市立砺波総合病院麻酔科 生垣 正
(LiSA 7: 550-555, 2000)
目 次
3.「心肺蘇生法に関するILCOR勧告」の詳細
第1部 成人の一次救命処置
第2部 二次救命処置の共通アルゴリズム
第3部 早期除細動
第4部 小児の心肺蘇生法
第5部 個々の状況での蘇生
参考文献
アメリカ心臓学会(AHA)は, "Standards for cardiopulmonary resuscitation and emergency cardiac care."を1974年に発表し,1980,1986,1992年1)にそれぞれ改訂して今日に至っている。
こうしたAHAの活動は国際的な影響を与えた。1989年8月に,ヨーロッパ蘇生会議(ERC)が発足した。これは,ヨーロッパ心臓学会,ヨーロッパ麻酔学会,ヨーロッパ集中治療学会などの合同により結成されたものである。そして1992年に"Guidelines for Basic Life Support(BLS) and Advanced Life Support(ALS) "を,1994年には"Guidelines for Paediatric life Support(PLS) and Guidelines for the Management of Periarrest Arrhythmias",そして1996年には"Guidelines for the Basic and Advanced Management of the Airway and Ventilation during Resuscitation"を,また1998年には後述するILCORに従って,上記を新たに改訂し,"the ERC Guidelines for Resuscitation"2)(以下、ERC98)として発表している(図1)。
図1.AHA Guidelines 2000への流れ
ところで,蘇生に関連する分野は多様であり,複雑な背景を持っており,関連する専門家や組織が多岐にわたるため,その進歩のためには各分野での国際的検討が必須となる。その前提として,蘇生の記録法や蘇生に関わる用語を統一していくことが極めて重要な条件となってきている。
1990年6月まずAHAとERCによって,蘇生に関する用語とその標準化について討議され,次いで同年12月にカナダ心臓・脳卒中財団(HSFC)とオーストラ リア蘇生会議(ARC)がこれに加わった。こうしてできあがったガイドラインが「ウツタイン様式」(Utstein Style)3)である(メモ)。
▼取り残される日本: ILCOR加盟の条件は?
さらに,1992年になって,AHA,ERC,HSFC,ARCに南アフリカ蘇生会議(RCSA) および ラテンアメリカ蘇生会議(CLAR)が加わり,蘇生組織間が連携するための公開討論の場として国際蘇生法連絡委員会(ILCOR)が組織された(図2)。
ILCORに加盟するための組織が備えるべき条件としては、(1)様々な学問分野を代表する団体が合同で構成する複合的組織であること、(2) 国あるいは地域の公式の蘇生ガイドラインの策定を行う権限を有する組織であること、などが挙げられている。主要な目的は科学的に裏付けられた共通性を有する国際的な治療ガイドライン(ALS, PLS, ALS)の策定であるが,教育訓練の方法の有効性や、組織形成に関する話題や、救急心治療の実施に関する問題も取り扱うとしている。こうして1997年,ILCOR Advisory Statements3)が発表された。
このような国際的な交流が進む中で,日本を含むアジアは取り残されてきた。
第1回のAHAとERCの合同会議は,1990年6月ノルウェーのウツタイン修道院で
ILCORはアメリカ心臓学会(AHA)、ヨーロッパ蘇生会議(ERC)、カナダ心臓・脳卒中財団(HSFC)、オーストラリア蘇生会議(ARC)、南アフリカ蘇生会議(RCSA)、ラテンアメリカ蘇生会議(CLAR)、そして1999年に結成され2000年に参加が認められた日本心肺蘇生法協議会(JRC)の7組織からなる。
(救急救命九州研修所 畑中哲生教授の講演資料より)
アメリカ心臓学会
日本心肺蘇生法協議会
一次救命処置 basic life support (BLS)
自動式体外除細動器
更に1999年5月に、第11回世界災害救急医学会(大阪)に参加したILCOR関係者とわが国の関係者との意見交換がなされ、日本心肺蘇生法協議会(JRC)結成に向けての調整が急速に進展した。その結果同年6月、関連学会、関連省庁、日本赤十字社などが参加して同協議会が組織され,ILCOR加盟の条件が整えられた。
この動きを受け,日本麻酔学会の救急医療対策委員会は,今後は国際的ガイドラインに準拠し,わが国の統一した対応の必要性があるとの認識から蘇生法の学会独自の指針の改訂作業を中断している。
JRCの結成と ILCOR加盟には次のような意義があると考えられる。
Introductionでは,上記で触れたCPR普及の歴史とILCOR設立に至るこれまでの経緯とガイドラインの論拠となる評価の分類について述べている。
以下,各内容の主なものを簡単に紹介する。
▼処置の順序
▼一般市民のための救助訓練
どんなCPRであっても,CPRをしないよりはよい,ということから,簡潔であることが
強調されている。
▼循環の評価
「頚動脈の触知」は,時間がかかり不正確であるという指摘から,「循環の徴候を探
す」ことに変更された。
▼人工呼吸の1回換気量と1分間における回数
AHA92では1回換気量は800〜1500 ml であったが,心停止中の炭酸ガスの産生量が少ないという理由で,400〜500 ml となった。しかし,この量は体重あたりどれだけなのか明らかではない。また呼気炭酸ガスは炭酸ガス産生量を示すのか,炭酸ガス運搬量を示すのか,酸素飽和度に関してはどうなのか,などの議論が出そうである。
▼「まず通報せよ」か?,「早めに通報せよ」か?
心室細動にはできるだけ早い除細動が求められるが(「まず通報せよ」),溺水や特に子どもの場合には呼吸停止がCPAの原因であることが多く,この場合にはCPRをまず行う(「早めに通報せよ」)ことが推奨される。
この問題には,各地域のEMSシステムの体制,設備,スタッフ構成なども考慮されなければならない。除細動の普及の遅れているわが国はどうか,議論の要するところである。
▼気道閉塞に対する処置
異物による気道閉塞はまれであるという理由で,これに対する処置をBLSからはずすとしている。わが国においては,こうした事故はまれと言えず,納得いかない記述である。
AHA921)では,腹部圧迫法(ハイムリック法)が採用され,ERC984)では,5回背中を叩き,不成功ならば次いで腹部圧迫法を行う,としている。日本医師会975)はハイムリック法,側胸下部圧迫法,背部叩打法を並列的に挙げている。
AHA2000ではどうなるのか、興味の有るところである。
▼自動式体外除細動器
BLSは本来道具を使わないで,どこでもいつでも行える処置であるが,AEDの広範囲な普及により,後者の条件を満たすことによって除細動をBLSに組み込むことを提唱している。
わが国では,病院ですら大半は特定の医師しか行っていないという悲惨な現状である。今後早急にこの現状を打開していく議論が作られていく必要があると痛感する(*1)。
究極の単純化として,最後に次のようにまとめている。
(i)脈が触れない傷病者にはCPRを、(ii)VF/VTには除細動を、(iii)充分な酸素化と換気を、(iv)エピネフリンの急速静注の繰り返しを、(v)回復可能な病因の治療を。
以下簡単に主なものを見てみる。
▼「心停止における心電図波形の二分類」に関して
▼「基本的な心肺蘇生法と前胸部叩打法」に関して
AHA2000では恐らくもう少し深められ,整理されるだろう。
▼「除細動」に関して
救命可能な成人の心停止のほとんどはVF/VTであることから,早期除細動の普及を強調している。
医療関係者以外の救助者によっても除細動(AEDに限る)が行われるような環境を整備するため,職務として心停止患者に対応する義務を負う全ての関係者に対して,(1)除細動器の使用が許されること(2)必要な教育が行われること(3)器材が与えられること(4)指示が与えられること,が提案されている。
また,救急隊員による早期除細動が行われるための体制の必要性が述べられている。
他方,病院内においてはAEDの使用の普及ばかりでなく,従来式除細動器の使用を医師以外にも拡大していくことが提起されている。その場合病院内のCPR実施には病院内ウツタイン様式で記録を残すことを求めている。
小児の病院外心停止は,成人に比べ少なく今後もデータ集積を通じたガイドラインの評価・改善をはかっていく必要がある,心停止は呼吸機能の悪化やショックの終末像であることが多い(除細動よりもCPRが必要。従って「まず通報」より「早めに通報せよ」となる),と主張している。
小児に対しては,成長段階に対応した処置を行うには,目安としての年齢区分の定義が必要と思われるが,「年齢だけでの区別では不十分」であり,「どの年齢で区切ったところで,確かな根拠があるわけではない」として区分をしていない。理解に苦しむ記述である。
▼小児の一次救命処置
(i)反応性の評価。(ii)気道の確保:頭部後屈・あご先挙上または下顎挙上。換気の遅れを避け,異物が疑われる場合以外は口腔内視診を行わない。(iii)人工呼吸:最初2回以上で,1.0?1.5秒以上かけ胸を持ち上げる量を吹き込む。(iv)循環:脈のチェックの有用性は疑問視されているとしているが,それに変わる方法は提起されていない。(v)心臓マッサージ:100回/分の割合で。心マッサージ対人工呼吸の比は,新生児で3:1,乳幼児で5:1。(vi)異物による気道閉塞:背部叩打法,胸部圧迫法,腹部圧迫法には優劣がないとされている。但し,乳児と新生児には腹部圧迫法は推奨されない,背部叩打法は本来は頭部を低くした状態で行うべきであり、年長児の場合には困難である,新生児には吸引法が推奨される,としている。
▼小児の二次救命処置
(i)小児におけるAEDの使用:VF/VTが少なく,研究を進めていく段階である。(ii)静脈路の確保:必要性はあるが,呼吸の確保が第一であり,静脈路の確保が遅れる場合は気管内ルートでエピネフリン投与を行う。6才までの傷病者には骨髄内ルートが,新生児には臍静脈が有用である。(iii)エピネフリン:初回投与は,静脈では0.01mg/kg,気管内では0.1mg/kgで,2回目はどちらも0.1mg/kgである。2回目までに心拍再開しない場合には予後が悪い。(iv)心室細動に対する除細動:2J/kg から始め,最大 4J/kgに至る3回連続除細動。次いで薬剤投与に続いて行うが,これは各国の違いがある(*2)。
AHA921)では,Stroke, Hypothermia, Near-drowning, Trauma, Electric shock,
Lightning strike, Pregnancy の7つの項目であったが,20項目に増えている。個々
の解説は略するが,それぞれの特徴が簡潔にまとめられており,各項目ごとの文献も
掲載されている。今後の改訂の度に更に充実して行くだろう。
以上,今回のILCOR勧告を簡単に見てきた。
内容には,疑問もあるし,不満な箇所もある(コラム「ILCOR勧告翻訳上の問題点」参照)。しかし,ここではそれを問わない。「心肺蘇生法」の普及を国際的な協力の下に勧めていくために具体的な目標を打ち立てたことと,その科学的・学問的確立に不可欠な国際的な討議の場を作り出してきたことに核心的な意義がある。今回の内容の不備は,今後の改訂のための会議の俎上に載せられ,検討され,改善されるべき課題として考えて行けばよい。
第2に,わが国においても昨年JRCが結成され,これまでの各学会間の垣根や省庁間の垣根が取り壊され,活発な議論が作り出されていく基盤が整い,国際的な潮流に合流していく動きが出てきたことである。ILCOR勧告に基づき本年AHAガイドラインの改訂がなされる。そこでの国際的討議も踏まえ,わが国におけるガイドラインの検討もなされる必要がある。特に救急救命士の特定行為についての現段階の評価を含め,わが国おけるEMSシステムを踏まえた具体的な指針が必要であるからである。
第3に,今回のILCOR勧告のみならず,すでにAHA921)においても除細動の普及を強く求めている。わが国においては,除細動は病院においてすら一部の医師しか実施しないというのが大半では無かろうか。このような状態では,医師の指示のもとでの救急救命士の除細動が迅速になされていく体制も困難であろう。病院におけるAEDの普及も含め,除細動の普及を強力に進める必要がある。
参考文献
1) Emergency Cardiac Care Committee and Subcommittees,American Heart
Association. Guidelines for cardiopulmonary resuscitation and emergency
cardiac care. JAMA. 1992;268:2171-2295.
2)European Resuscitation Council. European Resuscitation Council Guidelines for Resuscitation. Amsterdam: Elsevier, 1998.
3)Task Force of the American Heart Association, the European Resuscitation Council, the Heart and Stroke Foundation of Canada, and the Australian Resuscitation Council. Recommended Guidelines for Uniform Reporting of Data from Out-of-Hospital Cardiac Arrest: The Utstein Style. Circulation 1991; 84: 960-975.
4)The International Liaison Committee on Resuscitation (ILCOR). ILCOR
Advisory Statements. Circulation. 1997;95:2172-2210.
5) 日本医師会・監修:指導者のための救急蘇生法の指針.へるす出版、東京、1997年
1.国際蘇生法連絡委員会(ILCOR)の設立の歴史的経過
(救急救命九州研修所 畑中哲生教授の講演資料より)
コラム1:
開催された。しかし,実際にこの会議やガイドラインの名称に「ウツタイン」を
冠すると決定したのは、カナダとオーストラリアの代表を加えて,その年の12月
にイギリスのサリーで開催された第2回の会議である。
図2.ILCORの構成組織
The International Liaison Committee on Resuscitation
(ILCOR)
the American Heart Association (AHA)
ヨーロッパ蘇生会議
the European Resuscitation Council (ERC)
カナダ心臓・脳卒中財団
the Heart and Stroke Foundation of Canada (HSFC)
オーストラリア蘇生会議
the Australian Resuscitation Council (ARC)
南アフリカ蘇生会議
the Resuscitation Councils of Southern Africa (RCSA)
ラテンアメリカ蘇生会議
the Council of Latin America for Resuscitation (CLAR)
Japan Resuscitation Counci)(JRC)
小児救命処置 pediatric life support (PLS)
二次救命処置 advanced life support (ALS)
Automated External Defibrillator (AED)2.日本心肺蘇生法協議会(JRC)結成とILCOR加盟
3.「心肺蘇生法に関するILCOR勧告」4)の詳細は・・
まとめ