=====2022年8月17日(火)東京都立三田高等学校実習=====
8/17(水)3~4限で実施する予定でいます。
【自己紹介】押鐘 浩之
都立日比谷高校、京都大学、東京大学大学院、東京工業大学大学院を経て博士(理学)取得後、
英国Medical Research Council分子生物学研究所研究員およびケンブリッジ大学Research Associateとして研鑽を積み、
帰国後、帝京大学医学部助教、同医療技術学部臨床検査学科講師を経て、
現在は大阪大学大学院薬学研究科特任准教授、および神奈川工科大学非常勤講師。
専門は生化学、分子生物学、分析化学、生物物理学、微生物学など。
研究テーマとして、タンパク質関連の研究(パーキンソン病病因タンパク質の動態など)を行ってきたが、
学生発案の研究テーマも積極的に取り入れている(例:カピバラの腸内環境に対する研究)。
最近では、タンパク質の立体構造の研究とともに
帝京大学文化財研究所との共同研究で、考古学分野の研究も行っている。
【ひとこと】
今回ご縁でこの様な機会を頂き、田中恵子先生、田中遼先生に改めて感謝申し上げます。
高校時代、三田高校にはオーケストラ繋がりで何度か足を運ばせて頂いたことがありますが、
再びこの様な形でお邪魔させて頂くとは夢にだに思いませんでした。
高校3年生ということもあり勉強で大変な時期とは思いますが、
皆さんに何か「面白い」と思って頂けるキッカケを作れればと思っております。
どうぞ当日は宜しくお願い申し上げます。
====本実習の狙い====
本実習では米粉・小麦粉といった身近な試料からDNAを抽出できるということ、
またアガロース電気泳動を通じてDNAを可視化できる、ということを体験して頂ければと思っております。
近年、高校生物および大学受験生物において、分子生物学的内容が多くなってきています。
また2019年のCOVID-19のアウトブレイクにより、"PCR"という言葉を聞かない日がございません。
実際にDNAを扱った実験を実施することによって、
高校生物の内容の充実は勿論のこと、将来的にこの種の実験・研究にも興味を持って頂ければ嬉しいです。
====実験班====
※当日の班分けについては、現在のところ未定。
また日にちが近くなったらwiki上でも記載したいと思います。
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=====実験動画について=====
本実習の手技について、実験者視点での動画を作成致しました。
ただ機材の関係上、最長で5分の動画しか作れなかったため
分割してyoutubeにアップロードしてあります。
適宜、予・復習にお役立て頂ければと思います。
====マイクロピペットの使い方====
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====遠心機の使い方====
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====DNA抽出の方法====
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====アガロース電気泳動====
電気泳動結果をiPhoneのカメラで撮影したのが下の図です。
スマートフォンのカメラでも充分きれいに撮影ができます。
{{::211101米粉小麦粉dna電気泳動.jpg?200|}}
ちなみにサイズマーカーは
[[https://bio.integrale.co.jp/item/470/|アンテグラル社 XL Ladder]]というものを使用しています。
ここから、自分が流したDNAサンプルのサイズ(塩基対)が分かります。
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=====発展学習=====
以下、高校教科書には中々ない記載かもしれませんが
私が大学で研究室配属になった学生さんに必ず教える事項です。
若し興味がありましたら目を通して頂けると嬉しいです。
====発展学習1 DNA抽出について====
細胞からDNAを抽出するには、細胞壁や細胞膜、核膜などを破壊しなければ出来ません。
有機化学っぽい話になりますが、技術的には大きく**液液抽出**と**固液抽出**というのがあります。
ざっくりとした身近な例でいうと、
液液抽出は油と水の分離、固液分離とはコーヒーやお茶を入れるような操作を云います。
液液抽出は、一般的に実験操作が簡便というのが利点ですが、
多量の溶媒を使用することが多いこと、また精製度が固液分離に比べて低いことに注意が必要です。
対照的に固液抽出は、実験操作として少し面倒ですが、
溶媒使用量が少なくて済むこと、また精製度が高いということが特徴です。
今回皆さんには固液分離を体験して頂きました。
"固"が白いカラム部位、"液"がカラムに通す液体と考えて頂ければと思います。
実際の研究現場でも、遠心分離機を利用した**スピンカラム**は核酸抽出・精製に多く使用されていることから
高い精製度のDNAを得る方法として経験して頂きたいという目的がありました。
液液分離のDNA抽出法も簡便で良いのですが、勿論皆さんも想像が付く通り
細胞にはDNA以外にもRNA、タンパク質、糖、脂質...色んな生体分子が含まれています。
これらの物質は、抽出したDNAを基にして行う後の実験に影響するかもしれません。
したがって、キッチリ精製しておきたいということで一般的にはDNAは固液分離で抽出します。
また"固"のカラムの部分の正体はシリカです。
スピンカラムを用いる方法の基礎は、1990年代に登場したBoom法と呼ばれている方法で、
一言でいうと「DNAはカオトロピックな雰囲気ではシリカに結合する」という性質を応用したものです。
カオトロピック剤とは、生体分子の1次構造を保持しながら高次構造(2次構造、3次構造、4次構造)を変化(変性)させうる物質を指し、
溶液全体としての乱雑さ(エントロピー)を増大させるような物質を云います。
身近な例としては、化粧品の成分を見ると"尿素"というのがあります→受験生としてはウェーラーを思い出すでしょうか?
尿素はカオトロピック剤の代表例で、ざっくり言うとカチカチになった角質タンパク質を変性によって柔らかくする効果があります。
スピンカラムの場合に戻りますが、
核酸は皆さんもご存知の様にリン酸・糖・塩基からできていますが、
このリン酸部位に結合する水和水がカオトロピック剤によって奪われるためにリン酸基がむき出しとなるため、
シリカとリン酸基が疎水結合を形成することで結合します。
したがって、"液"の正体もカオトロピック剤です。
核酸抽出用途で使われるカオトロピック剤としては、グアニジンと呼ばれる物質のことが多いです。
最後、カラムからの溶出のために用いているのは蒸留水(またはバッファーなどが入っていても良い)で、
リン酸基に再び水を与えることで、カオトロピック剤によって形成された疎水結合が解消され
核酸溶液としてカラムから溶出できる、ということです。
※この様に、少し理解が難しいかもしれませんが、原理について説明してみました。
確かに実験所作としては、アレ入れてコレ入れて遠心して…と、
レシピを見ながらお料理する感覚で、実験はできてしまうかもしれません。
もちろんキチンと結果を伴って実験が出来るということは大切です。
しかし、実験原理を知らないで所作だけ覚えても何も意味が無いと私は考えます。\\
\\
例えばBoom法を思い付いたBoomは、当然のことながら化学的な原理を考えながらBoom法を開発したはずです。
PCRもそうですが、今当たり前となっている技術は、開発当時は当たり前でなかったわけです。
どうやって「当たり前じゃない」を「当たり前」にするか?
それは原理に即した深い考察が重要になってくることは自明です。\\
\\
当たり前に享受している技術というのも、実は先人たちのそうした知恵が詰まっています。
その知恵、つまり原理を理解することは、次のイノベーションの基礎となります。
当たり前を当たり前とせず、その原理を知っていく姿勢を若い方に伝えることこそが
教育という意味で重要と考え、この様なコラムを書かせて頂いています。
====発展学習2 遠心分離について=====
実習書にある**rpm**とは、**r**otation **p**er **m**inuteの略であり、
1分あたりの回転数を示している(例えば3,000 rpmであれば、1分間に3,000回転という意味になる)。
それに対して、**g**は重力加速度を示しており、例えば3,000 gは地球の重力の3,000倍の力をかけている、という意味になります。
ここで注意したいのは、gは重力という不変的な値であるのに対して、
rpmはローター径によって実際にかかる力が違ってくる、という点です。
したがって、レポート、学会や論文等では、gで記載することがルールとなっています
(若しくは、「xxというメーカーのxxというローターでxxxx rpmで回転させた」と記載しても、
実験の再現性を担保できているのでOK)。
gとrpmの間の変換は:
g = (rpm)2 × r × 1.12 × 10-5\\
ただし、rはローターの半径(cm)
を用いて計算することもできます。
ちなみに、[[https://axel.as-1.co.jp/asone/d/1-2827-01/?cfrom=A0060200|今回の遠心機]]では12,000 rpmで約6,900 gです。
ただ、実験時にいちいちrpmやらgを計算するのも面倒なので
古典的には[[http://www.sakumajp.com/article/13999850.html|ノモグラム(gとrpm、ローターの半径の対応表)]]を使ってきた経緯があります。
現在は、例えばインターネット上のツール(https://www.kubotacorp.co.jp/calc/等)を使用できるほか、
遠心機にrpmとgの両方を表示するものが多くなってきたこともあり、
簡単にrpmとgとの間を変換できるようになっています。
遠心機はDNAなどの実験を行うのに必須となる実験機器です。
今回、例えば米粉・小麦粉についてBuffer A・Bを入れてDNAを溶出し遠心分離することで、
DNAを抽出した残りかす(研究現場ではデブリ:debrisといいます)と分離しました。
何故デブリが沈殿するかというと、DNA溶液に対してデブリの方が**密度が大きい**からです。
遠心分離は、物質間の密度の差を利用して分離を可能にする、と考えると良いです。
例えば、皆さんも恐らくDNAの半保存的複製というところでメセルソン・スタールの実験について
学習されていることとは思いますが、ここでも実験テクニックとして遠心分離が登場します。
14NでできたDNAよりも15NでできたDNAの方が重い、
もう少し厳密にいうと、単位体積あたりの重さ(=密度)が違う。
だからこそ、14Nと15NのDNAを分離できた、ということになります。
ちなみにメセルソン・スタールの実験では「密度勾配遠心」という特殊な遠心法を用いており、
ちょうど良い濃度の塩化セシウム溶液(水に比べて密度が高い)に対して
超遠心と呼ばれる、通常の遠心機よりも大きいgをかけられる遠心機を用いて
ちょうど良い時間遠心をすることによって、教科書や資料集にもある様な例の結果が得られています。
「ちょうど良い」が2回現れましたが、実験結果をキレイに見せる条件を試行錯誤しながら求めるのも
研究という作業の1つになります。
====発展学習3 RuBisCOについて====
今回PCRで標的とした遺伝子は、皆さんも学習されたと思いますがRuBisCOといって、
光合成の暗反応(カルビン・ベンソン回路)において実質的に炭酸固定を行うkeyとなる酵素です。
RuBisCOは4次構造として、小サブユニットと大サブユニットとが複合体をなす酵素であり、
興味深いことに緑色植物で小サブユニットは核DNA由来、大サブユニットは葉緑体由来です。
核由来の小サブユニットは細胞質のリボソームで翻訳された後、
葉緑体へ移動することで(N末端に葉緑体移行シグナルが存在する)、
葉緑体内で大サブユニットと複合体を形成して初めて、RuBisCOとして機能します。
したがって、今回PCRの標的とした遺伝子は、もう少し厳密に言うと
核にコードされたRuBIsCO小サブユニット遺伝子、ということになります。
====発展学習4 プライマーについて====
今回、コメ由来のRuBisCO小サブユニット遺伝子を増幅するために使用した
PCRプライマーの設計について、少し解説したいと思います。
ちなみに、プライマーを設計するのに役に立つ編集ソフトとして
Freeソフトとして例えば[[https://jorgensen.biology.utah.edu/wayned/ape/|Ape]]などがありますので、
興味ある方はダウンロードしてみては、と思います。
今回使用したプライマーの配列は、以下の通りです。
Fw:TGGTGAGCTGCAGAGATGG
Rv:TTAGTTGCCACCAGACTCCTC
また、コメおよび小麦のRuBisCO小サブユニット遺伝子の配列は以下の通りです。
(図中、黄色い部分がタンパク質をコードしている配列。
ただし、コメではイントロンが1か所あるので、その部分は小文字にしている。)
//Oriza sativa// RuBisCO small subunit gene
agccagagcccgggtcgagatgccaccacggccacaatccacgagcccggcgcgacaccaccgcgcgcgcgtgagccagccacaaacgcccgcggataggcgcgcgcacgccggccaatcctaccacatccccggcctccgcggctcgcgagcgccgctgccatccgatccgctgagttttggctatttatacgtaccgcgggagcctgtgtgcagagcagtgcatctcaagaagtactcgagcaaagaaggagagagcttggtgagctgcagagATGGCCCCCTCCGTGATGGCGTCGTCGGCCACCACCGTCGCTCCCTTCCAGGGGCTCAAGTCCACCGCCGGCATGCCCGTCGCCCGCCGCTCCGGCAACTCCAGCTTCGGCAACGTCAGCAATGGCGGCAGGATCAGGTGCATGCaggtaataacctactgacccaacacacattattcttcttcttcttcttcttcttcttcttcttcttcttcaacattaaccaataattcaattatcgtttatttAGGTGTGGCCGATTGAGGGCATCAAGAAGTTCGAGACCCTCTCCTACCTGCCACCGCTCACCGTGGAGGACCTCCTGAAGCAGATCGAGTACCTGCTCCGTTCCAAGTGGGTGCCCTGCCTCGAGTTCAGCAAGGTCGGATTCGTCTACCGTGAGAACCACAGATCCCCCGGATACTACGATGGCAGGTACTGGACCATGTGGAAGCTGCCCATGTTCGGGTGCACTGACGCCACCCAGGTGCTCAAGGAGCTCGAGGAGGCCAAGAAGGCGTACCCTGATGCATTCGTCCGTATCATCGGCTTCGACAACGTCAGGCAGGTGCAGCTCATCAGCTTCATCGCCTACAAGCCCCCGGGCTGCGAGGAGTCTGGTGGCAACTAAgccgtcatcgtcatatatagccttgtttaattgttcatctctgattcgatgatgtctcccaccttgtttcgtgtgttcccagtttgttcatcgtcttttgattttaccggccgtgctctgcttttgtttttgtttcacctgatctctctctgacttgatgtaagagtggtatctgctacgactatatgttgttgggtgaggcatatgtgaatgaaatatatggaagctccggctatatatatttatacaaagggtacgagatggatgtgaa
//Triticum aestivum// RuBisCO small subunit gene
agagtgcctcctcctagcaagctatatacctacatagtacagccATGGCCCCCACCGTGATGGCCTCGTCGGCCACCTCCGTCGCTCCTTTCCAGGGGCTCAAGTCCACCGCCGGCCTCCCCGTCAGCCGCCGCTCCAACGGCGCTAGCCTCGGCAGCGTCAGCAACGGTGGAAGGATCAGGTGCATGCAGGTGTGGCCCATCGAGGGCATTAAGAAGTTCGAGACCCTGTCCTACCTGCCACCGCTCAGCACAGAGGCCCTCCTCAAGCAGGTCGACTACCTGATCCGCTCCAAGTGGGTGCCTTGCCTCGAGTTCAGCAAGGTTGGGTTTATCTTCCGTGAGCACAACGCATCCCCTGGGTACTACGATGGCCGGTACTGGACAATGTGGAAGCTGCCTATGTTCGGGTGCACCGACGCCACGCAGGTGATCAACGAGGTGGAGGAGGTCAAGAAGGAGTACCCTGACGCGTATGTCCGCATCATCGGATTCGACAACATGCGCCAGGTGCAGTGCGTCAGCTTCATCGCCTTCAAGCCACCGGGCTGCGAGGAGTCCGGCAAGGCCTAAacagctcactcaccacgggccacatataaagtgccattgcggttttgtcaactctgacattgctttgggttttcct
プライマーの設計のルールとしては、以下の通りです。
①TmがFw, Rvとも50~60℃程度で一緒くらいにする
②共に3'末端はCまたはGにする
③GC含量は40-60%程度にする
それと、ゲノムから増幅させる場合は:
④設計した配列についてBLASTにかけ、似すぎる配列がないか一応確かめる。
それぞれの理由について解説します。
①のポイントについて、先ずTmという言葉について解説しないといけません。
Tmというのは融解温度と言われており、定義としては「そのDNAの50%が相補鎖と水素結合をする温度」です。
皆さんも図表などでA:Tペアは水素結合が2本、G:Cペアは3本であることを見たことがあると思いますが、
水素結合は温度依存性があって、温度が高くなるについて切断されます。
したがって、A:TペアはG:Cペアに比べて水素結合が切断されやすいということが分かると思います。
Tm値計算においては経験的にAとTは2℃、GとCは4℃、などと簡易的に計算することがあります。
例えば、ATGGCCATAAGACTGというプライマーのTmは、
2+2+4+4+4+4+2+2+2+2+4+2+4+2+4といった感じで計算できます。
PCRの原理として、プライマーは鋳型DNAに「ちょうどよく」結合することが必要です。
「ちょうどよく」というのは、プライマーが目的とする鋳型配列に対して特異的に結合して、
かつ熱変性ステップではがれてくれる必要があります。
したがって、プライマーのTm値が低すぎると、ひょっとしたら鋳型の他の箇所に結合してしまう可能性もありますし、
また高すぎると熱変性ステップ(95℃)ではがれてくれないかもしれません。
そういった理由から、「ちょうどよい」Tmとして50~60℃になるようにプライマーを設計します。
また、このTm値をアニーリングステップ(熱変性の後のステップ)の温度として採用します。
②のポイントは、特異的結合を担保するための工夫になります。
もちろん3'末端がAやTでもPCRが上手くいくこともありますが、
GやCの方が水素結合が3本ありますので、特異的結合に寄与します。
③のポイントは、①にも関連しています。
GC含量が少なすぎると、特異的結合という意味で信頼性を失います。
逆にGC含量が多すぎると、鋳型DNAに対して結合しすぎる、という可能性があります。
経験的に、GC含量はこのくらいで収まるのが良いとされています。
④のポイントについて、BLASTについて説明しなくてはなりません。
BLASTとは、DNA配列のGoogle検索的なもの、と思って頂ければと思います。
使い方は至って簡単です。
https://blast.ncbi.nlm.nih.gov/Blast.cgi\\
HPが英語で取っつきにくいかもしれませんが、
今回はDNA配列について調べたいので"nucleotide BLAST"を選択します。
次に"Enter accession number(s), gi(s), or FASTA sequence(s)"という窓がありますので、
そこに自分が調べたいDNA配列を放り込みます。
最後に、下にある"BLAST"というボタンを押せばOKです。
(ただ、今回はコメ由来DNAが鋳型ですので、"organism"にコメの学名である"Oriza sativa"を入れて
コメ遺伝子の中で検索をかけた方が、④の目的に叶うと思います。)
すると、自分が調べたいDNA配列に対して、似ている順にDNA配列が表示されます。
(例えば上に貼り付けたコメ由来RuBIsCO遺伝子とか貼り付けてみて、遊んでみて頂ければと思います。)
自分が設計したプライマー配列が、目的遺伝子以外の配列と似ているとしたら
もう少しプライマー配列を考え直した方が良いかもしれません。
以上、①~④の吟味をして、今回使用するプライマー配列を考え出しています。
最初に紹介しているApeなどのソフトを使用すれば、
簡単にプライマーを設計することが可能です(私もApeを使用しています)。
また今回設計したプライマーはコメのRuBisCO遺伝子配列には結合するが、
小麦には結合しないことも分かると思います。
だからこそ、今回のプライマーを用いてコメのRuBisCO遺伝子だけを「特異的に」増幅できる
ということが配列から既に予想できると思います。
====発展学習5 電気泳動について====
先ずゲル電気泳動の原理についてざっくりとお話したいと思います。
電気泳動に用いるゲルは繊維が網目状になっています。
泳動する分子が大きければそれだけ網目に引っ掛かることで泳動速度が遅くなる、
反面、泳動する分子が小さければそれだけ網目に引っ掛かる確率が低くなるので、泳動速度が速くなる。
ゲルの網目としての性質を利用することで、長さによって分離が出来るというのが原理です。
ちなみに、泳動距離は分子の大きさの対数に比例することが知られていますので、
片対数グラフを用いてプロットすることによって直線(1次関数)になることを利用して
その分子の大きさを知ることもできます。
ゲルの種類について。
一般にDNAの電気泳動はアガロース電気泳動を用いることが多いです。
比較的簡易に電気泳動が出来ることが利点で、
ゲル濃度は分離したい塩基数(bps)によって選択し、大体0.5%~2.0%を用います。
ゲル濃度が低いと、それだけDNAが網目に引っ掛かる確率が減りますので、大きいDNAを可視化したい時に便利です。
反面、高いゲル濃度のゲルは、小さいDNAを可視化したい時に使います。
cf: https://catalog.takara-bio.co.jp/product/basic_info.php?unitid=U100003517\\
また、これは研究現場的な記載になりますが、
アガロースといっても色んなグレードがあり、寒天培地に用いるものから電気泳動用のものがあります。
電気泳動用のものは精製度が高いことが特徴であり、
培地用の寒天を使うと泳動の再現性が取れないなど色んな問題が起こるで注意。
アガロース電気泳動における泳動バッファーは、一般的にTAEバッファーというのを使います。
(※TAEの他、TBEというのを使うこともありますが、その辺は研究レベルの話なので割愛します。)
勿論単なる水では電流は流れませんから、何かしらの電解質を入れる必要があります。
T:Tris(p//K//A8.1のバッファー)、A: acetate(酢酸 TrisのpHを合わせるために使用)、E: EDTA エチレンジアミン四酢酸の略で、
TとAは、目的のpH(pH 8.3)にしたいということが分かると思います。
Eの意味は良く問われることなのですが、EDTAは化学で出てきたかもしれませんが**キレート剤**というものです。
キレート剤は2価イオンをトラップするという特徴を持った試薬で、Mg2+をトラップする為に使われます。
では、何故Mg2+をトラップする必要があるのでしょうか?
基本的に**DNAを切ったり貼ったりするにはMg2+が必要**と考えて良いです。
生物でこれまで出てきたと思われるDNAポリメラーゼやリガーゼ、制限酵素(DNase)など、
DNAを切ったり貼ったりする酵素はMg2+を補因子として必要とします。
特に電気泳動をする上で困るのはDNaseの混入であり、
DNaseが混入してしまっては折角の自分のDNAが電気泳動中に切れてしまうかもしれません。
しかし、補因子であるMg2+をEDTAでトラップしてしまえば、
仮にDNaseが混入してしまっても活性を持つことは出来ません。
要するにDNA試料中や泳動バッファーにDNaseが混入してしまっても大丈夫な様にEDTAを入れている、ということになります。
次に試料を電気泳動する際に、loading dyeという青い液体を混和してからウェルにロードします。
このloading dyeが青い理由は、化学で出てきたかもしれませんがBPB(ブロムフェノールブルー)が入っているからで
BPBは単に色付けのために入れている、と考えて良いです。
そもそもDNA試料が何でウェルの中に沈むのか?というと、loading dyeの中にグリセロールが入っているからです。
グリセロールは水に比べて重い(比重は1.26)ので、沈む方向にいきます。
ただ透明だと良く分からないので、BPBを入れてその動きを知れるようにしているということです。
またBPBは電気泳動ではゲルの中に入っていき、泳動度は1%ゲルでは大体1000塩基対くらいと一緒ですので
ある種のマーカー代わりにもなります。
一番端にマーカーと呼ばれるDNAサイズが既知の試料を流しますが、
他のDNA試料と一緒にヨーイドンをすることによって、自分のDNA試料の大きさを確認する為に流します。
古典的には例えばλファージと呼ばれるファージ由来のDNA(λDNA)をHindIIIと呼ばれる制限酵素で完全消化した
λHindIIIなどを使うことが多かったですが(cf. https://www.nebj.jp/products/detail/374)、
現在では綺麗な数字になるようなDNAを人工的に合成してマーカーとしたものが多く、
今回の実習でも人工的なマーカーを用いています(https://apro-s.com/item/470/)。
アガロース電気泳動では、実習で行う様に”ミニゲル”というのを良く用います。
100 Vで30分程度行うことが一般的です。
一般的に電気泳動では"smiling"という現象が知られています。
どうしてもゲルの真ん中の方が、端っこよりも電流が流れやすいために、
ヨーイドンで始めた電気泳動の像が、「ニコ」っとした感じで曲がる現象が知られています。
smilingの為に、電気泳動では特に端っこの方が歪んでしまうことが多いので、
だから自分の試料は真ん中に、マーカーなど一応流す程度のものは真ん中にすることが多いです。
このsmilingを防ぎたいときは、例えば低電圧(例えば50 V)で流すのも1つです。
その分、時間がかかってしまいます。
逆に電気泳動がさっさと終わって欲しいと思って電圧を100 Vより上げて電気泳動自体は可能の様に思えますが、
150 Vくらいになると電気泳動によって発するジュール熱によって最悪ゲルが(部分的に)溶けてしまい、
泳動像がグチャグチャになってしまうこともあります。
どうか100 Vで30分くらい、待ってあげて下さい。
最後に泳動像の可視化ですが、一般にエチジウムブロマイド(EtBr)という試薬を使うことが多いです。
EtBrはDNAに特異的にインターカレート(空間的に挿入)することが知られています。
EtBrはUV光を照射すると蛍光を発することが知られていますが、
DNAと結合したEtBrではその蛍光が強くなることを利用して可視化をします。
EtBrは研究レベルでは良く使うのですが、変異原性(発がん性)があって危険でもあるので、
今回の実習ではミドリグリーン(https://www.n-genetics.com/products/search/detail.html?product_id=4297)と呼ばれる試薬を使います。
ミドリグリーンもEtBrと同様にDNAに結合することで蛍光を強く発する試薬です。
最後に、ゲル染め方として、先染め、ゲルに入れる、後染めの3種類があります。
先染めとは、DNA試料内にEtBrなどの蛍光試薬を混和して電気泳動する方法、
ゲルに入れるとは、アガロースゲル作成時にゲルに混和させる方法、
後染めとは、電気泳動終了後にEtBrなどの蛍光試薬が入ったバッファーで数分間染めた後に観察する方法です。
研究者によってどの方法にするかは趣味になるのですが、今回は「ゲルに入れる」を採用しています。
予め蛍光試薬(ミドリグリーン)をゲルに入れた状態で皆さんにお配りします。
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=====アンケートに対するpoint-to-point回答 8/18=====
改めて今回の実習に関わって下さった先生方、学生の皆さん、お手伝い頂いた方々、有難うございました。
皆さんから頂いたアンケートにつきまして、幾つか類型ごとにまとめた形でフィードバックさせて頂きたいと思います。
**Q1: PCR実験がしたかった**\\
A1: この意見が最も多かったと思います。PCRは、どの教科書にも掲載されている事柄ですので、百聞は一見に如かずでやってみたい方も多かったかもしれません。今回の実習ではPCRの結果のバンドのみ入れることで代替としてしまいましたが、今回PCRを入れなかった一番の原因は時間的制約です。PCRだけで2時間くらいかかってしまうので、1日で終わらせるにはちょっと大変かと思い、割愛させて頂きました。また実験所作といっても、鋳型DNAとプライマーや必要な試薬(ポリメラーゼ等)を混ぜるだけであり、あとは2時間待ち(条件を良くすれば1時間くらいで可視化に充分な量、増幅できるのかもしれませんが)となってしまうところが懸念点でした。
ただPCRも、自分でプライマーを設計して目的の配列の増幅を目指す、という課題であれば、恐らく実習としても成り立つのではないかと思います。その為には、上で紹介した様なApeといったDNA編集ソフトやデータベースの使い方などが必要なので、PCRだけで少なくとも2日は取るかなと思います。例えばプライマーの設計についてYouTubeなどで紹介動画を作っておき、それに基づいて宿題的にプライマーを各自で設計して頂いて、当日PCR・電気泳動をして確かめる、こんな実習の流れはアリだと思います。
私自身、こういう感想を頂くことで、よりよい実習の在り方を考えるきっかけとなり参考になります。有難うございます。
**Q2: (自分も含めて)ヒトを対象としたPCR。遺伝子を扱いたかった**\\
A2: ヒトのDNAは究極的な個人情報なので、倫理的問題がつきまといます。例えば大学などの研究機関では、たとえ実習内でもヒトDNAを用いるとしたら、倫理申請関連の書類を提出し、各大学の倫理委員会による第三者的諮問・承認を経て、やっと実施可能となります。もちろん自身のDNAを使って、例えばお酒に強いのかどうか?などを頬の上皮細胞から抽出したDNAを鋳型とし、アルデヒド脱水素酵素(ALDH2)を標的としたPCRなどで調べることは可能ですが、最近はCOVID-19の影響によって自身のDNAを採取するステップでの感染リスクが高まってしまいますので、私自身も少なくともCOVID-19がおさまるまでは、植物など問題とならないサンプルで実習すべきという風に考えています。
**Q3: プラスミドの作成や制限酵素を扱いたかった**\\
A3: これはcDNAクローニングを実習対象にすれば可能と思います。ただ現場的に言うと、制限酵素で切断した後のリガーゼが中々問題でして、これの成功率が非常に低いです。理由としては、1つはリガーゼ自身が失活を受けやすいことから、例えばピペット操作で泡立ててしまうなどによって簡単に失敗してしまいます。2つ目として、リガーゼの反応自身非常にデリケートで、目的DNA以外の夾雑物を出来るだけ排除することが求められるのですが、中々技術的に難しいところがあり、慣れと経験を必要とします。3つ目として、リガーゼ処理(ライゲーション反応、とかいいますが)が成功したかどうかは、ライゲーションに続く形質転換(トランスフォーメーション)で大腸菌に取り込ませて、次の日にコロニーが生えるか?でやっと分かりますので、少なくとも実習に2日必要ということになります。
ただ、どんな教科書にも載っている様な所ですので、実際にやってみたいですよね。。。もう少し現実的な落としどころを考えてみたいと思います。有難うございます。
**Q4: 遺伝子発現の調節しているところを見てみたい**\\
A4: 高校生物でジャコブ・モノーのオペロン説が出てくることから、Q4のご意見が出てきたのかと思います。難しいこと、ちゃんと勉強されていますね。可視化という意味で一番分かりやすいのが、形質転換+誘導物質です。例えばGFP遺伝子を組み込んだプラスミドを大腸菌に形質転換させ、誘導物質を含んだ培地に塗布する、かな?と思います。このオペロン説の流れは、現在も人工的にタンパク質を作成するときに使われている技術の基盤となっており、目的遺伝子をオペロン内にクローニング(挿入)し、プラスミドの形で大腸菌に形質転換した後、その遺伝子組換え体に対して誘導物質を与えることによって、強制的にその目的タンパク質を発現させるという技術があります。これによって、原理的に自分の設計したタンパク質が自由に作成することができます(もちろん、設計したはずなのに上手くいかないとか、いろんな問題はつきものですが…)。
その様な人工的なタンパク質(遺伝子組み換え技術によってできたタンパク質ですので、リコンビナントタンパク質と呼ばれます。リコンビナントとは「遺伝子組み換えの」という意味です。)の先駆例としては、インスリンやヘモグロビンがありますので、興味ある方は調べてみても良いかもしれません。
古典的にはプラスミドに挿入するDNAはPCRにより目的断片を増幅し、制限酵素で切断することでプラスミドに入れていましたが、最近では人工遺伝子合成といって、数千残基レベルの長いDNA鎖をプライマーを作る感じで有機化学的に全てを全合成してしまうという技術も生まれてきており、色々と応用されています。
…と、全体的に教科書には載っているものの、見えないものを可視化してみたいというご意見が多かったと思います。
特に最近では「可視化」というのは生物学ではキーワードとなっています。「可視化」ということは、「存在するのにたまたま見えていないだけ」のものを「何等かの技術」で持って「見える化をする」ことに他ならず、「何等かの技術」の開発や、その技術を対象や目的を変えることによる応用など、多くの研究があります。例えば皆さんご存知と思われるGFPも(持ってくれば良かったですね…)、対象となる分子にGFPを融合させることによって、対象分子の動きが分かるという「可視化」に役立っています。最近では「透明化」という技術がトレンドとなってきている様子で、動物や植物における透明化技術の開発も盛んに行われています。
この様に、現在の生物学は色んな技術、特に物理・化学的な原理に基づいた方法論によって支えられています。上でも述べさせて頂きましたが、ある技術に対する単なるエンドユーザーになってしまうのではなく、難しいけれども技術の原理を理解した上で、次の技術を考えられるディベロッパーの立場で物事を見られる様になると、次々と面白いものが見えてくるかもしれません。それこそ「自分の見える化」、かもしれませんが。
1日間の実習ではございましたが、私も皆様の将来にとって何かのキッカケになって頂ければと思います。また質問や相談などもいつでも受け付けますので、気軽にメール(oshikane-h@phs.osaka-u.ac.jp @を小文字にして下さい)を頂ければ幸いです。
私こそ貴重な体験をさせて頂き、有難うございました。