DISASTER MEDICINE

Application for the Immediate Management and Triage of Civilian and Military Disaster Victims

Burcle FM Jr, Sanner PH and Wolcott BW

翻訳・青野 允、谷 壮吉、森 秀麿、中村紘一郎

(情報開発研究所、東京、1985)


16.救急熱帯医学

Andre J.Ognibene, M.D.


はじめに

 熱帯,亜熱帯地方では,人間同士の争いなどと同様に,嵐や地震ある いは大規模な自然災害が多い.多発外傷の患者の対策に加えて,災害救 助チームや現場の医療関係者は熱帯の環境での活動に当たって付随的な 問題に直面するであろう.したがって,被災者や救助者の双方のよく知 らない病気について認識い治療を行わなければならない.これと同じ 問題が,災害のために熱帯地域から多数の難民が流入してきたときにも 起こってくる.こういった状況に効果的に対応するために,医師は熱帯 性疾患について十分知っておかなければならない.ここでは2,3の熱帯 病をとりあげる.


A.マラリア

1)概論

 マラリアは最もありふれた全地球的な熱帯疾患の一つであって,世界 中のどこでも存在する.医学校での退屈な熱帯医学の講義で学んだ内容 を医師が思い起こさなかったがために,米国では1969年に9人がマラリ アによって死亡したことがある.この死亡者数は,たまたま同じ時期に当時マラリアが流行していたベトナムで従軍していた米国陸軍兵の間で 発生したマラリアによる死亡者数とほぼ同一である.

2)症状と分類

 周期的な発熱と悪寒は,大部分の教科書に引用されているが,実際の 症状は,わずかの発熱や腰痛から,昏睡や痙攣を伴う悲惨で急激な発症 まで,多岐にわたっている.仕事や旅行で流行地に行ってきた人で,発 熱があったら,血液検査を行うに十分な動機がある.

 三日熱マラリアは一般的に良性であり,重篤な合併症がなく,また熱 帯熱マラリアにみられるような高い死亡率もみられない.三日熱マラリ アは四日熱マラリアと塗沫標本上見誤りやすいが,熱帯熱マラリアとま ちがえてはいけない.四日熱マラリアではネフローゼ症候群がみられる が,一方,より複雑な悪性症候は熱帯熱マラリアでみられる.もし,こ の熱帯熱マラリアの診断がくだされていなくて,また治療がなされてい ないならば,致死的な合併症を生ずる.医師にとっては血液の薄引塗抹 標本での検査が楽ではあるが,厚引標本のほうが発見率が高い.したが って厚引塗沫標本は有能な検査技師用に残しておくとよい.熱帯熱マラ リアはあらゆる年代の細胞をおかすので,栄養型マラリア原虫がすべて の赤血球のなかに見出される.三日熱マラリアの感染では,大きな赤血 球(幼若赤血球)は単一の栄養型マラリア原虫におかされる.

 熱帯熱マラリア感染では,1個の細胞が多数の栄養型マラリアにおか される.アップリケ型では原虫が赤血球の表面に付着するのであるが, 熱帯熱マラリアに特徴的であるので,標本をみる場合に心得ておかねば ならない.この熱帯熱マラリアの全身の寄生虫血症は,寄生虫数が異常 に多くなった場合であり,患者を重篤な感染へと導く.

3)合併症

 三日熱マラリアでは生命にかかわる合併症は起こさない.そしてクロ ロキンが劇的に効く.プリマキンを2週間にわたって1日15mgずつ投 与することによって,肝に潜伏している赤血球型のマラリアの追い出し が可能となる.四日熱マラリアも同じ治療を行う.熱帯熱マラリアは激 しい溶血,腎不全,肝障害および重篤な脳症状などをきたす.概して, 高倍率の鏡検によって,原虫数と重症度とがある程度相関することがわ かる.上記のような合併症のある場合に,高倍率で一視野に10個以上い る場合には,死亡率は非常に高い.かなりの程度の溶血が全体的に認め られるので,熱帯熱マラリアでは貧血が特徴的であり,三日熱マラリア では一般的に貧血は認められない.

4)急性症状

 脳マラリアはただちに治療を必要とする救急疾患である.多くの患者 は,病院到着時に発熱があり,昏睡状態である.脊髄液検査は陰性であ り,初期圧はわすかに上昇か,正常である.昏睡状態が普通とかわって いることもある.すなわち,こういった患者では覚醒しているように目 をあげてはいるが,目をきょろきょろさせ,痙攣発作後のような,また は偽性球麻庫のような状態を示す.症状が急性偏執病様の状態,または 器質的な知能障害があるようにみえる患者もいる.発熱は一般的で,詳 細な診察や血液塗沫標本がただちに必要である.多くの患者で中枢神経 症状に腎不全が合併する.熱帯熱マラリアの場合では,治療中であって も呼吸不全症状が72時間以内に現れるので,呼吸数や必要とあれば酸素 分圧の検査などの注意深い観察が必要である.

5)治療

 合併症がない熱帯熱マラリアに対しては,8時間ごとにキニン650 mg,ピリメタミン25mgを3 日間1日 2回,サルファジアジン500 mg を5日間6時間ごとに投与する.中枢神経症状があれば経口投与ができ るまで,キニンを静注で投与する(生理食塩水300mgに600 mgを溶かし、 1時間かけて投与し,1日3回行う).中枢神経障害や呼吸障害が現れた場 合にはデカドロン4 mgを6時間ごとに投与するが,おそらく効果は期待 できない.必要ならば,人工呼吸器で酸素分圧を維持し,呼気陽圧法も 童篤な呼吸合併症のある患者には適応となる.腎不全がある場合には, 1日量650 mgまでキニンを減らし,早期に腹膜潅流や血液透析を考慮す る.ピリメタミンを使用する場合には,少量の葉酸を使用することによ って,ピリメタミンによって生ずる大球性貧血を抗マラリア作用に影響 なしに防止できる.熱帯熱マラリアの貧血では,原病に対する治療以外 の治療がまれに必要となる.播種性血管内凝固(DIC)が疑われたときには へパリンが有用である.しかしながら,熱帯熱マラリアではDICと関連 がなくても血小板減少が起きることを思い起こしておくことである.


B.脳炎

1)概論

 急性の中枢神経症状があるからといって,常に熱帯の環境にいる人や 旅行者に脳マラリアがあるとは限らない.全世界に広く発生する脳炎は 十分な鑑別診断が必要である.これらには日本脳炎B,ウエストナイル 脳炎,セントルイス脳炎,西部ウマ脳炎,東部ウマ脳炎,ベネズエラ・ ウマ脳炎やマレーバレー脳炎などがある.一般的にアカイエカがおもな 媒介虫である.この蚊は都市生息であるので,薮のなかに住んでいなく ても人は病気にかかる.

2)症状と診断

 中等度ないし激しい頭痛,発熱,蓋明,眼痛,頚部硬直などがあれば 脳炎の可能性ありとして医師の注意を喚起すべきである.多くの場合, リンパ球症があるが,脊髄液,血液いずれでも多形核白血球が優位を占 める.脊髄液中の糖は概して変化せず,蛋白が上昇する.初期圧がほと んど常に上昇している.脊髄液のグラム染色は陰性である.患者が症状 を示すとき,知能検査はまったく正常である.普通,高熱と症状の進行 が最初の36時間以内に認められる.

3)治療

 早期の看護が重要である.この期間中に体温が41.1℃(10げF)の高熱と なる.発熱の経過中に,知能の低下およびはっきりした昏睡を示すよう になる.低体温治療を行い,体温を37.7℃(10びF)に維持することが肝要 である.低体温の装置がない場合には,その場で可能な方法で十分であ る.はじめが重要で,きめ細かな看護が必要である.十分な輸液管理を 行い,体温管理を行った患者では,治療しなかった群よりも後遺症が少 なく,よりよい.高熱期での塵肇は予後のよいまえぶれであるが,ジア ゼバムかフェニトインでできるだけ早く抑えなければならない.局所的 な神経症状は頻繁に現れるので,心肺機能とともに神経症状の観察を注 意深く続ける.ウイルス性の多くの脳炎では,人格変化,長期にわたる 記憶喪失,早期の痴呆,パーキンソニスムや運動不全のような後遺症が 10〜20%にみられる.鑑別診断は,特別の地域での仕事や旅行をしたか どうか,あるいは血清学的検査結果によって行われる.


C.その他のウイルス性疾患

1)概論

 脳炎のようなウイルス性疾患は破局的である一方で,医師は一般的に は多くの感染症のなかでも高率を示すウイルス性疾患についてあまり考 慮しない.時に検査員は,サルBウイルスやラッサ熱などの特殊な標本 を見せられることもある.狂犬病の初期の知覚異常は,興奮し,騒いで いる患者からわかる.このような場合には早期に抗血清を使っても予後 はよくない.発熱や時に悪感を伴った末梢血管虚脱を示す患者は,ウイ ルス性疾患であるとは考えられにくい.アジアやインドへの長期の旅行, 滞在などの場合,デング熱のショック症状も考慮しておく必要がある.

2)デング熱の症状と病因

 前駆症状は,頭痛,咳,幅吐,また通常,出血斑がみられる.髄膜炎 菌血症が疑われる.腹痛や激しい無気力が末梢血管虚脱に先行する.シ ョック状態はアナフィラトキシンC3aとC5aの大量の活性化によって 起こる.これは同じウイルスに再度感染することによって,最初の感染 の記憶が呼び起こされるためである.媒介者はヤブカであり,世界中に みられ,また米国でもみられる.幸いこの蚊が認められる米国の地域で は,再感染やショック状態を起こすような頻回の流行を起こしたことは ない.ウイルスは,細胞培養が可能なところでは,血液から発見できる. そうでなければ診断は血清学的に確定ができるまでお預けとなる.

 ショック状態は劇的なものであって,激しい血管内凝固,高度のアシ ドーシス,血液濃縮,腎不全などを伴う.治療はそれぞれの代謝異常に 対応しなければならない.へパリン,ステロイド,重炭酸,血液量補充 や出血に対する輸血などが治療の基本である.出血時のへバリン療法や 腎阻血時の血液量補充などは,患者管理のかなめとなるものである.消 費性凝固障害は血液量を補充し,肺水腫や致死的な出血を伴わずに腎機 能をもとに戻すことにより治療する.集中治療的モニタリングの能力は 不可欠なものである.


D.細菌感染

1)概論

 ウイルス性疾患でショック症状を現すのはまれであるのに反して,細 菌感染ではショックが圧到的多数にみられるのは,救急の場合にはごく 普通のことである.現在の教育では医師に対して,このような症状の起 因菌として肺炎双球菌またはグラム陰性菌に気をつけるように示唆して いる.しかしながら,熱帯地方での発作的な発熱,悪寒,頭痛,それに 引き続く幅吐などは他の細菌を考慮しなければならない.

2)ペスト

a)病因と症状

 激しい,疲労,30,000〜50,000 / mm3の白血球症,血液塗沫標本で貪食 されていない状態での菌の集合体などがベスト菌血症の特徴である.米 国でみられるのは85%が腺ベストであるが,これは最も劇的な菌血症型 である.これほど早く非常に激しい症状を呈する病気はなく,ベスト菌 血症と同じように患者をすばやく死の淵に追いやるように疲弊させる疾 病はほかにない.腺ベスト菌が最初体内にはいると食作用が起きるが, 食細胞内での殺菌作用はのちには起こらなくなる.ベスト菌は食作用に 対して免疫性の強い因子をつくりだし,子孫に与える.そして感染した 食細胞から離れて宿主のなかで食作用を受けずに急速に増殖する.米国 でのペストは,散発的ではあるけれども,感染した野生の哺乳動物やそ のノミによって発生する.ベストに感染した囓歯類は米国南西部に広く 見出され,また同様にアジア,アフリカにも広く存在する.

b)治療

 医師にとって,感染した患者を診療したときにただちになすべきこと が二つある.まずはじめは患者をうまく治療することであり,第二は本 人はもとより,そばで働く人を喀痰や血液や,もし鼠径部の腫脹がある ならばそこからの吸引物などに触れさせないように保護することである. 患者から得られたものは危険であり,無菌的に処理しなければならない. 腺ベスト型では,症状は急激ではないが重複することは起こりうる.重 篤な患者の場合には,腹部や胸部や頚部の痛みが,腹部,胸部,頚部の りンパ腺塊のために起こる.気管が圧迫され,呼吸が障害される.肺に 及ぶと一時的な肺炎の型や敗血症を伴った肺うっ血型,あるいは大量の 血性膿性の喀痰を伴った一次性肺炎などとして現れる.このうち,後者 の場合は伝染性が強く厳格な隔離と接触の防護が必要である.DIC,ショ ック,指壊垣や激しいアシドーシスなどが早期に起きるので、治療は積 極的に行わなければならない.体液補給や抗生物質は必須である。2、3種 類の抗生物質は効果があり,テトラサイクリン1日4〜6g,またはクロ ラムフェニコール1日50〜75mg/kgとストレプトマイシンを最初の36 時間は4時間ごとに0.5g,それ以後6時間ごとの混合使用がすすめられ る.スルホナミドはペスト脳炎に対しては予防的であるとは思えない。 治療は少なくとも10日間は続けるべきである.

 喀痰の直接採取あるいは培養で陽性が長く続く場合には,抗生物質を 続けることは必須である.公衆衛生担当者は援助が得られるならばいつ でも周囲への拡散の可能性について検討しておかねばならない。

3)賜チフス

a)症状

 特徴として,診断は流行しているときでも誤ることがある。古典的に 発症は潜行的であって,頭痛,倦怠感,食欲不振が顕著な症状として現 れる.多くの患者(そして少数の医師)はこの前駆症状に気がつかず、40℃ (104F)の発熱,激しい咳,髄膜症(正常脳圧),意識混濁,無関心、腹 部膨満や著しい土色の生気のない顔貌となる.特徴的なバラ疹はあまり 多くない.チフス菌は水または食物の汚染によって一時的に広がるので、 非衛生的な環境にさらされたかどうかを調べることが重要である。公共 供給水や食物を扱う人が十分に管理されているところでは、本症はまれ である.衛生状態の破綻によって集団発生が起きる.

b)診断と治療

 診断の基礎は,血液,尿,便の培養である.臨床的には軽度の徐脈と、 重篤な場合にも白血球増加のみられないことが診断の手助けとなる。最 も危急の破局的な症候は穿孔または大量の胃腸管出血の徴候を伴った腹 痛である.いったん発病すると抗生物質による治療でも小腸にはあまり 効果がない.腸チフスの死因の 3/4が穿孔や出血であるので,すみやかな 診断と治療が不可欠である.穿孔に対しては,抗生物質のもとに外科的 な処置が必要である.もし感受性があればクロラムフェニコールを使用 する.またこのほかにアンビシリンを選んでもよい.患者がもし酸素運 搬能の保持や外科的処置を必要としているならば,体液補給や輸血をし なければならない.出血が治まらない場合には5単位ないしそれ以上の 輸血が必要である.外科的処置を遅らせると死亡率が上昇することは一 般的に確認されている.このような患者で,外科的処置が可能となると ころまで状態を改善できない場合には,見通しは暗い.個々の患者それ ぞれについての決断が必要である.しかしながら,著明な出血,穿孔に 対する外科的処置ができるように改善しようとする努力を惜しんではな らない.

4)アメーバ症

a)概論

 患者を助けるのに危急な腸管系の病気は腸チフスだけではない.腸チ フスと同じく,アメーバ症がある.下痢症状として現れず,急性の虫垂 炎に似ていて,右下腹部に塊を触れる局所的腸炎,胸水を伴う胸痛,中 毒性巨大結腸,急性髄膜脳炎などが現れる.この病気は全世界中に広が り,熱帯地方では下痢の第一原因として赤痢菌にとってかわっている. メトロニダゾールを1日に何回かに分けて2.25gを投与するという簡単 で効果的な治療があるので,早期の診断が決定的となる.

b)症候と診断

 アメーバ赤痢は最も普通にみられるものであるが,日常の糞便採取が なされていても診断はむずかしい.疑わしい場合には医師によって直腸 鏡による直接採取,できうるならば潰瘍部からの採取を行う必要がある. 綿棒のようなものは用いてはいけない.擦ったり吸引したりするほうが よい.

 盲腸部での穿孔がまず起こるので,右下腹部に胃腸の不調を伴った局 所的な圧痛と軽度の白血球症がみられる.十分に診察しない内科医や熱 心な外科医は虫垂炎と思い込む.前処置されないままの外科手術は悲惨 なものとなり,術後にろう孔や膿傷をつくる.これらの症状を示す場合に は,まずアメーバ症として検索を行うべきである.

 同じように腸管症状を伴ったアメーバ症は偽性クローン病であること もある.一方で中毒性巨大結腸を伴った劇症感染は,潰瘍性結腸炎と区 別する必要がある.標本を検索するための検査による結果が役に立たな いときは,集めた標本材料を同量のPVA(ポリビニルアルコール)と混ぜ て後日の栄養型(trophozoiters)の検討のために残しておく.

5)コレラ症候群

a)概論

 アメーバ症は熱帯地方では下痢症としては最も普通にみられる一方で, コレラと腸炎ビブリオ菌(Vibirio parahaemolyticus)はその症状が緊急を 要するものとして最も劇的なものである.本症は集団的に発生する傾向 があり,新しい患者をみようとしても同じ症状の患者が多数発生するた めに緊急治療設備がすぐに不足してしまう.

b)病因と治療

 コレラワクチンは,わずかに部分的にしか予防できず,短期間しか効 力がない.したがって,流行地から米国に入国する旅行者には予防注射 の必要はない.古典的コレラ(エルトールまたは O型)や腸炎ビフリオ(海 産物コレラ)では,急速な脱水や電解質喪失があり,24時間で20L以上に も達する.この大量の体液喪失は排便によって起き、糞便検査によって も白血球は認められず,これはかなり診断的特徴がある.大腸は正常で あるけれども,小腸は水分喪失場所として作用する.菌体内毒素は小腸 壁とすみやかに結合してアデニルサイクラーゼ活性により大量のcAMP をつくり,刷子縁でナトリウム吸引が障害される.幸いにもグルコース 運搬に伴うナトリウム吸収は障害されす,患者が経口で摂取したグルコ ース電解質液は取り込まれる.Gatorade(ゲッタレード)という糖‐電解質 経口補液剤については詳しい研究が必要であるが,こうした大量の補液 をしなければならない場合には,むしろ数か所から,静脈注射による点 滴を行うべきである.補液を必要とする理由は,大腸菌,ボツリヌス菌, 赤痢菌などによる下痢症,その他の感染症や体液失調が原因の下痢症な どの場合と同じ機序である.大量の比較的色の薄い便がある場合にはす でにその量を補わなければならない.さもないと脱水,ショックや悪液 質となる.治療が行われないと4時間以内に死亡するといわれる.治療 のための理想的な補液組成は,ナトリウム,カリウム,炭酸水素塩(重炭 酸),塩素と糖を含むもので,これは平衡電解質液として市販されてい る.患者に近づき接触する場合には予防としてテトラサイクリンを服用 しておかなければならない.腸炎ビブリオの場合には,海産物食事をと るすべての人に感染の危険があるので予防処置を受けなければならない.


E.肝炎

1)概論

 肝炎は医学の歴史始まって以来,文明とともに歩んできた.世界的流 行の発生についても,歴史的にみて数多くの詳細な記述が存在する.衛 生が悪く,多くの人々が集まっているところではどこでも流行の危険性 がある.給水設備が近代化されたことによって,飲料水によるA型肝炎 は非常に減少してきた.また一方,新しいワクチンの発達によって,B 型肝炎を防ぐことも近く可能となるだろう.わずかに黄熱,レプトスピ ラ症,シラミによる回帰熱,サイトメガロウイルスその他による肝炎が ある.しかしながら,古典的なウイルス肝炎は熱帯地方へ旅行する多く の人々にとって,最も感染しやすいものである.

2)症候

 古典的な肝炎の発症についてはヒポクラテスの記述以来,幾世紀にも わたって変化していない.発症は悪寒,発熱,倦怠から始まり,暗黒色 尿と黄垣がそれに続く.通常これらの症状があれば発症を見逃すことは ない.これは特に集団で発症する場合には確実である.なぜなら,患者 は同じ発生源から感染するからである.A型肝炎は,米国の学童や若年 者,あるいは世界中で流行する.いったん黄垣が起きると感染力が急激 にさがってしまうので,人から人への感染は幸いにも前駆期にのみ限定 される.糞−口経路による感染は依然として第一次ルートである.B型は 糞−口経路にはよらない.他のルートとしては,唾液,性交,分娩や接触 などである.

 検査結果は特徴的である.血清GOTは通常500単位以上となる.この 値が低い場合には他の病因を考えるべきである.血清ビリルヒンは 20 mg / 100 ml に達する.血清ビリルビンの高値は,G−6−PD(グルコース−6‐リ ン酸脱水素酵素)欠損あるいは高度の溶血からくる鎌状赤血球症である. 15 Bodansky単位以上のアルカリホスファターゼの高値では,黄直が閉 塞性かどうかをみる必要がある.検査で鍵となるものはプロトロンビン 時間である.合併症を伴わないウイルス肝炎では,この検査は正常を示 す.ブロトロンビン時間の延長が認められる場合には重篤であると考え られ,劇症のはじまりである可能性がある.

3)合併症

 ウイルス肝炎での肝外症状は通常B型肝炎で述べられてきた.しかし ながら,これらは非B型でも起こる.血清病に似たような前駆症状が起 こる.それは,発疹,叢麻疹,多発性関節痛が特徴的であり,また10〜20 %に著明な関節炎が認められる.(循環)免疫複合体が認められ,補体は 低下している.

 第二の症状は結節性多発性動脈炎であり,B型感染でみられる.細動 脈や最小動脈の急性フィブリン様壊死や血管周囲炎がみられる.免疫複 合体や補体は血管に沈着する.

 B型肝炎糸球体腎炎はこの病気の慢性型としておもにみられる.かな りしばしば膜様か膜様増殖である.基底膜への沈着は結節性である.

 劇症肝炎は肝炎で入院した患者の1〜2.4%に発生し,小児では少ない. 治療をしても死亡率は高い.慢性肝炎はB型の10%以上で,またA型で もまれにみられる.基本型は慢性持続性(主として化学的異常で組織的変 化を伴わない)あるいは著しい組織的変化を示す慢性活動性のいずれかで ある.慢性の活動性患者では治療が必要である.

4)治療

 この病気の治療は,同時に大量に発生する患者を管理するに当たって トリアージの原則を尊重することである.予防接種はまだ普遍的でない ので,集団発生の場に医師が到着してはじめて対策が始まる.朝鮮やベ トナムなどの軍隊での経験から,食欲不振がない,ブロトロンヒン時間 の延長がない,または免疫複合体の合併症がない場合には,安静とか厳 格な隔離が一般的に不必要であることがはっきりした.これらの患者は 入院を必要とせず,そのために大量の患者がいるようなときでも病院職 員の負担は軽い.入院させられた患者には,限られた項目だけ臨床検査 をすること,手洗いを強制することが必要な処置のすべてである.こう いった注意をはらったうえで,病気に対する医学的な知識を十分に適用 すれば,大多数の患者のショックをやわらげることができる.ほとんど すべての人がよくなる.そうでない人は,のちになって大多数の患者に よる負担がなくなってから,治療存続の評価をくだすことができる.合 併症をもたない肝炎患者の管理には,医療資材を用いる必要はない.そ の人々は病院で広く自己管理をするか,家に帰って外来管理をするかの どちらかである.入院した場合には,看護者は次のことを確実に行う必 要がある.すなわち,黄疸患者は十分に手を洗うことによって経口で与 えられるものを汚染しないようにすることである.また患者には,食欲 が旺盛で,プロトロンビン時間が正常な範囲にあることが望ましいこと を教え込まなければならない.数限りない検査結果を毎日のように,毎 週のように注意して観察する時間は一般的にいって生産的ではなく,費 用のかかるものである.合併症を伴っていない患者では,安静はけっし て必要ではない.


おわりに

 熱帯地方での災害救助対策に当たっては,熱帯病を認識し,管理する ことは,多発災害の場合のトリアージや治療対策などと同じように重要 なことである.熱帯病の数は膨大である.特殊な病気が発生するかどう かは,ある一定の地区で異常事態が発生するかどうかによって決まる. ここではある種の通常みられる熱帯病について概観した.熱帯地方で発 生した災害を実際に救援しようとする場合には,災害に見舞われた地区 あるいは避難者に起きる特殊な流行病について十分に調査検討しておか ねばならない.


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――訳 森 秀麿 


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