災害医学・抄読会 100702


地震:わが国の震災時の医療対応体制について

(近藤禎次、丸川征四郎・編著 経験から学ぶ大規模災害医療、大阪、永井書店、2007、p.412-422)

1.阪神・淡路大震災の教訓

 日本の災害医療の課題を明確にし、現在の災害医療体制を構築する契機となったのは、阪神・淡路大震災である。

 災害の被害により多くの傷病者が発生し、医療の需要が拡大する一方、病院も被災し、建物の被害、ライフラインの途絶、医療従事者の確保の困難などで従来の機能が発揮できず医療の供給が低下した。被災地における医療の容量をはるかに上回る患者が発生し、患者を被災地の外へ広域に搬送し、被災地外での医療を確保する必要が生じた。24時間以内に広域搬送することにより緊急医療を確保する必要があった傷病者は380名、その後の72時間までに必要とする傷病者は120名と見積もられる。しかし実際に震災当日のヘリコプターによる搬送は1名、72時間以内では17名であった。

 被災地で発生した大量傷病者の広域搬送の必要性が強く認識された。このような広域搬送を行うためには、医療と輸送、情報のシステムが連携した広域医療搬送体制の整備、緊急派遣医療チームの整備、拠点となる病院の整備が課題となる。

2.災害拠点病院

 わが国においては、この阪神・淡路大震災の教訓を受け、災害医療体制の核として、災害拠点病院が整備されてきた。県に若干数の基幹災害拠点病院を、二次医療圏を目安に災害拠点病院を指定した。災害拠点病院は、以下の用件を満たす必要があるとされる。

  1. 高度の診療機能
  2. 地域の医療機関への応急用資器材の貸出
  3. 自己完結型の医療救護チームの派遣機能
  4. 傷病者の広域搬送への対応
  5. 要員の訓練・研修機能である。

1.〜4.までは、すべての災害拠点病院に期待される機能であり、5.の訓練・研修機能は基幹災害拠点病院に期待される機能である。

3.DMAT

 DMATとは、「災害の急性期(48時間以内)に活動できる機動性をもった、トレーニングを受けた医療チーム」のことである。平成16年の新潟県中越地震の教訓から、災害時の医療支援を行うための訓練された医療チームの必要性が強く認識され、国による災害派遣医療チーム(DMAT)の整備が開始された。DMATは独立行政法人国立病院機構災害医療センターなどにおいて実施されている「日本DMAT隊員養成研修」の修了者により構成される。平成18年7月現在143施設の研修が修了した。DMATは厚生労働省、地方公共団体などから要請を受けた病院から派遣され、活動内容は急性期(概ね48時間以内)における医療救援活動を行い、被災地から被災地外へ患者を搬送する広域搬送や被災地内の医療活動支援を行う。

4.広域医療搬送

 大規模震災時には、重傷者の救命と被災地内医療の負担軽減を図るため、重症患者搬送に従事するDMAT・救護班を被災地外から派遣し、重症患者を被災地外の災害拠点病院などへ搬送し救命することが必要であり、これら一連の活動が広域医療搬送である。流れとしては、以下のように想定している。

  1. 地震発生後速やかにDMATなどが被災地外の拠点に参集し、航空機などにより被災地内の広域搬送拠点へ移動。

  2. 被災地内の広域搬送拠点へ派遣されたDMATなどは、拠点内に患者を一時収容する広域医療搬送拠点臨時医療施設(SCU)の設置を補助するとともに、一部は被災地の都道府県が調整したヘリコプターなどで被災地内の災害拠点病院などへ移動し、広域医療搬送対象患者を選出し、被災地内の災害拠点病院などから被災地内広域医療搬送拠点まで搬送。

  3. 搬送した患者をSCUへ収容し、広域搬送の順位を決定するための再トリアージ及び必要な追加医療処置を実施。

  4. 搬送順位に従って、広域搬送用自衛隊機で被災地外の広域搬送拠点へ搬送し、広域搬送拠点から救急車などにより被災地外の医療施設へ搬送して治療する。

5.政府の大震災対策

 防災上必要な諸施策の基本については、国・地方公共団体・指定公共機関などにおける各々の役割などが防災基本計画の震災対策編に定められている。しかし、東海地震や首都直下地震など各地震対策を推進するにあたって必要な対策の進め方を具体的に決めるため、地震ごとに策定されている計画もある。東海地震を例にすると下記の通りとなる。

  1. 東海地震対策大綱
  2. 東海地震応急対策活動要領
  3. 「東海地震応急対策活動要領」に基づく具体的な活動内容に係る計画

 「東海地震対策大綱」は、地震に対する予防対策、災害発生時の応急対策、復旧・復興対策など災害対策の全般についての全体計画の概要をまとめたものである。「東海地震応急対策活動要領」は、災害発生時における政府などの広域的活動の手続き内容などを具体化したものである。「東海地震応急対策活動要領に基づく具体的な活動内容にかかわる計画」は、「応急対策活動要領」の内容の一部をさらに具体的な数値などの目標を定めた計画であり、実際に地震が発生し、広域医療搬送を実施する際の広域搬送の目標患者数などが記載されている。内容は以下の4項目により構成されている。

  1. 救助活動、消火活動などにかかわる計画(救助・消火部隊の派遣・規模、活動拠点計画)
  2. 医療活動にかかわる計画(広域医療搬送、救護班派遣計画)
  3. 物資調達にかかわる計画(物資調達、物資拠点計画)
  4. 輸送活動にかかわる計画(緊急輸送ルート、緊急輸送活動計画)

 大綱・応急対策活動要領については、東海地震、東南海・南海地震、首都直下地震それぞれについて、平成18年4月21日までに策定済みである。また東南海・南海地震と首都直下地震に関しては、各専門調査会から被害想定が公表されており、現在この被害想定に基づいて広域医療搬送計画を作成中である。

6.まとめ

 震災は多くの傷病者が発生し医療の需要が拡大する一方、従来の機能が発揮されず医療の供給が低下するため、広域医療搬送が必要である。阪神・淡路大震災以降、災害拠点病院の整備、DMATの整備が行われ、それを基盤とした広域医療搬送計画が検討され、東海地震については具体的な目標、計画が提示された。今後は東海地震をモデルとして、他の震災時についても広域医療搬送計画を策定するとともに、その実効性を確保するためのさらなる体制整備や継続的な訓練の実施が必要である。



災害関係法規と防災計画

(横山正巳、山本保博・監修 精神・中毒・災害、東京、荘道社、2007、p.220-224)



災害医療におけるシミュレーション学習の実際 DMAT

(大友康裕、救急医学 31: 1521-1528)

DMATとは

 DMAT(disaster medical assistance team,災害派遣医療チーム)とは、災害現場に出動し救命医療を提供する医療チームのことである。医師を中心に、看護師や調整員(事務員)などの医療従事者から編成される。想定される主な任務は、災害急性期における被災地域内での情報収集、トリアージや応急治療、被災地域内医療機関の支援、被災地外への航空搬送である。

DMAT隊員養成研修会

 独立行政法人国立病院機構災害医療センターは、厚生労働省より委託を受け、「日本DMAT退院養成研修会」を実施している。医師、看護師、調整員を含む5名を1チームとして1回の研修で10チームを養成している。研修は4日間にわたり行われ、内容は災害時の医療活動についての基本的な知識取得のための講義、災害医療活動の机上演習、トリアージ、応急処置や通信の実技、SCU(staging care unit)の運営実習、自衛隊機実機を使用した訓練などである。

災害現場医療標準化の経緯

 従来より災害現場で提供するべき医療はトリアージ(triage)、応急処置(treatment)、搬送(transportation)の3T’sとして整理され、その大枠の概念は理解されていた。しかしDMAT隊員養成研修会を実施するにあたり、教育内容として災害現場医療の3T’sの概念だけでは不十分であり、災害現場で実施する医療の具体的な、かつ標準的な「診療指針」を策定する必要があった。

 2002年に発行された外傷初期診療の標準的診療指針であるJATECガイドラインにより、緊急度の高い外傷症例に対する診療手順とその理論背景が整理された。また病院前外傷初期診療ガイドライン(JPTEC)も病院外での外傷傷病者への標準的な対応指針を示している。さらに、英国で普及している災害現場医療の標準化研修コースであるMIMMS(Major Incident Medical management and Support)も、2002年より我が国でコースを展開している。これら3つを参考として、「災害時の診療指針」が定められ、これをもとにシミュレーション教育が実施されている。

災害時の診療指針

(1)標準的トリアージ基準

 「災害時の診療指針」の我が国における標準トリアージ基準は、災害現場に近いところで実施される一次トリアージと、それ以降の現場救護所で実施される二次トリアージの2段階のトリアージシステムである。一次トリアージはまず大きく軽症者、重症者、中等症者を短時間に分ける「ふるい分け」という考えで実施するものである。二次トリアージは、一次トリアージまで大まかにふるい分けられた傷病者を、現場救護所での処置や搬送の際に、その緊急度に従い「並べ替え」するものである。

(2)災害現場救護所の診療指針

 現場救護所では、トリアージカテゴリー別にそれぞれのテントに収容して応急処置を行う。災害現場で行われる治療は、安定化のための応急処置であり、決して根本治療を行うことではない。つまり「最大多数の傷病者を安全に医療機関へ運ぶために必要な最低限の安定化処置」を実行することである。この安定化処置は、JATECのprimary surveyに準じた蘇生治療である。また現場救護所でのSecondary surveyは、パッケージングの際には配慮が必要な損傷のみを検索し、適切にパッケージングを実施することである。

(3)災害拠点病院での災害時診療指針

 次に広域災害時の被災地内災害拠点病院での診療指針について紹介する。災害時、トリアージが実施される状況では、個々の傷病者は必ずしも最良の医療を受けることができない。同時多数の患者を診療する災害医療の状況では、それぞれの患者のprimary surveyだけをまず通して実施し、それぞれABCの安定化が図られた段階で、引き続きそれぞれの患者のsecondary surveyのみを実施していくという考え方が求められる。

(4)広域医療搬送トリアージ基準

 1000名を超える死者が発生する災害では、被災地外の医療機関に搬送し根本治療を施す「広域医療搬送」が政府によって実施される計画となっている。

(5)staging care unit(SCU)での診療指針

 「広域医療搬送」が実施される際、被災地内の空港もしくは自衛隊機地が広域搬送拠点として指定され、被災地内の重症患者を自衛隊機により被災外へ搬送する拠点となる。この広域搬送拠点に設けられる医療救護所をSCUと称する。SCUにおいて患者に診療を実施するのも、DMATの重要な任務である。SCUでの診療の目的は、@広域航空搬送最終判断、A安定化処置の要否判断と実施、B搬送順位決定の3つである。

DMAT隊員養成研修会におけるシミュレーション学習

 DMAT隊員養成研修会では、「災害現場トリアージ」「災害現場救護所」「災害拠点病院」「SCU」における診療に関して実習形式の研修を実施している。その際、前述の「災害時の診療指針」に基づいて実際に実施できることを目的に、シミュレーション教育を大いに活用している。実習の方法はJATECもしくはJPTECの手法を踏襲し、シミュレーターまたは模擬患者を使用し、受講生にあらかじめ定められた手順で模擬診療を実施させている。この標準的研修により、災害現場で活動する医師・看護師が「共通の知識・理論」のもと、誰が実施しても迅速で的確な診療が施されることとなる。また、多数の医療従事者が参集して活動する現場でも、行うべき標準医療を理解し「共通言語」を話すことにより、混乱のない災害現場医療が提供される。これにより災害現場医療活動が有機的に実施され、1人でも多くの人命が救われることが期待されている。



米国における都市捜索救助システム

(氏家 悟、プレホスピタルMOOK 4 多数傷病者対応、永井書店、東京、2007、p.215-224)

 危機管理先進国の米国では、崩壊した建物・構造物などの瓦礫の下に閉じ込められた負傷者に対し、高度な医療を含む包括的な捜索・救助活動を展開する都市捜索救助システムが構築されている。2001年9月11日の同時多発テロ以降は、大量殺戮兵器による高性能爆薬および爆風障害の医療ならびにNBC(Nuclear,Bio-Chemical)対応の医療も加わり、世界的に類のない救助部隊に進化している。

 連邦危機管理局(Federal Emergency Management Agency;FEMA)は米国における大災害などの緊急事態に対する連邦政府の中心的存在である。米国航空宇宙局(NASA)や中央情報局(CIA)などと同様に、政府から独立した機関として業務を行っている。

 国家応急対策計画(National Respons Plan;NRP)では、応急対策組織(Federal Respons Structur;FRS)と連邦緊急支援機能(Emergency Support Functions;ESFs)が規定されており、各省庁の災害対応機能によってESF-1からESF-15まで分類されている。それぞれのESFは主体的に任務を実施する28の省庁と支援する部局が連携して支援業務を実施する。ESFはあくまでも地方自治体および州政府の支援機構であって、地方機関に取って代わることはない。大災害時においては消防(ESF-4)、保健医療(ESF-8)、都市捜索・救助(ESF-9)、危険物対応(ESF-10)は、優先支援業務として発動される。

 都市捜索・救助組織は、国家としての都市捜索救助システムと国家として災害現場に投入する実戦部隊の都市捜索救助部隊(National Urban Search and Rescue Task Force;FEMA USAR)がある。大災害が起きたときNRPに基づいて、DHS/FEMAは、大統領の緊急事態宣言が発令された災害において、州政府および地方自治体に対し国家都市捜索救助支援(EFS-9)を行うこととなっている。

 国家USARシステムは地方政府を支援し、建物などの崩落現場において閉じ込められた生存者を捜索・救助することを任務としており、そのため様々な専門技術を集約して運用している。1985年のメキシコ地震、1988年のアルメニア地震、1989年のロマプリーター地震などで、崩落した建物の中での捜索・救助の専門技術の必要性が国民・政府に認識されるようになり、ロマプリーター地震の被災地であるカリフォルニアで最初のUSARが発足され、以来全米で展開され現在の体制に至った。

 USARとは、「崩落した構造物の下敷きになった被災者に対する対応、捜索、接近、医療措置および安全な救出をするための科学である」と定義されている。効果的なUSAR対応の条件とは、1)災害直後の迅速な救助、とくに72時間以内の救出、2)物資・応援の望めない被災地での自己完結型と洗練された自給自足の医療能力を有することと定義されている。

 USAR1の部隊編成は、捜索、救助、医療、特殊技術、構造物、危険物、通信、NBC、ロジスティックおよび救助犬とハンドラーの専門家からなっている。さらに同時多発テロ以降は大量破壊兵器対応チームの危険専門家が追加されている。隊員の資格は各ポジションによって必要な要件と、共通の用件が規定されている。

 USAR医療チームはNDMS(National Disaster Medical System)登録によって登録された隊員からなり、連邦政府職員として州を越えての治療が可能となる。大量破壊兵器の負傷者の治療、閉鎖空間の医療および負傷者の応急処置と同時に、チームの健康管理のための公衆衛生、風土病、地域レベルでの医療、水、栄養、休息、ストレス管理、さらに救助犬のチェックまで担当している。

 FEMAのトレーニングプログラムでは5日間11ユニットが標準であり、閉鎖空間の医療を重点的に、国家の防災対策、関連省庁とUSARシステムとの関連、公衆衛生などの基本から大量破壊兵器による負傷者の治療、瓦礫症候群関連などの実技・総合訓練を行う。

 日本でもDMAT200チームが配置され、都道府県DMATの運用も一部で始まっていて、消防機関の救助部隊との連携が密になり、瓦礫の下での医療が可能になってきている。



被災者へのこころのケア

(小原真理子、災害人道医療支援会ほか・編:グローバル災害看護マニュアル、東京、真興交易医書出版、2007、p.71-75)

 日本では阪神・淡路大震災以降PTSDという精神医学用語がなじみのある言葉となっているが、現在は「こころのケア」という言葉が災害救護活動上身近なものになっている。国際救援活動上でも身体的問題だけでなく、心理的問題があることも忘れてはいけない。しかし、日本で行うこころのケアとは多少異なり、彼らの文化を考慮に入れたケアが必要である。

 被災者が経験する主な被災ストレスは大きく二つに分類される。外傷を負うなどの生命危機ストレスと避難所ストレスなどの生活環境ストレスである。また、ストレスに遭遇することで、被災者には様々な反応が起き、時間の経過とともにその反応は変化する。そして、その変化は災害の大きさや被害の受け方、などによって異なる。多くの被災者は災害直後には、通常とは異なる感情や考え、行動を示すがそれを「異常な事態における正常なストレス反応である」と認識することは支援者だけでなく、被災者自身にとっても重要な理解につながる。そして、被災者の多くは時間経過とともに正常な精神状態へと戻っていく。ここで重要となるのは災害後の被災者に対する有効な援助であり、それがあれば被災者の回復力は促進される。そのため災害直後の被災者に対するこころのケアは、被災者のその後の回復の大きな力となる。

 難民の中には強烈のトラウマを受け、生きる希望を失った者が、その患者や家族にとって良い判断とされる伝統医療(traditional medecine)を受けるようにすることも重要である。カンボジア難民救援活動やクルド難民救援活動からそのことも理解することができる。

 国際救援活動の中で、こころのケアを行う際には被災者が持つニーズを理解し、必要なケアを提供することがこころのケアにつながることを理解する。基本的なコミュニケーションスキルの習得。癒しの3Tと言われる「話す、泣く、時間の経過」が持つ意味を理解する。現地にある伝統医療の活用とその是非ついて確認する。こころのトリアージを行い、必要時には精神科を受診させる。地元のこころのケア担当者との連携を図る。撤退時には今後の方針、継続ケアについても話し合う。といった留意点がある。

 以上のように海外の被災地でのこころのケアは日本で行うものとは違う考えをもって臨む必要がある。


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