災害とは何か(瀬尾憲正、災害人道医療支援会ほか・編:グローバル災害看護マニュアル、東京、真興交易医書出版、2007、p.16-30) |
「災害」という言葉には様々な定義があり、災害医学の権威であるGunnは「重大かつ急激な出来事による人間とそれを取り巻く環境との広範な破壊の結果、被災地域がその対応に非常な努力を必要とし、時には外部や国際的な援助を必要とするほどの大規模な非常事態のことをいう」としている。
災害には被災地域のインフラストラクチャーを含む対応能力が大きく関与している。環境破壊の程度が同程度であっても災害の大きさは国や地域で異なる。災害は人間とそれを取り巻く環境との相対的関係で成立するもので、環境破壊の規模や激しさだけでその災害の程度を単純に規定することはできない。
b. 災害の種類
地震災害は地震の大きさ(マグニチュード;M)、強度、震源地からの距離、地盤の脆弱性、建築物の耐震性、人口密度、発生時間など様々な因子の影響を受ける。一般にM5以上になると建物の被害が発生し、人的被害も発生する恐れがある。地震はそれ自体で建築物などの崩壊による被害を生むが、火災、山崩れ、津波などの二次災害が発生するとさらに被害が拡大する。
津波は海底地震や海底火山の噴火による海底の急激な上下変動によって発生する。通常はM6.5以上の地震で発生するといわれている。陸に押し寄せた津波は大きなエネルギーをもって家屋や人を押し流し、繰り返し襲うことで被害は大きくなる。津波の伝播速度、高さは水深と関連しているが、地震の大きさ、海底の地形、到達する湾や陸地の形状などによっても異なってくる。
台風、洪水、竜巻、火山噴火被害、干ばつがあげられる。台風や火山噴火被害に関しては、ある程度予測が可能で前もって災害対策が立てられる。
人為災害としては、列車事故、飛行機墜落事故、ガス爆発、火災、化学物質の放出、放射能漏れ、テロなどがあげられる。ただし、国際的な災害援助が必要な人為的災害は限られる。
社会的、経済的、政治的にきわめて不平等な状況に置かれている国家や地域で、主に政治的要因として非常に大きな騒乱状態によって、人々が社会生活を営むのが脅かされた状態であり、それに対し国際社会が介入を試みる事態を人道的緊急事態と呼ぶ。
a. 急性期
発災後1週間までの時期をいう。発災後48時間までを救出・援助期といい、被災者の捜索と救助の時期(phase-0)、次いで外部からの系統的救出・援助の時期(phase-1)となる。救出・援助が行われる中で、傷病者の緊急度と重症度に応じたトリアージが開始される。被災現場での医療とともに、トリアージに従って、被害地域からの重傷者の後方搬送を含む救急医療体制が動き始める。時間の経過とともに、被災地内での救急医療体制や外部からの医療チームの参入、後方地域での救急医療支援体制が充実するようになる。
b. 亜急性期
発災後2〜3週間までの時期をいう。救急体制や避難所設営はほぼ確立する。主な診療対象は内科的疾患に移る。感染症の蔓延など二次的疾病に対する医療が求められるようになる。
c. 慢性期
発災後2〜3年までの時期をいう。災害に対する復旧・復興期であり、医療体制も通常の体制に復帰する。被災者の自立支援や保健衛生対策の確立と充実が図られる。
d. 静穏期
慢性期のあと、次の災害発生までをいう。災害に対する被害の実態調査や救助・援助活動や医療活動の評価が行われ、来るべき新たな災害に向けて防災計画の立案とともに訓練や備蓄などの対策が行われる。
e. 前兆期
災害は繰り返し起こるものであり、次の災害への防災準備を行うべき時期を前兆期とする。災害によっては予知や予報により被害を最小にできる。情報伝達を確実に行うことにより、避難の呼びかけや誘導を行うとともに救援対策を立てることができる。
急性期における医療のニーズはダイナミックに変動するため、7’Rs(right information, right time, right place, right person, right materials, right coordination and cooperation, right treatment)が重要である。正しい情報を基に、適切な時期・場所で、適切な人が適切な医療資材を駆使して、適切な調整・協力を受けて、適切な治療を行うことである。情報が乏しいphase-0では心肺蘇生術、外傷・骨折・出血などに対する一次的処置が行われる。救出・援助された傷病者は外傷の内容や程度、vital signに基づいてトリアージが行われ、重傷者は後方搬送される。phase-1では本格的な救出・援助が開始される。
その後、災害状況が次第に判明し、災害に対する体制が徐々に立ち上がり、組織的な救助活動や医療活動が始まる。災害における系統的な対応としてCSCATTTが重要といわれている。C; command(命令系統の統一)、S; safety(安全の確認)、C; communication(情報伝達)、A; assessment(評価)、T; triage(トリアージ)、T; transportation(搬送)、T; treatment(治療)である。また、医療者が救助チームに同行し災害現場で医療活動を行うことが注目されるようになった。現場で救出後の救命処置や重大な医学的判断、瓦礫の下の医療を行うことにより、発災後48時間以内の死亡を少なくしようとするものである。災害現場での医療活動として、1)一般的な救急救命措置、2)絶望的阻血四肢に対するターニケット装着、3)瓦礫の下の医療、がある。
1)には死亡判定、心肺蘇生、止血、胸腔ドレナージ、骨折固定などがあり、これらの一部は救助チームでも可能であるが、医療チームが参加することで、より高度な救命措置が実施できる。
2)はクラッシュ症候群などを防ぐための処置であり、この処置は患肢を犠牲にして救命するという高度の医学的判断を要する。
3)は救助チームの補助のもとで、医療チームが瓦礫の下まで入り、救命のための外傷処置を行うことである。
発災後48時間以降の救急医療期では外傷治療が中心であり、救急救命処置を要する外傷、ショック、挫滅症候群の治療が優先されるが、被災地内の医療施設では施設自体が被災している。そのため、限られた医療資源とマンパワーのもとで、これらの治療を行わなければならない。被災地外の後方病院への迅速な搬送が重要である。
亜急性期には外科的疾患は減少し、救命処置が必要でない外傷処置の割合が増える。また、一次創処置後のケアや二次災害による外相処置なども増える。一方、避難所における医療ニーズが増加し、内科的疾患が増える。被災地の感染症蔓延の予防、トイレ・水の管理など保健衛生活動も重要な仕事である。精神的ケアも、専門家を交えて早期から対応する必要がある。亜急性期の後半になると災害別の特徴が少なくなり、疾病構造は被災地の環境状態(住宅環境、衛生状態、食糧事情など)に影響されるようになる。
兵庫県では、県の保健行政機関、約300の医療機関、約40の消防本部、県・地域医師会、血液センターなどが加わった「広域災害・救急医療情報システム」を整備している(図1参照)。
平時にはこれをインターネット化して救急医療システムとして運用している。
大規模災害時にはこのシステムを「災害モード」に切り替えることで、システム参加医療機関の間で必要項目について情報交換ができるようになる。具体的な情報としては、1)診療の可否、2)ライフラインの状況、3)医薬品の備蓄状況、被災した場合には 4)転送要請患者数、5)医療スタッフ要請数等を、被災を免れた場合には 6)受け入れ可能患者数、7)医療スタッフ提供数などである。
エリア災害などでさらに迅速な対応が必要な場合に備えて、「緊急搬送要請モード」が導入されている。これは、大事故発生を最も早く知った消防機関などが発信して切り替えられるモードであり、そのため地域的なシステムであるが、災害の状況に応じて「災害モード」へと切り替わっていく。(緊急搬送要請モードは、明石歩道橋事故の教訓から導入されJR福知山線列車事故で活用された。)
2. 地域保健所
地域保健所には地域医療情報センターがあり、災害時には情報収集を行う。
3. 消防機関
メディカルコントロール(1.救急救命士に対する医師の指示体制、2.救急活動の医学的見地からの事後検証体制、3.救急救命士の再教育体性)などを通して、医療機関と消防機関の平時からのさらなる連携が図られている。
4. 地域医療機関
災害時には平時を超える医療提供は不可能であり、災害救急医療の向上には平時から地域医療機関が災害救急システムを積極的に活用し日常のものとする仕組みが必要である。そのために、兵庫県では災害救急システムを平時は救急システムとして広く運営している。
医療救護活動(図2参照)
災害時の医療救護は一時的には市町行政の責務であり、医療機関の診療能力を超える患者が発生する可能性があれば、市町行政が臨時の救護所を設置する準備に入る。医療救護班の派遣調整のイニシアティブについては、市町行政が混乱を極めることが予想されることからも、広域を担う都道府県行政がとるべきである。都道府県行政は短い調整機関の中で医療救護班に被災地情報を提供し、携行すべき装備や到達手段などを協議・選択する。医療救護班側も、自らそれなりの予測を持って活動準備をすべきである。その際は被災地の状況を斟酌して、寝食を含めて可能な限り自己完結できる準備もしなければならない。
地域医師会と医療救護班は、都道府県行政や市町行政との密接な連携が必要である。
災害が発生すれば、日本赤十字社の医療救護班は独自に、あるいは都道府県の医療救護班と一体となって被災地に派遣される。災害医療に関する日赤のノウハウは極めて優れている。日赤血液センターとの連携により、血液製剤などの確保ができる体制を準備することも重要である。
イギリスの大事故災害医療支援の指針(Major Incident Medical Management and Support:MIMMS)は、体系的な災害医療対応を実現するために必要な7項目であるCSCATTT(指揮・統制:Command and control、安全:Safety、情報伝達:Communication、評価:Assessment、トリアージ:Triage、治療:Treatment、搬送:Transport)を提唱している。
一般に指揮は、組織内の縦の命令系統を意味し、統制は組織間の横の権限構成を示す。各機関の情報をまとめ、各機関間の統制を図ることが極めて重要である。また指揮体制に指揮階層があることも念頭におく必要がある。災害現場は、内側警戒線と外側警戒線という二重の警戒線によって区分されている。内側警戒線の内側のエリアは災害現場そのものであり、MIMMSではブロンズエリアと呼称されている。外側警戒線は、通常は現場全体を含んでかつ半径数百メートルの範囲に敷かれるもので、外側警戒線の内側のエリアはシルバーエリアと呼ばれる。その外側はゴールドエリアとされる。このようにブロンズ、シルバー、ゴールドという3つの指揮階層が存在する。
2) 情報伝達体制
指揮命令系統および統制を円滑に機能させるためには、情報の組織間共有が最重要であり、そのための情報伝達体制の確立が必須である。伝達すべき情報の基本項目(発信者名・チーム名、大事故災害の「宣言」あるいは「待機」、正確な発災場所、事故災害の種類、危険性についての現状と拡大の可能性、到達経路・進入方向、傷病者数と重症度、必要な救急組織)を把握することが大切である。
3) 準備
情報伝達の準備の他には、安全の観点からの個人装備と、医療装備の準備が必要である。個人装備は、安全性に加えて、機能性・耐久性・快適性を兼ね備えていなければならない。個人装備以外に災害医療に関わる装備には、トリアージに必要な用具、処置・治療に要する用具、患者の固定・搬送に必要な用具がある。
4) 災害現場における拠点と主要部門の配置
災害現場で医療を展開するために設営が必要な主たる部門は、1)指揮本部、2)救急指揮所、3)トリアージエリアないしトリアージポスト、傷病者集積所、4)現場救護所、5)救急車待機場所、6)救急車進入路、7)救急車による傷病者収容場所、8)救急車退出路である。
5) トリアージ
トリアージとは、傷病者に対して、限られた人的・物的資源を最大限に活用して最大多数の傷病者に最善の医療を提供する場合において、傷病の緊急度や重症度を迅速に評価して優先順位決定を行うことである。トリアージの実施にあたり留意すべき点は、分類した優先順位が“実施した時点での”優先順位であることである。従って、可能な限り繰り返し実施する必要がある。
一般的にトリアージの方法は、プライマリートリアージとセカンダリートリアージの2段階で構成される。プライマリートリアージは、主に傷病者発見現場で、救助者が傷病者の状態を最初に迅速に評価するために行われ、「待機できる傷病者」と「救命するために迅速に治療する必要がある傷病者」を分類するものである。わが国では、Simple Triage And Rapid Treatment(START)法が汎用されている。その他、British Triage Sieve法、Australian Care Flight Triage System法などがある。セカンダリートリアージは、主に現場救護所で、プライマリートリアージの実施後、さらにトリアージに投入可能な医療資源がある場合に実施する。現場医療チームが汎用する生理学的評価項目に解剖学的評価項目や受傷機転、属性などを加味した方法や、トリアージ用改訂外傷スコア(Triage Revised Trauma Score:TRTS)を用いた方法がある。
6) 治療
治療の主たる目的は、安全かつ円滑・迅速に傷病者を医療機関に搬送できるようにすることであるため、ABCの確保、すなわち確実な気道確保(A)、適度な換気(B)、安定した循環(C)を得ることが必要である。各緊急支援組織が発生現場に到着し、指揮・統制体制などが機能するまでは、安全確認のもとでトリアージに引き続き一次救命処置が実施される。いったん災害現場でのシステムが機能すれば、現場救護所に活動拠点を変えて、二次救命処置や専門治療、さらには搬送のためのパッケージングが実施される。搬送のためのパッケージングでは、移送中の安全性を高めることが重要である。
7) 搬送
災害時には、傷病の程度にあった傷病者を、適切な時間に、適切な場所に搬送することが必要であり、これにより災害現場の負担を軽減することができる。留意点として、搬送体制の整備の他、収容能力や入手可能性、適合性を考慮した搬送方法の選択があげられる。搬送の優先順位は、セカンダリートリアージや現場治療やパッケージングの完了の程度などから総合的に判断する。また重症傷病者は分散搬送が原則である。円滑な搬送を実現するためには、関連組織間の機能的な情報伝達体制が不可欠である。
国内外で開催されるサッカー大会において最も頂点に位置する大会がFIFA(国際サッカー連盟)が主催するFIFAワールドカップ(WC)大会である。サッカーは世界中で最も普及しているスポーツであり、FIFAWC大会はサッカー1種目の競技大会でありながら熱狂度、客動員数、共にオリンピックを凌ぐ世界最大級のビッグスポーツイベントである。国際大会は国家の威信をかけた戦いともいわれ、時にクラブ間の戦いから民族間、宗教間との争いに発展する。またサッカーに特有なフーリガンは暴動を引き起こす。過去には試合に関連して多数傷病者の事例が多く発生しておりその為近年のWC大会開催国は常にその危機管理体制の全国的な規模での確立を図っている。
2002年FIFAWCは大会始まって以来のアジア開催かつ、日本・韓国の2ヶ国開催であった。期間は2002年5月31日〜6月30日までの31日間に渡り、日本においては10地域、6県と4市(札幌市、宮城県、新潟県、茨城県、埼玉県、横浜市、大阪市、神戸市、大分県)の自治体のもとで32試合が開催された。また試合だけではなく国内25地域において25ヶ国代表チームがキャンプを行い、パブリックビューイングが全国で約110回開催され、FIFA主催の音楽コンサートも開催された。しかし開催する上で救急・集団災害医療体制を考えるにあたり、最も危惧されたのが日本におけるスポーツイベントなどのMass-gatheringにおける救急・集団災害に対する認識が希薄で体制が確立されていないことであった。開催が決定した後、各開催地域WC準備委員会は医療体制を含めた運営体制に対して準備をしていたが、しかしながらフーリガン、NBC(核・生物化学)テロなどによる集団災害への対応は1地域、1組織では困難であり全国的な規模で考えなければならない事項であった。そこで82年スペイン大会、98年フランス大会の調査をもとに、救急医による集団災害医療チーム、全国的な集団災害医療ネットワーク構築が必要と考え、集団災害医療計画(Mass-gatheringにおける集団災害医療体制−2002年FIFAワールドカップ大会における集団災害医療体制モデル−)が作成された。
この計画で必要と考えられた組織構成と機能を以下に示す。(1)集団災害医療対策本部・・・集団災害発生時の医療対応全般の統括を図り、総括責任医師・消防・警察・大会関係者の書く責任者によって構成され災害発生時には各責任者同士が直ちに協議できる機能を持っている。(2)通信情報センター・・・本部内または本部に近接した場所に設置し、集団災害発生時にすべての災害状況を集約し本部に伝達し、情報の統括、調整を図る。(3)医療救護班1.〜3.に分け、集団災害発生時には各医療救護班が連携し傷病者の対応にあたる。また随時通訳者と連携がとれるようにする。1.スタジアム内医療救護班・・・通常はスタジアムにおいて選手・FIFA関係者・VIP・観客に対する一般的な救急医療を担当する。2.集団災害対応医療班・・・通常はスタジアム外のアクセス管理エリア内で一般的な救急医療に対応する。集団災害時にはスタジアム内医療救護班と連携をとりながら現場救護所設営とトリアージおよび現場診察・搬送にあたる。3.ヘリ搬送医療班(医師:1、看護師または救急救命士:1)・・・ヘリポートエリアで待機し通信情報センターの指示によりヘリ搬送・診療業務にあたる。(4)後方病院・・・JAWOC指定後方病院、災害拠点病院、地域医師会・病院などの後方病院とは本部・通信情報センターとのホットラインを準備し、災害拠点病院においてはNBC災害を踏まえた特殊災害対応医療班なども準備しておく。
厚生労働省科学研究による大会終了後のアンケート調査報告によると、回答を得た9開催地域で集団災害対応プランが検討され実施されている。1試合における総医師数の平均は22.2人で回答を得た全ての開催地で救急医もしくは救急に精通した医師が配置されており、1試合あたり平均7.7人であった。スタジアム外において集団災害医療体制を考慮に入れた範囲はスタジアムアクセス途中までが8開催地、WC大会関連イベントが5開催地、市街地4開催地、練習会場1開催地であった。集団災害医療体制をとる時間は1試合あたり開門前平均4時間、試合終了後平均1.87時間であった。NBC対応を含めた災害訓練については実際の会場を使用した訓練はすべての開催地で行われ、1開催地あたり平均1.67回実施されていた。机上訓練は平均1.8回、7回の机上訓練を行った開催地もあった。埼玉会場では集団災害に対応するため消防警戒部隊の配備・災害発生時の部隊増強や救急医からなる災害医療チームと消防が連携できるように体制を構築した。また、通常の九級医療体制と集団災害発生時の医療体制に分けて対応し、開催自治体と大会運営主体であるJAWOCとの役割分担することにより集団災害対応を明確にした。搬送に関しては救急搬送のほかに越谷防災基地を離発着場所とした埼玉県防災ヘリによるヘリ搬送を行うこととした。搬送先として都内を中心とした6ヵ所の病院を選定した。横浜会場では横浜市消防局にW杯消防警戒本部を設置し、国際競技場での試合の有無や日本代表チームでの試合日程などを考慮して警戒体制をA、B、C、Dの4ランクに分け警備を実施した。
実際の日本における傷病者・重症度のほか疫学的データが分析された。1)日本の総傷病者数は1661人であった。2)観客1万人あたり12.1人で、全体の93.9%が軽症であった。3)観客1万人あたりの傷病者数は気温と風速に関係したが、観客数やスタジアム収容率とは関係は認めなかった。4)会場へのアクセスが容易でない地域はスタジアム周辺傷病者数、および外傷症例数が統計学的に有意に多かった。5)熱中症、脱水症例は気温が高いほど統計学的に有意であった。
2002年FIFAWCにおいては幸いにして集団災害は発生しなかった。これは警察および消防の事前体制強化が大きな要因であったと考えられる。試合会場およびその周囲、歓楽街にはサポーターの暴走を警戒し各地域で多数の警察官が配備された。また水際作戦も実施され、大会期間中安全対策上の理由から入国拒否した外国人は65人でそのうち出入国管理法改正で新設されたフーリガン条項が適応されたのは19人であった。
WC国内各開催地域において、消防、警察と連携した救急医による救急・集団災害医療体制が準備・実行されたことは特筆すべきことで、これは自治体、国、JAWOC、医療、消防、警察、自衛隊、大会関係諸機関が1つの目的を成し遂げるために多大な労力でお互いが歩み寄り成し得た結果であったと考える。規模の違いはあるにせよ野球、サッカー、音楽コンサートなどは日常的に行われているMass-Gatheringにおける集団災害の可能性は今までと変わらず存在している。これらの日常的なMass-Gatheringに対する救急・集団災害医療体制の構築に目を向けていくことが重要である。
災害は、外傷体験による様々なストレス反応に加えて、近しい存在の喪失体験、生活・習慣の変化といった二次的なストレス反応などの心身への深刻な不調をもたらす。一部の人ではその不調が長引き、顕著な精神症状として、自覚されるようになり、外傷後ストレス障害(PTSD:Post-traumatic Dtress Disorder)やうつ病などの精神科的問題が顕在化してくる。ここでは、その災害による心理的影響について知識を整理し、看護職によるこころのケアの要点を提示する。
〇心的外傷後のストレス反応とその経過
心的外傷を被った人は様々な心身の変調を外傷後ストレス反応としてきたし、概ね以下のような経過をたどる。
心的外傷直後、極度の緊張と恐怖にかられ、茫然自失となり、感情や理性を失って適切な行動がとれなくなる。
外傷後ストレス反応に翻弄される時期が続く。過剰覚醒(些細なきっかけで恐ろしい記憶がよみがえり、苛々して感情の起伏が激しい状態)と感情麻痺(ぼうっとして、引きこもりがちになり、人と交流できない状態)の反応が二相性に生じる。
外傷後ストレス反応はほとんどの場合時間経過とともに消失していく。しかし中には不調が改善されないばかりか特定の症状が持続し、専門的な治療援助が必要となる。DSM-Wでは症状が2日間〜4週間続く急性ストレス障害(ASD)と、1ヶ月以上続く外傷後ストレス障害(PTSD)に区別している。
被災直後には、自我機能やセルフケア欠如が見られるので、それを補う。身体的に危険な状態から保護した後は、被災者に寄り添い、また定期的に訪問することで見捨てられ感を低減する。ただ、被災者は初期にはこうした援助者に心を開きやすいが、被災体験を個人的なものと感じがちであり、共有体験を持たない人には次第にこころを閉ざしがちである。そのため、比較的早期から現地に赴き、生活の援助を通してコミュニティに溶け込むことが大切である。
2)身体面や生活への援助を通してこころを支えること
災害によって住み慣れた住居やコミュニティを失い、避難所や仮設住宅に身を寄せる人々にとって、何よりもまず身体の安全が保証されること、食物や水の確保、排泄の場や休養と睡眠のとれる環境が整うことがこころの安定につながる。それゆえ、被災者のセルフケアの欠如を補いながら、環境を整えることが大切である。
3)話を聴くこと:アクティブ・リスニング(積極的傾聴法)
※「喪の作業」とは喪失体験について語ることで様々な感情が表出され、ありのままを受け止められるようになる過程を指す。
被災者が自らの体験を語ることは、被災体験の外在化と自己コントロール感の回復、体験の統合の促進につながると同時に、感情表出の機会ともなり、「喪の作業」の意味でもきわめて重要である。
そのためにアクティブ・リスニング(積極的傾聴法)は有効な技法である。被災者が話しやすい場を設定し、聞くことに専念し、共感的に受け入れる。ただし、外傷体験を語ることのリスクについて十分に考慮し、話すように強要しないこと、話の主導権をとらないことが重要である。また、無理に聞き出そうとするのではなく、訪問を繰り返し「気にかけている」と関心を寄せていることを示すのも有効な工夫である。時には感情的になり、やり場のない怒りを聞き手にぶつけられることがあるが、怒りの後には悲しみが訪れ、聞き手がその怒りを受け止めることで「喪の作業の」助けとなる。
4)心理教育
被災者が体験している心身の変調について、それらが災害のストレスに伴う正常な反応であって、時期が来れば消失するということを理解できるように援助し、回復への見通しをもてるように保証することが大切である。
まず、1)心的外傷後の正常なストレス反応とその回復過程、治療を要するASDやPTSDに関する専門知識、2)現実的な感じ方や考え方を取り戻す方法について、わかりやすく講義する。次に、参加メンバーに順次、被災体験を話す機会を提供し、個人的な思いや感情を共感的・受容的に傾聴する。このようなアプローチは、被災者にとって、自らの体験を語ることを通してストレス反応に気付き、自分を取り戻すきっかけになると同時に、参加メンバー相互の共感や体験の共有をもたらし、心理的サポートを促進する。
5)ストレスマネジメント
被災者がストレス反応を自覚し、自らストレスを緩和することにより自己コントロール力を高められるように具体的な方法を指導することは、回復の促進に役立つ。方法としてリラクセーション、呼吸法、イメージ法、漸進的筋弛緩法などがあり、被災者の状況に応じて簡易的な技法を指導することが望ましい。
6)倫理的な配慮
避難所は雑居状態にあるため、こころのケアを目的に被災者から個人的に話を聴く際には、特にプライバシーの保護に注意しなければならない。声のトーンを落とす、人目につかない場所に移動する、などの配慮が必要である。また、対話後の記録や個人情報の取り扱いについても、同様に十分な配慮が必要である。
7)要治療者の見極めと専門家との連携
心身の不調が軽減せず、重症化する場合には、できるだけ早期に専門的な治療を受けられるよう援助する。そのため、要治療者を早期に見極め、専門の医療機関などにつなぐことが大切である。判断の目安としてPTSDのスクリーニング用のチェックリストを用いることなどが有効である。
8)連携体制づくり
災害が発生した場合には様々な機関、職種、立場の人々が救援活動に携わるため、統一がなされず、しばしば混乱を招くことも少なくない。特に災害後の精神保健活動の第一線業務であるアウトリーチは、精神科医や精神科ソーシャルワーカー、看護師、保健師、臨床心理士などの多職種連携のもとで展開される。これらが効果的に連動し得るように、災害対策マニュアルの中に連携体制づくりを盛り込むことと併せて、多様なスタッフへの知識提供、問題事例へのコンサルテーションを適宜提供できる仕組みづくりが望まれる。
筆者らが兵庫県立大学大学院看護学研究科21世紀COEプログラムの活動の一環として取り組んできた『災害時のこころのケア・パッケージ』の開発は、そのような連携体制づくりに役立つことを目指して、精神看護の知識をもたないボランティア看護師にも活用できるように、被災者のこころのケアに関する知識・技術を使いやすくまとめたものであり、実用化に向けてさらに精錬し、活用方法を検討していくことが課題だと考えている。
行政・地域との連携
(太田稔明、丸川征四郎・編著 経験から学ぶ大規模災害医療、大阪、永井書店、2007、p.42-50)
要旨
救急医療
災害現場の医療活動
(森村尚登、山本保博・監修 精神・中毒・災害、東京、荘道社、2007、p.250-262)
A.災害現場医療対応の原則
B.災害現場医療活動の運用
C.ステージングケアユニット(SCU)
FIFAワールドカップ大会
(勝見 敦、プレホスピタルMOOK 4 多数傷病者対応、永井書店、東京、2007、p.247-257)
被災者のこころのケア
(近澤範子、南裕子ほか・編:災害看護学習テキスト 概論編、日本看護協会出版会、東京、2007、p.108-119)
災害による心的外傷とストレス反応
被災者へのこころのケアの要点