災害医学・抄読会 091127

集団災害医療(災害医療活動の3T)

(島田 靖、山本保博・監修 集団災害時における一般医の役割、東京、へるす出版、2002、p.15-21)


 災害初動時の基本的な流れの中で特にキーワードとなるのはTriage,Treatment,Transportationで、災害医療活動の3Tといわれる。

Triage(トリアージ)について

 災害時におけるトリアージの概念は、「限られた人的物的資源の中で最大多数の傷病者に最善を尽くすために、傷病者の緊急度と重傷度により治療優先度を決めること」にある。トリアージは災害現場のみならず、救護所、搬送時、医療機関において繰り返し行われる。病院到着前の災害現場・救護所でのトリアージとは治療、搬送の優先順位をつけることにある。さらに医療機関到着後でも多数の負傷者が搬送された場合、診察の順位、緊急手術の優先順位をつけなければならない。トリアージを担当する人は医師・看護師・救急救命士や救急隊員が相当する。トリアージの基本的な知識を持ち、搬送手段や受入機関など地域の医療事情に通じている人が、担当することが望ましい。

トリアージタッグのカラーコード

Treatment(治療)について

 現場応急救護所での傷病者に対する医療行為は、あくまで安定化(stabilization)のための治療であり、確定的な治療ではない。実際の治療は気管挿管や気管切開を含む気道確保、止血、胸腔ドレナージ、ショック症例への輸液、骨折が疑われる部位の固定などに限定される。

Transportation(搬送)について

 搬送については救急車・ヘリコプターなどの搬送手段、後方医療機関の状況に規定される。どのような搬送手段があるか、後方医療機関の機能、受け入れ能力、搬送にかかる時間などを常に把握する必要がある。


地下鉄サリン事件

(石松伸一、山本保博・監修 精神・中毒・災害、東京、荘道社、2007、p.314-319)


事件の概要

 1995年(平成7年)3月20日(月)午前8時頃、営団地下鉄(現・東京メトロ)日比谷線、丸ノ内線、千代田線の3路線の5列車の中で、オウム真理教信者5人によりサリンが散布された。この事件は化学兵器が非戦時下に、大勢の一般市民に対して使われた世界で初めてのテロであり、被害者5,509人、死者12人(東京消防庁発表)を出す未曾有の大惨事となった。

サリンとは

分子量:140.2
化学名:Methylphosphonofluoridic acid 1-methyl-ethyl ester
 1938年にドイツで開発された毒ガスの一種で、神経ガスに分類される。純粋なものは無色無臭の液体で非常に気化しやすい。不可逆的にアセチルコリンエステラーゼと結合して酵素の活性を阻害する結果、自律神経節・中枢神経系・神経筋結合部にアセチルコリンを蓄積させ中毒症状が出現する。
(表1)

聖路加国際病院での対応

 事件当日1日で聖路加国際病院を受診した被害者は640人(男性395人、女性245人)で、このうち入院患者は111人であった。

 受診患者において頻度の多かった症状には頭痛68%、呼吸困難63%、嘔気51%、咳嗽33%、不安・興奮など精神症状30%であった。軽症例が多かったためか、消防や警察車輌よりも、徒歩やタクシーなど自力で来院したものが多かった。検査所見で特徴的なのは血清コリンエステラーゼ値の低下で、入院患者の約76%が受診時に正常範囲(100〜250 IU/l)以下であった。

 治療として症状の強い例には酸素投与や輸液を開始した。流涎や徐脈を認めるものには適宜硫酸アトロピンを静注し、縮瞳があって眼痛を訴えるものには散瞳薬を点眼した。血清コリンエステラーゼ値が低く、入院を必要としたものにはPAM(プラリドキシムヨウ化メチル)を持続静注した。

反省点

A)情報
 事件発生当初は、「地下鉄駅で爆発火災の模様」という第一報のみで、現場の状況や傷病者の数・重傷度については情報がなかった。警察・消防の情報も錯綜し、トリアージに基づいた搬送先選定もままならなかった。

B)二次被害
 当時化学兵器に関する知識や、除染・防護に関する設備もまったくなかったため、現場で救出活動や捜査に従事した消防・警察職員や、病院で治療に従事した病院職員にも多数の二次被害が生じた。

C)追跡調査の必要性
 事件1ヵ月後、1年後の追跡調査では身体的不調に加え精神的症状も持続していた。症状や合併症に関する正しい情報を把握し被害者に伝えるためにも、地域や国レベルでの被害者の追跡調査が必要と考えられた。

化学物質による災害での救急部門の役割

 上記反省点より、化学物質による災害が疑われた場合の救急部門の果たすべき役割について述べる。

A)災害発生の認識と院内への通知
 もし同症状の多数傷病者同時発生であれば、まず化学物質を想定し、受け入れ準備(場所の確保や除染、二次被害の防止対策)を行い、院内にも災害時対応(全病院)をとりうることを通知する。

B)情報の収集と提供
 消防・警察や自治体と密に連絡をとりつつ来院患者の症状や現場の状況、発災現場の毒劇物分析結果などから原因物質の判断を行う。治療法・予後などの情報を収集し、院内での治療方針を決定して医療担当者や被害者にも周知させる。治療効果や経過をみて方針の変更や追加の決定を行う。

C)災害収束の宣言
 被害者数や重傷度、院内の状態、安全性を検討したうえで災害収束の宣言を行い、日常の救急医療提供を再開する。


被災傷病者数と収容能力の推定

(丸川征四郎、丸川征四郎・編著 経験から学ぶ大規模災害医療、大阪、永井書店、2007、p.293-299)


はじめに

 大規模事故災害においては、発生する被災者数の推定と、自分の病院の患者収容能力を判断することは、災害医療活動を遂行するにあたり不可欠な要素である。初動時の判断においては十分に説得性のあるものでなければならない。

被災疾病者数にかかわる推定

(1) 被災疾病者の数

 災害医療活動において、被災疾病者数の推定は出発点となる要素である。推定するにあたり災害の規模と状況にかかわる情報をできるだけ具体的に収集することが必要である。特に、災害現場の画像情報は有用である。

(2) 疾病の種類と重症度

 被災疾病者の受け入れ準備を具体的に整える際には、疾病の種類と重症度の推定が重要である。よって災害の規模と種類、そこに巻き込まれた被災者に加わったエネルギーの大きさと種類から、過去の大規模災害を参考にして、疾病の種類と重症度を推定する。

(3) 被災疾病者の来院数の推定

 上記を経ても、自分の病院へ来院する被災疾病者数を正確に推定するにはさらに不確定要素を考慮しなければならず、現実には不可能に近い。しかし疾病者数、重症度を大まかにでも推定しなければ緊急診療体制の全体像を決定できない。ここで考慮すべき要素は被災疾病者の全体数、発災現場から同心円内に存在する医療機関の数と対応能力及びその道路事情、被災疾病者との信頼の程度、消防機関との親密さの程度、地域救急連携の充実度、自病院の平時の役割などである。

 また被災疾病者の来院数の推定に重要な来院の形態を示す。

  1. 歩行による来院:歩行可能な被災疾病者の歩行限界は200m〜300mである。
  2. 消防救急車による搬送:被災疾病者を医療機関へ迅速に搬送する最も効率的な方法は、平時の救急搬送で慣れた搬送ルートを選択することである。全速でピストン搬送ができる範囲は半径5kmである。
  3. 市民による搬送:市民による被災疾病者の搬送先は平時に親しんでいる病院、信頼している大病院である。

(4) 重症度別の来院者数の推定

 消防救急車の搬送件数を推定することは、中等・重症疾病者の来院数を推定することでもある。これらは搬送してきた消防救急車に収容可能状況について、逐次情報を提供することで特に中等症の搬送疾病者数はコントロールできることが推定できるため、医療スタッフには負担を与えることになるが、悩むべき事態にはならない。

収容能力の推定

1.収容可能ベッド数

 被災疾病者を受け入れることが決定されれば、まず空きベッドを重症、中等症、軽症ベッドに分類する。外傷が多発する大事故災害の場合次のように収容を行う。

2.診察能力

 軽症患者には必要な医療器具が揃っているとして最低限医師1人、看護師1人が必要である。中等症・重症患者に対してはトリアージポストの指揮官の指示によって微調整する。中等症・重症患者に対する初期診療ポストの診療能力は、使用可能な治療ベッド数、単純X線写真撮影の能力、緊急血液生化学検査の処理能力、CT撮影能力に左右される。

3. 診療体制

 被災疾病者に対する診察能力を増強するために、通常診療を継続するか否かの判断は重要な分岐点であり、選択肢として待ち時間を延長し継続、数時間の中断、終日停止、がある。これらに対する判断基準はない。

おわりに

 大規模事故災害における診療体制は、多くの家庭と不確定要素を含みながら緊急に構築しなければならない。そのためには平時における準備が不可欠であるが、その運用にあたっては平時の診療にかかわる常識や理論で規定すべきではない。常に、被災疾病者を中心に据えた非日常的思考や論理が採用されるべきであると強調されるべきである。


災害情報と人々の避難行動

(木村拓郎、小原真理子ほか監修 災害看護、東京、南山堂、2007、p.67-72)


災害情報

 災害時には生命を守るため、そして被災後の生活を確保するために情報が不可欠であり、これにかかわる情報を「災害情報」と呼んでいる。災害情報は大きく4つに分類することができ、「危険回避情報」「被害情報」「生活情報」「復興支援情報」がある。避難に関する情報は、「危険回避情報」に含まれており、避難準備情報、避難勧告、避難指示、警戒区域の設定に伴う立ち入り禁止措置などがある。

 行政機関から一般市民への、避難情報の直接的な伝達手段の多くは、市町村防災行政無線システムの同報無線を用いている。市町村の庁舎内の放送台から、放送が無線で地域中に設置されたスピーカーから流れるようなシステムである。災害時の情報伝達手段として有用と言えるが、このシステムの普及率は約70%であり、設備の進んでいない地域があるのが問題である。

避難情報の送り手と受け手の問題点

 避難に関する情報は基本的には市町村から出されることになっているが、市町村で状況の予測を発生時刻と影響範囲まで含めて判断することは極めて難しく、現状ではこれらの情報を出せないでいるケースが少なくない、という問題がある。一方、情報の受けて側の問題点として、行政機関から避難勧告が出ているにもかかわらず避難しない住民が多くみられることが挙げられる。その理由として、行政機関からの情報は専門用語が多く難解である、また防災行動を惹起させるような内容になっていないことが考えられる。また、社会心理学でいう「正常化の偏見」がある。災害情報が出ていても住民が災害を軽視することを指し、その思いこみが避難行動を阻害しているというものである。これらのことから、避難に関して課題が山積みであることが分かる。

避難所中の居住

 ほとんどの市町村では避難所として学校や集会所を指定しており、また高齢者などの要援護者には福祉施設を活用して「福祉避難所」を設置できることになっている。避難所として使用するこれらの施設を「地域防災計画書」にあらかじめ明記し、住民への周知に努めている。避難所の開設に必要な費用は、災害救助法に基づき一人1日あたり300円以内で国から支援されることになっている。避難所の開設期間は制度としては1週間であるが、応急仮設住宅への入居が決まるまでとなっているのが現状であり、最短でも1ヶ月間は避難所生活を強いられる。阪神淡路大震災では約7ヶ月間、新潟中越地震では約2ヶ月間避難所が開設された。

 自分で住宅を確保できない人には災害救助法に基づいて、応急仮設住宅が提供される。供与期間は最高で2年とされているが、災害の状況によっては延長されるケースも少なくない。また、高齢者などの要援護者のために「福祉仮設住宅」が設置できることになっている。阪神淡路大震災では抽選によって応急仮設住宅を決めたため、災害前のコミュニティーが崩壊するという問題が起きた。仮設住宅で近隣の人との付き合いをためらい、一人で自宅に引きこもり、その結果、生きがいを失ったり生活再建に悩んだ末に自殺や病死する人が現れ、孤独死することもあった。このことから応急仮設住宅への入居を決める際の、災害前のコミュニティーがいかに重要かが分かった。

震災関連死

 震災関連死とは、阪神淡路大震災で、家屋の倒壊や火災による死亡以外に900人以上(死者全体の約14%)が避難生活中に亡くなったことから生まれた言葉である。死者の多くは高齢者で、60歳以上が9割を占めていた。その死因として、避難所に蔓延した肺炎、持病の悪化による心不全や心筋梗塞などによるものが多かったとされている。この背景には避難所の環境が劣悪だったことが挙げられる。ほとんどの避難所では断水のため水洗トイレが使えず、高齢者は水分を取ることを控え、結果的に多くの人が体調を崩していた。

 一方、新潟中越地震では「エコノミークラス症候群」が問題となった。避難生活中に車中泊をした人が多かったためである。これは水分の摂取や体操で予防することができるため、災害発生時には早めに周知することが大切である。


□災害医学論文集へ/ 災害医学・抄読会 目次へ