脳死移植に関する諸問題―脳死判定実施施設に聞く―

(麻酔学会ニュースレター vol.7 (4) 7-8, 1999)


目 次

はじめに        高知赤十字病院 西山謹吾
慶応義塾大学 武田純三 古川市立病院  佐藤大三

註:本論考は著者の了解をいただき、また日本麻酔科学会広報委員長に連絡をさせていただいた上で発信させていただいています。本論考に対するご意見はウェブ担当者(愛媛大学医学部救急医学 越智)までお送り下さい。


はじめに

 法的脳死判定に基づく臓器移植が本年になって4症例行われ、そのうちの3施設におい て麻酔学会会員が深く関与しました。戸惑い、混乱が報道されていましたが、当事者から の直接の貴重な経験談は、会員にとっての大きな財産であります。


高知赤十字病院救命救急センター救急部 西山謹吾

   この臓器移植での問題点は、救命治療と正確な脳死判定、さらに医療の透明性の3点に 絞られます。臓器移植が報道の標的になる根底には、医療不信が存在するともいわれてい ますが、我々は臆することなくそれに応えていかなければなりません。特に脳死判定の前 提条件にある「現在行いうるすべての適切な治療」とは、何を指すのかが提供病院に重く のしかかってきています。臓器移植をする人にだけ最善の治療を行っているのではなく、 我々はすべての患者に最善の治療を行っているわけで、特別扱いすることはありません。 この前提条件が指すのは、その施設で誰もに行っている治療のことと考えます。このあた りの根本的なところが、一部のマスコミによってねじ曲げられてしまっているように思い ます。

 私が考える臓器提供施設の心得とは、
 1) 患者の意思を尊重すること
 2) 臓器提供の意思表示の有無で治療方針を変えないこと
 この2点です。

 次に正確な脳死判断について再確認しなければならないのは、これは法的手続きの問題 であって、医学的な問題ではないということ。すなわち、法に規定されているとおりに理 屈抜きに行い、また判断しなければならないということ。

 マニュアルにはない病院が想定すべきことと問題は、

  1. 意思表示カードは臨床的脳死診断前に提示される。

  2. 脳死判定終了後の家族への対応(看護婦によるフォロー)

  3. 報道関係に通常医療を妨害されたこと。(1.駐車場が占拠されてしまい一般患者の来院に支障を来した。2,患者家族を報道陣から隔離せざるをえなかった。そのためコミュニケーションがとりにくくなってしまった等ほか多数。)

  4. 報道された3日間の間に100件以上もの苦情電話(臓器移植に反対の方々)がかかり、事務はその対応に追われてしまった。

  5. 8月になっても抗議のはがきが私の所に匿名で来ていること

 などがあります。


慶応義塾大学医学部麻酔科 武田純三

 救命を目的とした治療から、法に基づく脳死判定、脳死判定後のドナー管理、手術室で の臓器摘出まで、予想以上に麻酔科の関与が大きく、多くの時間と人手を要した。特に、 レシピエントの選定と手術室の準備、臓器搬送の手配などに時間がかかり、脳死判定後臓 器摘出を行うまで11時間のドナー管理を麻酔科で余儀なくされた。さらに、臓器輸送の 都合などに合わせて手術開始時期が決められたので、予定手術の調整も一苦労であった。

 慶応義塾大学病院では、平成9年7月より脳死判定検討委員会を設置して脳死判定にか かわる検討を行い、10月には院内の規約とマニュアルの作成、説明会の実施、脳死判定 医や検査技師などの人的確保、ドナー候補者が発生したときの対応などの体制を整えてい た。

 検討委員会の委員として検討を進めていくうえで、2つのことを感じた。通常の医療行 為も法の下で行っているが、脳死判定では特に法との接点が多く、判定の手順や基準に記 されている数値などは参考値ではなく、守らねばならない値であり、医師が法を理解し遵 守する必要があること。「臓器移植に関する法律」、その「施行規則」と「運用に関する 指針(ガイドライン)」など、いくつかの法案が制定されているうえに、次々と改定がな され、最新のものを確認するのが困難であるなど、公布や公示の仕方は医療関係者には分 かりにくいことである。

 家族が脳死判定に立ち会えることになっており、希望により最後まで立ち会われた。第 2回目の無呼吸テスト開始前に、これで患者さんの“死”が 決定されることを告げ、手 を握るようにお話しした。持っておられた聖書の思い出の節を読まれ、安堵の表情を感 じ取ることができた。私もほっとして、迷うことなく最期の時を告げることができた。家 族の強い希望が今回の脳死判定の機動力となっており、家族の方と一緒に脳死判定を行う ことができた。


古川市立病院麻酔科 佐藤大三

 われわれの病院は仙台より少し北に位置した379床の病院で、救命救急センターとし て認定された施設です。麻酔科として関与するのは、主に脳死判定医と手術室関係と考え ます。

 1.脳死判定

 臨床脳死判定医、脳死判定医2名、摘出時のドナー管理医は別々が望ましい。

 古川市立病院では、臨床脳死判定医が主治医の脳外医1,脳死判定医は脳外科1、麻酔 科1で専門医が3人しかいないため、ドナー管理は移植側に依頼しました。

 中枢神経抑制薬、筋弛緩薬などの影響を除外する。気管挿管時の麻酔薬や筋弛緩薬は、 脳死判定まで3日以上経っているため問題になりませんでした。低体温療法の時は、薬の 残存効果の判定が問題になると思われます。

 無呼吸テストは呼吸管理に習熟した専門医師が関与に努めることで、麻酔科医または集 中治療医が大きく関与するところです。中枢温35℃以上やPaco2 35〜45mmgHgを確認 してから行います。血液ガスの測定など、ある程度人の確保が必要です。血液ガス機械の calibration timeもチェックしておくことが必要です。

 2.臓器摘出手術

 原則として、摘出チームがすべて用意することになっています。移植コーディネーター と話し合って、術衣や手術衣までもどちらで用意するか、あらかじめ決定しておきます。 手術室をどこを提供するか。1室は手術室として使い、もう1室はback tableとして使用 しました。手術室は全部で6室で、残りの4室を時間調整して定期の手術を組みました。 大きな臨時手術時の対応が課題で残りました。

 ドナー管理を摘出側に依頼した時には、摘出医院のサポートがあったほうがスムーズに 進行します(麻酔器、人工呼吸器、動脈ライン、薬剤等)。外回りの看護婦も2人は必要 でした。


■救急・災害医療ホームページ/ □全国救急医療関係者のペ−ジ