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 =====高等学校における形質転換実験プロトコール===== =====高等学校における形質転換実験プロトコール=====
 +☞プロトコールのPDFは{{ :highschool:transformation_protocol.pdf |コチラ}}。
  
 ====無菌操作==== ====無菌操作====
行 64: 行 65:
 ---- ----
 ====クローニングについて==== ====クローニングについて====
-今回使用しているのはライセンスの関係上pETUKという選択マーカーがカナマイシンのベクターを使用しています。 +今回使用しているのはライセンスの関係上pETUKという選択マーカーがカナマイシンのベクターを使用しています。 
-資料集などにも出てくるマルチクローニングサイト周辺の配列は下のようになっています。+{{:highschool:petuk.png?400|}}\\ 
 +(☞[[https://jorgensen.biology.utah.edu/wayned/ape/|ApE]]を用いれば{{:highschool:petuk.ape|元のファイル}}で編集することができます。) 
 +資料集などにも出てくるマルチクローニングサイト周辺の配列({{:highschool:petuk_mcs.ape|元のファイル}})は下のようになっています。
  
 <WRAP center round box 80%> <WRAP center round box 80%>
-GATCCCGCGA AATTAATACG ACTCACTATA GGGAGACCAC AACGGTTTCC CTCTAGAAAT+GATCCCGCGAAATTAATACGACTCACTATAGGGAGACCACAACGGTTTCCTCTAGAAAT
  
-AATTTTGTTT AACTTTAAG<fc #ffff00>A AGGAG</fc>ATATA <fc #ff0000>CAT**ATG**</fc>CGGG GTTCTCATCA TCATCATCAT+AATTTTGTTTAACTTTAAG<fc #ffff00>AAGGAG</fc>ATATA<fc #ff0000>CAT**ATG**</fc>CGGGGTTCTCATCATCATCATCAT
  
-CATGGTATGG CTAGCATGAC TGGTGGACAG CAAATGGGTC GGGACGATGA CGATAAGGAT+CATGGTATGGCTAGCATGACTGGTGGACAGCAAATGGGTCGGGACGATGACGATAAGGAT
  
-CCCCG<fc #ff0000>GGTAC C</fc>GAGCTCGAA TTCGATTTCG TCGACAAGCT TAGCGGCCGC CGTTTAATCC+CCCCG<fc #ff0000>GGTACC</fc>GAGCTCGAATTCGATTTCGTCGACAAGCTTAGCGGCCGCCGTTTAATCC
 </WRAP> </WRAP>
  
-このベクターを先ずNdeI(<fc #ff0000>CATATG</fc>)とKpnI(<fc #ff0000>GGTACC</fc>)という制限酵素で切断します(因みにNdeI上ATG開始コドンです)。並行してGFP遺伝子をforwardプライマーを"NdeI+GFP5'配列"、reverseプライマーを"KpnI+GFPの3'配列"でPCRし、NdeIとKpnIで切断した断片を作成しておきます。次にライゲーションによって、NdeI-KpnIで切断したベクターとNdeI-KpnIで切断したPCR断片とをつぎ合わせます。する、ベクターは次様な配列になるはずです。+太字で書いたATGが開始コドンで、今回NdeI(<fc #ff0000>CATATG</fc>)とKpnI(<fc #ff0000>GGTACC</fc>)という制限酵素でクローニングをしました。こNdeIとKpnIで囲まれた領域**マルチクローニグサイト(MCS)**で、制限酵素切断る配列が仕込まれています。例えば発現ベクターで良く使われる[[https://www.google.com/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd=&ved=2ahUKEwiGzOTo_5H6AhUFpVYBHT0nAZwQFnoECAYQAQ&url=https%3A%2F%2Fwww.helmholtz-muenchen.de%2Ffileadmin%2FPEPF%2FpET_vectors%2FpET-28a-c_map.pdf&usg=AOvVaw2lJIEpMCIreVG68VMx6Qaa|pET28a]]のマップも参考にるかと思います。この様にプロモーターとターミネーター色ん仕掛けが存在すことが分かると思います。
  
-<WRAP center round box 80%> +__(良くある質問①)何でマルチクローニングサイトという仕掛けがベクターに存在するか?:__どの制限酵素を使用するか?ですが、ベクター側と遺伝子断片側の制限酵素を合わせることで、ライゲーションの際に"足場(overhang)"が噛み合うように設計します。したがって、自分がクローニングしたい遺伝子内に制限酵素サイトが存在してしまうと、その制限酵素は使えないということになります。遺伝子の5', 3'の両端に制限酵素サイトが欲しいので、通常PCRのプライマーで制限酵素サイトを入れておくことによって、その制限酵素ペアで切断する、ということをします。 
-GATCCCGCGA AATTAATACG ACTCACTATA GGGAGACCAC AACGGTTTCC CTCTAGAAAT+例えば、今回のクローニングではNdeIとKpnIを選択していますが、NdeIとKpnIサイトはGFP遺伝子の中に無いことを確認しているので、PCRプライマーのforward, reverseプライマーにそれぞれNdeI、KpnIの配列を含ませることで、GFP遺伝子の両端がNdeI、KpnIの"足場"が出来るように工夫してあります。
  
-AATTTTGTTT AACTTTAAG<fc #ffff00>A AGGAG</fc>ATATA <fc #ff0000>CAT**ATG**</fc><fc #008000>GFP遺伝子の配列)</fc>+__(良くある質問②)そもそも何で制限酵素を2種類必要とするのか?:__一言でいうと、5'→3'の方向性を揃えるためです。制限酵素を1種類でもライゲーションはできますが、挿入するDNA断片の5', 3'は1種類の制限酵素で切断していますので、5', 3'の"足場"が一緒になってしまいます。したがって、ベクターにDNA断片を挿入するにしても5'→3'の向きか、またはその逆さまの3'→5'の2種類が考えられることになってしまうからです。もちろん向きが5'→3'であることがPCRやシーケンスで確認できるのであれば1種類でも良いのですが、一般的には制限酵素を2種類用意してクローニングした方が面倒でないからです。またベクターを1つの制限酵素のみで切断すると、当然ベクター内で同じ"足場"がありますので、自分同士で繋がってしまう確率が非常に高くなります。このことを**self ligation**といいます。self ligationを防ぐために、一般的には制限酵素処理後にアルカリフォスファターゼという酵素で処理することによって断面のリン酸基を除去することを行います。 
 +2種類の制限酵素でDNA鎖を切断することを**double digestion**といいますが、それぞれの制限酵素には最適なバッファー条件というものが存在しており、例えばTakaraのシステムではH, K, T, Lバッファーの4種類があり、そのいずれかを使ってDNAの切断を行います。最適なバッファーを選択しないと全然切断活性を示さなかったり、最悪の場合は本来の認識配列とは違う配列で切断してしまう可能性もあります。double digestionでは2種の制限酵素を使うので、お互いに最適なバッファーが違うかもしれません。研究現場で良く参照にするのが[[https://catalog.takara-bio.co.jp/product/basic_info.php?unitid=U100003257|double digestionのバッファー表]]で、これに従ってdouble digestionを仕掛けることをします。例えば今回はNdeIとKpnIで切断したいので、この表からTバッファーを使えば良いということが分かります。 
 + 
 +__実際に行った実験操作__\\ 
 +pETUKベクターを先ずNdeI(<fc #ff0000>CATATG</fc>)とKpnI(<fc #ff0000>GGTACC</fc>)という制限酵素で切断します。並行して、GFP遺伝子をforwardプライマーを"NdeI+GFPの5'の配列"、reverseプライマーを"KpnI+GFPの3'配列"でPCRし、NdeIとKpnIで切断した断片を作成しておきます。次にライゲーションによって、NdeI-KpnIで切断したベクターとNdeI-KpnIで切断したPCR断片とをつなぎ合わせます(下図。 
 + 
 +{{:highschool:cloning_gfp.png?500|}}\\ 
 + 
 +こうして、皆さんにお渡しする下図の様なプラスミドマップを持つプラスミド({{:highschool:petuk_gfp.ape|元のファイル}})を作成しています。 
 +{{:highschool:petuk_gfp.png?400|}} 
 + 
 + 
 +**【発展的内容:ribosomal binding site】** 
 +上のベクターの配列中に黄色く示した箇所があります。開始コドンのちょっと上流の部分にあたるのですが、これは**Shine-Dalgano配列(シャイン・ダルガノ配列)**と言われているコンセンサス配列で、原核生物の遺伝子の上流に見られるプリン塩基の特徴的な配列として知られています。何故各遺伝子の上流に決まってこの配列が存在するかというと、この配列が転写されてmRNAとなり、リボソーム上で翻訳される際に、mRNAに写し取られたこの配列とリボソーム内の16S rRNAとがワトソン・クリック塩基対を形成することによって結合・認識するからです。ベクターを介してタンパク質発現を達成したいので、ベクター内にも実際の原核生物に似せたこの様な仕掛けを持たせています。 
 +なお、真核生物でもShine-Dalgano配列と同様、**Kozak配列**というコンセンサス配列が知られています。 
 +cf: http://wolfson.huji.ac.il/expression/vector/RibosomalBindingSites.html
  
-<fc #ff0000>GGTAC C</fc>GAGCTCGAA TTCGATTTCG TCGACAAGCT TAGCGGCCGC CGTTTAATCC 
-</WRAP> 
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 ====抗生物質について==== ====抗生物質について====
 +抗生物質については特に皆さんが医療系に進まれることになると、かなり勉強することになると思いますが、分子生物学分野で良く使う抗生物質はアンピシリンとカナマイシンですので、その2つについて説明をします。
 +そもそも何故抗生物質が我々には作用せず(副作用はここでは考えないこととして)、バクテリアの成長を抑制することが出来るか?というと、そもそも原核生物であるバクテリアと真核生物である我々とは生物学的に分子メカニズムが違う点が存在し、その分子メカニズムの違いを応用する形でバクテリアだけを標的にすることを可能にしている、これが抗生物質ということになります。
 +抗生物質は~系というカテゴリーが幾つかあるのですが、アンピシリンはβラクタム系>ペニシリン系の抗生物質に分類されます。化学的な特徴としてはβラクタムという四員環が存在し、バクテリアの細胞壁合成阻害をします。上でも説明しました様にもちろん我々は細胞壁を持ちませんから、細胞壁合成阻害薬であるアンピシリンを撒かれても関係ありません。
 +一方、カナマイシンはアミノグリコシド系抗生物質に分類され、原核生物のリボソームの30S内にある16S rRNAに作用することで翻訳開始を阻害します。ここでも真核生物との違いですが、原核生物と真核生物とではリボソームがそもそも違い、サブユニット(雪だるまみたいなやつ)構成や構成するリボソームタンパク質やrRNAも違います。サブユニットは原核生物では30S(小サブユニット)と50S(大サブユニット)が合わさって70S(複合体)に、真核生物では40S(小サブユニット)と60S(大サブユニット)が合わさって80S(複合体)になります。
 +ちなみに、何で30S + 50S = 80Sでないのか?は良くある質問ですが、Sは沈降係数といって遠心分離において粒子の挙動を示す量で、沈降速度vを加速度aで割った比:S = v/a = v/ω<sup>2</sup>rで表されます(ただしωは遠心機のローターの角速度、rは遠心機のローターの半径。速度(LT<sup>-1</sup>)を加速度(LT<sup>-2</sup>)で割っているので物理的な次元は時間(T)で、1S = 10<sup>-13</sup>秒)。遠心による加速度が一定であればS = v/aからも分かる様に、Sが大きいほど速く沈む、と理解できると思います。勿論分子の形によって沈みやすさが変わることは何となく想像がつくと思いますが、リボソームの例では遠心分離をしてみたら複合体では80Sではなく70Sで沈んだよ、という結果論的な話と理解して良いと思います。同様にrRNAについても16Sなど沈降係数Sで表しますが、この様な実験による結果論的な数値と考えて良いと思います。
 +
 +この様に一括りに抗生物質といっても作用機序が異なります。昨今、耐性菌の出現が医療で問題となっていますが、1つは抗生物質に対する耐性菌は要するに抗生物質を分解できる酵素の遺伝子を何等かの形で獲得することによって起こります。
 +cf: https://amr.ncgm.go.jp/medics/2-1-1.html\\
 +
 +抗生物質を分解する酵素の遺伝子を獲得した耐性菌は、分解酵素を自分の周辺に分泌することによって抗生物質の影響なく生育することができます。今回はプラスミドの形で耐性遺伝子を形質転換により導入することによって、耐性菌を作成しています。実験的には下記Hanahan法によってプラスミドを介して耐性を付与していますが、自然界でプラスミドなど外部からDNAを取り込んで耐性を獲得する様式を**水平伝播**と言います。また一度耐性を獲得すると、娘細胞にも当然受け継がれていきます。この様に代々受け継がれていくことは**垂直伝播**と呼ばれます。
 +
 +実験の話に戻りますが、プラスミドには耐性遺伝子と共に目的遺伝子も搭載されています。今回の場合で言えば、耐性遺伝子としてカナマイシン耐性、目的遺伝子はGFPです。したがって、カナマイシンを塗布したプレートにコロニーを生やすことが出来るクローンは、プラスミドを取り込んだ、つまり目的遺伝子であるGFPを取り込んだ証拠となります。この様に一般的に分子生物学では薬剤耐性を使ってプラスミドを取り込んだかどうかのコロニーの選別をしますが、その際に使われる抗生物質(または耐性遺伝子)を**選択マーカー**と言います。今回はカナマイシンが選択マーカーである、と表現できます。
 +cf: https://dl.ndl.go.jp/view/prepareDownload?itemId=info%3Andljp%2Fpid%2F10517734&contentNo=1
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 +**【発展的内容1:MIC(Minimum Inhibitory Concentration, 最小発育阻止濃度)】**
 +各薬剤で、このくらいの濃度で使用すると良いよという数値があります。例えばアンピシリンであれば50~100 ug/mL、カナマイシンなら~30 ug/mLあたりから抗生物質としての効果が現れることが実験的に知られています。この濃度を最小発育阻止濃度(MIC)といい、各抗生物質を使用する際に必ずチェックしておきたい数値です。ちなみに今回はカナマイシンプレートを使用していますが、ここには30 ug/mLになる様にカナマイシンが含まれています。
 +
 +**【発展的内容2:サテライトコロニー】**
 +上記の様に、形質転換によって薬剤耐性を獲得したクローンは、自分の周りに分解酵素を撒き散らしながら生育します。したがって、プラスミドをきちんと取り込んだコロニーの周囲は抗生物質が分解された状態になります。そうなると、プラスミドを取り込んでいないクローンが近くにいれば生育できてしまいます。この様にプラスミドを取り込んだコロニーの周りにプラスミドを取り込んでいないコロニーが「ごっつあん様」で生えてくることがあります。この「ごっつあん」コロニーを**サテライトコロニー**といいます。プラスミドを取り込んだ本命のコロニーは最初から生育するので大きめであるのに対し、サテライトコロニーは本命のコロニーが生育して分解酵素を撒き散らした後に初めて生育することが可能です。大学学部の分子生物学の試験問題(大学入試でも?)に「大きなコロニーの周囲に小さなコロニーが出現することがあるが、その理由を示せ」といった感じの出題されることがありますが、この様に本命コロニーが生育した後にサテライトが生育できる様になることから、そのタイムラグがコロニーの大きさとなって反映されるため、と解釈されます。
 +ちなみに、アンピシリンを選択マーカーで使う場合はスプレッド後37℃で寒天培養して20時間くらい静置してしまうとサテライトが多く現れます。したがって、16時間くらいで引き上げるのが賢明です。アンピシリンの作用機序は上にも示した様に細胞壁合成阻害ですが、アンピシリンによってバクテリアが死滅するわけではなく、新しく細胞壁を合成できないというだけなので、プラスミドを取り込んでいないクローンも実はプレート上で生きることは可能です。そこでアンピシリンが本命コロニーが分泌する分解酵素(β-ラクタマーゼ)によって分解されてしまえば、プラスミドを取り込んでいないクローンも再び細胞壁を合成できるようになり、細胞増殖することが可能になり、サテライトが多くできます。
 +対照的にカナマイシンの作用機序は翻訳阻害ですので、翻訳が阻害されればバクテリアは死滅します。したがって、「ごっつあん」する前にほぼほぼ死滅してしまうので、カナマイシンではサテライトが出現しにくい、という説明になります。
 +
 +cf: https://www.researchgate.net/post/What_are_satellite_colonies_Why_do_they_grow_on_LB_amp_plates\\
 +英語ですが、サテライトが出て困っている人もworldwideで居らっしゃるみたいですね。写真も載っているので参考になるかと思ってリンクを載せておきました。
 +
 +**【発展的内容3:レスキューの意味】**
 +ヒートショック後に暫く栄養リッチな培地で培養をすることをレスキュー言ったりします(カルシウムやらヒートショックやらで菌をいじめておいてレスキューとか言うのも何ですが…)。発展的内容2でも書いた様に、カナマイシンの作用機序は翻訳阻害ですので、分解酵素がないとバクテリアはたちまち死滅してしまいます。形質転換により耐性遺伝子を獲得したとしても、セントラルドグマ的に転写→翻訳して細胞外に分泌できる様にならないと生育が出来ません。当然、分解酵素を作り出すまである程度の時間を必要とします。その待ち時間がレスキューということになります。したがって、カナマイシンの場合はレスキューをしないとコロニーは殆ど生えてきません。
 +選択マーカーとしてカナマイシンを使用する場合ではレスキューが必要と言いましたが、実はアンピシリンでは必要ではなく、省略してもOKです(別にレスキューをやっても良いですが)。アンピシリンの作用機序は上でも述べた様に細胞壁合成阻害であり、直ぐに死滅するわけではありません。したがって、最初プラスミドを取り込んだクローンは細胞壁合成が出来なくても分解酵素を産生し、アンピシリンを分解し始め、最終的に細胞壁も合成可能にしながら増殖することが出来るようになります。
  
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 **【発展的内容:微生物の同定について】** **【発展的内容:微生物の同定について】**
 今回使っているのはLB培地(Luria-Bertani medium)で、大腸菌が良く生育すると知られている組成でできています。しかし、他の微生物などもLB培地で生育することも可能です。この様に微生物なら広く生育できてしまう培地を**非選択培地**といいます。対照的に、ある種の微生物だけ生育できる培地というのも存在し、**選択培地**といいます。医療現場においては(古典的には)、これらの培地を使い分けしながら、またグラム染色など染色法や顕微鏡観察、生化学的な特徴判別を組み合わせながら微生物種の同定を行っています。また興味深いことに、非選択培地といっても全ての微生物種を生育できる様な培地成分または生育条件は知られていません。 今回使っているのはLB培地(Luria-Bertani medium)で、大腸菌が良く生育すると知られている組成でできています。しかし、他の微生物などもLB培地で生育することも可能です。この様に微生物なら広く生育できてしまう培地を**非選択培地**といいます。対照的に、ある種の微生物だけ生育できる培地というのも存在し、**選択培地**といいます。医療現場においては(古典的には)、これらの培地を使い分けしながら、またグラム染色など染色法や顕微鏡観察、生化学的な特徴判別を組み合わせながら微生物種の同定を行っています。また興味深いことに、非選択培地といっても全ての微生物種を生育できる様な培地成分または生育条件は知られていません。
-最近では、次世代シーケンス(NGS:Next Generation Sequencing)の台頭によって、微生物の網羅的な探索が出来るようになってきました。例えばバクテリアであれば16S rRNAというリボソームを構成するrRNAの遺伝子を必ず持っていますが、バクテリア種によって少しずつ配列が異なることも知られており、その配列はデータベースになっています。これを利用して、あるサンプル内に存在するバクテリアのポピュレーション(存在比率)がどの程度であるかを、片っ端から16S rRNA遺伝子を標的としたシーケンス反応を仕掛けることで知ることが出来ます。例えば16S rRNA遺伝子を標的としたシーケンス反応を1000回仕掛けて、300回がバクテリアA、250回がバクテリアB、150回がバクテリアCの配列、それ以外細々としたものが400回出たとします。その時、そのサンプル内の30%はバクテリアA、25%はバクテリアB、15%はバクテリアC、その他が40%と比率を求めることが出来ます。最近、例えば腸内フローラにおける細菌叢の研究が盛んになってきましたが、NGSを用いてこの様な解析が技術的に可能になってきたこともあり、促進されてきたと云えます。 +最近では、**次世代シーケンス**(NGS:Next Generation Sequencing)の台頭によって、微生物の網羅的な探索が出来るようになってきました。例えばバクテリアであれば16S rRNAというリボソームを構成するrRNAの遺伝子を必ず持っていますが、バクテリア種によって少しずつ配列が異なることも知られており、その配列はデータベースになっています。これを利用して、あるサンプル内に存在するバクテリアのポピュレーション(存在比率)がどの程度であるかを、片っ端から16S rRNA遺伝子を標的としたシーケンス反応を仕掛けることで知ることが出来ます。例えば16S rRNA遺伝子を標的としたシーケンス反応を1000回仕掛けて、300回がバクテリアA、250回がバクテリアB、150回がバクテリアCの配列、それ以外細々としたものが400回出たとします。その時、そのサンプル内の30%はバクテリアA、25%はバクテリアB、15%はバクテリアC、その他が40%と比率を求めることが出来ます。最近、例えば腸内フローラにおける細菌叢の研究が盛んになってきましたが、NGSを用いてこの様な解析が技術的に可能になってきたこともあり、促進されてきたと云えます。 
-また、微生物同定法においては、最近では質量分析(MALDI TOF/MS)による同定ができるようになってきました。化学の発展学習でMALDI TOF/MSが出てきたかもしれません。微生物同定において何を測定するかというと、菌が持っているタンパク質そのものであり、菌ごと質量分析用のプレートに乗せてマトリックスを塗り、質量分析してしまうという何とも雑な感じがしますが、非常に確度も良いこともあり、臨床現場にも取り入れられてきています。何故菌を飛ばして菌種が同定できるか?ですが、セントラルドグマに即して理解が出来ると思います。「同じ遺伝子であっても菌によって遺伝子配列(ATCG)が違う→それによって、アミノ酸配列も異なる→アミノ酸種によって分子量が異なる→アミノ酸の繋がりであるタンパク質レベルでも、菌種によって分子量が異なることになる」ということになり、菌を丸ごと飛ばした時に分子量のパターンも菌種によって異なるということが分かると思います。MALDI TOF/MSによる実験的な質量(分子量)パターンは、次に解析ソフト内にある各菌種の質量パターンとの照合を行い、菌種を同定します。この様に菌によって異なる分子量のパターンを一種の**指紋**として同定する、ということになります。+また、微生物同定法においては、最近では質量分析(**MALDI TOF/MS**)による同定ができるようになってきました。化学の発展学習でMALDI TOF/MSが出てきたかもしれません。微生物同定において何を測定するかというと、菌が持っているタンパク質そのものであり、菌ごと質量分析用のプレートに乗せてマトリックスを塗り、質量分析してしまうという何とも雑な感じがしますが、非常に確度も良いこともあり、臨床現場にも取り入れられてきています。何故菌を飛ばして菌種が同定できるか?ですが、セントラルドグマに即して理解が出来ると思います。「同じ遺伝子であっても菌によって遺伝子配列(ATCG)が違う→それによって、アミノ酸配列も異なる→アミノ酸種によって分子量が異なる→アミノ酸の繋がりであるタンパク質レベルでも、菌種によって分子量が異なることになる」ということになり、菌を丸ごと飛ばした時に分子量のパターンも菌種によって異なるということが分かると思います。MALDI TOF/MSによる実験的な質量(分子量)パターンは、次に解析ソフト内にある各菌種の質量パターンとの照合を行い、菌種を同定します。この様に菌によって異なる分子量のパターンを一種の**指紋**として同定する、ということになります。
 この様に、微生物学の分野でもコッホの時代から続く分離培養から、最先端のNGS法やMALDI TOF/MS法の出現など、多くの手法が今も開発されています。この様に生物学の発展がどれだけ物理や化学を基礎にしているかが良く分かると思います。 この様に、微生物学の分野でもコッホの時代から続く分離培養から、最先端のNGS法やMALDI TOF/MS法の出現など、多くの手法が今も開発されています。この様に生物学の発展がどれだけ物理や化学を基礎にしているかが良く分かると思います。
  
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 **【発展的内容2:codon usage】** **【発展的内容2:codon usage】**
 遺伝コード表によれば、61種類のコドンと3種のstopコドンが存在すると習うと思います。したがって、61種類のコドンに対応する61種類のアンチコドンを持ったtRNAが存在すると思われがちですが、実は違います。生物種によってちょっとずつtRNAの数は違いますが、大体tRNAは30種程度しかありません。この30種くらいのtRNAでどの様にして61種類のコドンに対応するか? 遺伝コード表によれば、61種類のコドンと3種のstopコドンが存在すると習うと思います。したがって、61種類のコドンに対応する61種類のアンチコドンを持ったtRNAが存在すると思われがちですが、実は違います。生物種によってちょっとずつtRNAの数は違いますが、大体tRNAは30種程度しかありません。この30種くらいのtRNAでどの様にして61種類のコドンに対応するか?
-この問題に対して仮説として提唱されたのが、**"wobble (base pair) hypothesis"**で、提唱した科学者はあのDNA2重らせんで有名なフランシス・クリックです。クリックはtRNA存在を予言したことでも大きな業績を残していますが、他にこのwobble hypothesisがあります。遺伝コード表を見ていて皆さんも気付いているかもしれませんが、意外とコドンの3文字目はAUCGどれでも良い、みたいなものが多いと思います。コドンの3文字目はアンチコドンにとっては1文字目になりますが(コドン5'-①②③-3'に対する相補鎖がアンチコドンと結合することから、アンチコドン5'-ⒶⒷⒸ-3'とコドンとは①とⒸ、②とⒷ、③とⒸが結合することになり、コドンの3文字目はアンチコドンにとっての1文字目となる)、このアンチコドンの1文字目がwooble(ゆらぎ)に許容できる様な標準的なワトソン=クリック塩基対(A:U、G:C)以外の非標準的な塩基対形成を許容できる分子メカニズムがあるはず、というものです。+この問題に対して仮説として提唱されたのが、**"wobble (base pair) hypothesis"**で、提唱した科学者はあのDNA2重らせんで有名なフランシス・クリックで、他の大きな業績してこのwobble hypothesisがあります。遺伝コード表を見ていて皆さんも気付いているかもしれませんが、意外とコドンの3文字目はAUCGどれでも良い、みたいなものが多いと思います。コドンの3文字目はアンチコドンにとっては1文字目になりますが(コドン5'-①②③-3'に対する相補鎖がアンチコドンと結合することから、アンチコドン5'-ⒶⒷⒸ-3'とコドンとは①とⒸ、②とⒷ、③とⒸが結合することになり、コドンの3文字目はアンチコドンにとっての1文字目となる)、このアンチコドンの1文字目がwooble(ゆらぎ)に許容できる様な標準的なワトソン=クリック塩基対(A:U、G:C)以外の非標準的な塩基対形成を許容できる分子メカニズムがあるはず、というものです。
 しかし、生物にとっては標準的なワトソン=クリック塩基対を形成できるコドンの方が翻訳に有利だったのでしょうか。遺伝子に用いられるコドンは、tRNAを有しているコドンに偏ることも知られています。この生物種によるコドンの偏りのことを、**codon usage**といいます。例えば[[https://www.kazusa.or.jp/codon/cgi-bin/showcodon.cgi?species=9606&aa=1&style=N|ヒト]]と[[https://www.kazusa.or.jp/codon/cgi-bin/showcodon.cgi?species=83333&aa=1&style=N|大腸菌]]を比較してみます。例えばUUU F 0.46であれば、UUUがコドン、Fがアミノ酸1文字表記でフェニルアラニンのこと、0.46がそのアミノ酸における頻度となっています。特にアルギニン(AGA, AGG)やイソロイシン(AUA)、ロイシン(CUA)のcodon usageの差が大きく、大腸菌ではこれらのコドン頻度が極端に少ない(rare codonといいます)ことが分かります。したがって、ヒトのタンパク質を大腸菌をホスト細胞にして発現させようとする時、このcodon usageの差が壁となることもあり、結果的に上手く発現してくれない、ということが多くあります。 しかし、生物にとっては標準的なワトソン=クリック塩基対を形成できるコドンの方が翻訳に有利だったのでしょうか。遺伝子に用いられるコドンは、tRNAを有しているコドンに偏ることも知られています。この生物種によるコドンの偏りのことを、**codon usage**といいます。例えば[[https://www.kazusa.or.jp/codon/cgi-bin/showcodon.cgi?species=9606&aa=1&style=N|ヒト]]と[[https://www.kazusa.or.jp/codon/cgi-bin/showcodon.cgi?species=83333&aa=1&style=N|大腸菌]]を比較してみます。例えばUUU F 0.46であれば、UUUがコドン、Fがアミノ酸1文字表記でフェニルアラニンのこと、0.46がそのアミノ酸における頻度となっています。特にアルギニン(AGA, AGG)やイソロイシン(AUA)、ロイシン(CUA)のcodon usageの差が大きく、大腸菌ではこれらのコドン頻度が極端に少ない(rare codonといいます)ことが分かります。したがって、ヒトのタンパク質を大腸菌をホスト細胞にして発現させようとする時、このcodon usageの差が壁となることもあり、結果的に上手く発現してくれない、ということが多くあります。
 バイオテクノロジーの話になりますが、この生物種間のcodon usage問題を解決するために、ホスト細胞にこれらrare codonに対応するtRNAを人為的に発現させておこう、という株が作成されています([[https://www.chem-agilent.com/contents.php?id=300608|codon plus]]とかいい、クロラムフェニコールという抗生物質を選択マーカーとしたプラスミドでこれらの遺伝子を導入してあります)。今回使用している[[https://www.merckmillipore.com/JP/ja/product/RosettaDE3-Competent-Cells-Novagen,EMD_BIO-70954|Rosetta(DE3)]]は、上記3種のrare codonに加えてプロリン(CCC)とグリシン(GGA)についてもtRNA遺伝子を導入している株であり、ヒトなど真核生物由来のタンパク質の発現に適した株となっています。 バイオテクノロジーの話になりますが、この生物種間のcodon usage問題を解決するために、ホスト細胞にこれらrare codonに対応するtRNAを人為的に発現させておこう、という株が作成されています([[https://www.chem-agilent.com/contents.php?id=300608|codon plus]]とかいい、クロラムフェニコールという抗生物質を選択マーカーとしたプラスミドでこれらの遺伝子を導入してあります)。今回使用している[[https://www.merckmillipore.com/JP/ja/product/RosettaDE3-Competent-Cells-Novagen,EMD_BIO-70954|Rosetta(DE3)]]は、上記3種のrare codonに加えてプロリン(CCC)とグリシン(GGA)についてもtRNA遺伝子を導入している株であり、ヒトなど真核生物由来のタンパク質の発現に適した株となっています。
transformation.1663080708.txt.gz · 最終更新: 2024/03/03 12:46 (外部編集)