な搬送のために、エスコート医師は初期診療ポストで決定された搬送先の病棟が受け入れ可能であることを確認すべきである。

    • 対策本部への通報はエスコート医師が行うのが理想であるが、電話回線の輻輳、患者処置に手を取られたり、人手不足などで連絡できないことが多いため、受け入れた病棟が通報するのが合理的である。

    • 患者情報は携帯されるトリアージタッグと災害外来診療録に記載されているが、多くは箇条書きされているに過ぎず患者の病態を網羅するものではない。よって、エスコート医師はできるだけ多くの補足情報を把握し、伝達すべきである。

    • 情報を正確に伝達するためには、エスコート医師はできるだけ患者の疾病に関連する領域に専従する医師であることが望ましい。この体制は搬送中の患者の安全を確保するためにも重要である。


Let's start 災害医療(28) 避難所生活と災害医療

(福家伸夫、救急医療ジャーナル 18巻5号、p.42-46、2010)

災害医療における経時的変化

 台風や地震のような自然災害は、同じようなものが何度も繰り返して起こるため、災害の発生→復興→平常状態→新たな災害→復興…といったふうに、災害の発生から次の新たな災害の発生までの間に行われる活動内容は、ある種のサイクルとして捉えられており、災害と災害の中間期に準備と対策を怠ることがないよういましめるのが常とされている。

 災害のサイクルにおいて医療が要求される対応は、サイクル内の各時相によって異なる。災害の時相は 1)発災、2)急性期(救出救助期)、3)慢性期(復興期)、4)安定期(予防期)に大別されており、医療の視点から捉え直すと、2)は救急医療期、3)は亜急性‐慢性医療期、4)は日常医療期となる。災害時の医療においては急性期の活動ばかりが注目される傾向にあるが、救急医療期はせいぜい一週間程度で終息するものであり、その後は急性期とは異なる形の医療需要が出現することとなる。今回は、災害医療における亜急性‐慢性医療期に生じる被災者(避難所生活者)の健康に関する問題とその対応、さらに亜急性‐慢性医療期の救急医療体制に関する問題について焦点を絞ることにする。

亜急性‐慢性医療期における被災者の健康問題

 亜急性期から慢性期の被災者の健康に関する問題は、1)災害発生時に受けた急性傷病の後遺症や治癒の遷延、2)生活環境の悪化による新たな傷病の発生、3)災害以前からもっていた慢性疾患の悪化、4)医療機関の機能不全による投薬、治療継続の困難の大きく4つに分類される。加えて、これらの問題を扱う際には、狭心症や気管支喘息、胆石症、急性虫垂炎、てんかん発作といった「災害の有無に関わらず発生する救急対応の傷病」の存在を何よりも注意する必要がある。

 1)において、急性期傷病の後遺症としては感染が多くみられる。致命的でない程度の急性期外傷は、被災地内の医療機関で治療を受けることになるため、消毒薬の不足、抗菌薬の不足、清潔な機材の不足、医療職の人数・時間不足から十分に清潔さを維持できず、感染をきたすことが珍しくない。また、トリアージの原則から生命に危険がない傷病者は医療の優先順位が遅くなるため、ささいなケガが治療されずに放置された結果、感染、機能的障害、整美的傷害を残すことがある。

 2)において、亜急性期から慢性期においては、生活環境の変化により、災害そのものとは直接関係しない傷病が発生する。避難所生活で発生しやすい病態としては、不眠、消化器症状、呼吸器系症状が挙げられ、それらは救急車を要請するほどではないが、消化性潰瘍から出血をきたした場合や、喘息発作が生じた場合は救急車が要請される確率はぐんと高くなる。不眠とそれに伴う身体の不調は必発であり、被災による不安、慣れない集団生活、余震の恐怖等により安眠が妨害される。次いでよく現れるのは消化器症状であり、便秘、下痢、腹部不快感等が生じる。便秘は食生活の混乱や避難所生活でのトイレの遠慮、忌避により生じ、余りにも長期の便秘はイレウスの原因となる。また、ストレスにより消化性潰瘍(胃・十二指腸潰瘍)が発生すると、腹痛だけでおさまらず、出血をきたすことがあり、出血性ショックの原因となる恐れがある。呼吸器系の障害もよくみられ、ほこりっぽい環境によりのどを傷めたり、古い建物の倒壊によるカビ類の放出で気道感染が生じたりする。インフルエンザなど流行性の呼吸器感染症のシーズンであったり、排菌性の結核患者がいたりすると、集団生活では容易に拡大することとなる。他にも、歯磨きや入浴、更衣といった日常的な衛生管理ができないことから皮膚炎(湿疹)、皮膚掻痒症、尿意の我慢から膀胱炎が生じることがあり、また水の供給不足や飲水量の低下による脱水は、深部静脈血栓症(それによる肺塞栓)、脳梗塞、心筋梗塞といった血栓性緒疾患の誘因となる。こうした傷病のいくつかは、日常生活に近い生活スタイルを確保することで解決される。

 3)において、虚血性心疾患があれば一定の確率で狭心症、心筋梗塞が発生し、それらは避難所生活と無関係に起きる(むしろ避難所でのストレスの多い生活により起こる可能性は高くなると考えられる)ため、避難所で自動体外式除細動器(AED)が使用できるかどうかが救命率に大きく関係している。

 4)において、日常的に薬を服用している慢性疾患(高血圧症、糖尿病、気管支喘息、血栓性疾患等)では、投薬を受けていた医療機関が機能不全に陥ってしまい、それ以上の投薬が受けられなくなることがある。こうした時には、患者は自分が服用している薬品の名前と量をしっかり覚えておく必要がある。また、血液透析が必要な慢性腎不全の患者は、手遅れになると水分過剰による心不全、肺水腫、高カリウム血症による心停止となるため、透析医療機関は、被災地の患者を被災地外のしかるべき場所に、許容時間内に搬送する体制を早急に確立する必要がある。

亜急性‐慢性医療期の救急医療体制に関する問題

 大規模災害においては、消防救急施設やその職員だけが被害にあわないことは考えられず、交通機能も著しく低下しているため、救急医療体制自体も大きな制限を受けながらの活動となる。また、独居で周囲との交流が少ない高齢者は、最も被害を受けやすい立場にいながら、その存在自体が把握されていないことや、避難所への移動、被災地外への移動などで人間関係の安定が欠かれているために、これまでの活動で築き上げてきた地域の連帯感、協調関係が崩れていたりすることは、思いがけない間違いを引き起こす危険がある。こうした問題が、救助チームがどのように活動すればいいかを悩ませ、現場で常に最善の結果を出すことを難しくしている。なお、家族単位で生活できるテントが供給される海外のケースとは対照的に、わが国では、たいてい学校の教室や体育館を避難所として一時的な共同生活を強いられることが多い。そうした生活を嫌う被災者が強引に自宅に帰って余震の被害を受ける、自家用車で窮屈な姿勢で寝て深部静脈血栓症をきたす例があるため、現代の日本人においては、プライバシーに敬意を払った環境整備も必要であるといえる。


□災害医学論文集へ/ 災害医学・抄読会 目次へ