救急救命士の気管挿管問題について

【3月18日〜】


From: 畑中哲生(医師)
Date: Mon, 18 Mar 2002 10:17:33 +0900 (JST)
Subject: [eml-nc2: 1236] 気管挿管に関する文献調査

生垣さん、鈴木さん、中村さん、Bさん、みなさん。
ELSTA九州の畑中です。

(中略)

さて、以下の点については、皆さん、共通の認識をお持ちのようです。
すなわち、気管挿管は気道確保の:
・optionとして重要     ←生垣さん、鈴木さん、Bさん
・独立した(非排他的)戦略 ←中村さん

私もこのご意見に賛成です。
気管挿管以外には換気不能という病態は確実に存在するでしょう。
ですから、生理学的には、「Optionの存在は良いことに違いない」
と思えるわけですよね。

ところが、案外そうでもない、あるいは、Optionはない方がマシなの
「かも知れない」のです。

先に紹介した文献のひとつ、Gausche00をもう少し詳しくご説明します。
これは非常に綿密に計画され、慎重に実行された無作為比較対照試験
です。ずば抜けて優れている点の一つが、「Intent-to-treat」による
群分けです。どういうことかと言うと、Gausche00における「気管挿管
群」とは、「Optionとして気管内挿管も認めた」群なのです。「何が
何でも気管挿管をしろ」ではありません。この研究では、奇数日には
「BVMのみで換気」、偶数日には「必要があれば、気管挿管も可」とい
う治療方針(intent-to-treat)に群分けしたのです。その結果が「患
者全体としては有意差なし」「ある特定の病態では挿管が有害」でした。

気管挿管群(=Opitionとしての挿管が可能)では、総数420人のうち、
・115人→BVMのみ使用(挿管せず)
・128人→挿管に失敗したためBVMを使用、
・177→挿管成功
ですから、この研究のパラメディック達は、約73%の患者でOptionとして
の気管挿管が必要だと判断したことになります。この73%という割合をど
う見るか....いろいろな考えがあると思います。挿管群において、容易に
Option使用に踏み切り過ぎているかもしれません。全体のうち、例えば
10%くらいの患者に限定してOption(挿管)を使用すれば、本当に意味の
ある使い方ができた可能性もあります。が、いずれにしても、「どのよう
な患者をOptionの適応とするのか」の問題を避けて通れません。

1.パラメディックの現場判断に任せる
2.特定の病態(誤嚥など)を指定する

1.の場合には、2.よりも、より高度な教育が必要でしょう。パラメディック
には挿管を選びたがる傾向が認められます。BVMよりも挿管の方が確実であ
るという認識、あるいは、一旦挿管に成功すれば、後が非常に楽になる、
ということが原因の一部のようです。もっとも極端な例は、西岡さん@
熊本市消防さんの予想ですね。西岡さんの予想が必ずしも非現実的とは思え
ません。充分にありえることです。

2.について、Gauscheらはそのような「病態」を見つけ出そうとしましたが、
失敗しました。それどころか、「CPA」や「誤嚥」では、むしろ挿管が生存
率を下げるという結論になってしまいました。

また、病態を絞れば絞るほど、気管挿管体制によって恩恵を受ける患者の絶
対数が減少するため、医療経済上は不利になるという点についてはすでに申
し上げました。

ということで、「Opitionとしての気管挿管」に益はあっても害はなさそうに
見えるのですが、案外、そうとも言えないようなのです。まさに、事実は小
説よりも奇なり、です。奇妙な点は他にもあります。このGauscheの研究では、
気道管理による合併症としての「嘔吐」や「誤嚥」が発生した割合は、両群
間で見事に同じなのです。「気管挿管群では嘔吐の発生率が有意に高い」こと
を示す報告もあります。このような合併症はBVMにより多く発生すると予想す
るのが普通ではないでしょうか?まさに、なんでやねん、です。

ことほど左様に、気管挿管に関して、われわれの「予想」はまったく信用で
きないと考える方がよさそうです。また、今われわれが取り組もうとしている
問題は、気管挿管の「医学生理学的功罪」ではなくて、「制度として気管挿管
を導入することの是非」です。教育などの体制整備には多額の税金を投入する
わけですから、医療経済的観点からの考察は是非必要でしょう。非常に高度な
教育とMC体制さえあれば、Optionとしての気管挿管に問題があろうはずはあり
ませんが、それにはどれだけの投資が必要なのか、その投資は社会全体として
納得できるだけの効果を生むのか、この検証抜きに制度を進めるわけにはいき
ますまい。その意味で、Evidenceは必要だと思いますが、いかがでしょうか?


From: 山野昭範(医師)
Subject: [kumamoto-eml:2501] 処置拡大
Date: Mon, 18 Mar 2002 11:16:22 +0900

おはようございます。みなさん!
山野@高遊原南です。

(中略)
話は変わりますが、みなさんもご存知とは思いますが、「気管内挿管OK」や
「指示なし除細動」が最近、新聞やテレビで話題になっております。
そこで、新聞の内容をアップします。忙しい方は、読み飛ばしてください。

朝日新聞より

救急救命士も気管内挿管OK 厚労省、大臣告示改正へ

 心肺停止状態の人を助けるため、医師にしか認められていない気管内挿管を
一部の救急救命士が実施していた問題で、厚生労働省は14日、救急救命士にも
気管内挿管を認める方針を決めた。救急救命士制度は91年の創設時から、
気管内挿管を認めるかどうか議論されてきたが、日本医師会などの反対で実現しなかった。
来年度中にどのような条件下で認めるのかの指針をつくり、救急救命士法の施行規則に
基づく大臣告示を改正する。

 中略

電気ショック器具使用も医師の指示なしで 厚労省検討

 厚生労働省は15日、医師の指示がなくても、心停止した患者に電気ショックを与える器
具の使用を救急救命士に認める方向で検討を始めた。坂口力厚労相が同日、参院予算
委員会で明らかにした。

 中略

以上のとおりですが、素直に喜んでいいのか分かりません。
「気管内挿管」や「指示なし除細動」よりも大事なことが、目の前に山積していると思いま
す。

長文になり、すみませんでした。

*******************************
  高 遊 原 南 消 防 本 部   
          山  野  昭  範
*******************************


From: 関(医師)
Date: Mon, 18 Mar 2002 11:00:55 +0900
Subject: [eml-nc2: 1237] Re:  気管挿管に関する文献調査

畑中さん、みなさん、こんにちは。
関@聖マリアンナ医大西部病院です。

この論文は、私も非常に重要で意味のあると思います。
また、その内容に驚きました。
一点だけ、質問させてください。
この論文は「無作為比較対照試験」でいいのでしょうか。
(畑中さんの投稿に賛成ですし、論文の内容にも疑いはありません)

自分の不勉強ですが、パラメディックが「今日は挿管できる」
「今日は挿管できない」と知っていることで「無作為」ではなくなると
思うのですが。


From: 鶴岡 信(医師)
Subject: [eml-nc2: 1238] Re: [eml-nc2: 1236] 気管挿管に関する文献調査
Date: Mon, 18 Mar 2002 12:04:23 +0900

畑中さん、皆さん今日は。鶴岡@取手協同です。

不勉強で原文を読んでおりませんので的外れの質問になるかもしてませんが
「intention-to-treat分析」は「すべての患者が最初に割り付けられた群の一
員として解析される(たとえ患者のクロスオーバやコンプライアンス不良が
あっても)」という分析法であり、偶数日の患者は全て気管内挿管群として解
析されているのでしょうか?(ここで述べられている「intent-to-treat」は分
析法ではないのでしょうか?)

-畑中さんwrote-
> 先に紹介した文献のひとつ、Gausche00をもう少し詳しくご説明します。
> これは非常に綿密に計画され、慎重に実行された無作為比較対照試験
> です。ずば抜けて優れている点の一つが、「Intent-to-treat」による
> 群分けです。どういうことかと言うと、Gausche00における「気管挿管
> 群」とは、「Optionとして気管内挿管も認めた」群なのです。「何が
> 何でも気管挿管をしろ」ではありません。この研究では、奇数日には
> 「BVMのみで換気」、偶数日には「必要があれば、気管挿管も可」とい
> う治療方針(intent-to-treat)に群分けしたのです。その結果が「患
> 者全体としては有意差なし」「ある特定の病態では挿管が有害」でした。

以下の群の分析は、偶数日の患者として410名全体を奇数日の患者と比較分析
した結果「オプションとして気管内挿管を認めた群(偶数日の患者)」の予後
が「BMVのみの群(奇数日の患者)」の予後より不良であったという結論なの
でしょうか?
 それとも、気管内挿管を行った患者117名を気管内挿管を行わなかった(行
えなかった)患者群と比較検討した結果気管内挿管群の予後が不良であったと
結論付けているのでしょうか?(そのどちらかでこの研究の解釈が違ってくる
と思います)

> 気管挿管群(=Opitionとしての挿管が可能)では、総数420人のうち、
> ・115人→BVMのみ使用(挿管せず)
> ・128人→挿管に失敗したためBVMを使用、
> ・177→挿管成功

********************************
鶴岡 信
取手協同病院 脳神経外科
********************************


From: 畑中哲生(医師)
Date: Mon, 18 Mar 2002 12:06:14 +0900 (JST)
Subject: [eml-nc2: 1239] 気管挿管に関する文献調査

関さん、みなさん、こんにちは。
ELSTA九州の畑中です。

At 11:00 2002/03/18 +0900, 関さん wrote:
> この論文は「無作為比較対照試験」でいいのでしょうか。
> (畑中さんの投稿に賛成ですし、論文の内容にも疑いはありません)
> 
> 自分の不勉強ですが、パラメディックが「今日は挿管できる」
> 「今日は挿管できない」と知っていることで「無作為」ではなくなると
> 思うのですが。

はい、確かにご指摘の点では、完璧な無作為ではないですよね。
こういうのをpseudo ramdamizationと呼ぶのでしょうか。
(私も不勉強でよくわかりません。)
パラメディックの心構えという点で、バイアスがかかる可能性があります。

その点、Goldenburg-86-2の研究では、現場でカードを引いて挿管するか否
かを決めていますね。
これが本物の「無作為」でしょうね。

が、現実に、何らかの体制を敷くとすれば、パラメディックは(当然)挿管
が許されるか否かを事前に承知しているわけですよね。そのように考えると、Gausch
eの(pseudo?)無作為化こそ、現実の世界を反映していると言え
るかもしれません。関さん、皆さん、いかがでしょうか?


From: 畑中哲生(医師)
Date: Mon, 18 Mar 2002 12:17:31 +0900 (JST)
Subject: [eml-nc2: 1240] 気管挿管に関する文献調査

鶴岡さん、みなさん、こんにちは。
ELSTA九州の畑中です。

At 12:04 2002/03/18 +0900, 鶴岡さん wrote:
> 以下の群の分析は、偶数日の患者として410名全体を奇数日の患者と比較分析
> した結果「オプションとして気管内挿管を認めた群(偶数日の患者)」の予後
> が「BMVのみの群(奇数日の患者)」の予後より不良であったという結論なの
> でしょうか?

上記のご指摘のとおりです。
つまり、偶数日の患者は、結果的にBVMで管理したとしても、当初の振り分け
どおり「気管挿管を認めた群」として群間比較を行っております。約束違反は
「奇数日=BVMしか認めない群」に多く認められております。つまり、気管挿
管をしてはならない奇数日であるにもかかわらず、「ついつい」気管挿管をし
てしまった....。理由は、嘔吐があったので挿管すべきだと思った」などがあ
るようです。このような症例も、当初の振り分けどおりBVM群として分析され
ています。このような「約束違反」は現実の世界にもありうるので、そのまま
分析したようです。

>  それとも、気管内挿管を行った患者117名を気管内挿管を行わなかった(行
> えなかった)患者群と比較検討した結果気管内挿管群の予後が不良であったと
> 結論付けているのでしょうか?(そのどちらかでこの研究の解釈が違ってくる
> と思います)

上記の群分けとは別に、「実際に受けた」気道確保で群わけした場合の結果も
一部併記されています。ただ、実際に挿管に成功した症例には、「挿管に成功し
やすいような状況」すなわち、CPAが多く含まれる結果になります。CPAの生存率
は、それ以外の病態に比べて低いので、これは挿管群の生存率を過小評価する
(挿管に不利な解析)ということになります。

以上、言葉足らずをお詫びします。


From: 田代尊久(医師)
Date: Mon, 18 Mar 2002 14:58:43 +0900
Subject: [kumamoto-eml:2502] Re: 処置拡大

・・さん、みなさん、こんにちは。田代@赤十字病院です。

02.3.18 11:16に・・さんがに発言された
「[kumamoto-eml:2501] 処置拡大」に関するお返事です。

★引用に当たっては、一部省略・改行位置変更があります★

>・・さんwrote.
>厚労省は、すべての救急救命士に認めるのではなく、十分
>な訓練を積むなどの条件をつける方針。使用できる状況も、
>患者が心肺停止状態で、医師からの指導が受けられるとき
>などに限定するとみられる。

飛行機は着陸の際、降りて良い最低高度が決まっていて、通常
滑走路から高さ 200ft(60m)まで降りて良い(CAT-1)
のですが、パイロット、副パイロットが訓練をして、かつ飛行
場と飛行機に設備を整えることで、更に低い高度まで降りて良
い事になっています。

この資格と装備が「カテゴリー」で、地上60mまでがカテゴ
リー1(CAT-1)で、地上30mまでが CAT-2、全く滑走路が見
えてなくても降りて良い、つまり地上0mが CAT-3 です。

たとえば雲が地上50mにあったときには、CAT-1 では最低降
下高度の地上60mまでしか降りれないので、滑走路が見えず
着陸できませんが、CAT-2 では雲の下に出れるので滑走路が見
え着陸可能となるわけです。

熊本空港はCAT-3着陸が出来ることは皆さんもご存じだと思いま
す。CAT-3を備えている空港は日本でも成田、羽田、関空、釧路、
熊本にしかありません。

しかし、これは前述したように空港、飛行機に装備がしてあって
も、パイロットが一定の時間を飛行して、そのための訓練を受け
て資格を持たなければ使用することはできません。

例えば、CAT-2着陸を行うには、パイロットと副パイロットが、二
人ともCAT-2の資格を持っている場合か、又はどちらか一人がCAT-3
の資格を持っていなければ行ってはいけないのです。

同様にCAT-3着陸は一人がCAT-3の資格、かつ、もう一人がCAT-2
以上の資格を持っていなければならないそうです。

---------------------------------------------------------
厚生労働省が指示なし除細動、気管内挿管を救急救命士が出来る
ようにGOサインを出しそうです。
メディカルコントロールの充実と救急救命士の訓練、あらたな資
格取得、自己研鑽があれば賛成です。

標準課程をCAT-1資格、救急救命士がCAT-2資格とするならば、さ
らに訓練、実習を行い、CAT-3資格を持った救急救命士が必要だと
思います。

こんなふうに考えてみましたがいかがでしょうか?
皆さんのご意見は?

----------------------------------
 田代尊久  
熊本赤十字病院救急部   
----------------------------------


From: 湯浅(歯科医師)
Subject: [eml-nc2: 1242] Re: 気管挿管に関する文献調査
Date: Mon, 18 Mar 2002 16:35:57 +0900

湯浅@東海産業医療団中央病院歯科口腔外科です。

以下の文章を書いたのですが、なんだかまとまりが悪いです。読まれる方は、わかり
にくいと思いますのでごめんなさい。

> 群分けです。どういうことかと言うと、Gausche00における「気管挿管
> 群」とは、「Optionとして気管内挿管も認めた」群なのです。「何が
> 何でも気管挿管をしろ」ではありません。この研究では、奇数日には

曜日で分けるのは、ランダム化比較試験とは言えないですが、この論文は、良さそう
ですね。

この研究を行った地域では、曜日によって救急の症例に差があるのかないのかが考察
に書かれていると良いですね。

そもそも、EBMワークショップという医歯薬出版の赤い大きな本に会陰(エイン)切開(出産
の時に、赤ちゃんが出やすくするために切るものです)に関するRCTがあります。

これは、ランダム化はOKなのですが、会陰(エイン)切開を基本的には行わずに緊急的に必要
な時行う群と、会陰(エイン)切開をルーチンに行いツルットでた場合は切開しない群(すい
ません医学的な表現でなくて)に分けています。よって、結果的に会陰(エイン)切開を行わ
ない群で行った症例もありますが、これは会陰(エイン)切開をしたにも関わらず切開しな
かった群に入ります。

これとITTは、定義が異なりますが、実に実践的な割付けです。

今回の論文は、これと同じだと思います。

この手の論文は、たくさんあって、最初から研究計画として考えられていた点が素晴
らしいですね。

今後は、この手の論文が増えると思いますが、まず、この論文で実際に行われた気管
内挿管を行わない群というのは、必要によっては行うこともあるのですから、秋田で
の現状と似ているのかな?と思いました。まず、これを比較する必要があると思いま
す。

すなわち、どちらかの群が日本の現状と似ていれば、それをまず比較して、その詳細
な%などが日本の現状と似ているかです。もし、似ていなければ、論文の採用は、注
意を要すると思います。

また、日本の現状と似ていなければ、挿管を行わない群と日本の絶対に挿管をしない
現状と比較してみるのも良いかもしれません。そこに、差が大きいようなら、そこで
考えることになると思います。

いずれにしろ、考えさせる良い論文ですが、このRCTで差がなかったからといって挿
管不必要と結論できないのは、皆さまもお考えのこととは思いますが、僕もそのよう
に思いました。

たいへん、勉強になる論文の紹介をありがとうございました。


From: 野澤孝之(救急隊員)
Date: Thu, 21 Mar 2002 01:09:21 +0900
Subject: [aml.18602] 書類送検

みなさんこんばんは野澤@さいたま消防です。

朝日新聞にでてました。(23:23)
「救命士3人を書類送致 指示を受けずに同僚に点滴」
http://www.asahi.com/national/update/0320/032.html

書類送検されたのは、秋田市消防本部の2人と、湯沢雄勝広域消防本部の救命士の救
命士の3名の方だそうです。
今回は同僚への点滴の件での書類送検ですが、気管内挿管に関しては触れられていな
いようです。
この件の行方が気になるところです。

それでは。
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野澤孝之
さいたま市消防本部  浦和東消防署
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