海外の救急医療

ピッツバーグ訪問記

東京消防庁荒川消防署 金枝俊宏


目 次

(救急車同乗した Pittsburgh市 EMSのパラメディックと, 980317)


その1)The Center for Emergency Medicine訪問

Date: Mon, 30 Mar 1998 19:32:36 +0900
Subject: ピッツバーグ訪問記その1(neweml: 02073)

 みなさんこんにちは

 東京消防庁の金枝です。先週1週間、アメリカ・ピッツバーグを訪問し現地の 救急医療(EMS)を見て来ました。簡単ではありますが、私なりに感じた事をご紹 介したいと思います。

3月16日(月)

 成田からデトロイト経由でピッツバーグまで約14時間、前夜の救急出場のため 疲れているはずなのに緊張のためか機内ではあまり眠れない。医学用語英和辞典を見ても効果なし(普段だったらすぐ眠くなるのに,,)

 夕方4時過ぎにホテルにチェックイン。まだ日も高く、天気も良いため(結局晴れたのは着いた日だけだった)

 訪問先である The Center for Emergency Medicineに向かう。ここは1978年に Ron Stewartという医師によって to coordinate emergency medical services and improve out-of-hospital care を目的に設立され、現在は education, research, and transportation in the field of emergency medicineを行っている全米でも有数の組織である。ここで今回の私の滞在中の世話をしていただいた Mr.Gregg Margolisと Mr.John Doughertyいう2人の paramedicに会う。2人とも今週末から始まる EMS Conferenceのため忙しく、明日改めて訪問する事を約束してホテルに帰る。(やはり事前にアポイントを取る事は基本である)

3月17日(火)

 9時にCenterを訪問。会議室において簡単な briefingをする。自己紹介に始まり訪問目的、滞在予定、何を見て何をしたいか、東京の救急事情等矢継ぎ早に質問が来る。英語で聞いて日本語に訳し、答えを日本語で考え英語に訳して話すわけだからやたら時間がかかる。20分位だったがこれだけで疲労困憊になり先行きが思いやられる。(細かい事を聞くのであれば通訳は必須だ。まったく英語ができない人には一人旅はおすすめ出来ない)

 Johnの案内でCenter内を見学。日本の会社と違い一人一人パーテーションで仕切られたオフィス内では女性の姿が目立つ。各個室ではパソコンに向き合いながら黙々と仕事をしている職員が多い。アメリカ人は終業時刻になるとさっさと帰宅する人が多いという観念があるが、ここで働く人の多くは夜遅くまで働いているらしい。

 (私が訪問した前日、朝日新聞のPさんという女性記者がここを訪れて救急に関する事を取材していったらしい)

 2つの教室では paramedic養成課程(EMT-P)の授業中であった。一方では心疾患に関する講義中で生徒は10名、皆ジーンズにシャツ、コーラを飲みながら授業を聞いている。他方では5名の生徒が訓練用人形を使って ACLS(Advanced Cardiac Life Support)の実技を行っている。ペーシングの実技らしい。正直言ってあまりよく分からない。10分位して休憩をはさみ想定訓練に入る。心疾患の既往ある男性、EMTが聴取中に PEA(pulssless electrical activity = EMDを含むもっと広い意味での心静止状態))となり paramedicを要請、現着後、モニターでVfを確認、除細動実施後、気管内挿管、静脈路確保、エピ投与と一連の行動をしていた。処置はすべてアルゴリズム(プロトコール)に基づき実施され、医師の指示は受けない。(早く日本もこ のような体制になれば...)

 終了後、今度は外傷を想定した実技が始まる。乗用車を運転中何かに衝突し、運転手(男性)と乳児が受傷、2人とも意識なし・呼吸微弱という想定だった(と思う)。アメリカのニュースを見ていていつも思うのだが、救急隊はこれでもかというくらい全身固定をしっかり行っている。ここでもやはり cervical collarで固定後、 spine boardを挿入して救出し、全身をしっかり固定した。乳児には KEDを使用して固定後、挿管していた。(固定に関しては東京と比較してもかなり厳重に行う。非常に参考になった)

 授業終了後、教官から「東京と較べてどうだ?」と聞かれる。救急処置、固定法、資器材どれをとっても5〜10年くらいは遅れているのではないか。歴史、環境等の違いがあり単純に比較出来ないもののやはり学ぶ事は多い。

 昼食を近所のレストランでごちそうになる。草履の大きさ位のハンバーガーとマックフライポテトの大3つ分位の量が盛り合わせになってでてきた。私と同じ背格好(178cm,68kg)の女性が平気で平らげている。パワーの違いを見せつけられた。

 センターに戻ると一人の日本人らしき人がいる。思わずうれしくなって話しかけるとやはり日本人だった。この先生もやはり救命士の教育体制を視察するために来たらしい。救命士の教育に関して熱心な先生がいることは、我々消防職員にとっても大変ありがたい。

 何か思うように書けないのですが、この辺でその1は終わりです。いよいよその2では救急車に乗り込みます。ここでも paramedicのすごさを見せつけられてしまいます。


その2)救急車同乗

Date: Tue, 31 Mar 1998 22:37:28 +0900
Subject: [neweml: 02095] ピッツバーグ訪問記その2

 東京消防庁の金枝です。

 さて、救急車同乗の話に行く前に、paramedicの病院実習について聞いたことをご紹介します。日本(東京)では 研修が始まって3カ月位すると1週間ほど病院実習に行きます。病院ではICUの見学や、重症患者に対する処置の見学等が主であり、ハッキリ言ってあまり面白くありません。(地方によっては、終了後みっちりと研修を行うところもあります)ピッツバーグでは全ての講義と実技が終了後、病院実習に行き、実技の授業において確実に静脈路確保と挿管ができなければ、病院へ行く事は認められません。病院では医師や看護婦が直接指導に当たるわけですが、正規の勤務中は忙しくてとても面倒を見てい られない。そこで市がその病院に勤務する医師等を休みの日にアルバイトとして雇い、専属で見てもらうということをしています。(例えば、東京消防庁が、○○病院に勤務するDr.△△の休みの日にバイトとして雇い入れ、研修生を○○病院で実習させてもらう。医師側も勝手知ったる自分の病院、それに自分の患者という事で安心でき、いざという時には病院のマンパワーも補充できる)。

 病院へ行って生体で挿管やIV確保を練習するのですが、もし万が一、事故が起きた場合は研修生(市?)、医師(病院)双方が責任を負うらしい。(少し曖昧な言い方であった)

 ピッツバーグ市は人口約35万人、市のEMSは、救急車13台、paramedic160人で、年間約6万件の出動がある。勤務は1日8時間で3シフト(7〜15時、15〜23時、23〜翌7時)に分かれている。私は15時からのシフトの medic#11に同乗させてもらった。ここでの感想は

 さて、8時間のあいだ、5件に出動(拒否1件、誤報1件、軽傷2件、paramedicの凄さを見せつけられた蘇生事例1件)5件目の蘇生事例をご紹介します。

 覚知は22:10頃、55歳の女性、自宅で呼吸困難という内容。現着まで約5分、すでにfirst responderの消防隊が到着し、浴室からリビングに引き出している最中であった。すぐにバイタルをチェック、CPRが開始され、除細動器で波形をモニターすると見事なVfが出ている。パドルを当て200、300、360Jで3回実施、その間、挿管も完了し、ETCO2をチェック。中皮静脈でルートも確保し、生食点滴完了。DC3回実施後、不整脈が出ているためアルゴリズムに基づき、リドカインを投与。そうこうしている内に、応援部隊(supervisor 1、paramedic 2)と直近の病院から医師が到着(専用の車があり要請があると出動する)、ロングボードに乗せ、更に室内でストレッチャーに移しかえて車内収容。病院(ピッツバーグ大学メディカルセンター=UPMC)までは約10分、その間に医師が何かの薬剤を投与(聞きわすれた)。病着時には E-1 V-(挿管) M-4 程度、BP 96まで回復していた。

 この事例においても

という事を見ることができました。

 写真が取れれば良かったのですが、やはり活動中はだめという事で許可されませんでした。しかし、実際に生でこの様な現場を見れた事で大金だして行った甲斐がありました。

 ついでにピッツバーグの病院に関しての感想ですが、4箇所の病院を見学させてもらいました。(University of Pittsburgh Medical Center = UPMC, The Childrens Hospital, Mercy Hospital, Jefferson Hospital)

 そんなこんなで2日目が終了し、明日はヘリコプター救急体制を見学に行きます。

 その3に続く....


その3)ヘリコプター救急

Date: Sun, 05 Apr 1998 08:13:40 +0900
Subject: [neweml: 02175] ピッツバーグ訪問記その3

 東京消防庁の金枝です。今日はピッツバーグのヘリコプター救急を紹介します。

 ペンシルベニア州西部の救急医療を担う The Center for Emergency Medicineには STAT MedEvacという営利目的の航空搬送組織があります。これは Centerとピッツバーグ近郊の6つの病院が中心となり運営しているもので、7機のヘリと2機の小型ジェット機を所有し、年間約5千人の患者を搬送しています。アメリカ国内で2番目に大きな航空搬送組織であり、海外へも搬送してくれます。(例えて言うなら、東京都と都内の大学病院が共同して会社をつくり運営しているものでしょうか)

 私が訪れたのは市の中心から南へ約10kmのところにある Jefferson Hospitalというベッド数400の総合病院で、病院の駐車場の脇にヘリがまるで展示品のように駐機されていました。ヘリは BK-117という機種で、機内にはストレッチャーを始め、普通の救急車と変わらない装備がされています。フライトは通常3名(pilot,nurse,flightmedic) で行いますが、患者が小児の場合は小児病院のチームが同乗します。運行は24時間体制で雨、雪でも飛ぶが、飛行するかどうかは最終的にパイロットが決めるそうです。

ヘリの料金は最低$3000(聞く人によってまちまちだった。現場の人はあまりよく知らない)で、受入先の病院が一時的に支払い、最終的には保険会社が病院に支払うようです。

 ヘリに同乗する flightmedicになるには、paramedicとして3年間の救急車乗務の後、flightmedicになりたい旨の希望を出し、お呼びがかかるのを待つそうです。(人気があるため最低5年は待つ) 余談ですが、ピッツバーグ市のEMSには EMTはいなく、全員paramedicです。ですから市の職員として採用されるためには、民間の搬送会社や病院に EMTとして勤務しながらparamedicの勉強をし、資格を取得した後、採用試験を受けて採用されるのを待つ(合格してからも約2年待ち)そうです。

 ヘリの指令室はピッツバーグ大学病院(UPMC)内にあり、2名が管制を担当しています。要請は911ではなく専用電話番号があり、基本的に現場の医師やparamedic等が受傷機転で判断し要請します。また、要請するには必ず着陸地点(Landing Zone、最低 60 X 60 feet)が必要で、ホバリングして担架をつり下げ収容といったレスキューはしません。

*要請が考慮される受傷機転(mechanism of injury)

Gun Shot Wound/Stabbing, Trauma-DOA at the same accident, Bent Steering Wheel,Ejected, Falls > 15 feet, Roll Over, Pedestrian struck > 20 mph,Explosion/Fire, Prolonged Extrication > 15 minutes, Mining/Trench/Farming accidents

*要請が考慮される状態(clinical criteria)

GCS < 12, Airway/Spinal cord/Abdominal injury, Extremity trauma, Multiple patients, Cardiac arrest, Overdose, Seizure, Near drowning, Hypothermia, Level of care needed

 この組織は営利組織であるため、他にも看護婦を派遣しての在宅ケアや転院搬送の付添いといった業務も行っているようです。

 医療関係者であれば Observer Programを利用して実際に同乗して見学する事ができますのでピッツバーグに行かれる機会があれば、是非おすすめします。STAT MedEvacのHPは http://www.pitt.edu/~cemwp です。

 またまた余談ですが、flightmedicの方から 「AirMed」「AIR MEDICAL JOURNAL」という雑誌をいただきました。(2冊とも Mosby発行)すでにアメリカではこの様な雑誌が刊行されているんですね。

 その4では、EMSI Conference & Exhibit の様子をご紹介します。


その4) Conference & Exhibit

Date: Tue, 07 Apr 1998 22:25:33 +0900
Subject: [neweml: 02242] ピッツバーグ訪問記その4

 東京消防庁の金枝です。訪問記の最後は Conference & Exhibitをご紹介します。

 ピッツバーグにある Emergency Medical Service Institute は、毎年1回、市の 中心部から車で約1時間の所にある Seven Springsというリゾート地でEMS UPDATE という Conference & Exhibitを開催しています。ペンシルベニア西部の各消防・救急職員が約700人参加して3日間行われ、昼は講習会、夜はパーティがありました。規模から言うと、救急医学会関東地方会程度だと思います。Conferenceは1日コース、2日コース、3日コースに分かれ、参加者は実費を払って講習に参加します。

 講習は Shock Management seminarのような医者の話を聞くだけのものから、Injury Simulation Labや EMT-Basic Transition Courseのような実技中心のものまであり、参加する事によって、救急隊員の継続教育単位(Continuing Education Requirements)がもらえます。ペンシルベニア州の paramedicには、年18時間の再教育が定められているそうです。(全米平均よりかなり少ないらしいので、もっと延ばしたいと言っていた)

 日程の都合で2日間しか見れませんでしたが、印象に残った事を書きます。

 1週間という短い間でしたが、憧れつづけていたアメリカの救急医療を間近に見ることができ、私なりに勉強になりました。ピッツバーグの救急医療体制がここまで来るのに20年かかったそうです。日本の救急体制も早くこのレベルに追いつけるよう私達が日々努力しなければなりませんね。

 ちなみにアメリカで救急体制が進んでいる都市は、シアトル、フェニックス、デンバー、ピッツバーグ、郡ではロサンゼルス、州ではフロリダがいいようです。これから行かれる方は参考にして下さい。

最後に、この訪問にあたり多くの御助言をいただいた救急救命九州研修所 谷川攻一先生に深く感謝したいと思います。

金枝 俊宏/東京消防庁荒川消防署    
Toshihiro Kanaeda/Tokyo Fire Department


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