災害医学・抄読会 101015

地震災害

(石井 昇、山本保博ほか・監修 災害医学、東京、南山堂、2009、p.61-77)

A.地震災害

 地震災害は台風や火山など他の自然災害と異なり、予知・予測が困難で、わずか分秒の間に、人命や財産を脅かすような環境破壊を生じる自然災害の中でも最も恐ろしい災害である。地震発生に付随して、津波、火災、地滑り、ダムの破壊や危険物の流出などの二次的災害を引き起こすため風水害や火山噴火などの自然災害に比べて多大な物的・人的被害を及ぼす。

1923年関東地震死者142807人
1955.1/17阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)死者6432人 負傷者3万人以上
1999.8月トルコ・イズミットの地震死者15000人以上
2001.1月インド西部地震死者10000人以上
2004.12スマトラ島沖地震死者210000人(←多くは津波による)
2008.5月中国・四川大地震死者50000人以上

 地球上では、毎年100万回以上の地震が発生している(平均、毎分2回)。一般的に活断層などが存在する地域においては、Richter magnitude 6.5もしくはそれ以上の大地震が数十年から100年間隔で発生するといわれている。最近の20年間に、120万人以上が地震災害により亡くなり、その約80%以上は10ヶ国(中国、日本、イタリア、イラン、ペルー、トルコ、旧ソビエト連邦、チリ、パキスタン、インドネシア)で占められている。

 地震災害に影響する要因は、地域特性、地震の大きさ(magnitude)と強度(intensity)、地盤の影響および地震により生じる二次的な津波、地滑りなどに加えて、都市化にともなう人口の集中化や災害準備などに関係する。

B.地震災害にともなう死因と負傷病態

 地震災害による死亡や負傷の原因は、1)建物倒壊などによるもの、2)火災によるもの、3)津波によるものがあり、その特徴としては、直接外力による早期死亡の多くは頭部や胸部外傷、外傷性窒息で、遅発性死亡は、クラッシュシンドロームや敗血症などである。

 阪神・淡路大震災では、外傷により入院した2718人のうち372人(13.7%)がクラッシュシンドロームと診断され、そのうち50人(13%)が死亡した。クラッシュシンドロームの治療の第一は、急性腎不全を回避するための輸液療法であり、大量輸液により細胞外液の補充と血中Kの排出を促進させることである。救出現場でクラッシュシンドロームが疑われる傷病者に対しては、酸素投与や輸液を開始しながら救出することは有用とされている。

 また、発災1週間前後から亜急性期では、インフラの破壊や避難環境の悪化にともなって感染症のリスクが高くなり、冬季では呼吸器感染症、夏季では食中毒が多発する可能性が高い。阪神・淡路大震災時では、季節の関係から肺炎が多発し、免疫力の低下した高齢者の死亡率が高かった。また震災後の身体的および精神的ストレスの増大により、慢性疾患の増悪、心筋梗塞や消化性潰瘍などの疾病の増加と心的外傷のPTSR(災害によるストレス反応)やPTSD(心的外傷後ストレス障害)の発症が注目された。一方、新潟県中越地震(死者46人、負傷者4801人)では、窮屈な自家用車内で寝泊りした高齢の避難者の突然死が比較的多く発生し、肺血栓塞栓症が注目された。

C.地震災害の医療対応

 大規模地震災害での緊急医療対応は、まず被災状況の把握とその情報収集・伝達を行い、迅速な災害対策本部の設置であり、災害現場への医療救護班の派遣、トリアージの実施と患者搬送体制/搬送路の確保、拠点病院間の連携、医療機関などのライフラインの確保や医薬品・医療機材の搬入・確保などが重要である。しかし、地震災害時の早期には情報通信の途絶などにより混乱が生じ、災害現場が広範囲に及ぶため、適切な指揮命令系統が機能せず、被災者は近隣の医療機関へ殺到する。医療機関も被害を受け、ライフラインも途絶するので、被災地での医療対応能力は低下する。  実際の災害現場での医療対応の基本は、探査・救出(SAR:Search and Rescue)に引き続いての3T’s(Triage, Treatment, Transportation)であり、災害現場へできるだけ多くの消防や医療関係者などを動員して指揮命令系統を一元化して3T’sをスムーズに行えるようにする。災害時における一次トリアージは、START(Simple Triage And Rapid Treatment)方式を用いて行うことが救急救命士、医師および看護師らでの共通認識となっている。実際的には本方式の変法で、まず歩行可能な緑タグの傷病者を別の場所に移動させて、残りの傷病者のトリアージを行うのが効率的である。

 最近の新たな動きとして、2005年度から発災後48時間以内の医療活動を基本とし、特別な研修を受けた日本のDMAT(Disaster Medical Assistance Team:災害医療派遣チーム)が200チーム以上編成されて、自衛隊機を使った重傷者の広域搬送訓練が実施されるようになり、災害医療への関心が高まってきており、2007年7月の新潟県中越沖地震での初動対応にはDMATやドクターヘリの迅速な出動など目覚しい進歩がみられた。

D.病院の地震災害対策

 地震により病院そのものが被災を受けて損壊すれば、病院の機能は低下しその役割を果たすことができないため、対策の第一は、病院建物の耐震性の確保と医療機器などの転倒防止策を講じておくことである。1)災害対応計画の発動、2)病院の傷病者収容と治療能力の評価、3)災害/健康危機時における指揮命令系統の確立、4)通信の確保と連絡体制、5)医薬品・医療資機材などの供給体制、6)院内の災害管理および治療エリアの設定、7)教育・訓練などを災害対策計画に盛り込むべきである。

E.災害訓練

 災害医療訓練の意義は、訓練参加を通じて災害医療関係者に災害に対する認識を啓蒙することであり、災害医療対応の運用面での不備や問題点を明らかにし、見直しを行い、災害発生時にスムーズな災害関係機関の連携・協力体制の構築を図ることである。

 各関連機関の指揮者レベルが集まって情報伝達や対応などを検討する机上訓練、模擬傷病者を作成して行うトリアージなどの演習訓練、各関連機関のみで実施される消防や医療機関などでの防災訓練、地域住民を含めて災害に関係するすべての機関が参加して行う総合防災訓練などがある。また、emergo train systemを用いた災害シミュレーション訓練は災害発生の初動期における医療対応の有用なシミュレーション教育訓練として評価されており、わが国での災害医療研修にも取り入れられるようになってきている。

F.地震災害への事前の備え、被害軽減策および対応

 地震災害への対策で事前の備えが最も重要である。人的被害軽減のために、被害想定を含めた地域の災害医療計画や活動マニュアルには 1)各個人への推奨されるべき行動、2)揺れが停止した後での建物からの避難訓練、3)安全な場所のリスト、4)若年者・高齢者・病人や障害者などに対する救護・支援の方法などを含めるとよい。

 地震発生後は被害状況の早期評価が重要であるが、大規模地震災害では情報途絶の可能性が考えられるので、保健行政機関は種々の情報伝達方法のシナリオを立ち上げておくべきである。

 地震による二次的な被害や損傷を減少させるためには、1)迅速な救出・救助、2)早期の応急医療処置、3)適切な食べ物・水・避難場所の準備、4)好ましい環境を整えることにより、二次的な環境悪化要因からの健康問題を予防することである。

 混沌としたパニック状況の中では、地震災害の比較研究に必要な医療データはしばしば不足しているのが現状である。できる限り、負傷者の詳細なデータ収集を行い、次の災害への教訓として生かされるようにしなければならない。そのためには医学分野以外の研究者などとの共同研究も必要である。


東京DMAT

(山田賢治ほか、石原晋ほか・監修 プレホスピタルMOOK 9 DMAT、東京、永井書店、2009、172-185)

 東京都は全国に先駆けて2004年8月に、大震災などの自然災害をはじめ、大規模交通事故などの都市型災害の現場で救命処置等を行う災害医療派遣チーム「東京DMAT」を発足させた。東京都の危機管理の一環、重点事業として指定され、都内の災害拠点病院より迅速にDMAT隊を派遣できる体制が整備された。

 平成20年9月現在、東京都の人口は約1,290万人であり、年間40万人以上の観光客が訪れている。地下鉄サリン事件のようなテロ災害、スタジアムイベントによる群集災害、爆発・大規模火災などに常に警戒が必要である。東京都には日本の首都機能が集中しており、首都直下型地震発生時には最大の被害が発生し、被災地にとどまらず非被災地にも甚大な影響が出ると考えられる。

 東京都防災会議による東京湾北部地震M7.3の被害想定では、地震火災31万棟、死傷者16万5,000人、自力脱出困難者2万2,000人、帰宅困難者450万人が想定されている。このような様々な自然災害や大規模都市型災害に出動し、首都東京を防衛していくことが東京DMATに課せられた大命題となっている。

 東京都地域防災計画には、救助・救急のための活動体制として、警視庁、自衛隊、東京DMAT、防災市民組織などの連携協力が掲げられている。従来の医療救護班は、災害時要請があってから医療救護所に赴き、安全な場所に患者が搬送されてからトリアージ・応急処置を行ってきた。しかしながら、災害現場において一人でも多くの救われるべき命を救うためには、災害後急性期に患者を救出し、専門的なトレーニングを受けた医師や看護師が医療資器材を備え現場に急行し、その場で救命処置を行うことや、根本的治療が行える災害被災地域外での治療を考慮することが必要である。そこで、災害の急性期に活動できる機動性を持ち、トレーニングを受けた医療チームである東京DMATが設立され、東京消防庁の統制下において、自然災害や都市型災害の現場に出動し、救命を主眼とし必要な医療を提供する使命を帯びることになった。  東京DMATとドクターカーとの違いは、東京DMATは 1)消防・警察等の災害時現場対応を理解し、緊密に連携して、被災者へ現場医療を提供する 2)複数の現場医療チームが参集した場合でも連携して組織的に活動できる 3)災害現場で提供するべき医療および行うべきでない医療、を熟知している点である。


 東京DMATのチーム編成は1チーム医師1名、看護師等2名、業務調整員1名で構成することを基準としている。いずれも研修を受け東京DMAT隊員として東京都に登録されたものからなる。編成チームの活動内容は、災害の種類や被災状況により多様に変化させることが可能であり、目的や計画により規模を柔軟に変化させることが出来る。東京DMATは、重症2名以上、中等症10名以上傷病者の発生の可能性がある場合、あるいは災害現場に出動した消防隊または司令室が、東京DMATが出動して対応することが効果的であると判断した場合に派遣要請される。出動対象事例としては 1)自然災害(地震、台風、集中豪雨、土石流、火山噴火) 2)人的災害及び大規模事故(航空機、鉄道、高速道路などの大規模交通事故、爆発、火災、花火・コンサート・スポーツイベントなどの群集災害、テロ・事故によるNBC災害) 3)stand by(コンサート、花火大会など)である。基本任務は、被災地域内で医療情報収集し伝達すること、被災地域内でトリアージや応急治療を行い搬送することである。またその被災地域内の医療機関、特に災害拠点病院の支援・強化を行うこと、広域航空搬送におけるヘリコプターや固定翼機への搭乗医療チームとしての役割、災害現場でのメディカルコントロールを行うことなどが検討されている。以上のような基本的なDMAT活動とともに、大規模都市型災害に対応するための特殊な任務として (1)US&R-DMAT(Urban Search and Rescue;都市探索救助)、(2)NBC(Nuclear-Biological-Chemical;核・生物・化学)response-DMAT (3)MED−evac(Medical evacuation;医療広報搬送)DMATの整備を行っていく予定である。

 東京DMATへの出動要請は東京都知事が行うことになっているが、実際はその指令事務を東京消防庁司令室が担当し、災害現場に一番近い東京DMAT指定病院に連絡している。出動が可能であると受諾すると、消防署より原則として2名の消防隊員で編成する東京DMAT連携隊がその東京DMAT指定病院に消防車両で緊急走行により迎えに行き、災害現場に一緒に出動する。東京DMATの特徴は、消防の連携隊と連携しながら活動することであるといえる。

 今後の課題としては、東京DMATの特色を活かし被災地域で活動するために、地域消防や自治体との連携体制の構築、輸送・宿舎・食料・金銭的援助などの後方支援体制の整備が急務であることと、他地域のDMAT隊との連携想定訓練や、医療機関支援訓練などが挙げられる。また、出動した活動については一つひとつ検証し定期的に事後検証会を開催し改善を重ねていくことと、統計的なデータを蓄積するとともに分析考察し、より良い制度の確立に反映させていくことが望まれる。DMAT隊員を引き続き養成し、各指定病院が出動要請に確実に応じられるように一定以上のチーム数を常に確保し東京DMATの機動力を保持していくことが必要である。


現場情報と傷病者搬送

(中山伸一、丸川征四郎・編著 経験から学ぶ大規模災害医療、大阪、永井書店、2007、p.167-174)

現場情報

 大規模災害の現場において、複数のチームが適切な活動を行うのに不可欠な情報の交換と共有は時として非常に難しくなる。多くのチームが現場活動に従事すればするほど、現場のチーム間での情報交換は欠かせない。そして、それは医療チームの間だけでなく、医療と消防・救急、警察などチーム相互において必要となる。

 ここでは、大規模災害時にどんな情報を、どこからどこへ(誰から誰へ)交換すべきか?という問題を整理することとする。

 まず、MIMMS( Major Incidence Medical Management and Support、英国大災害対応基準)では、指揮命令系統をGold、Silver、Bronze の三つの階層に分けるBronze-Silver-Gold systemが採用されている。Gold では国家レベルで戦略(strategy)をたて、Silver では現地で戦術(tactics)をたて、Bronze は実戦(operation)対応する役割である。

 災害現場に到着したチームは現場状況を迅速かつ的確に把握し、その情報を現場から離れたGold区域の司令官に伝達することが大変重要である。MIMMSでは現場から最初に伝達するべき情報としてMETHANEが推奨されている。つまり、普段の救急体制とは異なる対応が求められる大事故の発生を宣言し(M;My call sign & Major incident)、発災場所(E;Exact location)と災害のタイプ(T;Type of incident)、危険物(H;Hazard)や災害場所へのアクセス(A;Access)、傷病者数(N;Number & severity of casualties)など事故状況の概略、また、救急や医療チーム応援、資器材や搬送手段の確保などの状況(E;Emergency services)を指揮本部に伝達するのである。実際は、この第一報は消防機関ないし警察機関に流されるであろうが、その際これらの情報は命を預かる医療機関にも提供されなければならない。

 一方、現場のチームが最も正確な情報をもっているわけではないので、現場で得にくい情報や付加情報の提供や指示を、Gold区域から現場のSilver区域に対して逐次行ってサポートする必要がある。

 甚大な災害になればなるほど、多数のチームの現場派遣や傷病者の収容先の確保の手配など、後方での災害対策本部(Gold)による現場のバックアップ、サポートが重要となる。しかも、1つの行政単位での対応が困難な場合には、近隣の市町村や都道府県の枠を超えて、関係機関のGold区域間での情報交換と共有し、各組織が連携して対応することが望ましい。

 これらの情報交換を行うために駆使すべき情報ツールとして、メッセンジャーや携帯電話、無線などさまざまな手段があるが、注目すべきものの一つに広域災害救急医療情報システム(Emergency Medical Information System;EMIS)がある。これは災害時に被災した都道府県を越えて医療機関の稼働状況、医師・看護師などのスタッフ状況、ライフライン状況、災害医療にかかわる総合的な情報を共有し、被災地での迅速かつ適切な医療・救護の提供に資することを目的とするものである。これらを適切に用いることで、医療機関が消防機関の中でスピーディに流れている情報を得ることが可能となり、個々の医療機関での体制確立が早くなったり、また、対応可能な医療機関が増加することにより分散搬送が容易になり、救急隊も単に近い病院に運ぶのではなく、適切なトリアージのもと、過度な集中を避けながら適切な医療機関へ搬送することが容易となるなどのメリットが考えられる。

傷病者搬送

1.搬送導線の確保

 大規模災害が発生すれば野次馬、マスコミの参集や交通渋滞が不可避なので、速やかに導線確保を行う必要がある。その確保には消防だけでなく警察との連携が必須である。適切な交通遮断と一般人の立ち入り禁止区域を設定し、救急車などの搬送車の流れを考慮して、一方通行やロータリーの確保を行う。高速道路では、上下線やインターチェンジ、サービスエリアなどの位置関係にも配慮した導線の確保について、道路公団などと前もって計画、申し合わせておくことが望まれる。また、ヘリコプターによる航空搬送を行うことを前提に、できるだけ現場近くにヘリポートを確保することも重要である。

2.搬送ポスト

 トリアージの結果から最も適切な搬送先を決定し、かつその傷病者が搬送に耐えうるだけの最低限必要な応急処置がなされているかを判断し、必要なら追加処置を加える。そして、同じ色のトリアージ群の中で搬出の順位づけをしつつ(搬送前トリアージ)、適切な搬送手段と搬送先医療機関を指示する。また、この場所で傷病者の搬送先をしっかりと指示ないし把握し、現場でのトリアージタッグの記入を完成させ、トリアージタッグの一番上の用紙をめくり保存することを忘れてはならない。これを怠ると傷病者の追跡(トラッキング)が不可能となるので注意が必要である。

3.搬送順位の原則

 搬送の優先順位の原則は、トリアージに基づき赤、黄、緑、黒の順である。そして救護所内に複数同色の傷病者が滞留してきた場合には、同色内でもより緊急性のある傷病者から搬送にかかるための順位づけや搬送手段の選択が重要となる。黒タッグは、医療機関への過度な負担を少しでも軽減するために搬送するべきではない。その場合、他の傷病者や家族の心情への配慮を怠ることなく現場近くに遺体安置所を設け、警察の検死作業に委ねる。

4.搬送手段

  1. 救急車・ドクターカー

     ―あらゆる災害において、特に重傷者を搬送する場合、質、量ともに最も信頼がおける搬送手段である。赤タグ、続いて黄タグ患者から優先して搬送する。

  2. 消防車輌、警察車輌、民間車輌(バス、トラックなど)

     ―これらの搬送は原則として緑タグの傷病者に限るべきである。これらは大量輸送も可能なので有効利用するべきであるが、救急隊員が少なくとも1名同乗するなどの対応が望ましい。

  3. ヘリコプター

     ―大規模災害発生時には必須である。消防防災ヘリやドクターヘリを駆使し、ロスタイムなく傷病者を分散搬送することが、preventable death回避につながる。

5.搬送先の決定

 搬送先の選定に際し考慮すべき要素として、患者の容態(トリアージの色)、搬送距離、医療機関の種類、分散搬送などが挙げられる。Gold区域の指揮官は、医療機関情報を可能な限り現場に提供することに徹し、最終判断は現場救急隊の判断に委ねるのが現実的である。現場の救急隊員は地理や地域の医療状況に精通しており、普段活動している地域の医療機関に搬送することもできるからである。

6.二次転送への対応

 二次転送がスムーズに行われるためには、転送先医療機関の選定、転送手段と人員の確保などに留意する必要がある。この二次転送への付き添いも応援に入る医療チームが果たすべき役割の一つであり、このためにはGold区域での情報収集、二次転送のための人員ないし搬送手段の手配、指示が重要となる。この際にも、行政の枠にとらわれない転送が行われることが望ましい。


災害訓練の実際

(八木啓一、山本保博・監修 精神・中毒・災害、東京、荘道社、2007、p.302ー306)

はじめに

1.災害医療の目的

 地域内の通常の救急医療体制では対応できない多数の傷病者が発生した時、限られた人的・物的資源の中で、最大限の効果が得られる医療を提供すること。

2.災害訓練

エマルゴ・トレーニング

 スウェーデンで開発された災害教育用の机上シミュレーション演習方法。ホワイトボード上に災害・事故現場、救護所、搬送待機所(現地指揮本部)、消防本部、病院などを想定し、傷病者役のマグネット人形が現場からそれぞれの部署を移動することで演習が進行する。

  1. 設定された人的・物的資源のみを用いること
  2. 時間軸に沿って行うこと
  3. 部署間の連絡は内線電話・院内PHS・トランシーバーなどを用いること

    などのルールがある。

 人形にはバイタルサインと外表所見が記載されている。現場での各処置には所要時間が設定されている。また、搬送車両や救急処置室、手術室、病室の数に制限があり、搬送時間、処置室での処置の時間、手術時間なども設定されている。

 参加者はこのような条件下での様々な判断が求められる。

 訓練が始まると、参加者は指揮命令系統や情報伝達の混乱に直面し、それぞれの重要性を認識することとなる。また、他のボードの進行状況が見えるため、他職種の業務内容が理解でき、連携作業の重要性も実感できる。

 災害医療の要点を、大がかりな準備がなくても理解できる利点があるが、特殊な小道具を用いること、訓練進行にノウハウが必要であることなどから、コーディネートはインストラクターに依頼することが望ましい。しかし、国内に認定インストラクターが少ないことが難点である。

トリアージ訓練

 訓練前にはトリアージに関する講義を行う。講義の後、参加者を数名のグループに分ける。最低4名以上の模擬患者(最優先治療群から軽傷群まで)を用意する。

 各グループ内では、患者の診察担当、タッグへの記入担当などの役割分担を決める。そして、数分ごとにグループをローテートさせ、模擬患者へのトリアージを実践させる。慣れてくるとトリアージに要する時間は短縮できるが、タッグへの記入時間が制限因子となってくる。

 START式トリアージを各グループが全模擬患者にあたり終えた後、トリアージタッグの検証を全員で行う。問題点を全員にフィードバックし、引き続き2ラウンド目を2次トリアージ方式で行ったり、メンバーを変更して再度START式トリアージを行ったりする。

 この訓練で重要なことは、トリアージ区分は絶対的なものではないということである。傷病者数やその重要度、及び利用可能な医療資源により、同じ患者でも区分が変わりうる。

◇トリアージカテゴリー


災害時に活動する国連関連機関とNGO

(島田 靖・今井家子、災害人道医療支援会ほか・編 グローバル災害看護マニュアル、東京、真興交易医書出版、2007、p.92-97)

 災害時に活動する機関は、国連関連機関とNGOがある。まずは国連関連機関について述べる。

 国連は世界の平和と発展のために1945年に発足した独立国家の集合体であり、2007年時点で192カ国が加盟している。国連関連機関としてIMF(国際通貨基金:The International Monetary Fund)、WB(世界銀行:The World Bank)、WHO(世界保健機関:The World Health Organization)、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所:The Office of the UN High Commissioner for Refugees)、UNDP(国連開発計画:The UN Development Programme)、UNICEF(国連児童基金:The UN Children’s Fund)などの特別機関があり、すべて独立した予算を持っている。こうした機関は、国連を含めて国連ファミリーと呼ばれている。

 災害発生時には、国連ファミリーの様々な組織が関与する。具体的には、まず国連緊急援助調整官を議長として、UNICEFやUNDP、WFPなどが含まれる委員会を設置する。こうして、効率的に災害急性期の食糧支援、難民・避難民支援、緊急支援活動のコーディネーションの提供から、復興・開発に至るまで様々な組織を通じて国際社会からの支援を被災地に提供する。 主な機関の災害時の活動は以下のようなものである。

●UNICEF:国連児童基金

 通常の活動である児童に対する保健衛生、栄養、教育などのプログラムを延長して、人道災害の急性期から復興期に至るまでの緊急援助を行う。

●UNDP:国連開発計画

 災害時復興期の人間開発を主体におくが、災害急性期から関与している。

●WFP:世界食糧計画(The World Food Programme)

 災害緊急時の食糧確保のための緊急援助を行う。

●UNHCR:国連難民高等弁務官事務所

 難民・避難民に対するシェルターの確保、キャンプの運営、人権保護、帰還に関する調整を行う。

●UNOCHA:国連人道問題調整事務所

 UNOCHAは平時より災害現場での調整を担うための人材を訓練・登録している。災害発生時には指名されたメンバーが被災地へ赴き、OSOCC(On-site Operations Coordination Center)と呼ばれる事務所を設置し、現地政府機関による災害対策本部などと協力して、人道支援の調整に努める。

 一方、UNOCHAが運営するウェブサイトには各援助団体が登録し、インターネットから支援の状況を確認できるようになっている。

 次に、NGOについて述べる。

 NGOとは非政府組織(Non Governmental Organization)をいう。日本では国際協力を目的としたNGOは1960年ごろから徐々に増えてきているが、1979年に起きたインドシナ難民に対する援助活動から多くのNGOが生まれた。また1995年の阪神・淡路大震災の時には、国際的に活動しているNGOがそのノウハウを生かして国内の災害に対して活動した。多くのNGOは開発援助など長期の救援活動を行っているが、ここでは緊急時に国際的な保健衛生の救援活動をしている団体をあげる。

アムダ(AMDA)

 1984年に設立。アジア、アフリカ、中南米15カ国で活動している。内容は緊急援助活動と地域開発活動の二つである。緊急援助活動では、人災・天災による被災者への医療救援・生活物資支援を各国支部から編成される多国籍医師団により実施する。

災害人道医療支援会(HuMA:Humanitarian Medical Assistance)

 活動内容は、災害時の医療チーム派遣と災害医療にかかわる人材の教育研修である。最近ではいくつかの医療NGOが海外で活動するようになってきたが、これらのNGOは海外派遣ワーカーを教育する余裕がない。しかし、途上国の救援活動にはいろいろな難しい問題もあり、ある程度の基礎知識が必要である。

赤十字国際委員会(ICRC:International Committee of the Red Cross)

 1863年にスイスで設立された、赤十字活動の原点である。戦争や紛争地域の人々の尊厳を保護し、援助を提供する。

国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC:International Federation of Red Cross and Red Crescent Societies)

 1910年に設立された世界最大のNGOである。自然災害、人為災害、難民の移動、疾病に関わる緊急事態の被災者の救援活動をする。

国境なき医師団(MSF:Medecins Sans Frontieres)

 1971年にフランスで設立された。緊急医療援助を主な目的とし、世界約70カ国を超える地域に年間約3800人の医師、看護師、助産師らを派遣して医療援助活動を行っている。

オックスファム(Oxfam)

 1942年設立。緊急人道支援活動では給水・衛生対策でよく知られている。

NGOについての情報センター

  1. 国際協力NGOセンター:1983年にNGO間の協力と活動の向上を目的として設立された。

  2. 国際協力プラザ:外務省関連の緊急援助に関しての情報が得られる。

 国連関連機関もNGOも、それぞれの機関が、緊急的・中長期間的、人災・天災、医療・食糧・生活などのさまざまな場面でアプローチし、災害に対して人道支援を行っていることがわかる。


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