(日臨麻会誌 2000; 20: 21-29)
I. はじめに
「蘇生の ABC」は、蘇生治療を考えるためのパラダイムとして、30年以上にわたり用いられてきた。しかし、心蘇生に関する最近の研究を理解し、今後の蘇生治療を検討するには、これに縛られない考え方が必要になる。本稿では、心蘇生治療の流れを整理する新たな考え方として、1. 除細動治療、2. Coronary Perfusion Pressure (CPP) 維持、3. 動脈血酸素化を、心蘇生成功に必須の3要素とし、個々の治療効果をこれらに照らして評価することを提示する。
電解質異常などを除いた一次性の心機能停止状態の内、自己心拍再開 (Restoration Of Spontaneous Circulation: ROSC)が期待できるのは心室細動 (Ventricular Fibrillation: VF) のみといえる。Asystole や Pulseless Electrical Activityの状態からROSCを得る場合は、一端、状態を VF に変化させ除細動により ROSC を得る手順を取る。そこで、狭義の心蘇生は、「VF という重篤な不整脈に対し除細動治療により ROSC を得ること」と定義でき、除細動治療は、心蘇生治療の中心に位置付けられる。事実、心停止発症直後であれば、ただ除細動治療を行うだけで ROSC を得られる事は良く知られており、これを病院外心蘇生治療に応用するために、アメリカでは一般市民用の自動体外式除細動器 (Automated External Defibrillator: AED) が普及してきている。
しかし、5 - 8 分以上の無治療心停止状態が続いた場合、停止心臓で進行する心筋虚血のために、いきなり除細動治療を行っても ROSC は得られない。そこで、時間が経過した心停止や、直ちに除細動治療を行えない状況では、除細動治療の前に停止心臓を酸素化する必要がある。停止心臓酸素化の鍵は、十分に高く維持された CPP により心臓への血流を確保することと、その血液に十分量の酸素が含有されていることの2つに要約できる。心蘇生は、図1の様に除細動を基本に心筋虚血に対する治療が付加されていると考えることができる。その成功に必須となる 1. 除細動治療、2. CPP維持、3. 動脈血酸素化に関し順に概説する。
図1 心蘇生の流れ
1)AEDの臨床的可能性
アメリカで一般市民によるAED使用が始って約2年になる。システムは地域によって異なるが、BLS 教育の一環と位置付けられ、約4時間の AED に関する講習の修了者に使用が許可されているようである。航空機搭乗員、警官などによる院外心停止 100症例に対する AED 治療報告によると、44症例の VF と 56症例の非 VFを正しく判定し、VF症例では 3回以内の通電で除細動に成功している2)。市民による AEDの効果を判定するには更に時間を要すると思われるが、散見する報告では概ね結果は良好であり、明らかな不適切治療例を聞かない。本邦では、当面、一般市民が使用できる可能性は無く、一部の機種が販売されているものの AEDの臨床的意義付けが定まっていない状況といえる。われわれは、市販されている AEDの一つ (LIFEPAK 500, Physiocontrol社製、図2)を、病院診療に取り入れ評価を始めた。AEDの使用経験を含め、本邦における臨床的可能性を述べる。
図2 一般市民用 AED: LIFEPAK 500 (付図は準備中です)
LIFEPAK 500では、電源を入れると音声ガイドにしたがって自動的に除細動治療が進められる。EKG 波形は、画面表示されないが内部に保存され、治療終了後コンピューター上で再生できる。図3に実際の再生記録を示す。時間経過とともに、通電適否判定、通電出力等の情報が波形記録上に明示されている。一般簡易モニターを用いた EKG 記録に比べ、整然と時間経過に添った除細動治療記録を残すことが出来る。また、治療中の音声記録も保存されており、これを併用すると、数十秒単位で変化していく蘇生治療を正確に再現することができる。この様に AED は、一般除細動器に無い治療経過記録能力を有しており、従来の蘇生治療で行ってきた一般EKGモニターが吐き出す記録用紙の山を管理し整理する必要も無い。更に、この詳細な蘇生記録は、臨床研修教育上最良の教材になると考えている。
図3 AED(LIFEPAK 500)に記憶された蘇生治療記録
一般市民用
図4に、LIFEPAK 500が出すガイドの概略を示す。蘇生に習熟した者には、当然の手順であるが、緊迫した状況の中で、蘇生経験の少ない医療従事者には大きな助けとなる。われわれは、卒後まもない研修医にも AEDを用いた蘇生治療を積極的に行う指導を行っている。特に、除細動治療に成功した後に出る「脈を確認して下さい」等は、何度か蘇生治療を行った者でも忘れがちな手技で、AED メッセージに促されて頚動脈を触れに行くことも多い。
本邦における一般市民用 AED の使用を検討する場合、EKG 波形が表示されないことが問題視されているが、われわれは、AED 使用中 EKG モニターを併用しているため波形表示の有無は問題にならない。当院において EKG モニターは一般病棟に配備されており、蘇生治療時、容易に使用できるために、AED を搬入し装着した時点で、患者は EKG モニター下にあることによる。AED 配備数は限られているが、可搬性が高く病棟間の賃借に全く支障は無い。更に AED は、本体定価が 100万円前後と安価であること、場所を取らずAC電源も不要なことなどから、将来的に多くの病棟に配備できる可能性もあると考えている。
EKG モニターを併用した病院内での AED 使用の利点には、1. 蘇生治療に不慣れな者でも一定の除細動治療が可能である、2. 経過記録能力が高い、3. 本体価格が安い、4. 可搬性が高い、5. 保守管理が容易であるなどがあげられる。AHA でも既に AED の使用は BLS の一部であり、院内のナースや技師を含むMedical Co-worker 等、心停止に遭遇する機会のある人は全て AED 使用を含む BLS トレーニングを受けるべきとしている。多くのモードを有する一般除細動器と機能比較するのではなく、AED を VF に対する強力な First Aid としてとらえ直すことが、本邦における臨床的可能性を探る上で重要であると考える。
図4 AED(LIFEPAK 500)が出す蘇生ガイドプログラム 音声と液晶表示で治療者に次に行うべき蘇生手技を指示する。
2)心電図波形を用いた除細動適否判断
図5は、われわれがウサギで測定した EKG 上の V F振幅の経時的変化である3)。時間経過と伴に直線的に振幅が低下していることが分る。更に同図は、VF誘発直前の窒素吸入により低酸素状態においた群の変化も示しているが、大気吸入群に比べて優位に振幅が低下している。VF 振幅だけでも、無治療心停止時間や低酸素の影響をとらえることができる。心停止の発症は、目撃されない場合も多く、時間経過に伴い直線的に減衰する VF 波形から発症時間推定も可能といえる。
EKG 測定を利用した VF 波形解析の中で、平均振幅 (mean amplitude) と基調周波数 (dominant frequency) は、比較的容易に利用できる情報といえる。以前よりこれら測定値を個別に評価して一定のROSC 閾値が存在する事は指摘されてきた。最近、更に 60頭を超えるブタの蘇生実験結果から、mean amplitude と dominant frequency の二つを組み合わせることで精度の高い除細動治療成否予測を行う方法が報告された4)。同実験結果では、mean amplitude > 0.25mV と dominant frequency > 9.9 Hz という個別の ROSC 限界閾値を観察した上で、defibrillation predictor (DP) を次のように規定し、更に高いROSC予測を行っている。
DP > 1.7 では ROSC が無く、1.4 ≦ DP ≦ 1.7 では 50%、DP < 1.4では全て ROSCが得られたとし、AED アルゴリズムに有用であると述べている。更に同報告者らは、4.5 Hz でデジタルフィルター処理することにより、心マッサージ操作から生じるノイズを除くことができ、心マッサージを中断することなく解析が可能であることも報告している。
VF 波形の中に、かなり高い確率で除細動の成否を予想するための情報が含まれていることは疑う余地が無い。この情報を臨床で用いるために、今後とも様々な解析アルゴリズムが試され、AED プログラムの改良が続くものと思われる。精度の高い解析法の研究と並行して、解析のために治療を中断するいわゆる hands off intervals を短縮する工夫も重要となろう。
現在多くの波形解析研究は、動物実験や開心術中の体外循環下のVFに寄っており、報告されたROSC限界閾値は、種差と状況の違いによる影響を受けていると考えられる。今後、これら報告を基に、蘇生臨床におけるROSC閾値を確認して行く必要がある。また、小動物ほど高い周波数を示す傾向にあり、小児と成人に分けて閾値を確認する必要もあると考える。
図5 ウサギにおける無治療心停止中のVF振幅の変化
歴史的に除細動の通電電流は、AC から DC へと移行し更に近年 Biphasic が注目されている2), 5, 6)。除細動治療に Biphasic 通電が有用であること自体は以前から知られていたが、近年、体内植え込み式除細動器 (implantable cardioverter defibrillator: ICD) への応用目的から研究が活発化したようである。Biphasic 通電は低出力で蘇生効果が期待できると考えられ、電池等を小さくして装置を小型化・低価格化することで ICD や可搬性が求められる AED への応用が期待されている。
図6に、除細動器の放電パターンを示す。波形の形状により、damped sine とtruncated exponentialに分けられ、更に通電極性によりmonophasic、とbiphasicに4分割される。臨床使用されている除細動器の殆どは、monophasic damped sine (従来式のいわゆる DC) か biphasic truncated exponential (BTE) の何れかに分類される。300人を超える ICD 使用患者を対象に、VF 誘発後の除細動効果を比較した研究5)では、200 J の DC と 130 J の BTE で同程度の除細動率得られたことが示されている。また、小出力で用いた BTE では、除細動後の心筋障害が軽微で EKG 上の ST 変化が小さいこと、通電による asystole の発生が少ないと考えられること、リドカインなどに除細動率が影響されにくいこと、pacemaker 使用患者における通電後の閾値上昇が出現しにくいことなどが指摘されている。BTE は DC に勝る多くの特性を備えているといえる。
現在の Biphasic をめぐる論争の一つが、最大出力に関してである。除細動の成否は、通電出力と最大電流が重要であると考えられる。除細動治療において、ある一定の出力を設定しても、常に一定の電流パターンが生じている分けではなく、患者インピーダンスに大きく影響されている。damped sine は蓄えたエネルギーを受動的に放電するため、患者インピーダンスが高いと出力・ピーク電流ともに低くなる。BTE では、放電開始後設定した出力に達した時点で電子回路が放電を遮断するため、患者インピーダンスに関係無く出力を一定に保つ事が出来るが、高インピーダンスでは放電時間が長くなり電流のピーク値は、やはり低下する。患者インピーダンスを 50 オームとして除細動装置は調整されているが、実測患者インピーダンスは約 40 - 180 オームの幅が有り6)、高インピーダンス症例を考えるとBiphasic を用いる場合でも一定の最大出力が必要になると考えられる。先の ICD 患者に関する研究5)、でも、除細動失敗率をみると 130 J の BTE で 14%、360 J の DC で 4 % と約 3倍の開きがあり、高出力の除細動治療を否定できない報告になっている。更にその後の研究では、ICD 患者において 200 J のBTEが、130 J の BTE や 200 J の DC より高い除細動率を示したと報告されている7)。Biphasic の高い除細動率を、安易に「低出力でよい」という結論に結びつける論法には慎重であるべきと思われる。
Biphasic の出力をめぐる論争も、「Biphasic は従来の DC より優れている」という知見に何ら影響を与えるものではない。しかし、現在、本邦において臨床使用できる Biphasic 除細動器は存在しない。装置の臨床使用に関する許認可審査が、「低出力」の取り扱いをめぐって長引いていると聞く。われわれが、Biphasic という新技術を臨床評価して行くことを考えても、当初から低出力にこだわらず必要に応じて現行の最大出力が得られる装置から使用していくべきであろうと考える。
図6 除細動放電の電流パターン
Pysiocontrol社資料より(資料準備中)
CPP = dBP (除圧時の血圧) − dCVP (除圧時の中心静脈圧)
臨床上CPPが利用できる場合は、これを14mmHg以上に保つよう治療をすすめている。今回は、CPPを高く保つための薬物療法を中心に述べる。
エピネフリンは、30年以上にわたり蘇生薬物治療の首座を占めてきた。図7にウサギの蘇生実験で観察したエピネフリンの効果を示す。エピネフリンの投与により、動脈圧 (Aortic P.) の除圧期血圧が弧を描いて上昇し、増加した CPP により自己心拍が再開している。エピネフリンは、循環虚脱が続いた血管でも反応が期待できる強力なα作用を有している。その効果は、用量依存的であるため大量投与も試みられたが、3000症例を超える蘇生治療において、繰り返し投与するエピネフリン量を 1 mg と 5 mg の間で比較した結果は、それぞれ、ROSCが 34.4 % と 38.0 % で、社会復帰率が 2.4 % と 1.9 % であったと報告されている8)。これは、エピネフリンの大量投与により ROSC は得られ易くなるが、薬剤による心毒性のために蘇生後心機能不全を生じ、逆に長期予後を悪化させることを示唆している。エピネフリンによる蘇生後心機能不全は、そのβ作用によることが動物実験で示されている9)。同実験は、エピネフリン群、エピネフリンとβ1 遮断薬のエスモロール併用群、フェニレフリン群を比較し、3群間で同等の CPP 増加と同等の ROSC が得られたことと、エピネフリン単独使用群に有意な蘇生後心機能障害が発生したことを報告している。
近年、毒性の強いエピネフリンに代わる蘇生治療薬として、バゾプレッシンが注目されている。40症例の蘇生治療において、最初の薬剤治療が 1 mg のエピネフリンの群 (20症例) と 40 U のバゾプレッシンの群 (20症例) に分けて比較し、それぞれの ROSC が 11症例と16症例、社会復帰が 3症例と 8症例と、バゾプレッシンの優れた蘇生治療効果が報告されている10)。バゾプレッシンの蘇生治療中の作用は、ブタを用いた実験で検討されている11)。エピネフリン 0.2 mg/kg の投与を対照群として、バゾプレッシンの各 0.2, 0.4, 0.8 U/kg 投与群が比較されている。CPPでは、0.8U/kg群においてエピネフリン群の約 1.5倍の高い値が観察され、他のバゾプレッシン濃度でもエピネフリンと同等の CPPが得られることが示されている。更に、マイクロスフェアを用いて臓器血流が測定されているが、バゾプレッシンは、エピネフリンに比べ、心・脳・腎への有意に高い血流と、小腸・筋肉・皮下脂肪への有意に低い血流が明らかにされている。本研究は二重盲検法で行われているが、バゾプレッシン群は、皮膚の蒼白化から容易に判別されるほど強力に皮膚の血管収縮を起したと報告されている。バゾプレッシンは、CPPを効果的に上昇させるだけでなく、生じる血流を重要臓器中心に分配し蘇生治療上更に有利に働くと考えられる。これらバゾプレッシンに関する報告は、今後、更に大規模な多施設臨床研究を経て蘇生治療薬としての意義が確立されることになる。
現在の低いまま推移している蘇生予後の限界には、一部、エピネフリン治療の限界が反映されていると考えられる。CPPを高く保つ事で ROSC は得られるが、長期予後には蘇生後心機能障害の低減が不可欠になる。エピネフリンを超える薬物治療の確立には、1. CPPを高く保てる事、2. 蘇生後心機能障害が軽微であることが必須の条件であり、重要臓器を中心とした血流配分も重視すべきであろう。
図7 蘇生治療におけるエピネフリンの効果
医療技術の革新が AED を生み出し、除細動治療を医師の手から開放することで蘇生予後を向上させた。これと同様に、気道管理の問題も、気管チューブの代用品ではなく、気管内挿管手技自体を医師の手から開放するための技術的研究により改善されて行くのではないかと考える。
II.除細動治療
3)Biphasic通電による除細動III.CPPを高く保つこと
IV. 動脈血酸素化を図ること
V.まとめ
参考文献