災害医学・抄読会 2004/06/04

被災体験と看護ケア

(新道幸恵:現代のエスプリ1996年2月別冊、p.156-164)



第8章 インド西部地震

(金田正樹:災害ドクター、世界を行く、東京新聞出版局、東京、2002、p.188-211)


派遣活動内容

2001年 1/26 インド西部のグジャラート洲ブージ市周辺でM7.9の地震発生。

 1/29 JICAより連絡

 1/30 日本を出発、深夜アーメダバード着
 (医師3名、看護婦6名、医療調整員3名、JICAからの業務調整員6名)
 外務省から与えられた現地の情報は少なく、インド災害対策室が発表した情報は厳しいものであっ た。大使館からの提案としてはアーメダバードで五つ星ホテルに泊まって駅前でテントを張って診療 してはどうかと言うものであった。

 1/31 グジャラート語を話す日本人と合流
 スレンダナガール調査(被害はほとんどなく医療援助の必要性はなし)
 全体にブージでの活動の意思確認

 2/1  先遣隊ブージ入り
 ブージ市は喧騒を極めており、インド軍や各国のレスキュー隊が救出作業を続けていた。まともな建 物はほとんどなく、町の80%以上が破壊もしくは倒壊、発表通りの悲惨さであった。ブージ市周囲の 被災地にはインド軍、NGO、外国隊の医療チームがすでに入っていた。

 2/2 西の状況を調査(現地の医師よりの提案)
 インド人に医療隊が入ってない村を町で聞いてもらいメモを元に南下 マタプルに拠点発見。拠点候補としてククマ

 2/3  マタプル、ククマで医療活動を開始
 マタプルは一日130名を越し、ククマも50名以上、ほとんど感染を伴った外傷患者。

 2週間のミッションのうち調査に3日間、実質の医療期間は7日間、2次隊を要請するかどうかの決断が 迫られた。増えつづける患者数、その重症度、村の要望などから後1週間の継続が必要である。ただ 200名の自衛隊の医療部隊が来るかもしれないと言う話を考慮する必要があった。結局自衛隊の偵察隊 は被災民の為のテント輸送をすることに決定し、2次隊の派遣要請は時間的余裕が無く断念した。 活動を開始したときから地元の方が協力を申し出てくれた。

 壊滅的な状態のブージでは市民は住む場所が無く郊外へ移動した為、町の中心部では患者が減りだ し、逆に郊外にいる我々の方に患者が増え始めていた。手術用テントだけでなく、入院可能なテント まで装備されていても手術をした結果は決して良いものではなかった。術後すぐに路上での避難生活 を強いられた為重大な感染症を併発している人もいた。

 阪神淡路大震災のとき日本は医師法、薬事法、動物検疫規定をもとに海外からの援助を断っている。 今回のインド政府も外国からの援助要請に対してなかなか承諾しなかった。だが現地にきて見ると国 レベルの意向とは逆に我々を待ちわびていたかのように思われた。 今回被災者自身が我々の活動にボランティアとして参加してくれ、援助する側とされる側と言う区別 の無い活動が出来、得がたい経験となった。

海外での救援活動について

 海外での救援活動をする上でまず決定しなければならないのは自分たちの宿泊する場所と活動拠点で ある。この2つを決める為の情報収集が必要になる。またセキュリティーの情報も重要である。後は医 療計画を具体化し、ロジステックをきちんとやれば軌道に乗る。

 被災地から遠く離れていると適正な情報はなかなか得られず、被災地の真只中にいると情報がありす ぎてどれが精度の高い情報なのか分からない。災害の規模が大きければ大きいほどこのような現象が 起こる。被災地のニーズは時間の経過と共に刻々と変化し、遠方から援助を考えるとき、この時間の ずれを考慮しないと適正な時期は過ぎ、適正な場所も無い状況下に来ることになってしまう為、適正 な援助にはならない。

 広域災害では被災地における活動の限界を把握することも大切である。

 短期間の緊急援助の場合は何よりもチームワークが大切で、隊員間のコミュニケーションをきちんと はかっておく必要がある。


静かなる集団災害―思いがけない障害を持つ患者のトリアージと治療における対処

(Hazelton T:救急医療ジャーナル 2004年4月号 30-35)


 バスの事故では救急医療体制の力量が試される。とくに田舎だと人手も資材も不足がちなため、現 場は実質的に集団災害のような様相を呈するようになる。さらに今回の事例では、ほとんどすべて の被害者の耳が聞こえないという不測の事態が起こった。

 2002年10月27日日曜、霧雨降る午前10時30分にカンザス州の田舎、ウォーレス郡内の 高速40号線でカンザス聾学校のフットボールチームのメンバー34人が乗ったバスが事故を起こ した。バスは時速128km/時超で走行中に、路面の濡れた緩やかなカーブでコントロールを失い、 路面下7.5mまで草深い斜面を転がり落ち、破損した屋根が座席にめり込むようにして逆さに なって止まった。

 通報を受けた司令部では救援のためにまず、ボランティアの救急隊員をウォーレス郡から3人、隣 接するローガン郡から3人、ボランティアの消防団員をウォーレス郡から2人、ローガン郡から1 人を派遣した。連絡を受けたチームが現場に向かうまでの間に司令部は事故現場から43マイル離 れた所にあるローガン郡病院へ通報し、病院はそれをうけて勤務のないスタッフを呼び戻し、現場 から52マイル離れた所にある市民医療センターとともに治療計画のコーディネートも含めて、大 惨事に対応するための計画を立てた。また、教会で事故の連絡をうけた救急隊員は手話の通訳者を 確保するために教会にとどまって他の教会に連絡をとり、数分以内に現場に8人の通訳を到着させ た。さらに、現場から41マイルのグッドランド、52マイルのコルビィから救急車が到着し、全 部で13人のボランティアの消防隊員、16人の救急隊員、8人の保安官と高速パトロール隊、8 台の救急車と3つの消防隊が反応した。

 最初の救援者が到着するまでに乗客の学生たちはお互いに助け合ってバスから脱出していた。よっ て、救援者の最優先事項は患者の治療と搬送になった。今回、患者の耳が不自由なため、患者の身 体的反応を見ることが難しく、より徹底した患者評価を行われた。事故から12分後、最初の救急 車が到着した時には、緊急搬送が必要な2人の重症患者を確認し、残りの被害者も外傷の程度に基 づいた搬送の順番が決められていた。事故の成因とコミュニケーションの問題から多くの患者は脊 髄損傷があるとみなされ、治療に脊髄と四肢の骨折の固定が行われた。

 搬送のために警察官により緊急車両を除くすべての車両に対して40号線が封鎖された。2人の最 優先患者は2台目と3台目の救急車の到着から数分以内に搬送された。そのあとの救急車は5分か ら10分おきに現場に到着していたので、現場では救急車が到着するまでの間に、患者の優先順位 を決め、転落場所から道路面まで運び上げるための十分な時間を得ることができた。地元の市民 も、優先順位の低い、歩くことのできる負傷者を搬送するために自家用のバンなどで駆けつけた。 救急隊員と通訳は初動用キットと無線あるいは携帯電話を用意し、それぞれの自家用車に乗り込ん だ。現場は効率的に仕切ることできたので、50マイルも離れたところから来た救援者もいたの に、34人の患者すべてが午後12時前、事故発生から90分以内に搬送された。

 ローガン郡病院では、当初22人の患者を受け入れた。その中の1人であったアシスタントコーチ をしていた52歳の人が現場を離れて数分後、搬送中に亡くなった。市民医療センターでは、災害 センターへ搬送する前に12人の軽症患者を見た。これらの二つの一次救急病院でも通報が早かっ たため、多くの患者を受け入れる準備ができていた。救急車で搬送された患者は完全な救急搬送報 告書が書かれ、自家用車で運ばれた軽症の患者は氏名、個人的情報と外傷についての記述が報告書 に記載された。

 今回の事故の教訓として次のような点が上げられる。耳が聞こえない人とのコミュニケーションを するときは唇の動きを読むことができるように患者の見える位置で話をする。また、痛む部位を調 べている際は表情を観察する。質問を筆記したり、患者にしようとすることを自分でして見せるも 大切である。患者とのコミュニケーションの障壁に対する事前計画として、耳に障害のある人や外 国人のための通訳とコンタクトする方法を知っておく必要性もある。また、トリアージタッグは患 者の重傷度を示すだけでなく、救急隊が患者に対して何をするべきかを見い出し、行動するための 現時点での記録にもなるため、トリアージタッグを必要量確保しておく。無駄が無いように調節可 能な頚部カラーを用意しておく。酸素が必要な患者に十分行き渡るように、不必要な酸素投与を控 える。近隣の救急隊と相互援助協定を定め、確実に警報を出し、カバーしていない地域をカバーし てもらうようにする。

 集団災害の管理は常識的な判断力、コミュニケーション、強いリーダーシップと効率的なチーム ワークが問題である。今回の事例では、すべての機関が適切に判断し、34人の患者を処置し、搬 送するためのチームとなって動いたと現場の指揮官は感想を述べている。


Mass-gathering medicineとは

(山本保博ほか:救急医学 26: 191-194, 2002)


 最近、救急医療の現場や災害医療に興味をもっている医療関係者の間でmass-gathering medicineが話 題に出ることが多くなってきた。本稿ではmass-gathering時における集団災害の特徴やその対応医療 について考えてみたい。

 Mass-gatheringとは共通した目的で1000名以上の人員が、同一時間同一地域に集合するものと定義さ れる。国内ではさまざまなmass-gatheringが行われているが、近年においてはイベントの規模が大き くなりmass-gatheringの人員数も大きくなる傾向があり、それに伴いmass-gatheringにおける集団災 害の可能性は、政治的背景、テロリズム、暴動、フーリガン、環境因子、パニック、倒壊、予期せぬ 事故を考えると、incident、accidentあるいはdisasterの発生する可能性は今後ますます増加してい くと考えられる。mass-gatheringにおける災害は、いったん起これば人々が密集しているためパニッ ク状態も加わり、多くの死傷者を出すことになるので、1000名以上の集まりは安全面から集団の行動 は管理される必要があるとされいる。歴史的にみてもmass-gatheringにおける集団災害は、災害のイ ンパクトの大きさ以上に死傷者が出ており、集団災害の中でも特殊な災害と捉えることが必要であ る。よってこのようなmass-gatheringにおける集団災害に対しては、事前の周到な災害医療計画に基 づく準備が必須である。しかしながら、欧米のmass-gatheringにおける集団災害対応に比べると、本 邦では歴史が無く不十分であるといわざるを得ないので。本邦では今年ワールドカップ大会開催を控 えており、ワールドカップ大会における集団災害医療体制の準備は急務であるが、ぜひグローバルス タンダードに沿った体制が整備されることを祈りたい。

 Mass-gatheringへの対応は、まず参加者の確認をすることで、入場者数は事前に把握しておくことが 必要である。また、催物や行事の時間的経過も重要で、参加者の入場傾向も加味して、常に予想最大 入場者数に対しての安全管理が必要となる。そして、安全に関しての対策は開催場所の危険分析は建 物だけにとどまらず、進入路や退出路の評価は重要である。また催物の種類によっても危険性の評価 は異なる。3つ目に、警察、消防、医療関係者、警備会社と連携した救護計画を立て、指揮命令系統を 事前に検討し、関係者に周知させておくことは重要である。

 Mass-gatheringにおける医療対策はまず、現場応急救護所は傷病者が簡単に確認できて簡単に到達で きる必要がある。準備に関しては、救護所の医療レベル、医療スタッフの種類、責任者や経費につい て、地域の医療機関との連携、特殊な医療技術が必要な場合の訓練といったことから、立ち入り禁止 区域への救護車の通行、テロなどの特殊災害、医療資機材の準備者、そして薬剤の安全管理方法など を事前に関係諸機関が集まって討議する必要がある。イベントの種類や規模に対してどれだけの救急 医療体制を作ればよいかは難しいところであるが、ドイツ・ミュンヘン地区においての危険度の点数 化する体制は参考になる。

 Mass-gatheringにおいては統括医師を置くことが必要である。統括医師はイベントにおける救急医療 を統括するだけでなく、もし集団災害が起きた場合を想定して集団災害対応計画を立てなければなら ない。Accidentが起きた際には、救急医療モードから災害対応モードへの切り替え判断を行わなけれ ばならないので、統括医師は救急医療・災害医療に精通した医師が望ましい。 医療計画はイベントのaccidentを収集するという観点ではなく救急救護の視点から考えれば、医療対 策の占める部分は大きくなるはずである。よって今後はぜひともmass-gatheringは命の視点から考え るべきである。

 イベント開催時の救護設備についての法律を調べてみたが、以下のような救急救護計画とそれに関す る根拠法が見つかった。

区分根拠法等策定主体計画等が対象とする事象
都道府県地域防災計画災害対策基本法都道府県防災会議暴風、豪雨、洪水、高潮、地 震、津波、噴火その他の異常な自然現象または大規模な火事もしくは爆発その他、その及ぼす被害の 程度において、これらに類する放射性物質の大量の放出、多数の者の遭難を伴う船舶の沈没その他の 大規模な事故
市町村地域防災計画災害対策基本法市町村防災会議(市町村長)同上
災害救助の基準災害救助法都道府県知事政令で定める程度の災害
市町村消防計画消防組織法市町村平常時および非常災害時の消防活動全般
救急業務計画救急業務実施基準消防長特異な救急事故(救急隊1隊のみで処理できな い災害に起因するもの)

 以上の今回見つかったものは自治体などの防災であり、今回の抄読会で書かれているようなイベントでの防災を規定したものではなかった。

 本抄読会資料でワールドカップを機に法整備が望まれると書かれているが、2年たった今でもイベントに関する法律は日本では未整備なのではないかと思う。かろうじて関係があるとすれば、建物の建築 時における消防法であろうか。よって現状では、イベント開催時の救護設備の規模については主催者 が利用する建物に適用される消防法を元に決定するだけで、法的な規制は無いのではないだろうか。


トリアージの法的問題Q&A(Q6-13)

(有賀 徹:災害時の適切な Triage実施に関する研究、厚生科学研究費補助金総括研究報告書 2001, 26-33)


Q6 ボランティアで災害現場に医師が赴いた場合、何時から求めに応じて治療等の実 施義務を負うか。疲労等を理由に実施を拒否できるか。

A6 医師法19条 応招義務が問題となる。→公法上の義務で直接患者に対して負う義 務ではないとするのが通説であるが医師に正当な理由がない限り、医師に民事上の損 害賠償を認めるのが学説・判例の大勢。

 「救急の場合、またはヒューマニズムにもとる場合を除くほか、医師の患者選択は 自由である」(世界医師会の倫理)→災害等の救急の場合に、救護者であることを鮮 明にしながら現場に赴けば、現場についた段階から負傷者に対する治療等の実施義務 を負う。

 疲労等を理由に実施を拒否できるか。→正当事由がある場合とは、「医師の不在ま たは病気等により事実上診療が不可能な場合に限られるのであって、患者の再三の求 めにかかわらず、単に軽度の疲労の程度をもってこれを拒絶することは、第19条の義 務違反を構成する」(旧厚生省の見解)→疲労が極度に達し正常な治療を行えないと 判断されるときは、実施を拒否できる場合もある。

Q7 ボランティアで災害現場に医師が赴いた場合の医師の注意義務の程度について。

A7 この場合、負傷者との間で治療に関する契約関係があるわけではないが、医師は ボランティアとして義務なきことを行う態度を鮮明にしているため、民法697条以下 でいう、いわゆる「事務管理」にあたる。(負傷者に意識がある場合、負傷者がトリ アージ、治療行為に応じればその段階で契約が成立すると考える余地があるが、混乱 した災害現場での負傷者の反応を法律上の意思表示として評価するのは妥当ではない と考えられるため。)

 民法第697条1項「義務なくして他人の為に事務の管理をはじめたるものはその義 務の性質に従い最も本人の利益に適すべき方法によってその管理をなさなければなら ない。」→医師には善意の管理者の注意義務を課せられることになり、その具体的内 容としては、判例が通常の場合に要求する医師らの一般的注意義務、すなわち、「診 断、治療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準」となる。

Q8 災害救助法における災害時の医師ら医療関係者(医師、歯科医師または薬剤師、 保健師、助産婦または看護師)の救助活動についての規定。

A8 災害救助法第24条「都道府県知事は、救助を行うため、特に必要があると認める ときは、医療、土木建築工事または輸送関係者を、第31条の規定に基づく厚生労働大 臣の指示を実施するため、救助に関する業務に従事させることができる。」

 災害救助法31条「厚生労働大臣は、都道府県知事が行う救助につき、他の都道府県 知事に対して、応援をなすべきことを指示することができる。」

 災害救助法23条における救助の種類

  1. 収容施設(応急仮設住宅を含む)の供与。
  2. 炊き出しその他による食品の供与及 び飲料水の供与。
  3. 被服、寝具その他生活必需品の供与または貸与。
  4. 医療及び助産。
  5. 災害にかかった者の救出。
  6. 災害にかかった住宅の応急修理。
  7. 生業に必要な資金、器具または資料の給与または貸与。
  8. 学用品の給与。
  9. 埋葬。
  10. 前各項に規定 するもののほか、政令で定めるもの。

Q9 災害救助法第24条で医療従事命令を受けた医療関係者が、その命令を拒否した場 合どうなるか。

A9 災害救助法第24条により、6ヶ月以下の懲役または5万円以下の罰金。

Q10 災害救助法には日本赤十字社に対して特別な規定を置いているか。

A10 災害救助法は、日本赤十字社について下記のような規定を置いている。

第31条 日本赤十字社は、その使命にかんがみ、救助に協力しなければならない。政府は、日本赤十字社に、政府の指揮監督の下に、救助に関し地方公共団体以外の団体または個人がする協力の連絡調整を行わせることができる。

第32条 都道府県知事は、救助またはその応援の実施に関して必要な事項を日本赤十 字社に委託することができる。

Q11 トリアージを行うことは、個々の負傷者についてみると直ちに救護をしない場合 もあるわけですが、これについて法的責任は生じないのか。

A11 刑法上の責任について

 刑法第218条「老年者、幼年者、身体障害者または病者を保護する責任のあるもの がこれらのものを遺棄し、またはその生存に必要な保護をしなかったときには、3ヶ 月以上5年以下の懲役に処する。」

 刑法第219条「前2条の罪を犯し、よって人を死傷させた者は、障害の罪と比較し て、重い刑により処断する。」

 しかし、トリアージは、医療資源の観点から、少ない医師でできるだけ多くの負傷者 の命を助ける手段であるため、社会的に相当な行為と評価され、違法性が阻却され る。

  Q12 医師が、ボランティアあるいは災害救助法の従事命令で災害現場に赴いた場 合、負傷者からの要請があるにもかかわらず、治療行為をせずにトリアージに専念す ることはできるのか。

A12 刑法上は、保護者遺棄罪の構成要件に、民事上は故意による応招義務違反によ る不正行為責任が問題となるが、トリアージは、医療資源の観点から、少ない医師でできるだけ多く の負傷者の命を助ける手段であるため、社会的に相当な行為と評価され、責任は問われない。

Q13 現場にいる一般市民は、救護義務を負うか。

A13 原則として救護義務はない。ただし、災害救助法第25条「都道府県知事は、救 助を要する者及びその近隣の者を救助に関する業務に協力させることができる。」と し、消防法第35条では、「救急隊員は、緊急の必要があるときには、第2条第9項に規 定する傷病者の発生した現場付近にいる者に対し、救急業務に協力することを求める ことができる。」としており、これに違反した場合に、民事上、刑事上の問題が発生 する余地がある。


わが国の緊急被ばく医療体制

(前川和彦:中毒研究 15:139-145, 2002)


はじめに

 東海村臨界事故は、原子力安全文化論を根底から覆す事故であった。この事故を契 機に、原子力防災体制の見直しと、緊急被爆の医療体制の抜本的な見直しが行われた。

1963年動力試験炉で初発電

   このころは原子力の平和的利用が国策として推進し、原子炉等規正法で厳しく規制し事故 は確率的に起こりえないものと認識され実効性のある取り組みなどは殆ど行われていない 現状があった。だが原子力発電所は次々と設置される状況であった。

1979年スリーマイルズ島原子力発電所の炉心融解事故が発生

 原子力安全神話にどっぷり浸かっていた日本に震撼が走り、すぐに原子力発電所に 係わる防災対策上当面とるべき措置をまとめ、緊急連絡体制の常時整備・影響が周辺地域に及ぶ 場合の事故対策本部の整備、設置、人員要員などの骨格をまとめたが、緊急助言組織に放 射線防護専門家は含まれるが緊急医療専門家は含まれていないので、まだ、医の視点での 整備が不足している状態。

1980年原子力発電所など周辺の防災対策についてがまとめられる

 この防災指針は、原子力の特殊性、被爆という異常事態の動態の把握のための住民 の教育体制、緊急時医療の設備の整備、防災対策の重点的に整備すべき地域を専門的技術的見地か ら指針を述べている。具体的な医療対応が述べられているが、実行する者に認識も薄く実効性に欠 く内容であった。また原子力作業員に対する対策は全く整備されていない状態であった。

平成7年阪神・淡路大震災後の防災対策見直し

 国と赤十字、地方公共団体、原子力事業者に緊急医療資材、医薬品などの整備に努 めることを、また科学技術省から放射線医学総合研究所を中心とし外部専門医療機関とのネット ワークの構築を整備し情報、研究、人的交流を平常時から行い緊急医療体制の発展を目指すように なった。

平成11年東海村JOCウラン加工工場での臨界事故

 これまで述べてきた体制では想定外の事故であった。この反省をふまえ、国地方公 共団体、事業者の責任が明確に指示され、緊急医療体制にも十分に議論し抜本的に見直す必要が あったので当面の整備としてここから1年かけて検討した。

平成12年緊急医療ワーキンググループの設置

 このワーキンググループは被爆医療の専門家、東海村臨界事故の高線量被爆患者の 治療に携わった臨床医、救急医などを中心に設置され医療体制の整備が進められた。

平成13年緊急被爆医療のあり方について

 今後の緊急被爆医療の方向性を定めたもので、被爆医療の特徴、理念を述べてい る。

今後の課題

 原子力の周辺住民の心のケアまた健康不安対策の充実をはかる。

 この緊急被爆医療体制のありかたについてを少しずつ構築していくことはもちろん だが、設備体制だけでなく人間関係の構築は重要な要素である。また設備を整備したはいいが、管 理、維持にもきわめて大変なことであり改訂していかなければならない。

 まだこの機関が実際に運営したことがないので経験というものがなく、また月日も経ていないので実際に活動ができるのかという問題もある。

終わりに

 わが国の電力エネルギーの約30%を原子力に依存している。また、医療現場でも放射線は頻繁に利用されているが被爆患者が発生する頻度は少ない。一般事故と異なり頻度も低いし専門性も高いので特別な資材、医療技術を必要とする。しかしこれを高めまた維持し、実効性のある医療体制を構築していかなければいけないという課題がある。


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