災害医学・抄読会 101001

災害時における病院の対応

(小井土雄一、山本保博・監修 精神・中毒・災害、東京、荘道社、2007、p.263ー271)

 災害時における病院の対応は、災害の規模によって、また災害拠点病院であるかによって大きく変わる。また、被災地内の病院のみでなく、被災地以外の病院も応援支援という形で対応が必要とされる。このため、平常時より災害への対策を病院内で確認も必要である。

発災以前の準備

 1996年より、厚生労働省の指導で災害時に中心となって医療を行う災害拠点病院が地域ごとに指定されている。地域災害医療センターとして指定されている病院は現在500以上にのぼり、その内特に各都道府県単位で中心となる施設が基幹災害医療センターに指定されている。

 地域災害医療センターの役割は、

  1. 重篤救急患者の救命医療を行うための高度の診療機能
  2. 傷病者の受け入れおよび搬出を行う広域搬送への対応機能
  3. 自己完結型の医療救護チーム(DMAT)の派遣機能
  4. 地域の医療機関への応急医療資器材の貸出機能

    であり、基幹災害医療センターはこれに加えて

  5. 要員の訓練・研修機能を有する

      という条件が必要とされる。

発災直後の行動

被災地内病院

 被災地内病院がまず確認するべき項目として、

  1. 院内の人的被害状況(スタッフおよび入院患者)
  2. 院内の物質的被害状況(ライフラインを含む)

    が挙げられる。この2つの状況を把握した上で医療の継続が可能と判断した場合は、残された医療の能力を把握するために以下の項目について確認する。

  3. 医療の能力(ベッド数、手術室の状況、検査、スタッフの収集)
  4. 通信の能力
  5. 備蓄および供給能力

災害拠点病院

 災害拠点病院を端末とした広域災害救急医療情報システムEMIS(Emergency Medical Information System)があり、発災した場合には被災地内病院は要請情報を入力し、被災地外病院は支援情報を入力する。これらの情報は厚生労働省や都道府県担当課にて集計され、全国で情報の共有が可能となる。

発災後の医療活動

被災地内病院の対応

 災害が起きた場合、病院の責任者は速やかに非常事態宣言を宣誓し、災害対策本部をたてる。そして、指揮命令系統を確認し、病院内での役割分担を決める。受付、トリアージ指揮者、応急処置班、警備・傷病者誘導、情報管理者などの役割を振り分ける。

 情報管理者の役割は外部に対する応援要請と外部からの情報収集である。あらゆる手段を使って情報を発信するほか、入院患者のリスト管理、転送患者のリスト管理、安否情報の確認作業などが挙げられる。

 災害発生後は多数の傷病者が病院へ押し寄せることが予想されるため、効率のよい診察を行うためにトリアージが必須となる。トリアージ実施者の経験や技量によって分類方法が左右されないように、現在は篩い分け(Sieve)と選別(Sort)の2つの方法を使い分けることによって標準化が図られている。篩い分けはSTARTトリアージとも呼ばれ、災害現場などで多数の傷病者を短時間にトリアージする際に行われる方法で、生理学的パラメーター(呼吸、循環、意識レベル)のみで4カテゴリーに分類するもので、医学的知識があまりない場合でも実施可能である。選別は病院などである程度時間をかけて行われる方法で、生理学的所見や解剖学的評価によって分類が行われる。 病院内でのトリアージは災害現場でのトリアージ実施の有無によりトリアージ部門を2つに分けることが重要であり、災害現場でトリアージを受けたものは直接病院の入り口で選別(Sort)を、トリアージを受けていないものは病院近くに設けたトリアージ専門部門でまず篩い分け(Sieve)を受けるようにさせる。こうしてトリアージ部門を病院外に設置することにより、機能の落ちている病院機能の更なる疲弊を防ぐことが大切である。

被災地外病院の対応

 機能の低下した被災地内病院で重症傷病者を治療することは不可能である。よって呼吸・循環管理を必要とする傷病者は被災地外への医療施設へ広域搬送される。対象となる疾患は、胸腹部外傷、頭部外傷、クラッシュ症候群、広範囲熱傷、その他の集中治療を必要とする傷病者である。しかし、搬送に耐えられないと考えられる症例や、両側瞳孔散大を伴う頭部外傷、呼吸・循環が維持できない症例については搬送の適応とならない。大災害時には被災地内病院はトリアージポストとして機能しなくてはならず、被災地内の災害拠点病院は一般病院から傷病者を受け入れ広域搬送拠点基地へ搬送することになっている。被災地内病院のマンパワーを考えると、これらの搬送中の治療を請け負うのは非常に難しいため、搬送中はDMATが代わって治療を請け負う。また、DMATは支援要請があれば被災地へ派遣され、被災地内での応急救護所活動などの災害現場活動に携わる。近年では探索救出(Search and rescue)と同時に医療を行うことの重要性が認識され、医療を付加したSRMが実践されている。この活動の発展形は瓦礫の下の医療CSM(Confined space medicine)とよばれるもので、訓練を受けた医療スタッフが瓦礫の下に潜り込み閉鎖空間内で重症傷病者に対して医療を行うことをさす。

 災害発生後にはこのように被災地内外の病院が情報を共有し、各々の役割を認識して協力体制を築くことが重要である。


災害医学と関連領域

(和藤幸弘、山本保博ほか・監修 災害医学、東京、南山堂、2009、p.11-21)

 医療はそれ自身が単独で成り立っているものではない。日常の医療はすでに築き上げられたシステムや整備された環境の中で行われているため、そのことを認識することはあまりない。しかしひとたび災害に直面したとき、ライフラインはもとより多くのものに支えられて成立していることに気づく。そのため、災害医学を考える場合、それに関わる幅広い分野を常に認識し、知識を持っていることが必要となる。今回はその点について地震を例にとって考えてみる。

災害時の人的被害は、

  1. 即死(instant death):建物倒壊とほぼ同時に死亡
  2. 遷延死(protracted death):即死以外の死亡
  3. その他の死亡(other complications):地震後の衛生環境の悪化などによる死亡
に、分けられる。

 さらに、遷延死には

がある。これらのうち、医療が直接関わることができる死亡は、preventable deathとその他の死亡である。

 このため、1990年代における災害医学のアプローチは、1)遷延死の存在を科学的に証明すること、2)preventable deathを同定して死亡にいたる機序を解明すること、3)preventable deathの救命方法を検討すること、を研究のプロセスとし、救急医療が介入する必要性を証明することと、具体的な介入方法を確立することを目指して検討されてきた。

 しかし実際、阪神・淡路大震災では建物倒壊による即死が多く含まれ、2004年新潟県中越地震の調査では、preventable deathは2人と判定されており、近年日本の地震被害の調査では救急医療が介入して救命できる可能性は死傷者全体からみればわずかである。

 一方、災害医学の行ってきたアプローチから視点を変えて、外傷死亡者の多数を占める即死をターゲットとし、それを防止する努力も有力なアプローチと考えられる。 たとえば建築工学である。これまで、建物の強度や構造などに関する研究が行われてきたが、特にわが国の免震、耐震技術は極めて高度先進的である。さらに異なる発想として、わが国では従来から、被災建物が損傷無し、半壊、全壊と大きく3つに区分されるが、岡田らは全壊と分類されるなかにも住人が死亡する場合と、ほとんど負傷しない倒壊パターンがあることに着目した。建物が倒壊しても、生存のための空間が存在すれば、即死の数を減少させる可能性があるのだ。このことから、大地震にも壊れない強固な建物を作るのではなく、生存空間を確保する壊れ方に導く構造を研究することは大きな意味があると言える。これは、今後の建築のみならず、既存の建物に応用することができる。さらに、死因や負傷のメカニズムとの関係の解析、生存空間を生み出す倒壊パターン、その倒壊パターンを発生させる建築方法の検討へと大いに期待される。現在、生存空間を残す倒壊パターンはほぼ決定され、その倒壊パターンを導く建築方法、既存建物の改造方法についてコンピュータによるシミュレーションで検討が続けられている。

 また、災害医学には災害対策が欠かせない。防災の出発点には、目標とする非常事態が発生した場合の被害予測が重要となる。従来の被害想定は過去最大の被害に基づいて行われるのが主流であった。一方で科学的な方法で導かれた予測式を使用した被害想定も行われている。科学的に受容される防災には科学的根拠が必要である。科学的根拠とは精度の高い評価と被害想定である。つまり、災害対策を講じるときや防災訓練を行うときには、被害想定ツールを使用した被害予測を基にした科学的根拠に基づく、精度を高めた被害想定を作成するところから始めるべきなのである。

 現在使用されている被害予測のための予測式にはいくつかあり、死者発生について建物倒壊のほかにも時刻、人口密度、などの影響を考慮したものも用いられている。今後、わが国各地における可能な限り詳細なデータベースの開発とさらに精度の高い被害予測式の確立が求められる。

 防災システムに関して、防災は、災害の被害による損失、社会的経済的余裕、被害に対する脅威などによって総合的に認識される。しかしこれまで、これらの要素は極めて漠然として、客観化されていない。災害時に使用するある物を購入するか否かを決定する際には、その物のcost/effectivenessを評価しなければならない。防災の場合にも同様かつ複雑なプロセスを経た評価が必要となる。これまでわが国の医学では客観化が行われなかった人的被害の経済的換算、社会におけるほかの部分の充足度、脅威の精神的負担、優先度などを数量化によって統合した客観的評価方法を開発しなければならない。


DMAT(災害派遣医療チーム)とは

(大友康裕、石原晋ほか・監修 プレホスピタルMOOK 9 DMAT、東京、永井書店、2009、3-12)

 救助隊員が,救出中は意識清明であった被災者が救出とともに急変し,心停止に至ったクラッシュ症候群,手足を挟んだ重量物を除去できず,現場での切断もできず迫り来る火の手に巻き込まれた例,ヘリコプター搬送も十分行えず,被災地内で適切な初期医療や手術・透析治療が受けられぬまま命を落とした例.1995年の阪神・淡路大震災では,このような「避けられた災害死」が多く存在した.死者数6473人のうち,平時の医療を提供したならば救命可能であった命(避けられた災害死)は約500名とされている.これを受け,災害医療を拡充し,「避けられた災害死」を減らす目的でDMAT(Disaster Medical Assistance Team;災害派遣医療チーム)が結成された.

DMATとは

 DMATの定義としては,「大規模事故災害,広域地震災害などの際に,災害現場・被災地域内で迅速に救命治療を行えるための専門的な訓練を受けた,機動性を有する災害派遣医療チーム」であるとされている.医師を中心に,看護師や調整員(事務員)などの医療従事者から編成される.

DMATの意義

 地震などの広域災害の被災地域内では多くの外傷・熱傷・クラッシュ症候群が発生する.生命の危機に瀕した重症傷病者の命は,発災直後から時々刻々と失われ,それに伴ってこれら傷病者への「救急医療のニーズ」も刻々と減少していく.従来の医療救護班は,発災後24〜48時間程度で被災地入りすることから,既に多くの避けられた死が発生してしまうこととなる.発災後数時間から被災地内に入り,「救急医療のニーズ」が高い時期から活動を開始できる事にDMATの意義がある.

米国と日本のDMATの比較

 米国DMATは,約35〜45名の医師,看護師などの医療者とされをサポートする100名を超えるロジスティック要員から構成される極めて大がかりなチームである.この為迅速な派遣は困難であり,災害時に救命医療を実施するタイミングで被災地内に入れる事は稀であるが,2週間にわたり自己完結的に活動を継続する事が出来る.

 日本版DMATは各地にある災害時に派遣可能な医療チーム(医療救護班)を基本とし,これに専門的研修・訓練を付加して養成することとした.その結果,ロジスティックス面ではやや不備があるものの,極めて迅速に被災地内に入って活動を開始できる機動性を備える事が可能となった.

米国:

日本:

日本DMAT活動指針

 平成18年2月,厚生労働省は「日本DMAT活動指針」を発表した.

DMAT運用の基本方針

 基本的にDMATは各都道府県に所属するもので,DMATの派遣は,被災都道府県からの要請に基づく.

DMATの任務

DMATの活動

 DMATの活動は,その災害規模ごとに,近隣で発生した大規模事故災害「@近隣災害」,遠隔地で発生した広域災害「A遠隔災害」,被害が極めて甚大な広域災害「B広域医療搬送」に分類できる.

今後の展望

 今後,地域ブロック毎に,研修拠点を整備し,DMAT研修を実施していく計画である.24時間いつでも200チームの出動を可能とするために,1000チームのDMATを養成する計画である.


院内情報の収集

(丸川征四郎、丸川征四郎・編著 経験から学ぶ大規模災害医療、大阪、永井書店、2007、p.80-82)

1.発災情報の把握

  院内で災害が発生した場合、その発災情報が適切な対応を指揮出来る部署、あるいは責任者に迅速に伝えられるかどうかは、平時に災害対応策が準備されていて周知されているか否かに左右される。

 しかし、発災情報の通報方法がいくら周知されても、24時間にわたってその情報を受け取り、次に伝えるシステムが確立されていなければ意味がない。災害の初期対応を円滑に開始するには、災害対応のための特別なシステムを設置するのではなく、日常業務の中に組み込むことが不可欠であることから、通報の受け取り手は、例えば電話交換室、守衛室、あるいは警備室など24時間活動している部門が活用されるべきである。通報の手段は通常、院内電話やPHSであるが、これらが使用できない場合の通報手段も周知すべきである。

 発災情報を最初に受け取った部署は、マニュアルに従ってその時間帯の責任者などへ通報することが不可欠な任務であるが、さらに、詳細情報の収集のために、また可能なら安全確保の応援のため現場へ出向くことが望まれる。

2.被災状況の情報収集

(1)収集すべき情報の種類

  1. 発生災害の状況:種類、発生場所、拡がり、程度
  2. 防災システムの稼動:人的対応と効果、自動システムの稼動と効果
  3. 二次災害への拡大:被災(構造)物と状況、発生の危険性
  4. 入院患者への影響:被災の状況、非難の要否と緊急度、被災の危険性
  5. 医療従事者への影響:被災の人数と程度、緊急治療の要否

(2)情報収集の手段

 発生現場の医療スタッフに点検させ、報告書をまとめさせる方法が一般的である。そのためのチェックリストも提案されている。しかし、院内発生の災害では、第1報を通報した医療スタッフは気が動転し、現場対応に追われており、冷静に状況をチェックする心の余裕も、時間的余裕もない。防災対応を指揮する部署から、あるいは隣接する部署から、現場へ情報収集のための、そして現場指揮のためにスタッフが派遣されるべきである。

(3)人的被害

 人的被害にかかわる情報は最優先で収集する。入院患者の安否確認と同時に職員の点呼を行う。もし負傷者があれば、直ちに治療を開始し、家族への連絡を試みる。

(4)情報の信頼性

 突発する災害に冷静に対応できる職員は限られており、多くの場合事態が飲み込めずに誤った情報を発信する。過大・過小評価であったり、時には誤認であったりする。このような事態は避けられないので、その情報を受け取った側が、表現や言葉を変えて、あるいは関連する状況について聞き出すことが必要である。しかし残念ながら最近の災害訓練にも、まだこのようなシナリオは企画されたとは聞かない。

 給湯配管の破損で噴出した蒸気を煙と見誤り消化器を探し回る事態は起こりうる。この場合、近くの火事なら焦げる臭いがあるはず、炎も見えるかも知れない、燃える音が聞こえるかも知れない、煙は黒味を帯びているかも知れない。そのような火災であることを傍証する事実が伴っていないか、聞き出すことが重要である。

 間接的な情報であれば、情報の脱落、歪みがあるかも知れない。受け取り手は必ず、どこの誰からの情報か、その情報提供者は現場を見たかどうかを確認し、情報の信頼性を検証する。これも災害訓練に組み込むべきである。伝言ゲーム的な情報の歪み・脱落を防止するには、平時から電話情報はメモ帳に記載して受け取り、必ず復唱して確認する習慣を身に着けることが重要である。

3.被災情報

(1)停電

 自家発電装置、無停電装置の導入によって停電による電動医療機器のトラブルは激減した。現在、収集すべき情報には、バッテリーの消耗による作動停止、非常電源コンセントに接続されていないための作動停止、切り替え時の短時間の停電による作動モードのリセットなどがある。生命維持装置、重要薬剤持続静脈投与装置などを優先的に、すべての装置の作動状態についての情報を収集すべきである。

 医療機器でない電動設備には、自家発電装置からの送電はほとんどない。これら設備で人体に直接影響するものとしてエレベータがあり、診療機能に重大な影響を及ぼす施設に冷暖房・空調装置・給排水装置、給湯装置など多くの装置がある。これらの停止による二次被災に対して、どの程度の代替が必要かを知るために情報を収集すべきである。

(2)火災

 近年、院内でガス器具は排除されてきたのでこれによる火災はなくなったが、漏電による火災は時々報じられている。漏電は、改修工事の後、古くなった配線やコンセントで発生することが多い。火災では燃焼や熱だけでなく、有毒ガスを含む煙による被災が大きいため、炎の広がる方向、煙の流れる方向にかかわる情報は重要であり、入院患者の避難路の選択を左右する。消火活動の有無やその効果、自動消化装置の稼動状態も患者避難の決定に重要な要因である。

(3)漏水

 給水管、給湯管、排水管などの緩みや破損による漏水は、それ自身が患者生命に直接影響するものではないが、二次災害として汚染や漏電を伴うことがある。したがって、漏水の場所と浸水状況についての情報は、二次災害の予測と予防に重要である。


異文化の中での看護活動

(山崎達枝、災害人道医療支援会ほか・編 グローバル災害看護マニュアル、東京、真興交易医書出版、2007、p.84-91)

 国際保健医療学について、日本国際保健医療学会では「1.国や地域での健康の水準や、保健医療サービスの状況を示す指標として何が適切であるかを明らかにし、2.国や地域間に見られる健康の水準や保健医療サービスの格差がどの程度を超えたら、受け入れがたい格差であり、その是正が必要と思われるかを明らかにし、3.そのような格差が生じた原因を解明し、4.格差を縮小する手段を研究、開発するための学問」と定義している。

国際協力を行う上での基本的認識

●日本の医療・看護が世界共通のものではない

 活動地域の文化・宗教などを受け入れ、習慣・慣習に合わせて行う看護が重要である。文化や言葉だけではなく、政治・経済・宗教・医療レベル・教育レベルを知ることも必要である。活動する上では 1.日本で行っている医療・看護をそのまま持ち込んではならない、2.現地で行う医療が正しいとか間違いであると決めつけることは極力避ける、3.積極的な治療が良い結果をもたらすとは限らない、ということを心がけるべきである。最も良い方法をチーム内で話し合い、統一した行動をとることが大切である。

●看護の対象を全人的にとらえる

 活動する国が違っても看護師の使命は「人を看る看護」であり、「人間の健康的な生活を支える」ことであることに変わりはない。価値観の違いや、現地の人の生活・信条・意識などに触れ、互いを認め合い、一緒にひとつのことを考え、ともに答えを見出していくことが重要である。

●エンパワーメントを考えた看護実践

 被災地における活動では、現地の人々が自らそれを行えるように指導すること、自立への支援が望ましい。最初は現地の看護師と一緒に看護を行い、看護の視点や方法を説明する。次に現地の看護師が中心となって行い、正しく行われているかどうかを見届ける。最終的には現地の人が中心になって行える、このような過程が望ましいといえる。支援することによって被災地の人々に依存という問題が生じてかないよう、活動の中心が現地の人であることを忘れてはならない。

●コミュニケーション能力

 英語が話せるから国際協力ができる、話せないから国際協力ができない、語学力があるからコミュニケーション能力が高い、という考え方は大きな間違いである。大事なことは、できるだけ被災地の言葉で話そうとする気持ちである。そのためには、あいさつ程度は、できるだけ現地の言葉を使う、現地の人々と一緒に現地の料理をいただき、和やかに食事をすることが大切になる。人々の触れ合いの中から信頼関係が構築され、看護が始まっている。

●世界共通なものは笑顔である

 被災者が安心・安堵できるのは、やはり身近にいる看護師の優しさと笑顔とスキンシップである。

●傾聴と共感

 言葉の壁があるが、相手を思う気持ちがあれば、ごく簡単なことは通じる。何とか理解しようとする気持ちが大切である。

●観察

 看護は観察に始まり観察に終わると言われている。表情の違い、バイタルサイン、全身状態などの観察を怠ってはいけない。なぜなら、症状に対する体調の変化は万国共通だからである。

●危機管理

 災害地では自助が基本である。自分の身の安全は自分で守ることが大切である。被災地の文化・慣習を尊重し、その中で危険な状況にあわないように考えなくてはならない。

異文化体験の報告

 2005年10月に発生したパキスタン北部地震に際して、著者は災害人道医療支援会(HuMA)の一員として、約1ヵ月間被災地の医療支援活動に参加した。現地ではイスラム原理主義がとても厳しく、女性は常に夫か家族の男性の保護の下で行動していた。診療開始前になると、受付前に男性が並び、受診予定の女性はテントの外で顔を隠すようにして順番を待っていた。診察の際も症状を直接女性に質問できず、まず、通訳に英語か日本語で伝え、通訳が付き添いの男性に現地語で伝え、そしてその男性が女性患者に質問内容を伝える。その返事は逆のコースで医師まで返ってくる。著者は通訳を介して「一日も早く誰にも気兼ねせず、顔を出して、社会に出て働けるといいですね」と伝えたところ、「かわいそうに…男の人と一緒になって働いて、気の毒に思えます」という正反対の返事が返ってきて、育った環境の違いに驚かされた。しかし、どのような文化・社会であっても、女性が男性と同様に医療を受けられる環境を作っていく必要性はあると痛感した。また、現地の現実を知らないがために、必要な看護ができない、日頃から他人の考えや価値観を認めたり尊重したりすることが大切であると感じさせられたミッションとなった。

まとめ

 災害看護は特別な看護師が行うものではない。しかし、普段から相手を知ることから始め、柔軟な頭をもつこと、多くの技術を身につけること、幅広い視点と応用力と受容力と強調性を持つことが大切である。国際看護は「国際協力をしたい」という意欲や、やる気、意欲だけでは勤まらない。必要なことは、目の前にいる被災者を他の救援者と協力し、看護を提供していくことである。

 最後に、国際医療(看護)とは援助・支援することではなく、現地の人々とともに働く協力者となり、よきパートナーとなるべきものであることを強調したい。


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