災害医学・抄読会 100312


災害の定義

(増野園恵、南裕子ほか・編:災害看護学習テキスト 概論編、日本看護協会出版会、東京、2007、p.2-10)

 災害の原因となる現象や状況をハザードという。ハザードは「人命や財産、活動にマイナスの影響を及ぼし、災害の原因となるような稀で非常な自然現象や人為的な状況(国際連合)」と定義される。ハザードには地震や暴風雨といった自然現象以外にも、大規模な火事や工場などでの爆発、列車事故や飛行機事故なども含まれる。また、世界各地で発生している戦争や紛争、あるいはテロ行為などもハザードの一種である。さらには、アフリカやアジア地域で特に問題となっているHIV/AIDSの流行、SARSや鳥インフルエンザなど世界的な大流行をもたらす感染症などもハザードとして注目されてきている。

 では災害とはどのように定義されるのであろうか。日本における災害対策の基本となる法律「災害対策基本法」の第二条では、「暴風、豪雨、豪雪、洪水、高潮、地震、津波、噴火」その他の異常な自然現象又は大規模な火事もしくは爆発その他その及ぼす被害の程度においてこれらに類する政令で定める原因により生ずる被害をいう」と定義されている。その他にもさまざまな災害対策・対応に関する法令において災害について定義されている。これらに共通するのは地震をはじめとする異常な自然現象や大規模な火事、原子力緊急事態などさまざまな原因によって生じる“被害”を災害と定義していることである。

 先ほど述べたようにハザードは災害の原因となる。しかしハザードが存在するからといって災害が必ず発生するわけではない。例えば毎年夏になると日本列島を襲う台風や暴風雨により被害が発生するのは森林伐採によって山林の保水力が弱まり、宅地開発によって地盤の弱い地域などに人が住んでいるためである。一方、同じ強さの台風や暴風雨でも太平洋の真ん中の誰も住んでいない場所で発生したのであれば人の生活や生命に影響がなく災害とはみなされない。災害の発生はハザードとその発生場所、つまり人が生活する場や社会の脆弱性との関係で考えなければならない。

 社会の脆弱性とは我々が暮らす社会が災害の原因となる現象に対してどの程度強固さを兼ね備えているかということであり、自然的素因と社会的素因の2つの側面が存在する。

 自然的素因とは地形、地質、気象、気候などの自然的条件による脆弱性のことである。日本は国土は狭く、山から海までの距離は短いため、自ずから川は急流となり、多量に降った雨により河川の氾濫が起こることもしばしばであり、土砂災害なども発生しやすい。このように日本に各種災害が発生しやすい理由の1つとして日本のもつ地質学的・気象学的な条件が、災害に対する脆弱性をつくり出していることがある。

 次に社会的素因とは人間の活動によって生じる脆弱性であり。具体的には以下の3つが挙げられる。

  1. 危険地の開発

    日本は狭い国土に多くの人間が生活しているため、活断層を避けて住宅を建設することが至難の業である。多くの住宅が活断層の上に立っているため地震による被害を受ける可能性が高い。

  2. 人間関係の希薄化、核家族化

    日本では近年、地域社会のつながりが薄れ、住民同士の互助機能が低下しているといわれている。また、核家族化が進み高齢者のみの世帯数も増加している。このような社会では災害発生時には被害の拡大を招きやすいことが指摘されている。

  3. 貧困

  4. アジアやアフリカの一部地域では貧困のために豪雨や地震に耐えられる住宅などの生活状況が備えられておらず災害による被害が大きくなることが多い。

 災害は平常時の社会の状況を如実に反映するといわれている。つまり、何らかの原因によってひとたび災害が発生すると、その災害が引き金となり新たな災害が次々と誘発され被害が拡大していく。このような現象は社会的機能が十分に働いていない社会では顕著にみられ、被害は平常時に社会的に弱い立場にある人々に集中しやすい。災害対策を考える際には災害の直接原因となる事象のみでなく、災害による社会への影響を左右する人が生活する場、社会の脆弱性を理解することが重要である。



災害時初動体制の仕組み

(菊池志津子、小原真理子ほか監修 災害看護、東京、南山堂、2007、p.188-194)

 災害発生時には想定外の出来事が頻発する。その解決が遅れると混乱を招くことになります。速やかに指揮命令機能を持つ本部を立ち上げ、安全の確保、適切な情報の集約をすることが大切である。また、職員は情報を共有し、triage、treatment、transportationを進めるべきである。

1.災害レベルの設定

 予想される災害を想定し、あらかじめ対応レベルを決めておくことが大切である。1例として国立病院機構災害医療センターの例をあげる。

レベル0

 救急センターのみで対応できる場合。

レベル1

 救急センターの対応能力を超える場合。日勤帯は病院長を本部長とした対策本部を設置し、通常の診療体制はおおむね維持し対応する。例:近隣のバス横転事故など。

レベル2

 災害が大規模で病院全体の対応を要する場合。病院長が決定し、院内放送により職員に知らせる。日勤帯は外来を中止し、予定手術を延期し院外職員を招集する。夜間・休日は当直リーダー医師が暫定本部長となり、正式本部が立ち上がるまでの指揮をとる。例:近隣の列車事故、特殊災害(放射線被爆、サリン)など。

レベル3

 レベル2と同様に病院全体の対応を要するが、事態の収束までに長期間を要する場合や、病院自体にも何らかの被害が出ている場合。被害の程度は3A(被害なし)、3B(被害はあるが診療可能)、3C(診療不能)の3段階に分ける。例:直下型地震、院内災害(火災、爆発など)

2.対策本部の対応;指揮命令、統率・調整

 対策本部は混乱を最小限に抑え組織的な活動を展開するために、指揮命令、統率・調節を行う最も重要な部門である。具体的な役割としては状況把握・情報発信、災害レベル決定(外来や予定手術の中止決定、新設部門立ち上げ指示)、災害情報収集・院内被害状況の把握・安全管理・情報管理、職員の配置状況把握・安否確認、外部連絡通信手段確保・物資関連業者との連絡調整、避難経路・避難先の確保、輸送手段の確保、医療継続の準備、マンパワーの確保、配置指示、マスコミ対応、関係機関との調節、避難・受入れ・派遣の決定等である。

3.病棟の対応

 一般病棟において看護師長は本部の指揮の下、医師と連携し初動を開始する。看護師長の適切な指揮命令は、入院患者への対応や被災患者の受入れなど、看護師の災害看護活動を円滑にし患者の不安を軽減することにつながる。

4.情報伝達体制の整備

 災害時における対応として情報伝達は指揮命令、安全対策に次いで重要な要素である。各種連絡網の整備は、初動時に冷静に行動するための重要なポイントになる。

(1)職員の連絡網の整備

 具体的な連絡網は 1)病院管理者緊急連絡網、2)看護師長緊急連絡網、3)災害派遣メンバー連絡網、4)看護宿舎連絡網、5)DMAT(Disaster Assistance Team;災害時派遣医療チーム)登録者連絡網、6)JMTDR(国際緊急援助隊医療チーム)登録者名簿である。

(2)その他の連絡網

 その他の連絡網として 1)被災地内外の支援医療施設との連絡体制、2)行政機関との連絡体制、3)消防との連絡体制、4)保健所との連絡体制、5)DMAT派遣関係、6)ヘリコプター確保関係、7)病院機能の維持関係(ライフライン、灯油、血液、医療品、食糧、衛生材料)、8)看護協会(登録ボランティア看護師)が存在する。



津波

(浅井康文、丸川征四郎・編著 経験から学ぶ大規模災害医療、大阪、永井書店、2007、p.423-430)

1.津波とは

 津波の「津」は本来、突端、船着場、港などの意味があり、「港や湾を襲う波」を日本では津波と呼ぶ。Tsunamiは、日本語が語源となって英語となった言葉の1つである。その語源は1946年にアリューシャン地震でハワイに津波の大被害があった際、日系移民が津波(Tsunami)という言葉を用いたことから、ハワイでこの言葉が使われるようになった。被害を受けて新しく設置されたハワイの津波警戒センターの名称も1949年には Pacifc TsunamiWarning Centerと名付けられた。1968年に米国の海洋学者Van Dornは英語ではtidal waveという語が使われてきたが潮(tidal)とは関係のないことから、Tsunamiは正式な学術英語とすることを提案し、この言葉が英語圏で使われるようになった。

 津波は海底地震や海底火山の噴火などの、海底の急激な変異によって発生する。津波の速度は海底までの水深や海岸線の地形の影響を受け、水深が深いほど津波の速度は速くなる。平均深度が4000m程度の海では伝搬する際のエネルギー損失が少なく、ジェット旅客機並みの時速800kmに達する。例えば1960年5月に三陸地方を襲った、チリ沖を震源とするM9.5 のチリ地震のように、津波は1日近い時間をかけて太平洋を横断して三陸海岸に到達して、日本人約140人が犠牲となった。もし津波に遭遇して人間が早く走って逃げようとしても、津波から逃れることは非常に難しく、高台に逃げるしかない。津波の高さは水深が浅くなると急激に高くなる。海底までの距離が相当ある海では津波のもつエネルギーはほとんど減少せず、津波の速度は水深にのみ左右されるため、波が陸地に接近すると速度は減少するものの波の高さは急上昇する。陸地の海岸線はさまざまであり湾や入り江では行き場を失った波は高くなり、三陸海岸や志摩海岸などにあるリアス式の地形では急激に入り江の幅が狭くなるために津波は一層高くなる。

2.津波予報

 津波の災害防止・軽減目的に25カ国の太平洋沿岸諸国がITUS(太平洋津波警戒組織)に加盟している。ITUSは1960年のチリ地震津波を教訓にして、1966年国連教育科学文化機関(UNESCO)の政府間海洋委員会に設置された。日本の潮位、津波監視体制はETOS(Earthquake Tsunami Observation System)により24時間体制で監視されている。このシステムは全国の地震計と結び地震発生と同時に、震源地、規模、津波の有無などを瞬時に計算し、津波警報、注意報を発令する仕組みである。さらに、全国の検潮所、巨大津波観測施設、モニター検潮所、津波観測施設、遠地津波観測施設と結んで、リアルタイムに津波発生状況を監視している。現在、気象庁は津波発生の恐れがある場合に地震発生からおよそ3分を目標に津波警報または津波注意報を発表している。しかし、過去には気象庁から津波予報が発表される前に津波が到着してしまった1993年7月の北海道南西沖地震の例がある。当時気象庁は地震発生5分後に大津波警報を発表したが、震源に近かった奥尻島では地震発生から2〜3分で津波が押し寄せ、多くの犠牲者を出した。気象庁は速報性を高めた津波予報を2006年10月2日から実施している。これまでに地震発生から津波気警報・注意報の発表まで従来は3分ほどかかっていたが、概ね2分程度に短縮できることになった。

 国際社会が21世紀に取り組む新たな防災戦略を探る国連防災世界会議が2005年1月18日、阪神・淡路大地震10年目に神戸市で行われた。2004年12月26日に起きた世界史上最悪の犠牲者数となったスマトラ島沖地震津波により浮上したインド洋津波早期警報システム構築について、日本政府は暫定的な危険情報提供や新システムの枠組み策定に向け、積極貢献する姿勢を打ち出しているがいまだ完成していない。

3.津波に対する教育の必要性

 津波が押し寄せる前に遠浅の海浜で800mを超える干潟が生じた例があり、津波の知識のない子供や人々は突然生じた干潟に残された魚や貝を集め、被害をさらに大きくすることがある。日本で津波の経験が多いからといっても頻回に起こるものではなく、実際に1993年7月の北海道南西沖地震から、大きな津波被害はない。先日、2010年2月27日チリ中部の沿岸で起きた巨大地震の影響で17年ぶりに大津波警報が出された。大きな被害はなかったものの、避難率は6%と低く危機感の薄さが懸念される。津波の恐ろしさを忘れないために、戦前は小学校の教科書で小泉八雲の「稲村の火」を載せ、津波の恐ろしさから守ることを教えた。この話は小泉八雲が著書「仏陀の国の落穂」の「生ける神」の章で紹介し海外でも知られている。アメリカ・コロラド州の小学校でも、副読本として津波の教育に「稲村の火」の英訳「The Burning of The Rice Field」が使われていたこともある。このように津波に関する知識の教育が重要である。



Confined Space Medicine (CSM)

(井上潤一、山本保博・監修 精神・中毒・災害、東京、荘道社、2007、p.282-287)

 阪神・淡路大震災でその必要性が認識されてから約10年の月日を経て、JR福知山線脱線事故現場においてわが国で初めてConfined Space Medicine (CSM:瓦礫の下の医療)が実践され画期的な成果をあげた。崩壊した建造物などの瓦礫の下に閉じこめられた負傷者に対する医療を含めた包括的な都市検索救助活動(USAR)と、そこで展開されるCSMのポイントについて述べる。

Confined Space Medicine

 “confined space”は、”閉じ込められた空間、制限された空間”を意味する。元来、狭隘な空間(坑道・洞窟・トンネル内、農場のサイロ内や採石場の集積プラント、マンホール・下水溝、各種タンク、ケーブルや配管の埋設抗、排気ダクトの中など)と、衝突・倒壊などの結果新たに生じた閉鎖空間がある。なかでも特に困難な状況が、崩壊した建造物などの下つまり”瓦礫の下”で、そこに負傷者が生じた災害を「瓦礫災害」と総称し以下の特徴がある。

 CSMはこのような特殊な状況下で展開され、かつ救助活動と密接な連携を必要とすることから、純粋な医学というより瓦礫救助の一部をなす実地医学と捉えるべきである。発生する病態自体は外傷を中心として、日常の救急現場で一般的にみられるものでありながら、瓦礫災害特有のものも発生する。

 一般的な病態としては、骨折、挫創、頭部外傷、多発外傷、低体温、脱水であり、低体温と脱水はすべての要救助者が併発しているとみなして治療にあたるべきである。特異的な病態としては以下のものが挙げられる。

 処置としては、まずバイタルサインの安定化が活動の基本であり、気道確保・呼吸管理・循環維持(脱水補正)に加え、保温に努めることが重要である。特に低体温は、挟まれた負傷者のほぼ全例に発生し病態を悪化させる。瓦礫と身体の間への毛布などの挿入、アルミシートによる被覆などを行い、体温喪失の防止に努める。さらに、クラッシュ症候群に対する治療が重要である。救出直後の急変を防ぐための現場での輸液は不可欠な治療である。生理食塩水1500ml/時を基本に循環動態をみながら調節する。再灌流障害の予防を目的とした挟圧肢の緊縛は、完全阻血による不可逆的な壊死の危険があるため推奨されない。一見全身状態が安定していても、集中治療が必要になる可能性が高いため高度医療施設へ搬送する。また、骨折部の固定により疼痛を緩和し、救出活動に伴う体位の変化や移動に備え、活動中の疼痛を鎮痛薬・麻酔薬の使用でコントロールすることで治療とともに、救助者が活動に専念できる環境をつくりだすことが可能である。

 また、暗い瓦礫の下に長時間肉体的苦痛を伴って閉じ込められている負傷者は、強い不安感、恐怖感、無力感に襲われている。したがって、たとえ姿が見えなくてもボイスコンタクトが可能になり次第、安心させ励ますようなコミュニケーションをとるように努める。また、二次災害などの危険によりやむを得ず救助者が緊急退避する際も、「必ず戻るから」というような指示的な声かけを行うべきである。

 気管挿管(喉頭展開できない状況下でのブラインド挿管や対面挿管など)、骨髄内輸液などの特殊な医療技術を必要とする状況もある。さらに、救助に長時間を要しその間に負傷者の生命が危機的な状態に陥る危険が予想されたり、二次災害が切迫する状況下では、緊急避難的に現場での四肢切断も行わなければならない。

 他にも、医学的知識に基づき要救助者に少しでも負担の少ない救助方法をアドバイスするとともに、荷重・移動などの安全限界を指示する。また、バイタルサインを継続的にモニターし、障害物を除去するタイミングやスピードについてアドバイスを行う。

CSMに求められる知識と技術

 メンバーには、豊富なプレホスピタルケアの経験と高いレベルの技量が要求される。BLS、ACLS、JPTECあるいは、ITLSの修得に加えてCSM、熱傷、透析、除染、ストレス管理、小児、さらに遺体に関しての医学的および法的知識と対処法も必要とされる。さらに、チームの一員として検索・救助活動に対する最低限の知識と理解、安全確保・危険防御・サバイバルの各技術の修得が必要である。

閉鎖空間での医療活動の実際

 活動の大原則は何よりもまず「安全第一!」である。3S、すなわちself(自分自身の)、scene(現場の)、survivor(要救助者の)の安全確保が不可欠となる。閉鎖空間への進入に際しては、安全の7つの道具であるヘルメット、ライト、ゴーグル、防塵マスク、手袋、肘膝プロテクター、安全靴の装着は必須である。要救助者に対しても同様にし、救出過程では活動によりそれ以上状態が悪化することのないように注意する。

 また、活動の成否は進入前の計画で決まる。瓦礫内に進入する前に、内部の状況、要救助者の位置・体位・容態を消防隊員に確認し、可能な限り正確に把握する。次いで救助隊と協議し、内部での位置どり、行う処置と手順などを詳細に計画する。必要な物品をすべて準備し、救出後の対応や緊急時の対応まで準備万端整えて、はじめて瓦礫内に進入する。瓦礫内部へ持ち込む資器材も必要最低限とし、内部で使用する資器材は予め瓦礫外でセットしておき、内部で”店をひろげる”ことのないようにする。また使用環境に適した資器材や薬品を準備することも重要である。

 大切なことは、迅速安全な救出に必要な最低限の医療処置のみを行うことである。現場ですべての医療処置を行う必要はなく、逆に余計な処置・過大な処置は時間を浪費し救助活動自体の妨げとなる。救助活動の進行とそれに必要な処置のバランスを総合的に考慮した状況判断が不可欠となる。また活動が長時間にわたることから、メンバーのローテーションと休養、物資・資器材の補充にも配慮する。

JR福知山線脱線事故により、建物倒壊現場のみならず通常の都市災害においても、CSMを必要とする状況が容易に出現することが明らかとなった。消防および救急医療関係者はCSMに対する最低限の基礎知識をもつ必要がある。また、救急活動を現場活動の最先端にまで進めて行うというCSMのコンセプトは、プレホスピタルケアの質のさらなる向上につながるものであり、救急救命士のこの領域への積極的な関与が望まれる。一方、震災時には多数のクラッシュ症候群患者の発生が予想されるが、現行では救急救命士の静脈路の確保は心肺停止患者にしか許されていないため、その救命が危惧される状況にある。救急救命士の処置拡大について、災害時に発生する”防ぎ得た死”をなくす見地からも検討されることが願われる。



被災者の心理過程とケアの継続性

(前田 潤、小原真理子ほか監修 災害看護、東京、南山堂、2007、p.170-174)

 ストレスとは生体に発生する応力としての歪みで、それを起こす要因をストレッサーという。日常生活は通常ストレッサーに満ちているが、災害はそれとは比較にならない、突然に襲う圧倒的な外力であり、我々に極端な反応を引き起こしてしまう。そして被災者には被災後にも生活上の困難が待ち受けている。被災して命が助かったとしても、被災者には不自由な生活が待っている。被災者が被災後に経験する代表的なストレスはすべての被災者に共通するものと、一部の被災者が特に経験するものがある。このようなストレスにさらされることを通じて、被災者にはさまざまな反応が起きる。

 被災者に起きる反応は時間の経過とともに変化する。災害直後は茫然自失期と言い、何が起きたかわからず一種の無感覚状態を経験するが、身体的な反応は緊急事態に備えて通常よりも活動力が上がる。そして虚脱感とともに「助かった」ことによる形容しがたい喜びに似た感覚が沸き起こるといわれている。

 それから避難場所などにたどり着いて安堵した後に、やっと恐ろしさや悲しみの感情、痛みの感覚がよみがえってきて、心の活動期が上がることになる。このとき被災者同士は、愛他的感情が高まり、助け合いの精神が発揮される「ハネムーン期」を迎える。そしてこの時期は、新聞の一面がその災害を報道しなくなる日まで続くといわれている。時間がさらに経過すると、生活の再建に向けた現実的な課題が明らかになってくる。被害の程度も生活を再建するための諸条件の違いが被災者間で明らかとなり、個々に解決していくことが迫られる。また、この時期は被災した疲れがピークに達していく時期でもあり、「幻滅期」と呼ばれる。避難所から出て仮設住宅に入ったり、自宅に戻って被災者の自立性が増す一方で、苛立ちや無力感、悲しみを経験する。

 被災ストレスは、心理面ばかりではなく、被災者の考え方や感情や行動にも影響を与える。時間経過に従って、身体、思考、感情、行動は変化する。ここで時期を急性期、反応期、修復期に区分し、時間も書かれているがあくまで目安である。時期区分と時間経過は、災害の沈静化や被災者の生活再建の進行の度合いによって異なってくる。余震が続く中で反応だけが変化することはない。

 災害などのトラウマ的な出来事に遭遇した後にみられる睡眠障害、いらつきや怒り、集中困難、過覚醒、再体験などの症状が1カ月以上続いて社会生活を送ることが困難となった場合にPTSD (post-traumatic stress disorder:心的外傷後ストレス障害)と診断される。つまり、これは治療を必要とする精神疾患であり、トラウマ的出来事が起きてから1カ月以上症状が継続した時に初めて診断される。被災者の多くは、一過性のストレス反応を示すだけで、時間の経過に従って正常な心理状態へと回復していく。災害後に有効な援助の働きがあると、回復する力を促進するが、有害な働きがあると回復を阻害し、PTSDへと反応が進行しやすくなることも知られている。災害直後の被災者への支援は、その後の回復にとって大きな要因となる。

 多くの被災者は災害直後には、通常とは異なった感情や考え、行動を示すが、それを「異常な事態におきる正常なストレス反応である」と認識することは、支援者だけでなく、被災者自身にとっても大切な理解である。自分の状態は出来事から考えて当たり前だと知ることは、安堵や落ち着きを与えることがある。

 心理的な反応は、災害直後から次々に変化をしていく。そのため、「心のケア」として被災地に援助に入る時には、2つの観点が必要となる。一つは災害からの時間経過、被災地の状況や被災者の様子から、援助内容が被災者との関わり方のスタンスを考えるということである。自分が援助活動をする時期によって、必要な援助の質が変わる。もう一つは、被災地以外から来た援助者は、活動を終えたら被災地を去るため、地元の援助者を援助するという姿勢である。長い援助活動にこれから向かう地元の援助者に、外部の援助者に「今求めたいことは何か」を教えてもらおうとする態度が大切である。


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