災害医学・抄読会 100709


災害直後における被災者へのケア、トリアージ

(渡邊智恵、南裕子ほか・編:災害看護学習テキスト、日本看護協会出版会、東京、2007、p.60-65)

はじめに

 トリアージとは、「災害時に、現有する人的・物的資源の中で、負傷者を緊急度と重症度により選別し、治療・搬送の順位を決めること」、つまり、「多数の負傷者が発生した場合、限られた条件の下で、最大多数に最良の医療を提供すること(The best for the greatest number of victims)」であり、個々の負傷者にとっては必ずしも最良の医療が提供されない場合もあり得る。トリアージは苦渋の決断を迫られ、専門的な知識と技術を必要とする。

1.トリアージの概念

 トリアージとは、災害で受けた傷病者の外傷や疾病の緊急度と重症度を把握し、現場での応急処置・搬送および病院選定などで、治療の優先度を決定することである。トリアージにより、「治療の優先度を確立」し、「混乱した現場の救急医療を整理すること」も可能となる。

 治療の優先度を決定するうえで最も重要なことは、緊急度と重症度の判定により、速やかに適切な処置を行うことである。救急時においては、生命に直結し、1秒でも早く治療を必要とする緊急度が優先される。

2.トリアージの分類

3.トリアージの方法

 トリアージを行う方法として、START(Simple Triage and Rapid Treatment)がある。STARTは、道具を使うことなく自分の五感を活用して、現場でも比較的簡単にトリアージができる方法として利点がある。

START法

  1. ステップ1:呼吸の評価:呼吸数
    • 呼吸なし → 死亡群(0:黒)
    • 呼吸回数30回/分以上or10回/分未満 → 緊急治療群(I: 赤)
    • 呼吸回数30回/分以下 → ステップ2へ

  2. ステップ2:循環の評価:Blanch test(毛細血管再充血時間)
    • Blanch test 2秒以上 → 緊急治療群(I: 赤)
    • Blanch test 2秒未満 → ステップ3へ

  3. ステップ3:意識レベルの評価:簡単な命令への反応
    • 応じない → 緊急治療群(I: 赤)
    • 応じる → 歩行できない → 準緊急治療群(II: 黄)
    • → 歩行可能 → 非緊急治療群(III: 緑)

4.トリアージの原則

  1. トリアージ実施者を周囲からわかるようにする
  2. トリアージ実施者は治療に参加してはいけない
  3. トリアージ実施者ができるのは、気道開放と止血の処置のみである
  4. 考えられる最悪の場合を想定して、トリアージカテゴリーに反映させる
  5. トリアージの判定に異議の申し立てをしてはいけない
  6. トリアージは1回で完結するのではなく時間の経過とともに修整される
  7. トリアージ・タッグは手や足に付ける(右手>左手>右足>左足>頸部)
  8. 黒のボールペンで記入をする
  9. それぞれの場所で実施トリアージ・タッグを回収する
  10. 古いトリアージ・タッグは廃棄せず、新しいトリアージ・タッグをその上から付ける



救助・救急体制

(横山雅巳、山本保博・監修 精神・中毒・災害、東京、荘道社、2007、p.224-228)

救助・救急体制について

1.広域消防応援体制

 消防機関は、通常管轄区域における責任を果たすことが基本原則となっているが、大規模な災害や特殊な災害が発生した場合は、都道府県や市町村の域を超えて消防力の広域的な運用を図る必要がある。そのため消防機関は相互応援に関して協定を結ぶなどし、大規模な災害や特殊な災害に備えている。

2.広域防災応援体制

 大規模災害発生時の対応については、関係機関があらかじめ協議し、応援要請の手続き、情報連絡体制、災害現場における指揮体制などについて具体的に定めておき、広域防災応援体制が迅速かつ的確に実施されるようにしなければならない。

3.緊急消防援助隊

 緊急消防援助隊は、国内で発生した大地震などの大規模災害における消防活動が効果的に実施されるよう、全国の消防機関相互による応援体制を構築するため、平成7年6月に発足した。創設当初は総務省消防庁が設置した要綱により運用されていたが、近年では消防機関の緊急対応体制の更なる充実・強化を図るため、法律で明確に位置付けられた。また被災地からの要請による出動に加えて、大規模な災害で2つ以上の都道府県に及ぶものや、毒性生物の発散などによる特殊災害等に対処するため特別に必要がある場合は、消防庁長官の指示による出動も可能になった。

4.医療体制

 大地震などの大規模災害の発生時には、外傷や熱傷の傷病者が同時に多数発生することが予想される。そのため厚生労働省の補助事業として災害医療センターの整備が進められている。

5.広域災害・救急情報システム

 広域災害・救急情報システムは、従来から都道府県単位で運用されていた救急医療情報システムに加えて、医療機関、医療関係団体、医師会、消防機関、保健所、市町村などを結んだ情報ネットワークからなっている。

 本システムは、平常時には医療機関から科目別の診察の可否、空床状況などの情報収集や、地域の医療機関、消防本部、住民等に対する情報提供を実施している。そして大規模災害発生時には災害運用となり、被災地内の各医療機関からの要請情報と被災地外の各医療機関からの支援提供情報などを収集するために運用されている。

6.広域医療搬送アクションプラン

 大規模災害発生時は傷病者同時に多数発生し、医療機関においても被災する可能性が高いことから、被災地内の医療資源が不足されることが予想される。このような広域的かつ大規模な災害に対して迅速に対応することを目的にこのプランが定められた。具体的には、大規模災害発生時における、被災地内外の医療機関、航空機やヘリコプターに同乗する医師、ヘリポートや飛行場などの広域医療搬送に必要な施設確保の必要性などが示されている。

考察

 上に挙げたような救助・救急体制は、平成7年の阪神・淡路大震災の教訓を踏まえて整備されたものが多い。今後、東海大地震やテロ災害などの大規模災害の発生が危惧されるなか、現在の制度よりも更に広域的で連携もスムーズな救助・救急体制が必要になってくるだろう。



災害医療における救護活動の阻害要因と対策

(丸川征四郎、丸川征四郎・編著 経験から学ぶ大規模災害医療、大阪、永井書店、2007、p.323-329)

 災害医療は、野外での医療活動を含むため、病院では起こりえない、あるいは想像を超えた阻害要因が存在する。その阻害要因と対策について述べる。

1.救護班

救護班の被災として、

  1. 自動車の故障など・・・エンジンなどの故障、タイヤのパンク、燃料切れ

  2. 車の被災事故・・・衝突、転落、崩落、火災、車の盗難、車上荒らし

  3. 道路事情・・・道路の寸断、通行できない狭い道路、ナビゲータにない道路、停電などで街灯が消灯、非難する人や車で大渋滞が挙げられる。

その対策としては、

  1. 専任運転手の確保、慎重な運転・安全走行の厳守。
  2. 車体と装備は出発前の救護班の準備時間を利用して入念に点検、地図を携帯。
  3. 出発から帰院まで定時的に病院事務あるいは後方援護チームへの経過報告すること。
などが挙げられる。

2.通信と情報

 通信と情報の阻害要因として、
  1. 携帯電話のバッテリーの消耗
  2. 被災状況に関わる情報の行き届きにくさ
がある。

 対策としては、

  1. ディーゼル発電機のコンセントを借りる、衛星無線電話システムを用いる。
  2. 種種のチャンネルを活用して情報を収集するとともに、特定の用件がなくても後方援護チームに定時連絡を入れ、救護班の活動報告だけでなく、災害情報と活動計画の共有化を図る。
などが挙げられる。

3.救護班スタッフの健康

 スタッフの健康を阻害する要因として、
  1. 種種の原因によるスタッフの身体損傷、内科疾患
  2. 生理的な現象:便意、尿意、空腹、渇水、疲労、睡魔
  3. 二次災害による拘束、異常気候による障害
が挙げられる。

 その対策としては、

  1. 露出の少ない服装を着用し、ヘルメット、メガネ、手袋などでさらに露出部を覆う。
  2. 安全な寝床の確保、計画的な救護活動。
  3. ホイッスル、懐中電灯、夜光塗料付指揮棒を携帯する。
などが挙げられる。

4.野外での救護活動

 野外での救護活動を阻害する要因としては、
  1. 天候の悪化:豪雨、暴風・突風、熱射、寒冷等
  2. 災害の波及:洪水、余震、火災、爆発、倒壊・崩落など
  3. 人的要因:秩序を保てない一部の被災関係者、医療需給バランスの不均衡
が挙げられる。

 その対策として、

  1. フード付の雨合羽、目保護用のゴーグル、ゴム靴などの準備。
  2. 二次災害に関する知識や経験をもつ消防隊や自衛隊の指示や助言を得る。
  3. ガードマンの役割を専門とするスタッフを投入する。
などが考えられる。

5.災害医療活動と法的考え方

 災害医療活動を行ううえで、問題点が発生する可能性がある。

  1. インフォームドコンセントを行う時間的余裕がない場合

  2. トリアージにおいて搬送の順位や治療の順位を判断する場合

  3. 災害救護活動での医療事故

 これに対する法的考え方を述べると、

  1. インフォームドコンセントを得るだけの時間的余裕のない緊急事態においては、インフォームドコンセントの要件を満たすことが免除されるという考え方に基づいて、医療行為は正当化される。

  2. 選別が時間的に猶予がない状況であることや合理的な判断に基づいて行われた場合には、「義務衝突」という考え方によって正当化される。

  3. 当事者の行為が故意、怠慢、意図した不作為明らかな無知に基づくものでなければ法的責任は問われない。
となっている。もちろん、災害現場を想定しての定期的、組織的訓練や、教育、準備がされていることが前提である。



緊急被ばく医療シミュレーション

(林 寛之、救急医学 31: 1543-1547, 2007)

はじめに

 以前は「緊急被ばく医療」という言葉は使われず、「緊急時医療」と呼ばれていた。原子力発電所を立地する立場上、政府は周辺住民には気を使っているものの、原子力発電所で働く者に対する法令は被ばく医療としてはなかったのである。事業所内で患者発生の際には法令がないので、事業所が独自で医療機関を探して受診しなさいというものであった。そこで、「緊急被ばく医療」とは、原子力発電所の事業所内従事者と住民とを区別せず、被ばく関連の患者は分け隔てなく治療しようという命の視点に立脚した医療と定義づけされた。そのために「いつでもどこでも誰でも」が最善の医療を受けることができるようにするとともに、医療関係者や搬送関係者がストレスなくスムーズに通常の救命措置が行えるように訓練を行い、知識のみならず技術を培うシミュレーション訓練が啓蒙されるようになった。

 緊急被ばく医療というと、原子力発電所の事故を想起することが多いであろうが、実際は原子力発電所というより密封線源を扱うマイナーな事故の方が圧倒的に数が多く、一般病院に患者が駆けこむケースが多いことが分かる。換言すれば、国を挙げての原子力発電所の原子力緊急事態の訓練は本当にまれな事象を想定して訓練しているのである。 〈シミュレーションの目的〉 放射線事故として、原子力発電所に起因する事故は非常にまれであるが、いったん事故が発生するとその被害の拡大は相当のものである。日常診療とはかけ離れた事象であるだけに、緊急被ばく医療に関してはシミュレーションを定期的に行っていく必要がある。 原子力緊急事態における流れは、国や地方行政、原子力事業所などが協力して事態の収拾に努める計画になっている。発生した患者は地元の初期被ばく医療機関から二次被ばく医療機関そして三次被ばく医療機関への救急医療の連携で搬送・治療していくことになる。

シミュレーション内容

 ここで「被ばく」と「汚染」という言葉があるが、実は「被ばく」患者に対しては医療従事者は全く防護処置は必要ない。つまり高線量被ばくといっても、医療従事者に向けて患者から放射線は出ているわけではないので、通常の医療を行えばよい。一方、「汚染」患者は、患者自身から放射線が発生し続けている状況であり、その線量を正しく把握し、素早く医療処置を行いつつ、汚染拡大処置をとる必要が出てくる。

 日本でもアメリカと同様な訓練が行われるようになった。緊急被ばく医療シミュレーションでは、サーベイメーターなどを使用した線量測定実習、汚染を伴う外傷患者の搬送・受け入れ・除染処置、内部汚染を伴う患者に対する被ばく線量測定、安定ヨウ素剤配布訓練などが主に行われている。

 まず、外傷患者が発生した場合、通常の救急患者受け入れと同様、受け入れ前に情報を受けるが、放射線が関連してくると特に気をつけなければいけない点がいくつかある。それは

などである。

 次に、放射線障害とは1〜2週間して起こってくるものであり、中枢神経障害をただちにきたすほどの高線量被ばくでない限りすぐその場で死亡するわけではない。つまり、外傷を伴う汚染患者がすぐ死ぬとすれば、むしろ外傷が原因であり、除染処置を優先するあまり、外傷が原因で死亡するなどということがあってはならない。

 また、感染症の際と同様に全身をくるむが、線量測定装置をつけること、手袋は二枚着用し、二枚目の手袋だけを頻回に交換することが、緊急被ばく医療での特徴である。感染症と異なりサーベイメーターを使用することでどこに汚染があるのかリアルタイムにすぐわかる点で、感染症よりむしろ扱いは容易である。

 最後に、われわれ救急医療を担う医療者は、基礎的知識さえ身につけて専門的放射線障害の程度は放射線管理要員にお願いして、通常の医療を行えばよいだけである。「むやみに放射線をこわがる」のではなく、「正しく放射線をこわがる・注意する」心構えさえあれば、シミュレーションを通じて自信を持って緊急被ばく医療にも立ち向かえるようになる。



救援者へのこころのケア

(弘中陽子、災害人道医療支援会ほか・編:グローバル災害看護マニュアル、東京、真興交易医書出版、2007、p.76-82)

ストレス対策の目標

1.救援者の場合

 自分自身のミッションの目的や役割を明確に。自分のストレス耐性を知る。

2.チーム全体として

 チームの目的、役割の確認。チームの中で健康管理を行う人を決める。

3.海外へ送り出す組織として

 救援者の勤務調整、残る側の勤務調整。

救援者が受けるストレス

1)危機的ストレス

 生命の危機を伴うような重大な出来事から

2)累積的ストレス

 長時間の活動、自己嫌悪、罪悪感等

3)基礎的ストレス

 共同生活や人間関係から

ストレス症状の自己診断

 a)周囲から冷遇されていると感じる、b)向こう見ずな行動をする、c)自分が偉大だと思いこむ、d)休息や睡眠をとれない、e)同僚や上司を信頼できない、f)けがや病気になりやすい、g)物事に集中できない、h)何をしても面白くない、i)すぐに腹が立ち 人を責めたくなる、j)不安がある、k)状況判断や意思決定にミスをする、l)頭痛がする、m)よく眠れない、n)酒やたばこが増える、o)じっとしていられない、p)気分が落ち込む、q)人と付き合いたくない、r)問題があるとわかりながら考えられない、s)いらいらする、t)物忘れがひどい、u)発疹がでる

ストレス反応を左右する要因

1.個人的要因

2.人間関係

3.周囲の状況

ストレスの処理法

1.自己管理

2.相互援助(バディ・システム)

3.ミーティングによるストレス処理

I) 活動前のブリーフィング
II) 現場でのデフュージング
III) 活動終了後のデブリーフィング


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