災害医学・抄読会 2005/09/02

甲南病院、東神戸病院

(木村 浩、遠山治彦:立道 清・編、検証 そのとき医師たちになにができたか、清文社、大阪、1996、p.11-25)


■甲南病院(報告:木村 浩)

1.背景

 400床
 激震地域である神戸市東灘区に立地。

2.状況と問題点について

 *各番号1.〜5.は対策の番号に対応  □ 病院の被害状況

 電気、ガス、水道停止。電話は直通電話で外部に連絡できた以外、外部からの連絡は不可能。CT、MRI、生化学検査、手術場使用不可。1.,2

 □ 病院職員の状況

 しかし、医療事務員が不足し、患者名、医療内容が正確に記録できない状態。

 □ 受診患者の状況

最初の2日でおよそ300人入院、約180人をロビー、廊下に収容。
診断名は体幹、四肢の打撲、挫傷がもっとも多い。骨折は体幹部が多い。

 □ 患者の転送について

猛烈な交通渋滞のため、19日より自衛隊と連絡をとり、主にヘリコプターで20日〜23日までに155人転送。そのうち船で4人県外へ搬送。転送先の病院とは、担当医、担当科の責任で行った。3.,4.

 □ 物資について

薬剤、診察材料は震災当日すぐ底をついた。3)
搬送が難しく最初の3日間は物資輸送車が深夜に到着することもあった。

3.上記の問題点に対する今後の対策

  1. 非常電源装置、貯水槽の耐震化と保全、物資の備蓄、職員の住居に対する配慮。
  2. 災害時正確な情報を得るためのマニュアル、無線電話の用意。
  3. 協力病院のネットワーク作り(診療材料、消毒の援助、患者搬送手段についての事前協議の必要性)。
  4. ヘリコプター、船による搬送マニュアルの作成。
  5. 医師に対する災害医療についての教育。

■東神戸病院

1.背景

 150床
 もっとも犠牲者が多かった東灘区に立地。

2.状況とその特徴

 □震災時医療の状況

1月17日(地震当日)
朝六時(地震発生から10数分)、外来フロアーにすでに20人くらいの患者が来ていた。(ほとんどが外傷患者)その後の来院者数不明。病院内に入れない患者は道路で戸板、畳の上に寝かされていた。DOA(心肺停止患者)72人の救命率0%

 □震災時の主要疾患について

3.地域医療訪問の目的

3.震災時医療の問題点

4.対策


避難所における感染防止の取り組み

(田中和枝:看護管理 5: 224-229, 1995)


現地の状況

 感染管理の立場から対策をたてるためには、生活の場としての環境、とくに住生活、環境整備の問 題、トイレの状態、栄養状態、感染症発生の有無など、いくつかのポイントを元に調査する必要が ある。

 大きな体育館は床一面にふとんが敷かれ、被災者は共同生活を余儀なくされている。窓が高いため に、太陽の光は床まであまり届かず、暖房もない建物の中はいかにも寒々とした光景であった。住 生活としては衛生上もプライバシー保護の面からも、よいとはいえない状況であった。

 多くの人が生活している場所では、喚起や掃除の問題がある。体育館では1日2回、午前・午後に窓 を開けて換気を行い、掃除は箒とモップを使って朝1回、みんなで協力して行っているということで あった。また、1番気になる場所であるトイレは当番を決めてトイレ掃除を行っており、紙を流さな いよう努力が続けられていた。各階のトイレは予想以上に清潔に使われていた。しかし十分な手洗 いはできていない状況であった。

 食生活は、避難所ではガスも水も出ないし、料理を作る場所も道具もない、時々ボランティアの 方々が作る味噌汁や果物・牛乳・おにぎり・弁当などの救援物資にたよっており、現在体調を崩し ている人たちにとっては、この食生活が続くと健康上も精神的にも大きな問題となっていくことが 考えられた。

避難所における感染管理上の問題

 このような避難所での人々の生活上の問題点を感染管理の視点で整理すると、以下にまとめられ る。

1、大勢の人々が1ヶ所に集まって生活していることからくる問題点

 1) 感染症、とくにインフルエンザ・感冒にかかっている人が同じ場所で生活している。(イ ンフルエンザの流行期と重なった)

 2) 換気が十分に行われていない。

 3) 掃除が十分に行われていない。

 4) 床の上に直接ふとんを敷いて寝ることは、埃を直接吸う機会が多い。

 5) 大勢であるため伝達・伝導が全員に徹底しにくい。

2、トイレ後の手洗いが不十分である。

 感染管理の基本は手洗いであるが、それに使える水は給水車に頼っているため、十分な手洗いが できない。インフルエンザ以外の感染症、食中毒や感染性下痢などの発生も予防しなければならな い。

3、食生活に偏りがある。

 とくに良質な蛋白質・新鮮な生野菜が不足している。避難所の生活が長期化することで体力の消 耗をきたし、感染症等の健康上の問題が引き起こされる可能性が大きい。

4、入浴ができない。

 皮膚を清潔に保つことは、健康を保つ上でも大切であるが、ほとんどの人が一度も入浴できてい ない。

5、ペット(犬、猫)が一諸に生活している。

 やむを得ない措置とはいえ、一方でペットが持ち込む病気を予防しないでいいのだろうか。

今何ができ、何をすべきか(感染管理上の対策と実施)

 今後の対策として以下のことが提唱された。

  1. インフルエンザにすでにかかっている人々を1ヶ所に集められないか。
  2. 換気の回数を増やしてもらう。
  3. 掃除道具は箒よりも、掃除機やダスキンのような埃をたてないものに取り替えてもらう。
    掃除の回数は朝・晩の2回にしたほうがよい
  4. 手洗いが十分にできないときには、ウエルパスを設置し使ってもらう。
  5. イソジンガ−グル溶液でのうがいをすすめる。外出後や寝る前には必ず行ってもらう。
  6. マスクをしてもらう。
  7. 栄養面では救援依頼の中で可能な限り、蛋白質や生野菜の含まれた食品が出せるように依 頼する。

 以上の7項目についてお願いし、次のような実践を行った。

その1:インフルエンザ等の感染症の患者は学校の音楽室を利用して、そこに移動してもらう。また イソジンガ−グルをトイレに設置、うがいの励行を勧めた。

その2:掃除・換気についてはその回数を増やしていった。掃除機やダスキンについては救援物資と して依頼した。

その3:手洗いが十分にできないことに対しては、トイレ8ヶ所にウエルパスを設置し、必ず使って もらうよう指導した。

その4:マスクを全員に配布、夜眠るときもマスクを着けて寝てもらった。

その5:「入浴」はとても無理な状況のなかにあり、その対策としてはウエットティッシュや冷たいタ オルで身体を拭く程度のことでしのいでもらった。

その6:医療班は必ず各所を巡回し、体調の悪い人はいないか、環境を整えてあるか、何か困ってい ることはないかなど、声をかけて回っていくこと。

今後の課題

 今後、今回のような大災害が起こらないとも限らず、社会の状況をふまえながら、臨機応変に対処 して行く必要がある。それには次のような特徴や状況を把握した上で活動したほうがよい。

避難所救護活動に必要な事柄

  1. 避難所の状況

  2. 地域にある保健所・病院などの医療・看護活動は可能な状況にあるか(連絡網の整備)

  3. その時、その地域で起こっている社会状況、インフルエンザの流行はないか、その他の感 染症はないか。季節・気候で気をつけることはないか。

  4. その地域に生活している人の特徴、地域性など。

おわりに

 今回のように、その場でやれることを判断し行動していくことが求められた時、専門的な知識と応 用が必要となってくるし、そのための活動の支援が大切となっていくであろう。そのために必要な 知識を専門家だけが持つのではなく、一般にまで広げていく必要が今後ある。


厚生労働省の災害医療体制について

(宮本哲也:エマージェンシー・ケア 18: 702-706, 2005)


 厚生労働省の災害対応は厚生労働省における災害対応体制の確立に始まり、災害医療、災害救助法に基づく災害者支援、水道復旧、被災者の健康確保・メンタルケア、高齢者・障害者の保護など多面的に実施される。

 災害時の対応体制として、内閣危機管理監が事態に応じて緊急参集チームを首相官邸危機管理センターに緊急参集させ、政 府として初動措置に関する情報の集約を行い、必要な対応を行う。厚生労働省では担当者が30分以内に首相官邸に参集できる 体制を24時間確保している。また、災害発生後60分以内に必要な業務を開始する。具体的には外部との折衝、行った対応の取 りまとめ、災害医療、国立病院における被災患者の受け入れ、被災者の生活支援、日本赤十字社との連絡、断水の際の対応な どである。

 災害医療についての初期対応として、各都道府県は災害時に医療機関の応援要請や支援可能情報など、必要情報を交換する ための災害医療情報システムを運用している。厚生労働省では都道府県が運用しているシステムのバックアップや都道府県を またぐ全国的な情報交換を目的として、広域災害救急医療情報システムを運用している。

 都道府県との連絡体制については、広域的な応援を実施するためには時間がかかることから、正確さを二の次として被害状 況の情報がいち早く得られることが重要である。そのため、発災後、直ちに政府の調査団が派遣されており、厚生労働省から も、災害医療の対応状況の確認などを目的として、担当官が派遣される。

 独立行政法人国立病院機構は支援要請を待つことなく、必要性を独自に判断し、災害対応を行う。特に、東京災害医療セン ターは初期災害医療班を発生後2時間以内に派遣する体制を取っており、初期診療の他に、初期情報の収集を行う。また、日本 赤十字社は、あらかじめ各都道府県と委託契約を結んでおり、必要な際に、自らの判断に基づいて医療チームを派遣する。

 その他の医療に関連した対応として、医薬品などの確保、供給では災害用の備蓄医薬品による対応の他、民間関係団体と連 携して、必要な医薬品の供給を確保する。透析医療では社団法人日本透析医会と都道府県などが、医療機関の被災状況と、応 援状況を調整し、患者に必要な透析医療が実施できるように調整する。広域搬送医療では医療チームや患者の移送に防衛庁の 航空機を使うことや被災地外の飛行場から病院への搬送に救急車を用いるなど、多数の関係省庁と連携を取りながら実施する 必要がある。そのため、政府の対策本部に広域医療のための部署を設けて、厚生労働省からも要員を派遣するなど、連携を強 化するための体制を作ることにしている。また、災害時のメンタルケアではいくつかの要素があり、被災者のメンタルケアだ けでなく、精神科の治療を受けている患者の治療の継続を確保することや、支援側のスタッフのメンタルケアの確保などがあ る。

 災害時の医療としては、救急医療が十分に実施されることと、入院している患者の安全が確保されることが重要である。つ まり、このことは「病院が機能していること」である。そのためには病院の機能が十分に維持されているかを注意深く継続的 に把握し、必要に応じて適切な応援を行うことが必要であり、被災地の病院を助けるということが災害医療の中心課題である と考えている。前述した広域搬送医療も、被災地の病院機能確保のための被災地外から支援する活動の一環として捉えること も出来る。

 災害時の医療に関する行政対応としては、行政から病院に電話、メール、防災無線などあらゆる方法で接触を図り、応援が必 要ないかどうか確認し続けることである。行政は外部からの応援の要請、被災地内への配置の調整、被災地外への移送の要請 と調整といった活動を行う。

 災害時の医療に関する医療機関の対応としては、まず病院にいる患者の安全確保が優先される。このため、事前に様々な対 応を準備する必要がある。病院の特徴として、24時間機能させることを前提に、多量の設備が入っていることである。災害時 にはこれらの設備の機能の維持が重要となる。

 ライフラインの確保として、電気、水、ガスなどが挙げられる。電気については、自家発電装置がある病院が多い。水につ いては、受水槽があるだけでなく、断水時には濁りを防ぐために入水を止め、節約するために通常の出水も止めるなど、細か い操作を間断なく行う必要がある。ガスについては複数の燃料を利用するなどが重要である。その他にも設備の固定や耐震性 の確保などが重要となる。

 医療機関における災害時の対応は医療機関内の患者の安全確保である。このことを念頭に置き、職員の参集要件などを含む 防災計画の策定と、これに基づいた訓練の実施が必要である。

 今後の展望として、災害時の対応は、平常時からの計画と訓練が欠かせない。今後も、広域搬送医療体制の確立などにこれ らの取り組みを強化する必要がある。一方で、災害時の対応は、基本的な考え方は単純なものである。そのため、基本的な理 解があれば、さまざまな協力体制を瞬時に築くことができる。災害時の医療について、被災した際の対応と、応援する対応に ついて、多くの関係者に身近な課題として考えることが求められる。


災害訓練の効果的やり方

(今中 聡:ER Magazine 1: 374-376, 2004)


これでいいのか災害訓練

 日本における災害訓練が本格化されたのは、関東大震災後からである。しかし、近年まで同じや り方で災害訓練は進められてきた。いわゆる看板方式の展示訓練である。

 その訓練では、患者役は自分が患者役としか知らされておらず、首からバイタルが書かれた看板 を掛け、指定されたとおりに災害現場にやって来る。トリアージマンはバイタルをも診ることな く、タッグに看板の記載事項を書き写すだけである。ひどいものでは、骨折したはずの患者が歩き 回り、痛み苦しむことなく淡々と、時には照れ笑いしながら質問に答えている。

 訓練は必要であるが、このような形式的な訓練で良いのだろうか。現実はこんなものではない。

「ノー看板方式」

 阪神大震災の後、「ノー看板方式」という名の下、海外の実戦訓練(ドリル)方法を広めていっ た。そしてとうとうある日実戦の場を得た。集団災害セミナ−であった。訓練途中に突然、たった 一人で患者家族として訓練に飛び込んだところ、とたんに会場は大パニックに陥った。それまでの 日本の災害訓練では家族が存在しなかったのだ。通常の救急医療では救急救命士が患者情報を伝え ることが出来るが、当然、災害では患者家族からしか被災状況の情報は取れない。いかに周囲から 患者情報を取るのかも重要なことがらである。

 

START方式による訓練前教育

 その後、病院前トリアージ訓練を進めるが、参加医師たちはトリアージに関する教育を受けてお らず、それ以上先に進むことが出来なかった。

 そこで、英国のトリアージシステムのSTART方式を用い、訓練前教育を開始した。これは救急医で なくても簡単に振り分けが出来、外傷を経験したことのないような科の医師からも興味を得られ た。本来は救急医がトリアージすべきではあるが、大量の患者が搬送されてくれば、救急医は救命 処置に手を取られるため、医療に携わる全ての人々がトリアージできるべきである。

 また、日本では未だ成人のみしか教育されていないことも問題である。英国ではベイビーSTARTや チャイルドSTARTトリアージも同時に教育され、災害訓練では子供も参加する。日本の災害訓練では 子供はいない。

 さて、訓練では全ての患者を院内に受け入れてしまうが実際患者が院内になだれ込むと検査→手 術室・外来→ICU・病棟とパンクする。いかにうまく後方病院に患者転送するかがカギである。

重症患者は早く後方病院に転送しよう!

 病院災害訓練で重要なことは事務方の訓練でもあり、転院先と搬送確保、転院患者名簿の作成、 院内受け入れ患者数の把握、来院家族への説明が出来ることを目標にすべきである。今後の課題と しては、1)一般人(応急処置、心肺蘇生、AED)や救急救命士(気管内挿管、薬品投与)などの人的 資源をいかに訓練に取り入れるか、2)通常の被災患者と特殊汚染患者の同時災害訓練やテロ対策訓 練が医療人としての必要事項として挙げられる。

自らの経験を踏まえた「日本型実践的訓練システム」を!

 ここ約10年間で他国が経験していない自然災害やCBRN(化学、細菌、放射線、核)災害では、日 本は唯一すべてを経験した災害国であり、世界中が日本の経験からの災害訓練を参考に訓練システ ムを構築しようと考えているが、当事国である日本の災害訓練は進んでいない。

 これから、海外の集団災害教育システムを勉強し、日本の災害訓練のあり方を考え、自ら実践 し、経験を踏まえた「日本型実践的訓練システム」として世界に発信すべきである。


災害看護の基本と看護の役割

(小原真理子:黒田 裕子・酒井明子監修、災害看護、東京、メディカ出版、2004、p.70-75)


 国内で大災害が発生した場合、被災地あるいは被災地周辺に居住する看護職は、何らかの形で災害看護活動に従事することが 求められる。このことは看護職であるならば、誰もが災害看護活動に参加する可能性を示すものであり、したがって、すべての 看護職に災害看護活動ができる能力が求められることになる。

赤十字国内救護活動の実際から見た看護職の役割

 筆者、小原氏が所属する赤十字災害看護研究会では、救護活動における看護職の役割等について把握するために、国内で発生し た特徴的な4つの災害、1)日航機墜落事故、2)信楽高原鉄道事故、3)北海道南海沖地震、4)阪神・淡路大震災を取り上げ調査を 行った。

1)日航機墜落事故(1985年8月12日)

 この事故は群馬県の御巣鷹山の山腹でおこった飛行機墜落事故である。救護上の足場の悪さや、真夏で遺体の腐敗による悪臭 が激しかったことが災害の特徴といえる。活動内容は遺体の検案,遺体確認の介助や遺体の修復作業が主であり、看護職の役割としては非常に特殊な活動であった。遺体を修復することは、遺族への心のケアにつながる。

2)信楽高原鉄道事故(1991年5月14日)

 この事故は信楽高原鉄道の列車と乗り入れのJR西日本鉄道の列車との正面衝突事故であり、双方の列車内は超満員であった。 看護職のあるものは、列車が正面衝突した事故現場において、骨折や裂創などに対する応急処置を行ったと報告した。また衝突 現場から約12kmまでの範囲に4つの公立病院があり、いずれかの病院に派遣された救護班の看護師は、診療の介助や心理的ショッ クが大きい被災者への声かけなどの精神的ケアを行った。

3)北海道南海沖地震(1993年7月12日)

 この災害は、夜間22時17分、奥尻島近海で地震が発生し、その直後、津波が警報発令前に来襲、また火災も発生し大きな被害 となった。現地救護所では全身打撲,裂創、骨折患者の応急処置が行われ、避難所では、慢性疾患患者の調査,薬剤の調達、心理 相談等が行われた。発災から1ヶ月以上経過した救護活動においては、長期避難所生活における不眠、疲労、ストレスをもつ患者 が増加したため、生活上の健康指導を行った。また地域の遺族や負傷者、心理的に異常を来たした被災者が居住する家屋や避難 所の地図を作成し、重点的に訪問活動を行った。この時期は特に精神的ケアの必要性が報告された。

4)阪神淡路大震災(1995年1月17日)

 M.7.2の直下型地震が人口の多い都市を直撃し、被災者総約30万人の大災害となった。地震直後は病院が損壊し、医療従事者も被 災者でありながらの救護活動は困難を極めた。入院患者のケアと同時に病院内に設置した救護所においては外部から搬送されて くる外傷患者の応急処置に追われた。非難所における疾患の特徴は慢性疾患、寒さによる肺炎、喘息、トイレの回数を意図的に 減らすことによる膀胱炎、便秘など。

 ☆上記の調査から災害看護の具体的な役割は災害の種類や時期によって多様であることがわかる。

災害看護の基本と災害サイクルから見た看護の役割

 災害看護の活動は、非常事態と人的・物的資源が不足している混乱の中で行うため、通常の看護活動とは異なる。そしてその 活動は災害の種類と規模、災害各期、活動の場により違いがあり、そこに災害看護の特殊性が存在する。緊急救援医療活動を必 要とする災害は突然に発生し、発生直後の衝撃的な状況の中で救出活動が行われる。急性期、亜急性期、慢性期を経て復興し静 穏な時期に戻るとされており、この状況変化を災害サイクルと呼んでいる。日本看護協会でも災害看護を経時的に3つの構造に分類している。

1.災害発生前

 「災害発生前の静穏期」における災害看護の取り組みとして、看護教育機関や医療機関等における災害看護教育や救護訓練、救 護資器材や設備等の整備点検、災害発生時の緊急対応ネットワークの構築と確認などがあげられる。

2.災害発生後

 被災者への直接的な医療活動,整備した資器材の有効利用、状況に応じた緊急対応ネットワークの構築などである。また避難所生 活をする被災者への援助活動や感染症防止対策も看護職の役割である。

3.復興時期

 「復興時期」の長期的な対応としては、被災者の心のケア、健康生活および地域社会の立て直しの支援活動など、精神面から物 理面にわたる広い視点が災害看護の取り組みとして必要である。

引用文献:
1)金子悦子ほか"災害サイクルと看護"赤十字災害看護概要 兵庫、赤十字災害看護研究会2001,26
2)尾山とし子ほか 災害看護確立に向けての基礎的研究:赤十字看護婦の国内災害救護活動状況 日本赤十字武蔵野短期大学 紀要 12,1999,39-44
3)日本看護協会 編 災害支援ナースマニュアル:阪神・淡路大震災の教訓を生かして 東京、日本看護協会出版会、1998


生物剤の医療対処、カテゴリーA、炭疽

(生物化学テロ災害対処研究会:必携―生物化学テロ対処ハンドブック、診断と治療社、東京、2003、p.138-149)


 炭疽菌は9.11同時多発テロ以降、米国で22人の肺炭疽患者が発症し、全米だけでなく全世界を震撼させた。本邦でも、オウ ム真理教が東京・亀戸の教団道場付近で炭疽菌散布した事実が判明している。炭疽の病原体はグラム陽性芽胞形成菌(Bacillus anthracis)で、感染草食動物より皮膚、消化管、呼吸器を介して侵入し感染する。この細菌は芽胞を形成し、熱や乾燥に強く エアロゾル化しやすい。ヒトからヒトへは感染しないが、エアロゾルでは感染力が長時間持続(数十年ともいわれる)し散布 も容易になる。芽胞が生物兵器の一般的な感染形態となる。侵入経路により臨床症状は大きく異なり、致死的なのは上気道か らの吸入(肺)炭疽(無治療でほぼ100%死亡)である。

 病原体であるグラム陽性芽胞形成菌は、典型的な土壌菌で、土壌表面に現れた芽胞が外気温に暖められた沈泥中などで増殖 する。自然界ではウシ、ヒツジ、ウマが感染し、これらの肉、骨粉、皮革を扱うと、直接接触によりヒトに感染する。大気中 では、CO2存在下で数時間内に芽胞を形成し、栄養素がない状態でも数十年間土壌や動物製品中で生存できる。紫外線、乾燥、 消毒剤、pHにも非常に強く、芽胞を死滅させるには140℃(乾熱)3時間または120℃(湿熱)10分間を要する。動物体内では、 腸で芽胞の殻がとれて菌体の周囲にD-グルタミン酸のポリペプチドからなる透明な莢膜を形成する。炭疽菌が産生する毒性因 子には毒素と莢膜の2種がある。炭疽菌はこれらの毒性因子に対応するプラスミドpXO1及びpXO2を有している。毒素は防御抗 原、致死因子、浮腫因子の3種の構成要素の組み合わせにより生じる。防御抗原は毒素・浮腫因子と結びついて細胞のcAMPを 上昇させ、感染動物に浮腫を起こす。毒素・致死因子は防御抗原と結合し致死毒素となり、マクロファージからの炎症性サイ トカイン(TNF-α,IL-1β,IFNγなど)の放出を促進する。発病後に抗菌製剤を投与しても回復し難いのは、この毒素のためとさ れる。

 検査所見では白血球増加(好中球優位)がみられるが、特異的所見ではない。胸部X線・CT検査では縦隔拡大・胸水を認め る。重要なのは炭疽菌の確認である。塗抹染色の検鏡はグラム、ギムザ、莢膜染色にて莢膜を有するグラム陽性大桿菌の確認 が最重要である。莢膜に包まれたグラム陽性桿菌は炭疽菌を強く疑わせ、増殖した細菌は莢膜に包まれた2-4個の細菌が連なっ た短鎖状に見える。陽性検体では、菌体の周囲に明瞭な透明の莢膜が認められる。

 感染経路や病態から吸入(肺)炭疽、皮膚炭疽、腸炭疽に分けられる。通常は、皮膚に付着した芽胞が皮膚外傷から侵入し て起こる皮膚炭疽が95%以上を占める。生物テロとしては、炭疽芽胞散布による吸入炭素の可能性が最も高く、食品などに混入 する場合も考えられる。吸入炭疽の潜伏期間は1〜6日であるが、60日に及ぶこともある。芽胞は肺胞内でマクロファージに貪 食されて、縦隔のリンパ節へと運ばれ、出血性リンパ節炎を起こす。このリンパ節炎は肺リンパの流れを途絶し、肺水腫の原 因となる。出血性壊死性縦隔炎などから敗血症及び毒素血症を生じ、患者は短い経過により、髄膜炎、ショック、肺水腫など で死亡する。発病初期には発熱、乾性咳、筋肉痛、倦怠感などのインフルエンザ様症状を呈する。続いて頭痛や咳、悪寒、悪 心、嘔吐、胸痛、腹痛、筋肉痛などの非特異的感冒様症状が発現する。通常は発病後1〜3日で劇症化し、適切な治療がなされ なければ悪寒や呼吸困難を生じ、ほぼ100%が死に至る。胸部X線像で胸部リンパ節炎による縦隔の拡大(出血性縦隔炎)が見ら れるのが、吸入炭疽の特徴の一つであるが、当初から肺炎像が主体となることもある。

 生物テロによる炭疽菌攻撃(吸入炭疽)の最も有力な予防手段は事前のワクチン投与であり、医療関係者や第一線救護者な どのハイリスク群にはその適応がある。但し、わが国では炭疽ワクチンは認可されておらず、生産も備蓄もされていない。  吸入炭疽の治療には積極的な呼吸循環管理が必要である。酸素投与と気管内挿管が多くの患者で必要となる。細菌性ショッ クに対処するため、静脈内輸液も多くの場合で必要となる。初期段階では抗菌薬(ニューキノロン等)治療が有効だが、発症 後は48時間以内に抗菌薬を投与しても致死率は高い(40〜90%)。感染後でも治療可能な疾患であり、菌暴露後の抗菌薬投与が 治療の主体となる。シプロキサンまたはドキシサイクリンの予防内服(6-8週間)を行う。

 炭疽は4類感染症なので、法律上特定の病院への入院は求められないが、その特殊性から感染症専門医などのコンサルトを求めるべきである。また、診察した医師すべてに7日以内の報告義務がある。しかし、米国での炭疽事案以降、本邦では厚生労働省 から"国内における生物テロ事件発生を想定した対応について"で"感染者を診察した場合は、最寄りの保健所への届け出や、国 立感染研究所への情報提供"の通知が出されている。


第6章 人道支援の効果を検証する

(国際赤十字・赤新月社連盟:世界災害報告 2003年版、p.134-155)


 人道支援のプラスとマイナスの影響を評価することは重要である。しかし、評価のための適切な方法はいまだ発展途上にあ る。プロジェクトの評価の質は向上している。しかし、人道の観点からの成功を測る際には(食料が何トン届けられたか、一人 につき資金はどのくらいあてられたかなどの)数的結果のみに焦点が当てられがちだ。これでは、支援の成果の実態(生命が助 かったか、健康や栄養が改善されたか、資金は効果的に使用されたか、起きた結果が支援努力によるものか)を分析することが できない。技術的にも倫理的にも人道支援の結果を評価するには多くの課題がある。

○災害時の影響評価

 この章の目的に照らして、影響とは「少なくとも部分的にもたらされる介入によって人々の生活に重要な、または永続的な変 化」と定義する。緊急時の影響評価は生命・健康・生活への直接的な脅威や高レベルの混乱・矛盾する情報などにより複雑にな る。また、緊急事態において環境の急速な変化が対象の大きな変化を意味している可能性があり、対象の変化の要因を追跡する ことが影響評価では重要である。膨大な数の機関がかかわることで、単独の機関の影響分析は困難になることもある。

 最善の長期開発プロセスとは異なったニーズや利益を評価し、それに沿って現地機関の能力を築いていくことである。2001年 のグジャラート大地震の際のように現地機関を国際機関が無視・妨害するような危険はさけるべきである。

○期待される結果、あるいは重大な変化の評価

 影響評価には三つの異なるアプローチがある。「プロジェクト・アウト」アプローチと広範な影響の評価と「背景重視のアプ ローチ」である。それぞれ期待される結果、2次的・間接的影響、より広範な状況変化の三点に対しどの程度焦点を当てているかで異なる。

○変化を測るにはどのような指標が最善か

 変化のレベルは人道活動の評価において重要とされる。たとえば、経済開発協力機構(OECD)の1999年の報告書には死亡率・ 罹患率や影響の範囲とその違いなど評価のためのいくつかの指標があげられている。現在はこれらの指標の適切性と効用が議論 されている。また、緊急事態に起こる指標の不測の変化に対しては継続的に取り組む必要がある。

○影響評価のためのさらに広い枠組み

 ある特定の行動要因を強調する影響評価のための枠組みが数多く存在し、スフィア・プロジェクトの最低基準や行動規範も含 まれる。新しいアプローチが次々と生み出されており、評価の選択枝は様々だが、重要なのは環境に適した手段や方法の賢明な 組み合わせと順序を選択することである。

○関与は両刃のプロセスか

 変化の重要性について評価を行う中心人物は最終的には支援されるべき人でなければならないという議論がある。これはある 段階では事実であるが、プロジェクトのすべての段階で被支援者の大きな関与を確保することに緊急事態の際に問題がないとい うことではない。例えば特定のグループの意見が支配的すぎるため、研究者が他の方法を検証しそこなうことが起こりうる。

 関与の手法が人道主義の影響評価に導入される場合、効果的な関与とは何か、それが災害時にどうなるかということを定義す る明確な基準が策定されなければならない。これは関与の様々な段階や目的の区別につながる。さらに、もし、関与の調査結果 が実際に行われるとすれば、組織の文化や動機や態度に変化が必要である。

 このような課題にもかかわらず、きめ細かい対応がプログラムの質を向上させるのに大いに役に立った例もある。

 人道支援の影響評価において地域住民の関与を奨励することは、影響の価値や原因を判断する人々が外部の評価者だけでない ことを保証することになる。災害緊急委員会(イギリスNGOの連合組織)のグジャラートにおける評価では実際に世論調査が 行われ、機関のスタッフや評価者の意見への潜在的な偏見を減らすとともに、成功した活動分野や主な関心事が明らかになっ た。このアプローチの有益性や結果は、この主の世論調査が今後の災害緊急委員会の評価に必要であるということを評価者に推 奨している。

○成果を評価することへの圧力は、行動を抑制してしまう危険を生み出す

 影響が個々の介入や諸機関そのものにどう帰属するかは、調査における重要な課題のひとつになっている。結果として説明責 任の向上が求められる中で、個々の機関が責任を持てる結果のみを評価する傾向が出てきた。その結果少なくとも3つの誤った 行動を導いている。1、機関がリスクを冒さなくなる 2、専門家による判断の役割を阻害する 3、もたらされる成果を示す ことの圧力が、他機関との協力関係を制限する。

 帰属問題によっては諸機関が自分達の貢献について知識と理解を深めるために努力すれば不確実な部分を減らせるのではない かという新しいアプローチがある(例:ジョン・メイン氏の貢献度分類)。しかし、前述の活動を抑制する要因を扱うには結果 本位のマネジメント手法と支援国と支援当局との連携のあり方に対する根本的な変化が必要である。

○影響評価の倫理的側面

 影響評価には倫理的側面がある。実践においての方法やアプローチが倫理的か、介入が倫理的か、影響評価を実施する組織の 倫理面はどうか、などである。

 開発及び人道分野において倫理に関する具体的なガイダンスが提案されているが、それにはいくつかの課題が残っている。例 えば、評価の結果が公に利用されるとわかっている場合の評価の公開性や構成を現場で保証するのは困難かもしれない。また、 ある重要な教訓が将来別の場所でのプロジェクトに役に立っても、今回の評価に関わった人々に恩恵をもたらさないかもしれな い。困難な選択を可能にする意志決定への枠組みが必要である。

○意志決定と介入における倫理の評価

 1997年、ヒューゴ・スリムは倫理分析のための枠組みを提案した。その中では組織における慣習と意志決定について数多くの 質問をなげかけており、その質問項目は影響評価のためのツールとして、将来の影響評価と回顧的な分析の両方に有益なもので あった。

 2003年にいくつかの機関がイラク情勢の審議でこの枠組みを適用した。特に、救援活動のために「交戦国」政府から金銭を受 け取るかどうかという点で活発な議論が惹き起こされた際、スリムの問題提起がいくつかの機関にとって有用であった。この例 は将来の影響評価を行う場合、明瞭な枠組みが倫理評価の手段としていかに役立つかを例証している。

○結論 − 影響の問題をすべての事業の中心にすえる

 影響の評価方法を改善しようとする動きは継続される傾向にある。様々なツールや方法、アプローチが生まれつつあり、組み 合わせによって短期的または長期的な変化の両方を評価する実用的な方法を提供している。これは影響の倫理面を評価し、意志 決定に常法を与え、実践を改善するための枠組みを含む。しかし、質や影響を向上させる際に行動を抑制する要因が存在する可 能性がある。さらなる進歩のためには、実際の状況で様々なアプローチをテストし、どのアプローチがよりコストの効率が良い か、有益であるかを確認することが重要である。

 影響評価を実施する組織が調査から学ぶ能力を高めなければ、どんなに方法論が良くても実際の変化はほとんど生じないだろ う。この事態の回避のためには、意志決定に有益かつタイムリーなフィードバックを与える方法を開発する必要がある。さら に、調和しない受け入れ困難な結果に対処するには、組織の文化や行動にも変化が必要である。同様に、人道分野において多数 の根拠を集めてそれを公有財産とすべく、共同学習、評価、研究のあり方を改善していく必要がある。

 人道機関は自分たちの仕事が人々の生活に重要あるいは永続的な変化をもたらすかどうかを評価する能力を高めるよう心がけ て以下の事柄に取り組む必要がある。


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