| 次のリビジョン | 前のリビジョン |
| 2025年東京都立青山高等学校実習_形質転換実験 [2025/09/05 02:19] – 作成 oshikane | 2025年東京都立青山高等学校実習_形質転換実験 [2025/11/22 02:13] (現在) – oshikane |
|---|
| =====高等学校における形質転換実験プロトコール===== | =====2025年東京都立青山高等学校実習_形質転換実験===== |
| ====無菌操作==== | ====無菌操作==== |
| {{youtube>MNSNLPN7tPU}} | {{youtube>MNSNLPN7tPU}} |
| オペロン説に従えば、lacオペロンではinducerが存在していない時はリプレッサーにより転写が抑制されているはずなので、下流に存在する遺伝子は発現しないはずです。しかし、実験的には"leaky expression"といって、所謂「おもらし発現」をすることも知られています。今回GFPの発現を目的としていますが、ホスト細胞である大腸菌にとっては自分の生育に何も関係ないタンパク質の過剰産生は細胞にとって毒なはずです。したがって、ずーっと"leaky expression"が続いてしまうと大腸菌の生育にとっては不利益になり、細胞の生育不良を起こし、結局目的とするタンパク質の収量が激減するということも考えられます。 | オペロン説に従えば、lacオペロンではinducerが存在していない時はリプレッサーにより転写が抑制されているはずなので、下流に存在する遺伝子は発現しないはずです。しかし、実験的には"leaky expression"といって、所謂「おもらし発現」をすることも知られています。今回GFPの発現を目的としていますが、ホスト細胞である大腸菌にとっては自分の生育に何も関係ないタンパク質の過剰産生は細胞にとって毒なはずです。したがって、ずーっと"leaky expression"が続いてしまうと大腸菌の生育にとっては不利益になり、細胞の生育不良を起こし、結局目的とするタンパク質の収量が激減するということも考えられます。 |
| そこで、実は今回の実験系では2段階の遺伝子発現系を使うことで、"leaky expression"を出来るだけ無くすという工夫をしています(便宜上、lacオペロン→GFP発現という1段階でこれまで説明してしまいましたが)。ホスト細胞である大腸菌と、プラスミドに"leaky expression"を防ぐ仕組みがあります。先ず1段階目としてはlacオペロンにより、大腸菌のゲノムの方に存在する"T7 RNA polymerase"というタンパク質が出来ます。T7 RNA polymeraseはT7ファージというファージ由来のRNAポリメラーゼですので、大腸菌が元々持っているわけがありません。2段階目として、プラスミド上にT7 RNAポリメラーゼが結合できる部位が存在して、lacオペロンによって産生されたT7 RNA polymeraseがプラスミド上で転写を開始することによって、目的となるタンパク質を産生します。この様に目的タンパク質の産生において、面倒そうな2段階式にすることによって"leaky expression"を防いでいます。 | そこで、実は今回の実験系では2段階の遺伝子発現系を使うことで、"leaky expression"を出来るだけ無くすという工夫をしています(便宜上、lacオペロン→GFP発現という1段階でこれまで説明してしまいましたが)。ホスト細胞である大腸菌と、プラスミドに"leaky expression"を防ぐ仕組みがあります。先ず1段階目としてはlacオペロンにより、大腸菌のゲノムの方に存在する"T7 RNA polymerase"というタンパク質が出来ます。T7 RNA polymeraseはT7ファージというファージ由来のRNAポリメラーゼですので、大腸菌が元々持っているわけがありません。2段階目として、プラスミド上にT7 RNAポリメラーゼが結合できる部位が存在して、lacオペロンによって産生されたT7 RNA polymeraseがプラスミド上で転写を開始することによって、目的となるタンパク質を産生します。この様に目的タンパク質の産生において、面倒そうな2段階式にすることによって"leaky expression"を防いでいます。 |
| 今回使用している大腸菌株はRosetta (DE3)というもので、このゲノムDNA内にlacオペロン支配下のT7 RNA polymeraseがコードされています。またプラスミドの方はpETシステムと言われるものを使用しており、上流にT7 RNA polymerase結合部位を有することが特徴です。大腸菌株としてT7を持たない株を利用してしまったり、この組み合わせを間違えると、当然目的タンパク質は産生してくれませんので注意が必要です。 | 今回使用している大腸菌株はBL21(DE3)という株で、このゲノムDNA内にlacオペロン支配下のT7 RNA polymeraseがコードされています。またプラスミドの方はpETシステムと言われるものを使用しており、上流にT7 RNA polymerase結合部位を有することが特徴です。大腸菌株としてT7を持たない株を利用してしまったり、この組み合わせを間違えると、当然目的タンパク質は産生してくれませんので注意が必要です。 |
| |
| **【発展的内容2:codon usage】** | **【発展的内容2:codon usage】** |
| この問題に対して仮説として提唱されたのが、**"wobble (base pair) hypothesis"**で、提唱した科学者はあのDNA2重らせんで有名なフランシス・クリックで、他の大きな業績としてこのwobble hypothesisがあります。遺伝コード表を見ていて皆さんも気付いているかもしれませんが、意外とコドンの3文字目はAUCGどれでも良い、みたいなものが多いと思います。コドンの3文字目はアンチコドンにとっては1文字目になりますが(コドン5'-①②③-3'に対する相補鎖がアンチコドンと結合することから、アンチコドン5'-ⒶⒷⒸ-3'とコドンとは①とⒸ、②とⒷ、③とⒸが結合することになり、コドンの3文字目はアンチコドンにとっての1文字目となる)、このアンチコドンの1文字目がwooble(ゆらぎ)に許容できる様な標準的なワトソン=クリック塩基対(A:U、G:C)以外の非標準的な塩基対形成を許容できる分子メカニズムがあるはず、というものです。 | この問題に対して仮説として提唱されたのが、**"wobble (base pair) hypothesis"**で、提唱した科学者はあのDNA2重らせんで有名なフランシス・クリックで、他の大きな業績としてこのwobble hypothesisがあります。遺伝コード表を見ていて皆さんも気付いているかもしれませんが、意外とコドンの3文字目はAUCGどれでも良い、みたいなものが多いと思います。コドンの3文字目はアンチコドンにとっては1文字目になりますが(コドン5'-①②③-3'に対する相補鎖がアンチコドンと結合することから、アンチコドン5'-ⒶⒷⒸ-3'とコドンとは①とⒸ、②とⒷ、③とⒸが結合することになり、コドンの3文字目はアンチコドンにとっての1文字目となる)、このアンチコドンの1文字目がwooble(ゆらぎ)に許容できる様な標準的なワトソン=クリック塩基対(A:U、G:C)以外の非標準的な塩基対形成を許容できる分子メカニズムがあるはず、というものです。 |
| しかし、生物にとっては標準的なワトソン=クリック塩基対を形成できるコドンの方が翻訳に有利だったのでしょうか。遺伝子に用いられるコドンは、tRNAを有しているコドンに偏ることも知られています。この生物種によるコドンの偏りのことを、**codon usage**といいます。例えば[[https://www.kazusa.or.jp/codon/cgi-bin/showcodon.cgi?species=9606&aa=1&style=N|ヒト]]と[[https://www.kazusa.or.jp/codon/cgi-bin/showcodon.cgi?species=83333&aa=1&style=N|大腸菌]]を比較してみます。例えばUUU F 0.46であれば、UUUがコドン、Fがアミノ酸1文字表記でフェニルアラニンのこと、0.46がそのアミノ酸における頻度となっています。特にアルギニン(AGA, AGG)やイソロイシン(AUA)、ロイシン(CUA)のcodon usageの差が大きく、大腸菌ではこれらのコドン頻度が極端に少ない(rare codonといいます)ことが分かります。したがって、ヒトのタンパク質を大腸菌をホスト細胞にして発現させようとする時、このcodon usageの差が壁となることもあり、結果的に上手く発現してくれない、ということが多くあります。 | しかし、生物にとっては標準的なワトソン=クリック塩基対を形成できるコドンの方が翻訳に有利だったのでしょうか。遺伝子に用いられるコドンは、tRNAを有しているコドンに偏ることも知られています。この生物種によるコドンの偏りのことを、**codon usage**といいます。例えば[[https://www.kazusa.or.jp/codon/cgi-bin/showcodon.cgi?species=9606&aa=1&style=N|ヒト]]と[[https://www.kazusa.or.jp/codon/cgi-bin/showcodon.cgi?species=83333&aa=1&style=N|大腸菌]]を比較してみます。例えばUUU F 0.46であれば、UUUがコドン、Fがアミノ酸1文字表記でフェニルアラニンのこと、0.46がそのアミノ酸における頻度となっています。特にアルギニン(AGA, AGG)やイソロイシン(AUA)、ロイシン(CUA)のcodon usageの差が大きく、大腸菌ではこれらのコドン頻度が極端に少ない(rare codonといいます)ことが分かります。したがって、ヒトのタンパク質を大腸菌をホスト細胞にして発現させようとする時、このcodon usageの差が壁となることもあり、結果的に上手く発現してくれない、ということが多くあります。 |
| バイオテクノロジーの話になりますが、この生物種間のcodon usage問題を解決するために、ホスト細胞にこれらrare codonに対応するtRNAを人為的に発現させておこう、という株が作成されています([[https://www.chem-agilent.com/contents.php?id=300608|codon plus]]とかいい、クロラムフェニコールという抗生物質を選択マーカーとしたプラスミドでこれらの遺伝子を導入してあります)。今回使用している[[https://www.merckmillipore.com/JP/ja/product/RosettaDE3-Competent-Cells-Novagen,EMD_BIO-70954|Rosetta(DE3)]]は、上記3種のrare codonに加えてプロリン(CCC)とグリシン(GGA)についてもtRNA遺伝子を導入している株であり、ヒトなど真核生物由来のタンパク質の発現に適した株となっています。 | バイオテクノロジーの話になりますが、この生物種間のcodon usage問題を解決するために、ホスト細胞にこれらrare codonに対応するtRNAを人為的に発現させておこう、という株が作成されています([[https://www.chem-agilent.com/contents.php?id=300608|codon plus]]とかいい、クロラムフェニコールという抗生物質を選択マーカーとしたプラスミドでこれらの遺伝子を導入してあります)。今回使用しているのは単なる[[https://www.merckmillipore.com/JP/ja/product/BL21DE3-Competent-Cells-Novagen,EMD_BIO-69450|BL21(DE3)]]という株ですが、例えば[[https://www.merckmillipore.com/JP/ja/product/RosettaDE3-Competent-Cells-Novagen,EMD_BIO-70954|Rosetta(DE3)]]では、上記3種のrare codonに加えてプロリン(CCC)とグリシン(GGA)についてもtRNA遺伝子を導入している株であり、ヒトなど真核生物由来のタンパク質の発現に適した株となっています。 |
| ついでに最近では、「最初っからコドンをホスト細胞のcodon usageにしてしまえ」という**codon optimisation**という手法が取られています。これは人工遺伝子合成といって、何千残基というDNA鎖でも人工的に作成できるようになってきたからであり、作成したいタンパク質のアミノ酸配列を基にして、そのホスト細胞のcodon usageに最適なコドン配列を繋げていくことで、そのタンパク質発現に最適なDNA配列を得ることができます。この様に、人工的にタンパク質を作製するにも近年の技術革新によって支えられています。 | ついでに最近では、「最初っからコドンをホスト細胞のcodon usageにしてしまえ」という**codon optimisation**という手法が取られています。これは人工遺伝子合成といって、何千残基というDNA鎖でも人工的に作成できるようになってきたからであり、作成したいタンパク質のアミノ酸配列を基にして、そのホスト細胞のcodon usageに最適なコドン配列を繋げていくことで、そのタンパク質発現に最適なDNA配列を得ることができます。この様に、人工的にタンパク質を作製するにも近年の技術革新によって支えられています。 |
| |