災害医学・抄読会 090731

阪神・淡路大震災の経験と今後の展望

(内藤秀宗、丸川征四郎・編著 経験から学ぶ大規模災害医療、大阪、永井書店、2007、p.118-124)


 1995年1月17日、午前5時46分に起こった阪神・淡路大震災は人的被害だけでも死者6400余名、負傷者4万5000名以上にのぼる被害をもたらした。この震災で神戸市を中心として近代稀な被害をもたらし、自然災害に対する近代都市の弱さや、高度医療の弱点をさらけ出し、多くの課題を残した。地震による直接的被害が、高度医療を壊滅状態にし、日頃の診断や治療技術が全く役に立たなくなったこと、これに対応すべき救急医療体制、搬送体制が無力であった点などが挙げられる。

 震災後12年が経過するが、震災地域の医療への影響は建築などといった一般的な震災復興とは異なった影響が年月の経過とともに明らかとなり、都市計画、行政、建築、救急医療などについて種々な報告がなされている。しかし、それらは個々の検証であり総合的な医療現場で起こったことに基づいた報告が少ないので、今回罹災地域の中心の病院で生じたことを述べる。

医療機関の建築被害状況

 震災地域の医療機関の数は、病院数222、診療所4578のうち、192病院が被災を受け、そのうち15病院が全壊した。診療所は2479が被災を受けた。全壊や半壊の施設のみならず、損傷の少ない医療施設でもライフライン(電気、水道、ガス、交通路の遮断、通信機能)を失い、孤立した。かろうじて病院機能を有する施設には震災により罹災した多くの患者が押し寄せ、その対応に追われた。

災害時の総合病院の実際

 筆者が当時勤務していた医療機関は甲南病院(400床 1932年築)と六甲アイランド病院(1991年築)である。両院の位置関係は、神戸市の東部(診療圏内死亡率人口10万比で最大)を挟んで六甲山系の中腹、および南の神戸港に造られた人工都市に位置する。甲南病院は地上5階地下1階の建物で病院自体には被害はなかったが、看護学生寮が倒壊し2名が死亡した。六甲アイランド病院は地上13階地下2階の高層建築であり、階によって揺れの方向や振幅が異なり、被害の様相も異なっていた。両院ともスプリンクラー配管の破壊や製氷機の転倒よる濾水、コンピュータ、薬剤部の薬品棚、カルテラックなど物品の散乱以外には、入院患者を含めて異常を認めなかった。したがって、病院機能被害は比較的少なかった(エレベータは停止状態)。

 病院に課せられた義務は、まず入院患者の安全を守ることであり、筆者は6時15分に病院(甲南病院)に到着し、入院患者の安全を確認した後、看護職員を各4名1組で1班とし、重傷/軽症の患者識別班(医師1名を含む)、外来救護班、重傷治療班、搬送班を構成し、救急医療を開始することとした。職員には、全員予防衣の着用を命じ、内科系当直医、外科系当直医には外来対応を命じた。ほとんどは独歩外傷患者であったが、7時30頃より自家用車や抱きかかえられて搬送されてくる重傷患者が急増した。8時頃よりトリアージをするが、要治療患者にできたことは、鎖骨下静脈穿刺による血管確保とステロイド投与、鎮痛薬の注射以外は、気道確保すらできなかった。患者数が多く、救急処置室では対応できないと考え、透析室(33床)でも治療を行うことと決め、以後、重傷患者の搬入処置を透析室で行った。 9時頃には救急車により患者が搬送され始め、9時30分には33床が満床とり、ベッドの間に収容する。 10時以後は、処置の終わった患者は各階の廊下やロビーに収容する。9時30分以降は燃料切れのため自家発電が停止、17時30分までは薄暗い中での診療となった。

 震災直後より3日間で入院患者数362名/死亡者数92名/推定外来数1800名以上に至った。

  1. 上記の経過の中で、医療班の班構成は解散命令が出されるまで自分たちの役割を果たし、後に出勤した医師・看護師・医療従事者もしばらく様子をみて自主的に班を構成し、弱いと思われる部署についたことでパニックに陥らず、患者に対応できたと考えられる。

  2. 患者数であるが、一般的に病院施設内収容者数の空間は、入院ベッド数以外の0.5〜0.8といわれており、被災した収容患者数が400名弱であったことは偶然である。

  3. 診断や治療に関しては、ショック状態の患者には夜間罹災患者が途絶えるとともにすべてバルーンカテーテルを挿入しバッグを付けることで尿量やその性状を知り補液量の決定とcrush syndrome の早期発見に努めた。もしCTやMRIなどの高度医療機具が稼働したとしても人的・時間的にも不可能であった。たとえ頭蓋内出血が検出されても、手術はおろか脳圧降下薬の投与ですら不可能であった。

*「トリアージの苦悩」

今後の展望

 医療機関のいわゆる危機管理は、広域自然災害時の対応をはじめ、火災、院内感染、医療過誤、盗難、放射物質管理、自殺など多岐にわたる。また災害時対応や危機管理時のヒトの行動原則は、自助、互助、公的(公的救助)の順であることを忘れてはならない。

 超大国アメリカを襲った2005年のハリケーンの被害の甚大さは自然の猛威もさることながら被害の拡大を増幅した一因は「人的被害」であると非難されており、それは公助の遅延、即ち「risk management」の拙さ(危機管理組織自体や判断能力の不完全さ)を指摘している。

 医療機関を必要とする被災者とは、被災者や入院、在宅医療を受けている患者、さらには医療従事者やその家族などにも覆い被さるので完璧な対応策はない。公的支援や組織も必要ではあるが、最終的に自然災害の被害の拡張を最小限にするには、医療者の「個」がどのように判断し行動するかにかかっているのかも知れない。医療経済が圧迫される中で、自然災害に行政、民間病院、各学会などがどのように対応するか、医療者の「個」の危機管理についての意識をどう高めるのかなど課題が山積している。

 罹災地を救援するシステムとして国、自治体、各学会、ボランティア団体など数多くできているか、いずれも縦割りの感が否めない。

 (社)日本透析医学会、(社)日本透析医会、災害時医療連絡協議会と神戸大学海事科学部井上教授を中心にしたグループは透析患者(要支援在宅患者)の海上搬送の組織構築が試みている。こういった海上搬送、船舶内での医療行為など船舶を使った組織的災害対応にもっと多くの組織が関与してネットワークの拡大に参画すべきである。


被災傷病者の緊急度判定のコツ

(山口孝治、小原真理子ほか監修 災害看護、東京、南山堂、2007、p.84-95)


 災害時の多数傷病者管理において、トリアージは欠くことのできない重要な過程である。トリアージにより4つの区分(赤、黄、緑、黒)に分類されるが、その基準は絶対的なものではなく、災害種別・災害規模・傷病者数と緊急度・搬送能力・医療資源・病医院の医療能力など様々な状況で変化する。そのため少なからずトリアージには一定の判定基準がないように捉えられる。しかし、災害発生に伴う被災傷病者の緊急度の決定は災害医療の根底をなすものであるため、ある程度正確に誤差のない緊急度の判定をしなければならない。本論文では、トリアージにおいて要求されるJATECが指導する外傷初期診療に基づいた緊急度判定について解説する。

重症度と緊急度

 重症度や緊急度により治療の優先順位が決定される。しかし、重症度は破綻の度合いとは相関しないためこれのみで順位を決定することはできない。一方、緊急度は組織の破綻の具合とある程度相関し、生命の危険性の強さを表す指標となる。緊急度の評価は生理学的徴候の把握であり、局所の確定診断ではない。

トリアージ

 発災現場や病医院で実施する最初のトリアージを一次トリアージという。この目的は、治療が必要か否かを判定し、多数傷病者の中からただちに治療しないと生命に危険がある傷病者を選び出すことである。短時間で容易に多数傷病者を識別する方法としてSTART(simple triage and rapid treatment)による一次トリアージが考案されている。この方式では必ずしも傷病者を4区分に識別する必要はなく、歩行・呼吸・循環・意識により緊急治療群(赤・黄)および非緊急治療群(緑・黒)に大別する。効率よくトリアージを実施する方法として牛追いテクニック(cattle chute technique)があり、これは最初の多数傷病者管理において大変有効な方法であり、出口で混乱することなく一次トリアージなどを実施できる。

 一次トリアージにより、緊急治療群と非緊急治療群に大別された傷病者は緊急度の再評価と応急治療あるいは後方搬送の優先順位を決定するために、トリアージタッグと血圧計などの診療器具を用いた二次(医療)トリアージを受けることになる。二次トリアージは「緊急度・重症度評価と病院選定基準」を応用し、4つの区分(赤、黄、緑、黒)に分類される。まず、一次トリアージで緊急治療群と判定された傷病者を優先して行い、非緊急治療群と判定された傷病者は後回しにする。傷病者は治療や搬送を待っている間にも病態が変化することがあるので、治療・搬送を行うまでトリアージ回診を行い何度も繰り返し再トリアージを行うことが要求される。また、トリアージ区分に従って応急治療を行う前にも必ず再トリアージを行わなければならない。

一次トリアージ(modified START)の手順

1)歩行の評価

 すべての傷病者を歩行の可否により分類する。歩行の評価は以下の「呼吸」、「循環」、「意識」の評価の前に行わなければならない。また、歩行可能な傷病者は数が多く混乱の大きな原因となるため、治療が必要な傷病者の動線を妨げない場所に誘導するようなレイアウトを考えることも必要である。

2)呼吸の評価

 まず、歩行不可能な傷病者を呼吸の有無により分類する。毎分30回以上あるいは10回以下であれば緊急治療群(トリアージ赤)と判定し、搬送しなければならない。

3)循環の評価

 呼吸が毎分29回から11回の傷病者を橈骨動脈の脈拍触知の有無で分類する。STARTの原法では、毛細血管再充血時間を推奨している。しかし、寒冷環境や暗い場所では判定できないことから災害時のトリアージにおいては必ずしもよい方法とはいえない。

4)意識の評価

 橈骨動脈の脈拍を触知する傷病者を、命令に対する対応の有無で分類する。

二次トリアージの手順

 生理学的指標、解剖学的指標、受傷機転、傷病者因子の4段階により評価する。判断に迷う場合は、トリアージ区分を決して低く判定しないことが被災傷病者に救命の機会を与えPTDを減少させることにつながる。


災害派遣医療チーム(DMAT)はどうやって災害拠点に参集するべきか
―中越沖地震参集DMATへのアンケート集計結果の検討―

(小川 理ほか、日本集団災害医学会誌 14: 20-27, 2009)


 災害派遣医療チーム(DMAT)はどうやって災害拠点に参集するべきか2007年7月16日に新潟県中西部を震源としてマグニチュード6.8、震度6強の中越沖地震が発生した。災害急性期の医療援助を使命とする日本災害派遣医療チーム(日本DMAT)も、この中越沖地震に対し参集した。しかし、災害時には現場へ向かうための道路も被災しており、通行止めや渋滞などで混乱している場合が多い。そこで、今回参集した36病院の38チームを対象として、中越沖地震参集DMATの出動時の交通手段、通行状況、時間や経費をアンケートにて調査し、その問題点や解決法について検討した。

 まず参集の際の交通手段とその手配について結果をまとめると、約半数のチームは病院専属の救急車両で出動していたが、1時間以内に手配できたチームはそのうちの約半数に過ぎなかった。

 次に発災から出動までの時間をみると、新潟県内チームが平均2時間40分で、県外チームは近隣県で平均4時間20分、遠隔県で平均5時間30分であった。新潟県からの正式出動要請があるまで待機したため参集が遅れたチームも存在した。

 3つめに、通行に要した時間および道路の状況であるが、参集途中の道路の被災や渋滞、交通規制を経験したチームは8割以上あった。救急車両と非救急車両の間に通行に要した時間に差はなかったものの、予定どおりに通行できたチームは救急車両で出動したチームのほうが多い傾向があった。

 4つめに、災害現場での車両の使用状況であるが、およそ半数の車両が利用され、特に救急車両で有効に使用できた割合が多かった。

 最後に、通行に要する費用に関しては、燃料費、食料費、高速道路使用料金、レンタカー借り入れ料金を除いても、チーム間に大きなばらつきがあった。通行そのものにかかる費用は数万円以内であり、各病院にとってはそれほど大きな負担にならないものと思われた。


 以上より、災害発生時のDMAT参集における問題点を整理すると、1)出動の際各病院が救急車両を迅速に手配できるようにすること、2)出動要請を迅速に的確に行えるようにすること、あるいは被災地の県からの出動要請があって初めて正式な派遣が行える現在のシステムを変更修正すること、3)通行の際の安全を確保し、通行の規制や渋滞を回避するシステムを構築すること、の3点が挙げられる。


 まず救急車両の手配であるが、救急隊との連携、すなわち消防の救急車両の利用が有効かつ現実的と思われる。


 次に出動要請についてであるが、現在は被災地域の都道府県庁の判断で要請するシステムになっている。しかし、発災急性期に被災地域の都道府県庁の行政機関だけでDMATの出動要請の必要性を正確に判断することは困難である。ある程度各DMATの判断で出動できるようなシステムを構築しておき、後から出動の合法性や補償をDMAT所属都道府県が追認するシステムを作っておくことが必要と思われる。

 最後に通行の安全確保と渋滞規制回避についてであるが、道路情報を入手した他機関や実際に道路を通行した先行DMATが道路の被災状況や通行状況を発信し、すべてのDMATが情報を共有するような情報発信システムを構築することが必要と思われる。また、地理情報システム(GIS)や地震防災情報システム(DIS)の情報の公開および共有も有効と思われる。情報共有の点については、広域災害救急医療情報システム(EMIS)や防災無線は非常に有効なシステムであるので、今後これらの情報伝達システムをもっと有効に使用する方法を検討しなくてはならない。


Confined Space Medicine (CSM) の特殊性

(井上潤一、プレホスピタルMOOK 4 多数傷病者対応、永井書店、東京、2007、p.167-174)


 阪神・淡路大震災にてその必要性が認識されて以来約10年の月日を経て、先のJR福知山線列車事故現場においてわが国で初めてConfined Space Medicine(CSM;瓦礫の下の医療)が実践され画期的な成果を上げるに至った。

 CSMを体系的に確立したのは連邦緊急事態管理庁FEMAである。1989年に都市捜索救助活動Urban Search and Rescue(USAR) Response Systemを創設した。その目的は、通常の消防力では対応困難な崩壊建造物などの内部に閉じ込められた要救助者(trapped victim)に対する医療を含む包括的な捜索・救助活動の提供である。これは単に瓦礫の中から負傷者を外に連れ出し治療するということではなく、救命はもとよりその機能予後をも最大限に改善することを目指し、救出活動中から併行して高度な医療活動を行う総合的な救助活動として位置づけられている。

 Confined Spaceは、その出入りや内部での活動が物理的に著しく制限された空間であり、非日常的・極限的な環境である。そこで行われる活動は日常のプレホスピタルケアや院内での診療活動はもちろん、災害時の救護所での活動とも全く異なる。したがって一般の医療者が応急的に現場に加わるという方式では却って救助隊の活動を妨げたり、医療者自身の二次災害からチーム全体をも危険にさらしたりすることにもなりかねない。そのため参加するメンバーには十分な教育と訓練が必要不可欠である。

 Confined Spaceでの活動の大原則は「安全第一」である。FEMAでは安全確保に関し、以下の4点を挙げている。

  1. 個人防護

    閉鎖空間への進入に際しては、ヘルメット、ライト、耳栓、ゴーグル、防塵マスク、手袋、肘・膝プロテクター、安全靴を必ず装着する。また要救助者に対しても可能な限りの個人防護索を講じる。

  2. 酸素濃度と有毒ガス・有毒物質への対応

    閉鎖空間では酸素濃度の低下と、各種有毒ガス・有毒物質の発生に特に注意しなければならない。進入に先立ち必ず検知・測定を行い、活動中も常にモニタリングを行い、閉鎖空間の換気を確保する。

  3. 血液・体液に対する標準的予防策

    負傷した要救助者および遺体に接する際は標準的予防策、すなわち全ての血液・体液には感染性を有するとした前提で対処する。そのためのゴーグル、手袋は必須であり、特に曝露の可能性が高い場合は防護衣を着用する。

  4. 進入路と退路の確保

    経路が長くなるほど注意を要し、途中で待機できるスペースの確保も考慮する。


 CSMで見られる病態として、低体温、脱水、クラッシュ症候群、粉塵による障害、危険物による汚染・障害がある。中でもクラッシュ症候群はCSMで対応すべき最重要の病態である。阪神・淡路大震災において瓦礫の下に閉じ込められながらも一見元気そうであった人が、救出した直後に急変し亡くなった症例がみられたことから知られるようになった。基本的に組織の連続性は維持され、かつ単に挟まれた局所の症状にとどまらず全身性に多彩な病態を引き起こす。


 クラッシュ症候群は、圧迫による外力と虚血により傷害された骨格筋に、圧迫解除後の再灌流障害が加わることで生じる。圧迫解除直後の急性期には傷害された細胞から流出したカリウムによる高カリウム血症と代謝性アシドーシスによる致死的不整脈および挟まれた部分以下への血流移動による相対的低容量性ショックにより心停止に至ること場合がある。さらに、筋細胞から流出したミオグロビンによる腎障害に、圧挫組織の血管透過性亢進に伴う大量の体液シフトによる脱水が加わり急性腎不全となったり、腫脹をきたした四肢でのコンパートメント症候群、DIC(播種性血管内凝固症候群)、SIRS/MOFが合併する。クラッシュ症候群の重症度は挟まれ時間と骨格筋の障害程度による。2時間以上の圧挫、骨格筋の30%以上の障害で重症度が高くなるといわれている。

 重量物の下敷き、挟まれ、閉じ込め・生き埋めなどの状況で2時間以上経過している場合は必ずクラッシュ症候群を疑う。救出直後の急変がなく搬送されてきた場合は所見に乏しいことが多く、Start式トリアージでは黄色群に区分される恐れもあり、二次トリアージで本人や救急隊から必ず受傷機転と挟まれ状況がなかったか確認することが不可欠である。ミオグロビンによる赤褐色尿、血液検査でCK高値、代謝性アシドーシス、ヘマトクリット上昇、高カリウム血症、低カルシウム血症などを認める。

 重量物除去直後に様態変化する可能性が高いため、各種薬剤の準備と気道確保ならびに除細動ができる体制をとる。入院後は圧挫部位局所の治療にとどまらず、高カリウム血症に対する治療、圧挫組織への大量の体液シフトに伴う脱水に対する大量輸液、急性腎不全回避または治療目的の血液透析、DICやARDS(急性呼吸窮迫症候群)への対応といった全身的な集中治療が必要となる。

 現場での活動としては、バイタルサインの安定化を図ること、骨折部の固定、ペインコントロール、負傷者の精神的サポート、気管挿管や輸液路確保、現場四肢切断などの特殊な医療処置、現場での死亡確認などを行う。

 また、苛酷な救助現場での活動時や、遺体を扱う際には、救助者にも強いストレスが加わることから、組織として適切なストレス対応策が必要となる。日常の研修、派遣中の対応、活動終了後のケアなどを行い、必要であれば専門家による対応を取れる体制をつくる。

 CSMを行うにあたっては、救助隊・救急隊・医療者が連携して活動することが不可欠であり、そのためにも日常的な訓練が是非とも必要である。また救急活動を現場活動の最先端にまで進めて行うというCSMのコンセプトは、プレホスピタルケアの質のさらなる向上につながるものであり、救急救命士この領域への積極的な関与が望まれる。救急救命士の処置拡大が、災害時の被害を少なくするためにも検討されるべきである。


災害時の医療コミュニケーション

(大澤智子、薬事 48:2087-2091, 2006)


はじめに

 近年、災害・事件・事故の被災者や被害者に対して「こころのケア」が提供されるのは当然だと認知されるようになった。「こころのケア」を広範囲に行き渡らせる方法としては、1)複数の窓口が提供されていること、2)被災者や被害者が中心となるサービスであること、3)敷居の低いサービスであること、4)サービスの多様性や即時性などが重要である。そして、もうひとつ大切なのが、5)アウトリーチ(サービスを必要としていそうな人を探し、専門家が援助を提供すること)である。薬剤師は内科医が処方した薬を媒体として被災者との接点を持つことができる重要な存在であり、他の専門家と比較すると患者にとって話しやすい存在であるので、アウトリーチの担い手として適任だと思われる。

こころのケアの基本原則

 こころのケアを行う際の基本原則は、1)安全の確保、2)強制しない、3)抱え込まない、4)情報の提供である。この「情報の提供」こそが薬剤師の本領を発揮できる役割だと思われる。

薬剤師の情報提供

 ここでいうところの「情報の提供」は、「心理教育」と「地域のリソース(資源)」である。「心理教育」とは、このような体験をすればストレス反応を経験するのは当然であることを伝え、どのような反応がどれくらいの期間続きうるのか、そして、どのような対処方法が役に立つのかを伝授することである。「地域のリソース(資源)」とは、万が一、ストレス反応が数か月にわたるなど長引いたり、悪化したりした際、どこに行けばどんなサポートが得られるのかについて知らせることである。被災直後から過覚醒状態(過度の緊張や不眠など)が続くと回復の予後が悪いことが示されているので、これらの情報提供により被災者の不安を軽減することが最大の目標となる。肝心なのは、緊張、不眠、不安を長引かせないことである。
 そこで、「このような大変な経験をしたのだから、眠れなくなったり、食欲が落ちたり、不安が出てきても当然のことであり、こういう症状は心が正常に働いている証拠である」という声掛けが有益となる。このようなノーマライゼーション(異常な状況下での正常な反応)は被災者を安心させ、彼らが見通しを得るために役立つだろう。実際、自然災害などのトラウマ体験をしても、被災者の9割は専門家の援助を受けなくても回復が見込めると言われている。情報を入手することで「安心感」や「見通し」が得られれば、無力感の軽減にも役立つ。そして、被災する前、眠れなかった時、食べられなかった時、気分が落ち込んだ時に使っていた対処方法を利用することができるようになる。また、呼吸法も過度の緊張を緩和し、リラックスさせてくれる。
 人間は緊張したり、ストレスがたまったりすると、浅く速い胸式呼吸をする。これの極端な例が過呼吸である。そこで服薬指導中にこのような浅い呼吸が見られた場合は、「こんな生活が続くとストレスがたまりますね。一緒に深呼吸をしてみませんか。問題の解決にはならないかもしれないけれど、少しは楽になるかもしれませんから。」と促すことができる。また、被災地での活動は薬剤師にとってもストレスフルであり、一緒に深呼吸を行い、自分自身がリラックスし、リフレッシュすると不思議なことに相手にもそれが伝わることを発見するだろう。ここで、簡単な腹式呼吸の教示方法を説明する。まず、へその下に風船が入っていると想像してもらう。そして、ゆっくりと鼻から吸い、ゆっくりと口から吐く。
 ここで重要なのは、吸う時間よりも吐く時間を長くすることだ。そうすることで、副交感神経が刺激され、リラックス効果がさらに高まる。避難所などの集団生活や過度の緊張から不眠が続くような場合、服薬と同時に、このような方法も伝授すると対処の幅が広がり、被災者の有能感を増幅させるであろう。他には、適度な運動も不安を和らげる効果があるといわれている。

支援者のケア

 また、支援者のケアも重要である。災害支援者が経験する外傷性ストレス症状としては、解離(非現実感)、侵入体験(フラッシュバック)、回避、感情マヒ、過覚醒、強い不安、強い抑うつなどがある。しかし最近、外傷体験を負った人に対してサービスを提供する際に生じる影響として新たな名称が加わった。「代理受傷」、「共感性疲弊」、「二次的外傷性ストレス」と呼ばれている。これらをすべて総称して「二次受傷」ということにすると、二次受傷は、繰り返しトラウマ体験に暴露されることで生じる「労働災害」であり、共感を媒体として仕事をしている援助職は誰が陥っても不思議はない。つまり、二次受傷は「起こるか起らないか」ではなく「いつ起こるか」という捉え方が必須なのだ。
 二次受傷の予防策は、1)知識、2)サポート、3)バランスである。トラウマに関わることはリスクを伴うことを知り、ストレスがたまった際に自分がどのような症状を体験するのかを把握しておく。また、トラウマに対して常にチームで取り組む姿勢を持つことが大切である。お互いにサポートしあい、ストレスがたまらないように気をつける。そして、十分な休息をとり、被災地から引き上げた後は同僚、友人、家族など信頼できる人にその体験を語ることが望ましい。また、日常生活のリズムを整え、「快眠・快食・快便」を維持するようにする。

おわりに

 以上、薬剤師が被災地で行える「こころのケア」について述べてきたが、大切なのは平時の業務内容をどれだけ柔軟に応用できるかに尽きる。

 表1.「こころのケア」の基本姿勢 
  • 安全の確保
  • 無理強いしない
  • 抱え込まない
  • 情報の提供


 表2.外傷性のストレス症状
  • 解離(非現実感、記憶の一部が欠落)
  • 侵入体験(悪夢、フラッシュバック)
  • 回避(現実にまつわる記憶、イメージ、場所や人)
  • 感情マヒ
  • 過覚醒(激しい怒りや焦燥感、パニック発作)
  • 強い不安(強い無力感、強迫性、取り越し苦労)
  • 強い抑うつ


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