災害医学・抄読会 070713

災害サイクル(上)

(和藤幸弘:EMERGENCY CARE 2007新春増刊 Page19-28)


災害サイクルについて

 災害サイクルとは、災害が発生した時の管理や災害対策上重要な概念で、「平常時」、「災害発生によって被害を受けた時期」、「被害を受けてから平常の生活へ復興する時期」を一つのサイクルとしてとらえ、繰り返すものと考える。

 災害が繰り返す長い期間を「災害サイクル」として包括的に把握できれば、それぞれの局面で座標を失わずに対策・対応を考えることができ、さらに、次に起こりうることを予測することも可能となる。この概念は、自然災害はもちろん、人為的災害、作為的災害においても複数回発生すると考えれば当てはまる。

静止期・前災害期

 静止期は、被災から復興が完了して、次の災害に備える時期である。次の災害を全く意識していなかったり、また、大災害の後、新たな法律制定を代表とする対策強化が行われたりと、管理者や市民の危機感、問題意識のレベルは様々である。

 前災害期は、予知や警告、予報、警報をもとに、来るべき災害に備えた具体的な措置ごとられる時期である。情報、政府の勧告によって、海外渡航自粛が警告されたり、空港のセキュリティ・チェックレベルが上げられるのも前災害期である。この時期の情報収集は、問題意識を喚起する意味でも最も重要である。この時期の情報開示、情報収集、検証が的確に行われれば、災害の発生自体や被害の拡大が防止できる可能性もある。ここでの研究者の役割は非常に重要であり、起こりうる災害発生や被害の可能性について、科学的根拠に基づいた精度の高い情報を行政や市民に提供し、災害対策を勧告しなければならない。

災害発生期

 超急性期と急性期に分けられる。

 超急性期は災害の発生により、人的・物的被害が発生し、被災地以外からの救援活動が開始されるまでの時期である。災害発生から数十分または数時間となり、災害救援のPhase 0となる。災害現場では局地的混乱が生じる。負傷を免れた被災者は自ら非難を開始して交通渋滞が発生し、被災現場の人的・物的物資のみで軽救助(Light rescue)が行われる。地震、津波、風水害では停電、断水が生じることが多い。

 医療現場では、災害現場に最も近い医療機関では傷病者数に圧倒され始めることがある。大災害のこの時相には重症患者は医療機関に到達しない。医療機関では、スタッフの非常招集、入院患者の安全確認、建物被害、診療機能への影響を確認し、数時間後の混雑を予測して体制を整えなければならない。

 消防、警察組織においても、この時期には対応が被災地内に留まり、全体が把握できないことが多い。被災地域の最高責任者(都道府県知事、市町村長など)は、状況の把握(METHANE)とScene control(被災地の秩序の保持;道路封鎖、治安維持など)に努め、被災地外に情報を発信し続け、救援要請の判断をしなければならない。

 全ての管理において、C3Is(Command、Control、Communication、Intelligence)は重要である。特にIntelligenceは、情報把握の程度によって管理の質、成功不成功が決まると言っても過言ではない。

 急性期は、近隣の被災地外から軽装備の救援が開始されてから、重装備を含めて必要な救援が到着するまでの期間で、被災後数分、数時間から24時間の間のことで、災害救援のPhase 1-1となる。災害現場は最も混乱し、Scene controlが最も重要となる。大災害では生命の危機に対する不安が遷延し、秩序・治安が悪化する。現場では、救助の不要な傷病者の搬送がほぼ収束し、捜索・救助・応急処置・搬送が行われる。

 医療現場では、救助された重症患者が搬入され始め、医療機関の外来部門が最も混雑する時間帯であり、医療機関においても秩序を保つことが最優先となる。病院入り口でトリアージを行い、応急処置、検査、治療も優先順位を決めて効率的に行う。

 災害管理としては、警察、自衛隊によるScene controlで、現場の秩序を維持することが最も重要となる。

 被災地の病院に搬送された後、被災地外への転送が必要となる。また、DMATによる災害現場や被災地域の災害拠点病院の支援も重要であり、今後期待される。予後不良でない重症患者を被災地域外へ搬送するルートを確保すべきであり、事前の計画が必要である。


災害サイクル(下)

(和藤幸弘:EMERGENCY CARE 2007新春増刊 Page28-34)


救援期(external assistance)について

 災害・事故における救援期は大きく、1)急性救援期、2)慢性救援期、3)復興期の三つに分類される。それぞれの時期の災害現場の状況に合わせ、必要な災害管理や医療管理も変わってくるため、その時期に適した体制を整えることが必要である。今回は、実際の災害を具体例として何点か提示しながら、それぞれの救援期の特徴についてまとめた。

1) 急性救急期:数時間または24時間から48時間(災害救援のphase1〜2)

 被災地外からの救援が可能になり、地域内だけでは不可能であった援助作業や、不足していた食料、医薬品など物質などが供給されるようになる時期である。

2) 慢性救援期:48時間から1週間(災害救援のPhase2)

 多くの災害で生存者の救援は終了し、生存者の救済が行われる。

3) 復興期(rehabilitation,reconstruction);1週間から,数ヶ月,数年間(災害救援Phase3)

まとめ

 ひとつの災害に関連しておこる事象が繰り返すという災害サイクルを理解して、現在起きている事態を正確に把握し、次に起こり得る事態を予測して対応することや、過去の災害時の支援において問題となった点を列挙し、次に災害が起こった際により有効な支援が行えるよう対策を講じていくことが重要である。


培った経験を「トリアージ」に活かす

(佐藤紀子ほか:ナーシング・トゥデイ 21巻7号 Page7-17, 2006)


【聖マリアンナ医科大における院内トリアージ】

 救急外来におけるウォークイン患者(独歩受診患者)は、救急搬送される患者と違って事前情報がまったくない。そのため、診察を待つ患者の中には重篤な患者が含まれている可能性がある。このことから、聖マリアンナ医科大学ERではウォークイン患者に対しトリアージナースを配置している。

 一般にいわれるトリアージナースの役割は直接来院の救急患者、救急車搬送患者に対し緊急度の判断だけでなく、診療科の決定、各診療科への直接連絡も行う。たいして、同ERのトリアージナースは、ウォークイン患者のみが対象患者であり、緊急度の判断のみ行う。トリアージナースは、受付を済ました患者全てを対象に問診とフィジカルアセスメントを行い、緊急度に応じてレベル I〜IIIの判定を行う。レベル Iと判定された患者は即、重症ユニットにて受診できるよう準備する。レベル IIと判定された患者も、軽症ユニットにて優先的に受診できるよう調整する。緊急度の低いレベル IIIの患者に対しては、待機の理由伝え安心、納得させ、診察の順番を待ってもらう。トリアージの判定において難しいのはレベル IIの判定である。患者の容態を低く見積もってしまうアンダートリアージが、生命に関わりかねない重大なミスであるためだ。それゆえアンダートリアージを出すくらいならオーバートリアージがある程度容認されている。トリアージの判定基準は国内で標準化されたものは無く、施設ごとに異なっているのが現状だ。レベル IIの範囲が広すぎるという意見があり判定基準について試行錯誤が行われている。

 トリアージナースのその他の役割として診察待ちの患者の観察も重要だ。来院時に比べ状態が悪くなってないか観察し、また患者、家族を安堵させる心遣いが必要だ。

 トリアージナースのその他の役割として診察待ちの患者の観察も重要だ。来院時に比べ状態が悪くなってないか観察し、また患者、家族を安堵させる心遣いが必要だ。

【災害トリアージ】

 災害トリアージが行われる状況は 1)傷病人の数が多いこと、2)適応可能な援助に偏りがあること、3)妥協と即効性が必要であること、4)優先順位をつけねばならない、5)治療の遅れや搬送の遅れにあわせて治療せねばならないこと、6)パニックや心因反応があること、7)二次性の感染病やその蔓延の恐れがあることである。通常の救急医療が「個人に最善を尽くす」ことを目的にしているのに対し、災害医療では「多くの人命を救助するために最大多数に最善を尽くす」ことが目的となる。災害トリアージに求められるものは、正確性、迅速性、普遍性である。この3つが多数の傷病者に行われなければならない。しかし、多数の傷病者に対して完璧なトリアージは不可能であるため、まずは傷病者の状態のみに注目してトリアージする方法としてSTART式が用いられている。START式は呼吸、循環、意識状態の3つのパラメーターで判断し振るい分けるものだ。災害トリアージを効果的に行うために、訓練を通して実施者と被災者の両方の視点を学ぶことが重要である。緊張感のあるリアルな訓練を通して実施者としての判断力だけでなく、災害への興味が増し、被災者の気持ちを考えるようになるということだ。


国・地方公共団体の司令塔の強化・その即応体制と指揮機能

(松島悠佐:大震災が遺したもの、東京、内外出版 2005、p.73-91)


 阪神淡路大震災の教訓から、政府は平素からの防災行政を強化し、即応体制も改善し、組織制度としての指令塔の機能は強化された。防災基本計画も大幅に修正され、より具体的な計画となり、災害対処の各種マニュアルも整備されてきた。組織制度を活用し、マニュアルに従って運用すれば、基本的な対応が出来る態勢が整備された。これから先は、災害の個々の状況に従っていかに組織を運用するかという問題になってくるが、これはひとえにこの業務に携わる人の能力に関わってくる問題である。

 地方公共団体でも国と同様に、教訓に基づいて各種の改善策がとられている。だがその進歩の度合いは各団体の置かれた立場によってバラつきがある。当然のことながら、大規模震災が予想される地域では熱心だが、それ以外ではあまり関心がない。皮肉なことに災害はえてしてそのような場所に起きることが多い。相互に協力し、連携し合える態勢が重要だが、この面では相互協定も整備されてきており、意識改革は相当に進んでいる。

I.国の指令塔

(1) 政府の防災行政の強化

 以前は防災行政は国土庁防災局が担当していたが、平成13年の省庁再編により、防災に関する事項を専門に掌握する防災担当大臣が内閣府に設置→政府の防災行政に関する機能は大幅に強化された。

(2) 防災基本計画の修正

 防災基本計画の自然災害対策編の全面改訂のより、概要的な記述からより具体的な対策の記述へと修正された。

(3) 防災体制の強化に対する提言

 防災基本計画専門調査会がまとめた提言であり、防災体制の向かうべき方向と目標がよく示されているが、実行はまだこれからの段階である。1)迅速な災害応急体制の確保、2)地方公共団体の防災・危機管理対応力の強化、3)防災情報体制の整備と災害に関する研究の推進、4)住民および企業の防災・危機管理意識の向上、5)防災・危機管理に関する人材の育成、6)被災者支援の充実、7)中央防災会議による防災行政の一層の推進

(4) 即応体制の改善

 国の指令塔の即応体制では、まず事態発生の情報が官邸など必要な部署に 速達できることが必要であり、次いで、その情報に基づいて初動対処を判断するための必要なスタッフが緊急参集する体制を作らなければならない。情報の早期収集・速達→「緊急参集チーム」の編成、初動対処のためのスタッフの参集→宿直制度、「内閣情報集約センター」

(5) 指令塔の機能強化

 「現地災害対策本部」設置の法制化、「緊急災害対策本部」設置要件の緩和→国の司令塔として総合的な施策を講ずる態勢が法的に可能に….ただし運用者の能力に負うところが大

II.地方公共団体の司令塔

(1) 防災組織の強化

 阪神大震災以降各地方公共団体はそれぞれの立場から防災体制の向上を図ってきたが、その進歩状況と成果は各自治体に応じてまちまち→各団体の防災に取り組む組織はばらばらであり、この状態だと自治体相互の情報伝達や広域の応援などの調整に手間取る可能性→ある程度標準化する必要あり?

(2) 即応体制の改善

 情報を収集して知事、市長など必要な部署に速達することが緊要であり、さらに必要なスタッフを緊急参集させる制度が必要→そのための施策の整備が自治体によりまちまち。また、制度があってもうまく機能しなかった市町村も→施策改善の継続が改善の近道

(3) 地域防災計画の修正

 地域防災計画は地方公共団体が作る総合的な防災計画で、すでに全都道府県とほぼすべての市町村で作成されているが、都道府県相互間の地域防災計画はまだ作成されていない→東海地震、東南海・南海地震など広域的な大規模災害発生のおそれがあり、関係地方公共団体が共通の被害想定を行い共通の認識のもとに防災計画を策定する必要性

(4) 地域防災力の評価

 消防庁が地方公共団体の「地域防災力・危機管理能力」を評価する手法をまとめそれにより各団体が試行的に自己評価→体制は整ってきているがリスク把握・評価、被害想定、住民との情報共有が不備である。


ガルーダ機墜落事故とえひめ丸沈没事故 輸送災害における被災者ケア

(前田正治ほか:精神医学 48巻3号 Page295-302, 2006)


 古来より、一度に多くの人が死傷する出来事は自然災害しか例がなかった。しかし、産業革命以降、1912年に1517人の死者を出したタイタニック号沈没事故を初めとして、一度に多くの人が死傷する災害性の高い事故が起こるようになってきた。日本でも1155人の死者を出した青函連絡船の洞爺丸沈没事故や、ガルーダ・インドネシア航空機機墜落事故、えひめ丸沈没事故、最近ではJR福知山線脱線事故などが起こっている。

 では、このような輸送災害が被災者や救助者に及ぼす心的外傷やそのケアについて、どのような実践や進歩があったのだろうか。ガルーダ・インドネシア航空機墜落事故、えひめ丸沈没事故では輸送災害被災者に対する系統的な調査やケアが文献上で報告されており、輸送災害・被災者ケアのあるべき姿を考えたい。

 ガルーダ・インドネシア航空墜落事故では福岡在住の生存者に対して精神保健面に関する調査及びケアプランが立案され、保健師による被災者訪問によって調査する方法がとられた。しかし、事故後被災者は離散してしまい、居住地がなかなか把握できず、訪問が実際に開始されたのは事故から半年後で、1年間しか継続されなかった。調査はGeneral Health Questionnaire(GHQ28項目版)を用い、1年たってもスコアに改善は見られなかった。被災者の多くは飛行恐怖や乗り物全般に対する恐怖が出現し、日常生活に支障が出ていた。精神科を受診した人はわずか5%で、多くは外科や内科で向精神薬や睡眠導入剤を投与されていた。

 これに対してえひめ丸沈没事故では米国から5年分のPTSD対策費用を得て2ヵ月後から5年間、宇和島中央保健所を中心として、宇和島水産高校関係者や医師、臨床心理師、兵庫県こころのケア研究所などでチームを作り、保健師による訪問サービス、保健所での複合家族面談、心理教育的会合、地元の精神科病院による治療や就労支援などを行った。調査はGHQ28のほか、自記式うつ病尺度SDS、出来事衝撃度尺度(IESR)を用い、PTSDに関しては日本語版PTSD臨床症状評価尺度(CAPS)を用いて診断した。そして生徒の精神状態は2年を経過するころから急速な改善が見られた。

 このように、えひめ丸沈没事故ではガルーダ航空機墜落事故に対して、救援の中心がはっきり定まっていて緊密な連携が取れており、また5年というはっきりした支援期間を見通して長期的視野に立ったケアを行うことができた。また、いずれのケースでも保健師が重要な役割を担っている。このような経験や、その他の報告から、輸送災害発生時の精神医学的介入のあり方は次のようにするとよいと考えられる。

1.災害早期の支援

 平時から訓練されている危機即応チーム(CRT)が出動することが望ましいが、事故発生から数日以内の早期にできる重要な介入として負傷して入院した患者に対するメンタルヘルスケアが挙げられる。1ヶ月以上入院している被災者のほうがそうでない人よりもPTSDになりにくく、1)急性ストレス障害(ASD)のスクリーニング、2)適切な心理教育、3) 段階的に日常的な刺激に暴露し、乗り物恐怖に対処する。

2.中長期支援

 自然災害と違う点は 1)生存者の離散、2)乗り物恐怖である。

 1)では、 メディアとの連携により被災者は必要な情報を手に入れることができるが、JR福知山線脱線事故の時にJR側が個人情報保護法を盾に地域保健機関に被災者情報を提供しないというような問題もあり、メンタルヘルスのケアはこのようなことに妨げられないようにしなければならない。また、被災者は精神科よりも一般内科や外科を受信することが多く、一般開業医や医師会との連携が必要である。

 2)では、乗り物を利用できないとQOLの低下をもたらすので、乗り物恐怖への対応や治療、リハビリテーション、認知行動療法・薬物療法などの精神科治療を行い、また周囲の人々の理解や労災歯弓などの適切な便宜を図ることが大切である。

3.遺族のケア

 遺体の確認など、遺族の負担は非常に大きく、遺族が陥る急性悲嘆に関しては遺族に常に寄り添って生活全般の支援を行う姿勢が大切であり、これが長期ケアの礎となる。

4.二次災害と地域住民のケア

 乗員乗客のみでなく、地域に住む人も、居住している人自身が死傷したり悲惨な現場を目撃したりと、被害を受けることがある。居住先は把握しやすく、避難所の利用や保健師の訪問など地域レベルのケアを行う。

5.乗組員・従業員のケア

 乗務員のほうが職責を伴い、警察や事故調などの機関からの取調べもあり、乗客よりもPTSDやうつ病が多い。乗客や遺族とは加害者・被害者関係になってしまうこともあるので、産業医や職場保健師を中心としたケアを行う必要がある。

6.援助者へのケア

 離断遺体や焼死体が散乱する事故現場で救助活動や遺体の回収・確認に従事するような専門職のストレスは大きく、医療従事者のPTSDは13.5%に達し、十分なケアが必要である。

7.補償

 補償の問題がメンタルヘルスケアに大きな影響を与えたという報告はほとんどない。

 まずは、自然災害と同じく、輸送災害においてもメンタルヘルス面でのケアが重要という専門家のコンセンサスがなければならない。


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