災害医学・抄読会 070202

2 報告会―被災地の医師たちは語る―慈恵病院/佐野伊川谷病院/西神戸医療センター

(立道 清・編著:そのとき医師たちになにができたか、清文社、大阪、1996、p.155-186)


 被災地の病院で勤務していた医師たちが、さまざまな視点から災害時における病院の役割や、実際に経験して初めて分かった事などを報告し合った。

 まずは、病院の建物・設備の損害についてである。病院は震災時には精神的にも物理的にもシェルター(避難所)としての役割が期待される。よって、病院の耐震性はとても重要であり、また立地にも考慮が必要である。人工島にあった病院では液状化現象により孤島化してしまい、病院としての役割を十分に果たせなかった例もあった。また、橋が壊れてしまい交通のアクセス面でも、患者さんをスムーズに運び込めなかった例もあった。よって、病院の『シェルター』としての役割を最大限に生かすためには、建物の耐震性、立地なども考慮する必要がある。また、病院の設備面では『水』がないことが致命的な損傷であった。自家発電装置がある場合でも、水冷却式であった場合は水がないことで再び停電になってしまった。

 次に被災地域内外での混乱が問題点として挙げられる。被災地には、公的、私的病院が混在しており、自分の病院内の状況も把握できておらず他の病院に応援に行くべきか、患者を待つべきか、混乱することが多かった。神戸市の地域医療課が病院の機能状態の情報収集を総括していたが、実際は状況把握できていなかったのだ。また、行政からの要請を待ったり、許可システムのせいで初動救護が遅れてしまったりと、情報が統括できてないことで混乱を招くことも多かった。混乱の一例としては、ある病院では患者が来なかったり、受け入れを許可した途端に患者が殺到したりなどである。よって、災害が起きた場合に被災地全域の情報を収集統括し、指示が出せるような命令指揮系統を明確にしておくべきである。また、病院も行政も緊急時の対応をどうするかを事前にマニュアル化しておき、いざという時に連携が取れるようにしておくべきである。その他に、医療品の問題や、治療費についての問題なども挙げられる。治療費をどのように決定するかということも、事前に決定しておけば速やかに処理できていたと思われる。

 最後に一番大きな問題であった患者の搬送についてである。被災地外からは、被災地の病院はなぜ、外に患者を送り出さないのかという指摘が多かったが、現場の病院では集団患者が殺到し、交通渋滞、情報、救急車、マンパワー不足のなかで、搬送困難な重傷者を抱え応急処置をするだけで精一杯の状況であったのだ。普通ならば、要請がなければ他の病院に援護を送ることはできないが、災害時ではむしろ要請がなくても自ら被災地に出向くという選択が重要である。つまり、ハイテク機器の前で患者を待つのではなく、情報がなくとも医師自らが現場に行きトリアージを行ない応急処置、搬送することが第一であるのだ。現場に出向かなければ、支援とは言えないのだ。このように、被災地外と被災地現場とのギャップや情報交換不足によって、支援活動が円滑に働かなかったため助かるべき命が多く失われてしまった。

 これらの反省点を踏まえてもっとも重要であることは、被災地だけではなくて、近隣の市町村とも連携が取れるよう、通信網、拠点病院作り、指令センター作りなどに取り組むことである。つまり、情報の混乱がすべての混乱を招いているのだ。したがって最新の情報を把握しその情報をもとに総括的に指示できる機関を作り、災害に備えマニュアル化しておくことが必須であろう。また、今回の震災の反省をもとに、各々の病院でもマニュアルを作るとともに、具体的な状況を想定した実践演習を何度も行ない、いざというときに混乱を招くことのないようにすべきである。


第1章 大事故災害への体系的アプローチ

(小栗顕二ほか・監訳:大事故災害への医療対応、東京、永井書店、2005、p.3-15)


 保健医療サービスにおける大事故災害とは、発生場所、生存被災者の数、重傷度または傷害の種類の点から特別な人的・物的資源を要する事故災害であるとして定義される。

 大事故災害は以下の3つに分類される。
1.自然災害または人為災害、2.単純災害または複合災害、3.代償性災害または非代償性災害

 大事故災害は3つのフェーズ、準備、対応、回復にわけられる。

準備

 大事故災害のための医療準備には次の3つの要素がある。

1.計画、2.装備、3.養成

計画

 保険医療サービスでは次の計画が必要である。

装備

 防護服をはじめとする個人用防護服が現場に派遣されるすべての保険医療要員に必要であり、現場に携行する医療器具や医薬品等が救急車に搭載される資器材を補完し、無用な重複は避ける。

養成

 教育と訓練の2つの面から行われる。

 教育は患者の状態評価と治療に関する原則は通常、二次救命処置コースで教えられていて、プレホスピタル環境に応じて適切に利用されるべきである。またMajor Incident Medical Management and Support(MIMMS)は保険医療従事者に体系的なアプローチを教育・訓練するための医師、看護師、救急隊向けの3日間のコースであり、非常に有効な災害教育プログラムである。

 訓練には幾つかの形式があり、個々のプログラムは単独で円滑かつ充実した訓練を簡単に行えるようになっている。

体系的な対応

 あらゆるハザードを想定した体系的な大事故災害対応は、現場で保健医療サービスを統括する指揮官をはじめとし、災害医療にかかわるすべての保健医療要員にとって有効である。

 そのアプローチ方法は以下の7つの基本原則に要約できる。これは大事故災害威容マネジメントのABC(基本)である。 また大事故災害の重要な弱点は、情報伝達のまずさである。

Command 指揮

 現場で緊急サービス機関ごとに任命された指揮官による縦の連携である。

Safety 安全

 自分、現場、生存者の安全があり、個人の安全が最も重要である。これは各人が適切な防 護具を着用することにより、確実なものとなる。現場の安全は警戒線を用い、効率よく 統制することにより確保される。

Communication 情報伝達

 一般的には無線をツールに、早い段階で災害指揮官の間で有効な通信手段を確立し、定期 的に連絡をとりあうための協定を結んでおくべきである。現場から最初に伝達される情報 の質は、その後の対応の迅速性と適応性を決定づける上で重要な要素である。原則は METHANEという頭文字でおぼえるとよい。

 Major incident:大事故災害 Exact location:正確な発生場所 Type of incident:事故災 害の種類 Hazard:危険性 Access:到達経路 Number of casualties:負傷者数  Emergency services:緊急サービス機関

Assessment 評価

 迅速に負傷者数と外傷の重傷度を把握して収集された情報に基づき初動対応が決定される。

Triage トリアージ

 治療の優先順位別に負傷者を選別することである。

Treatment 治療

 大事故災害時の治療の目的は最大多数に最善を尽くすことで、救命可能な負傷者を発見し、 治療することである。

Transport 搬送

 先進国特有の大事故災害では大半の負傷者は救急車両で搬送されるが、適切な車両で搬送 され、車中で必要な処置を受けられるようにしなければならない。

回復

 このフェーズは二次保険医療体制においては負担が数日間から数週間続くと考えられ、ストレス徴候を示す者もでてくる。よって災害発生直後には、今後の実践業務を改善するための反省の場としての業務上の報告会を、事故災害に対する気持ちを整理するために必要な精神的サポートを提供するための心理的な報告会とが並行して進められるデブリーフィング・プロセスを開始することが求められる。


アメリカにおける災害・生物化学テロへの備え

(Walker H:インターナショナルナーシングレビュー 28: 126-131, 2005)


 アメリカでは2001年9月11日の同時多発テロ以降今後起こりえる災害・生物化学テロ攻撃時に地域社会のニーズに応えるべく看護職の能力を向上させる必要性、および災害準備の学問の必要性がでてきている。

 まず看護職の能力を向上させるために教育を充実していく必要がある。

 以前から看護において予防と備えは病気だけでなく災害に対しても重要な目的であった。その結果大半の学士過程の地域保健コースで災害への備えは常に重要な要素であった。同時多発テロ以降はさらに細やかに災害・生物化学テロ発生時の地域のニーズへの対応に備え訓練を受け、意識を高めなければならなくなった。さらに現在及び将来、危機的な看護師の不足が影響を与える可能性があることから地域の看護職および民間人への災害教育は将来に向けていっそう重要である。

 教育と研究にとって第一の関心分野は患者のニーズとケアに関する分野である。第二の分野は医療従事者に焦点を当てた分野である。主に災害への準備訓練、災害や生物化学テロ発生時における医療従事者の安全の確保に関係する。第三の分野は医療供給体制に関する分野である。同時多発テロ以降は集団災害教育国際看護連合と呼ばれる共同研究団体および陸海空軍看護研究プログラムの教育活動が災害看護という新たな重要分野における看護職その他の医療従事者の教育計画に大いに貢献している。

 災害看護教育は以前は自然災害が中心で生物化学テロ〈生物剤・化学剤・放射能傷害・その他テロリストの生物化学的攻撃〉を教えることはほとんどなかった。そのため現在でもこのような教育は多くの大学で開発段階である。同時多発テロ以降アメリカ国民はますますテロ攻撃を受けるのではないかと感じている。しかし市民に対して生物化学テロに関する最新の情報を提供する教育プログラムはまだほとんどないため充実させていく必要がある。

 ユニフォームド・サービシーズ大学院では上級実践看護職に苛酷な環境の中で実務に携わる必要性を教育している。学生は年に一回、災害や戦争、生物化学テロを想定した野外環境下で用いる装備を着用し過酷な環境下での野外演習に参加する。

 医療体制の対応に関する教育・研究もまだ非常に乏しい。災害や生物化学テロ時に<1>救急対応チームは患者・家族の非難計画をどう策定しなければならないか、<2>地方自治体、州、連邦政府はどう連携するかという問題は教育にとって非常に重要である。

 上級実践看護職は伝染性疾患やさまざまな生物剤に対するプライマリーケアーの相当部分を担う。看護職の中でも上級実践看護職の知識評価研究の必要がある。そしてさらに医療従事者のみならず患者、家族、地域が科学技術(シミュレーション、仮想環境、模擬患者)をどう使うか、通信教育や職業教育にインターネットをどう使うかについての教育・研究をもっと進めていかなければならない。


被害を極限する地域防災力の強化策 2 強化の方策

(佐藤喜久二:主動の地震応急対策、東京、内外出版、2004、176-181)


(1)縦割発想から総合的発想への転換

 地域防災力の強化の方策として、従来の縦割発想(都道府県・市町村がそれぞれの自主性に委ねる)で取り組んできたが、総合的発想(都道府県域、市町村域全体を俯瞰し域内の弱点を是正しながら均衡を保つ)が必要となる。

(2)自助・共助・公助思想の浸透

 地域に在住する住民や事業所などと行政の関係は、自助・共助・公助の関係が望ましく、住民や自主防災組織、地元事業所などの主体性をさらに求め、地域で行われる防災訓練への積極的参加を促すことが必要である。

(3)防災能力の実態把握

 地域防災力の強化においては、食料品・生活必需品・救助資機材などの備蓄と同時に、想定地震に対する自己自治体の防災能力の実態を把握することが必要である。そうすることにより、備蓄物資の不足や避難所の不足、行政が行うべき事項などが明らかになると同時に、地域住民や自主防災組織にやってもらわなければならない事項(低難度救助からの救急活動、救助者の病院への搬送、避難所の共同運営など)も浮き彫りになる。その際、人的要素の把握(災害本部の職員、避難所の職員、医療機関・被災地に派遣するスタッフなど)を行うことを忘れないようにしなければならない。

(4)事業所との連携体制の強化

 地域社会で活動している各種の事業所は、災害対応時に必要な人や資機材などの資源を保有しており、これら事業所と自治体との連携体制の強化は地域防災力を強化するに当たって不可欠な要因となる。自治体と事業所との連携強化を行うためには、単に現地で行う防災訓練への参加を呼びかけるのみならず、事業所側が参加しやすく、連携強化の実効性が高い方策を講じなければならない。

(5)人材の育成

 地域が主体的活動を行うためには、リーダーや救助技術などを指導できる人材が必要である。地域レベルでは市町村職員や自主防リーダーの役割が重要となり、市町村職員には地域住民を指導啓発するために必要なノウハウ(1.危険見積の手法、2.ロールプレイング方式などの各種訓練方法、3.訓練指導法やレッスンプランの作成要領)を、自主防リーダーには小グループのリーダーとして必要な知識・技能(1.危険見積の手法、2.心肺蘇生法などの指導法、3.自主防災活動に関する事例研究)を身につけさせることが必要である。

(6)その他の普及啓発活動

 1.地域住民に対して、災害時に行政機関が何を行うか、または行政機関のできることとできないことを周知し、2.自主防災組織と民間医療機関・地元事業所との協労訓練を行い、3.地域における防災力の強化と防災意識の継承を図るため、小中高生徒の防災訓練への参加促進を図ること、などが重要である。


□災害医学論文集へ/ 災害医学・抄読会 目次へ