文書の過去の版を表示しています。
目次
2023年度東京都立青山高等学校実習
みなさま、本日は改めてどうぞ宜しくお願い致します。 私は押鐘浩之と申しまして、大学教員をしている者です。 音楽の桑野先生のご紹介から、今年度で青山高校で実施するのが3年目となります。
++++講師プロフィール| 都立日比谷高校、京都大学、東京大学大学院、東京工業大学大学院を経て博士(理学)取得後、 英国Medical Research Council分子生物学研究所研究員およびケンブリッジ大学Research Associateとして研鑽を積み、帰国後、帝京大学医学部助教、同医療技術学部臨床検査学科講師を経て、現在大阪大学大学院薬学研究科特任准教授。
専門は生化学、特にタンパク質の物性や構造・機能。 最近では考古学や文化財に対する分子生物学の応用など、専門以外の研究も積極的に行っている。
【ひとこと】 今回は、高校時代のオーケストラで同期だった桑野先生のご紹介で この様な素晴らしい機会を持つことができました。有難うございます。 高校の友達は、かけがいのない一生モノであると私は感じています。 皆さんにおかれましても、是非いまいる友達を大切にして頂ければと願っております。 ++++
実習内容
今年度は2種類の実験を行います。 ①PCR⇒アガロースゲル電気泳動 ②無菌操作
①PCRは、皆さんが持ってきた身の回りのものを鋳型としてPCRで生物種を検出するという実験をします(DNAバーコードと言われています)。1日目1時限目にPCRを仕掛けます。2日目にPCR増幅をアガロースゲル電気泳動で確認する予定です。 ②無菌操作は、先ず寒天培地にエタノール消毒前後の指をくっ付けて頂き、自分の指に付着しているバクテリア・カビを視覚的に検出してもらいます。次にGFPなど蛍光タンパク質(緑・黄・青・赤)を発現した大腸菌を使って各自「お絵かき」をして頂きます。2日目にそれぞれの結果を見てもらい、考察をしてもらいます。
実習目的
PCRを用いてDNAに基づいた特定の生物種の検出ができるということ、および アガロース電気泳動を通じてDNAを可視化できる、ということを体験して頂ければと思っております。 近年、高校生物および大学受験生物において、分子生物学的内容が多くなってきています。 また2019年のCOVID-19のアウトブレイクにより、“PCR”という言葉を聞かない日がございません。 実際にDNAを扱った実験を実施することによって、 高校生物の内容の充実は勿論のこと、将来的にこの種の実験・研究にも興味を持って頂ければ嬉しいです。
PCRサンプルについて
PCRサンプルについては各班のチョイスにお任せします。 実習書には例ととして土壌、環境水、(発酵)食品、自分の細胞など書きましたが、 それ以外をチョイスしたい班がありましたら事前に先生にご相談下さい。 自分の細胞であれば実習中に頬の細胞をかきとるでOKですが、土壌、環境水、(発酵)食品であれば 事前に持ってくる必要があるかと思います。 容器としてはジップロックやチューブ類で構いませんので、 大体体積にして1 mL、重さは1 gもあれば充分ですので、大体そのくらいを目安に当日持ってきて下さい。
マイクロピペットの使い方
<HTML> <iframe width=“560” height=“315” src=“https://www.youtube.com/embed/jF2L4k5JacE” title=“YouTube video player” frameborder=“0” allow=“accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture” allowfullscreen></iframe> </HTML>
アガロース電気泳動
<HTML> <iframe width=“560” height=“315” src=“https://www.youtube.com/embed/p3zf-dZDmVg” title=“YouTube video player” frameborder=“0” allow=“accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture” allowfullscreen></iframe> </HTML> <HTML> <iframe width=“560” height=“315” src=“https://www.youtube.com/embed/cnxdOklDJwE” title=“YouTube video player” frameborder=“0” allow=“accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture” allowfullscreen></iframe> </HTML> <HTML> <iframe width=“560” height=“315” src=“https://www.youtube.com/embed/U3Q0cBAc3Ug” title=“YouTube video player” frameborder=“0” allow=“accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture” allowfullscreen></iframe> </HTML>
【補足】蛍光タンパク質を使ったタンパク質実験
皆さんには蛍光タンパク質を発現する大腸菌株を使ってお絵描きをして頂き、無菌操作を練習して頂きますが、 下記に大腸菌株から蛍光タンパク質を実際に得る・確認するについてプロトコールを例示することで、 どうやって遺伝子組換えタンパク質が作成できるかを補足説明させて頂ければと思います。
①大腸菌に蛍光タンパク質をコードしたプラスミドを導入(形質転換)し、コロニーを得る ②コロニーを液体培地に移し、誘導物質を添加することで蛍光タンパク質遺伝子の発現を誘導させる(図1)。
図1:蛍光タンパク質を発現させた大腸菌。UVを照射すると蛍光が観察できる。左よりGFP, YFP, CFP, DsRed。
③遠心分離機にかけ菌体を集め、菌体を緩衝液を含む生理食塩水で懸濁し超音波で破砕(細胞破砕方法も圧力を加える、グラスビーズで擦りつぶすなど色々ありますが、大腸菌は超音波で潰れます)することで、細胞懸濁液を得る。 ④細胞懸濁液を遠心分離機にかけ、上清を得る(図2・3)。
図2:可視光での観察:左よりGFP、YFP、CFP、DsRed
図3:UV光での観察:左よりGFP、YFP、CFP、DsRed
⑤タンパク質の電気泳動であるSDS-PAGE(図4)で蛍光タンパク質が存在することを確認する(図5)。
図4:SDS-PAGEの様子。SDS-PAGEとはタンパク質変性作用を有する界面活性剤であるSDS(ドデシル硫酸ナトリウム:Sodium Dodecyl Sulfate)をタンパク質溶液と混和することによって変性させることでタンパク質をヒモ状にし、ゲル電気泳動をするものである。PAGEはPolyacrylamide Gel Electrophoresis(ポリアクリルアミド電気泳動)の略で、アガロースに比べて分離能が高く電気泳動できるシステムであり、図の様に縦型の電気泳動槽を用いる。
図5:左がCBB染色という方法で染色した泳動像、右が泳動直後にUVで撮影した泳動像。なお“Boilアリ/ナシ”は電気泳動の前にタンパク質を95℃で煮たか/煮ていないかを示している。
【問題】大学受験問題としては以下の問題はかなり発展的内容であり、実際出るとしてももう少しリード文が必要とは思います。 ただ研究現場としては出しやすい問題です。解答を見ながらで構いません。なるほどと理解して頂ければ嬉しいです。 問1:大腸菌の細胞は超音波で破砕できると述べたが、カビなどは一般的に超音波での破砕は難しい。大腸菌(グラム陰性細菌)とカビの細胞構造の相違点を考えながら理由を述べよ。※グラム陽性・陰性とはグラム染色によって染色されるか・されないかを示しており、グラム陽性となるのは細胞壁の厚さと関係がある。 問2:大腸菌細胞を超音波で破砕後、遠心分離で上清と沈殿に分かれるが、沈殿にはどんな成分が含まれるかを考察せよ。 問3:SDS-PAGEでは泳動前にサンプルを煮たか煮ていないかで、煮た方は蛍光が観察できなかったのに対し、煮ていない方は蛍光が観察できたが、これは何故か?理由を述べよ。 問4:SDS-PAGEのCBB染色像ではサンプルを煮たか煮ていないかで泳動像が異なるのは何故か?理由を述べよ。
++++解答例| 問1:大腸菌もカビも細胞壁を有しているが、大腸菌はグラム陰性細菌であり細胞壁が薄いため、物理的に壊れやすい。それに対しカビは細胞壁が厚いために超音波では細胞は物理的に破壊されにくいため。 問2:沈殿成分は「緩衝液を含む生理食塩水に対して不溶性である」物質が含まれると考えられるので、例えば細胞膜や細胞壁、また膜タンパク質成分が含まれると考えられる。逆に上清は「緩衝液を含む生理食塩水に対して可溶性である」物質が含まれると考えられるので、細胞質に存在するタンパク質(目的の強制発現させた蛍光タンパク質も含む)などを含むものと考えられる。 問3:☞「熱変性」に気付くかがポイント。サンプルを煮ると蛍光タンパク質の熱変性が起きると考えられるため、蛍光を示すのに必要な3次構造が崩れることによって蛍光を示さなくなると考えられる。一方、煮ていない群では蛍光を示しているので蛍光を示すのに必要な3次構造が泳動後においても保たれていたと考えられる。SDSというタンパク質変性作用のある界面活性剤を泳動バッファーおよびゲルに含むため一般的にはタンパク質は変性するが、今回使用した蛍光タンパク質の場合はSDSによっても変性を受けなかったと考えられる。 問4:☞問3同様「熱変性」がヒント。サンプルを煮た場合は原理的に蛍光タンパク質は変性し「ヒモ状」になっていると考えられ、予想される位置まで泳動したものと考えられるのに対し、煮ていない場合は蛍光を示していることから蛍光タンパク質は変性しておらず球状を保っていると考えられることから、タンパク質の表面の電荷(換言すればそれぞれのタンパク質の等電点)に従ってゲル内を移動したと考えられるため。 ++++
実習のまとめ 231129
皆様、かなりボリューミーな実習でしたがお付き合い頂き有難うございました。 愉しんで頂けたとの声を聞けて、嬉しく思っております。 PCRについての考察をもう少し1人1人丁寧に行いたかったのですが、時間の関係上申し訳ございませんでした。 上手くいかなかったものとして(期待した)バンドが得られなかったパターンが多かったと思いますが、考察としては可能性あるあたりを下に列挙したいと思います。
- サンプルに含まれるDNAの断片化がかなり進んでおり(例えば紫外線なり環境に生息する微生物の影響による)、今回のPCRの鋳型とするには難しかった(蛍光定量ではDNA量は出るが、DNAの長さが担保されているとは限らないため)
- サンプルに含まれるPCR阻害剤の分量が多かった(蛍光定量によるDNA量に従ってもう少し薄めても良かったのかも)
- サンプル自体の粘度がPCRの邪魔をした可能性もある
したがって、トラブルシューティングとしては、上記全ての理由のアイノコとなる丁度良い鋳型量を条件検討する必要があったのか?というのが次の実験として考えられると私は考えましたが如何でしょうか。 結果をお互い交換し考察することで、PCRに対する理解が深まるかと期待しております。
あと、実習書に載せてあった問題について解説を下記に列挙しておきます。
【PCR】 ++++☞発展学習1:どういった物質がPCRの「阻害物質」となり得るか、PCRの反応原理から考えてみよう(化学の知識が必要となります)| PCRはDNAポリメラーゼによる伸長反応を基礎としているため、DNAポリメラーゼの機能を阻害するものは阻害剤となり得る。実習書にも記載したが、DNAを切ったり貼ったりする酵素には必ずMg2+が必要であるため、Mg2+を取ってしまう物質、具体的にはキレート作用を有する物質は一般的にPCR阻害剤となり得る。 一般的に血液と土壌はPCR阻害剤だらけと知っておいても良いかもしれません。特に血液がPCR阻害剤となる理由は、生物学の融合的な知識が必要となるので、一通り理解をしておくと良いかもしれません。 血液を採血する際には、一般的に採血菅やシリンジにキレート剤(クエン酸やヘパリン)などを塗布しておきます。血液凝固の所を思い出して頂ければと思いますが、血液凝固にはCa2+が必要である、というのがポイントです。キレート剤によってCa2+を封じておけば凝固を阻害できる=採血ができる、という仕組みになっています。したがって、採血によって採られた血液にはキレート剤が含んでいます。…ということは、PCRに必要なMg2+もキレートしてしまうことになるので、よって結果的にPCRを阻害してしまう、という流れになります。 一方、土壌の方は別に入試のために知っている必要は余りないかと思いますが、土壌に含まれるポリフェノール類(フミン酸やフルボ酸と呼ばれる物質)にキレート作用があるため、これはこれでMg2+を奪ってしまうことで、結果的にPCRを阻害してしまいます。 その他、勿論のことながらDNAポリメラーゼは熱耐性があるとは云えタンパク質ですので、尿素などタンパク質を変性し得る物質(タンパク質変性剤)がサンプル内に混入していたら、活性を失うと考えられます。 ++++ ++++☞発展学習2:DNAを切ったり貼ったりする反応ではマグネシウムが必要は研究現場で役に立つ知識なので覚えておいて損はないです。⇒DNAを切ったり貼ったりする反応として、PCRの他に思い付くものを挙げてみよう。| 生物の教科書的には他に、制限酵素やリガーゼなどが出てきたと思います。いずれもMg2+を必要とします。 ++++ ++++☞学習ポイント1:酵素反応において酵素を最後に入れるのが鉄則なのは何故か?| 酵素の失活を防ぐためです。酵素の失活の原因として熱、pH(あとマニアックですが重金属というのもありますが)がありますが、あと研究現場的には塩(えん)というのもあります。例えば単なる純水に酵素を入れてしまったら、pHを安定化してくれる緩衝剤もありませんのでpHがグルグル変わってしまう可能性もある、また塩が少なすぎると凝集してしまう酵素も多くあります。 したがって、酵素にとってhappyな条件を揃えておいて、最後に酵素を入れるというのが酵素反応を仕掛ける際の鉄則になっています。 ++++ ++++☞学習ポイント2:酵素反応液を調製する際は一般的に氷冷することが多いがそれは何故か?PCR反応液調製においては室温で仕掛けたが、何故室温でも良いのか?| 学習ポイント1で考察した「失活」や、あと「最適温度」がキーワードとなります。一般的に、反応液の調製中に酵素の失活を防ぎたい、また反応開始時間を揃えたい(氷に挿した状態=4℃であれば最適温度から離れているため、殆ど反応が進んでいないとみなすことができる)などの理由で、氷に反応液を入れるチューブを挿しながら反応液を調製することが一般的です。 ただ、PCR反応液の調製においては、DNAポリメラーゼは皆さんご存知の様に耐熱性…つまり最適温度が72℃と高温ですので、室温はこのDNAポリメラーゼにとってはかなりの低温となっている、ということです。したがって、室温では先ずDNAポリメラーゼによる伸長反応がほぼ起きないとみなすことができる。だから、室温でポイポイ仕掛けても構わない、ということになります。もちろん氷に挿しながら行って頂いても別に構いません。 ++++ ++++☞学習ポイント3:生物の教科書に出てくるATPやGTPはDNAか?RNAか?| あれ?という質問でしたが、エネルギーの通貨であるATP、またGタンパク質で出てくるGTP、これらはRNAが正解です。一方、PCRによる伸長反応の際に「素材」となるATP、TTP、CTP、GTPは勿論DNAですが、dATP、dTTP、dCTP、dGTPと“d”をアタマにつけることによって、「DNAだよ」(RNAじゃないよ)ということを表すのが一般的です。 ++++ ++++☞学習ポイント4:チトクロムやRuBisCOはどの代謝経路で必要な分子か、確認しておこう。| チトクロムは呼吸鎖(電子伝達系)、RuBisCOは光合成における暗反応(カルビン・ベンソン回路)で出てくると思いますので、資料集など見て復習して頂ければと思います。ちなみにRuBisCOは炭酸固定においてキーとなる酵素であり、大サブユニットは葉緑体DNA由来、小サブユニットは核DNA由来であり、葉緑体内で複合体を形成することでRuBisCOとして機能する様になります。 ++++
(今日はここまで。申し訳ないです。また解説を書いておきます。) ++++☞発展学習3:動物や植物のプライマーの標的遺伝子としてミトコンドリアや葉緑体DNAとしているのは何故だろう?| ++++ ++++☞発展学習4:カビやバクテリアにおいてはrRNAをターゲットとしているが、何故rRNAをターゲットとするとDNAバーコードによる生物種同定に好都合なのだろう?| ++++ ++++☞発展学習5:今回のDNAバーコードによるPCR産物を基に、次世代シーケンス法によって例えば”菌叢解析”(メタバーコーディング)といった分析法が可能である。興味があったら調べてみて欲しい。 ++++
【アガロースゲル電気泳動】 ++++☞学習ポイント1:アガロースゲル濃度を上げるor下げるとどの様な泳動像になるか?| ++++ ++++☞学習ポイント2:ゲル電気泳動の原理を資料集などでもう一度おさらいしておこう。「電荷」や「pKa・等電点」といった用語を使って説明できるとベター。| ++++ ++++☞学習ポイント3:今回使っているdyeには他にOrange G(橙色)、キシレンシアノール(水色)という色素が入っているが、電気泳動をしていると青色・水色・橙色のバンドが分かれることが分かる。ここからそれぞれの色素の電荷について考察して欲しい。| ++++ ++++☞発展学習1:サイズマーカーと自分のサンプルのバンドの太さを比較することで、大体のDNA量を見積もることができる。ここから、鋳型は何g入っていたと考えられるか?| ++++ ++++☞発展学習2:予想されないバンドが観察されることが多くあるが、この様なバンド(DNA産物)は何故増幅されたのだろうか?| ++++
【菌体操作】 ++++☞学習ポイント1:培地を寒天で固体状にするというアイディアは誰が考えたものであるか?寒天培地を使うメリットは何か?| ++++ ++++☞考察ポイント1:プレートをフタを下にして逆さにするのは何故だろう?若しフタを上にしてしまうとどんなことが起こるか?| ++++ ++++☞考察ポイント2:エタノールの消毒作用は広く知られているが、その原理は?| ++++ ++++☞学習ポイント2:オペロン説を復習しながら、今回の実験によって何故各種蛍光タンパク質を発現できるのか?について説明してみよう。| ++++ ++++☞考察ポイント3:カナマイシンをプレートに播くのを忘れた場合、実験結果はどうなるだろう?| ++++ ++++☞発展学習:「蛍光」と「発光」は化学的にメカニズムが異なります。蛍光・発光の原理について理解しながら、生物における蛍光タンパク質、発光タンパク質にはどの様な例があるか?また研究においてどの様に使われているか?を調べてみよう。| ++++
その他、本実習のことや研究のこと、海外で勉強するには?など質問がございましたら、気軽にメールを頂ければ幸いです。 メールアドレス⇒oshikane-h@phs.osaka-u.ac.jp(@は半角にして下さい)