目次

高等学校における形質転換実験プロトコール

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無菌操作

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形質転換

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GFP発現の確認

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おまけ

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各用語の詳細な説明

コンピテントセル

現場では良く“コンピ”と略されます。和訳では「形質転換受容性細胞」というらしいですが、要するにプラスミドを取り込む能力を持った細胞と考えてよく、現在では大体のラボでは形質転換ではカルシウム法またはエレクトロポレーションを使っていると思われます。

カルシウム法はchemical competent cell、要するに化学的にcompetentの状態にした細胞を指しており、対数増殖期の大腸菌を塩化カルシウム溶液で洗う操作をするだけでcompetentな状態になる。分子生物学の歴史からいうと1970年にMandelとHigaによってカルシウム法の基礎ができ、1983年にHanahanによってカルシウム以外にルビジウムなどでもcompetentの状態にできることが報告されました。現在のcompetent cellの作成法はHanahanによる方法(Hanahan法という)を基礎としています。原理としては簡単に言うと、大腸菌の表面は電気的にマイナスに帯電している。またプラスミドも核酸であるからマイナスに帯電している。これでは大腸菌とプラスミドを混ぜてもマイナス同士で反発してしまう。そこで大腸菌をカルシウムなどで処理することで、Ca++がマイナスの帯電を電気的に中和し、プラスミドが直接大腸菌へアクセスできるようになる。大腸菌の表面には接着帯と呼ばれる穴的なものがあるが、これが42℃でヒートショックすることで開口し、プラスミドを取り込むことができる、と説明されています。 しかし、42℃ヒートショックは必要ないという報告(B.Pope and H.M.Kent (1996))もあるくらいで、実際に混ぜて静置するというだけでも形質転換は可能です。

一方、エレクトロポレーション(現場的には“エレポレ”という)では、大腸菌に電気ショックを与えることで形質転換をします。エレポレ用のコンピの作成法も実は簡単で、蒸留水(もちろん滅菌した蒸留水)で洗うだけです。水でよく洗わないとどうなるかというと、培地の成分には電解質が含まれていますから、そこに電気を通すとえらいことになるのは自明と思います。実際に実験室あるあるとしては、エレポレをするのに間違えてchemicalコンピを使ってしまうというものです。もれなく火花が散りますので注意。

最近ではCRISPR/Cas9の系での遺伝子編集など話題になっていますが、バイオテクノロジー、つまり人為的に生物(または生体分子)を扱う技術もこういった方法論の積み重ねであることを理解して頂ければと思います。


クローニングについて

今回使用しているのはライセンスの関係上pETUKという、選択マーカーがカナマイシンのベクターを使用しています。
(☞ApEを用いれば元のファイルで編集することができます。) 資料集などにも出てくるマルチクローニングサイト周辺の配列(元のファイル)は下のようになっています。

<WRAP center round box 80%> GATCCCGCGAAATTAATACGACTCACTATAGGGAGACCACAACGGTTTCCTCTAGAAAT

AATTTTGTTTAACTTTAAG<fc #ffff00>AAGGAG</fc>ATATA<fc #ff0000>CATATG</fc>CGGGGTTCTCATCATCATCATCAT

CATGGTATGGCTAGCATGACTGGTGGACAGCAAATGGGTCGGGACGATGACGATAAGGAT

CCCCG<fc #ff0000>GGTACC</fc>GAGCTCGAATTCGATTTCGTCGACAAGCTTAGCGGCCGCCGTTTAATCC </WRAP>

太字で書いたATGが開始コドンで、今回NdeI(<fc #ff0000>CATATG</fc>)とKpnI(<fc #ff0000>GGTACC</fc>)という制限酵素でクローニングをしました。このNdeIとKpnIで囲まれた領域がマルチクローニングサイト(MCS)で、その他の制限酵素でも切断できる配列が仕込まれています。例えば発現ベクターで良く使われるpET28aのマップも参考になるかと思います。この様にプロモーターとターミネーターの間に色んな仕掛けが存在することが分かると思います。

(良くある質問①)何でマルチクローニングサイトという仕掛けがベクターに存在するか?:どの制限酵素を使用するか?ですが、ベクター側と遺伝子断片側の制限酵素を合わせることで、ライゲーションの際に“足場(overhang)”が噛み合うように設計します。したがって、自分がクローニングしたい遺伝子内に制限酵素サイトが存在してしまうと、その制限酵素は使えないということになります。遺伝子の5', 3'の両端に制限酵素サイトが欲しいので、通常PCRのプライマーで制限酵素サイトを入れておくことによって、その制限酵素ペアで切断する、ということをします。 例えば、今回のクローニングではNdeIとKpnIを選択していますが、NdeIとKpnIサイトはGFP遺伝子の中に無いことを確認しているので、PCRプライマーのforward, reverseプライマーにそれぞれNdeI、KpnIの配列を含ませることで、GFP遺伝子の両端がNdeI、KpnIの“足場”が出来るように工夫してあります。

(良くある質問②)そもそも何で制限酵素を2種類必要とするのか?:一言でいうと、5'→3'の方向性を揃えるためです。制限酵素を1種類でもライゲーションはできますが、挿入するDNA断片の5', 3'は1種類の制限酵素で切断していますので、5', 3'の“足場”が一緒になってしまいます。したがって、ベクターにDNA断片を挿入するにしても5'→3'の向きか、またはその逆さまの3'→5'の2種類が考えられることになってしまうからです。もちろん向きが5'→3'であることがPCRやシーケンスで確認できるのであれば1種類でも良いのですが、一般的には制限酵素を2種類用意してクローニングした方が面倒でないからです。またベクターを1つの制限酵素のみで切断すると、当然ベクター内で同じ“足場”がありますので、自分同士で繋がってしまう確率が非常に高くなります。このことをself ligationといいます。self ligationを防ぐために、一般的には制限酵素処理後にアルカリフォスファターゼという酵素で処理することによって断面のリン酸基を除去することを行います。 2種類の制限酵素でDNA鎖を切断することをdouble digestionといいますが、それぞれの制限酵素には最適なバッファー条件というものが存在しており、例えばTakaraのシステムではH, K, T, Lバッファーの4種類があり、そのいずれかを使ってDNAの切断を行います。最適なバッファーを選択しないと全然切断活性を示さなかったり、最悪の場合は本来の認識配列とは違う配列で切断してしまう可能性もあります。double digestionでは2種の制限酵素を使うので、お互いに最適なバッファーが違うかもしれません。研究現場で良く参照にするのがdouble digestionのバッファー表で、これに従ってdouble digestionを仕掛けることをします。例えば今回はNdeIとKpnIで切断したいので、この表からTバッファーを使えば良いということが分かります。

実際に行った実験操作
pETUKベクターを先ずNdeI(<fc #ff0000>CATATG</fc>)とKpnI(<fc #ff0000>GGTACC</fc>)という制限酵素で切断します。並行して、GFP遺伝子をforwardプライマーを“NdeI+GFPの5'の配列”、reverseプライマーを“KpnI+GFPの3'配列”でPCRし、NdeIとKpnIで切断した断片を作成しておきます。次にライゲーションによって、NdeI-KpnIで切断したベクターとNdeI-KpnIで切断したPCR断片とをつなぎ合わせます(下図)。


こうして、皆さんにお渡しする下図の様なプラスミドマップを持つプラスミド(元のファイル)を作成しています。

【発展的内容:ribosomal binding site】 上のベクターの配列中に黄色く示した箇所があります。開始コドンのちょっと上流の部分にあたるのですが、これはShine-Dalgano配列(シャイン・ダルガノ配列)と言われているコンセンサス配列で、原核生物の遺伝子の上流に見られるプリン塩基の特徴的な配列として知られています。何故各遺伝子の上流に決まってこの配列が存在するかというと、この配列が転写されてmRNAとなり、リボソーム上で翻訳される際に、mRNAに写し取られたこの配列とリボソーム内の16S rRNAとがワトソン・クリック塩基対を形成することによって結合・認識するからです。ベクターを介してタンパク質発現を達成したいので、ベクター内にも実際の原核生物に似せたこの様な仕掛けを持たせています。 なお、真核生物でもShine-Dalgano配列と同様、Kozak配列というコンセンサス配列が知られています。 cf: http://wolfson.huji.ac.il/expression/vector/RibosomalBindingSites.html


抗生物質について

抗生物質については特に皆さんが医療系に進まれることになると、かなり勉強することになると思いますが、分子生物学分野で良く使う抗生物質はアンピシリンとカナマイシンですので、その2つについて説明をします。 そもそも何故抗生物質が我々には作用せず(副作用はここでは考えないこととして)、バクテリアの成長を抑制することが出来るか?というと、そもそも原核生物であるバクテリアと真核生物である我々とは生物学的に分子メカニズムが違う点が存在し、その分子メカニズムの違いを応用する形でバクテリアだけを標的にすることを可能にしている、これが抗生物質ということになります。 抗生物質は~系というカテゴリーが幾つかあるのですが、アンピシリンはβラクタム系>ペニシリン系の抗生物質に分類されます。化学的な特徴としてはβラクタムという四員環が存在し、バクテリアの細胞壁合成阻害をします。上でも説明しました様にもちろん我々は細胞壁を持ちませんから、細胞壁合成阻害薬であるアンピシリンを撒かれても関係ありません。 一方、カナマイシンはアミノグリコシド系抗生物質に分類され、原核生物のリボソームの30S内にある16S rRNAに作用することで翻訳開始を阻害します。ここでも真核生物との違いですが、原核生物と真核生物とではリボソームがそもそも違い、サブユニット(雪だるまみたいなやつ)構成や構成するリボソームタンパク質やrRNAも違います。サブユニットは原核生物では30S(小サブユニット)と50S(大サブユニット)が合わさって70S(複合体)に、真核生物では40S(小サブユニット)と60S(大サブユニット)が合わさって80S(複合体)になります。 ちなみに、何で30S + 50S = 80Sでないのか?は良くある質問ですが、Sは沈降係数といって遠心分離において粒子の挙動を示す量で、沈降速度vを加速度aで割った比:S = v/a = v/ω2rで表されます(ただしωは遠心機のローターの角速度、rは遠心機のローターの半径。速度(LT-1)を加速度(LT-2)で割っているので物理的な次元は時間(T)で、1S = 10-13秒)。遠心による加速度が一定であればS = v/aからも分かる様に、Sが大きいほど速く沈む、と理解できると思います。勿論分子の形によって沈みやすさが変わることは何となく想像がつくと思いますが、リボソームの例では遠心分離をしてみたら複合体では80Sではなく70Sで沈んだよ、という結果論的な話と理解して良いと思います。同様にrRNAについても16Sなど沈降係数Sで表しますが、この様な実験による結果論的な数値と考えて良いと思います。

この様に一括りに抗生物質といっても作用機序が異なります。昨今、耐性菌の出現が医療で問題となっていますが、1つは抗生物質に対する耐性菌は要するに抗生物質を分解できる酵素の遺伝子を何等かの形で獲得することによって起こります。 cf: https://amr.ncgm.go.jp/medics/2-1-1.html

抗生物質を分解する酵素の遺伝子を獲得した耐性菌は、分解酵素を自分の周辺に分泌することによって抗生物質の影響なく生育することができます。今回はプラスミドの形で耐性遺伝子を形質転換により導入することによって、耐性菌を作成しています。実験的には下記Hanahan法によってプラスミドを介して耐性を付与していますが、自然界でプラスミドなど外部からDNAを取り込んで耐性を獲得する様式を水平伝播と言います。また一度耐性を獲得すると、娘細胞にも当然受け継がれていきます。この様に代々受け継がれていくことは垂直伝播と呼ばれます。

実験の話に戻りますが、プラスミドには耐性遺伝子と共に目的遺伝子も搭載されています。今回の場合で言えば、耐性遺伝子としてカナマイシン耐性、目的遺伝子はGFPです。したがって、カナマイシンを塗布したプレートにコロニーを生やすことが出来るクローンは、プラスミドを取り込んだ、つまり目的遺伝子であるGFPを取り込んだ証拠となります。この様に一般的に分子生物学では薬剤耐性を使ってプラスミドを取り込んだかどうかのコロニーの選別をしますが、その際に使われる抗生物質(または耐性遺伝子)を選択マーカーと言います。今回はカナマイシンが選択マーカーである、と表現できます。 cf: https://dl.ndl.go.jp/view/prepareDownload?itemId=info%3Andljp%2Fpid%2F10517734&contentNo=1

【発展的内容1:MIC(Minimum Inhibitory Concentration, 最小発育阻止濃度)】 各薬剤で、このくらいの濃度で使用すると良いよという数値があります。例えばアンピシリンであれば50~100 ug/mL、カナマイシンなら~30 ug/mLあたりから抗生物質としての効果が現れることが実験的に知られています。この濃度を最小発育阻止濃度(MIC)といい、各抗生物質を使用する際に必ずチェックしておきたい数値です。ちなみに今回はカナマイシンプレートを使用していますが、ここには30 ug/mLになる様にカナマイシンが含まれています。

【発展的内容2:サテライトコロニー】 上記の様に、形質転換によって薬剤耐性を獲得したクローンは、自分の周りに分解酵素を撒き散らしながら生育します。したがって、プラスミドをきちんと取り込んだコロニーの周囲は抗生物質が分解された状態になります。そうなると、プラスミドを取り込んでいないクローンが近くにいれば生育できてしまいます。この様にプラスミドを取り込んだコロニーの周りにプラスミドを取り込んでいないコロニーが「ごっつあん様」で生えてくることがあります。この「ごっつあん」コロニーをサテライトコロニーといいます。プラスミドを取り込んだ本命のコロニーは最初から生育するので大きめであるのに対し、サテライトコロニーは本命のコロニーが生育して分解酵素を撒き散らした後に初めて生育することが可能です。大学学部の分子生物学の試験問題(大学入試でも?)に「大きなコロニーの周囲に小さなコロニーが出現することがあるが、その理由を示せ」といった感じの出題されることがありますが、この様に本命コロニーが生育した後にサテライトが生育できる様になることから、そのタイムラグがコロニーの大きさとなって反映されるため、と解釈されます。 ちなみに、アンピシリンを選択マーカーで使う場合はスプレッド後37℃で寒天培養して20時間くらい静置してしまうとサテライトが多く現れます。したがって、16時間くらいで引き上げるのが賢明です。アンピシリンの作用機序は上にも示した様に細胞壁合成阻害ですが、アンピシリンによってバクテリアが死滅するわけではなく、新しく細胞壁を合成できないというだけなので、プラスミドを取り込んでいないクローンも実はプレート上で生きることは可能です。そこでアンピシリンが本命コロニーが分泌する分解酵素(β-ラクタマーゼ)によって分解されてしまえば、プラスミドを取り込んでいないクローンも再び細胞壁を合成できるようになり、細胞増殖することが可能になり、サテライトが多くできます。 対照的にカナマイシンの作用機序は翻訳阻害ですので、翻訳が阻害されればバクテリアは死滅します。したがって、「ごっつあん」する前にほぼほぼ死滅してしまうので、カナマイシンではサテライトが出現しにくい、という説明になります。

cf: https://www.researchgate.net/post/What_are_satellite_colonies_Why_do_they_grow_on_LB_amp_plates
英語ですが、サテライトが出て困っている人もworldwideで居らっしゃるみたいですね。写真も載っているので参考になるかと思ってリンクを載せておきました。

【発展的内容3:レスキューの意味】 ヒートショック後に暫く栄養リッチな培地で培養をすることをレスキュー言ったりします(カルシウムやらヒートショックやらで菌をいじめておいてレスキューとか言うのも何ですが…)。発展的内容2でも書いた様に、カナマイシンの作用機序は翻訳阻害ですので、分解酵素がないとバクテリアはたちまち死滅してしまいます。形質転換により耐性遺伝子を獲得したとしても、セントラルドグマ的に転写→翻訳して細胞外に分泌できる様にならないと生育が出来ません。当然、分解酵素を作り出すまである程度の時間を必要とします。その待ち時間がレスキューということになります。したがって、カナマイシンの場合はレスキューをしないとコロニーは殆ど生えてきません。 選択マーカーとしてカナマイシンを使用する場合ではレスキューが必要と言いましたが、実はアンピシリンでは必要ではなく、省略してもOKです(別にレスキューをやっても良いですが)。アンピシリンの作用機序は上でも述べた様に細胞壁合成阻害であり、直ぐに死滅するわけではありません。したがって、最初プラスミドを取り込んだクローンは細胞壁合成が出来なくても分解酵素を産生し、アンピシリンを分解し始め、最終的に細胞壁も合成可能にしながら増殖することが出来るようになります。


ロベルト・コッホによる寒天培養法の確立

微生物学の発展において、ロベルト・コッホとルイ・パスツールの2名の科学者の名前は必ずどの微生物学の教科書にも出てきます。コッホの数ある業績の1つとして、寒天培養法の確立というのがあり、寒天培地によってシングルコロニーを単離することが出来るようになりました。本実習でも寒天培地による培養を行っているように、現在でもこの手法が一般的に使われています。 寒天=アガロースの良い点として、物性的にゲル状(固体と液体の中間的な物性)になるだけではなく、アガロースという多糖類は海藻由来のことが殆どですが、バクテリアなどによって代謝されないという利点を持っています。代謝されないので、バクテリアの生育に直接的に影響を及ぼすこともなく、しかも寒天が持つ物性をそのまま維持できるということです。 今回は形質転換した大腸菌の選択のために寒天培地にスプレッドしていますが、例えば医療における微生物検査などでは勿論色んな種類の微生物がごちゃまぜになっていることは想像に難くありません。しかし、寒天培地による分離を行えば、原理的にある微生物ごとにコロニーとして単離することが出来ます。

【発展的内容:微生物の同定について】 今回使っているのはLB培地(Luria-Bertani medium)で、大腸菌が良く生育すると知られている組成でできています。しかし、他の微生物などもLB培地で生育することも可能です。この様に微生物なら広く生育できてしまう培地を非選択培地といいます。対照的に、ある種の微生物だけ生育できる培地というのも存在し、選択培地といいます。医療現場においては(古典的には)、これらの培地を使い分けしながら、またグラム染色など染色法や顕微鏡観察、生化学的な特徴判別を組み合わせながら微生物種の同定を行っています。また興味深いことに、非選択培地といっても全ての微生物種を生育できる様な培地成分または生育条件は知られていません。 最近では、次世代シーケンス(NGS:Next Generation Sequencing)の台頭によって、微生物の網羅的な探索が出来るようになってきました。例えばバクテリアであれば16S rRNAというリボソームを構成するrRNAの遺伝子を必ず持っていますが、バクテリア種によって少しずつ配列が異なることも知られており、その配列はデータベースになっています。これを利用して、あるサンプル内に存在するバクテリアのポピュレーション(存在比率)がどの程度であるかを、片っ端から16S rRNA遺伝子を標的としたシーケンス反応を仕掛けることで知ることが出来ます。例えば16S rRNA遺伝子を標的としたシーケンス反応を1000回仕掛けて、300回がバクテリアA、250回がバクテリアB、150回がバクテリアCの配列、それ以外細々としたものが400回出たとします。その時、そのサンプル内の30%はバクテリアA、25%はバクテリアB、15%はバクテリアC、その他が40%と比率を求めることが出来ます。最近、例えば腸内フローラにおける細菌叢の研究が盛んになってきましたが、NGSを用いてこの様な解析が技術的に可能になってきたこともあり、促進されてきたと云えます。 また、微生物同定法においては、最近では質量分析(MALDI TOF/MS)による同定ができるようになってきました。化学の発展学習でMALDI TOF/MSが出てきたかもしれません。微生物同定において何を測定するかというと、菌が持っているタンパク質そのものであり、菌ごと質量分析用のプレートに乗せてマトリックスを塗り、質量分析してしまうという何とも雑な感じがしますが、非常に確度も良いこともあり、臨床現場にも取り入れられてきています。何故菌を飛ばして菌種が同定できるか?ですが、セントラルドグマに即して理解が出来ると思います。「同じ遺伝子であっても菌によって遺伝子配列(ATCG)が違う→それによって、アミノ酸配列も異なる→アミノ酸種によって分子量が異なる→アミノ酸の繋がりであるタンパク質レベルでも、菌種によって分子量が異なることになる」ということになり、菌を丸ごと飛ばした時に分子量のパターンも菌種によって異なるということが分かると思います。MALDI TOF/MSによる実験的な質量(分子量)パターンは、次に解析ソフト内にある各菌種の質量パターンとの照合を行い、菌種を同定します。この様に菌によって異なる分子量のパターンを一種の指紋として同定する、ということになります。 この様に、微生物学の分野でもコッホの時代から続く分離培養から、最先端のNGS法やMALDI TOF/MS法の出現など、多くの手法が今も開発されています。この様に生物学の発展がどれだけ物理や化学を基礎にしているかが良く分かると思います。


lacオペロンを利用したタンパク質の発現

皆さんもジャコブとモノーの“オペロン説”と教科書で習っていると思いますが、何だか分かりにくいなという感触の方が多いのではないでしょうか?(少なくとも私は学生時代は良く分かりませんでした。)1つには余り実感が湧かないというところから来ると思うので、今回の実習内容が理解の手助けとなれば幸いです。 そもそもジャコブとモノーがオペロン説を提唱したのですが、「説を提唱」ということから分かるように当時は「仮説であった」ということが分かります。次第に実験的な証拠も出てきてオペロン説の正しさが立証されてくるのですが、注意が必要なのはオペロン説は原核生物における遺伝子調節に限った説明という点です。資料集や教科書にも書いてありますが、真核生物の場合は遺伝子発現はまた異なるメカニズムですので注意しておいて下さい。 原核生物と真核生物の遺伝子発現で大きな違いは、原核生物ではpolycistronic(ポリシストロニック)、真核生物ではmonocistronic(モノシストロニック)という点です。polyとかmonoは化学でもおなじみと思いますが、原核生物では1つのプロモーターに対して下流に複数の遺伝子が座しているので、プロモーターがオンになるとその複数の(poly)遺伝子も1本のmRNAとして転写されます。したがって、転写されたmRNA上に複数の(poly)遺伝子が乗っかっている状態になり、これをpolycistronicといいます。対照的に、真核生物では1つのプロモーターに対して1つの遺伝子のみ発現される構造をしていますので、転写されたmRNA上にも基本的に1つの遺伝子しか乗っかっていません。これをmonocistronicといいます。 原核生物では1つのオペロンが複数の遺伝子を含んでいますが、大体お互いに関係ある様な遺伝子のことが多いです。例えば、同じオペロンの内ある遺伝子の働きが分かっていれば、同じオペロン内の他の遺伝子が機能未知だったとしても、それに関連した働きをしていると類推できます。

今回使用しているのもオペロン説で必ず出てくるlacオペロンで、ラクトース(乳糖)がinducer(誘導物質)として働く系です。元々はlacオペロンはβ-ガラクトシダーゼと呼ばれる代謝酵素を発現調節させる仕組みであり、lacプロモーターの下流にβ-ガラクトシダーゼ遺伝子が存在します。今回GFPの発現を目的にしていますが、所謂lacオペロンの”騙し討ち”、”ハイジャック”をしていると考えて良いです。プラスミド上のlacオペレーターの下流にはβ-ガラクトシダーゼではなく、GFPが人工的に導入されています。したがって、lacオペロンがオンになるとその下流にある遺伝子の転写が促進されます。下流の遺伝子はGFPですので、大腸菌にとっては縁もゆかりもないGFPを発現してしまう、ということになります。この様にして(大腸菌とは関係ない)自分が獲得したいタンパク質の遺伝子をプラスミドに導入することで、人工的に目的タンパク質を作れてしまうという系を作ることが出来ます。 もちろん、inducerを入れる前はリプレッサー(調節タンパク質)がオペレーターに作用していますので、GFPは原理的に発現されません。ちなみにinducerは、今回の実験ではIPTGというものを使用しています。これはガラクトースのアナログ(類似物質)で、リプレッサーには結合し得るが大腸菌内で代謝されないというものです。もちろんガラクトースを添加しても良いのですが、大腸菌内で代謝されてしまいどんどん濃度が低くなってしまうと考えられます。したがって、恒常的に遺伝子をONにするためにIPTGというアナログを使っており、実際の研究現場でもIPTGは非常に良く使用されています。

【発展的内容1:leaky expression】 オペロン説に従えば、lacオペロンではinducerが存在していない時はリプレッサーにより転写が抑制されているはずなので、下流に存在する遺伝子は発現しないはずです。しかし、実験的には“leaky expression”といって、所謂「おもらし発現」をすることも知られています。今回GFPの発現を目的としていますが、ホスト細胞である大腸菌にとっては自分の生育に何も関係ないタンパク質の過剰産生は細胞にとって毒なはずです。したがって、ずーっと“leaky expression”が続いてしまうと大腸菌の生育にとっては不利益になり、細胞の生育不良を起こし、結局目的とするタンパク質の収量が激減するということも考えられます。 そこで、実は今回の実験系では2段階の遺伝子発現系を使うことで、“leaky expression”を出来るだけ無くすという工夫をしています(便宜上、lacオペロン→GFP発現という1段階でこれまで説明してしまいましたが)。ホスト細胞である大腸菌と、プラスミドに“leaky expression”を防ぐ仕組みがあります。先ず1段階目としてはlacオペロンにより、大腸菌のゲノムの方に存在する“T7 RNA polymerase”というタンパク質が出来ます。T7 RNA polymeraseはT7ファージというファージ由来のRNAポリメラーゼですので、大腸菌が元々持っているわけがありません。2段階目として、プラスミド上にT7 RNAポリメラーゼが結合できる部位が存在して、lacオペロンによって産生されたT7 RNA polymeraseがプラスミド上で転写を開始することによって、目的となるタンパク質を産生します。この様に目的タンパク質の産生において、面倒そうな2段階式にすることによって“leaky expression”を防いでいます。 今回使用している大腸菌株はRosetta (DE3)というもので、このゲノムDNA内にlacオペロン支配下のT7 RNA polymeraseがコードされています。またプラスミドの方はpETシステムと言われるものを使用しており、上流にT7 RNA polymerase結合部位を有することが特徴です。大腸菌株としてT7を持たない株を利用してしまったり、この組み合わせを間違えると、当然目的タンパク質は産生してくれませんので注意が必要です。

【発展的内容2:codon usage】 遺伝コード表によれば、61種類のコドンと3種のstopコドンが存在すると習うと思います。したがって、61種類のコドンに対応する61種類のアンチコドンを持ったtRNAが存在すると思われがちですが、実は違います。生物種によってちょっとずつtRNAの数は違いますが、大体tRNAは30種程度しかありません。この30種くらいのtRNAでどの様にして61種類のコドンに対応するか? この問題に対して仮説として提唱されたのが、“wobble (base pair) hypothesis”で、提唱した科学者はあのDNA2重らせんで有名なフランシス・クリックで、他の大きな業績としてこのwobble hypothesisがあります。遺伝コード表を見ていて皆さんも気付いているかもしれませんが、意外とコドンの3文字目はAUCGどれでも良い、みたいなものが多いと思います。コドンの3文字目はアンチコドンにとっては1文字目になりますが(コドン5'-①②③-3'に対する相補鎖がアンチコドンと結合することから、アンチコドン5'-ⒶⒷⒸ-3'とコドンとは①とⒸ、②とⒷ、③とⒸが結合することになり、コドンの3文字目はアンチコドンにとっての1文字目となる)、このアンチコドンの1文字目がwooble(ゆらぎ)に許容できる様な標準的なワトソン=クリック塩基対(A:U、G:C)以外の非標準的な塩基対形成を許容できる分子メカニズムがあるはず、というものです。 しかし、生物にとっては標準的なワトソン=クリック塩基対を形成できるコドンの方が翻訳に有利だったのでしょうか。遺伝子に用いられるコドンは、tRNAを有しているコドンに偏ることも知られています。この生物種によるコドンの偏りのことを、codon usageといいます。例えばヒト大腸菌を比較してみます。例えばUUU F 0.46であれば、UUUがコドン、Fがアミノ酸1文字表記でフェニルアラニンのこと、0.46がそのアミノ酸における頻度となっています。特にアルギニン(AGA, AGG)やイソロイシン(AUA)、ロイシン(CUA)のcodon usageの差が大きく、大腸菌ではこれらのコドン頻度が極端に少ない(rare codonといいます)ことが分かります。したがって、ヒトのタンパク質を大腸菌をホスト細胞にして発現させようとする時、このcodon usageの差が壁となることもあり、結果的に上手く発現してくれない、ということが多くあります。 バイオテクノロジーの話になりますが、この生物種間のcodon usage問題を解決するために、ホスト細胞にこれらrare codonに対応するtRNAを人為的に発現させておこう、という株が作成されています(codon plusとかいい、クロラムフェニコールという抗生物質を選択マーカーとしたプラスミドでこれらの遺伝子を導入してあります)。今回使用しているRosetta(DE3)は、上記3種のrare codonに加えてプロリン(CCC)とグリシン(GGA)についてもtRNA遺伝子を導入している株であり、ヒトなど真核生物由来のタンパク質の発現に適した株となっています。 ついでに最近では、「最初っからコドンをホスト細胞のcodon usageにしてしまえ」というcodon optimisationという手法が取られています。これは人工遺伝子合成といって、何千残基というDNA鎖でも人工的に作成できるようになってきたからであり、作成したいタンパク質のアミノ酸配列を基にして、そのホスト細胞のcodon usageに最適なコドン配列を繋げていくことで、そのタンパク質発現に最適なDNあ配列を得ることができます。この様に、人工的にタンパク質を作製するにも近年の技術革新によって支えられています。