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第十三回公判について(08/3/21)

 第十三回公判傍聴記録 詳報 (2008/3/21)

本日、第十三回公判で、検察側の論告求刑が行われました。

検察側の書類は160枚との話もあり、当初読み上げるのにかかる時間は4時間とのことでした。すごいスピードで休みなく、検察官の方々が交代で読みました。

同じような文章の繰り返しなのですが、要点は最初と最後の部分です。

業務上過失致死の成立と、異状死届け出義務違反の両方があるとし、求刑は禁固1年、罰金10万円でした。

検察側は公判の証言と、弁護側の主張を否定しました。

検察によると、「公判で関係者は医学界の傍聴が社会的圧力で被告擁護の発言をした、被告は保身のため公判では供述を翻した。」「弁護側証人は抗議声明を出している学会会員で、誤った事実認定(中山病理鑑定)に基づいており、法廷で被告を擁護する結論ありきの証言をした」ということでした。

傍聴希望者は171人、傍聴席は28席でした。

(開廷13:30)

裁判長: それでは、開廷します。本日は検察官のご意見を伺う予定ですが、だいたい、どれくらいかかりますか? 4時間ですか。では途中で休憩を一度とります。では、始めて下さい。

検察: 検察官の意見を述べます。

1番、事実確認について。

1.控訴事実

(1)要旨は

ア)福島県立大野病院に専門医として勤務していた被告は、平成16年12月17日、被害者の帝王切開手術において、児娩出後、子宮内壁に癒着した癒着胎盤を、クーパーを使うなどして無理に剥離し、大量出血により被害者を失血死させた業務上過失致死にあたる。

イ)被告人は医師法21条に定められた届け出を怠った医師法違反である。

(2)しかるに、被告人弁護側は

ア)被害者の癒着胎盤は局所的であり、程度は子宮壁の5分の1の嵌入胎盤にすぎなかった。

イ)癒着胎盤の予見可能性はなかった。

ウ)剥離中止義務なく、クーパー使用も相当な医学的処置であった。

エ)死因は特定されておらず、癒着胎盤剥離との因果関係は不明である。

オ)被害者は異状死にあたらない。

カ)被告人には医師法違反の故意はなかった

キ)医師法21条は憲法違反である

から、被告人は無罪であると主張している。

(3)関係各所において、被告人の主張には理由がなく、業務上過失致死と医師法違反に該当することは証明十分である。

業務上過失致死

(1)はじめに

書類は入院カルテ、麻酔記録、医師記録である。以上の書類は作成時に予断が入らないので信用できる。

基本的に麻酔記録、手術記録による出血量は

?血圧、脈拍は、時間と記載の時間が一致しているが、出血については出血の時期と量が乖離が生じている

?出血の報告はリアルタイムでなく、時間の重要性は高くない。

?出血量については経過と麻酔記録と実際が対応していないので、血圧や脈拍に比して実際を正確に表していない。

(2)他の事実として、

ア)被告は平成8年医師免許取得、産婦人科専門医

イ)福島県立大野病院は医師数12名、看護師89名、ベッド数129、小児専門医は0、産科専門医は1名、他内科外科医が勤務していた。二次救急指定病院であるが、高度の三次救急病院ではなく、医療法による特定機能病院でもない。貯血はなく、輸血はFAXで血液センターに発注し一時間かけて搬送されていた。

ウ)被害者は平成13年7月、双葉厚生病院で帝王切開により長男を出産した。平成16年5月6日、大野病院に産婦人科を受診し被告を主治医として通院していた。妊娠33週になり、前置胎盤?の管理のため11月22日に入院となった。

エ)被告は術前の超音波検査で、胎盤は子宮前壁から後壁にかけて内子宮口を覆い、前回帝王切開創にかかると思っていた。

オ)被告は帝王切開術を大野病院で行うと言っていた。前置胎盤?にかかわらず大野病院で行うと言ったため、K助産師が帝王切開は大きな病院で行うのが妥当と申し入れたが、大野病院で大丈夫だと述べ助言をききいれなかった。被告は福島県立医大の先輩の医師から前回帝王切開で前置胎盤?のときに大量出血した例があったと教えられ、医局から応援の医師を派遣するかという先輩の申し出を断った。前置胎盤?で前回帝王切開創にかかる場合の癒着胎盤の頻度は24%であり、児の娩出後に剥離困難のとき無理に剥離したら大量出血がおこり、子宮摘出が必要なことを知っていた。

カ)被告は検査で被害者の全前置胎盤?を診断し、胎盤が帝王切開創に及び癒着胎盤の可能性を診断していたにもかかわらず、帝王切開手術を大野病院において行うことを決めた。そして輸血は前置胎盤?の帝王切開の時に最小限必要な5単位を準備した。子宮全摘術の可能性を記載していた。

キ)被害者の手術の麻酔医H医師に手術中の出血が多くなる可能性と、胎盤が前回帝王切開創にかかっていたら子宮全摘すると説明したため、H医師は通常は点滴ルートを1本確保するところ2本確保することを決めた。

ク)被告は被害者の夫婦に説明をした際に、被害者の夫に対し前回帝王切開創に胎盤が癒着しやすいことを告げ、出血があるときは子宮を取ると説明し被害者夫婦の同意を得た。被告はその時点で双葉厚生病院の医師に連絡をしていなかったが、何かあれば双葉厚生病院の医師を呼ぶと話をしていると説明した。その翌日被告は双葉厚生病院のK医師に電話をし、前置胎盤?で前回帝王切開創にかかっている可能性があり、異常があれば午後3時頃に連絡がいくと説明した。K医師は被害者が癒着胎盤による応援要請と理解し承諾した。

1)手術から胎盤剥離まで

被告は平成16年12月17日午後2時26分、M医師とH医師の立ち会いのもと、手術の器具手渡しの看護師、母体と児の管理を行う助産師を立ち会わせ帝王切開術を開始した。腹壁切開時に子宮表面に血管怒張が見られた。子宮をU字切開し児を順調に娩出した。子宮収縮剤を注射し子宮切開部の出血はおさまり出血はほとんどない状態であった。S助産師が女児と被害者を対面させ、被害者は「ちっちゃい手だね」などと話した。被害者の血圧は正常であった。被告はその後臍帯を引っ張ったが胎盤が剥離せず子宮がもちあがる状態であった

手では剥離できず用手的剥離を行った。被告は14時38分から用手剥離を開始した。左手で胎盤を引っ張り右手を子宮と胎盤の間に差し入れ胎盤を圧しつつ剥離を行った。用手剥離のときは右手の3本の指を差し入れ容易に剥離することができたが、徐々に指が差し入れられなくなり力が必要になった。そのうち3本の指が入らず2本の指を差し入れ剥離を続けようとしたが、2本も入らなくなり1本だけ差し入れたが、間もなく胎盤が癒着し指が入らなくなった。被告は癒着胎盤と認識しこのまま剥離を続けると大量出血し直ちに子宮摘出が必要であると認識していた。そのため予め子宮摘出も良いと被害者の同意を得ており可能であった。しかし被告は追加の輸血の発注も行わなかった。剥離を続けても出血しないと安易に考えクーパーを用いて剥離を継続した。午後2時40分頃からクーパーを用いた剥離を開始し、クーパーの刃を閉じたように持ち先端を削ぐように剥離したが、その頃から子宮後壁下部から湧き出る出血が大量になり、出血の確認のためO看護師は出血の定量に追われるようになり、術者と麻酔医に口頭で報告した。それにより麻酔医は直ちにpumpingで輸液を開始した。クーパーを用い始めて5分後の午後2時45分頃には血圧が低下し始めていた。被告はクーパーの刃で切り削ぐ操作を続け10分間剥離を継続し午後2時50分に胎盤を娩出した。

2)胎盤娩出後

クーパーによる剥離前の午後2時40分には、2000 mlの出血が羊水込みで生じていた。その後の出血量の増加が胎盤剥離による出血量である。2時55分までに羊水込みで5000 mlもの出血を認めた。午後2時40分の時点では血圧100/50、胎盤娩出時の血圧は80弱/40弱、2時55分では血圧50/30とさらに低下した。被害者の脈拍数は一旦下降してから上昇し、出血性ショックに陥った。麻酔H医師は2時55分から昇圧剤であるノルアドレナリンを連続的に投与を開始し、輸血を開始した。午後3時50分には追加の輸血を発注した。

被告は子宮をガーゼ圧迫したが、その頃漸く子宮摘出を考えついたが、出血量が多かったため輸血到着まで待つことになった。午後4時10分には出血量が12085 mlにも達したが、この間被告は被害者家族に説明せず、大量出血の患者がいるとの報を受け駆けつけた院長が双葉厚生病院のK医師や大野病院の外科医師の応援を要請するよう助言したのを断った。追加の輸血が到着した17時45分に単純子宮摘出術を実施した後、被害者は心室頻拍から心室細動となり麻酔医H医師が蘇生したが午後7時10分にクーパー剥離による出血により失血死させた。

(3)嵌入胎盤について

ア)妊娠の成立は受精卵が子宮後壁に着床し、胎盤を形成する。臍動脈が発達し子宮内壁には脱落膜が発達する。子宮と胎盤の間には動静脈が口をあけた状態で存在し胎盤は一部脱落膜に接する。癒着胎盤は病理診断により診断されるが、癒着胎盤には楔入胎盤、嵌入胎盤、穿通胎盤がある。

イ)癒着胎盤の危険性について

通常は胎盤は児娩出後自然に剥がれる。その接着面から出血するが多数の血管は子宮収縮により押し潰されて出血が止まる。癒着胎盤は子宮収縮が起こらず血管が口をあけた状態で出血が持続し大量出血に至る。癒着胎盤を無理に剥離すると5000ml以上の出血が生じ止血困難である。無理な剥離は大量出血の危険性が高まり、子宮壁への侵入の程度が高いと子宮筋層の損傷が大きくなる。無理に剥離した場合その範囲が狭くても血管を損傷するため大量出血を生じる。

ウ)子宮後壁から前壁にかけての嵌入胎盤であり、程度は深く、広い範囲に及んでいた。杉野医師の鑑定では嵌入胎盤であり、福島県の病理組織の報告では子宮について癒着胎盤の描出範囲は19cm×12.5cm×0.7〜2.4cmであり、2.8cm×2.2cm×1.0cmが胎盤の残存組織が子宮に残っている範囲であり、同部位の子宮壁は0.7cmと薄い。胎盤は下部から径部に達する前置胎盤?で後面は7.8cm×8.0cm×(書き取れず)の範囲で前面は5cmでほぼ後壁と同じである。癒着胎盤の程度は子宮壁の半分の深さに達し子宮の剥離面は鋭利でなく用手や鉗子を用いてはぎ取られていると杉野鑑定人は第5回公判で述べている。胎盤の残存が見られる部位は子宮壁が薄い。胎盤剥離後の付近から出血したと考えられる。杉野鑑定では子宮を39ブロックで脱落膜の有無を基準に鑑定書を作成したが、顕微鏡で観察しすべて写真を撮影し、詳しく見てほしいと検察の依頼に対し再度検索し癒着がみられるところを写真に撮った。絨毛と他の栄養膜、脱落膜の見分けがつくようになったため、前回判断が困難であった部位も癒着胎盤と診断した。それによると子宮後壁の下半分、子宮前壁の中央から右よりに癒着がみられている。標本XX-27番では膠原繊維を認め前回帝王切開創と判明し、同標本は嵌入胎盤の所見を認めたのであり杉野医師の鑑定は信用できる。

杉野医師の鑑定力は十分で23年にわたり子宮胎盤含め病理診断をしてきた。杉野医師は可能なかぎり詳細に見て医大にあった10例の癒着胎盤症例の標本も観察し実際に鑑定書は適切かつ合理的である。弁護人は杉野医師の鑑定書は楔入(せつにゅう)とすべきところ(けつにゅう)と読み仮名をふったことから不適切と言うが、子宮7の標本も含め単なる誤記である。十分な鑑定能力を有しており胎盤の専門ではないからといって否定するべきではない。杉野医師は富岡警察署から依頼を受け、被害者の子宮を鑑定した。杉野医師は子宮より顕微鏡標本を観察しその処理に問題はない。相当期間にわたり直接観察したもので信用できる。写真6は内面の位置が誤っているとの指摘を受けたが、これは癒着胎盤の便宜上の説明にすぎないので位置が違っていても不十分ではない。弁護側は胎盤写真を資料としていないと指摘したが、子宮標本だけで十分に目的が達成されておりそもそも胎盤は写真しかない。杉野鑑定において、警察鑑定と検察鑑定の結果の違いには合理的理由がある。1月に検察から鑑定を依頼され杉野医師は時間をかけて観察を行った結果、癒着と判断した範囲が広がった。これは警察依頼による鑑定書作成時より詳細に観察し積極的に診断をすることが可能となったためである。杉野医師は12月17日に大野病院から病理診断の依頼を受け、後壁の深層までの癒着胎盤と診断している。この段階では4個の標本しか観察していないが、これは通常の病理検査として行ったのであり弁護側の主張する鑑定人能力を疑うという発言は失当である。第6回公判で杉野医師が子宮の顕微鏡写真をもとに癒着胎盤の範囲を3cm×2cmのプレパラートを用いて判断したことに対し、顕微鏡観察を用いると高倍率で観察範囲が狭くなると弁護側が批判したが、全ての標本を高倍率に撮影できないのであり杉野鑑定は問題なく信用性は高い。公判において前回子宮切開創のところでは癒着胎盤との判断はできないと答えたことで、検察調書と変遷していると弁護側は主張するが、杉野医師の供述では検察鑑定には写真7を参照し、癒着がみられる部位と判断できない部分があり、プレパラート毎に癒着と言っているのだから、検察鑑定書には癒着部位と帝王切開創のプレパラートで同じであるとし、公判では癒着部位とそうでないところがあり帝王切開創には重なっていないと明確にし、帝王切開創への癒着は診断できないと述べた。前提が異なれば供述内容は異なる自然なものである。杉野鑑定は十分信用されるものであり、癒着範囲は子宮後壁から下部にかけてクーパーで剥離した部分と一致している。後壁下部が嵌入と判断されるが、これは子宮上部から下部にかけて指が入らなくなったのでクーパーを用い、剥離に時間がかかったことと整合している。杉野医師は検察官の鑑定依頼により標本を再度観察しXX-27の嵌入胎盤と帝王切開創も明確にしており、術前に左側に胎盤が存在すると超音波検査で診断した被告人の証言と一致する。よって杉野鑑定は信用できる。杉野鑑定によれば子宮後面と前面に癒着を認め胎盤剥離は困難であった。

被告の検察官供述では、「用手剥離を開始したが、指が3本入らなくなり、2本、1本も入らなくなり、胎盤剥離を試みたが指が入らないのでクーパーを使用した」との供述によると、通常の胎盤剥離には1,2分で済むところ10分かかっている。岡村医師は被告が止血操作にとまどったと考えているが、その事実はない。剥離困難のためかかった時間といえる。広い範囲に癒着し深いことを示す。被告の検察官供述は信用できる。被告しか知り得ない事実を自発的に述べており臨場感がある。被告は検察官には確信的に胎盤の用手剥離が困難でクーパーを使ったと述べている。被告人は検察に不利益となる供述をしないのだから、被告人のこの供述は信用できる。ペアンで剥離し、15分で5000mlの出血があったとカルテに記載しており、医師記録では癒着(+)→出血増加と記載している。癒着胎盤の剥離により出血が増加したと認識していた。また被告人はワープロで自ら文書を作成しており癒着胎盤を剥離したと説明したが、これは自らの検察官供述と同じ内容である。4月20日の警察の取り調べにおいても、胎盤の下半分が癒着していてなかなか剥がれなかったと供述しており、任意の取り調べであるのでこの供述には任意性がある。被告は検察官供述は事実と違うと言っているが、それは合理的でない。用手で剥離できないと自発的に供述していた。弁護側は任意性を欠くと言っていたが相当しない。胎盤剥離時に指を押し込むのが、3本、2本、1本はあり得ないとしているが、被告人質問においても被告はそのように供述しており、警察官調書、検察官調書を否定できない。用手的剥離の際に、右手の甲が子宮壁側、手のひらが胎盤側と供述している。被告は7回公判でも右手を用手剥離に用いたと検察官調書に沿うので被告の任意の供述がそのままであるところ、自己の不都合となっている検察官調書を公判で否定したものである。池ノ上医師も手で剥離の際に指先を差し入れると供述している。被告人も同様である。弁護側は任意性信用性を否定しているに過ぎない。

被告人は術前超音波で確認しているというが、被告の公判陳述は信用できない。前回帝王切開創にかかっている可能性を患者にも説明しているから被告は癒着胎盤の可能性を認識していたと言える。それは被告の検察官供述とも一致しているのに、被告は公判では供述を翻したのだ。被告は検察官には胎盤剥離困難と供述しているが、公判では検察官調書とは異なる供述を主張している。しかし信用性は検察官調書が上である。弁護側は検察が予断をもって被告を長時間取り調べたと主張するが、任意性に疑いを挟む余地はない。不本意な理由として被告は「頭がぼーっとしていた」とか取り調べ捜査官から「そんなことはない」と言われ何も言えず伝わらず訂正してもらえなかったと述べ、訂正を申し入れると捜査官が怒ったと述べているが、曖昧かつ抽象的であり自己に不利益な供述調書を否定するものでしかない。具体的にな事実ではない。検察は暴行脅迫の事実はなく、被告人は弁護士とも面会していたのだから、単に被告の任意性に疑いを生じさせる事実はない。公判では被告は述べている内容が違う。誤りないと検察においては署名している。供述調書は問答が採録されており被告人の供述を正確に記した物である。

被告人は逮捕から起訴されるまで弁護人に接見している。もちろん自己に不利な証言は必要ないと助言を受けている。第9回公判で医学的な説明で取り調べに不満があったと被告は述べていたが、弁護人に伝えなかったと言っているのは不自然である。それまで被告は弁護人に不満を相談したと言っている。しかしそれを翻して第9回公判では弁護人に話していないと言っている。胎盤剥離ができなくなったからクーパーを用いたのではないと言っている。平成18年3月4日の警察官、検察官に説明してもわかってもらえなかったと言っているが、メモをとられたと思い検察にも同じ事を話したと言っており、検察官調書の任意性が認められる。クーパーの剥離でないという公判の説明では、自分からそう説明する必要はないのであり、被告が具体的なことを何故ウソをつくのか不自然である。結局明確な答えを被告はできなかったのであり、その理由は癒着が強く用手剥離できなかったということを認めれば自身に不利になるからであるとしか考えられない。本件過失を否認するには矛盾が生じている。被告は弁解の集積でしかない。現実には胎盤剥離は不能であり長時間の剥離操作が必要であった。癒着は深く剥離困難であった。被害者の胎盤は後壁から前壁にかけて癒着しており、深さは深かった

(4)クーパーによる剥離中に大量出血があった点

本件でクーパーによる無理な剥離で、短時間に大量出血をおこしたのは手術記録により明らかである。手術記録はペアンでかろうじて剥離可能であったが出血が多かったと被告人自らが記載している。T助産師は5000ml出ていますという報告を聞いたと供述している。午後2時55分にH医師が輸血を開始の前に、この状況を認識していた。癒着胎盤の剥離時に3000mlの出血と被告が説明した被告の記載と、院長に説明した内容と合致する。午後2時40分の時点からクーパーによる胎盤剥離開始後に出血量が増加しており、15分後までに出血量が約5000mlに達した。2時45分から3時07分の間に5920mlもの出血増加がみられる。この間出血量の報告がなかったことはありえないのであり、この間に出血量の計測と5000mlの出血の報告があったはずである。麻酔記録によると、2000ml、2555ml、7675mlとなっており、2時55分には5000mlの出血が認められる。

血圧低下と脈拍の状況は、午後2時35分にBP150/50、PR100。午後2時40分BP100/50、PR110。クーパーでの剥離開始後の午後2時45分にはBP80/40、PR120。2時50分BP80/40、PR110。2時55分BP50/30、PR70となった。2時40分からの血圧低下は2時40分からクーパーによる剥離開始し、H医師がpumpingを開始した時点と一致する。2時40分から癒着胎盤からの出血が増加したのである。

弁護側は血圧低下と脈拍上昇が一致しないと指摘するが、これはH医師の処置を無視している。pumpingを開始したにも関わらず出血量が増加したからに他ならない。脈拍増加のところ2時55分には血圧50/30にかかわらずPR70というのは、この頃心臓のダメージによりショックになっていたのである。血圧70/30、PR110は、H医師が2時55分にノルアドを投与したためである。弁護側の主張で2時50分より後に出血が増加したとすると、数分後に血圧が低下したとなり不自然である。2時40分からの出血増加は胎盤剥離による大量出血である。

麻酔記録の上部にヘスパンダー投与の記載があり、2時55分に※と書かれている。2時55分頃に5000mlの出血量報告があったと認められる。それ以降に出血が増加したと弁護側は言うが、それはない。2時40分にH医師はpumpingを開始しており、2時55分にノルアド投与開始しているのとに合致しない。2時55分に5000mlの報告があり、処置などの動きがそれによりあったのだろうと考えられる。

イ)出血量の記載には遅れが生じることについて

血圧、脈拍、薬剤投与はリアルタイムに記載される。しかし出血量計測は看護師の計測、報告、麻酔医による記録というように時間的に遅れが生じる。また、介助のM医師は出血を吸引し看護師はガーゼをカウントした。吸引による出血量は吸引ボトルの目盛りを読み、ガーゼは数枚の重量を計測し看護師は用紙に記載し口頭でも報告する。このため出血量記録のプロセスは、記載に遅れが生じる。2時50分にガーゼ圧迫を行った場合、2時52分の出血量のところではその出血量が含まれていない。供述ではガーゼ20枚による圧迫を5分と言っている。5分圧迫後ガーゼを取り出し、計測が5000mlに達したと考えられる。麻酔記録ではリアルタイムなものは血圧、脈拍数、薬剤投与は2時55分までH医師は正確に記載している。しかし出血量はおおまかである。30回ほど看護師は報告したというが、麻酔記録には10回しか記載がない。よって麻酔記録による出血量は正確ではない。

患者の手術中に医師は自らの確認と看護師の口頭報告を受けている。H医師も出血の記載は正確でないと述べている。輸血開始をみても2時55分より少し前で5000mlとの出血報告があったと考えられる。出血量が2時55分に5000mlとすると、2時40分から50分の間に200ml/minの速度の出血があり、2時40分までは出血は85ml/minにとどまる。クーパー使用開始後の2時40分を境に出血量が増加し、クーパー使用が大量出血を招いたのは明らかである。羊水量800mlというのは、胎盤が大きく羊水が多かったというが記載がないので、羊水量の正常上限である800mlと仮定する。2時55分から3時07分までに233ml/minの出血があり、2時40分から3時07分まででは200ml/minであった。子宮内壁の出血に符号する。2時55分の時点で出血量が増えていたのはクーパー使用開始後に出血が増加したという検察官供述と符号する。被害者の麻酔記録では、2時50分に胎盤を娩出してから出血量が増加していると被告は言うが、341ml/minが3時37分まで27ml/minと減少して再び出血が増加して一時間経過し、4時には止血したにもかかわらず720mlもの出血がみられることになり、麻酔記録と処置の内容が合致しない。閉腹してから蘇生までの間にも1000mlの出血があったということになり、あわない。以上のように麻酔記録の出血量をもとに考えると矛盾が生じてしまうのである。麻酔記録の出血は現実とあわないので、クーパーによる剥離中に出血は少なかったという弁護側の主張は合わないのであり、5000mlの出血があったのである。

ウ)関係者の供述もクーパーによる胎盤剥離中の大量出血を裏付ける。H医師はクーパーによる胎盤剥離中に看護師より2000mlの出血量報告を聞き、2時40分にはM医師による吸引血液量も増加したため、点滴の2本のルートのうちの左側1本を使いpumpingを開始した。血圧低下したので、pumpingでヴィーンFを点滴し終え、ヘスパンダーを開始した。これが2時40分から2時45分の間である。クーパー剥離中のため子宮の内側がわからなかったが、広い範囲から湧き出る出血があった、それはクーパー剥離が始まってからであったと供述している。検察官調書は正確である。具体的かつ詳細である。これは被告人の検察官供述にも合致する。H医師は検察官に自己の供述は記憶と異なり不本意に感じたので訂正したことはないかと問われ、あるかもと述べた。警察より検察官に細かいことを話したと言っている。自己の供述が正確であると評価できる。署名も訂正後に行っているので、自己の供述の正確性に注意を払っていることは明らかである。検察官の調書の際に心理的な圧迫はH医師にはなかったので、影響はなかった。自らも被疑者として警察に不利な供述はしないと考えられるが、被告が胎盤剥離で出血が増加した、被告がクーパーで胎盤剥離中に出血が増加したことを認めている。

エ)公判時のH医師の供述について

H医師はpumpingを開始したのは2時45分だが、ヘスパンダーを開始した時間は不明と述べている。ヘスパンダーが後だと思うが思い出せないと述べた。血圧低下でヘスパンダーを開始し、出血は覚えていない、出血があったが、血圧低下が主だったと思う、出血については記憶が曖昧と供述した。わき上がる出血については記憶が定かでない、時間が特定できない、2時55分より前か後か記憶が曖昧で、被告人の行為も曖昧であると述べた。この公判供述は信用性が低い。覚えていないと再三強調している。血管については記憶が曖昧と述べている。湧き出る出血も記憶が曖昧といっている。pumpingによるヘスパンダー開始も思い出せないと述べ曖昧な供述に終始した。公判で被告の認識以外にはH医師の供述内容が重要であり、H医師において、社会的な要求や公判出廷した産科医師からの無言の圧力により心理的な抑制が強く働いていたのであって、被告人を不利にする供述を意図的に避けたのである。大野病院で被告人はH医師と同僚であり、被告人が過失を否定し産科婦人科学会や多くの医師が裁判に注目し、H医師も公判前に弁護人に面会し、H医師もそれを認識した。医師としての心理的な影響から被告人に不利な発言を行うことを避けたものである。緊張が不自然である。公判供述では、被告人の過失は疑問と供述したが、H医師は産科は専門外であるのに、被告人の腕が悪いということはないと言っている。H医師は被告人に不利な認識を供述できないという抑制が働いたことは明らかであり、公判供述は信用できない。

イ)M医師は正面から吸引を行っていた。第2回公判で、被害者において、剥離でクーパー使用前より後では出血量が多くなったと述べた。剥離面からの出血と述べていた。弁護側は質問はものすごく大量ということではないと述べている。M医師は抽象的であり弁護人の抽象的な問いで明確に否定していない。広く湧き出る出血はあったのだろうと考える。ガーゼ圧迫では止血できなかったのであり、次第に増加したと述べている。弁護側は手術の麻酔記録の出血量をもとに主張しているが、M医師の供述とに整合性なく、時間は実際を反映していない。

(1)被告人が警察に対して、

ア)剥離中に出血が増加したことを認めている。2時45分に被害者が気分不快を訴えクーパーで剥離中に湧き出る出血があったと供述していることは、被告人しか知り得ない事実であり、手術記録にも剥離に時間がかかり出血が多かったと記載し、剥がしているときに出血が多かったと遺族にも説明している。記載された説明は実際に説明した直後のものであり信用性が高い。

イ)公判の被告人証言は信用できない。被告の責任逃れのため虚偽の供述である。超音波検査で羊水は十分としか記載しておらず、多いとしていない。2000mlも羊水があるとは言っていない。ゆえに信用できない。公判では手術中で5000mlということで胎盤剥離中に出血が多かったと記憶していたにもかかわらず、麻酔記録を見ると胎盤剥離中の出血が多くないと判断した。被告は看護師の報告だけでなく、出血量は自らの体験を記載し、剥離中の出血増加と説明したはずであるが、検察官に麻酔記録を参照しながら供述していたはずであり、胎盤剥離中に出血が増加したとは自己の記憶に忠実と言える。被告はS院長には剥離後に出血が増加したと言ったと言っていたが、それは記載の説明と違っており不自然である。自己の過失を否定するには虚偽の供述をも厭わない被告人の態度の表れである。被告は出血の報告を聞いた覚えはないと述べているが、取り調べでは記憶に残っていないと検察に言い、公判では2555mlは覚えていると言っており、自白を避けるので麻酔記録通りと弁解していると見る。14時25分にもBP80/と胎盤剥離中の血圧低下は異常と思わなかったと供述しているが、多い出血量と胎盤剥離中の血圧低下を無視することはあり得ない。出血が多いと子宮摘出が必要と認識していたのであれば子宮出血には何よりも注意を払っていた筈なので、血圧低下には注意していなかったというのはおかしい。pumpingにもかかわらず血圧低下を奇異と思わなかったというのは、被害者の全身状態を無視することであり異常と言わざるを得ない。以上、被害者の癒着胎盤をクーパーで広く剥離したことは重大な過失である。

予見可能性について

胎盤の用手剥離中に癒着胎盤と認識したのであり、剥離を続ければ大量出血の予見が可能であった。癒着胎盤の頻度は1/2000〜4000と言われているが、帝王切開の既往と前置胎盤?のリスクがあれば頻度は増加する。脱落膜の発達が不全な子宮下部では、前置胎盤?では5%以上であり、帝王切開の既往もリスクである。前回帝王切開の前置胎盤?では高頻度で癒着胎盤がみられ、24%の高頻度である。癒着胎盤は無理に剥離すれば出血するのであり、癒着胎盤の剥離が危険なことは基礎的な知識である。被告人から押収した所有の医学書にも記載されている。前回帝王切開であり癒着胎盤の頻度が高いのは認識していたはずである。帝王切開創にかかっていると24%であり、かかっていないと3〜4%と認識していた。弁護側は帝王切開の既往で癒着胎盤を考慮したが、十分な検査でかかっていないと認識したと述べているが、全前置胎盤?で内子宮口を覆っており、医師記録において部分前置胎盤?とあるのは全と部分を誤解していたのであり実際には全前置胎盤?である。XX-27は瘢痕組織が前回帝王切開創の糸と考えられ、嵌入胎盤である。中山医師は胎盤は3/5が子宮後壁で27cmかかっており9.8cm子宮前壁にかかっていたと鑑定しているので、帝王切開では横切開にかかっていたとすれば、帝王切開創にかかっていることを認識していたのである。平成16年5月6日に超音波検査で前回帝王切開創を推定したが、その後超音波検査で特定できなくなったので、推測し、前回帝王切開創を特定できていない。超音波検査で子宮正面の左側に胎盤があると推測しており、胎盤は前回帝王切開創に付着している可能性を認識していた。公判ではかかっていないと供述しているが、自己の不利になる認識を変えたのであり検察官供述のほうが公判より認識できる。癒着胎盤を超音波検査では否定できないのであり、胎盤と前回帝王切開の関係は伺えない。超音波検査では胎盤と前回帝王切開創の位置関係は記載されていない。

癒着胎盤の危険性を認識していたことはカルテを見ても明らかである。被告弁護人は尿潜血が陽性から陰性になったことで癒着胎盤の疑いがなくなったと主張しているが、被告人が胎盤がかかっていることを認識していたのは明らかであり、当然胎盤が前回帝王切開創にかかっていることを認識していた。尿潜血陰性でも胎盤がかかっていることを否定してはいない。医局のS医師に、胎盤が帝王切開創にかかっていないのではないかと話したと言うが、S医師は被告の先輩なので被告に不利でない供述は信用できない。癒着胎盤について患者と夫への説明で、胎盤が帝王切開創に付着しやすいと説明しており認識していたという供述に合致する。このため被告は子宮摘出に含みを持たせた。被害者が癒着胎盤と認識していたという証拠である。前回帝王切開と双葉厚生病院のK医師も覚えており、本人はあえて事実と違うことを話したと供述しているが不自然である。あえて依頼していることからも癒着胎盤を事前に認識していたのは明らかである。出血量が多かったり胎盤が癒着しているなら子宮全摘するとH医師にも説明しているのは当然である。被告は癒着胎盤を認識しており、被告は手術前に子宮摘出の準備もしている。双葉厚生病院の医師にも応援依頼しており、前置胎盤?ではなく癒着胎盤との認識を持っていたのであり、胎盤は前回帝王切開創にかかっていたのである。被告はリスクが高い要因である、子宮下部への胎盤付着、前壁左半分のみを記載している。手術前に確認していたら事実と異なる内容を記載するはずがない。U字切開もこの胎盤を避けるためである。カルテの記載においてもU字切開で胎盤左よりを切開すると書き込んでおり、被告自ら右半分にU字線をひいている。子宮標本も同じ切開創があり、被告があえて左下部に切開を行ったのは、左下部に胎盤がかかっていたことを認識していたからである。胎盤と前回帝王切開創について検察に、前回切開創と切開位置確定と説明していた。検察に対する被告の発言は整合性があるが公判では整合しない。胎盤面を認識していたのに自己の不利益のため供述を翻したのである。認識はしていたのであり術前に帝王切開既往と胎盤付着を認識していた。癒着胎盤も認識していた。子宮表面の血管怒張も癒着胎盤のサインであり、被害者の子宮壁にも血管怒張がみられていた。S助産師の発言にも、血管がぼこぼこしていたとある。プローベをあてた際にM医師も子宮に静脈怒張を見たと証言しており、O看護師も子宮表面の静脈隆起を認めたと証言している。被告自身も怒張を確認した。

U字切開を行い、胎盤がかかっているか確認した。これは術前に胎盤がかかっているかわからなかったことの表れである。下部全体の超音波検査を行ったとしても、右より切開なので左よりには胎盤がかかっていたのを確認した。弁護側は、岡村医師により術中超音波検査について、切開前に超音波で胎盤が切開創にかかっていないことを確認したと評価したが、さしたる根拠なく胎盤が切開創にかかっていないと理由づけている。岡村医師の鑑定は疑われる。

子宮収縮により胎盤が剥離する、又は臍帯を牽引して胎盤を剥離する。しかし本件では胎盤は剥離せず子宮がもちあがった。子宮収縮不良と考えたが子宮収縮剤投与、マッサージ、臍帯の牽引を行っても胎盤が剥離しなかった。これは癒着胎盤を認識させるものである。用手剥離は始め3本の指で剥離できたが、しかしだんだん剥がせなくなり指が入りづらくなり2本、1本も入らなくなり癒着が強かった。指が入らなかったことはないと公判で供述しているが、これは信用できない。

病理医は胎盤の用手剥離困難が臨床的診断だと言う。中山医師の鑑定でも、被害者の癒着胎盤を認識し、被告は癒着胎盤と思ったと思いますと自認している。胎盤剥離できない理由に子宮収縮不良と考えていたがこれで癒着胎盤を否定したということではない。仮に用手剥離時に収縮不良があったとしても、剥離不可能になり癒着胎盤と考えている。だからクーパーを使用した。前置胎盤?前回帝王切開の患者を癒着胎盤と認識していた。遅くてもそこまでに癒着胎盤と認識したと認められる。

剥離継続により大量出血は予見できた。癒着胎盤の剥離してはならないのは常識で母体死亡の原因と記載されている。被告も大量出血について知っていた。

医局のS医師との対話で、前回帝王切開の前置胎盤?の手術をしたら予想よりひどく20000mlの出血があった症例があったと言われている。胎盤剥離を継続したら大量出血は予見可能であった。被害者の用手剥離の時点で癒着胎盤であることを認識し継続したら被害者の健康に被害を与えるのは予見可能であった。

裁判長: まだ半分以上残っていますが、一旦休憩。検察官はもっと速く読み上げて下さい。

(15:48再開)

胎盤剥離継続の際に子宮癒着の認識をしており剥離を継続すれば大量出血をきたし生命の危険が生じることは予見可能であり、子宮摘出に移行する義務があったが、被告は剥離を中止せずクーパーを使用し漫然と剥離を継続した。弁護側は剥離中止の義務はなく相当な処置であると主張するが、

1)子宮摘出を行えば大量出血は回避できた。

ア)剥離中止し子宮摘出への移行は可能である。術前検査で全前置胎盤?と認識しており子宮摘出の可能性を認識していた。子宮摘出に移行できるよう体位を砕石位とし輸血を準備していた。看護師、麻酔医にも子宮摘出の可能性を説明してあった。

イ)術前より子宮摘出を認識していた。12月14日に被告は夫妻に不十分ながら帝王切開の危険性を説明し子宮摘出の同意を得ていた。胎盤の剥離困難となった時点で被害者は意識があり近くには夫も待機していたのであるから、子宮摘出の同意を再確認して摘出を行うことは容易であった。午後2時40分の時点で血圧100/50、脈拍110で麻酔記録では出血量が羊水込みで2000mlであるから、全身状態は悪化しておらず子宮摘出は可能であった。

弁護側は子宮摘出術の実行は困難であったと言うが、田中医師の供述から胎盤が子宮に残存していても子宮全摘術は可能であり、被告は患者から子宮摘出の同意を得ていたのであり、剥離前に同意の再確認も可能であったのであるから、子宮全摘術が第一選択であった。もし子宮全摘の同意が得られなかった場合にも、胎盤剥離を中止し一旦閉腹し抗がん剤投与により子宮温存が可能であった。子宮内壁への胎盤癒着認識で子宮全摘を行っていたなら大量出血は回避できた。子宮後壁下部の胎盤剥離中に出血量増加は、用手剥離困難を認識した時点で動脈は開口されていなかったので、出血には至っていない。池ノ上医師の根拠は胎盤剥離を中止しても出血の可能性があったと主張するが、被告が用手剥離困難と認識した時点では出血はなかったのであり速やかに子宮摘出ができたから、胎盤剥離継続と比較しても出血量が少なかったはずである。剥離困難の時点で中止して子宮摘出に移行すれば剥離面からの出血も発生せず、癒着胎盤の認識で子宮摘出に移行することが医学的遵則である。

A)被告より押収した医学書には、無理な胎盤用手剥離は危険であると書かれている。大量出血の可能性が高いので、子宮全摘を行うと記載されている。弁護側が請求した医学文献にも、無理な用手剥離を行わずすぐに子宮摘出に移行すると記載されている。胎盤剥離の危険は大きかった。大量出血により用手剥離困難で癒着胎盤であると認識した時点で出血の予想はついたのであり、30分の間に7000ml以上の出血を起こさせており、合計20000mlもの大量出血が生じた。手術室には麻酔医はいても産科医は癒着胎盤を取り扱っていない被告のみであり、準備されていた輸血は5単位にすぎず、輸血を発注しても到着には1時間以上かかった。こんな所で被告が癒着胎盤の剥離を継続したら、大量出血により死亡させる蓋然性は予見できたのである。

B)一方で、胎盤剥離を中止子宮摘出が可能であり、被告が子宮摘出をしていれば被害者は失血死することはなかったのである。

C)よって、十分に剥離により出血死は予見できたので、注意義務違反である。被告も医学的遵則に反しているという認識があった。田中医師も癒着胎盤で剥離を中止すると述べている。鑑定では、被害者について、第5回公判で、胎盤の剥離を中止すべきであり、クーパーによる剥離は行うべきでなかった。癒着胎盤の診断がなされた時点で子宮摘出の準備と輸血の発注、患者の同意確認と、医師の応援を依頼しておけば、結果良かった筈である。本件を予見して処置を行う必要があったと証言している。田中医師は十分な鑑定能力を有し分娩数の経験も十分で、今も大学病院の周産期医療センター長として十分な経験と見識を持つ。弁護側は田中医師が産科の専門ではないと非難するが、癒着胎盤の頻度は低くても注意すべきということでどの教科書にも記載があるのだから、かかる事項の鑑定には産科の大家である必要はない。弁護側の岡村、池ノ上の両人の鑑定書は分量が田中医師の鑑定書よりも少なく結論のみが記載されている。田中医師の鑑定書は理論的明確性に勝っている。弁護側の非難は結論に重きをおいているのみで失当である。

D)田中医師は十分な資料を分析している。H医師、M医師、看護師、遺族の調書も参照し把握した。資料から認定できる事実鑑定を前提に鑑定を行っている。事実経過に一致している。中立性が認められる。田中医師は被告当人とは利害関係にない。平成17年3月には産科医会学会から抗議声明が出されたが、田中医師はそれ以前の12月6日に中立の立場から鑑定を行い、被告の誤りを率直に非難している。公判でも証人として過失を認定する証言をしたので強い確信があるものである。田中医師の学識経験は十分であり信用に値する。被告は剥離を中止し子宮摘出に移行する義務があった。被告がクーパーによる剥離を継続したのは過失としか言えない。

E)予見により無理に剥離したことが過失であること。クーパーが問題であるのではなく、クーパーを用いなければ剥離できないくらい強く癒着していた、ということが重要な過失である。被告はこれを弁解し正当性を主張している。しかし手で剥離できず一連の作業の中でクーパーを使い、出血が生じないかも、と刃を閉じたようにして削ぐように剥離した。速く剥離使用として用いたなどと供述した。検察にはクーパーと用手剥離を併用した旨を供述していなかった。被告は1回公判ではクーパーを用いた理由は用手剥離ができなくなったからと言っていた。弁護側もクーパーを用いた理由については侵襲を減らす処置であると述べた。第5回公判では、剥離しずらくなったのでクーパーを併用した、丁寧に用手でできるところは用手で剥離した、クーパーより用手剥離のほうが速かったと供述した。この供述の変遷には合理的な理由はなく、自己の責任逃れの辻褄合わせでしかない。弁護側は被告の検察官供述は任意ではないと言うが、第1回公判から7回公判の間にも被告は供述を変遷させているのだから、被告は罪責を逃れるためだけに供述を変遷させているのであり、被告の検察官調書の任意性には全く問題はない。クーパーについて被告は操作段階では供述していないにもかかわらず、弁護側には話したと供述しており、これが弁護側から指摘されるのではなく被告人から出たのは奇異である。弁護側は主旨が変わらないと強弁するがクーパーの方が速度が遅かったというのは矛盾する。クーパーが用手剥離ができないために用いたという事実が認められないので、子宮剥離に時間がかかったのを認められず、説明を変えたというのが自然である。被告の公判供述は不自然であり、胎盤を出してからクーパーを手首に向けて、というがM医師、H医師がそういう供述をしておらず、用手剥離できなかったということを否定しただけでありなぜクーパーを用いたかという合理的な説明を一切していない。どの位置に用いたかなど具体的な供述がなく曖昧である。被告は止血はかろうとしたというが、そもそも子宮頚部では止血困難であり、子宮下部に向けて剥離を継続したというのは不自然である。弁護側は弁4号証で子宮下部も胎盤剥離後収縮すると述べているが、この図は子宮の進展を図示したものではない。被告はクーパーによる胎盤剥離はほとんど剥離が終わってから使用したと述べたが、中山医師の鑑定書の癒着胎盤の範囲や、胎盤の写真から、用手剥離がわずかな範囲であることは明らか。以上より被告は自己の処置を正当化しようとしたが、論理破綻したのである。癒着の危険性を過小評価し軽く判断して安易にクーパーを使用した。遅くても癒着胎盤と認識し、大量出血を予見し、胎盤剥離を中止し生命の危険を未然に回避する義務があり、過失がある。

被害者の死因は出血性ショックであり被告の行為と被害者の死亡には因果関係がある。失血をもたらしたのは、癒着胎盤の剥離による剥離面出血である。

死因は失血死である。

ア)平成16年12月17日午後2時55分に血圧低下し、午後4時30分輸血により血圧が上昇するまで、血圧は60/30、PR120であり、午後4時45分BP80/60、午後5時45分に100〜80/80〜50、PR140。午後5時45分血圧低下し6時に心室頻拍、心室細動になり、午後7時1分に死亡した。この間20445mlの出血があった。田中医師は鑑定で、大量出血による心室細動と診断し、カルテや術前検査から心筋梗塞はなく帝王切開中にショックとなり循環不全で心室細動としている。カルテの検討から大量出血以外からショックに陥ったとは考えにくいと言っている。他の部分も慎重に検討している。結論は十分に信用できる。被告も自らカルテや死亡診断書に大量出血による心室細動と書いている。手術記録にも癒着胎盤→剥離による大量出血→心不全と記載した。死亡診断書にも、ア.直接死因 心室細動、イ.その原因 出血性ショック、ウ.その原因 妊娠36週 癒着胎盤 帝王切開術 エ.その原因 不明 と記載している。心室細動と診断しており、H医師も出血性ショックによると診断している。死因は出血継続によるショックであり出血性と供述しているのと符号する。心室細動に陥る前に10945mlの出血があり輸血や輸液を考慮しても循環血液量の絶対量は不足していた。午後4時35分までBP 60/30、PR140が続き、循環血液不足が続くと末梢循環が阻害され悪い状況になる。1時間以上持続したことにより不可逆的なダメージが及んだ。ショックから回復できず失血死以外考えられない。田中医師は根拠をあげ羊水塞栓を否定している。胸部苦悶や呼吸困難の訴えはなかった。弁護側は池ノ上医師が、羊水塞栓も考えられると言うが事実関係を誤認しており、被告の責任回避のためさしたる根拠もないのに失血死以外を挙げているに過ぎない。

被害者の死因は大量出血させた被告の剥離行為の中に因果関係がある。

田中医師は胎盤剥離面からの大量出血が死亡への因果関係があると鑑定した。手術経過の分析から出血性ショックは剥離による血管の切断端からの出血によると考えられるとして、因果関係を肯定した。田中医師は経験学識十分であり分析も十分に行っている。最終的に因果関係を肯定しており信用できる。被告も癒着剥離による死亡と断定しており、カルテに出血の原因から順を追って死因を検案し死亡診断書に記載した。被告は被害者の死後まもなくは出血性ショックが死因でその原因は癒着胎盤の剥離であると認識していた。弁護側の池ノ上医師の鑑定でも大量出血の原因は癒着胎盤剥離面からの出血としている。癒着胎盤の剥離で大量出血によるショックにおちいったと言っている。公判でも被告、H医師より、胎盤剥離中に大量出血をきたしたことが記録されている。大量出血は剥離面以外からは考えられない。継続的に出血があった。その他からの出血は考えられない。

産科DICは否定される。弁護側は産科DICも原因だと主張する。田中医師も産科DICを可能性として指摘しているに過ぎない。被告は手術中にコアグラを確認しており、M医師も被告ともDICを否定する発言をしている。第5回公判、7回公判では、DICと述べているが、その根拠は出血量が多いことのみであり、胎盤を剥離したら出血量が増加するはずなので、DICであるから出血量が増加したのではない。池ノ上医師によると、DICであるのにさらに剥離を進めたとするのは不自然である。DICの原因も癒着胎盤を無理に剥離したもので、因果関係を否定されるものではない。胎盤剥離と死亡との因果関係は明らかである。

弁護側証人である中山医師によると、癒着胎盤の範囲は狭く浅かった、かつ被告人には癒着胎盤の予見可能性がなかったので剥離は妥当な処置であると主張する。池ノ上鑑定、中山鑑定は、鑑定が信用できない。中山医師によると癒着胎盤の部位は後壁の中央の右側のみであり深さは5分の1程度であったと判断するが、中山医師は鑑定資料を十分に観察せず結論ありきであり信用できない。子宮の鑑定書では、胎盤の癒着範囲、分葉胎盤あるいは膜様胎盤と呼ばれるもので子宮後壁に付着し、顕微鏡観察でも絨毛が広く観察できることから膜様胎盤と矛盾しないと述べている。深いところで子宮筋層の5分の1程度の嵌入胎盤であると述べた。1ヶ月後の8月28日に鑑定書の追加を作成し、出廷し結果を供述した。絨毛組織はばらけやすいため手術時には絨毛は破壊されアーチファクトの可能性がある。分葉胎盤では脱落膜の欠損が明瞭で胎盤の写真、卵膜絨毛組織をみると子宮前壁に癒着はなく絨毛のところは癒着があったと考えられない、後壁下部に癒着があると述べた。癒着以外の絨毛を観察し癒着とは言えないと述べ、前壁のXX-27は頚管部の可能性があり、糸の周囲は古くない、中山医師の鑑定が不十分であると述べた。しかし鑑定経過をみると6月に弁護士から連絡を受け、写真とカルテで意見を述べ、8月18日に標本の観察を午後1時から4時50分まで行い、顕微鏡写真を作成した。どれだけ時間をかけたか不明と述べた。鑑定書の追加を弁護側から頼まれた際には直接標本を見ないで写真の観察をし、追加鑑定は自分で行ったと述べたが中山医師本人の証言でも、子宮の鑑定では直接鑑定するほうが有意義であると述べている。しかしわずか4時間弱の時間に40枚の標本の観察や多くの作業をしたと述べており、観察の時間は短い。追加鑑定で改めて直接観察もしていない。多数の診断を行っている中山医師が一年前に観察したものを覚えているとは思えない。50〜60枚の低倍率の写真は制度が低く、プリントアウトは直接観察に比べて精度が低い。癒着胎盤の程度はあくまで写真で鑑定しており、撮影条件でも変わるものなのでその正確性に問題がある。脱落膜欠損の範囲を胎盤の母体面側に楕円形で記載しているが、公判で主張した範囲は鑑定書のそれより狭い。確たる理由もなく範囲が変わるのは写真による鑑定の困難性を示している。そうでなければ杜撰であるとしか言いようがない。XX-20で中山医師は特定し公判のときには鑑定書と違う意見を述べたのは、写真の使用が限定的ということでしかない。脱落膜の存在範囲と顕微鏡観察で楔入を認めたとする後壁下部の部分が一致してしまい不自然である。胎盤写真を殊更に重視する中山医師の鑑定は不十分である。前壁には癒着がないと言っているが、前壁に脱落膜がある根拠とはならない。脱落膜が観察されている後壁について楔入といっているのだから、あてはまらない。内側が滑らかと言っているが前壁が滑らかというのは子宮頚部に近い写真であり、杉野医師の鑑定でも癒着がないとした部位の写真であるので不適切である。中山医師は顕微鏡を用いて退化壊死絨毛をアーチファクトとしているが、恣意的で合理性に欠ける。絨毛は胎盤形成しなかった絨毛は退化消失している。妊娠末期には絨毛は退化消失するのだから、この件で絨毛が退化壊死しているのは当然である。中山医師は絨毛の退化壊死は胎盤付着がなかったということを前提に胎盤付着の可能性を前壁について考慮していない。全前置胎盤?であったことからアーチファクトの可能性よりも前壁で絨毛が存在していると言えないと、中山鑑定はアーチファクトを過大評価している。それならすべてアーチファクトであるべきである。アーチファクトの可能性は当然当初から考えていた筈なのに、当初の鑑定書では言明せず追加の鑑定でアーチファクトを述べるのは不自然で疑問を生じさせる。子宮前壁に癒着がなかったという結論を導くための方便であり癒着胎盤の否定にはならない。XX-27は子宮頚管部ではない。27は絨毛をアーチファクトとしているが、杉野鑑定書は子宮を縦に切り39ブロックに分割し左から2番目のBの下部にある。前面の写真で標本27は一目瞭然である。中山医師は8分間、Dの下の三角形が連絡する甲6号証は連続性が明らかで三角形は違うところと連続している。子宮前面下部はXX-27、31がみられる。27,31は体部と考えるのが自然である。27が頚管部なら31にも頚管部で胎盤が存在する筈である。しかし31は楔入胎盤としている。絨毛かと認定できる高さと同じであり、27と高さが同じ標本は体部であり楔入としている。27だけ頚管部とするのは拙速に過ぎない。当初の鑑定は頚管部である。追加では改めて観察もせず信用できない。27は頚管部ではなく体部であることは明らかである。27の癒着を否定するにはアーチファクトを言わざるを得なかったことであり、27は絨毛のときは手術手技であってアーチファクトの可能性は低い。27では癒着がないとしているが、子宮体部なので体部に胎盤が癒着していても不思議ではない。27については体部であるから、絨毛が一カ所でなく複数で観察されている。アーチファクトとは考えにくい。27は前回帝王切開創の糸である。中山医師が前回帝王切開創でないと言っているが、27が子宮体部であり帝王切開創として矛盾市内。彎曲部の連続性からも推測できる。コラーゲン繊維ができる27の周りはコラーゲンである可能性から今回の帝王切開創でなく前回のものである。中山鑑定では嵌入の程度は顕微鏡観察と肉眼観察で5分の1と供述している。割面で再現した計測には誤差が大きい。胎盤と筋層を特定しているが、公判では20の癒着を特定する際に誤っている。収縮の違いで収縮前後で変化するため、嵌入胎盤はもともとは特定しがたい。中山医師も認めるとおり、基準線は大まかで実際より浅く計測される。中山医師による計測は幅が大まかなもので杉野医師の厚さの比較によらないものの方が正確である。田中鑑定、池ノ上鑑定では写真に精通していないだけで5分の1を越えている。中山医師は深いXX-22が嵌入部の子宮壁が薄いのは明らかである。結果には合理性が乏しい。中山鑑定には中立性正確性が乏しい。中山医師は周産期学会と関係が深い。学会からも抗議声明が出されている。鑑定結果には資料が不足している。一定の結果を推測のもとにかかれており、追加鑑定の前にも変遷がある。中山医師は追加鑑定の際に弁護側の補助を受けている。27の癒着を否定するため、頚管部と言っているに過ぎない。嵌入はあるが5分の1とした鑑定資料を十分に検討していないので信頼性に乏しい。

岡村医師の鑑定は公判では術前検査の鑑定を行った。第9回公判に出廷し、術前診断では癒着胎盤の診断は難しい。超音波検査の診断割合は33%、所見、MRIは超音波検査を上回らないと述べた。6月15日に超音波検査で胎盤は後壁付着で前壁には低い位置であり、12月3日には後壁で、血流は認めるが癒着胎盤ほどではない、12月6日に癒着胎盤の可能性は低いと診断したと、MRIは行う必要がないと診断したと述べた。手術中の予見可能性については、用手剥離は納得出来る方法であり剥離困難な場合も、臨床的癒着胎盤とは言うが胎盤を剥がさなかったことはなく、癒着胎盤と思わなくてもやむを得ない、剥離困難だと予見できる余地はなく、剥離を途中でやめても出血が続く。クーパーを使うことについて、クーパーには色々な使い方があり自分も同じである。岡村医師の証言は信用しがたい。前回帝王切開では高い頻度で癒着胎盤を認めるが、岡村医師の証言でも前回帝王切開創に胎盤がかかっている可能性は否定されていない。リスク因子があり、根拠がなければ可能性は排除できないのであるから、確定診断ができないからといって、否定もできない。擬陽性もあるが、確定的にあるとも診断できないかわりに、ないとも診断できない筈で、術前に癒着胎盤がないとは診断できないはずである。被告がその可能性を排除しているとすれば過剰診断である。超音波検査は写真からの判断は難しいのに数枚の超音波検査の写真で癒着胎盤が言えないというが、あくまで癒着胎盤は写真にはないというのみである。岡村医師はあれば被告は写真を撮っただろうと言っているが、これは被告が十分な知識がある場合のみである。岡村医師は超音波写真だけでは診断不可能と言いつつ超音波検査から可能性がないと言っている。これは被告の高評価は単に過失を否定するためだけのものである。血流(+)も癒着胎盤ではないと言うが、癒着胎盤があれば血流豊富であり癒着胎盤の可能性を疑う筈である。慎重であれば疑って当然であるから、疑っていないという推論を導きたかったのが明らか。嵌入胎盤は再三超音波では予見できなかったというが、岡村医師の超音波の回数はさしたる根拠がなく見つからなかったと言っている。MRIについては自らの教科書では癒着胎盤の診断に有用であるとしているので証言は客観的ではない。岡村医師は手術経過については、前提とする記憶が癒着の程度が浅かったということなので弁護側が間違えた前提条件を与えている。被告は胎盤下部から出血があったとしている。被告は後壁下部から進めているが、用手剥離の際には下部はまだ剥がれていないので前置胎盤?の出血だと考えるのは間違いである。被告の主旨がかかる事実は不利な鑑定を避ける岡村医師の鑑定は信用できない。杉野鑑定では前壁にも癒着があり後壁にも広い範囲で癒着があった。岡村鑑定では中山鑑定を前提にしており専門家であっても前提が違う。嵌入、穿通は通常の胎盤に比べ剥離しやすさは困難となる。この困難性を癒着胎盤の診断に考慮しないのはおかしい。困難性を認めないのは前置胎盤?と癒着胎盤の出血量の違いで診断するというが剥離困難性を考慮していないのはおかしく不適切。処置の前提が実際の事実と違うので鑑定の結論が違っても仕方がない。実際には癒着胎盤の剥離は胎盤下部が剥離されていないので妥当ではない。被告の剥離方法を認識していないのでかかる鑑定には意義がない。リンパ節剥離にクーパーを使用するからといって胎盤癒着の剥離が妥当ではない。岡村医師はクーパーを使ったことはないのに被告のクーパー使用の有用性を認めたのは不自然である。警察からの鑑定を断り周産期学会として福島県立医大の佐藤教授から聞き取りなどして、十分な根拠に基づかず被告を擁護するものだ。中立性正確性は期待できない。被告に偏りすぎる。過失否定の鑑定を成立させたのみである。十分にわかっていないのに結論ありきであった。池ノ上医師は被告の手術について鑑定書、追加を作成した。鑑定では術前診断は困難である。また超音波検査の診断は16例中13例で組織的な診断は7例、所見が揃うと癒着胎盤の頻度があがるが診断は困難。12月6日の超音波検査の血流も癒着胎盤の所見ではない。出血の予見性はない、以上血管からの出血が止まらないので臨床的に剥離をはじめたらやめることはできない。用手剥離を終了したら出血が持続したままで剥離中止は出血を止めることにならない。用手剥離中止は出血を止めず、現実的には予測不可能である。剥離を速やかに終了して子宮全摘に移ることが多い。途中で剥離を中止しないのは胎盤剥離で出血が止まる期待がもてることと処置のやりやすさを挙げた。クーパーの使用は問題がなく、使用はありえる。死因は輸血再開のときに心室細動に至っており死の転帰は稀で関与は特定できない。Hbが7.4であれば通常の管理なら普通死に至らない。池ノ上医師は超音波検査は被告は前回帝王切開創に癒着胎盤の可能性を認識困難だと言っていた。超音波検査は写真に癒着胎盤が見あたらないだけで超音波検査で実際癒着胎盤を確認したかは言えていない。本件手術宙、池ノ上医師の鑑定の前提は事実と異なる。岡村医師同様、弁護側からの事実に沿っており癒着の場所深さが事実と異なる。池ノ上医師は癒着胎盤の診断は総合的だと述べている。胎盤の剥離困難かどうかは重要ではないと言っている。癒着困難で診断を行わないのは剥離困難性を問題にしていないだけである。後壁については前壁に発生しやすいという一般論をあてはめているだけであり、剥離を続けたいときに予見可能性と言っている。本件で剥離中止時の大量出血は予測不可能と言っている。池ノ上医師も5例は最初から子宮を摘出しており、これを被告が知らない理由はない。池ノ上医師の前提とした事実関係は実際と違う。処置を検討しても意味を持たない。癒着の範囲は局所的としているが実際に中山医師の鑑定通りではなかったので本件に即した形で行っていない。被告や被害者の状況を認識していない鑑定で意味がない。池ノ上医師は剥離を始めたら最後まで剥離を完了させるのは当然と言っているが、しかし癒着胎盤は剥離により大量出血をおこし止血が困難である。前記のとおり、教科書にも癒着胎盤が記載されている。池ノ上医師は剥離を継続するというのは個別性を考慮せず一般論で言っている。剥離は収縮による止血、中止しても出血が少なくならないと言っているが、もともと癒着部分は筋層が薄いため子宮収縮も不良で、前置胎盤?は子宮収縮しにくく、剥離を完了すると大量出血が起こるのだから、胎盤付着のまま子宮摘出は十分に可能である。中止しても出血量が少ないとは限らないと言うが、無理に剥離した際の大量出血の危険性のほうが、剥離中止の出血の持続よりも高い。中止しても出血が少ないとは限らないとするのは乱暴である。剥離完了の理由にならない。被告は用手剥離困難のところまでの時点で十分な人手を集め剥離の大量出血を避けるには剥離を中止し、子宮摘出に移行しなければならなかったのは明らかであり、被告を有利にしようという鑑定人の姿勢の表れである。前提が曖昧なので鑑定に意味はない。弁護側は証人に幅を与えた質問をしており、弁護側は出血量や血圧、脈拍を提示し子宮摘出を言っているのは、後方視的なもので弁護側がいつも非難しているやり方である。クーパーの剥離と、他のところで用いられるクーパーの剥離とは別物で、胎盤剥離をクーパーで行った行為を正当化するものではない。胎盤剥離をクーパーを用いて行うことがあると証言しているが、証拠がない。池ノ上医師の証言では全身状態と符号しない。心停止は輸血開始後1時間たってからで、循環血液量不足以外の関与があると言っているが、事実関係を誤読して鑑定しているので被告に有利な結論を出すための鑑定である。Hb結果の数値は正確性に疑問とH医師が述べており、池ノ上医師は都合の良い数値を出しており中立性が少ない。被告の過失がないことの権威付けに過ぎず客観性に乏しい。十分に根拠なく学会の人から聞いた意見をもとに鑑定し、原資料に当たっていない。池ノ上医師が学会権威として被告の過失がないという鑑定を出すだけである。当初から結論ありきである。

双葉厚生のK医師は公判時に被告の正当性について帝王切開時細心の注意をはらい、刃を閉じて削ぐなら良いと答えたが、信用できない。被告に不利になる証言はんしない、医局が同じで医療関係者が傍聴する法廷では、強い反対意見が出せない。社会的な注視の中で公判での供述を求められ学会の見解に反して被告の過誤を認める供述はできない。被告に対する好印象を明らかにし、自分が行っても何もできなかったかもしれない、クーパーは刃を閉じた状態でなら、と被告に沿う発言をしているが、検察の供述では、クーパーについて違う供述をしている。公判の供述は曖昧で矛盾する。用手剥離しても出血は止まらない。剥離後の大量出血を供述しながら、剥離を始めたら完了するしかないと特段の考察なく供述し矛盾している。K医師は指先の感触はクーパーを通しても感じることができる、と経験がないという一方で弁護側にそう主張した。被告の取り調べ時にはクーパーで切ると認識していたと言っている。一年してから検察とあって削ぐと認識したと供述している。甲15号証はペアンで剥離したと書かれており、K医師はクーパー使用について検察官調書から削ぐとして認識していたのは明白である。もっともらしく印象づけるため虚偽の認識を述べているので公判供述は信用できない。被告に沿うため事実と違う供述をしているので信用できない。

被告押収の医学書の執筆者の意図を弁護側は提出している。医学書の執筆者は本件被告人の過失なしと回答している。自己の意図と乖離していると回答している。医学書の意図には執筆者の意図が忠実に伝わるように書くべきで「自己の意図と乖離している」というのは奇怪としか言いようがない。どの執筆者を見ても、自己の意図と乖離としている。甲15号証で「前置胎盤?は・・・癒着胎盤となり、無理な剥離は危険で子宮全摘となることが多い」としており、通常は子宮全摘と読む。しかし執筆者は状況に応じてであり全摘は胎盤が剥がれるとき以外である、と言っている。本件の事実関係については、弁護側は本件患者は子宮温存の希望あり癒着の所見は術前検査でなかったと誤った事実関係を前提に紹介している。この前提が実際と異なる。よってこの著者達は本件と異なる事実により意見を述べているだけである。著者は全て産科医師であり、学会員で抗議声明を出している。弁護側の協力の願いの中で意味が異なると書いている。暗に要請している依頼文章なので一定の方向を求めているのは容易である。実際の操作や検査がわからないなりに懸命に述べているだけで被告の行為は正当化されない。

付着部位が部分的であるときZ縫合を行うと記載しているが、弁17,18号証では、同じ効果は部分的と記載している。しかしfocalは局所的と訳すものであり、本件では局所的でないのであわない。若い患者で挙児希望があり局所的な癒着以外は子宮全摘と記載されている。癒着胎盤と認識したら直ちに全摘である。医師に裁量権があると弁護側は言う。医師の裁量は認められるが合理的には限度ある裁量である。医学的遵則は法的にもそうである。一般的水準は医師を取り巻く条件や専門知識に影響を受ける。行為は患者に対して良心的かどうか、必要性や緊急性、結果の蓋然性が重要である。

用手剥離の際、癒着胎盤を認識したので、それ以上剥離すれば剥離面からの大量出血が予期できた。人員や準備した輸血の量から失血死の可能性は予見可能である。剥離中止によりそれらは回避できる。しかし剥離を継続したため医療遵則に反した。岡村医師ら弁護側の主張は不合理である。

以上、本件の癒着胎盤に関する認識と胎盤剥離が死亡に至ったこと、胎盤剥離中止すべき遵則に反し、剥離面からの失血死を招いたことは明らかであり、業務上過失致死である。

医師法違反については弁護側は異状死に該当しないと言っているが、被告弁護側には理由がない。

1.被害者は失血死である。

2.失血について被告人は心室頻拍から心室細動に至ったと認識した。12月17日18時30分、家族に説明するために手術室を出た被告は更衣室で院長に会い、やっちゃったと述べた。死亡確認し縫合処置を行い、検案を行った。胎盤剥離からの失血死、そう記載した。出血性ショックであり記録にも剥離面からの大量出血と記載した。20時45分に家族に説明の際にも胎盤をはさみで剥離し出血量が増えたと述べた。午後10時30分頃院長室で手術の説明を行った際に、胎盤剥離の際に剥がれにくくクーパーを用いて剥離したが、癒着胎盤で出血多量となったと説明、院長から過誤がないかと聞かれ、クーパーのところが気持ち的にはひっかかったがクーパーは良くなかったかもしれないと感じていたが、過誤はないと報告した。警察に届け出は行わなかった。院長については病院マニュアルの届け出にあたらないと判断し届けなかった。院長は専門外であるから被告人の過誤なしという返答から判断したのであって、後に調査委員会で3人の産婦人科専門医から器具を用いたための出血と言われ過誤との疑いを強く持った。本件は被告に届け出義務があった。被告人によりクーパーの無理な剥離が行われた。本件の死因は異状死であるのが明らかである。

2)4)5)で述べたように被告は当然認識をしていた。届け出義務も認識していた。本県当日まで特段の合併もない健常者であったことは被告も認識していた。用手剥離後剥離困難となりまもなく胎盤が癒着して指が入らなくなり10分感にわたりクーパーで削いだり切ったりして剥離を行った。クーパーで剥離した範囲から広い範囲に湧き出るような出血があり5000mlの出血も認識していた。他の死因の可能性についても剥離以外の出血を確認したが出血はなかった。子宮摘出による出血はなかった。羊水塞栓や心筋梗塞も検討したが出血性ショックと考えた。H医師の意思を確認し判断した。死因は被告人が検案し剥離に長時間かかり器具を用いた無理な剥離を行ったと被告が認識をしていた。つまり異状死と認めていたのは明白である。被告が届け出義務を認識しながら届けなかったのは同法違反である。

3)弁護側は主張について、死因は癒着胎盤であるから異状死ではない。被告は適切な行為であった。届け出を院長と相談し過誤でないということで厚生労働省リスクマネジメントのマニュアルに従って判断したのだ。また医師法21条は憲法31、35条に違反していると主張している。弁護側は癒着胎盤の疾病によるといっているが、癒着胎盤の発症で死亡するものではないことは明白であり、剥離からの大量出血は過失行為による失血死であり前提を誤っているため失当である。異状死の認識をしていながら医師法違反の認識はないというのは、無理な剥離に惹起されているのを明らかにして無理な剥離について当然認識していたはずである。被害者は手術前には何らの病気がなく被告が検案し直接死体を検案し、届け出義務を認識していた。検察に対し癒着剥離部以外の出血がなく過誤なしと答えたがクーパーが気持ちでひっかかっていたと供述している。

過誤がなかったのでリスクマネジメントに従った点。S院長は院内マニュアルは当然、産科は専門外で過誤ないという被告人の発言を受けマニュアルに則り判断に至ったに過ぎない。3名の専門医の知見を知ってから過誤の疑いを強く持つようになった。なので院長の発言は被告の誤った発言や判断をもとにするので失当である。

被告は本人が警察に届けることを認識していて院内マニュアルを知らなかったのであるから弁護側の主張は当たらない。リスクマニュアルも異状死なので失当。

弁護側が21条が憲法違反と述べている。最高裁判所でも21条によって警察に届け出ると認定している。業務上過失致死のときも届けるものは憲法38条に違反しないと明確に判示されているので弁護側の根拠はない。用件を解釈できないと明確性がないので違反というのは、異状が抽象的だが一般的で日常的に用いられており普通とは違う意味であるので、普通の判断力を持てばわかる用語である。立法当時はしたい殺人業務上過失のものがあり捜査官に犯罪の発生につき医師に司法警察の協力を要請したもので、異状であれば直ちに届け出義務を課したものである。一般人に読み取れない内容とは考えられない。21条は病理でなく異状な痕跡、経緯、身元諸般の事情を含むと判示したものである。判断基準は読み取りうる。

被告人は産婦人科専門医であり、被害者は健康な29歳の女性であった。被告は癒着胎盤をクーパーを用いないと剥離できないほど癒着していたにもかかわらず、無理に剥離した。この過失は、専門医の基本的な知識に反し、過失は重大である。被告は癒着胎盤を十分に予見しながら、剥離を中止する注意義務に違反し大量出血させた。前回帝王切開の既往がある全前置胎盤?では、24%の確率で癒着胎盤が生じることは基本的な医学書に記載されている。胎盤が前回切開創に付着している危険性は予見できた。手術の腹壁切開時に子宮前壁の表面に静脈の怒張がみられており、術前の超音波診断でも胎盤が前回帝王切開創にかかっていることは診断可能であった。

被告人は臍帯を持ち上げた時点で胎盤が剥離せず子宮が内反した時点で胎盤が癒着していることを認識し、無理な胎盤剥離により大量出血によるショックを生じることを認識し、止血操作をはかるとともに直ちに子宮摘出すべきところ、これを怠った。

これは教科書や学会の冊子などに書かれている基本的な知見である。本件手術前に医局の先輩からも、同様の症例で大量出血が生じた症例があることを被告人は聞かされている。被告人は本件手術前や手術中の検査からも被害者の生命の危険が予見可能にもかかわらず、クーパーを使用したら剥離できる、出血しないこともありうるだろうと、安易かつ短絡的な判断により、10分間の長時間にわたって胎盤を剥離し、出血を生じさせた。無理な剥離により、剥離面から次々に湧き出る出血となり、剥離開始15分後には5000 ml、16時10分には10285 ml、最終的には20445 mlもの大量出血を生じさせ、血圧を50弱/30弱まで低下させ、出血性ショックから失血死にまで至らしめた。これは基礎的な注意義務違反であり、その過失は重大である。

被害者は29歳であり、夫と三歳の第一子と暮らし、第二子の誕生を待ちわびていた。家族と共に充実した生活をおくっていた。ほんの短時間、生まれてきた女児と対面し、「ちっちゃな手だね」と述べたその後で、予想もせずその命を奪われ、家族は言葉をかけられないまま、二度と会えないこととなってしまった。子供を残して、何ものにも代え難い命を奪われてしまったのである。予期せぬうち、突然生を断たれた心情は察するにあまりある。それにも関わらず、被告からは遺族に対し示談や慰謝も講じられていない。さらに、公判で自分のとった処置が適切であったと被告が言っている事実からは、期待もできない。被告に対する遺族感情は厳しい。遺族は4時間経過した後で蘇生中であることを知らされ、被害者が失血死した事実を突然突きつけられ、悲痛な生活を送っており厳しい感情を抱いている。被告の発言に衝撃を受けた。亡くなって悲しい気持ちや長男が言葉で母親が死んでしまったことを理解するかと、心痛は察するにあまりある。幼い子を遺して死なざるを得ない母親の気持ちを思い子供を見ると不憫でこの思いは一生続くのであり、被告に重罰をと述べている。また、当時の心境として天国から地獄が当てはまる、来る日もつらい思いと言っている。言い訳をしても一人の人間の命が消えたことは事実であり眠れない日が被害者の家族に続いている。亡くなった命は元に戻らない。長男は「お母さん起きて、サンタさんが来ないよ」、と泣け叫んだと言う。被告は院内外の忠告を無視した、命を奪った被告が許されないと綴っている。遺族の思いは当然である。

被告は自己の責任回避で信用できない供述を行ったことに反省を示していない。過失の重要な事実について、血圧低下の認識、出血量の認識、胎盤の剥離困難、クーパーの使用目的など、捜査時に供述や遺族に対する説明とも変えて、信用できない供述をしているので信用できない。自己の責任を回避するため真摯な反省や謝罪が見られない。医師と患者の信頼関係の確保が強く要請されているのに、我が国の患者の医師への信頼を失わせる、事実を曲げる被告の態度は許し難い。

医師法21条違反について、被告は自身の過失により死なせたという異状死の認識がありながら、届け出を怠った。医師法21条は主旨から、医師が警察に協力すべきである。警察が本件を知ったのが3ヶ月も経った3月31日であり、事故調査が公表され、ミスが新聞で公表されたからである。24時間以内に捜査を開始できず、関係者の記憶の散逸、胎盤などが破棄されており証拠の散逸が起こってしまったが、これは届け出義務の不履行によって生じたことだ。

よって被告には厳正な処罰が必要である。

医療は侵襲を伴い生命に影響を与える。産科医療は母児の危険を内包する。よって産科医は高度な注意義務を負う。医師は社会的な信頼、患者の安全を全面的にゆだねられ、重い責任が課されている。被告は安易な判断で医師に対する社会的な信頼をも失わせた。不十分なインフォームド・コンセントしかおこなっておらず、家族は帝王切開の内容を殆ど理解できず、死後の説明も不十分で遅れた。最悪の知らせ方が遺族の悲しみを増した。被告は大量出血も家族に報告できないと言いながら一方で、応援要請に対して応援を依頼する必要はないとしており不可解である。重い医師としての責任認識が甚だ乏しいとしか言いようがない。被告は地域の社会的な重責を担ってきたとしても、過失は重大である。

よって、求刑は、禁固一年、罰金10万円 とする。

裁判長: ではこれで終了です。次回は5月16日弁護側の最終弁論です。(18:22終了)