災害医学・抄読会 080118

滋賀県の災害医療体制の整備について

(渡邉信介ほか.日本集団災害医学会誌 12: 62-73, 2007)


 防ぎえる災害死を減少・消滅させることが災害医療の究極の目標である。阪神大震災の反省を踏まえ、近年発生した新潟中越地震、JR福知山線列車脱線事故等では、医療チームが災害現場に派遣され、消防、警察とともに医療救護活動を実施するようになった。

 滋賀県内には、多くの活断層があるため、琵琶湖西岸断層帯では、マグニチュード8程度の直下型地震を起こす確立が今後50年に0.2〜20%と日本でも指折りの高い地震発生率を示している。(ちなみに、南海地震、東南海地震(マグニチュード8.1~8.5)は50年以内に80~90%の確立で必ず起こると予想されている。)よって、滋賀県は災害医療検討委員会で、関係者による協議を重ね新しい災害医療体制を構築した。現在、消防・警察・自治体などは各自組織の指令系統をもち、それぞれに縦の統制のもとに活動しているが、医療関係者は縦の統制がまだ確立されていない。さらに災害現場で連携が取れた良好な救援医療活動を行うためには、縦の統制だけではなく、横の連携も必要である。

  滋賀県の災害医療新体制の特徴において特徴的なものは、A.緊急医療班の災害現場への派遣 B.災害拠点病院を中心に実施する患者搬送体制 C.災害医療従事者等に対してMIMMS等の災害研修会への積極的参加の奨励と考えられる。

 A、Bに関しては、災害発生時より3フェーズに分けて考えられている。それは、青木らの報告による阪神淡路大震災の死者6434人中5411人を検証した結果によると、死者が最も多く出る時期は発災から3時間以内であった。死者の80%以上がこの時期に死亡しており、これに準じて第1フェーズを3時間以内と規定した。また、防ぎえる災害死については24時間以内が最も多く、13%に認められた。第2フェーズは3時間から3日以内と規定した。

1)第1フェーズ(発災〜混乱期)

 災害現場の警戒区域が設定され、派遣された救急医療斑から現場の医療情報が県および基幹災害医療センターに伝わるまでの段階。主に、医療情報の収集と伝達を目的とする。

  1. 消防本部、警察本部は県に災害発生を伝達する。
  2. 県(医療薬務科)は災害拠点病院に緊急医療班の派遣要請を行い、災害拠点病院は緊急医療班を現場へ派遣する。
  3. 基幹災害医療センターは県から得た情報を地域災害医療センターに伝達し、以後地域災害医療センター間の情報共有に努める。
  4. 災害現場に到着した緊急医療班は、県および基幹災害医療センターに現場の医療情報を報告し、患者のトリアージ・応急治療を開始する。
  5. 県は、緊急医療班からの報告により、必要と認められる場合にまだ派遣要請を行っていない災害拠点病院に緊急医療班を要請する。

2)第2フェーズ(避難救援期)

 災害現場の近くに救護所が設置され、医療救護班が派遣され、最終的には全ての負傷者が災害現場から各医療機関に搬送される。特に「救われるべき命」を救うことを目的とし、24時間以内の救援活動が重要。

  1. 救護所において、緊急医療班が負傷者をトリアージ・救急処置を行う。
  2. 救護所から医療機関等へ患者を搬送する。その際には、重傷度別に、緊急治療が必要な重篤・救急患者は被災地内の災害拠点病院へ、入院を要する中等症患者は、被災地内の災害協力病院に搬送する。
  3. 県は必要と認めた場合は、他府県に負傷者の受入れ要請を行い、重傷度別に搬送し、また県(保健所)は、難病および人工透析などを要する患者の状況を調査する医療救護班を派遣する。
  4. 市・町は、医療救護班(診療科別医療班)を被災地内の災害医療センター、各医療関係団体の協力のもと医療救護所、医療機関に配置する。
  5. 保健所、県地方本部は派遣された医療救護班をどの救護所に派遣するか調節を行い、医療救護班はその指示により救護所等に出動する。

3)第3フェーズ(医療・保健活動期)

 災害現場での混乱は終息し、避難所等における医療・保健活動が中心となる段階。

  1. 市・町、保健所は管内避難所等の医療・保健活動に配置すべき医療救護班を、被災地内に所在する地域災害医療センターおよび地域医師会等の協力を得て編成・派遣し、必要によっては県に医療救護班の派遣要請を行う。
  2. 市・町、保健所は派遣された医療救護班を調節し、医療救護班はその指示により避難所等に派遣される。

 緊急救護班は、災害時の急性期に活動できる機動性をもち訓練を受けた医療チームであり、医師、看護師、医療従事者、事務員等5名程度で編成。医療救護班は、医師1名、看護師1名、事務員1名の3名で編成。

 このような、縦と横の連携の取れた質の高い医療制度は日本では未だ構築されておらず、その手本として日本と類似点の多い医療制度をもつ英国の大災害時の医療支援(MIMMS:Major Incident Medical Management and Support)を滋賀県の災害医療体制に取り入れた。これは、医師、看護師、救急隊だけではなく、消防、警察、ボランティア組織も対象とする教育プログラムである。MIMMSでは、大災害時に必要な平常時と異なる装備、各部門の配置や設定、無線連絡の特殊性と使用法、災害時に受けた精神的外傷の癒し方などのほか各部門に共通する概念、行動のポイント、命令系統が少人数で講義され、実践の訓練などが行われる。これらの概念、手法は平時から災害研修を受け、訓練に参加することで身に付くと考える。MIMMSのシステムを取り入れた災害教育の充実をはかっていくことで、大災害時に、医療に関与する組織の役割と責任、組織体系、連携の仕方、連絡の取り方などが共通語として浸透していくことを目的としている。


災害時における心肺蘇生

(太田宗夫.EMERGENCY CARE 2007新春増刊 Page 159-163)


心肺蘇生の適応外とされる心呼吸停止例

 臨床全般において心肺蘇生の適応外あるいは実施が疑問視されている心停止例は以下の8つである。

  1. 死後硬直を認める例
  2. 死斑を認める例
  3. 決定的な重度損傷が存在する外傷由来の心呼吸停止例
  4. 災害救急時における心呼吸停止例
  5. 脳死が確認された心呼吸停止例
  6. DNR-order(Do not resuscitate)が明記されている病院内心呼吸停止例
  7. Living willとして心呼吸停止時における蘇生を拒否する文書が存在し、家族も主治医もそれを了解している心呼吸停止例
  8. 生命倫理の観点から蘇生実施断念が事前に主治医と家族の話し合いにより決められていた心呼吸停止例

 以上のうち災害救急時の特に急性期(災害発生から24時間以内)と亜急性期における心呼吸 停止例については医療者が平時における蘇生との決定的な違いを理解しておく必要がある。

災害急性期において心肺蘇生を断念する理由

 災害急性期における心呼吸停止の原因は外傷と窒息がほぼ100%を占める。そして亜急性期に入ると心疾患、脳血管疾患といった急性疾患由来の心呼吸停止例が含まれる。しかし急性期と亜急性期では周囲の状況がことなる。

1)急性期における周辺事情

 災害急性期においては以下にあげた理由から医療機能は絶対的、相対的にダウンする。

  1. 施設の物質的損壊と機能ダウン
  2. 入院中患者ケアの混乱
  3. 設備の散乱と性能障害
  4. ライフラインの停止あるいは作動障害
  5. マンパワーの絶対的・相対的不足
  6. 医薬品・資材の不足
  7. 司令系統の混乱
  8. 連絡・通信の停滞
  9. 職員の心理的動揺
  10. 多数負傷者の存在
  11. 心呼吸停止傷病者の連続搬入
  12. 余震など被災の継続
  13. ボランティア医療者の参加
  14. 家族の安否の問い合わせ
  15. 不測の事態

 これが災害時の心呼吸停止例に対する蘇生に大きな影響を与える。

2)「できるだけ多くの救命」という概念

 災害時における救命では「できるだけ多くの救命」とう目標が掲げられる。そこで、発動できる総医療エネルギーと対象が必要とするエネルギーニーズとの関係医療活動の実質的成果を考慮する必要がある。

 すなわち「黒タグ」は最大の医療エネルギーが必要であり、なおかつ災害時において蘇生の可能性は0%に近い。一方で「赤タグ」も多くのええルギーを必要とするが期待できる成果が「黒タグ」と比較して格段に高い。「黄タグ」「青タグ」は必要とするエネルギーは前者より格段に低い上、「より多くの救命」と深い関係がない。従って「できるだけ多くの救命」という目標のためには「黒タグ」にエネルギーを集約する事で救命できる「赤タグ」を失うことをさける必要があるのである。

3)心呼吸停止のトリアージから蘇生適応外の判断

 災害時の心呼吸停止例のトリアージに時間をかけてはならない。

4)蘇生断念の宣言

 医師・看護師は家族の心情を考慮しながら臆することなく、明瞭に、自信を示し、勇気を発揮して蘇生断念を宣言する。救急救命士も自身で家族に宣言しなければならない場面が想定できる。説明に努力し、どうしても納得が得られなければ搬送もやむをえない。

亜急性期以降における心肺蘇生の実施

 亜急性期に入ると対応側のエネルギー量が補充され蘇生行動の実施が少しずつ可能になる。しかし意味のない蘇生を蘇生を実施する必要がない点に変わりはない。

 救急医が現場に存在するのは3日が限度で、その後は救援ボランティアに医療全体をゆだねる段階に入る。このころから心呼吸停止例の原因は外傷主体から疾患由来主体に移るので蘇生率も高まり蘇生行動の意味も変化する。そして漸次平時の蘇生パターンに近づいて行く。

 またこの時期は深部静脈血栓症など防止可能な心呼吸停止にたいする予防に目を向ける必要がある。

まとめ

 災害時における蘇生行動については一定の結論が生まれた。

 すなわち、急性期における蘇生活動が「より多くの救命」という目標から遠ざけることが理解された。その結果「災害急性期における蘇生行動は差し控え、そのエネルギーを救命可能な赤タグ例に勇気をもって転換する」というルールが固定した。冷酷な方式との見方はあるが平時における感覚と行動様式から離脱しpreventable deathの減少に努めるのが現代災害医療の目標であり使命である。


災害に学ぶ―過去から (4)2005年福岡県西方沖地震

(隈 博政.臨床透析 22:1505-1510, 2006)


 2005年3月20日に、マグニチュード7の福岡県西方沖地震が発生し、4透析施設が被災を受け、1施設が2日間透析不能となった。このことによって阪神・淡路大震災で得られた教訓である情報収集・伝達の重要性を再認識させられることになった。そのため、地震当日の情報収集・伝達状況とその問題点および、その後の取り組みについて考察してみる。

I.地震当日の情報収集・伝達

1) 当日の通信障害(通信規制)と臨時的手段

 情報インフラによる被害はほとんど見られなかったが、固定電話・携帯電話において音声信号が輻輳したため、発信、および接続規制がなされた。 災害時優先電話、メール、インターネットは問題なく使用でき、有用であった。

2) 透析施設の被災とその対応

 原三信病院呉服町診療所から被災状況報告と透析不可能期間の支援依頼があり、ただちに優先電話にて情報収集・伝達を行なった。

 被災状況調査、「災害用伝言ダイヤル171」を利用した患者との連絡、日本透析医会災害時ネットワークの災害時情報伝達・集計専用ページ(以下、日透医集計ページと省略)への入力を直ちに指示したところ、短時間に被災状況を把握でき、被災から2〜5時間後には対策をたてることができた。また、被災施設の連絡がつかない患者へは、NHKのテロップで知らせることができた。

II.今回の問題点

1) 優先電話

 非常に有用であるが、発信時のみ優先であることを考慮すると、緊急時には発信用として使用したほうがよい。今回のケースでは地震の影響でドコモの優先電話が2時間ほど一般電話と同じ扱いとなってしまった(以下、ドコモ優先不機能)。これによりいくつかの問題が生じた。

2) 広域災害・救急医療情報システム

 阪神・淡路大震災での教訓により構築された「広域災害・救急医療情報システム」が、日常的なデータ更新が不十分なために役に立たず、救急隊員がこのシステムに頼らずに搬送先の決定をした。さらに負傷者が多かった地区では、ドコモ優先不機能のために連絡なしに重傷者を含め70人の患者が搬送された。このために透析ベッドが救急用に用いられ、翌朝まで通常透析ができるかどうかわからない状態に陥った。このシステムを活用するためには情報を即座に更新できるよう、データ入力の簡略化や日常の訓練が必要である。

3) 透析医会における情報伝達とコーディネータ

 ドコモ優先不機能により、au所持の筆者が急遽コーディネータとなった。災害の場所、規模、その他の状況によって対応できるコーディネータが決まるということを学んだ。

III.今後の取り組み

1) 携帯電話を用いた一斉連絡メール

 災害時情報伝達システムに望まれることは、1.被災を受けにくい、2.輻輳が起こりにくい、3.発信・接続の規制を受けない、4.一斉連絡ができるものであり、5.持ち運びができて、6.日常的に使用になれておく必要がある。このような観点から、「携帯電話一斉連絡メール」が有用であると考えられる。すでに、佐賀腎臓病患者連絡協議会は独自にITを活用した防災対策ネットワークを構築しており、今回の地震でもその効果を発揮している。

2) 連絡網の再構築

 連絡網の再構築し、「携帯電話一斉連絡メールシステム」と連動させる。さらにコーディネータを複数決めておき、被災地域の範囲により順番を決めておくこととした。

3) マスメディア

 患者への一斉連絡としてNHKに広報を依頼したところ、連絡の取れなかった患者から連絡があった。災害時にマスメディアは非常に有用である。特に移動中の車の中でも聞くことができるラジオが有用であると考えられる。

4) 九州ブロック透析医会連絡協議会の設立

 県境での災害時には他県との協力が必要となるので、九州ブロック透析医会連絡協議会を立ち上げた。

5) 日本透析医会の協力

 今回の地震における各施設の支援能力を「日透医集計ページ」で知ることができた。多くの施設が透析不可能となるような大災害の場合には、この情報が役立つと考えられる。毎年の入力模擬訓練が重要である。


日本赤十字社における災害看護教育

(小原真理子.インターナショナルナーシングレビュー 28: 114-119, 2005)


 日本赤十字社は1890年より災害救護を看護基礎教育や卒後の継続教育に取り入れて、救護看護師の養成を開始した。救護看護師は、病院内などの施設内看護に留まらず、国内・国外の災害現場に赴き救護活動を行っている。今回は日本赤十字武蔵野短期大学(以下本学)・日本赤十字医療センターにおける災害看護教育の実例について述べる。

 本学では阪神淡路大震災を受け、又災害看護の見直しに対する社会のニーズ・国際化に伴う人材育成のニーズを反映し、1998年より「災害救護論」の教育を開始した。

1.災害救護論授業

 以下の6つの分野から構成される。

2.災害救護実習

 救護活動に必要な判断の基となる「A.知識」、行動に持って行くために必要な「B.救護技術」、この2つの要素に救護に対する「C.心構えと態度」が重なり「D.行動」につながると考え、表1のようなプログラムを決定した。

 実習の成果は、ABCDの4領域22項目を自己評価表を用いて5段階方式で評価した。2003年度の結果は、22全項目とも実習前と比較し、実習語の評価が有意に上昇した。よって、本実習の展開が効果のあることを検証できた。

 また2004年度からは、地域の防災力向上の重要性から地域防災プログラムを展開している。

☆     ☆     ☆     ☆     ☆

 日本赤十字医療センターでは、国内外で活躍できる有能な看護実践者の育成を継続するために以下の活動に取り組んでいる。

1.国内救護班の編成

 年度始めに12個班の救護班を編成し、1ヶ月ごとの輪番制で災害時の救護体制を整備している。医師1名・赤十字看護師長1名・赤十字看護師3名(助産師資格取得済)・主事2名・薬剤師1名の計8名の体制としている。

2.国際救護派遣要員の条件

 赤十字の国際救援は、災害や難民・戦乱や扮装に伴う緊急援助としての国際救援事業と、公衆衛生レベルの向上・発展途上国の開発協力事業の2つがあげられる。派遣される為には、国際救援・開発協力要員基礎研修会を修了していること、そして基礎研修受講までにTOEIC600点以上またはベルリッツ語学検定でレベル5以上を取得している事が必須である。

3.赤十字救護員研修カリキュラム

 救護員としての赤十字看護師になるためには、一定の救護教育と訓練が必要と規定されている。表3は救護員としての赤十字看護師研修実施要綱を、表4には規定教科内容が示されている。

4.救護員の育成

 日本赤十字医療センター看護部では、救護員としての資格取得や実践を推進している。国内外の救護活動ができるためのプロセス、必要な研修や資格を図式化したものが図1で個々のレベルアップが図れることを期待している。

 看護基礎教育では、災害看護を学ぶ動機付け、活動する上で必要な判断力や決定力、基本的救護技術の習得を図ることが重要である。卒業後の継続教育では、基礎教育での学習をより発展させ、他職種との連携のありかたを学び、災害サイクルに準じた看護活動が展開できる為に必要な知識や技術を学ぶ必要があると考える。


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