災害医学・抄読会 2004/10/15

集団災害に対する病院の対応について

―(財)日本医療機能評価機構の調査結果から―

(森脇寛ほか、日本集団災害医学会誌 8: 229-237, 2004)


*はじめに

 昨今のmass gatheringの機会の増加、地震大国日本の地殻上の問題など、集団災害に対する取り組み の重要性は極めて高い。しかし集団災害が発生し傷病者が大量に発生した場合、その受け皿となる病 院医療+が、どれほど組織的に対応できるかという重大な問題への系統立てた検討はない。そこで病院 医療という観点から集団災害医療の評価を行った。

*方法

 財団法人日本医療機能評価機構(Japan Council for Quality Health Care;以下JOQHC)は医療の質 の向上を目的とし、第三者として医療機関の機能を学術的な観点から中立的な立場で評価している。 今回の報告は、そのデータベースから自院内での災害発生時の対応、地域での大規模災害発生時の対 応、災害時の医療材料の滅菌が不可能な場合の診療可能日数や備蓄食料日数など、集団災害医学に関 連する項目を抽出し、現在の日本の病院における集団災害発生時の対応状況について、1999年以降に JOQHCの病院機能評価(Ver.3.1)を受診した503施設の審査結果をもとに分析を行った。審査内容は病 院の種別により異なり、中小規模一般病院(groupA)、大規模一般病院(groupB)、中小規模精神病 院(groupPA)、大規模精神病院(groupPB)、長期療養型病院(groupL)に分類される。どのグルー プの審査を用いるかは受診する医療機関自身でその審査内容などから判断して選択する。そのため、 各グループの明確な分類基準はない。審査はまず「書面審査」が行われる。これは各グループ共通の 項目である。次に「訪問審査」が行われる。これは中小規模病院(groupAとPA)および大規模病院 (groupBとPB)ではそれぞれ共通であり、groupLに関しては書面審査の内容をそのまま「訪問審査」 でも用いて評価している。

 評価は、中項目は5段評価とし、小項目は3段階評価とした。なお各項目に対して病院の役割や機能 から考えて必要ないと考えられる場合には「NA;Not Applicable(評価非該当)」となる。

*結果と考察

 今回、集団災害の評価として用いた項目は、備蓄食料医薬品について、滅菌不能時の診察予備能につ いて、自院での集団災害発生時の対応について、地域での集団災害発生時の対応についてである。 まず、災害時等の滅菌不能時の診療可能日数は大規模・中規模病院を問わず一般病院より精神病院の ほうが長期となっている。これは、日常診療において精神病院では一般病院に比して滅菌の必要な器 具の使用が少ないためと考えられる。また700床規模の精神病院1施設が90日の診療可能としているこ とが全体の平均を上げていると考えられ、これを省くとgroupPBの平均は4.8日となり、一般病院との 差は約一日となる。

 非常用備蓄食料品の有無については、一般病院も精神病院もともに大規模病院は中小規模病院より 完備率が高くなっている。また平均備蓄日数とは完備している施設の平均であり、中小規模病院でも 大規模病院と同等の日数を備えている事がわかった。これは日常業務に備蓄品のサイクルを組み込む ことでその施設の負担を最小限にできるためと考えられる。今回の調査では備蓄をしている病院では2 日から3日分の備蓄をしており、必要最小限であると考えられる。しかしながら、備蓄していない施設 も含めた病院の全体平均は一般病院、精神病院ともに2日以下であり、結局は備蓄していない病院が多 く、極めて不十分な状況であるといえる。

 自院での災害発生時の対応や、地域での大規模災害発生時の対応について中小規模病院では、一般病 院と精神病院で大差はない。自院での災害発生時の対応策については8割近くの病院で考慮されてい る。一方、大規模災害への対応策については35%程度の施設でしか対応策が考慮されていない。中小 規模病院にとっては、大規模災害に積極的に対応することはかなりの負担と考えられ、その医療圏の 行政や医師会の指導下に入ったり、中核病院にある程度依存したりする傾向はむしろ当然であると考 えられる。

 一方、大規模病院については詳細な項目を具体的に評価している。大規模精神病院では、自院での災 害に対するマニュアルの完備率とそのマニュアルに沿った防災訓練の実施率が100%であることは特筆 すべきことである。しかしながら、地域医療機関や地域住民との合同防災訓練の実施率は極端に低 く、大規模一般病院で20%、大規模精神病院で0%である。また、大規模一般病院は中核病院として高 度医療の担い手であり、手術中・集中治療管理中などを前提とした訓練も必要であると考えられる。 そのため地域医療機関との連携をとり安全な患者の搬送などを想定した合同訓練が必要と考えられ る。

 地域の大規模災害発生時の対応については、大規模一般病院は必ずしも災害拠点病院ではないにして も地域の中核病院として多くのことが求められていると考えられている。すなわち、中小規模病院で は対応しきれない防災対策が多々あると思われ、これらの点を考慮すれば、地域住民・地域医療の機 関の期待はなおさら大きいものと考えられる。その意味でマニュアルの完備が適切でない施設が1/3程 度あることは早急に改善すべきことといえる。また審査項目は「3日程度」の医薬品や水・食料品の備 蓄の有無を問うものとなっているが、3日はあくまでも必要最小限の量であり、中核病院の評価として は、これ以上の備蓄が必要という考えもないとはいえない。

*結語

 今回の報告は、国内の集団災害医療に対する病院医療の実態を系統的にとらえた、初の報告である。 対象施設はJCQHCの審査を自主的に受けた施設であり、病院医療の実践に意欲的であると考えられる。 その意味で、自院で生じた災害だけでなく、地域で生じた集団災害についても一定の水準で評価に耐 える対応が認められ、備蓄も3日程度の最小限の水準を維持している実態が明らかとなった。しかし多 くの病院で必要な水準に達していない点が多々あることも明らかとなり、集団災害に対しては不十分 な現状といえる。今後組織的かつ計画的な対応が急務と考えられる。


集団災害とメディカルコントロール

(甲斐達朗、救急医療ジャーナル vol.11, p.8-11, 通巻59号, 2003)


 昨今、メディカルコントロール(MC)に係る協議会が設立され、救急隊員や救急救命士に対する指 示・助言の強化、事後検証、研修・教育の充実が具体的に検討されている。しかし、集団災害に対す るMCの概念はまだ形成されていない。従来言われているMCは、医学的観点から、救急救命士を含む救 急隊員が行う応急処置等の質を保障することを目的としており、救急隊員の行う医療行為の質を保障 しようとしている(狭義のMC)。

 一方、同時に多数の負傷者が発生する集団災害では、救急隊員が個々に行う応急処置の質を検証・ 評価しても、全体像を捉えることはできないし、個々の応急処置が適切であっても、負傷者全体をマ スと見た場合、その応急処置が負傷者全体の救命活動に適切であったかどうかを判断することはでき ない。そこで、狭義のMCに加え、救急隊活動・救助活動を含む消防活動全体、集団災害対応に関係し た警察、保健所、行政などの他の組織の活動も含め、医療という観点から、災害対応そのものを検 証・評価することが重要である(広義のMC)。

隊活動と救急活動の検証・評価内容

□隊活動

  1. 管制司令室の活動状況

  2. 集団災害現場での救急隊の活動状況

    1.災害現場の状況把握・情報収集:負傷者概数・原因・現場の安全確保(二次災害の可能性)
    2.災害現場からの情報発信:状況・増援の必要性・救護所・現場指揮所の必要性
    3.災害現場のゾーニング:負傷者集積場、トリアージポスト、救護所、現場指揮所、緊急車両の搬入搬出経路の確保
    4.搬送先病院の統括・把握:トリアージの管理
    5.現場指揮隊長への情報提供

  3. 現地消防指揮本部に対する検証・評価

□救急活動

  1. トリアージ
  2. 搬送先医療機関の選定
  3. 各救急隊員の現場および搬送中の観察・応急処置内容
  4. 現場での医療班の活動

□搬送先医療機関

  1. 搬入時の負傷者の緊急度・重症度
  2. 治療内容
  3. 予防し得た死者の有無

 検証・評価作業終了後は関係した組織・個人を対象に、検証・評価会を実施する必要がある。この結 果を踏まえて、消防および医療機関の災害対応計画を見直し、次の集団災害に備える。

集団災害に対する検証医師・MC医師ならびに消防機関の指導者に必要な知識および素養

□検証医師・MC医師

 狭義のMCに必要な医学的知識、地域の救急医療体制に精通していることに加え、災害医療の知識、地 域防災計画も含め、消防機関や保険所などの集団災害対応計画にも精通しており、日頃より医療機 関、地域の災害訓練の立案や訓練に参加する必要がある。

□消防機関の指導者

 救急救命士に求められる医学的知識に加え、災害医療の知識・集団災害現場や消火現場での現場指揮 に関する知識、消防の災害対応計画や地域災害計画などに精通している必要がある。

 狭義のMCに比較して、集団災害ではマスコミなどの関心も高く、検証内容のいかんでは、訴訟問題も 生じる可能性がある。しかし、集団災害に対する医学的見地に立った検証・評価を含むMCは重要であ り、各地域のMC協議会で実施にむけて十分な協議が必要であると考えられる。


二次トリアージポスト

(山下典雄ほか、救急医学 26: 229-234, 2002)


 化学災害事故においては原因化学物質に汚染された被災者を除染する必要があり、災害発生現場 (ホットゾーン)に隣接するウォームゾーンでの一次トリアージは一般に困難なものであり、時間が かかる。また、トリアージに従い現場除染がされた場合でも、2次トリアージポストへの移動には重 症被災者の方が移動時間を要するため、被災者の状態の変化により、正しいトリアージがおこなわれ なくなる可能性がある。そのため、現場除染終了直後の二次トリアージが必要とされる。

 化学災害事故の場合は、二次トリアージポストにいくつかの特性を持つ。

  1. 除染直後であるため、衣服は除去された状態である。よって全身の観察としては有利だが、 寒い環境においては保温のための配慮が必要となる。また、プライバシー保護のため、視覚的遮断を 行うことが望ましい。その際は採光、照明が必要である。

  2. 被災者の症状の共通性と特異的症状に注意し、ただちに現場の対策本部に通報する必要があ る。その情報が原因物質の割り出しを速め、拮抗薬や解毒剤などによる特異的治療、そして多くの被 災者の救命につながる可能性がある。

  3. 化学物質汚染によるエリア外は基本的に平常の機能を有しているので、ひとつの地方自治体 全部が機能麻痺または低下するような自然災害に比べ、二次トリアージにおいては患者搬送に時間が かからない。そのため、他の災害時に比べ、死亡群とトリアージされるところを最優先治療群とトリ アージできる可能性が高い。

  4. 現場除染の際に、衣類も含め、所有物も別に保管されるため、意識障害のある被災者では鑑 別のため、トリアージタッグなどの記入が必須となる。

トリアージの方法

 わが国のトリアージタッグは4つの分類で表示される。治療・後送の優先順に赤、黄、緑、黒と色 分けされ、最優先治療群/緊急治療群(immediate)を赤、非緊急治療群/準緊急治療群/待機的治療群 (delayed)を黄、軽処置群/保留/軽症群(minimal)を緑、死亡および不処置群/死亡群 (expectant)を黒で示している。一般的な災害時には、これらのトリアージをSTART法(simple triage and rapid treatment)で行っているが、化学剤による汚染の場合はその種類により症状、経 過が異なるため、それら特徴をふまえたうえでのトリアージが必要となる。トリアージ指揮官は、原 因化学物質による患者の自然経過を知っていることが第一でありその知識習得につとめる必要があ り、物質が不明であっても有毒ガス災害の時には酸素投与や気道確保などの呼吸の補助をするだけで 救命率が上がることも知っておく必要がある。また、化学災害の二次トリアージポストには、気道確 保などの処置ができるようなスタッフの確保、また、対策本部から適切な指示をうけながらのトリ アージを行うなどの通信手段システムの構築が必要であろう。

START法 *  4つのステップから成り立ち、まず歩行可能かどうか、次に呼吸の評価、循環の評価、意識レベルの 評価へとトリアージをすすめる。歩行可能であれば緑か黄のタッグ、不可能なら呼吸の評価へとすす む。自発呼吸があり、30回/分以上であれば赤のタッグ、それ以下なら循環の評価へとすすむ。自発呼 吸がなく気道確保をしても呼吸がみられない場合は黒のタッグ、呼吸があれば赤のタッグとする。次 に、自発呼吸があるが回数が30回/分以下である場合で、毛細血管再充血時間が2秒以上であれば赤の タッグ、2秒未満の場合意識レベルの評価を行い、簡単な命令に従える場合に黄のタッグ、従えない 場合に赤のタッグとなる。もし、一巡目のトリアージがおわっても患者が二次トリアージポストに移 動していない場合は、被災者の時間経過による容態の変化を見逃さないために、二巡、三巡とトリ アージをくりかえすべきとされている。

化学剤の特徴とそれぞれの被災者のトリアージ


第2編 事故原因に対する判断

(明石市民夏まつり事故調査委員会:第32回明石市民夏まつりにおける花火大会事故調査報告書  2002年1月、p.54-58)


【事故の予見可能性及びその義務について】

 一般に、行事、祭り、催し等は人が密集する。本件は、今年で32回を数える明石市民夏まつりにおい て、極度の混雑の中で群集のなだれが起こり多数の死傷者が生じた事件である。そこで、群集のなだ れが生じた原因を追求するにあたり、事件の発生を未然に防止することの可能性とその義務の有無に ついて考察する。

  1. 明石市民夏祭りは昨年までは明石市役所周辺ですら12〜15万人の群集が集まっていた。今年 からは明石海峡大橋に面した大蔵海岸で新たに花火大会が行われることとなった。明石大橋に面した 絶好のロケーションを考えれば、今年も昨年と同等かそれ以上の人々が集まるであろうことは容易に 予測できたことである。

  2. 祭りを宣伝する広報紙では大蔵海岸会場には駐車設備がなく公共機関の利用を呼びかけてい たこと、また会場への案内図にもJRの最寄駅から会場に通じる通路として今回事故の発生した歩道橋 のみが強調して示されていた。このことから、花火大会に集まる群衆の多数が歩道橋利用することも 容易に予測できたことである。

  3. 歩道橋が、あらかじめ適確に整理方法などを執らなかった場合、群集の停留を起こしやすい 構造であった。そのうえ、歩道橋の大蔵海岸側の出口とそれに続く海岸の階段は花火を見るのに絶好 のロケーションであった。そのため、花火の打ち上げが始まれば、人々が歩みをとめ、花火を見上 げ、混雑がさらに激しくなることは容易に予測できたことである。

  4. 大蔵海岸には歩道橋直下を含む東西290メートルにわたって約180点の夜店が出店していた。 花火見物に併せてこれらを目当てに群集が多数集まり混雑すること、またそれらの群集が花火打ち上 げ時間に併せて大蔵海岸の広場を埋めていくであろうことは容易に予測可能である。そうすると、歩 道橋の大蔵海岸側の出口やその付近の広場一帯にかけて群衆の整理に留意しなければ、群集の密集の 度合いが激しくなるであろうと考えられる。

  5. 約半年前に行われたカウントダウンイベント時の花火打ち上げの際、歩道橋が混乱したとい う事実がある。当時の人出は約55000人であり、今回の夏祭りで予想された人数より少ない。したがっ て、事前に周到な対策を講じていなければカウントダウンイベントを上回る勢いで歩道橋の混乱が起 こるであろうことは容易に予測できた。

  6. 花火の打ち上げ中歩道橋は多数の花火見物の群集が停留し、かつ駅から押し寄せる群衆に よって超過密状態となって大混乱を起こすであろう。また花火打ち上げ終了すれば、家路につこうと 歩道橋を海岸から駅に向かおうとする群集と、花火は終わったものの夜店に行こうと駅から海岸に向 かおうとする群衆が衝突し互いにひしめきあい押し合う混乱状態から足が宙に浮いて転倒する者が出 現し、その結果多数の死傷者がでるかもしれないような惨事が発生する怖れがあったことは、当然予 想可能である。

【結果回避の可能性及びその義務について】

 上記 1.〜6.より本件の事件発生は予想可能であった。主催した実行委員会、警備を依頼された所轄の 警察署、警備を委託された警備会社の三者には事件を未然に防止する義務があり、事前協議などで十 分に以下のような事を協議しなければならなかった。

 1)歩道橋が混雑するので、相当数の警備要因を適切に配置することはもちろん、花火大会会場まで の群集の誘導、迂回路の設定を行う。

 2)歩道橋から花火が見えないように、視界をさえぎる目隠しなどの工夫を歩道橋に施す。

 3)花火打ち上げ終了時刻前後の時間帯は群集を誘導して、安全に分散させて解散できるように事前 に周到な措置を講ずる。

【事故の発生】

 主催者、警察署、警備会社三者は花火大会にそれぞれの立場で関与し、歩道橋およびその付近の雑踏 整理、群衆の誘導、その方法の広報等々について、適切な具体的手段を講ずることもないまま花火大 会は開かれた。

 花火打ち上げ終了直後ころから、帰宅を急ぐ群衆と花火大会が終わったが夜店に行こうとする群衆 が歩道橋でひしめきあった。そして、群集のなだれが起こり転倒するものが続出し、胸部圧迫による 窒息等のため死者11人、その他の負傷者247人という惨事が発生した。死者11人の概要は以下の通り。

年齢	性別	死  因
0歳	女児	胸腹部圧挫傷・窒息、低酸素脳症、多臓器不全
2歳	男児	胸腹部圧挫傷・窒息
3歳	男児	胸腹部圧挫傷・窒息
5歳	女児	胸腹部圧挫傷・窒息
7歳	男児	全身圧迫・心停止
7歳	男児	全身圧迫・呼吸窮迫症候群
8歳	女児	胸腹部圧挫傷・窒息
9歳	男児	胸腹部圧挫傷・窒息
9歳	女児	胸腹部圧挫傷・窒息
71歳	女性	不明(来院時心肺停止)
75歳	女性	胸部圧迫・窒息


スーダン紛争被災者医療救援活動報告

(白子隆志:日本集団災害医学会誌 8: 258-263, 2004)


はじめに

 スーダンはアフリカ最大の面積を有する国家で、現在人口2800万人のうち200万人以上が犠牲に、 400万人以上が難民になっている。そのため、赤十字国際委員会(ICRC)は、1978 年にスーダン代表部を開設し、1982年から戦争傷病者に対する医療・保健衛生活動、離散家族の援助、 捕虜・紛争関係者の保護、国際紛争法普及などを行ってきた。その後、ケニアへの難民流出増加に伴 い、1987年にケニア・ロキチョキオにICRCロピディン戦傷外科病院を開設した。日本赤十字社は1990年 から人材派遣を行っており、著者は2002年9月から12月までの約3ヶ月間、スーダン紛争被災者医療救 護活動のため外科医として赴任した。

ロキチョキオとロピディン戦傷外科病院

 ロキチョキオはスーダン国境にあるケニア最北端の小都市である。ロピディン戦傷外科病院は、 スーダン内戦犠牲者のためのICRC医療救護の重要な要素を占めている世界最大級の戦傷病院であり、 年間約4000例以上の手術を行っている。常時400人以上の患者収容能力を持ち、外科関連施設、内科病 棟、整形外科機能訓練施設、検査室、レントゲン室、給食・洗濯部門、薬局を有し、スーダン人保健教 員の教育訓練施設としても活用されている。また近年では、ケニア政府の要請でロキチョキオ周辺住 民に対する外科・内科・産科等の緊急疾患にも対応している。現在、世界各国から派遣されたICRC医師・ 看護師・検査技師などの指導のもと現地スタッフとともに診療に当たっている。

スーダンからの患者輸送・トリアージ

 スーダンからの患者の多くがICRC専用機によって空輸される。すなわち、前日までにスーダン各地 から患者輸送依頼が連絡され、飛行ルート計画に基づきフライング・ナースが実際の患者をトリアー ジ・看護しながらロキチョキオまで空輸することになる。患者輸送は、安全・気象条件・飛行空域の許可 等多くの制限を受けるため、受傷からの時間が数週におよび、結果的に治療期間の長い古い感染創が 多く見られた。トリアージの基準として、骨・重要臓器に達する戦傷患者や生命危機にある他の緊急疾 患であり、悪性疾患・慢性疾患等は対象にならなかった。

外科チームと外科医

 外科チームは、外科医・麻酔医・手術室看護師から構成され、緊急手術時はオンコールの清掃介助看 護師・麻酔技術者・患者運搬係の現地スタッフ3名が加わった。外科医は長年培われたICRC戦傷外科プロ トコールに従って治療に当たるとともに、現地スタッフ・スーダン研修生の指導に当たった。外科医 は、8時に出勤し8時15分には麻酔医・看護師を含む総勢約10人で回診し、患者の治療方針を立ててい く。その後、2チームのうち回診当番の外科医は引き続き一般病棟を回診し、診察を行っていく。他方 の外科チームは手術室に入り、スタッフと共に手術を開始する。外科医は一人で3つの手術をカバーし なければならない事もあった。

 病院全体では、約400人余りの患者が8つの一般病棟に入院しており、それぞれのチームの外科医が約 200人の患者を1週間のうち2日で回診し、限られた時間内に判断、指示を出さねばならなかった。

 回診終了後は手術室に直行し、他の外科医と分担して手術を行う。時には1人で10件以上の手術を行 うことがあった。オンコールチームは、午後4時からの回診・新患のトリアージを行い、必要であれば 引き続き手術を行う。スーダンからの患者の一部は、勤務時間後に到着することがあり、全身状態が 悪い疾例・胸腹部外傷など緊急性の高い場合には、病院からのコールで再度病院に赴き、診察・手術を 行った。

診療疾患とプロトコール

 医師・看護師を含む各国派遣員は数ヶ月の契約で交代するため、外科的技法・治療方針は長年の経験 から培われたICRCガイドラインに従って治療を行う。例えば、最も多い銃創などの四肢外傷の感染創 に対しては十分なdebridementを行い、術後5日目のDPCを基本とした。麻酔方法は、四肢外傷手術が多 いためにケタミン麻酔が最も多く、次に局所麻酔を含む脊椎麻酔が続き、小児手術・開胸開腹術などを 除き吸入麻酔薬による全身麻酔は限定された。薬物療法では抗生物質の使用が、原則来院後24時間は ペニシリン500万単位・6時間毎の点滴、経口摂取可能であれば5日間の経口ペニシリン投与と破傷風に 対して抗破傷風ヒト免疫グロブリン・トキソイド投与が基本であった。

戦傷外科医の育成

 近年、外科のみならず医学全体において臓器専門指向が強く、generalistの育成が難しい状況であ る。戦傷外科医には救急・一般外科の広い知識・研修が必要であり、派遣スタッフ育成には病院全体で の理解・協力体制が必要である。また、国内・国際紛争・地震などの大規模集団災害時には、医療機器不 足から診断・検査方法の制約、劣悪な衛生環境に伴う感染症など、平時医療と大きく異なる多くの問題 の中で救援活動を行わなければならず、医療経済・人的資源・治療結果の効率を重視した標準化治療が 必要であると感じた。


ノースリッジ大地震が死者61名ですんだ理由

(佐々敦行:重大事件に学ぶ「危機管理」、文春文庫、東京、2004, p.136-144)


A ノースリッジ大地震:1994年1月17日午前4時35分、マグニチュード6.9の大地震
        死者61名。
B 阪神淡路大震災:1995年1月17日午前5時46分、マグニチュード7.2の大地震
        死者6433名、負傷者4万人以上、全・半壊家屋25万棟以上
 これら二つの地震は同じ大都会で同じ1月17日に起き、マグニチュードも非常に近い。発生時刻も早朝 であり、1時間ほどのズレしかない。唯一の決定的な違いは犠牲になって亡くなられた人の数であ る。なぜこのように阪神・淡路大地震の場合はノースリッジ大地震の100倍もの死者が出たのかを考え ていくこととする。

  1. Aの場合、クリントン大統領は15分後には大地震発生の報を知っていたが、Bの場合は大地震 発生の第一報が当時の村山総理に届いたのは5倍の1時間15分後のことである。

  2. Aの場合は大統領が本部長となり直ちに連邦危機管理長に電話し、その1時間後にはカリ フォルニア州の州兵1万がロサンゼルスに向けて出発。その7分後に消防ヘリコプターはもちろん 陸、海、空、海兵の軍用ヘリ、その他全てのものが総動員され消火が始まる。

     Bの場合は本部長が総理ではなく、国土庁長官が責任者に任命され、優先緊急車両がスムーズに通れる ようにマイカー規制や違法駐車の実力排除、火災が発生している場合、延焼防止のための破壊消防、 消火用水の確保、あるいは化学消化剤の使用、自衛隊の大型ヘリコプターによる空中からの消火活動 などすぐにでもできることを何もしなかった。

  3. 災害緊急事態の布告をBは行わなかった。

    災害緊急事態の布告を行う利点:隠匿物質を摘発して配給ルートに乗せたり、売り惜しみで暴利をむさぼっているのを適正価格で販売させるなどのことができる。

  4. Bの場合にヘリで救出できた負傷者は震災当日1人、二日目6人、3日目が10人に過ぎない。この理由は運輸省の航空局航空管制官が平時の時のマニュアル「地震の際には着陸させてはならない」に従って「余震あり」と状況判断しヘリを着陸禁止にしてしまったのと、当時の社会党の村山内閣は自衛隊を憲法違反と主張していたため自衛隊のヘリを飛ばすことをしなかったためである。

  5. アメリカには「トリアージ・ドクター」がいたのだが日本にはいなかった。その結果、病院側は番号札を配って先着順とした。

    *トリアージ・ドクターとは生死鑑定、あるいは治療優先順位決定ドクターである。死んでしまった人には黒色のタッグを貼り、もう蘇生ちりょうなどはしない。軽傷者は緑色のタッグで止血、消毒、包帯をして病院に行かないように指導する。そして手当てをしないと死んでしまう人には赤いタッグを貼っていく。→駆けつけた救急車や救急ヘリは赤色のタッグの人だけを拾って病院に届ける。病院でも赤色のタッグ人優先で集中治療を行う。

 以上の1.〜5.のような「天才の後に人災が来た」と言われても仕方がないようなまずい対応が、いたずらに被害を拡大させ、ノースリッジ地震の100倍の死者を出す結果を招いたといえる。これらのことから言えるのは、国民の生命と財産を預かる最高責任者には、必ず助けに来てくれると信じ、じっと耐えて待ち続けていた人たちの身になって考え、感情移入して我がことのように憂い悲しむという人間らしさを必要としているといえる。また逆に、緊急事態下での医療の現場ではある程度人権は制限されるべきである。この状況下で全員平等に治療を行うことは絶対に不可能であるため、重傷者を優先して治療を行うことが、より多くの人命を救うことにつながるためである。


□災害医学論文集へ/ ■災害医学・抄読会 目次へ