爆発や火災、大型交通事故などの人の過ちによる事故としては、1984年インド・ボパールの工場で起きたイソシアネートの漏出による死者2500人、負傷者数万人。またチェルノブイリの原子力発電所の事故は当初 犠牲者31人とされていたが、その後ロシア当局が悪性腫瘍などで約1万3000人の犠牲者を生じたと公表している。
第二次世界大戦による死者は全世界で5000万人にもおよぶ。一方、最近の民族紛争や戦争を振り返ると、1992〜95年のボスニア・ヘルツェゴビナ紛争で約20万人、2003年からのスーダン・ダルフールでの紛争で約2400人、そしてイラク戦争での米軍の死者が2400人を超え、イラク人の犠牲者は少なくとも約4万人といわれる。また、1995年米国オクラホマ市の連邦政府ビル爆破テロで168人、同時多発テロ(2001年9月11日)で約3000人以上、2004年に起きたスペイン・マドリードの列車爆破テロで192人、2005年ロンドンの交通機関を狙った同時多発テロで52人がそれぞれ犠牲になった。
このように、自然災害と対比してみると、いかに武力による抗争、戦争が多くの人命を奪い、また人々に大きな犠牲を強いているおろかな行為であるかが容易に理解できるだろう。
災害救護に関連する常設の国際機関としては、国連人道問題調整事務所(UNOCHA)、国連開発計画(UNDP)、国連世界食料計画(WFP)、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)、国連自動基金(UNICEF)、世界保健機関(WHO)など多数の組織があり、それれぞれの役割を分担している。また、国連の組織ではないが世界規模の特大NGOともいえる国際赤十字委員会(ICRC)と国際赤十字・赤新月連盟(IFRC)は医療活動のほかに離散家族の再開支援や孤児保護にも熱心に取り組んでいる。
たとえば大きな自然災害がどこかの国で発生し、被災国当局が救援要請を発すると、まずUNOCHAが国際災害評価調整チーム(UNDAC)を現地に派遣して支援ニーズを迅速に評価するとともに、現地支援活動調整センター(OSOCC)を立ち上げて被災国当局を助けて外国から救援にやってくる様々な組織の活動を調整する。IFRCも素早く反応してERU(緊急支援ユニット)を立ち上げる。被災国の各地からも支援の手が差し伸べられ、また諸外国からも政府による支援団体やNGOが活動を開始する。武力紛争による難民(refugee)や国内避難民(IDP)に対してはUNHCRかUNDPがリーダーシップをとり各国からの支援を調整する。国際災害救護(ことに保健医療・環境衛生分野)に熱心な国際NGOとしては、前述のICRCやIFRC、国境なき医師団(MSF)、世界の医師団(MDM)、CARE、CARITAS、World Visionなどがあげられるが、最近ではウクライナやマレーシア、韓国、台湾などいわゆる先進国ではなかった国々からもかなり大きな救援医療チームが被災地に派遣されるようになってきた。日本の組織としては日本国政府/国際協力機構(JICA)が派遣する国際緊急援助隊(JDR)のほか、NGOとしては日本赤十字社、AMDA(アジア医師連合)、HuMA(災害人道医療支援会)、MeRU(日本医療救援機構)、徳洲会グループなどがある。JDR医療チーム(JMTDR)は医療ボランティアの所属先の上司の許可を得て登録する仕組みになっており、充実した研修プログラムが魅力的である。登録メンバーは500名を超え、災害派遣の実績は70回近くになる。1チーム派遣期間は原則2週間と短くされている。日本赤十字社は医療センター、名古屋、和歌山、熊本などの赤十字病院を国際協力拠点病院として、最近の大きな自然災害には交代で数ヶ月にわたる国際支援を行っている。HuMAもイラク戦争の難民救援(2003年)をはじめとしてイラン地震、スマトラ沖地震津波災害(スリランカ、2004年)、パキスタン地震(2005年)、インドネシア・ジャワ島中部地震(2006年)に救援医療チームを派遣しているほか、毎年国際災害看護研修を行っている。
台風による被害は気象予報が進歩したことや、河川管理などによって減少傾向にあるが、いわゆる「ゲリラ的集中豪雨」による局所的な浸水被害・土砂崩れなどの被害は毎年繰り返されている。地球の温暖化や森林の減少と都会の土地の保水力の低下が各地で浸水被害をもたらしているものと思われる。高度に利用されている大都会の土地の防水対策や避難計画と演習などの充実が急がれる。
列車事故や車の多重衝突事故、工場災害・爆発などの人為災害も残念ながら繰り返されており、JR福知山線脱線転覆事故はまだ記憶に新しいところである。また、松本や東京地下鉄サリン事件というテロリズムを経験した国でもある。そして、犠牲者数は少なかったものの、東海村の原子力施設における人為災害も経験している。
阪神・淡路大震災の貴重な経験から、「災害拠点病院」が全国に指定され、「基幹災害医療センター」を中心に、災害医療研修も頻繁に行われるようになってきた。また、近年、災害拠点病院を軸として、災害医療対応訓練を受けた医療チームが災害現場や被災地内の医療機関支援、瓦礫の下の医療活動、傷病者の遠隔地への搬送支援を救急隊員や自衛隊員と協力して行うことを目的としたDMAT(Disaster Medical Assistance Team)の整備がすすんでいる。このような訓練を受けたチームがJR福知山線脱線転覆事故のときにも活躍した。DMATは従来の医療救護班とは異なり、組織的な訓練を受け、被災地などで災害救護のリーダーあるいは調整役として活動することが期待されている。今後は、災害拠点病院と地域の医療機関の救護班とがうまく連携して円滑な医療救護活動ができるように訓練を重ねていくことが重要である。
我が国の災害医療体制は、阪神・淡路大震災から得られた様々な教訓を基に整備が始まったとされている。
イギリスの災害時医療支援システムであるMIMM(Major Incident Medical Management and Support)では、災害時における体系的な対応において、7つの基本原則であるCSCATTT[Command(指揮)、Safety(安全)、Communication(情報伝達)、Assessment(評価)、Triage(トリアージ)、Treatment(治療)、 Transportation(搬送)]がある。特にTriage、Treatment、Transportationの3つは災害医療の3T’sと呼ばれ、3T’sが全て円滑に行われないと災害医療は成功しない。よって、3T’sの一つである搬送は非常に重要である。今回は被災地内の病院に搬送された後、被災地外の病院への搬送を中心に延べる。
広域搬送の適応は、クラッシュシンドローム、広範囲熱傷、重症体幹・四肢外傷、重症頭部外傷などである。
広域搬送手段(被災地内広域搬送拠点から被災地外広域搬送拠点まで)は、原則自衛隊航空機(輸送機)を使用することとしている。
広域搬送で使用される自衛隊航空機C-1の飛行高度は15,000〜30,000フィート(5,000〜10,000m)が想定されている。気圧は0.8〜0.9気圧となる。緊急減圧の場合にはさらに気圧が低下する。
ヘリ搬送では飛行高度は1,000mを超えることは稀であり、ヘリ搬送の患者には酸素投与されていることが望ましいが全ての患者に必須というわけではない。
航空機での搬送中に身体に与える影響は、高度の上昇とともに、大気中の酸素分圧が低下すること、および気体が膨張し、低下した酸素を吸入することで低酸素血症になる。
現在、日本DMATでは被災地内の災害拠点病院から被災地外の搬送先病院まで広域搬送記録を使用することを計画している。被災地内から被災地外まで1枚の記録用紙を使用することで、情報が分散しないことが重要である。
搬送先の申し送りは、記録に基づき行われる。よって記録には、受傷機転・搬送先病院までに行った治療・処置・時間経過が含まれる必要がある。また、患者に関する個人情報も重要である。広域搬送になった場合、居住地より離れた場所への搬送が予測される。災害時は困難な場面も多いが、できる限り患者の家族に関する情報も記載することが望ましい。そして何よりも、これらが簡潔明瞭に記載してあることが大原則である。
災害発生時の心構えとは「とっさの機転と妥協の即応性」(榊原弥栄子,神戸市立中央市民病院)
非常とは日常でないこと。当然、普段できることができず、いつもは考えられない事態が次々と折り重なって到来し、現場は騒然となる。したがって、平時からの対応を検討立案しておくことは極めて重要で、計画には合理的な骨格を持たせることと、そして何より、想像力豊かで柔軟性が必須である。
一方、災害訓練と言えば、シナリオがあって大規模災害であっても整然と進行させる参加者の意識を無視した訓練がいまだ存在している。訓練立案者には参加者の意識を引き出す技量能力が求められる。 想定する災害を実感的イメージとして立案者、参加者ともにどのくらい共有できるか、これだけで訓練の意義が大きく変わる。
消防、警察、自衛隊などでは通常より階層、階級がはっきりしており、上から下、横への指揮・統制命令系統が伝わるが、通常の医療の現場では分業、協同で業務がなされているので、このようなやり方には慣れていない。災害時での病院における指揮命令系統の確立には、役割の分担を平常時から計画し与えておくことが必要である。
具体的には、災害医療体制への移行は、最初に「災害発生の認識・宣言」のスイッチを入れることが重要となる。誰もが認知できる地震の場合などを除けば、発災を認知できないこともあるためである。「認知」するための基準と、災害時体制発動を考える「頭」となる組織・部署を用意しておく。
武蔵野赤十字病院救急センターでは、まず「頭」としての「情報収集部」「災害対策本部」設置へ向けたアクションが開始される。「情報収集部」へ院内の各病棟、部門より異常の有無が報告され、院外の情報はテレビ、インターネットなどで情報収集が行われる。これらの情報収集により 1)院内被害が発生、2)救護班出動、3)多数傷病者の受け入れが見込まれる場合に災害対策本部がされる。以上のように、「次にすべきこと」の発想力がないと組織は動かせない。
●安全Safetyの重要性
まず、自分の安全確保が大事であり、次に現場の安全確保、傷病者・患者の安全確保の順となる。自分の安全、現場の安全が確保できなければ、最終的には患者の安全を守ることはできないからである。
●情報伝達Communication
情報収集、情報伝達、情報の整理、共有は重要であるり、しばしばボトルネックとなる。院内の被害状況 [建物、ライフライン(電気、水、ガス)]、入院患者情報、被害傷病者数(予想される傷病者数または発生状況)、職員の参集状況などの情報収集などが必要となる。電力が供給される限りテレビ、インターネットはごく有効である。情報伝達手段としては、院内医療用PHSや電話が使用できない場合の代用を考えておく必要がある。
●評価Assessment
病院の被害状況、職員数の評価から、どれだけの医療提供が可能か、予想される災害規模と傷病者数などを評価する。得られた情報をもとに、足りない情報は知恵で補って判断していくことが求められる。
訓練でのシナリオで、災害対策本部ありきからスタートすれば、訓練参加者に「災害モード」のスイッチを入れることを意識させることができない。「指示待ち」の参加者が多いと訓練は実らない。災害訓練がなかなか実施できない病院では、年2回以上義務づけられている火災訓練、避難訓練を利用すると良い。火災訓練と災害救護訓練は似て非なるものだが、「非常時」を認識させるには有効である。また、大規模な災害実動訓練はなかなか実施困難なので、数少ない機会を最大限に生かすために机上シュミレーション実施が有用である。机上シュミレーションの実施により、その部署の災害時の各職種の役割や災害に対する意識を共有することができ、目的をもって実動訓練に参加できる。
このような社会状況の中で、阪神淡路大震災(1995年、1月)以降、災害時のこころのケアの必要性は一般的に周知されている。
災害を経験した子供たちの精神面の反応として、音に敏感になる、表情が乏しい、赤ちゃん返りなどの退行現象、パニック行動、無気力・チック、睡眠障害、感情失禁などが報告されている。このような子供たちの反応に対して、遊び場の提供、子供たちの感情が表出できるような絵画やぬいぐるみを使った遊び、スクールカウンセラーやボランティアの活用を行っているが、このような対応は全く効果がなかったという意見もある。
このような対応のみでは、子供のこころのケアを行うには限界がある。子どもと母親の密着性、家族との関係を考えると、子供のみの支援ではなく、家族全体を含めた家族療法、家族看護の視点を取り入れた支援が必要であると考えられる。
現状では、家族を1つのまとまりとして支援していくこと、家族の中でのダイナミクスを活用することに注目しながら支援を行いつつ、有効な支援方法を模索している。
妊娠・出産の安全と産後ケアの継続のためには、定期健康診査・保健指導の実施や確実な分娩対応、転院にあたっての対応に配慮する。
被災から生活の復興までは精神的ケアも含めて、長期的な視点での保健医療体制の継続が必要である。被災による精神症を継続的に観察していくと共に、産後症状も念頭におき、適した支援につなげていく。その際、定期健康診査や各種訪問などの社会資源を活用する。また、妊産褥婦が気軽に相談でき、安心できる環境を提供する。
避難所での慣れない生活に加え、過労、精神的負担などが重なるとそれが児の虐待につながっていく可能性がある。共同生活している地域住民との理解を促進することや、託児室・授乳室などの設置を考えることが大切である。また、ミルクやおむつなどの物質調達体制を整えることが妊産褥婦や家族の安心につながる。
高齢者の心理問題は重要であり、さまざまなストレスが認知症にまで発展することもある。こうした状況で、タッチングは非常に重要なケアであり、1)コミュニケーションがはかれる、2)不安の除去となる、3)緊張緩和となる、の3つの効果がある。高齢者の緩慢な動きに合わせ、その人及び被災地域の特性を見極め、よく把握した上で向き合うことがケアのポイントである。
また、災害発生後のマスコミによる過剰な取材・インタビューなどは精神不安をさらに増強させる。特に神経過敏の状態や外傷後ストレス障害(PTSD)の発症者は刺激によって症状が悪化しやすい。災害対策本部において、報道陣へこうした現状を説明し、理解を求めることが必要となってくる。
精神症状は長期的な対応が求められる。地域の専門家が主体となり、情報を共有し合い、相互の連携強化をはかることが重要である。精神障害者には、1)危険物を排し、特に夜間巡回の回数を増やす、2)困惑や不穏な状況を受け止め、傾聴を心掛けて穏やかな態度で接する、3)精神科医療体制を確保する、などの点に注意して援助する。
知っておこう災害時の必須技術 搬送
(川谷陽子、EMERGENCY CARE 22: 52-57, 2009)我が国の広域搬送計画
搬送手段の選択
航空生理学
航空機搬送中の看護
搬送先への申し送り
病院の災害対応計画
(勝見敦ほか、LiSA 15: 758-763, 2008)医療だけを考えては成り立たない
指揮命令系統の確立(Command & Control)
災害組織図(階層構造)の柔構造
三つのT、災害は地震だけではない
災害訓練のありかた
結語
北海道洞爺湖サミットの救急医療体制:基幹病院、NBCテロ対策、ヘリ搬送チーム
(高橋 功ほか、救急医療ジャーナル 16巻6号、p.56-61、2008)基幹病院としての医療体制の構築と問題点
NBCテロ対策
ヘリ搬送チームの活動
災害後の被災者の心理、精神保健
(久保恭子ほか、小野真理子・監修 いのちとこころを救う災害看護、東京、学習研究社、2008、
p.85-88)1.小児の被災者への看護・支援
2.妊産褥婦の被災者への看護・支援
3.高齢者の被災者への看護・支援
4.精神疾患患者への看護・支援