災害医学・抄読会 100618


Let's start 災害医療 (1): 災害は進化する

(福家伸夫、救急医療ジャーナル 14巻1号、p.36-38、2006)

1.災害とは何か

 世界保健機構救急救援専門委員会で承認された定義によれば、災害とは「人と環境との生態学的な関係の広範な破壊の結果として、被災地の対応能力をはるかに超えた生態系の破壊が起きること」である。つまり原因・理由を問わず人の生活環境を脅かすものはおしなべて「災害」であり、それは人の生活環境の変化とともに変化するものなので、災害対策もまた人の生活環境の変化とともに変化してゆかねばならない。現代社会、特に大都市ではその特性上災害が起きやすく、しかも大規模なものになりやすいため、その対策もまた大規模にならざるを得ない。

2.災害医学とは何か

 世界保健機構救急救援専門委員会で承認された定義によれば、災害医学とは「災害によって生じる健康問題の予防と、すばやい救援・復興を目的としておこなわれる協働応用科学」である。つまり発災前から発災、救援、復興、防災といった災害のサイクルのあらゆる位相でその有効性を発揮するものでなくてはならず、その関係分野は多岐にわたる。

3.災害の分類

 災害はその発生機序により三つに分けるのが通例である。

  1. 自然災害

    多くの形態があり、それぞれの地理的特性により何が起きやいか、またどの程度の被害になるか予想することができる。予想がしやすい分対策が立てやすいが、災害がもつエネルギーが桁外れに大きなものであることも多く、対策が無意味になることもある。

  2. 人為災害

    社会の構造の複雑化に伴いその重要性を増している。典型的な例として、高速輸送手段での事故、工場や発電所での事故、テロリズム、内戦などがある。

  3. 複合災害

    自然災害と人為災害が混在しているもの。戦争を前提とした環境破壊が想定されている。

[関連事項]

災害医療

 大規模災害等により、対応する側の医療能力を上回るほど多数の医療対象者が発生した時に行われる医療を指し、医療体制・避難場所の準備・食料支援の確保・PTSDのケア・ボランティアの組織・災害派遣医療チームの連携などのすべてを包括して言われるものである。

 関連施設として基幹災害医療センター・地域災害医療センターがあり、いずれもドクターヘリの離発着場所と平時からの医薬品の備蓄が必要とされている。

基幹災害医療センター

 原則都道府県に一つ。地域災害医療センターの機能を強化するための、訓練・研修機能をもつ。

地域災害医療センター

 原則二次医療圏に一つ。高度の診療機能、広域搬送への対応機能、医療救護チームの派遣機能、応急用資器材の貸出し機能をもつ。

災害派遣医療チーム(DMAT)

 医師、看護師、業務調整員(救急救命士、薬剤師、放射線技師、事務員等)で構成され、大規模災害や事故などの現場に急性期(おおむね48時間以内)に活動できる機動性を持った、専門的な訓練を受けた医療チーム。日本DMAT、都道府県DMATがあり、前者は大規模災害時に全国から派遣され、広域医療搬送・SCU(ステージングケアユニット)・病院支援・域内搬送・現場活動などが主な活動となる。後者は域内災害時において現場医療活動を行う。都道府県DMATは平成16年に東京DMATが発足。その他の道府県でも配備が進んでいる。域内災害においては消防と連携して活動し、消防の判断によりDMAT指定医療機関へDMAT出動要請が出され、要請を受けた指定医療機関ではDMATを編成待機させる。 消防にDMAT連携隊が組織されている地域で連携隊を利用して出動する場合、消防は医療機関へ連携隊を派遣し、DMAT隊員は連携隊の専用車両で発災現場に出動する(最近は病院所有のドクターカーで出動する場合もある)。一方、DMAT連携隊が組織されていない地域、もしくは連携隊を利用しない場合は各病院の保有する救急車等で発災現場へ出動し、災害医療を行う。

災害のサイクル

 ・・・→発災→急性期(救助期)→亜急性期(復興期)→慢性期→静穏期(災害予防期)→前兆期→発災→・・・



トリアージ

(瀬尾憲正、災害人道医療支援会ほか・編:グローバル災害看護マニュアル、東京、真興交易医書出版、2007、p.41-49)



テロ災害(神経毒ガス、有機リン系化学物質、生物兵器)

(奥村 徹、丸川征四郎・編著 経験から学ぶ大規模災害医療、大阪、永井書店、2007、p.404-411)

 テロ災害は、CBRNE(Chemical,Biolodical,Radioactive,Nuclear,and Explosive;化学、生物、放射性物質、核、爆発物)を中心とする原因が注目されている。今回はその中で神経毒ガス(有機リン系化学物質)と生物兵器について記載する。

1.神経毒ガス(有機リン系化学物質)

 アセチルコリンエステラーゼ (AChE) の働きを阻害
(ex)タブン・サリン・ソマン・サイクロサロン・VXガス

<経過>

<症状>

 ★Intermediate Syndrome…曝露後1〜4日経ってから、筋力低下や呼吸筋麻痺をきたす。アセチルコリンエステラーゼ (AChE)阻害の遷延化による

 ★OPIDN…曝露後2〜3週間後の筋線維束性収縮を伴わない遠位筋筋力低下(Oranophosphate induced delayed neuropathy)。

<診断> 中毒を疑うことがPoint!! (沢山の被災者発生では、毒性の化学物質への曝露を考える)

<トリアージ>

<治療>
 *初期対応要員は適切な防護衣を装着するまではHot zoneに近づかない。

2.生物剤

 …細菌・ウイルス・微生物が産生する毒素が用いられる。

<特徴>

<診断> 生物兵器が使われたことを疑うこと!!

 症候群サーベイランス…一定の症候の組み合わせ(表1)を呈する患者が急増した場合、バイオテロを疑う。

(表1)バイオテロを疑わせる症候

  1. 風邪症状
  2. 成人急性呼吸窮迫症候群
  3. 発熱を伴う血性・水様性下痢
  4. 発疹を伴った発熱
  5. 中枢神経症状を伴った発熱

<対応> 通常の感染対策と基本は同じ!!(標準予防策と感染経路別対策)



JR羽越本線列車事故

(加藤 譲、プレホスピタルMOOK 4 多数傷病者対応、永井書店、東京、2007、p.276-285)

はじめに

 2005年12月25日(日)、羽越本線特急「いなほ14号」の脱線事故で、5名の死者と40名近い負傷者を出した。事故に対応した医療機関の一員、そして地区のメディカルコントロールにかかわっている一員として、事故と各機関の対応を振り返り、活動の問題点・教訓を整理する。

事故の概要

 天候;吹雪(みぞれ)、気温;4.3℃、風向き;西北西、風力;9.3m/秒(最大19.5m/秒)、暴風雨・波浪警報、雪崩・雷警報発令中(2005年12月25日20時)。

 19時14分頃、最上川鉄橋を超えたところで、羽越本線特急いなほ14号(乗客43名、ほか3名)が脱線転覆(原因は調査中)。前3両は脱線横転、先頭車両は堆肥小屋鉄骨に衝突、くの字に変形。後3両は脱線するも線路上にとどまる。

             

消防機関の初動

 事故の第一報は乗客の救急隊員より19時20分に酒田消防に入り、32分に先着隊が事故現場に到着。状況把握後、本署に「尼崎と同じ。」と連絡した後に乗客の救出作業を開始した。40分に近隣の消防機関に応援要請、42分現地指揮所設置。さらに55分には山形県広域応援隊への出動要請をしている。また19時28分、第二陣で出動した救急車の救命士が医療機関に連絡を開始した。20時12分以降、各応援隊が到着し、乗客の救出、医療機関への搬送を行った。

                       

医療機関の対応

 庄内余目病院、山形県立日本海病院、市立酒田病院、本間病院、鶴岡市立荘内病院、そして日本海病院からの派遣医療班がそれぞれ対応した。

検証

Command & Control (指揮命令系統・調整機能は?)

Safety (安全性の確保は?)

Communication (情報収集・情報交換・共有は?)

Assessment (災害現場・体制の評価は?)

Triage (トリアージは?)

Transport (搬送は?)

おわりに

 6両の特急列車の脱線転覆事故のわりには、負傷者の程度は概ね中等症・軽傷だった。乗客の少なさ、雪の上を滑ったということが関係している。これにより現場・医療機関での活動の問題が大きく露呈せず、助けられた側面がある。災害現場の体制は柔軟であるべきで、状況の変化を見ながら体制を柔軟につくりかえていく、場合によってはそれを指揮者・統括者に進言する能力を各組織が培っていくことが大切であると痛感した。



精神科治療を要する被災者

(近澤範子、南裕子ほか・編:災害看護学習テキスト 概論編、日本看護協会出版会、東京、2007、p.125-130)

1.精神科治療を要する被災者のケアニーズ

1) 精神科的問題を発生するリスクの高い人

  1. 社会的ダメージや住居家屋の被害が大きかった人
  2. 身内や親しい人を亡くした人
  3. 精神科既往歴のある人
  4. 脆弱性を有する人―災害によるPTSD発症の要因として、心的外傷に暴露される以前から存在する脆弱性(精神障害の遺伝負因、幼少期の心的外傷体験、神経症的傾向など)があげられる。
  5. 高齢者
  6. 子ども

2) スクリーニングの必要性

 災害後に生じる心理的反応は、長期化・慢性化するほど重症となり、治療に困難を増すといわれていることから、PTSDをはじめとする治療を要する精神症状について適切なスクリーニングを行い、早期に専門機関につなぐ援助が必要になる。

2.精神科治療を要する被災者の見極め

1) スクリーニングの方法

 精神医学的スクリーニングは、災害後3週間から1カ月経過して症状が半ば固定した時期に行うことが望ましいといわれている。まず包括的な精神健康に関する質問紙や面接によって簡単なスクリーニングを行い、その後、精神科医が診断面接を行う方法が勧められている。IES-R(改訂 出来事インパクト尺度)は翻訳・洗練された簡単なチェックリストであり、被災者のみならず援助者のスクリーニングにおいても広く活用されている。

2) スクリーニングにおける課題

 チェックリストを用いて被災者のスクリーニングを行う際には、プライバシー保護ならびに個人情報と取り扱いに十分配慮しなければならない。

 精神科経験を有しないボランティアの看護職にもチェックリストや観察項目とその利用方法および判断や対応に関する手引きを整えるとともに、専門チームとの連携体制を整えることが課題である。

3.精神科既往歴を有する被災者への援助

1) 急性増悪と再入院

 阪神・淡路大震災の際には、被災地の精神病院への入院のほとんどがかつて治療歴のあった人の急性増悪だった。

2) 急性増悪の要因

 精神科通院中の被災者の場合、通院・服薬が中断することによる症状再燃の危険性は 極めて大きい。また、被災によって住み慣れた場所を追われ、避難所などの集団生活を余儀なくされることによって対人関係のストレスが増強することも、急性増悪の要因となる。

3) 援助の要点

 災害によって精神科外来医療の機能が停止するとき、それを補うシステムをいつ早く稼働させ、医療を継続的に供給することが、精神科既往歴を有する被災者ならびに通院治療中の被災者にとって、症状悪化の予防と緊急対応への最重要の課題となる。

  1. 服薬継続への援助

    避難所での被災者への個別の声かけとかかわりを通して精神障害者を見出し、通院している医療機関を教えてもらい、主治医との連携によって服薬の集団を考え実行する。

  2. 避難所での暮らしへのサポート

    避難所での集団生活で、精神障害者が集団から排除されたり、症状増悪した場合には速やかに調節に入り、本人や家族と話し合ったり、集団のまとめ役を担う人と話し合うなどしてサポートする。

  3. 倫理的配慮

    避難所という環境では、いったん事例化してしまうと、ことさら問題視して排斥しようとする傾向があるため、慎重な対応が必要である。

4.他職種連携体制

 災害後速やかに精神科救護所を各保健所に設置し、精神科医、臨床心理士、看護職などのボランティアによるこころのケアチームとの連携により、精神医療の供給を滞らせないこと、精神疾患の急性増悪や発症への危機介入、精神科治療を要する被災者のスクリーニングと対応などに当たる体制づくりが必要である。


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