災害医学・抄読会 100910


災害医学と災害医療

(山本保博、山本保博ほか・監修 災害医学、東京、南山堂、2009、p.1-10)

 災害医療と緊急医療の決定的相違点は、前者は限られた人的物的資源のなかで、一時的かつ多数発生した患者を1人でも多く救命する事である。

災害の種類

災害とは

 「人と環境との生態学的関係における広域な破壊の結果、被災社会がそれと対応するのに非常な努力を要し、被災地域以外からの援助を必要とするほどの規模で生じた深刻かつ急激な出来事」である。

 →大別すると三種類。

  1. 自然災害(広域災害) ライフラインの途絶

     ex. 洪水、台風、集中豪雨、地震、津波、火山噴火

  2. 人為災害(局地災害) 医療機関正常・分散収容

     ex. 交通災害、ビル火災、都市大火災、炭鉱事故

  3. 特殊災害

     ex. 放射能汚染・有害物質汚染、複合型{人為+自然}

災害医学とは

 災害によって生じる健康問題の予防と迅速な救援・復興を目的としておこなわれる応用科学で、さまざまな分野や総合的な災害管理に関わる分野が包含される医学分野である、と言われているが、その中核は医療活動であることに疑いはない。

中核としての医療活動

 3T’s Triage,Treatment,Transportationをいかに迅速に行うかが重要であり、これに速やかに対応できる医療従事者の育成が災害医学教育の概念である。

  →CSCTTT
   Command,Safety,Communication,Triage,Treatment,Transportation



広域医療搬送

(大友康裕、石原晋ほか・監修 プレホスピタルMOOK 9 DMAT、東京、永井書店、2009、36-50)

目的

 被災地内の機能を失っている病院で重症患者を治療しても救命は極めて困難であると共に、被災地内医療機関へ多大な負担と混乱をもたらす。よって重症患者は被災地外へ広域に後方搬送し、機能の整った被災地域外の医療機関で高度な医療を提供し、救命につなげる。

流れ

(被災地内) 重症患者・・・頭・胸・腹部などの中程度の外傷
             クラッシュ症候群
             広域熱傷
       ↓
災害拠点病院・・・初期治療+広域医療搬送トリアージ
       ↓ヘリコプターor救急車
      広域搬送医療拠点(SCU)・・・1)広域搬送の適否の判断
                    2)広域搬送中の安全を可能にするための傷病者の安定化
                             3)搬送順位決定(トリアージ)
       ↓自衛隊航空機

(非被災地外)広域搬送拠点・・・申し送り
       ↓救急車
      災害拠点病院・・・平時と同じ高度な医療

広域医療搬送トリアージ・・・不必要な航空搬送を防ぐため「軽症で広域搬送しなく
ても死亡の危険がない症例」「極めて重症で広域搬送しても救命の可能性が望めない症例」を除外する。
                  
(適応外)
・重症体幹四肢外傷・・・FiO2 1.0下の人工呼吸でSpO?95%未満
                   急速輸液1,000ml後に収縮期血圧60mmhg以下
・頭部外傷・・・意識がGCS≦8またはJCS三桁で、かつ両側瞳孔散大頭部CTで中脳周囲脳槽が消失

(適応) 
・クラッシュ症候群・・・1,000ml急速輸液後の利尿がなければ8時間以内緊急度A
            あれば24時間以内緊急度B
・広域熱傷・・・重症ではあるが緊急性は高くないので、すべて24時間以内緊急度B
・体幹四肢外傷・頭部外傷



クラッシュ症候群

(田中裕、山本保博・監修 精神・中毒・災害、東京、荘道社、2007、p.271-276)

概念

 長時間、四肢や体幹が圧迫や窮屈な肢位を強いられた後に発生する。四肢骨格筋の損傷とこれによって引き起こされる循環不全や急性腎不全などのさまざまな全身症状を呈する疾患。

病因

 クラッシュ症候群の発生には骨格筋細胞膜の損傷と虚血・再灌流障害が関与する。 まず骨格筋細胞膜が圧迫により損傷し、圧迫部より末梢は虚血状態に陥る。骨格筋は完全な虚血で30分で浮腫や脱顆粒を生じ、常温4~6時間で非可逆壊死に陥る。圧迫が解除されると急速に浮腫が進行し次第に壊死する。この際の傷害因子は活性酸素種と考えられている。

1. 体液シフトと高カリウム血症

 血管透過性の亢進と細胞膜の傷害により再灌流後に局所の浮腫とカリウムの細胞外への流出が生じる。骨格筋に含まれるカリウムは全身の75%であるので容易に低容量性ショック、高カリウム血症に陥る。

 阪神淡路大震災での死亡50例のうち37例が受傷1時間以内に死亡しているがこの死因は高カリウム血症と体液シフトによる循環不全死であると考えられている。

2. 急性腎不全

 腎不全発祥のメカニズムは体液シフトによる腎血流量の低下と尿細管虚血、ミオグロビン、アシドーシス、高尿酸血症や高リン血症、腎神経の緊張など複数の要因が関与している。

診断

 クラッシュ症候群を疑うことは容易ではないが長時間下敷きになったといった受傷転機が明らかな場合には可能性を念頭に置き医療施設の選定をすることが求められる。

 クラッシュ症候群の場合一般に意識は清明で血圧も保たれており重篤感が乏しく、局所所見でも四肢の筋の座滅を思わせるような外表上の著しい変化を伴わないことが多い。一方で運動・近く麻痺はほぼ全例に認められるため脊髄損傷と間違われることも多い。鑑別点としては肛門括約筋反射は保たれていること、患肢が経過とともに著しく腫脹してくること、末梢動脈の拍動は触知され尿量は減少し赤褐色のミオグロビン尿が出現することが挙げられる。また心電図上のT波の増高(高カリウム血症の所見)、血液検査上の代謝性アシドーシス、ヘマトクリットの上昇、高ミオグロビン血症、高CPK血症、高K血症、低Ca血症なども有用である。

重症度

 クラッシュ症候群では血圧や脈拍といった循環動態の指標はあまりあてに出来ず、ヘマトクリットや血中カリウム、BE(ベースエクセス)が比較的よく重症度を反映する。

治療

 クラッシュ症候群の急性期治療は全身管理(高K血症への対処と体液管理)と局所管理(患肢への減張切開)に分けられる。

1. 全身管理

 輸液療法は低容量の是正と末梢循環の回復ならびに腎不全の予防のために行う。大量の晶質輸液(乳酸リンゲル)は不可欠であり、場合によっては12l/day(時間500ml)以上の量が必要となる。

2. 局所管理

 局所管理では減張切開の適応を決めることが重要である。

 減張切開を施行した場合には感染の危険性が増大し、また切開部から多量の体液やタンパク質を消失するため体液管理がかなり難しくなる。さらに止血しがたい創出血を合併することも報告されており、適応は厳重にする必要がある。

 具体的には組織圧が拡張期血圧を超えている場合は減張切開の絶対適応であり、30mmHg以上の場合には2~3時間後に再度組織圧を測定し、組織圧が前回より上昇していて、体表所見や神経学的所見の悪化を認めるときは減張切開を施行すべきである。



X線検査

(山本聡ほか、丸川征四郎・編著 経験から学ぶ大規模災害医療、大阪、永井書店、2007、p.210-216)

(1)病院が被災した場合:

  1. X線機器は電力に依存する比率が非常に高く、同様に水も必要とするので、電気・水の確保が発災時の活動の成否を左右する

     ? 非常用電源の確保

     電源不足のため十分な機能を発揮できない場合の対策について検討

  2. 動員可能な職員の確保

     ? 週間執務時間を考えると4分の3が執務外に発生すると考えられる

     したがって、災害対策は夜間などの執務時間外に発生することを前提とする


(2)病院が被災していない場合:

  1. 災害時の検査依頼方法と検査時の対応

    ? 緊急検査の依頼方法の確立

     患者情報・検査情報をできる限り正確に記録する

     検査の準備の間に傷病者の病状が悪化・急変する可能性があるので速やかに検査を施行できるように心がける

     傷病者の振り分けや撮像順の決定、造影検査の必要性や追加検査の指示なども短時間に行う

  2. 災害時のフィルムと画像診断レポートの取り扱い

    ? 画像診断レポートをトリアージタッグに直接記載できることが望ましい

    慎重な管理が重要で、傷病者取り違えのミスが起こらないようにする


(3)時期に応じた対策・対応

  1. 災害対応準備期:病院・自治体による訓練や備蓄、またライフラインの点検・整備が行われる

    ○最も理想的な環境はトリアージ現場と検査室が同一フロアに隣接すること

  2. 急性期:災害発生時に現場で対応する時期

    ○責任者・指揮命令系統を明確にし、現場全体で情報を共有する

  3. 慢性期:災害対策の検証を行う時期


(4)画像診断の役割:災害時は単純X線検査とCT検査が中心となる

  1. 単純X線検査:
     利点・・骨折の診断、特に四肢の骨折の診断に有用
     欠点・・小さな骨折の診断が難しい、軟部組織の情報に乏しい。体動に制限がある場合、良好な画像を得ることが困難

  2. CT検査:単純X線検査で診断が困難な部位の骨折の診断、実質臓器損傷、腸管損傷、心血管損傷、出血・血腫の有無など外傷診断の中心となる造影検査を併用することで血管損傷の有無、肝損傷や脾損傷の評価など


◇◆まとめ◆◇

 発災時におけるX線検査をはじめとする各種画像検査の有用性は非常に高い。多数の傷病者が搬送されてくる状況下では、検査室を円滑に運用することが重要である。そして、最適な画像を提供できるように他の医師・技師との連携が何より大切である。



災害看護分野の国際協力

(小原真理子、災害人道医療支援会ほか・編:グローバル災害看護マニュアル、東京、真興交易医書出版、2007、p.84-91)

 発展途上国は社会基盤が脆弱であるため、いったん災害が生じると被害が拡大しやすく、容易に復旧できないのが現状である。また、災害発生後の急性期において救出・救命活動が必要であるにもかかわらず、発展途上国では、平時から災害への備え(人材・資機材・システムなど)が不十分なために迅速な活動ができない、さらに、復興のための技術や経済も不足するため、災害サイクル全般にわたり国際社会の支援を求めることになる。

 国際医療協力の視点からみると、発展途上国の災害看護や災害医療の活動について、わが国に大きな役割が求められている。Gunnによると、国際協力とは開発、あるいは緊急目的で必要とされる国に対して行われるものとされ、救助方式として、1)国際連合などの国際機関、2)NGO非政府組織、3)赤十字、4)相手国と日本の二国間援助、の4つがある。発展途上国の自然災害や紛争などに対する国際救援・支援活動について、災害人道医療支援会(HuMA)災害看護研修委員会では発展途上国の自然災害や紛争などに対する国際災害看護の範囲を、また静穏期の防災をも含むものとして扱っている。


□災害医学論文集へ/ 災害医学・抄読会 目次へ