DISASTER MEDICINE

Application for the Immediate Management and Triage of Civilian and Military Disaster Victims

Burcle FM Jr, Sanner PH and Wolcott BW

翻訳・青野 允、谷 壮吉、森 秀麿、中村紘一郎

(情報開発研究所、東京、1985)


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21.野外状況下における麻酔

 Roger S.Mecca,M.D.


 はじめに

 外傷の患者に無痛法や麻酔を行うことは,設備が整い訓練された麻酔 医のそろった医療センターにおいてさえも複雑で煩しいことである.こ れらの患者は,心循環系や呼吸系の機能に致命的な多発性の損傷を有し ているかもしれない.これらの患者の緊急の加療は,しばしば患者の完 全な評価を妨げ,重大な不明損傷を診断するために,医師に臨床上の洞 察力やモニタリングに依存することを余儀なくさせる.十分な病歴はめ ったに得られず,胃内容物貯留.いいかげんな気道確保,低循環血液量 は常のごとく存在する.

 野戦や災害状況下では,これらの問題が混在している.重度の多数の 受傷者がただちに治療を必要とし.トリアージを要し,その場での手術 を早急に要するかもしれない.診断器具と人員の不足は,乏しい臨床上 のデータに基づく重大な治療上の決定を医師に強いる.医療器具,薬品, 訓練された人員はわずかであるか,または存在しないかもしれない.人 員の不足は,最小限の観察と加療によって患者を長期間安定させる系統 的治療を注意深く計画することを要求する.これらの仕事を恐怖,混乱, 疲弊のなかで,また危険で汚染された残酷な環境のなかで遂行せねばな らないかもしれない.

 無痛法や麻酔を要する手術は,戦場ではたぶん小外科(デブリドマン, 裂創の縫合)や生命や四肢を救う処置(胸腔ドレナージ挿入,動脈損傷の 検索,緊急切断)のごときものに限定されるだろう.人員,設備,場所の 不足は,患者の安定を第一とし,その他のほとんどの外科的処置をやむ なく延期させるであろう.


A.初期の状況把握

 気道,呼吸,循環の迅速な確保が無痛法や麻酔に先立ってなされるべ きで,災害の性質に関連した損傷の複雑さや医師に課せられた制限のた めに,麻酔法は絶望的な状況下で選択を迫られる.犠牲者の一般状態は 不安定であり,麻酔法や無痛法は必要であってもこの不安定な一般状態 をさらに複雑にする.一度決定がなされ,手技が進行したらABCを常に 確かめて維持せねばならない.


B.病歴

 可能なら要領を得た短い病歴をタッグに記録して,患者に取りつける. この票には,姓名,血液型,アレルギーの有無と種類,受傷時間とその 性状,最後の経口接取時間,以前の治療と服用薬の種類,常用薬,心肺 系疾患の病歴を含むべきである.


C.局所麻酔(広義)

1)局所麻酔(狭義)

 災害時には局所麻酔は,小さな表面の外科的治療に有用である.清潔 にした皮膚や皮下組織への1%リドカインか0.5%ブピバカイン+エピネ フリンの浸潤は,末梢神経の終末を麻酔し,限られた部位の切開が可能 となる.エピネフリンの使用は,指や趾や四肢の全周性のブロックでは 動脈性の収縮をきたし,阻血や組織壊死を生じるので禁忌である.全周 性の浸潤は,局所麻酔薬だけの使用でも避けるべきである.不幸にして 局所麻酔は,しばしば深部筋群や骨に至る手技には不適当である.局所 麻酔による副作用は,麻酔薬の全身性の吸収が少ないために低い.手技 は簡単で,高い成功率をあげうる.麻酔がかかったら患者のモニタリン グはほとんど必要ない.

2)神経ブロック

 神経ブロックは,当該領域を支配する神経幹の周囲に,より多くの局 所麻酔薬を投与する必要がある.おもな末梢神経は,神経より太い動静 脈と近接しているので,血管内誤注や全身性中毒反応を避けるために, 注射のまえに注意深く吸引してみる必要がある.注射針で軽度の知覚異 常を引き出すことは,ブロックする神経を確認するためにしばしば役立 つ.しかし,ひどい疼痛や灼熱感が注射で起これば,麻酔薬が神経内に はいっていることを示し,針を刺し直す必要がある.神経ブロックは成 功率が高く,比較的簡単で副作用も低い.この直接的なブロックは,手, 足,胸壁などで有用である.

 足踝において足を支配する神経のブロックには,リドカインかブピバカイン5〜10mlの注射を要する.内踝の後面で後脛骨動脈の外側に注入 すると脛骨神経が麻酔され,一方,アキレス腱の外側で扇状に後外側踝 に注入すると腓腹神経を麻酔する.この二つの方法を組み合わせると, 足、踝の底面を麻酔できる.脛骨の前縁から外側踝へ向かって皮下に浸 潤させると浅腓骨神経をブロックする.前脛骨筋と長拇趾伸筋の腱間か ら脛骨に向かって注射すると深腓骨神経をブロックする.大伏在静脈の 周囲に内側踝の上方で浸潤させると伏在神経を麻酔する(これは血管内注 入のリスクが高い).これら三つを組み合わせると足の背部を麻酔でき る.五つの神経をすべてブロックすると足全体を麻酔できるが.足首全 体を浸潤させることになる.この問題を避けるために,伏在神経は膝部 でブロックできる.

 神経ブロックは,前腕,手首,手においても同様に安全に麻酔できる. 正中神経は,リドカインかブピバカイン5mlで,肘部において0.5〜0.75 cm前腕動脈より正中側で上顆間のラインに注射するか,手首で長手掌屈 筋と橈骨手根屈筋の腱の間に近位皺壁で注入すればブロックできる.尺 骨神経はリドカインかブピバカイン5〜10mlを上腕骨の内顆の後面に注 射するか,2〜4mlを尺骨手根屈筋と尺骨動脈の間に注入し,手首のとこ ろで尺骨周囲に5mlを追加注射することで麻酔できる.5〜10mlを前腕 橈骨筋と二頭筋の腱間に上腕骨の外側顆の前外側よりの表面から注射す ると,前腕の橈骨神経と外側皮神経をブロックし,5mlを皮下に手首の 橈骨縁で茎状突起の後方に注入すると橈骨神経末梢を麻酔する.

 胸壁の限られた手技のためには,リドカインかブピバカイン3〜4mlを 肋骨下縁に後腋窩線の正中側で注射すると,肋間神経を麻酔し,神経の 分布域に広がる.空気や血液の吸引による確認が必要である.なぜなら ば,気胸や急速静脈内注入は,肋間ブロックではリスクが高いからであ る.肋間神経の皮膚分節は重なりあって存在するので,望みの場所の上 方,下方のブロックは通常容易にかつ十分得られる.

 四肢をすべて支配するような大きな神経のブロック(腋窩ブロック,斜 角筋間ブロック,大腿坐骨神経ブロック)は手技がむずかしいし,副作用 発生率も高く,未熟な術者にとっては成功率も低い.このブロックは厳 密な清潔操作で行われなければ感染のリスクが高い.静脈内に大量の局 所麻酔薬を注入する危険性は複雑な神経ブロックに高い.麻酔薬の中毒 による痙攣,意識消失,呼吸停止,心肺虚脱を野外で管理することは困 難である.このむずかしいブロックは,経験豊富で,致死的な合併症に 対応しうる術者のみによって行われるべきである.個々のブロックの詳 細については,MooreやEricksonのテキストを参照されたい(「参考文献」 参冊).

3)硬膜外麻酔と脊椎麻酔

 これは,クモ膜下周囲の空間に局所麻酔薬を注入する麻酔法である. この方法は低循環血液量の患者では禁忌であり,呼吸と循環の補助がで きる設備や薬品が使用できることと厳重な無菌操作とが必要である.患 者は蘇酔中,厳重に監視されねばならない.十分な麻酔は可能であるが, 急性の合併症や低血圧,呼吸麻痺を伴った全脊椎麻酔などの副作用が生 じることがあるので災害時に野外で行うことは不適当である.


D.経静脈的無痛法および麻酔法

1)一般概念

 疼痛を軽減する基本的な目的は.災害状況下の現実にそぐうものでな ければならない.疼痛は多発外傷患者では,心肺系の安定を維持するた めの支えであるかもしれない.疼痛の刺激と低容量が交感神経の反応を 最大に高め,その反応は,節後交感神経終末からノルエピネフリンの放 出と副腎髄質から全身性のエピネフリンの放出を引き起こす.この内因 性の血管作動薬は,静脈の収縮を起こして,頻脈を生じさせて心への静 脈帰来を増加させ,陽性変力作用をもたらし,心拍出量を増加させる. それらはまた,動脈の収縮の可能性をもち,末梢血管抵抗を増やす.心 拍出量の増加と末梢血管抵抗の増加の組み合わせは,全身の血圧を上昇 させるか,維持して,15〜20%の循環血液量が失われても重要臓器に血 液を供給する.

 疼痛によって生じた中枢性の刺激は呼吸中枢を刺激し,呼吸の速さと 深さを増加させ,分時換気量を増やす.極度の覚醒と不安状態が通常み られ,意欲的な努力を増大させ,無傷の気道の防御反射の確保を確実に する.

 余分な麻薬性鎮痛薬を投与することは,疼痛のこの有用な効果を除く ことになる.全身性の血圧は,疼痛刺激を除くことにより低下し,交感 神経の活動を減弱させる.低循環血液量性の患者は,合併症のためにリ スクが高い.一般に十分に輸液され,かつ疼痛のある患者では高血圧を 示すこともある.疼痛を伴った正常血圧者と低血圧者には,低循環血液 量性でないことを確かめたり,輸液をしない限り鎮痛薬は用いるべきで はない.麻薬性鎮痛薬の副作用(モルヒネによるヒスタミンの放出,フェ ンタニールによる徐脈)は低血圧反応を増強する.

 麻薬は鎮痛効果や脳幹の呼吸中枢の直接作用によって呼吸を抑制する. 正常では,呼吸中枢は呼吸と炭酸ガス分圧を調節し,中枢神経のpHを正 常域に維持する.麻薬は中枢神経系においてpHの変化に対応する反応を 抑制し,分時換気量を減少させる.この麻薬の抑制効果は極端な低換気, 無呼吸,呼吸停止を促進させる.ことに低血圧によって脳循環の落ちた 患者では,その傾向が大きい.さらに麻薬の鎮静効果は意識の消失と気 道の防御反射の消失を惹起し,患者は誤嚥の危険に陥る.

 一般に,意識混濁した嗜眠で鈍感な患者には,十分な監視なしに麻薬 を投与すべきではない.最後に,痺痛による不穏と,呼吸性アシドーシ スや低酸素血症による不穏とを鑑別することは困難である.後者の条件 下の患者に鎮痛薬を投与すれば容易に呼吸停止を起こす.

2)麻薬による無痛法

 麻薬は,必要と思われる量を1回で用いるよりも,望むべきレベルの 無痛効果を目指して少量から少しずつ増量して,有効な最小量を用いる べきである.静脈ルートでは,必要以上に生体に接取されることを防止 できることと治療効果を早めるという点で,筋肉内,皮下,経口投与よ りもよいルートである.このルートは予想外の副作用や過量投与を予防 でき,通常全体量として少量になり,安全な価値のある方法である.静 脈内投与による麻薬の効力は高いので,患者の観察が必要である.しか し,無痛効果は信頼のおけるもので再現性もよい.

 薬効量を決めるには,薬の最大効果が起こるまで十分な時間をもつこ とが重要である(フェンタニールで1〜2分間,モルヒネで5〜10分間). 薬効量は,患者の大きさと状態によって異なる.使用開始の安全量は, およそモルヒネ0.05mg/kg,メペリジン0.5mg/kg,フェンタニール0.5 μg/kg(体重70kgの男性では,モルヒネ3.5mg,メペリジン35mg,フ ェンタニール3.5μg)である.

 筋肉内注射は,低体温や低血圧患者では危険である.交感神経の活動 が上昇して生じた血管収縮は筋肉内血流量を減少させ,注射薬は吸収さ れず同一部位に残留する.もし薬用量を効果によって判断すれば,適当 な無痛を得るために法外な量の薬が必要となる.脱水の補正や低体温の 補正後に,筋肉内の血流が改善されて残留した薬が一時に循環内に動員 されて過量となる.麻薬は鎮静よりも無痛に有効である.鎮静だけが必 要ならばジアゼパム(2.5mgの静注で有効)のような鎮静薬がはるかに有 効かつ安全である.

3)全身麻酔

 a)麻 薬

 麻薬の静脈内投与によって無痛レベルはどの程度にでも得られる.無 痛のレベルを選ぶときには.薬剤の副作用,疼痛刺激の除去による結果, 患者の治療のレベルを考慮しなければならない.野戦や災害状況下では, 麻酔薬や鎮痛薬投与で患者が音声刺激に反応しなければ.患者は全身麻 酔を受けているのと同様だと考えなければならない.

 緊急の大手術のための全身麻酔は.複雑で適当な麻酔設備なしでは困難 である.安全な全身麻酔の施行のためには,持続点滴が予備の酸素と 同様に必要である.すべての緊急患者では胃内容物が残っており,気管 内挿管は気道を確保するために必須である.設備と人員は,完全な呼吸 と循環管理が必要となったらいつでも可能なように準備しておかなけれ ばならない.この配備がなければ,いかなる全身麻酔法も危険である. 野外では.緊急切断,動脈損傷の検索,動脈再建を,少ない静脈内麻薬 性鎮痛薬,補助的な酸素と抑制帯を用いて,患者の処置部の疼痛と意識 が少々は残っていることを是認しながら施行しなければならないかもし れない.このような不快な状況は,気道の確保の不確実さ,誤嚥,呼吸 停止,心血管系の虚脱によって死を招くよりは,はるかに望ましい.

 b)ケタミン

*この記述はニューロレプトアナルゲシア(neuroleptanalgesia)によるmineralizationと混同している. ケタミンによる解離状態とは.大脳皮質は抑制されるが,大脳辺縁系はかえって刺激されている状態をいう(訳者注).

 ケタミンは,フェンサイクリジン誘導体で,緊急の外科手術には静脈 内麻薬による麻酔にとってかえうる非常に有用なものである.この強力 な鎮痛薬は,患者にとって自分の状況はわかるが痛みはわからないとい ういわゆる解離状態をつくる(*).不幸なことは,ケタミンの効果が予想で きないことである.中等量のケタミン(0.25〜0.5mg/kg)だけでは気道反 射や換気力は残っている.ケタミンは麻薬と一緒に使用されると,強力 な呼吸抑制を生じ,気道反射を消滅させる.同様にケタミン単独では, 通常,心拍数と血圧は維持された低容量性外傷患者に有用である.しか し,ケタミンを他の鎮痛薬,麻酔薬と併用すると深い心筋抑制と低血圧 を起こす.使用後に,身体違和感,不穏,好戦的状態が,かなりの頻度 で生ずる.


おわりに

 鎮痛法,麻酔法の野外や災害場所での選択には,設備,薬品,人員が 患者の状態と同じく影響を与える.薬剤を使用するに先立って,気道の 開通していることの確認,換気,循環の確実な確保が,病歴とともに不 可欠である.表面の創の処置は,局所麻酔薬の浸潤で安全にできる.手, 足,胸壁の創処置のほとんどが単純な神経ブロックによって可能である. 複雑な神経ブロックや,脊椎麻酔,硬膜外麻酔は,経験豊かな術者やこ の手技に起こりうる合併症に対応できる設備がない限り避けるべきであ る.麻薬は少量ずつ増量して使用すべきで,薬用量は効果を確かめつつ, 必要量を決めるべきである.疼痛のレベルが減るに従って,患者の呼吸 循環動態の緻密な観察が不可欠となる.野外での安全な全身麻酔の導入 には,持続点滴,気管内挿管,酸素,監視装置,経験者による呼吸と循 環の補助が必要である.これらが不可能ならば,鎮痛薬や麻酔薬の使用 によって患者の意識を失わせてはならない.


 参考文献

 Erickson E:Illustrated Handbook in Local Anaesthesia.Philadelphia,W. B.Saunders,1980.

 Lebowitz PW and Clark JL:Emergencies Complicating Anesthesia.In: Clinical Anesthesia Procedures of the Massachusetts General Hospital. Lebowitz PW ed.Boston,Little,Brown,and Company,1978.

 Loomis JC:Shock.In:Clinical Anesthesia Procedures of the Massachusetts General Hospital.Lebowitz PW ed.Boston,Little, Brown,and Company,1978.

 Moore DC:Regional Block.Springfield,Ill., Charles C.Thomas,1981.

 Stanley TH:Phamacology of Intravenous Narcotic Anesthetics.In Anesthesia.Miller RD ed.NewYork,Churchil-Livingston,1981.

 Stoelting RK:Endotracheal Intubation.In:Anesthesia.Miller RD ed.New York,Churchill-Livingston,1981.

 United States Govemment:Emergency War Surgery.Chp.XV. Washington,D.C.,United States Govemment Printing Office.1975.

 -訳 中村紘一郎


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